雨に濡れた彼女にお風呂を貸して服を置いた悠紀は、パソコンの前に座るとカタカタとキーボードを打つ。
「んと……」
配信者としての活動で充分生きていける収入がある悠紀たが、個人的な趣味で様々な事をしている。
動画及び配信もまた趣味の1つだ。
「ここは、こう……」
そして小説を書くのもまた悠紀の趣味だった。
元々SNSにて短文で上げていた軽めの小説が人気を呼び、連載小説として新たに作り直した結果、本にもなるほどになだていた。
その収入もまた計り知れないが、悠紀の趣味故に不定期ではあったため配信者のが上回ってはいたが。
「む〜……」
悠紀が今書いている小説は恋愛物で、ベタな学園系ではあったがあまり執筆が進んでいなかった。
「……分かんない」
今まさに行き詰まっているのは主人公とヒロインが想いを交わすクライマックス。
しかし恋愛を一切したことのない悠紀にはとても難しいシーンでもあった。
「今日は、やめとこう」
これ以上は進まないと判断し、椅子から立ち上がろうと後ろを振り向く。
「あ」
振り向いた先には天使か女神のような。
とても美しい少女が悠紀の姿を眺めていた。
「あっ……お風呂、上がりました……」
お風呂上がりだからか、とても良い匂いが漂っていた。
同じシャンプーを使っているのにも関わらずこうも変わるのは男女の違いだからだろう。
「そう、ですか。服、合いました?」
「は、はい」
そして途絶えた会話から気まずさが空気を支配していた。
人と会話するのが苦手な悠紀は自分から話を切り出す事はまずない。
そして彼女も同じなのだろう。
少しばかり喋らない時間が続くと、急にお腹の鳴る音が響いた。
「……ご飯、食べますか?」
「……は、はい……」
消え散りそうな儚い声で答えた彼女はあまりの羞恥に顔を真っ赤にしていた。
そんな姿が少し可愛く見えたが指摘するのは酷だろうと、気にしないようにしながら手際良くご飯の準備をするのだった。
「んー……」
彼女を席に座らせると、悠紀は冷蔵庫を開けて何を作るか考える。
「食べたい物、あります?」
「なんでも良いですよ。作ってもらう側ですので」
「なんでも……むー……」
料理を作る側としては
冷蔵庫とずっと向かい合っている悠紀に、声がかけられた。
「その……さっぱりしたものがいいです……」
小さめの声だったが、しっかり聞き取った悠紀は冷蔵庫の中身で何を作るかもう決め終わっていた。
「〜♪」
料理慣れしているのは彼女でも分かったのだろう。
無駄のない動きにずっと視線が釘付けになっていた。
「料理、出来るんですね」
「……好きなので。どうしてですか?」
「私より料理上手だなって。動きが綺麗でしたから」
嘘のない言葉に褒め慣れていない悠紀は少し照れたが、表情に出さないように努めた。
「……あの」
「はい?」
「名前……教えてもらえませんか?」
そういえば言ってなかった、と悠紀は思い出す。
お風呂を提供するだけのつもりだったはずなのに、ご飯を作ってあげる事になっていた。
「釘宮悠紀、です」
「私は
珍しい名字だなと思いながら、作り終わった料理をテーブルに運んだ。
「い、いただきます」
「ん、いただきます」
パクッと雪白の口に運ばれた料理は、どうやら彼女に合ったようで。
「美味しい……」
とても至福そうな表情で食べ始めた。
「……なら、良かった」
人に振る舞う機会などなかった悠紀の料理はちゃんと人に食べさせれる事が判明した良いきっかけにもなった。
それを認識できた悠紀は、料理が好きになれて良かったと感じた。
「あっ……」
食べていると、途中で雪白が悲しそうな声をあげた。
視線を追うと盛り付けた料理は綺麗さっぱりに完食されていた。
「そんな、美味しかった?」
「はいっ!」
「さすがにおかわりはないかな」
「うぅ……」
なんだか餌付けをしている気分に陥ったが、実際そうなのかもしれない。
女の子が自分の手料理で釣られていると考えれば、すごい状況だった。
「……また、作ってあげるよ」
だからだろうか。
普段ならば言わない台詞。
自然と雪白に向かって言っていた。
「ホントですか?」
ご飯で釣っているのは理解出来てしまったが、自分なんかの料理を食べたいと酔狂な雪白に興味を持っていた。
「基本、家に居るから。食べたいとき、来たらいいよ」
「行きます。釘宮くんのご飯、とっても美味しいですから!」
「……そっか」
誰かと食べると美味しいのは本当だったようで。
1人で食べるご飯は味気なくなりそうだと悠紀は思った。
「洗っちゃうから。お皿ちょうだい」
名残惜しそうに皿を渡す姿が少し可笑しくって。
悠紀は思わずクスッと笑っていた。
「また作ってあげるから」
渡された皿を回収してすぐに食器を洗い終わると、雪白が座っている反対側に座り込んだ。
今日お風呂だけのはずがご飯を振るうことになった。
しかし雪白は家の鍵を持っていないのであれば外で寝るしかなくなるだろう。
「今日、家どうするの?」
「……玄関前で寝ます」
予想していた言葉が返ってきたが、ここまで面倒を見てしまった悠紀は外に放り出すのも目覚めが悪かった。
少しばかり悩んだ後に雪白に向かって告げた。
「寝床、貸してもいい」
「えっ……?」
「襲うつもりもない。僕の邪魔をしないなら、寝る所ぐらいは貸してあげる」
玄関前で寝ることになってしまった雪白にとっては有難いが、男女が一緒の床にいるのはそういう行為を詮索される。
悠紀はゲーミングチェアで寝れるためベッドじゃなくとも構わないのでこの提案をした。
「襲ってきたら、殴ってもいいよ」
「し、しません!」
「そう?なら、いいけど」
なんだかんだで寝床まで借りることになった雪白の姿が怯える兎のような感じに見えた。
食べるつもりはもちろんない悠紀は、その怯えを和らげようと頭を撫でてみた。
「ふぇっ?」
急に撫でられた事に反応が遅れるも、髪をぐちゃぐちゃにしないように丁寧に優しく撫でられ続けると不思議と安心していた。
「怯えてた、みたいだから。ごめん、変な事して」
「い、いえ……」
離れていく手が少し残念に感じるも、初めて抱いたそれを雪白は認識しつつも気にしなかった。
「今日はくつろいでたら、いいよ」
まだ寝るつもりのない悠紀は今から本格的に活動を始める。
パソコンが置いてある部屋と寝る部屋は別々なので雪白の寝姿を見てしまうことは無い。
「よし」
ヘッドホンを装着して、配信ツールを起動すると、そこは超有名配信者の悠紀だ。
「えーあー、テッステスー」
普段の変わらない日常が少しずつ変わり始めていた。
止まっていた歯車が段々と動き出す。
それに悠紀は気づいていたのだろうか。