その、宙を漂うエコーが聴いたのは。
「……水の音?」
川、それがせせらぐ音色である。
「ここは……」
薄暗い川底、そこにとエコーは「沈んで」いた。
「しかし、息が出来る……?」
そのエコーの疑問通り、川の中だというのに、全く息苦しさを感じない。
「それはいいのだが……」
しかし、いくら川の中で呼吸が出来るからといっても、ここはどこだという疑問の解決には、全くならない。
「確か、俺はあの泉にと降りて、そこに裸の女がいて……」
「それは、私の事でしょうか?」
そのエコーの質問、それに対していずこからか投げ付けられる声。
「私は、シルキー・マウ」
リィン……
シルキー・マウ、そう名乗った女の姿が、エコーがいる川底にと鈴のような音と共に舞い降りる。
「フェラリオです、コモンの者よ」
「フェラリオ、か……」
フェラリオ、それはいわば妖精のような種族。その種族に属する女が、薄絹のような衣服を身にとまとい、エコーの顔を覗き込んだ。
「フェラリオにも、人間と同じ大きさの奴がいたんだな」
「私は、小妖精のようなフェラリオとは違います」
「まあ、その辺りは俺にはよく解らないが……」
その違いとやらは、あまり学があるとは言えないエコーにとって、彼女にと言った言葉の通り良くは解らない、しかし。
「それよりも、ここはどこなんだ?」
「ワーラー・カーレン、天の河です」
「ワーラー・カーレン……」
どこかで聞いたようなその名前、それをエコーは思い出そうとするが。
「お喋りが過ぎるぞ、シルキー・マウ!!」
パァ……!!
年配の女と思われる女の厳しい叱責の声、それが放たれたと同時に。
「う、うわ!!」
エコー達を包んでいた川が、文字通りに「干上がる」
「お、おどろかせやがって……」
「コモンよ」
「な、何だよ……?」
「名乗れ」
何か、その身を竦ませているシルキー・マウを横目に見やりつつ、エコーはその法衣の様な物に身を包ませた女の顔を正面から見つめ。
「二度言う、名乗れ」
「俺の名はエコー」
「エコー、鳴り響く者という意であるか」
「あんたは?」
「ジャコバ・アオン、聞き覚えはあろうな?」
そのジャコバとかいう女が吐くその威圧的な声に、エコーは軽い反発を感じ、その為。
「無学であるか、コモンよ?」
「悪いな、無学で……」
「フム……」
言外に彼女の名を「知らない」と答えたエコーに対して、ジャコバ・アオンはその鼻を一つ、小馬鹿にしたように鳴らしてみせる。その態度が余計にエコーにと反発を生ませる。
「何ゆえ、そなたがここにやって来たのか、我にはわかっておる」
「俺には、さっぱり解らない……」
「このシルキー・マウ、愚かなフェラリオが地上人を召喚したその余波」
「はい?」
「そして、それによって力を使い果たしたこやつが水に消えた勢いに、呑まれたのであろう」
「すまない、言っている意味が……」
そのエコーの言葉は正論ではあるが、それに構わずジャコバ・アオンは。
「招かざる客よ、コモン」
断じるように、吐き捨てるようにそうエコーにと言葉を絞り出す。
「直ちに、このワーラー・カーレンから立ち去れ」
「だから、俺は何でここに来たのか、どうやって帰るのかも……」
「このフェラリオのでき損ない」
そう言いながら、ジャコバ・アオンはその女に脅えきっているシルキー・マウに向かって、その人差し指を伸ばしながら。
「シルキー・マウに聴け」
何か、呪のような物を唱え始める。
「慈悲を、ジャコバ・アオン……」
「ならぬ」
その哀願に満ちた言葉を放つシルキーが、その呪を受け。
「この女の、身体が縮んでいく……?」
徐々にとその体躯を、以前に出会ったチャム・ファウ、小妖精の姿へと変えていく光景を、エコーは呆気にとられつつ、呆けたように見詰めている。
「この庭から追放する、シルキー・マウ!!」
ビュウ……!!
ジャコバ・アオンのその烈帛に満ちた怒声により、身体が縮んだシルキー・マウはその背にと新たに生やした翅を震わせ、そしてエコーの服を掴み。
「う、うわ!?」
「シルキー・マウの手により、コモン界に戻れ!!」
そのエコーを掴んだシルキー、彼女の身体が緑蒼色に染まると同時に、彼と彼女の輪郭が歪み始めた。その時。
「何だ、この真っ黒な、それでいて蛍の様な光が瞬く光景は……?」
「オーラ・ロードです、エコー」
「なんだって、シルキー・マウとやら?」
「天の河、そうとも言えます」
「だから、訳がわからないと……」
その、地上の人間ならば一般知識として知っている光景の中で、エコーは。
「オヤジ、オフロク……?」
何か、懐かしい顔をその目前にとよぎらせながら。
「何だ……!?」
彼は、その意識を失った。