戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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【2026/01追記】
全文書き直しました。
詳しい変更内容は活動報告に置いてあるので、ご興味ありましたらご覧ください。


プロローグ 絶望のプレリュード
EPISODE■■「プログラムされた悲劇」(26/01改稿)


「よっ。やっぱ覚えてるよなァ、この場所。懐かしいだろ」

 

「…………」

 

「俺とお前が出会った場所だ。あん時は大変だったんだぞ?

 ……何でってお前、全身びしょ濡れだったでしょうが。脱がせる訳にもいかねェしさ」

 

 

 

 無数の雨粒が傘を叩く。

 すぐ隣から聞こえるはずの駆動音も、今日はやけに静かで。

 太陽を遮る分厚い曇天の下、打ちつける雨音だけがこの場に響いていた。

 

 彼が言う通り、ここは立花響(たちばなひびき)にとって忘れ難い場所だった。

 響と男が邂逅を果たしたあの日のことを、一体どうして忘れられるだろう。

 

 

 

────俺は石動惣一(いするぎそういち)。このイカした喫茶店、nascita(ナシタ)のマスターだ。

 

 

 

 男の言葉に釣られるように、今までの全てが響の瞼裏で瞬き始める。

 

 すべてのはじまり、彼と出逢った時。

 親友を彼のもとに連れて行った時。

 取るに足らない、くだらないことで笑いあった時。

 親友との仲直りに背を押してくれた時。

 父親との和解を言祝いでくれた時。

 それから────。

 

 無数の思い出が瞬きの間に流れていき、瞼を開ける。視界に映るは、それら総てを否定する彼の姿。

 腰に巻かれた無骨な器具が、()()が幻だったことをこれ以上なく証明している。

 

 

 

「惣一……さん」

 

 

 

 それでも。

 気づけば会話を求めていた。

 

 

 

「覚えてるよ。あの日、わたしを見つけてくれた日のこと……落ち込んでたのを励ましてくれたよね」

 

「えらい落ち込み様だったもんなァ。流石に見過ごすのも決まりが悪いだろ?」

 

「ノイズを許せないって言ってた」

 

「そういや言ったような……。なんだ、俺より覚えてんじゃないの」

 

「なのに……どうして」

 

 

 

 彼と目を合わせられない。目が合えば、全てを見透かされそうな気がするから。

 白まる指。傘を握る力が強まる。

 

 

 

「あの日の言葉も……わたしに笑いかけてくれたのも……! お父さんと仲直りできるように頑張ってくれたのも、わたしに“おかえり”って言ってくれたのも! 全部ッ、全部嘘だったのッ!?」

 

 

 

 男の顔から笑みが消えた。真一文字に結ばれた唇。真っ直ぐこちらを見据える瞳。彼がこの表情をするときは、決まって伝えたいことがあるときだと響は知っている。

 逸らしたい。背けたい。そんな願いとは裏腹に、響の目は彼に引き寄せられる。

 雨音はもう聞こえない。思わず口に出た問いに対し、次第に男の口が開かれ────。

 

 

 

「全部が全部嘘って訳じゃない。たまに感動してウルっとしたし? 騙して悪いなとも思ったよ」

 

 

 

 直後、響の全身を叩くのは滝のような雨。

 当然だ。たった今傘を投げ捨てたのは他でもない、立花響自身なのだから。

 

 

 

【コブラ! シンフォギアシステム!       

   シンフォニック! エボリューション!】

 

 

 

 砕けんばかりに歯を食いしばる。爪が割れるほど強く、胸のペンダントを握る。拳の間から流れる血が、地面の水と混ざり合っていた。

 

 

 

 

 

「Balwisyal Nescell……     

     gungnir tronッ……!!」

 

「━━━━変身」

 

 

 

 

 

 閃光は体を為し、戦装束をその身に纏う両者。眼前の戦に臨むべく拳を構える最中、響は目を閉じ息を吐いた。

 胸に残った何もかもを吐きだし、吐きだし、吐きだして────。

 

 ────地面を砕く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「エボルトォォォォォォッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 "星狩り"と"神殺し"。

 血華咲く、死闘が始まる。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「場所の特定を急ぐんだ! 事態は急を要するッ!」

 

 

 

  都内湾岸エリア、碇泊港。

 関係者のみ立ち入りが許されるその海域に停泊する、一隻の潜水艦。その正体は、国連直轄の超常災害対策機動部タスクフォース【S.O.N.G.】の本部だ。

 

 本部中心部、幾重もの認証を潜り抜けた先に司令室は鎮座している。人類守護を担う砦の本丸、その現況を形容するならば、”修羅場”というのが的確だろう。

 風鳴弦十郎(かざなりげんじゅうろう)司令の指示の下職員たちが忙しなく動き回る室内に、新たに五つの影が入ってきた。

 

 

 

「おいオッサン、まだ特定できねえのかよッ!」

 

「落ち着きなさい! 貴女が騒いでも、事態が好転する訳じゃないわ」

 

「ンなこたぁ分かってるけどよ……」

 

「目下全力で捜索中だ。すまないが、もう少し待機していてくれ」

 

「我らの思いは同じ。今は耐える時だ、雪音」

 

 

 

 開口一番、弦十郎に詰め寄るのは雪音(ゆきね)クリス。肩を怒らせる彼女をマリア・カデンツァヴナ・イヴと風鳴翼(かざなりつばさ)が諭すも、未だ興奮冷めやらない様子だった。

 

 事の起こりは半刻前に遡る。

 S.O.N.G.の職員に支給されている通信機、その内の一機にハッキングが検知されたのだ。急ぎ該当端末の照会が行われ、持ち主が響であったことが判明する。

 調査の過程で、響の通信機に通話記録が残されていたのを発見した。状況から鑑みるに、この通話の発信者が下手人である可能性は高い。

 解析が進められ、数分間の通話ログが抽出された。

 以下は通話内容の抜粋である。

 

 

 

【通信開始】

 

────響です。

────よっ。俺だ。別に仕事でもなし、そう畏まるなよ。もっとカジュアルに行こうぜ。

────(声を上げる)なんでこっちに……。

────その反応はねェだろ、俺とお前の仲だってのに。

 (沈黙)ああ、そういうことか。確かに、そっちの携帯に電話するのは初めてだったかもな。

 

(数秒沈黙)

 

────言っておくが、事が済むまでS.O.N.G.に連絡はできないようになってる。風鳴司令やら、他の装者やらに連絡しようとしても無駄だぞ。

────なら! さっさと用件言ってください! なんなんですかさっきから!

────(笑い声)何、大した用じゃない。お前にとっては重要かもしれないが……急かすなよ。

 単純に俺の計画が大詰めになってきたんでね、用済みの不確定要素はなるべく潰しておきたいって訳だ。この意味、分かるだろ?

 

 (数秒沈黙)

 

────場所は、どこですか。

────そうだな。俺とお前が出会った場所、なんてのはどうだ? そろそろ一雨きそうだしな。ロマンチックだろ?

 

【通信終了】

 

 

 

 以上の記録を確認した弦十郎は、即座にエマージェンシーを発令。潜航中の本部を最寄りの停泊ポイントまで急行させ、今に至る。

 

 

 

「相手は十中八九エボルトだとして……響さんと会ってやることと言ったら」

 

「ドンパチ以外考えられないデスッ!」

 

 

 

 月読調(つくよみしらべ)暁切歌(あかつききりか)が一同の意見を代弁する。

  通話記録での口調や声色だけではない。ハッキングの直後、響の通信機を中心とした半径7キロ圏内の監視カメラ映像、並びに一帯の電波が一斉にシャットダウンされた。

 このタイミングでのジャミング、そして過去の事例から、浮かび上がる一つの影。

 

 

 

「未だガングニールのアウフヴァッヘン波形は検知されていません。

 ですが、ジャミング機能を有するフルボトルを使用している可能性もあります」

 

 

 

 仮想キーボードを叩きながら提言するエルフナイン。

 つまり、響の所在も安否もまだ確証は持てないということだ。外宇宙の存在を相手取っている以上、慎重すぎるということはないだろう。

 

 

 

「結論、現時点ではエボルトが関わっていると見て動いた方が懸命でしょうね」

 

「ええ。少なくとも悪手にはならないはずよ」

 

 

 

 頷く一同。

 とは言え、これは前提を共有しただけ。未だジャミング回復の目処は立っていないようだ。調と切歌もクリスに同調して捜索に向かおうとし始めるが、弦十郎としては待機を命じる他ない。

 

 そんな時、司令室の自動扉が再び開かれる。

 二つに割れる扉の隙間を縫うように入ってきたのは一人の少女だった。少女は入ってくるなり弦十郎の姿を認め、彼の前まで駆け寄った。

 

 

 

「司令。未来さんをお連れしました」

 

「響はッ! 響は無事なんですかッ!?」

 

「未来くん」

 

 

 

 声を震わせながら駆け込んできた小日向未来(こひなたみく)に少し遅れて、緒川慎次(おがわしんじ)が入室する。

 装者の招集に先立ち未来の護衛を指示していたのだが、どうやら無事に任務を遂行したようだ。彼女の狼狽ぶりから、ある程度状況は共有できていると弦十郎は判断する。

 未来の息が整うのを待ってから、弦十郎は口を開いた。

 

 

 

「状況は道すがら伝わっていると思う。ジャミング回復の目処が立たない現状、君の力を借りたい」

 

「しかし司令、なぜ小日向を本部に? 立花と莫逆の仲であることは周知ですが……」

 

「もう一つの手がかりについて、未来くんしか持ち得ない情報がある可能性が考えられるからだ」

 

「もう一つの手がかり、だぁ?」

 

 

 

  弦十郎の言葉に片眉を上げるクリスだったが、間も無く切歌が上げた声に小さく肩を跳ねさせた。

 

 

 

「……ああッ! ビビっと来たデス!」

 

「うん。わたしたちにも覚えがあるもの」

 

「あの子と初めて会った場所、そこで会う……記録によればそう言っていたわね」

 

「けどよ。初めてっつっても……」

 

 

 

  二人が閃いたのはいつかの夜、クリスたち旧二課装者に決闘を申し込んだときのことだろう。あの時は決闘の時間と、場所を指定された。

 場所。

 つまり、対峙する場所さえ分かれば動きようはあるということ。だが、尚もクリスの胸中は燻っている。

 

 同じ結論に至ったのか、眉間を寄せるクリスを一瞥した翼が彼女の疑念を代弁した。

 

 

 

「奴との邂逅の場……。しかしそれは、立花がガングニールに覚醒したあのコンビナートではないのですか?

 双方の対応も、知己へのそれでなかったように記憶していますが」

 

「ああ。既に件の場所にエージェントを向かわせているがからっきしだ。そこで……未来くん」

 

「は、はい」

 

 

 

 落ち着きを取り戻しつつあった未来は、弦十郎の眼差しを受けて息を呑んだ。

 彼だけではない。場の視線は未来に集中している。この状況下だ、縮こまるのも無理はないだろう。

 

 

 

「我々の内で響くんと最も近しいのは君だ。

 "二人が初めて会った場所"……心当たりはないだろうか」

 

「響と()()()が、初めて……」

 

「うむ。恐らく二年か、それ以上前のことになるはずだ」

 

 

 

 考え込み、床へと視線を巡らせる未来。

 なおも周囲の視線は彼女に集まっている。だが、無理に期待をかけたところで余計に固まるだけだ。クリスは弦十郎に掛け合おうと声を上げかけ、

 

 

 

「初めて……あッ」

 

「知っているのかッ!?」

 

 

 

 息を漏らした未来に対し、周囲にどよめきが伝播していく。弦十郎はもちろん、クリスとて例外ではなかった。

 知っているというのか? 一体なぜ? いつ知った? 彼女はどこに?

 無数の疑問が胸の内より湧きあがる。

 

 だが大きな進展であることには間違いない。

 一同が固唾を飲んで続く言葉を待つ中、ふと気づく。

 ────どうして未来は、こんなにも顔を曇らせている?

 

 

 

「えっと、それは……。でも、見当違いかもしれないし……」

 

 

 

 歯切れ悪く、足元を見ながら消え入りそうな声で未来は呟いた。指を絡ませ、所在なさげに身体を左右に揺らしている。

 なぜ言い渋るのか? ざらつく違和感。だが、それに行きつくよりも先にクリスは動いていた。

 未来の肩に手を伸ばしてそっと掴む。こみ上げる焦りが喉を焼くも、息を吐いて激情を抑える。余計な揺らぎを見せないよう努めながら、クリスは未来の瞳を真っ直ぐ覗き込んだ。

 

 

 

「教えてくれッ! 約束だ、必ずあのバカを連れて帰る」

 

「クリス……」

 

 

 

  震える声に、揺れる瞳。

 四方に瞳を彷徨わせ、逃げるように上体を逸らす未来。クリスはなおも続ける。

 いつしかその両手には、震えるほどの力が籠っていた。

 

 

 

「あたしは……あいつが繋いでくれた手を、まだ離したくない」

 

 

 

 その言葉に目を見開かせ、逡巡すること数秒。観念したかのように未来は目を閉じ、肩から力を抜いた。

 眉を下げ、消え入りそうな声で呟く。

 

 

 

「…………分かり、ました」

 

 

 

 ゆっくりと顔を上げた未来からは、数瞬前までの葛藤はすでに消え失せていた。

 力強く前を見据える二つの瞳。灯っているのは────熱だ。胸の覚悟が、気迫としてここまで伝わってくる。

 彼女はまっすぐ手を伸ばし、モニターのある一点を指し示した。

 

 

 

「響が向かったのは、多分あの場所です」

 

「何……? だが、その場所は」

 

「よしッ!」

 

 

 

 モニターに表示されたマップ、未来の指が示したのは街はずれの工場地帯だった。

 今までの任務でも、この地区には出撃した記憶がない。つまりノイズや任務とは関係がないのか?

 

 彼女がその場所に思い至った理由こそ知る由もないが、動けるだけの材料は揃った。未来の意思を無為にする理由などどこにもない。

 拳を打ち付け、クリスは弦十郎へと一歩踏み出す。

 

 

 

「オッサン、すぐに出撃……」

 

「────ごめんなさいッ!」

 

「のわぁッ!?」

 

 

 

 弦十郎への進言した、その矢先。隣で勢いよく頭を下げた未来に思わず声が裏返るクリス。

 深々と腰を折る姿に謝罪の言葉。クリスだけでなく、周囲も面食らったような様子だ。

 

 

 

「なんでお前が謝ることあるんだよ?」

 

 

 

 幾度目かの疑問が頭をもたげる。心当たりを言い渋ったことか、それともクリスが肩を掴んだのに怯えたためか。

 そうであればこちらの落ち度だ。頭をかいて謝罪を返そうとするも、その直前で未来が頭を上げた。

 

 

 

「実は、今までみんなに隠してたことがあるの」

 

「隠し事、だと?」

 

 

 

 片眉を上げ、怪訝な表情で返す弦十郎。

 隠し事。それをしていたとして、それを今打ち明ける理由が思い至らない。場の流れから鑑みるに、心当たりのある場所、ひいてはエボルトに関することになる。

 だが、未来とエボルトにS.O.N.G.が知らぬ接点があるとも思えない。

 

 考えれば、先ほどから妙に心がざらついている。これを流してはならないと、クリスの直感が告げている。

 大人しく、未来の続く言葉を待つことにした。

 

 

 

「響もこのことは知ってて……。それを、お伝えします」

 

 

 

 一呼吸の後、未来の口が開かれるも────。

 

 

 

「……ごめんね、響」

 

 

 

 その直前、わずかな声量で零したその声に気づくことは終ぞなかった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 開戦まもなく、戦場は工場内へ移行した。

 エボルトに殺到する、拳の連打。一撃一撃が必殺の威力を秘めた撃槍はしかし、金色の装甲、そして短剣に捌かれ続ける。

 拳が掠めた装甲からは乾いた音が鳴り、火花が散る。だがそれだけだ。一切の有効打は入っていない。

 

 

 

「防御を捨てて突っ込んで来たかァ! 思い切ったことをするッ!」

 

「うるさいッ!」

 

 

 

 一対一というこの状況、響の強みを最も活かせるのはインファイト。

 だからこそ踏み込む。短剣の間合いよりも深く潜り込み、攻め立てる────エボルト相手には、それが有効だと響は判断した。

 

 余計なことは考えるな。心に無理矢理蓋をするため、響は拳の密度を上げていく。

 

 

 

「そんなもんじゃ俺を倒すなんて夢にすらならないぞッ」

 

「まだまだァッ!」

 

 

 

 回し蹴り、肘打ち、掌底。

 距離を変え、角度を変え、猛攻を続ける響。

 だが彼からの反撃はない。攻撃を捌き、響の動きを見ているだけ。

 余裕の色は未だ奪えていない。

 

 遊ばれている。

 エボルトはいつもこうやって────違う。余計なことは考えるな。

 波打つ心が拳を鈍らせる前に、殴り抜ける。そんな響を嘲笑うかのように、エボルトは響を揺さぶり続けている。

 

 

 

「そんな恐い顔するなって! 俺とお前の仲だろッ、もっと楽しく行こうぜ」

 

「これ以上ッ、あなたをみんなに近づけさせないッ! だからここでッ!」

 

「近づけさせない、なんて言われてもな! あの時、お仲間を俺の前に連れてきたのは誰だった?」

 

「それは、ッ……!」

 

 

 

 集中しろ。

 余計なことを考えるな。余計なことを────。

 

 強く言い聞かせるように、響はエボルトの腕を絡め取り、踏み込む。気を高め、体重を乗せ、背中から全力でぶち当たる。

 衝撃。同時に甲高い金属音が工場内に木霊した。

 

 堅牢な鎧ごとエボルトを吹き飛ばした響は、離れていく彼を見て────歯噛みした。

 

 貼山靠。全身の剄を一点に集め、相手に叩きつける武技。

 平時であれば多少なりともダメージを与えられたはずの攻撃。だというのに、

 

 

 

「鉄山靠……だったか? 随分やってくれるじゃないか」

 

「効いてない……!」

 

 

 

 地面を叩き、即座に体勢を立て直したエボルト。

 完全に衝撃を流された。その所以はエボルトの卓越した技巧故。何より────他ならぬ響が、心を乱されていたからに他ならない。

 

 踏み込みが浅かった。

 満足に気を発せていなかった。

 後悔の波濤が押し寄せながらも、響はそれを押し殺して呼吸を整える。

 次の一手を打つべく再び構えた、その時だった。

 

 彼の声が突き刺さる。

 響の正面から。

 

 

 

「敵との戦いで、無防備は致命的だぞッ!」

 

「なッ────」

 

 

 

 即座に腕を腹に動かす。

 なんの考えもない、ただの山勘。響の肉体に染み付いた完全な反射行動。

 

 しかしてそれは的中した。

 行動を終えたと同時、全身を突き抜ける震動が響を襲う。

 水月目がけて突き出されたエボルトの拳。

 それは目的を果たすことなく、直前で響の腕に阻まれていた。

 

 と、いうのに。

 

 

 

「が、はッ……!?」

 

 

 

 肺から全ての空気が抜ける。

 確かに防いだというのにこの威力。くの字に折れ曲がった身体が宙に浮く。

 踏ん張りが利かない。息ができない。

 その窮地を、エボルトが見逃すはずがなかった。

 

 

 

「これで終わり、だなんて思ってくれるなよッ」

 

 

 

 腕に刺さった拳の重みが消えた瞬間、視界に映るエボルトの姿が、残像のように輪郭を失う。

 瞬きの後僅かに認めたのは、空気を引き裂きながら接近する、弧を描く彼の右脚。

 

 回し蹴り。

 

 鞭の如くしなり、蛇の如く咬みつかんとするその鋭さ。

 まともに食らってしまえば。

 

 身体を無理矢理動かし、側頭部の前で両腕を交差させる響。

 無理な動きに筋肉が悲鳴を上げる。だがこの一撃を防げるのなら大した問題ではない。

 防御の姿勢をとった響、身体を固めるより先に彼の蹴撃が腕に直撃した。

 

 衝撃。次いで轟音。

 神経が痛みを伝えるよりも早く、響は工場内を平行に吹き飛んでいた。

 錆びた鉄骨。停止した作業機械。積まれた木材。それらを突き破り、薙ぎ払いながら、やがて壁面に激突。

 響の身体は壁を滑り、ずるりと崩れ落ちた。

 

 

 

「まだ強制解除されないとはなァ。ハザードレベルが高いお陰ってところか」

 

「……ッ」

 

 

 

 音の残響が残る工場内にて、地に伏し、喘ぎ、荒い呼吸を繰り返すばかりの響。

 激しく咳き込み、胸の奥が焼けるように痛む。全身が酸素を求め、心臓が暴れる。鈍い痛みは全身を打ち付け、揺れる視界に映るのは半壊した両腕の鎧。

 そして、気だるげな歩調で迫る赤い足。

 普段通りの、軽い調子でぼやくように吐き捨てるエボルトに、響は何も言い返さない。

 

 痛い。

 

 喉まで出かかる嗚咽を、脳裏に過るあの日のことを。

 必死で思い出さぬようにしながら、こみ上げる何かを抑えながら。だって、思い出してしまえば────。

 響はただ、耐えた。

 

 

 

「だが、これで幕引きだ」

 

【ライフルモード!】

 

 

 

 短剣と拳銃を分離、合体。

 銃剣型のライフルを組み立てたエボルトは、ドライバーに装填されていた赤いボトルを引き抜き銃剣へと移動させた。

 チャージ音と共に、紫の光が銃口へと収束していく。

 光が強まるにつれ増す、死の匂い。

 

 無防備、どころの話ではない。

 地に伏し痺れたこの身体。回避もままならない。視界が赤く明滅する中、響は歯を食いしばる。

 

 

 

「一足先にあの世(むこう)で待ってるといい。すぐに他の奴らも送ってやる」

 

 

 

 忍び寄る死の気配。

 だがこのまま悠長に死を待てるほど、響は諦めがいい人間ではなかった。

 

 

 

「……ぅぁああああぁぁぁッ!!」

 

 

 

 瞬間、裂帛の叫びと共に伸長する脚部のパワージャッキ。限界まで引き絞られたそれが縮み、反動と共に弾ける。

 腰部バーニアも点火させ、まだ満足に動かない身体を強引に運ぶように響は猛進、エボルトに迫った。

 

 だがそれだけではエボルトの余裕は崩せない。

 

 

 

「苦し紛れに体当たりか。まだ向かってくる気勢は褒めてやるが……」

 

 

 

 冷静に、正確に照準を合わせ直すエボルト。

 いくら意表をついた突進とて、直線である限り対処は容易い。そんなことは分かりきっている。

 だから響は、賭けた。

 

 

 

(一撃でいい! 動け、動けッ! わたしの拳ッ!!)

 

 

 

 痛みは無視する。

 一撃でいい。この拳が動きさえすれば────!

 

 沈んでいくライフルの銃口。

 光は今にも弾けんばかりの輝きを放ち、刃の切っ先は寸分違わず響の眉間に向けられている。

 

 光が凝縮する。

 沈んで、沈んで、沈みきる、直前。

 

 

 

「何だとォッ!?」

 

 

 

 "空気を蹴った"響に、エボルトは驚愕の声を上げた。

 パワージャッキを再展開し、加速はそのままに突進の軌道を変える。

 インパクトハイク。空気を蹴りだし疑似的な空中移動を可能とさせる絶技。言ってしまえば、ただそれだけ。

 それでもこの場においては、彼の意表を突くのに十分な効果を持っていた。

 

 頭上を通り越した響はさらにジャッキを駆使し、背後へ。

 着地と同時、全力の踏み込み。

 震える脚を震脚で黙らせ、腰を落として拳を引き絞る。

 エボルトはまだ反応しきれていない。

 好機は今。

 

 腕部ユニットを展開。タービンをフル回転させながら、雷を握り潰す如く拳を固めた。

 軋み、亀裂が広がるユニット。問題ない。その前に放てばいいだけだ。

 

 

 

「これでぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

「クッ……!」

 

 

 

 竜巻くフォニックゲインが稲妻を、そして螺旋を描く。

 繰り出す拳は六合大槍。その(やり)は流星の如く、エボルトの胴体目がけて突き進み────。

 

 

 

────許す! 当たり前でしょうが。

 

────響ちゃんが助けてくれたから、今俺はここにいるんだ。

 

────俺好きなんだよ。ここに来た響ちゃんに、「お帰り」って言うの。

 

────なんか、家族って感じがしてさ。おこがましいけどな!

 

 

 

 轟風が工場内を蹂躙し、吹き飛ぶ機材。

 

 

 その拳に、手応えはない。

 

 

 

「……やれやれ」

 

 

 

 前を向けない。固く瞑った目を開けられない。

 彼の姿を直視できない。

 思い出が、彼と過ごした日々の彩りが。

 蓋をこじ開け、溢れ出した。

 

 もう一人の師のような、もう一人の父のような、大切な人。

 そんな相手を、どうして殴ることができようか。

 

 冷たい感触。

 気づけば、胸元に銃口が当てられていて。

 

 

 

【スチームショット! コブラ!】

 

 

 

 瞬間、白一色に染まる視界。

 

 

 

「ぐっ、あああああああァァァァァァッ!?」

 

 

 

 全身に感じる灼熱が、響を叫ばさずにはいさせなかった。

 

 蛇の如き光弾が響に喰らい付く。

 地面を上下に蛇行するその攻撃から逃れる術はない。何度も何度も、床に叩きつけられ跳ね上げられる。

 容易く壁を破砕した蛇は一段高く跳躍し、急降下。

 

 垂直に墜落した一撃が、響を瓦礫とともに吹き飛ばした。

 錐揉みに回りながら、雨に打たれながら宙を舞う身体は、向かいの壁にぶつかることでようやく止まった。

 

 砕けたギア。光が弾けたと思えば、粒子となって霧散する。

 赤の混じった水溜まりに反射する響の姿は、これ以上なく"敗北"の二文字を鮮明に映し出していた。

 

 

 

「あの時、俺を殴り飛ばしてれば結果は違ったかもな」

 

「くっ……かはッ……」

 

「怒り、悲しみ……マイナスの感情でハザードレベルは上がらない。それがお前の敗因だ」

 

 

 

 緩慢な足取りで近づいたエボルトは、響の前で立ち止まる。

 静かに、淡々と。原稿を読み上げるような平坦な声で彼は告げる。石動惣一とは違う声に違う姿、それでも目の前の彼は紛れもなくその人で。

 

 無意識のうちに伸ばした手が、彼の足に触れた。

 

 

 

「ん?」

 

「…………でき、ない」

 

 

 

 手に返ってくる硬質な感触。

 ────そんな訳はない。

 目の前にいるのは石動惣一だ。普段と装いが違うだけのただの人間、そうでないはずがない。

 

 顔を上げて上を向いた目に映る、こちらを見下ろす異形の仮面。

 ────そんな訳はない。

 石動惣一がそんな恰好をしているはずがない。

 

 彼の姿と、目の前に立つ異形の姿。押し込めていたものが溢れ出した今、その矛盾を無視することなどできなかった。

 

 掴んだ手になけなしの力を込める。腕を引き寄せ、彼の腰元へと手を伸ばして、上体を起こす。

 地に膝をつき彼に身体を預けた響は、瞳に映る姿を否定しながら嗚咽混じりの声を零した。

 

 

 

 

 

「できないよ……惣一おじさんと戦うなんて、わたしには……」

 

 

 

 

 

 消え入るような声が雨に溶ける。

 滲む視界。響の頬を熱く伝う二筋のそれは、冷たい雨粒とはまるで違っていた。

 メッキを剥がした心の奥底、そこからとめどなく溢れる感情の止め方などとうに機能していない。

 いつしか囁きは叫びへ。口の端から血を零しながら、響は眼前の相手に縋りついた。

 

 

 

「nascitaに戻ってきてよッ!!」

 

 

 

 声の掠れも、体の痛みも。

 全てを無視してただ叫ぶ。

 

 

 

「わたし、頑張ってコーヒーの淹れ方練習した! でもやっぱりおじさんがいないと……だから……!」

 

 

 

 むき出しの本心────ぶつけてしまった。

 エボルト(石動惣一)は、喫茶店nascitaのマスターだ。

 コーヒーを入れるのが下手で、お調子者で、肝心な時には力になってくれる、頼れる大人。

 それ以外の何者でもない。

 

 彼の(かめん)を見上げて、目の前の現実から目を背けて。

 胸の裡を吐き出し尽くした響は、浅い息を吐きながら彼の言葉を待った。

 

 やがて、息を吸う音。

 返答を待つまでの数秒がひたすら長く感じられた。

 再び雨音が意識の外へと追いやられる。

 

 静寂。静止。

 灰色の世界の中、惣一は赤い仮面を僅かに揺らした。

 

 

 

「俺としても、お前と過ごした日々は悪くなかった」

 

 

 

 目を見開く。

 その声はいつもの彼のものだ。

 瞬間、捨て去っていた欠片ほどの光が、希望が。響の胸に再び灯る。

 

 

 

「だったら……!」

 

「石動惣一なんて人間は、もうこの世界に存在しない」

 

 

 

 灯ったそれは、無情にも消し去られた。

 

 そこからのやりとりは、あまり覚えていない。

 この日ほど、雨が強くなるよう祈った日はないだろう。(かぶり)を振り、雨が彼の言葉をかき消すよう必死で願う。

 けれどどれだけ念じても、意識から離れた音が戻らない。目の前の男の声だけが、ダイレクトに響の耳朶を叩いた。

 

 そして()()()()が、静かに発せられる。

 

 

 

 

 

「お前は────」

 

「……ぁ」

 

 

 

 

 

 がらがら、がらがら。

 何かが崩れる音がする。

 今まで響が培い、積み上げ、紡いできた何かが。音を立てて崩れていく。

 

 縋る響を振り払ったエボルトは、数歩退いて立ち止まった。

 

 

 

「さあ、この辺りでお開きといこう」

 

 

 

 崩れて、崩れて。何もかもが奈落へ消えて。

 代わりに聴覚を支配したのは、場違いなほど荘厳な歓喜の歌。

 空間は歪み、彼の周囲の雨が蒸発する。その攻撃の矛先は誰でもない、立花響にのみ向けられていた。

 

 避けなければ。

 

 なぜ?

 

 疑問が飛来し、響は座り込んだまま動かない。

 混濁する意識。崩れた理想。

 その全てが立花響から、身体を動かす力を奪っていた。

 

 

 

【Ready Go!】

 

 

 

 そして、放たれるは絶殺の一撃。

 

 

 

【エボルテックフィニッシュ!!】

 

 

 

 瞼が重い。

 その誘惑に抗うよりも早く。

 

 

 

 

 

「チャオ」

 

 

 

 

 

 その言葉を聞くことなく、響の意識は暗く染まった。




緒川さんとエルフナインを出したかっただけなので司令室周りは多分展開変わります

【2026/01追記】
「石動惣一なんて人間は~」から
「お前は────」の間にはやり取りがいくらかありますが、省いています
ここを書くのはいつになるんやろなあ……
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