こんな少女もいたのでしょう。   作:≒=≠

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第1話

かひゅっ。

と、声未満の息が漏れた。

 

あいつはやばい。首筋への殺気を感じてとっさに回避。

それも間に合わなくて、致命傷こそ避けられたけど、浅くはない傷が残った。

急に体を捻ったからか、左腕の感覚が鈍い。

いや、それよりもなによりも。早く離脱して 立て直さないといけない。

 

瞬間的な殺気の濃度からして、きっとアイツだ。

噂通りなら、経験通りなら、さっさと逃げ出すか、さっさと殺してしまうかしないといけない。

あるいは、このガサガサという茂みをかき分けて逃げる音すら危うい。

というか私がここにいると教えているようなものだ。

 

薄暗い森の中で、人気もなく、今は偶然か獣の気配もない。

いや、梟ならこの狭い空間の中でも音もなくやってくるかもしれない。

と、茂みの切れ目、程よく降りてきた蔦。

切り返して、茂みの中に戻ろうとした音を立てて進行方向を偽装し、そのまま蔦を伝って木の上へ。

リアル準拠とはいえ、身軽なアバターでよかったと息を抜いたその瞬間に、胸に生えたナイフが、俯いた自分の眼前に現れる。

 

「これで3きる」

 

舌足らずな幼女の声がする。

 

どさっと自分の後頭部が地面にめり込む感覚を無視して、自分を一暼して去っていく幼女に、中指を突き立てる。

「次は殺す」

 

返答は飛んできたナイフだった。

ブラックアウト。

暗転。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご飯よ」

と、母親の声がする。

 

ログアウトしてからしばらく、幻肢痛が引くのを待ってベッドに横になっていた私は、やっとのことで声を絞り出す。

この、肺に重たい空気が詰まったまま、声を出そうにも息が吸いこめなくて詰まる感覚はどこで覚えたものだったっけ?

と、考える私をよそに、体は実質反射で、「はーい」と返事を返していた。

 

あぁそういえば小さい頃に怪我をして、全身麻酔から覚めた時の感覚がこんな感じだったかなぁ?

 

おばあちゃんちに帰省した時に、裏山で遊んでたら坂を転がり落ちちゃって、擦り傷に塗れた私の体は出血が滲んで見た目だけはひどいことになっていて、それを熊にでも襲われたのかと勘違いした両親が、親戚の医者のところに運んだものだから、親族みんなが上へ下へ大騒ぎしたものだ。

 

そうだ。あの時の感覚だ。

 

と、自分の体に意識の焦点があってくれば、おぼろげだった幻肢痛が綺麗にどこかに退いていく。

残るのはじんわりとした熱さだけ。

 

それもご飯を食べに一階に降りる頃には、もうどこかに消えているだろう。

 

今日の戦績は4キル8デス。

 

まだまだ、まだまだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、宿題ちゃんと終わらせた?」

 

と、通学途中の私の後ろから声が掛かる。

 

ちーちゃん。と、幼馴染みの奈子が飛びついてくる。

とっさに動きそうになった足をそのまま止めて、ぽすっと飛びかかられるままに、彼女を受け止める。

「私は授業の合間で終わらせて予習してるから、余裕」

 

「ちーちゃんそのあたり要領いいからずるいよねぇ」

 

できてしまうから仕方ない。

読めばわかることをどうして聞かないといけないの?とは言わない。

 

そういうものだと知っている。

耳から入る情報で、今更すぎる答え合わせをしながら、先に先に読み進めて、興味が湧けば資料集を先読みして、ほかの教科の本を読んでいれば流石に怒られるかなぁなんて考えながら、暇になれば思考の半分までを、最近手に入れた理想郷のあれこれに割いて夢想している。

 

「ところで、今日も放課後はゲーム?」

 

「うん。しばらくはかかりっぱなしかなぁ」

 

詳しくは話していない。

そもそも奈子は珍しいことにあまりゲームをしない。

 

触っても携帯端末までかなぁ。とは、若干レトロ趣味を拗らせた彼女の言葉だ。

そういえば、リアルすぎないぐらいがいいんだよ。っていつか言ってたっけ。

確かにそうだ。リアル過ぎると、人を選ぶ。

選び過ぎる。

 

そんなことを考えながら、教師陣のあれこれを話して、下駄箱で別れる。

さぁ退屈な半日の始まりだ。

なんとか頭は3割ぐらいで済ませたい。

 

私の1日の本番は夜以降だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつ頃からこんな趣味が、こんな思考が自分の中に眠っていたのかはてんでわからない。

このゲームに出会ったのも交通事故のようなもので、この趣味に目覚めたのも本当に偶然で、でも自覚した途端それまでの私とは、もうお別れしなければいけなかった。

 

後から調べてみたら、この音も立てずに殺し殺される風潮は、このサーバ独特のものらしい。

私にとってはそれは当然のものだったし、私が理想とするものであったから別に問題でもなんでもない。

逆に、φサーバーのように、自分の拳一つだけで戦えと言われても私にそんな力も度胸も無いし、γサーバーのように銃器に対する思い入れも無い。そんなことよりも、銃が規制されている日本社会で、どうして銃器に思いいれのある人がいるんだろうという疑問を抱いたりもする。

あるいは、どうやってその扱いに精通したんだろう。とも。

 

でもそんなことはどうでもいい。

 

かさ…と近付いて来る足音に、そっと耳をすませる。

 

右手に構えるのはコンバットナイフ。

少し幼い体系の私からすれば、少し扱いに困るショートソードとも言えるそれ。

きっとアニメなら、漫画なら、ここでジャキッと効果音が入るそれを、そうっとそうっと、引き絞っていく。

 

かさ。と足音が立ち止まる。

警戒、いや、猜疑だろうか。

 

あぁ、どちらでもいい。

 

やけっぱちのようで、浅慮のようで、それでいて計算の上で一息に距離を詰める。

この孤島での戦術は二つだけ。

今殺すか、後で殺すかのどちらかでしかない。

最短で急所を目指すか、機動力を奪いにいくか。

 

その一瞬の判断が生死を分ける。自分の命をベッドして挑む無謀な賭け事。

現実じゃ一度きりしか挑めなくて、その一回はとても気軽に手放せるものではないような、特別な、本当に特別なこと。

それがここなら何度でもコンティニューしながら楽しめる。

 

 

 

 

 

だってゲームだから。

 

 

 

 

 

 

一瞬の意識の空白、その代償はわたしの左の視界だった。

 

軽く突き立てられたナイフは、私の左目を抉ってそのままヒュッと外に抜ける。

「ウゥッ….ぐぉぉ」

うめき声なんて致命的な隙でしかなくて、回避行動は読まれて先回りされる。

身を翻そうとしたら、やってきた追い討ちは私の足にやってきて、そのままズサっ。と体が崩れ落ちる。

 

ちらっと振り返って、残った視界に収めたその動きは、人を襲うにはやや無駄こそあるものの、あまりにも、あまりにも滑らかで、ゲーム的に最善の動きをしましたというようで。

 

私よりもひと回り小さいぐらいの、蠱惑的な幼女の笑みが、月明かりに映えてやけに印象的だった。

 

次の瞬間やってきたのは、両手の痛み。続いて、両肩。

あ、やばいこれ。と思ったのもつかの間、その幼女はキョロキョロと辺りを見回している。

 

ジクジクとした痛みが心地いい。

現実でなら、一度味わえば終わってしまう痛みすら、ここでなら何度でも体感できる。この、命のやり取りをしている実感が、あまりにも心地いい。

現実の脳内でもきっと、アドレナリンがドバドバと生成されているのだろう。

かぁっと熱い高揚感が脳の奥で弾けている。

きっと脳がバグっている。

アドレナリンを出せば知覚の上では引くはずの痛み。けれどその信号は減衰することなく継続してやって来る。

生成されたはずのアドレナリンが足りないのかと誤認して、追加生成されているのだろう。

多分、ドラッグのトリップよりひどい。

底抜けに高揚感が高まっていって、脳内が幸せで満ちていく。

 

あぁ命のやり取りが楽しい。

その実感が心地よい。

 

ところで、命の価値が1円玉より軽いと言われるこのμで、自由を奪われた私はどうしてまだ死んでいないんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

「おねーさん」

 

 

 

 

 

 

 

蠱惑的な声が鼓膜をとろかした。

 

いつの間にか運ばれていた、岩場の影。

周囲からおよそ発見されることのない場所。

そこで私を逆さまに覗き込む笑顔の、明るさの欠けた幼女の、ただ底抜けに楽しそうな顔が私の視界を埋め尽くした。

 

ガスっ

 

最初に絶たれたのは右手の指だった。

 

「ねんねんころりよ おころりよ」

 

舌足らずな声が、耳ごしに脳みそを揺さぶっているような気がする。

 

無くしたのは、中指と、薬指だろうか。

 

赤く、熱く触覚がせき止められたような感触。

手首の時点で、あるいは肩で、腱か関節かをやられていたのか、動けと信号を送っても、動く気配はない。

筋肉が痙攣しているのか、ぴくっ、ぴくっと反応はしているようだけど。

 

「ぼうやはよいこだ ねんねしな」

 

ぐさっ。

 

次は左手首。腕を開きにするように、骨の隙間を縫い止めて、私のナイフが地面に突き刺さる。

唐突に摘み上げられる舌。

迷いなく切除されるそれ。

 

ごぶぉっ。と口内に流れ出る血。

当然のように喉の奥に溜まった、ドロドロの鉄の味は、空気の流れをせき止めて、少しづつ、少しづつ酸素を私から奪っていく。

 

「ぼうやのおもりは どこへいった」

 

すうっ。と熱が腹部に走る。

縦に割いた赤い口に手を突っ込んで、くちゅくちゅ、ぐりぐりと、体温を堪能する様に、生の実感を確かめるように、内蔵が直接撫でられている。

 

ぐりゅっ、ぶちっ。となにかを引きちぎるような音がする。痛みなんてとうにオーバーフローしている。

 

「あのやまこえてさとにいった」

 

痛い。痛い。痛い、痛い。

 

いたいいたいいたいいたい。

 

熱と多幸感で上書きされて、その上にまた雪崩のようにやってきて、また塗りつぶされて上書きされて。

 

伝染した狂気がマーブル模様を塗り重ねるように層を重ねて、制御の効かない核分裂反応のように頭の中で弾け出す。

 

「さとのみやげになにもろうた」

 

「アハハ!!!キャハハハッハハッッッ!!!」

 

ごふ、と喉奥から吐き零すのは、溺れそうなくらいにこべりついた血、血、血。

寸切れの舌でひり出した歓喜の声は、ビーコンのように夜を伝う。

 

「でんでんだいこにしょうのふえ」

 

終わりと言わんばかりに、高く掲げられたナイフだけが視界にくっきりと映る。

 

ガスっ。と、口に突き立てられたナイフが脳を壊しながら後頭部へ突き抜ける感触を、走馬灯のように堪能しながら、私はゲームをログアウトした。

 

 

 

 

 

 




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