虚無と烈風   作:ダルジャン

7 / 12
第七話

 

今再び、場面は城の広間。勝利で沸き立つ諸侯の前に、烈風カリンは現れた。

あちこちが焼け焦げたり、あるいは切り裂かれたりしているものの、

その足取りはしっかりとしたものである。

彼女はジェームズ一世の前に跪く。

「お、おお。よくぞ戻った、烈風カリン殿。貴君の起こした奇跡により、

 我が軍は無事勝利を果たした。クロムウェルも謀反により討たれた、と聞いておる。

 いやはや、全くもって、全て、貴君の……貴君の、その……」

言葉だけを聴けば、感極まって言葉に詰まったかのようである。

だが、実際は違った。ジェームズの、そして諸侯の目線は、彼女の傍らに向けられていた。

「その、横に転がっておるボロ雑き……おほん、使い古した布キレのようなものは、

 一体何なのか説明してはくれないかね」

彼女の傍らで、ソレはピクピクとうごめいていた。

「……旧知の貴族ですわ。何でも、レコンキスタに洗脳されていたとか」

「洗脳、とは?」

不穏な言葉に王の傍らに控えていたウェールズが問いかける。

「何でも、アンドバリの指輪なる水精霊の秘宝を用いて、

 レコンキスタめは兵士たちを操っていた、とのことです。

 探っていたことを勘付かれ、洗脳されていたとのこと……」

「何ということだ……」

広間に集まった面々は言葉を失う。それでは、あの者は操られた代償で、

あのようにむごいことになったのだろうか、と囁き合う。

「ですが。例え洗脳されていたとはいえ、王家に刃を受けるような者、

 トリステイン貴族の風上にも置けませぬ故、私めが厳罰を与えました。

 彼の罪は、それで水に流してくださるとあり難く存じます」

重苦しい沈黙が、一時広間を支配する。

「あ、あい、分かった。いずれにせよ、今日は疲れたであろう。ゆるりと休まれるがよい」

ようやくジェームズ一世は言葉を口にした。

「ありがたきお言葉。……彼はわたくしの捕虜ですから、共に部屋に置いて構いませんか?」

口調は丁寧だが、その目が怖い。

「す、好きにしてよろしい!」

「御意」

それだけ聞くと、カリーヌは宛がわれた部屋へ戻っていく。

縄で縛り上げられ、ぼろぼろになった男を引きずりながら。

「あわよくば、彼女の息女とお前の婚姻を考えておったのだがな……、

 彼女と親族になるのは、怖い。烈風カリン怖い」

直後にジェームズ一世は息子に対してそうこぼしたという。

 

部屋に戻ったカリーヌは、ふう、と大きく息を吐いた。

先ほどまで戦争をしていたのだ。正直疲れた。

「烈風様。お付の方はお休みになっておられます」

「分かりました。あなたは下がっていてください」

部屋に控えていた侍女を下がらせ、ソファですやすや眠っているルイズに近づく。

顔には疲労が浮かんでいたが、満足げであった。

「あのような魔法を……使えたのですものねー」

彼女の隣に座り、そっと自分と同じ桃色の髪を撫でる。

「んぅ……は、か、母さま! お戻りだったのですか!」

その感覚にルイズは飛び起きた。

「ええ、たった今。ルイズ、あの魔法はあなたの使ったものですね?」

そう問われて、ルイズは何度も何度もこくこくと頷いた。

「はい、はい、はい! 私、魔法が使えました!」

あまりに嬉しげなその姿に、カリーヌは少し眉を寄せる。

あんなに強い魔法を、いきなり彼女が使えたことで、

彼女が調子に乗らなければいいが、と不安になったのだ。

「わたし、魔法を使って、人を助けられました! 母さまを、助けられました!」

だが、彼女の次の言葉に、どうやら杞憂だったらしいと安心する。

「よか、った、母様が、無事で、よかったぁぁぁぁ」

くしゃくしゃと顔を歪めて、ルイズはそのまま母の胸に顔を埋める。

救えた、母を守れた、魔法で母を守れた。母が戻ってきてくれた。

それが嬉しくて嬉しくて、とてもホッとしてルイズは涙が止まらなかった。

「う、うぅ……ん」

そんな感動的な光景の足元で、何かがもぞもぞと動き、声を上げる。

「へええっ!?」

予期せぬ声に、ルイズは思わず飛び上がる。

ボロ雑巾のようになっていたソレはゆっくりと身を起こした。

服やマントはボロボロだったが、体への傷はそれ程深いものでもなかったようだ。

銀色の髪をふるふると揺らしながら、ソレ、もとい彼は顔をあげた。

「わ、ワルド様! どうして、こんなところに!」

旧知の青年の姿に、ルイズは思わず声を上げてしまった。

最後にあってからもう十年は経っているが、それでもその優しい瞳は変わらない。

「静かになさい、ルイズ」

ルイズを制止して、カリンはサイレントを部屋全体にかける。

「これで、外に話は漏れませんわ。では、詳しい事情をお聞かせ願いましょうか、

 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵」

 

「それにしても驚いたよ、ルイズ、まさか君がトリステインの虚無だったとはね」

椅子に腰掛け、ワルドは小さな婚約者に微笑みかける。

「さすがは僕のルイズだ」

「いやですわワルド様……」

ポッとルイズが頬を赤く染める。二人は、父親同士の決めた婚約者なのだ。

「場合によっては婚約解消ですよ。早く話しなさい」

そんな二人をカリーヌがにらみつける。肩をすくめて、ワルドは話を始めた。

「先ほどは、何処まで話しましたかね」

「ある事情からレコンキスタに潜入していた、トリステインを裏切る気はない、と」

彼女の言葉に彼は頷く。それだけは確かだ。

「数ヶ月前、僕は銀色の鏡に引き込まれましてね」

「それって、もしかしてサモン・サーヴァントの!」

「そう。僕が呼ばれたのは」

少し口ごもるワルド。一瞬思案をめぐらすような表情をする。

「ロマリアの、教皇の下だよ」

彼が口に出したのは予期せぬ人物。二人は言葉を失う。

ロマリアの教皇、ヴィットーリオといえばまだ若いながら非常に熱心な信徒であり、

その見目麗しさと相まって信仰を集めている人物だ。

「それでは、ワルド様は教皇聖下の使い魔なのですか?」

ルイズが恐る恐る聞いた瞬間、ワルドの顔がこわばる。

「誰が、誰が使い魔になんかなるもんか!」

ガタガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。

「好きな女性とキスしたこともないのに、何が悲しくて、

 男とキスなんかしなきゃいけないんだあああああ!!!!!」

ワルドは顔を青ざめさせたまま叫ぶ。二人がヒいているのにも気づかない。

「それなのに、あいつは俺を使い魔にしようと昼となく夜となく

 隙があればコントラクトサーヴァントしようとしてきて……!

 一応表向きは部下だったから変な噂も立てられかけたさ!

 部下やってる内に、死者さえ甦らせるというクロムウェルの虚無の噂を聞いて、

 それを調査するって名目で逃げ出してきたんだよ!

 死者を甦らせるということには僕も興味があったしね!」

おいおいと嘆きながら心の内を吐き出した。

そしてようやく、向けられる冷ややかな哀れみの目線に気づく。

こほん、と咳払いで誤魔化しながら再び椅子に座る。

「あの男は、もう一箇所気に食わないところがあってね……。

 あくまで噂だが、彼は……自分の母親を殺したそうだ」

「母親、を? 嘘、そんな、そんなことって」

予想外の言葉に、さあっとルイズの顔が白くなる。

今こうやって、母が無事に戻ってきてとても嬉しいルイズからすれば、

自らの母を殺そうとするなど思いも寄らないことである。

「直接ではない、異端だったからとは言っていたが、正直僕は怖かった。

 気に食わなかった。母を亡くした悲しみが、彼にはない。

 母を亡くすのがどれだけ辛いか……分からないなんて、信じられない」

目を伏せるその姿に、カリーヌは目を細めた。

母親。そもそもそれが、ワルドが生きている理由であった。

本来ならレコンキスタについていただけでも、規律を重んじるカリーヌの手で

粛清されていてもおかしくないはずであるワルド。

だが、彼女は彼の母親と約束していた。

隣家に住んでいたことから、カリーヌと彼の母親は懇意であった。

病床についた彼女を見舞った時、言われたのだ。

――カリーヌ。あの子のこと、お願いするわ――

――ああ、悔しい。死ねるものですか、まだ幼いあの子を遺して――

――なのに、私には時間がない、もう時間がない!――

そう嘆いていた彼女を、交わした約束を、思い出したから。

彼を婚約者として慕っている、可愛い娘がいるから。

だから、カリーヌ・デジレ・ド・ラ・ヴァリエールは、

ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドを殺せなかった。

 

「それと、その虚無の担い手のことで、一つ大切な話があります」

ワルドは二人に向き直ると、真剣な口調でそう話を切り出す。

「クロムウェルの傍らには、額に虚無の使い魔のルーンが刻まれた女性がいました」

使い魔に関する情報は、ロマリアにいる間に大分調べたとのことだった。

「そして彼女は、僕のよく知る顔でした」

ルイズとカリーヌの顔色がさっと変わる。

「勘づいておられるようですね。そうです、あれは、彼女は。……エレオノール嬢でした」

エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。

ルイズの一番上の姉であり、カリーヌの娘である。

「やはり、虚無の使い魔として召喚されていたのですね、姉さまは」

その事実に、ルイズはわなわなと身を震わせる。

予想はしていたものの、事実として受け止めると、辛かった。

「ああ。そして……クロムウェルにこのアンドバリの指輪を渡したのも、彼女だ」

二人に、不思議な色合いを持つ宝玉を乗せた指輪を見せる。

「何てこと、それでは、姉さまがこの戦争を……」

ふぅと倒れそうになったルイズを、カリーヌが支える。

「母さま……」

肩を支える手は震え、指先は柔らかな肌に食い込んでいた。

「ワルド子爵。あなたに問いましょう。エレオノールが今何処にいるか分かりますか?」

「推測なら、できます。アルビオンの虚無の行方は知れず、

 トリステインの虚無はルイズ、ロマリアの虚無は教皇。

 虚無の力は四つの王家の血筋に発現するといいますから……」

「残るガリア、ということですね」

そう聞くと、カリーヌは立ち上がろうとした。

「あの子を、止め、なけれ、ば……」

だが、そのままフラフラと椅子に座り込んでしまう。

顔色は青白く、額には脂汗が浮かんで息も荒い。

「母さま!」

「おいおい、姐さん無理しちゃいけねえぜ。聞けば強行軍だったらしいし、

 さっきまで戦争やってたんだ! ……今日はゆっくり休みなよ」

デルフリンガーが体調を考慮して優しく声をかける。

「そ、そうです! 一日くらい、大丈夫です!それにきっと、今日はもうヴナンも飛べません!」

それに追従して、必死に母を止めようとするルイズ。

「いいえ、早く、あの子を追わなければ。早く、早く……」

その制止も聞かず、どうにかもがき立ち上がろうとする。

「……失礼します、カリーヌ様」

その様子を見ていたワルドが予備の杖を振るい、呪文を唱えた。

眠りの雲が彼女の顔を覆い、たちまちのうちに抗いがたい眠りが彼女を襲った。

まぶたが閉じられ、深く刻まれていた眉間の皺が消える。

穏やかな寝息を立てだした彼女をワルドがレビテーションを使い、

備え付けられたベッドまで運んだ

 

母の眠りを妨げないために、勝利の宴会は明日以降に伸ばしてももらった。

治療も既に優秀な水メイジの手で行われており、

今夜一晩はぐっすり休む必要があると言付かっている。

先程まで部屋で食事をとっていた二人であったが、

今は夜風に当たるため部屋のバルコニーで話している。

「ありがとう、ワルド様、母さまを眠らせてもらって。

 もう……いくらなんでも、無茶をしすぎだわ、母さまは」

はぁ、と呆れと安堵と不安の入り混じったため息をこぼす。

ふるふると首を横に振ると、ワルドは告げた。

「いや、感謝するのは僕のほうだよルイズ。

 僕はあともう少しで、道を間違えるところだった」

「え?」

その言葉にルイズは首を傾げた。道を間違えるとは、何のことだろうか。

「ほんの少しだけね、僕はレコンキスタの考えに賛同していたんだ。

 トリステインの貴族は腐敗しきっている。だったら、外からでも変えないと、って」

月を見上げながら、ため息をつく。魔法衛士隊となった彼は、王宮に入った。

その中で、賄賂を受け取る貴族を見た。平民をゴミのように扱う貴族を見た。

そんな貴族が、祖国の中央にいるのだ。ひどく、落胆した。

「だが、君の母上に言われた。どうせなら中から変えろ、と。

 僕が王家に忠誠を尽くすことで、他の腑抜けた貴族共を叩きなおしてやれ、と」

表情を引き締めると、言葉を続けた。

「正直、ハッとした。貴族とは王家に仕え、国に住む民を守るもの。

 けして、魔法が使えるから貴族なのではない。そんな当たり前のことを、僕は忘れていたよ」

「……そうね。でも、魔法が使えることも、やっぱり貴族としては大事よ。

 きっと、始祖は私達に、守るために魔法の力を与えてくださったんだから」

彼の隣に、ルイズはそっと並んで立つ。

「私、この虚無の力で、母さまを救えた。アルビオンの人たちを救えた」

ぎゅっと指にはめたままの風のルビーを握り締める。

「そして……きっと、姉さまも救ってみせるわ。

 戦争に加担するなんて、そんなこと、許されるわけがないもの。

 姉さまは、そんな人じゃない。きっとルーンの効果で操られてるのよ」

震える声で、自らの意思をはっきりと示す。

「だから、私も母さまと一緒にガリアへ行く。姉さまの、ために」

そう言って身を震わせるルイズを、ワルドはすっと抱きかかえた。

「え、あ、あの、ワルドさま!?」

顔を真っ赤にしてルイズはもがき、腕の中から離れようとする。

「可愛い婚約者が、こんなに震えているのに、

 抱きしめてあげられなかったら、男じゃないな、と思って」

ニッコリと笑顔を見せる。そこに邪な思いは一切ない。

「婚約者って、でも、親同士が決めた、その」

あわあわと耳まで真っ赤にしながらルイズは言葉を紡ぐ。

「いやかい?」

困ったように笑われては、嫌だとも言えない。

「い、いやじゃ、ありませんわ」

ずっと昔から、憧れていた。泣いてる時は慰めてくれた。

優しくて大好きな、婚約者。

月明かりに照らされた二人の影が重なった。

「……ファーストキスでしたのよ」

「さっきもいったけど、僕もだよ」

そう言って二人はくすくす笑った。

 

「……そうか、失敗し、指輪も奪われた、か」

ガリアの王城グラントロワ。

その主ジョゼフは、彼の使い魔……エレオノールの言葉を聞いていた。

「は、はい。誠に申し訳ありません。なにとぞ処罰をお与えください」

俯きながら震えるエレオノール。だがそんな彼女に、彼はこともなげに告げる。

「なに、別にかまわぬ。俺はまた別の玩具を探すだけだ。そうだ、その烈風とやらが気になるな」

びくり、と身を震わせる。

「どうした、余のミューズ? ……肉親と争うのは嫌か」

「それは……」

口ごもる。それに答えるのはひどく酷なことであった。

「ああ答えずともよい。しばらくは俺が手を考える番のようだな。今日はもう下がれ」

それから、ひょいと思い出したように言葉を続けた。

「そうだ、またアレが来ておるぞ。お前が帰ってくると聞いたら

 プチ・トロワからわざわざ飛んできたぞ」

その言葉に、ハッとして顔を上げる。

「失礼いたします……」

エレオノールは、静かに、しかしそそくさと退室した。

彼女が消えた扉を見ながら、ジョゼフはくつくつと笑う。

「ずいぶんとお気に入りのようだな、お前も、あいつも」

 

主がそう笑ったことも知らず、エレオノールはある場所を目指す。

辿り着いた部屋の扉を開ける。そこに、一人の少女がいた。

ガリア王家の証である美しい青い髪。鋭い目つき。

しかしその目元は、エレオノールを見た瞬間和らぎ、パッと顔が輝く。

「エレオノール!」

「イザベラ様」

エレオノールの方も、少し顔が和らいだ。

彼女はイザベラ。このガリア王国の王女であり、ジョゼフの娘である。

「アルビオンに行っていたと聞いたが、……その、怪我とかはしてないね?」

少し頬を赤らめながら心配そうに尋ねる。

「ええ、大丈夫ですわ」

「そうかい、ならいいんだ」

普段の彼女を知るものなら信じられないような柔らかな笑顔を見せる。

「夕食はまだなんだろう? 一緒に食べようじゃないか」

手を握ると、まるで幼子のようにせかす。

「はい、ではご一緒させていただきます」

エレオノールも口元に笑みを浮かべ、その後に続く。

その心の内がちくりと痛んでいることを、イザベラは知らない。

しっかりと手を繋いで廊下を歩く二人は、姉妹か母娘のように見えた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。