郷愁というのは唐突に訪れるものだ。
あの頃の熱量は錯覚でもなんでもなく、ただ純粋なエネルギー、自分の人生の中でも1、2を争うぐらいには、輝かしく燃えた青春の1ぺージには違いない。
そう。奪われることには慣れていた。現実生活で一番大事なはずのものを、私たちはいつも奪い合っていた。
文字通りに身を引き裂く痛みとともに、自分自身が世界から失われるときの感覚を、なんどもなんども、幾度となく擬似体験し続けたあの夏の日は、私の中で燦然と輝いている。
その日々すら、例えるなら自分が知らぬところで勝手に進んだセーブデータとでもいうのだろうか、誰かの日常の余波を受けて、自分の手の届かないところへと消え去ってしまった。
だから私は、あのとき掲げたナイフを、どこかにおろすことなく今に至る。
あれから何年たっただろう。
あのとき高校生だった私は、もう大学生になった。モラトリアム期とはいえ、高校の頃とは違って、色々と社会に馴染んですでに何年目かだ。
ふと、奈子が語っていた言葉を思い出す。
「こんなフレーズがあってね。人が人生の中で殺人を行えるのはただ一度だけだ。って」
なにかの小説からの引用だったその言葉は、いったいどんな文脈で語られたのだったか。
なんにせよその一度を、私はきっと永遠に奪われたまま、これからを生きていく他ないのだろう。
あの日、サバイバルガンマンのオンライン環境は閉鎖された。
オーバーヒートした熱は私を焼くことも破裂させることもなく、静かに、静かにその熱量を閉じていった。
いつか訪れる終わりを、全く意識することがなかったといえば嘘になる。
ゲーム文化にはそれほど詳しいわけでもないけれど、オンライン環境というものは、永遠に運営されるわけではないということは当然知っていた。
いつかは閉じられる理想郷。
それでも、こんなに早いとは思わなかった。
ユートピアは失われて初めて、その美しさを永遠のものにする。
「ちーちゃん」
頭上を、ざぁと電車が駆け抜ける音がした。
ちょうど今の便でついたのだろう。
あの頃から、変わらずに隣にいる奈子の声で、感傷がふいとたち消える。
今日はお互いバイトもないし、講義が終わったら一緒に帰ろうと声をかけていた。
購買で買っておいたペットボトルは、そこにわずかに残るばかり。
ルームシェアは案外順調に続いていて、今日もこれから一緒に晩御飯のための食材を買いに行くところだ。
「ところで、そろそろ他の呼び方でもいいんじゃないかと思う」
「えー?ちーちゃんがちーちゃん以外になるイメージってないもん」
相変わらずだ。
違う学校とはいえ、通学先は近所で、今も変わらずに私と彼女は気のおけない友人同士のままだ。
「それで、最近はどう?」
最近どうも、こうも、私生活は共有していて、学校の話はそれなりに交換していて、どうもこうもあったもんじゃない。
というか。
「その導入、前と一緒だよ」
まぁ確かに、会話に定型文があると、テンションをリセットするのにちょうどいいのは確かだ。
「いいじゃない。変わらないものも大事でしょ?」
うんうん。
「まぁ、そろそろ実習とか忙しくなってきたかなぁ」
そいういえば最近、フィットネスジムを始めた。
体を動かす楽しさに気づいたのは、今の今になってからという、あまりに今更な状況だ。
脳で好き勝手に動かしていた体を、現実の側ならどれだけ近づけられるのかと、今更ながらに思い立って、とりあえずランニングとかで軽く動かすところから始めている。
「んー、それじゃあ、この日は都合合うかしら?」
そういって奈子がおずおずと、けれどニヤニヤと取り出してきたのは、JGEのパンフレットだった。
次で最後の予定