「エコーさん」
「なんだよ、ネデル……」
ラース・ワウ郊外の丘にと寝そべっているエコーとネデルの二人は、上空を飛翔している三機のオーラバトラーの姿をみやりながら、軽く互いにあくびをした。
「早く言えよ」
「あのマーベル様っていう地上人」
「騎士、マーベル様がどうかしたのか?」
どうやら、三機のオーラバトラーの先頭にと浮かぶ「ゲドバイン」に乗っている地上人「マーベル・フローズン」の事はすでにラース・ワウ中に知れ渡っている様子である。
「ドレイク様に反感があるらしいですよ」
「ドレイク様、お館様にか?」
「ええ」
「なぜ?」
そう言うエコーに対して、ネデルは軽くその細い肩を竦めてみせたのち、細くに息を吐いた。
「なんで、マーベル様がドレイク様を悪く思うんだ?」
「なんでも、ドレイク様がフラオン・エルフ王の事について悪口を言っているのが気に入らないとか、何とか……」
「フラオン王ね」
「そして、何やらお館様が野心的すぎるとマーベル様がこぼしていたとか」
「なるほどね」
フラオン・エルフ、アの国中で「暗愚王」として知れ渡っている人物である。
「まあ、当然といえば当然だ」
「マーベル様の不満が、ですか?」
「いや、お館様のフラオン王への不満がだよ」
そう言うと、エコーは丘から上体を伸ばし、ニカと笑う。
「フラオン王は、このガロウ・ランの戦役について、何もしなかった」
「ちょっと、エコーさん……」
「違うか、ネデル?」
「どこでだれが、聞いているか……」
「おっと……」
確かに、いくらエコーの言うことに理があったとしても、王の事を悪く言っていい「法」はない。
「あぶない、あぶない……」
「それに、不敬にもあたりますよ」
「そう睨むなよ、ネデル」
「あのですね、エコー……」
このネデルという少年、彼は説教口調になるとうるさいとエコーは知っている。
「だいたい、あなたは……」
「わかった、わかった……」
「いや、この際だから言わせてもらいますが」
「止してくれよ……」
その、妙な口喧嘩じみた事を始めた二人の少年の上空、そこでは三機のオーラバトラーが悠々と飛行していた。示威行為だ。
――――――
「全く、ネデルめ」
夜も更け、少し酒が入ったエコーは兵舎に戻る前に少し散歩をして。
「フラオン王よりも、ドレイク様の方がよほどコモンのお役にたっているっての……」
酔いを冷まそうと、電柱が建ち並ぶラース・ワウの城下をフラフラと歩く。
「しかしに、この電灯も」
電灯、灯りを伴ったその柱、すなわち通信の為に作られた「灯り付き電柱」もすべてドレイク・ルフトが庇護しているショット・ウェポンという技師が作成したものだ。
「俺の村に医者の手が届くようになったのも、すべてドレイク様の手によるものだ」
オーラマシンの副産物として産まれた様々な薬品、そしていざというときに医者を呼ぶことが出来る電信、それらの恩恵は計り知れない。
「それに、不満があるだと……?」
理解が出来ない、エコー少年は心底そう思う。
「それが、地上人さんの考えというものなのかな……?」
ひとしきり、人通りの少ない街路の真ん中で愚痴っているエコー、その時。
ガダ、ン……
「ん?」
前方の一軒家の扉が開き、一人の女が辺りを見渡しながら街路へとその身を躍らせるように飛び出す。
「マーベル様だ……」
栗色の美しい髪、そして美しい横顔は薄暗い街灯の灯りの元でもハッキリと解る。
「あれは?」
そのマーベル・フローズンの、小走りに走る先には一台の馬車。
「おっと……」
その馬車へ走りながら、辺りをキョロキョロと見渡すマーベルを確認したエコーは、近くにあった大きめの酒樽の脇へとその身を隠す。
「まさか、ラース・ワウからの脱走?」
――マーベル様は、お館様のやり方に不満があるらしい――
「ありうるかな?」
ネデルの言葉を頭にと思い浮かべながら、木陰でエコーは一つ頷く、その時。
ガタァ……!!
「誰!?」
「し、しまった……」
「出てきなさい!!」
「う……!!」
「その声、まさか……」
うっかりと酒樽を転がしてしまったエコーの方向を、マーベルがそのまなじりを吊り上げて睨み付けた。
「マーベル様、いまは脱出を先に!!」
「しかし、ニー!!」
「早く!!」
ニー、その人名らしき言葉を、必死でエコーは頭の中で反芻する。
「確か、ギブン家の息子……」
ギブン家、それはアの国ドレイク家の東側に位置する大貴族の名前だ。確か由緒正しい昔からのアの国の忠臣。
「マーベル様、ギブン家にその身を寄せるつもりなのか?」
ガラ、ラァ……
けたたましく夜の街を去っていく馬車を見送りながら、ポツリと残されたエコーは一人呟く。どちらにしろ、一人では出来ることはない。
「仕方ない」
電灯が灯る夜の中、酔いがすっかり冷めたエコーは。
「どちらにしろ、ベッグ隊長に報告だ……」
その足で兵舎へと向かう、が。
「マーベルさん……」
ふと、脚を止めてエコーが呟いた愛仰を含んだ言葉は、夜の闇に溶けるのみ。