虚無と烈風   作:ダルジャン

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第三話

「起きなさいルイズ。もう朝ですよ」

「は、はい、おはようございます、母さま!」

ルイズは聞きなれた声に、背筋をしゃんと伸ばした。

「朝食を食べたら、すぐ家に戻りますよ。早く荷物をまとめなさい」

「分かりました!」

外を見ればいつも自分が起きるより大分早い時間のようだ。

だが、荷物をまとめるにはこのくらい時間に余裕があったほうがいいだろう。

学院に来る時に使った魔法のトランクに荷物を詰めていく。

見た目よりも荷物が入る、貴族御用達のマジックアイテムだ。

といっても、あまり多くを持って行く必要もないから、

実家に戻る分の着替えと、お小遣いを入れた財布くらいでいいだろう。

「まとめましたか?」

「はい! あ、母さま、どちらの衣装で帰られますか?」

今のカリーヌは、昨日ロングビルから預かった服を着ている。

「そうですね……これは平服ですから、騎士の服で帰ります。

 では、今の内にもう着替えておきましょうか」

着替えを始めた彼女の胸元を、ルイズはじっと見つめた。

娘三人を育てたのだから、ある程度のサイズはある。

だが、標準よりは、ほんの少しつつましい気がする。

「……はぁ」

思わずため息を零してしまった。

「……ルイズ? どうかしたのですか?」

そのため息を聞いたカリーヌが首を傾げた。

「な、何でもありませんわ! さ、食堂へ参りましょう!」

ごまかすようにして、カリーヌの手を引いて部屋を出る。

 

「あら」

ルイズが部屋を出た途端、燃えるような赤い髪をした少女が現れた。

肌は褐色で、胸はメロンを二つぶら下げたようである。

「おはよう、ルイズ」

「お、おはよう、キュルケ」

ルイズは顔をしかめると嫌そうな顔をした。

「それから……はじめまして、ですわね、ミセス・ヴァリエール」

キュルケはスカートの裾をつまむと礼をした。

「あなたは? ゲルマニアの方のようですけれど」

ごく僅かな訛りから、キュルケの出自を推測して、カリーヌが問う。

「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーですわ」

「ツェルプストーの……」

カリーヌも思うところはあるようだが、何も言わずに礼を返した。

「このたびはルイズの召喚成功を喜ばしく思いますわ」

そのキュルケの言葉に、ルイズは食ってかかった。

「あによ、馬鹿にしてるの? 人間を召喚したからって」

「やあねえ、あなたの言ってた通りじゃない。

 『強くて美しい使い魔』を召喚するんだって意気込んでたじゃないの」

キュルケは茶目っけたっぷりにルイズに笑いかける。

「……あたしにも分かるわ。あなたのお母様、とてもお強そうだもの。

 美しさに関しても……あなたにとっては一番美しいんじゃなくって?」

「うぐ……」

その通りなので、ルイズは何も言えなくなってしまう。

「けどまあ、私の使い魔も相当のものだと思うけどね。フレイムー」

キュルケが使い魔を呼んだ。彼女の部屋からのっそりと、真赤で巨大なトカゲが現れた。

尻尾は燃え盛る炎で出来ている。むんとした熱気が二人を襲う。

「おや……サラマンダーですね?」

「ええ」

カリーヌの問いに、自慢げにキュルケは頷いた。

「火竜山脈の火トカゲですわ。 ここまで鮮やかで大きな尻尾の炎は、

 そうそうおりませんことよ。好事家に見せたら、値段なんてつきませんわね」

「そりゃよかったわね。あんたの属性ぴったりだわ」

少しトゲトゲしく、しかしその言葉に明らかに『勝った』

という雰囲気を漂わせながらルイズが告げた。

サラマンダーが何するものか。火竜さえ倒した母の前では敵ではない。

「……この傷?」

ふと、カリーヌは何かに気がついたようにしゃがみこむ。

フレイムはじっと彼女の目を見つめ、やがて足に頬を寄せる。

「あら……サラマンダーがここまで主以外に懐くなんて……」

「そ、そいつもどっちが強いかよく分かってるみたいね!」

貧しい胸を得意げに張った。

「そうか……、お前は、あの時の火トカゲの子供ね。随分と大きくなったこと」

カリーヌはその傷がついた頭を撫でながら思い出す。

 

ずっと以前。火竜山脈の竜が、あまりに里に近づいたため退治しに行った時のことだ。

竜に酷く荒らされた山の一角で、ぴぃぴぃと小さな火トカゲが鳴いていた。

横には無残にも食い荒らされたらしい彼の親と思しき火トカゲの死体があった。

そこに、のっそりと火竜が現れた。

子供の火トカゲは、無謀にも火竜に立ち向かっていった。

だが爪の一撃で額に傷を負い、そこから血が流れ出す。

火竜はその子供にトドメをさそうと、大きく口を開いた。

そして、そこから万物を燃やす炎が溢れようとした瞬間。

様子を見ていたカリーヌが呪文を唱え、その炎を口内へと押し戻した。

喉の油袋に炎が引火し、火竜は己が炎で体内を焼かれて死んだ。

「大丈夫か」

カリーヌは火トカゲの子に手を伸ばした。

だが手負いの子トカゲは炎を吐いて彼女を威嚇。

指先を火傷するのも構わず、彼女は懐から塗り薬を取り出した。

「水の秘薬だ。傷跡は残るが、血は止まるだろう」

その優しげな指先に、彼は動きを止めた。やがて火傷した彼女の指を舌で舐めた。

「これだけ元気なら大丈夫そうだな。もう無理をするな。

 お前の親の分まで、強く生きるのだぞ」

火トカゲの子は、彼女が颯爽と去る背中を見つめた。

その優しい瞳を、彼は三十年以上経った今でも、覚えていた。

 

「さあ、母さま、急いで食堂に参りましょう!」

「あら、何か急用でもあるの?」

ルイズがカリーヌの手を引くのに、キュルケが首を傾げる。

「色々あって、しばらく休校するのよ。一度実家に戻るの」

「休校? どうして?」

「人のことをあまり根掘り葉掘りきくものではありませんわ」

キュルケにそう答えると、カリーヌはすっくと立ち上がりルイズと共に食堂へ向かった。

「ふうん……色々事情がありそうねえ。ま、関係ないわ。

 あの母君と一緒なら、どんな困難も乗り越えていけるわ」

キュルケは二人の背中を見ながら、柔らかく微笑んだ。

「あなたもそう思うでしょ、フレイム? 何かわけありみたいだしね」

フレイムはただ、低い唸り声を上げるだけだった。

それはハルケギニアの生物達の間だけに通じる古い言語だ。

『ああ、あの優しい瞳の騎士がいるのなら、大丈夫。

 きっとどんな障壁もぶち壊していけると思うよ、ご主人様』

そんな意味の言葉を彼は呟いた。

 

朝食は昨日のこともあってか、彼女達が食堂に入ってきた途端静まり返る。

これと言った事件もなく、二人は手早く朝食を終えた。

「あの、ヴァリエールさま!」

食堂から出るとき、一人のメイドが声をかけてきた。

「あらあなたは、確か昨日の」

「し、シエスタです! あの、お出かけになられるとお聞きしまして、

 それで、よろしかったらコレを!」

シエスタは顔を赤く染めながらバスケットを取り出した。

「これは?」

「あのサンドイッチです。お口に合えばよろしいのですが……」

シエスタの手からカリーヌはひょい、とバスケットを受け取る。

「分かりました。いただいておきますね、シエスタ。さあ行きますよルイズ」

「はい母さま。ありがとうね、シエスタ」

二人はメイドに声をかけると颯爽と部屋へ戻っていった。

シエスタはそんな彼女達の後姿をうっとりと見つめていた。

彼女にとっての幸福は、ルイズとカリーヌがしばらく学院に戻らぬことだろう。

でなければ、うっかりいけない道をひた走っていたに違いない。

 

二人が荷物を抱え、実家へ戻った数日後。

そこには、旅の準備をしたカリーヌとルイズの姿があった。

ルイズは学生服から、乗馬の際に着るような動きやすい服に着替えている。

カリーヌは、騎士服だ。無論、荷物の中には普段着も入っている。

「さて、それではミス・ロングビルと約束した場所に向かいましょうか」

「ええ。ラ・ロシェールでしたわね。早速馬車を、いえ、竜車を……」

「何を言ってるのですか、ルイズ」

カリーヌは、娘の言葉を制すると口笛を吹いた。

すると、何か大きな生物が羽ばたく音が聞こえてきた。

その獣は、獅子の頭と胴、鷲の羽根に蠍の尾を持っていた。

「ヴ、ヴナン!」

ルイズが驚きの声をあげる。それは、カリーヌの愛騎である、

老マンティコアのヴナンであった。

「早く乗りなさい」

「え、こ、この子に乗っていくんですか!」

「ええ。そこらの竜より余程頼りになります。さあ参りますよ!」

カリーヌの叫びに応じて、ヴナンが大きく咆哮した。

「わ、分かりました!」

マンティコアの背につけられた鞍に、母と一緒にまたがった。

「はいやっ!」

カリーヌの掛け声と共に、マンティコアが勢いよく舞い上がった。

「全速前進! 目標はラ・ロシェール! そしてその先のアルビオンにいるカトレア!」

「か、母さまあああ、もっとゆっくりいいいい!」

うっかりドップラー現象を起こしながら、親子は空を突き進む。

 

 

 

 

 

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