結論からいえば、JGEの会場にはいかなかった。
なんかそういう気分じゃないし、今、それほど気になるゲームがあるわけでもない。
というか、まともにやりこんだゲームは後にも先にもサバイバルガンマンだけで、そう思うと私のゲーム体験は随分と偏ったものであるのだな。と今更ながらに実感する。
「シャンフロもリアリティすごいらしいねぇ」
とは、隣のソファーで携帯端末を操作する奈子の言だ。
「あんまりリアルすぎると、逆に感覚おかしくなりそうでやだ」
「そういうものなの?」
「うん、そういうもの」
殺意の応酬という意味では、ひりつくような対人戦を味わえるゲームは色々ある。
でも、私が欲しいのは、命をベットしてもいいという実感で。
ただのギャンブルに全財産突っ込むのに近いけど、そんな粗雑な破滅願望ではなくて。
そんな神聖な場所がきっと、あの孤島だったと、私は錯覚している。
「じゃあ中継でもみよっか」
と、奈子がJGEの中継番組をテレビに投影する。
最近は、彼女は見る専とでもいうのだろうか。
ゲームはプレイしないにしても、案外他人が遊んでいる風景を見るのは好きになったようだ。
シャンフロブースが開始早々に大混雑に陥っているのも、外から見る分には、面白い。
そこまでの熱は、もう私の中に残っていないようだけれど。
「いろんなゲームが出てるねぇ」
へぇこんなのもあるんだ。と奈子はパチパチとチャンネルを切り替える。
すごい。宇宙探索とかもあるんだ。
というかゲームだしそれだけ広範囲のマップも生成できるんだ。
なんて、人の情熱をザッピングしていたところに、私の人生2度目の交通事故がやってくるとは、その時はわずかにも予期していなかった。
そもそも、不意に起こるからこそ、交通事故なのだ。
外界から突如としてもたらされる、私の形を決定的に変えてしまう、衝撃を伴った何か。
「奈子?」
「うん?」
「ちょっとチャンネルそのままにしてくれない?」
「どうしたの?」
あの時、具体的にいえばサバイバルガンマンを初めてプレイしたあの時以降、もう体験するとは思ってなかった自分の中をかき乱す何か。
目に留まったのは、スクロールガンシューティングのARゲーム。
触れたこともなければ、それほど興味のあるジャンルでもない。
強いていえば、最近は体を動かすことの楽しさをやっと理解できるようになったから、ARゲームスタジオに行って遊んでみるのももしかしたら悪くないのかな?と頭の片隅で考えたことがあるぐらいで。
なのにチラリと映ったその風景には、どうしてか興味を惹かれるものがあった。
男女の二人組が、仲よさそうにゲームを進めていく。
進むに連れて、言葉にできない違和感が、頭の中で存在感を増していく。
「っ!!!!」
きっとプレイしていたら気づかなかっただろう。
あるいは会場にいたとして、気づくことができただろうか。
カメラが透過するエネミー越しに、こちらに銃口を向けるプレイヤーを映し出す。
知っている。
私はこの光景を知っている。
映画なんかだとありふれたはずのその光景。
なのにはしばしの所作が、演劇、あるいは演じるもののそれとは違う。
当然だ。それは魅せるためではなく殺すための動き。
ニヤリと笑った男の子の笑みが、あの日殺しあった幼女のそれと、どうしてか重なって見えた。
今は既に走馬燈の中に格納された、極彩色の思い出。
「奈子、パンフレットあったよね。これってなんてゲーム?」
驚きを隠して、なんとか声に平静を保って、私は彼女に問いかける。
「んーと。スクラップ・ガンマン、だって」
ガンマン。ならばγサーバーの?
サーバー間戦争のときに、やたらと銃火器を愛用する集団がいたが、後から聞けばそれがγサーバーの人々だったらしい。憶えていることといえばそれぐらいだ。
ありがと。
それだけ呟いて、私はソファーに座りなおす。
「ちーちゃん」
と、いつもの声が鼓膜を揺らす。
「なーこー」
今日は私から。ぐでーとだらけて寄りかかる。
唐突に始まったコミュニケーションにも関わらず、なんか珍しいね?と言いながら、奈子はされるがままに、私をあやしてくれる。
いや、私は赤子じゃないし、そんな願望もないのだけれど。
と、ふと、さっきの幼女の顔が、いや、プレイしていたのは幼女じゃなくて男性だったけれど。
記憶が一気に孤島に引き戻される。
視線が、殺気が、リフレインして、フラッシュバックする。
きっと、過去の薬物乱用者が体験した禁断症状とはこういう感覚を発端にしていたのかもしれない。
脳がとめどなくアドレナリンを生成しているのがわかる。
感覚が、知覚が、認知が、鋭敏になりながら同時に愚鈍なものへと変化していく。
少し浮いたところから自分を眺めているような、一方で動作から生まれる空気の流れすら知覚できてしまうような、目の前の景色が、グランドキャニオンぐらいに広がって、それを俯瞰しながら同時に顕微鏡で覗き込んで超高解像度の風景を認識しているような、そんな意味不明な認識に、脳がまだ追いついていかない。
「ちーちゃん?」
耳に流れ込む音が、産毛を揺らす感覚すら認識してしまえそうな錯覚の中で、ふと、暴れ独楽がバランスを取り戻したかのように、自分の世界認識が安定する。
なんだったんだろう。という疑問もつかの間、奈子がこちらを覗き込んで、言う。
「まだちゃんと戻ってこれてるね」
何を、とその言葉の真意を問いただそうとするもつかの間、彼女は私を遮って言葉を続ける。
「今のちーちゃんにあってるかどうかはわからないけど、最近読んだ、古い本にこんな一節があってね」
「何?」
「本当の意味で人を殺せるのは、最初のその一度だけだ」
って。
そう笑う彼女の顔は、女神のように柔和で、そして私の何もかもが見透かされているような、そんな錯覚を覚えるような、そんな顔をしていた。
「ねぇ、奈子」
「うん?」
「何を知ってるの?」
「ちーちゃんが楽しんでることと、結構深入りしちゃってることと、そろそろ日常生活に影響が出てきちゃってることぐらい?具体的には何も知らないんだけどね?」
楽しそうなあなたに、あの頃から興味を持ち続けている。
どうしてか今日のあなたは、あの頃のあなたと似ているような気がする。
自分の知らない微笑みを浮かべた奈子が、そこにいたような気がする。
でも、自分はその笑みを、知っている気がする。
孤島で、でもあの幼女じゃなくて。
そうだ。
きっと。
ナイフに映る自分の笑みは。
今日の獲物はお前だと呟く私の笑みは。
きっとこんな穏やかなものじゃなかっただろうか。
私にとっての特別と、奈子にとっての特別はきっと違うけれど、私があの孤島に感じていた何かと同じような何かを、きっと奈子も感じていた。
その対象が、私?
「奈子って私のこと好き?」
そんな突拍子もないことを、根拠のない確信を持って問いかける。
「楽しんでるちーちゃんが好きだよ?」
具体的にいえば、空想の人殺しを。
その日、私は自分のナイフの着地点を見つけたのだと思う。
きっと、どこかに。
こんな少女がいたのでしょう。
ーENDー