森の中を、カリーヌとルイズとロングビルは並んで歩いている。
「この辺りなのですね?」
「は、はい……」
先を歩くカリーヌの言葉に、ロングビルが応えた。
その語調には覇気がないが、致し方ないだろう。
今、彼女達がいるのはカトレアが居るというウエストウッド村に近い森の中。
ラ・ロシェールからここまで、とんでもない強行軍で来たのである。
一番早いと聞けば、貨物船に乗り込んでアルビオンへ向かった。
その後はヴナンに三人で乗って目的の場所を目指した。
途中でレコン・キスタに襲われていた村を見たルイズが、
『民が苦しんでるのを見逃すなんて貴族らしくない!
敵に背を向けないものを貴族というのよ!』と言い出した。
すぐさま、カリーヌの風とルイズの爆発で敵を殲滅した。
それからもう村人からは感謝されるは何だで大変だったのだ。
しかも助けた村人に、ロングビルの昔の知り合いがいたせいで、
彼女の素性も二人にバレてしまったのだ。
「それにしても驚いたわ。まさか、ミス・ロングビルが、
サウスゴータ太守のご息女だったなんて……」
ルイズは何度目になるか分からない驚きの言葉を口にした。
マチルダ・オブ・サウスゴータ。かつてこの辺りの太守を勤めていた人物だ。
何らかの事情により貴族としての権利を剥奪され、一族郎党は処刑されたらしい。
「……昔の話さ」
ロングビル……マチルダはくだけた口調で返す。
三人はほんの数日間一緒に居ただけなのだが、
何となく親しくなってしまい、素の自分を出すようになっていた。
ぐるる、と突如ヴナンが低い唸り声をあげた。
「どうしたのです、ヴナン? ……血の匂いがする?」
長く連れ添った自身の使い魔と言葉を交わすカリーヌ。
「まさか、村が襲われてるんじゃあ……!」
マチルダの言葉に、ルイズがさっと顔を蒼白に染める。
「急ぎましょう母さま、ちいねえさまが危険な目にあってるかもしれません!」
「分かっています! ミス・サウスゴータ! 私たちは先に向かいます!
ヴナン、もう飛べますね?」
強行軍だったヴナンを気遣えば、問題ない、とでも言いたげな叫びが返った。
カリーヌとルイズはヴナンにまたがり、一気に急上昇する。
「……あそこに、煙が!」
ルイズが森の開けた場所を指差す。そこは小さな村になっているようだ。
ピシリ、と手綱を振ると、彼女達はそこへ急行した。
――ナウシド・イサ・エイワーズ……
少女が杖を振っていた。
――ハガラズ・ユル・ベオグ……
眩い、波打つ黄金の海のような見事なブロンドが揺れている。
――ニード・イス・アルジーズ……
妖精のように美しい少女だった。
――ベルカナ・マン・ラグー……
少女がルーンの詠唱を終え、そこに倒れていた男達に杖を向けた。
男達の周りの空気がぐにゃりと歪む。
「ふぇ……?」
彼らは、呆けたように宙を見つめていた。
「俺達は、一体、何を……?」
「なんでこんなところにいるんだ?」
少女は落ち着き払った態度で彼らに近づく。
「あなた方は、森で獣に襲われていたのよ。
あっちに行けば街道に出るから逃げるといいわ。
そして、他の人たちにも伝えてね、この辺りには
凶暴な獣がたくさん出るから近づかないほうがいいって」
「わ、わかった、ありがとよ……」
ふらふらと、頼りなさげな足取りで男達は去っていく。
「……ふぅ」
一安心して息を吐いた。そこへ、突如として羽音が響き、巨大な獣が降り立った。
誰かが、ひらり、と降りて彼女の下に歩み寄る。
「エルフが何故こんなところに! 今のは先住魔法か?」
びしり、と杖を突きつけられる。
「は、はぅ、えっと……」
少女は目の前の人物の剣幕に、言葉を発することができない。
「待って(ください)!!」
三つの声が重なって、杖を突きつけたカリーヌは動きを止めた。
声の一つは、何かに気づいたような顔をしたルイズ。
もう一つは、顔を真っ青にしたマチルダ。
では、最後の声は? カリーヌは最後の声の主を探す。
視線の先にはけして見紛うはずもない姿。杖を取り落としそうになった。
草色の粗末なシャツとスカートに身を包んだ女性がそこに居た。
「母さま……!」
「カトレア……!」
カトレア――カリーヌの娘、ルイズの姉。
満面の笑みを見せて駆け寄った彼女はカリーヌの胸に飛び込んだ。
「ああ、カトレア、無事だったのですね? わたくしが、わたくしたちがどれだけ心配したか!」
再び腕の中に戻ってきた娘をひしと抱き締める。
「ごめんなさい……。でも、テファのことを話すことができなかったから……。
! まあまあルイズ。私の可愛い小さなルイズ。あなたも、来てくれたのね!」
「ちいねえさま、よくもご無事で……! ご病気は大丈夫なのですか?」
ルイズの問いに、カトレアはにっこりと笑って答える。
「大丈夫よ。走り回っても、全然胸が苦しくならないの。ティファニアが治してくれたのよ!」
その言葉に、カリーヌとルイズはエルフの少女を見やる。
マチルダから事情の説明を受けたらしく、興味深そうに彼女達を見ていた。
「あなたが、カトレアを?」
「は、はい……。すいません、カトレアを、あ、いえ、
ミス・フォンティーヌを、さらってしまうようなことをして……」
その目に見る見ると涙を浮かべて頭を下げる。
「ごめんなさい、私は、そんなつもりじゃ、なかったけど、でも」
泣き出してしまった彼女は、伝え聞くような恐ろしいエルフとは重ならない。
「……いいえ、どうか顔を上げてください」
優しく彼女の手をとる。カリーヌの目も潤んでいた。
「ありがとう……あの娘を、治してくれて……」
領地を出ることもままならず、人生の大半を屋敷で過ごしていた娘。
そんな彼女が、今は野を駆け回れるほど元気なのだ。
「本当に……感謝しても、しきれませんわ」
「あ、いえ、そんな……」
高貴な女性に頭を下げられて、テファはうろたえるばかりだ。
「ささ、とにかく家に入りましょ。色々と話さなきゃならないもの」
パン、と手を叩いて提案するカトレアの笑顔はとても眩しかった。
「改めて紹介するわね。こちらはティファニア。私の主よ」
主、という言葉にカリーヌとルイズが目を丸くする。
「ち、ちいねえさま。もしかして、その、契約を?」
「ええ、そうよ。ほら、これがルーン」
ころころと楽しげに笑いながら、カトレアが右手の甲を見せる。
そこには確かに使い魔のルーンが刻まれていた。
「凄いのよ、このルーン。どんな動物だって言うことを聞いてくれるんだから」
ルイズはちらりと母の顔を見た。ほんの少し青ざめている。
「あなたは……昔から、感情のままに突き進むことがありましたからね……」
疲れたような声音で、カリーヌが吐き出した。
「当然ですわ。何しろ、烈風カリンの娘ですもの」
カトレアはニコニコと笑い続けている。
「分かっていますよ。それで……、あなた。ティファニア、と言いましたね」
「ひゃ、ひゃい!」
緊張のあまり上手く回らない舌で、テファは返事をした。
「何故エルフがここに? そしてあの呪文は? 聞いたことのないルーンでしたけれど」
「……あの呪文が何なのかは、私にも分からないんです」
首を横に振る。彼女は魔法の正体を知らない。
「ただ、父が管理していた王家の財宝の中にあった古ぼけたオルゴール。
そのオルゴールの中から、歌と一緒に聞こえてきたんです。
それも、同じく秘宝と呼ばれていた指輪をはめていた時にだけ」
「王家の? あなた、一体……」
驚いたルイズの問いには、カトレアが答えようとした。
マチルダとテファに視線を向ける。テファは戸惑いながら、マチルダは覚悟したように
彼女へ向かって頷き返すのを確認して。ゆっくりとその口を開いた。
「彼女は……、アルビオン王弟、プリンス・オブ・モードのご息女です。
お母様は、その、エルフですから、ハーフエルフですわね」
カトレアの言葉に、カリーヌとルイズは絶句した。
ブリミル教の敵として憎悪と恐怖の対象であるエルフ。
彼女はその血と、長きに渉り続いてきた王族の血をひいているのだという。
二人に見つめられたテファは、身を縮こまらせる。
ルイズは頭を回転させる。エルフは恐ろしいものだと聞いてきた。
だが実際はどうだ。まるで妖精のように美しい。何故恐れる必要がある?
それに、何より彼女は自分の姉を救ってくれたのだ。
どうして、恐れることがあろうか。憎むことがあろうか。
おそらく……自分と同じ系統の魔法使いでもあるというのに。
ちらりと見やれば、母も同じことを言いたげな瞳だった。
「……分かりました。では、もう一つお聞かせ願いたい。そのオルゴールと指輪は、今はどこに?」
「王城だよ。明日にも滅びそうな宮殿の中さ」
マチルダが忌々しげに吐き捨てた。
「そりゃあそうよねえ。王家の宝ですもの……」
はぁ、と息を吐いてルイズは肩を落とした。
「何かコネでもない限り、ほいほいと貸してもらえるもんじゃないわよね」
「……ルイズ? どうして、それが必要なの?」
事情の分からないカトレアが首を傾げた。
「実は……私の系統は、始祖と同じ『虚無』かもしれないのです。
多分、そこのティファニアも、同じ」
「テファと呼んでください、ルイズさん。それにしても、『虚無』?
私みたいな出来損ないが、『伝説』なわけないわ」
自嘲するような寂しげな笑みを見せる。
「でも、あのルーン。私の心に……その、よくわかんないんだけど、
凄く、しっくり来たのよ。きっと、あれが『虚無』なんだわ」
何度も交わした挨拶のように。幼い頃聞いた子守唄のように。
テファが唱えたルーンはルイズの心に染み渡ったのだ。
「出来損ないじゃなくて、私たちは、選ばれた、のよ。始祖に」
「始祖なんか、信じるもんか」
ルイズの言葉を受けて、マチルダが苛立たしげに吐き出した。
「あいつが、エルフを敵だって言ったから、テファも、私も、
親を失ったんだ……! 信じるもんか……!」
そう言い放つマチルダへ向けて、カリーヌが厳しい視線を向けた。
「テファが虚無に選ばれたってんなら。その証拠を見せてみなよ!
今ここに、始祖の奇跡を起こしてみなってんだよ!」
やけっぱちにそう叫んだ次の瞬間、扉が開いた。
「テファおねえちゃん、マチルダおねえちゃん、カトレアおねえちゃん、大変!
傷だらけの人が、村の入り口で倒れてる!」
「まあ、大変! 急いで助けてあげなきゃ!」
テファはすぐ様立ち上がり、部屋の外へと飛び出す。
その後を、ルイズ達は追いかけた。
森の入り口。子ども達に囲まれた中に一人の青年が倒れていた。
「しっかりしてください、今、治しますから……!」
テファが青い宝石のついた指輪をかざす。
青い光が発され、みるみる内に目の前の男性の傷を癒していく。
「凄い……あれも、虚無?」
ルイズの問いにカトレアが首を横に振った。
「いいえ。あれは、水の精霊の力をこめた宝石の力よ。
ティファニアのお母様の形見なんですって。あれで、私も治していただいたの」
光が納まった後、男性の傷は癒えていた。
「うぅ……ここは……?」
彼がゆっくりと目を開けて、辺りを見回す。
その目が、テファを捉えると動揺に揺れた。
びくりと耳を隠すように手をかざす。
しかし、彼の口からは予想しなかった言葉が漏れた。
「おじ、うえ……?」
「え……?」
その言葉にテファは戸惑って彼を見つめた。
「……まさか」
マチルダは倒れてたままの男をじっと見つめ、言葉を失った。
ルイズは思い出した。数年前にラグドリアン湖湖畔で開かれた園遊会。
そこで、確かに彼女は彼を一度だけ見たことがあったのだ。
金色の髪に整った顔立ち。間違いないと思った。
「プリンス・オブ・ウェールズ……さま」
アルビオン王国皇太子。現王ジェームズ1世の嫡子であり、
テファには従兄、ということになる。
「……コネが向こうから飛び込んできたねえ」
天を仰ぐマチルダはめまいがしてきた。苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
「こうなっちゃあ、始祖ってやつを信じないわけにも……いかないねえ」