虚無と烈風   作:ダルジャン

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第五話

治療の後、傷こそ治ったものの疲労のためであろうか、ウェールズは再び気を失った。

小屋へ運び込まれた彼が目を覚ましたのは、とっぷりと日が暮れてからとなった。

「モード公の、ご息女、か」

マチルダの静止も聞かず、テファは自らのことを彼に話した。

彼は驚いた様子ではあったが、その事実を受け入れたようだ。

「何にせよ、助かったよありがとうティファニア嬢」

「て、テファでいいです、ウェールズ様」

そう言いながら二人が見せた微笑みに、ルイズはあっ、と小さな声をあげた。

「おや、どうしたのかねミス・ヴァリエール」

声に気づいたらしい皇太子はルイズへと向き直り首を傾げた。

「いえ、そ、その、少し驚いたものですから。

その、皇太子殿下と、テファと、アンリエッタ王女殿下の微笑が、とても、よく似ていらして」

「あっはっは。それはそうだろうね。僕とアンリエッタ、そして

 ティファニア嬢は祖父母を同じとするいとこなのだから」

そうやって柔らかに笑っていたウェールズだったが、突如として顔をひきしめる。

「傷を治していただいたこと、感謝する。だが、僕はそろそろ王城へ戻り、

 王軍の指揮をせねばならない。……老いた父上や忠臣たちだけに、

 レコン・キスタへの対応を任せるわけにはいかないからね」

よろよろとベッドから立ち上がろうとするが、バランスを崩してしまう。

「大丈夫ですか、ウェールズ様!」

テファが慌てて駆け寄り、腕を抱きとめるようにして支える。

「あ、ああ。……大丈夫、大丈夫だから、離してくれたまえ。

 いやもうすぐにでも早急に離してくれたまえ」

彼女を突き放すようにして、ウェールズは立ち上がろうとする。

「……やはり、エルフは嫌いなのですか?」

テファが泣きそうな顔をして、そっと彼から離れる。

「いや、エルフがどうだ、というレベルの話ではなくて、その」

ウェールズの顔は赤いインクをこぼしでもしたかのように真赤である。

「テファが美人だから、ウェールズ様は照れていらっしゃるのよ。

 私だって、初めて見た時はテファを妖精かと思ったわ」

ころころと笑いながら、カトレアが告げる。

――嘘だ、顔じゃない。アレのせいだ。――

――何が詰まってるか分からない胸部装甲のせいだ――

親子二人の心はシンクロしていた。

それはある意味でルーンよりも強いつながりゆえのものであろう。

多分これに長女が加わっていたらもっと恐ろしいことになっていた。

 

「……プリンス・オブ・ウェールズ様。折り入ってお願いがございます」

自分の頭に浮かんだ考えを、首を振って追い払いながら、

カリーヌは彼の前に膝を突いた。

「ミセス・ヴァリエール?」

その行動の意図が読めず、ウェールズは困惑する。

「始祖の秘宝である始祖のオルゴールと風のルビー。

 それを、一時でよろしいから我が娘にお貸しくださいませ」

「始祖の秘宝を? それを手にして何とします」

「……ティファニア嬢は、それを手にしていたがゆえに、

 虚無の力を手に入れたのだと……聞きました」

「虚無! あの伝説の力を、彼女が?」

ウェールズは目を見開くとティファニアを見つめた。

「そうか……、虚無は始祖の力。王家の血筋に顕現するもの。

 そうであれば、君に現れるのも当然だ!」

視線を遮るように、マチルダが二人の間に割って入る。

「テファのことは今はどうだっていいだろう。

 問題は、そっちの『烈風カリン』に始祖の秘宝を貸すのかどうかだ」

ぎろりとウェールズを睨みつける。

「烈風カリン、おお、ではミセス・ヴァリエールがあの伝説の!

 伝説の烈風、そしてそのご息女には虚無の可能性……」

ぶつぶつと口の中で何かを呟いて、ウェールズは頷く。

「分かりました。父に掛け合ってみましょう」

「本当ですか!」

ルイズがぱあっと目を輝かせる。

ひょっとしたら、自分も魔法が使えるようになるかもしれない、

そうなったら、ゼロではなくなる! 母の娘として誇れる!

「ありがとうございます、ウェールズ様!」

「無論、ただと言うわけにはいきませんがね」

ウェールズはカリーヌを見やる。

「え……?」

「ミセス・ヴァリエール。いいえ、烈風カリン殿。

 伝説とさえ呼ばれしその力、我が王党軍のためにお貸しいただきたい」

「そうおっしゃられると思っておりました。

 娘のためであれば、この力、お貸しいたします」

「まさか母さま、戦場にお出になられるつもりですか!」

事態に気がついたらしいカトレアが、悲鳴をあげた。

ルイズもそういわれて、顔を蒼白にする。

「当然です。ルイズが魔法を使えるようになるというなら、

 わたくしにできることであれば何だっていたします」

娘達にそう答えると、再び彼へ向き直った。

「ただし、一つだけ覚えておいてくださいウェールズ様。

 この杖はトリステイン王国に捧げたもの。あくまで、お貸しするだけだと」

その眼差しに気圧されながら、彼は頷く。

 

体調を考慮し、カリーヌ達の出発は翌朝となった。

「今、王党派の大半はニューカッスル城に篭城している。

 打って出たのだが、戦艦に追われてしまってね。生き残ったのは……僕一人だったよ」

ヴナンに乗った空の上で、ウェールズは苦しげに告げた。

「名誉の戦死です。悼むことより誇りに思ってください」

カリーヌがそう答えるのを、ルイズはぼんやりと聞いていた。

母親が死ぬかもしれない。それも自分に魔法を使わせるために。

そんなのは嫌だ。例え伝説の烈風カリンである母親であっても、

戦場に行くなんて嫌だ。泣き喚きながら、魔法なんて使えなくていい、

母さまが死ぬなんて嫌だと叫べたらどれだけ楽だろう。

しかし、そうはできない。母親のあの真剣な瞳。

自分のためなら何だってするといった眼差しに、何も言えない。

こんなことなら、母親を召喚なんてしたくなかった。

異世界の平民でも呼んでしまった方が、きっと楽だった。

そう告げることもできずに、ルイズはただ母親にしがみついていた。

数日後、ニューカッスルについた彼女らはジェームズと対談することになる。

「まずは、ウェールズを助けていただいたことを感謝しよう」

年老いたジェームズ1世は、跪いたカリーヌとルイズを見やる。

「して……、秘宝を貸し出す代わりに、そなたの力を貸してくれるとな、

 ミセス・ヴァリエール……いや、『烈風カリン』よ」

「はい。何とぞ、お許し願いますジェームズ陛下」

ジェームズはしばし悩んでいたようだったが、やがて近侍を呼んだ。

「パリー、宝物庫からあのオルゴールを持って来い」

「よろしいのですか、陛下?」

「なあに、このままではレコンキスタ共に盗まれかねん。

 そうなるくらいなら、賭けに使った方がマシじゃ!」

「承知しました!」

「おお……それから、あの剣も持って来るのじゃ。きっと、烈風殿の助けになるじゃろうて」

「はっ!」

近侍はすぐに衛士に言いつけ、指定されたものを持って来させた。

 

「これが……始祖の秘宝……」

古びたオルゴールを手に、ルイズは息を吐く。

おそるおそる開いてみるが、音は聞こえない。

「指輪が必要だと言ったね。これがアルビオンに伝わる風のルビーだ。」

皇太子は自らの指にはまっていたソレを差し出すが、ルイズは首を横に振った。

「いえ……。今はまだ、試すことはできません」

カリーヌはぎょっとして娘を見た。

「母さまが無事にお戻りになるまで、わたしは魔法を使いません」

ルイズは母をしっかりとした目で見据えた。

「母さまを犠牲にしてまで、わたしは魔法を使いたいとは思えないのです。

 ですから、約束してください。必ず、生きてお戻りになると」

しばらく言葉を失っていたが、カリーヌは娘の手をとった。

「分かりました、ルイズ。わたくしは、必ず生きて戻ります」

「……うむ、その通りじゃ。死んでくれるな、烈風殿。

 そのためにも、どうかこの剣をお持ちいただきたい」

ジェームズは一振りの大剣を手にしていた。

「これは、始祖の時代に使われていたとされる伝説の剣じゃ。

 王家に長く伝わっておった。古い文献では『知恵の剣』と

 呼ばれていたとされておるがのう。持ち主を選ぶとされ、

 ここ百年ほどは、誰も鞘から抜いておらぬ」

カリーヌは王座の前へ歩くとその剣を受け取った。

左手のルーンが光を放つと同時に驚くべき変化が起こった。

「体が、軽い……? これが、ガンダールヴの力ですか……」

呟きながら、カリーヌはすらりと剣を抜いた。

「……ううん……」

柄の部分が、かたり、と鳴った。

「あーっ! やっとせまっくるしいとこから出られたぜ!」

声がした。低い男の声だった。

「インテリジェンスソード……?」

ルイズがその剣を見ながらぽつりと呟いた。

刀身が細い、薄手の長剣であった。長くしまわれていたというのに、

その刀身は今研がれたかのように光輝いている。

「お、おお! 姐さん、あんた『使い手』かい! 魔法の腕も相当のもんらしいな!」

嬉しげにカタカタと鳴り響く剣に、その場の全員が呆気に取られていた。

「いいねえ! こんなに気がはしゃぐのは初代ガンダールヴに使われて以来だ!」

「……静かにしなさい」

眉をしかめながら、カリーヌはその剣に告げる。

空気が張り詰めたのを感じたのか、剣は厳かな口調に変わった。

「すまなかったな、姐さん。俺の名はデルフリンガー。

 悪いが、あんたの名前を教えてくれ。俺はガンダールヴの剣だ。力を貸したい」

カリーヌはしばらく逡巡した後、ゆっくり答える。

「カリーヌ・デジレ・ド・ラ・ヴァリエール。

 またの名を……『烈風カリン』。デルフリンガーとやら。

 あなたにどんな力があるかは分かりませんが、その力、お貸しなさい」

その場にいたものは、息をのんだ。

その手に大剣を構えた、一人の騎士の姿。

それはまるで、幼い頃聞いた寝物語の一場面。

ハルケギニアの貴族なら、誰でも一度は憧れた勇者の物語。

あの、イーヴァルディの勇者の一幕のごとくあった。

 

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