戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony 作:セグウェイノイズ
今忙しくて10月〜12月は月に一度くらいしか投稿できないと思います
あと前話の弦十郎の過去話のシーンの時系列がおかしかったので修正しました
「"ソロモンの杖……我々が譲渡した聖遺物はどうなっている?"」
「"貴方たちが用意した杖は十分に研究に役立っているわ"」
「"ブラックアート……失われた先史文明の技術を解明し、是非とも我々の占有物としたい"」
「"ギブ&テイクね。あなたの祖国からの支援には感謝しているから"」
「"あくまでも便利に使うハラか。ならば、見合った働きを見せてもらいたいものだ"」
「"もちろん理解しているつもりよ。従順な犬ほど長生きするというしね"」
通話を切る。
相手は米国のソルジャーだ。お互いに友好的な関係を装ってこそいるが、その裏ではどちらもお互いを利用しつくそうと考えている。
「野卑で下劣、生まれた国の品格そのもので辟易する……そんな男に、研究などとうに終えていると教える道理はないわよね、クリス」
受話器を置き、窓辺に設置された磔台に近づく。
そこには翼との戦いで絶唱を叩き込まれ撤退した、四肢を縛り付けられている銀髪の少女の姿があった。
大量の汗をかき浅い呼吸を繰り返す少女の頬をフィーネは撫でる。
「苦しい? かわいそうなクリス。貴女がクズクズ手間取るからよ。
誘い出されたあの子をここまで連れてこればいいだけだったのに、手間取ったどころか空手で帰ってくるなんて」
「これで、いいんだよな……?」
「何?」
思わぬ返答に声が低くなってしまう。
なぜブラッドスタークといい少女といい、自分の意のままに動いてくれる人間が少ないのか、理解しがたい。
「あたしの望みを叶えるためには、お前に従ってればいいんだよな?」
なるほど、それを確かめたかったのか。反抗するつもりでないのなら一向に構わない。
逸る気持ちを抑えながら、あくまで無感情を装いながら返答する。
「そうよ。だから、貴女は私の全てを受け入れなさい。……でないと嫌いになっちゃうわよ」
言葉とともに器具に取り付けられているレバーを下ろす。それと同時に、絶叫が部屋中にこだまする。
これは"処置"だ。ネフシュタンの鎧の真骨頂は、超強力な再生能力にある。
どんな攻撃を受けて鎧が破損したとしても、瞬く間に修復が完了するという代物だ。
しかし再生をする際に鎧を装着している人間の体組織ごと修復してしまうため、こうして電気で鎧を休眠状態に持っていなかければならないのだ。
もちろん任務失敗の懲罰と自らの嗜好という理由もあるが。
20秒ほど電流を流した後レバーを上げ、処置を終了する。ネフシュタンを外し、厳重に保管する。
「覚えておいてねクリス。痛みだけが人の心を繋いで絆とさせる、世界の真実だということを」
「今戻った」
惣一との会話を終え、弦十郎が司令室に入ったときには、当然だがすでに響も戻っていた。
朔也とあおいと、三人でなにやら話していたらしい。
少し聞き耳を立てると、「特機部二」という言葉が聞こえてきた。
ノイズを対処するニ課の職務には世間に対する情報封鎖も入っている。
そのときに時おり政府に無理を通すことがあるため、二課を良く思っていない官僚や省長からは邪魔者、突起物という意味で揶揄されているのだ。
それに対する朔也のぼやきを聞いた後、響が弦十郎の存在に気づいた。
「あっ師匠! もうよかったんですか?」
「ああ。最後に彼と会ったのもニヶ月前だ、積もる話もそれほどなかったからな」
「すみません司令、気づきませんで……」
「いいって事よ。響くんにその辺りの話を知ってもらうのも大切だ」
適当に会話を交わした後、響が了子の所在を尋ねてきた。
確かに最近研究に忙しいのか、研究室に籠りきりであまり会えていない。
最も、今日はそれが理由ではないが。
「永田町だ。政府のお偉いさんに呼び出されてね。
本部の安全性、及び防衛システムについて、関係閣僚に対し、説明義務を果たしに行っている。仕方のないことさ」
「本当、何もかもややこしいんですね」
響の率直な感想。
思わず苦笑するも、確かに的を射ている。
「ルールをややこしくするのはいつも、責任を取らずに立ち回りたい連中なんだがな。その点、広木防衛大臣は……」
腕時計で時間を確認する。
どうも了子の帰りが遅い。予定通りなら、響と二人で修行をしている間に帰ってきてもおかしくなかったが。
まさか……と一瞬頭に浮かぶ推測。
それを一蹴したいが、さまざまな状況証拠が揃っている以上、やはり完全に拭えるようなものではなかった。
「……了子くんの到着まで時間がある事だ、もう一度情報の整理といこう」
朔也に目配せすると、すぐにモニターに数日前の映像────ネフシュタンの鎧を纏った少女とブラッドスタークの会話の場面が映し出された。
「この二人、明らかにお互いの顔を知ってるって感じですね」
「二人とも、すごく仲よさそうに話してました」
現場にいた響がそういうのだから合っているのだろう。
しかし気になるのは、響に攻撃を仕掛けた際のスタークのあの言葉だ。
「ブラッドスタークから、”クライアント”という単語が出た。
その言葉を譜面通りに受け取るならば、奴や鎧の少女に指示を出す何者かが存在する可能性がある」
「もしかしたら、ここ最近の本部へのハッキングも? 今までは米国が仕掛けたものだとばかり思っていましたけど……」
「そこまで考えるのは早計だろうよ。まだそのクライアントの存在も明らかになっていないのだからな」
次にモニターに映ったのは、響に麻痺毒と判断されたガスを浴びせかけた際のスタークの独り言。
『全員スマッシュにならなかった』
というその発言には、いくつかの謎が残されている。
「まず、奴の口から出た”スマッシュ”という単語は何なのか」
「スマッシュ……直訳すると、壊すだとか殴るだとか色々ありますけど、どれもピンとはきませんね」
「何かの例え、あるいは固有名詞という線が濃厚だろう。
そして気になるのはもう一つ、その言葉の前に"全員"と枕が置かれている事だ」
全員、という事はそのガスを浴びせたのは響一人ではないということだろうか。
しかし了子の解析では麻痺毒の一種ということだった。
────本当にそうなのか?
ブラッドスタークが敵に麻痺毒を浴びせただけであれほど高揚するはずがない、少なくとも弦十郎はそう考える。
まだ何か、何かが足りない気がする。
「電話一本で予定を反故にされてしまったか。全く野放図な連中だ」
「旧陸軍由来の特務機関とはいえ、いささか放縦が過ぎるのではありませんか?」
「それでも、特異災害に対抗しうる唯一無二の切り札だ。
私の役目は、連中の勝手気ままを出来る限り守ってやることなのでな」
道路を走る黒塗りの高級車の後部座席に乗っているのは二人。
白髪が混じった髪をセットし、清潔そうな印象を与える壮年男性と、その秘書と思しき眼鏡をかけた青年だ。
画面に「通話終了」と映った携帯を見ながら愉快げに笑う彼こそが、日本の防衛大臣
彼は幾度となく二課と衝突してはいるが、それも全て彼らのことを思ってのこと。
日本政府が秘匿する二課やシンフォギアの存在を「公の武力」にすべく働きかけてきた男だ。
今回櫻井了子から、二課本部の安全性や防衛システムについて説明をしに来る予定だった。
しかし数分前、会場に着いた途端了子からキャンセルの連絡が来て、ここまでの道のりは徒労に終わることとなってしまった。
「
そんな男だからこそ、秘書である彼も広木につき従うことができるのだ。
呆れ半分、感嘆半分といった風に笑みを浮かべる。
トンネルに入る。
秘書が持っているのはアタッシュケース。この中には今回二課に手渡すはずだった機密資料が入っている。
この場でケースの中についての詳細を知っているのは広木のみだ。しかし中に入っているのが何かのメモリーチップだということは聞かされていた。
間も無くトンネルを抜け、官邸へと到着する。一度ケースを厳重に保管した後、また後日二課の人間にそれを手渡す手筈を整えた。
また日程を組み直さなければならないのか……そう嘆息する。
一瞬の気の緩み。
その僅かな、しかし決定的であり致命的な油断が、その事態を引き起こしてしまう。
しかし、もし車の搭乗者全員が常に気を張っていたとしても、それを予見し防ぐことは不可能だったはずだ。
手筈通り、トラックを突っ込ませることで足を潰した。
念のため、後方にも伏兵を用意しているが、この分だと必要ないだろう。
僅かな衝撃と同時に部下たちに合図を送る。
今まで幾度も繰り返してきた訓練通り、部下の兵たちは荷台から飛び出し、寸分違わぬ動きで広木の護衛たちと秘書を機関銃で射殺。
後は広木を制圧、アタッシュケースを確保すれば任務は完了だ。
後部座席の扉の窓を機関銃で割る。アタッシュケースを守ろうと手を伸ばした広木の手を撃ち抜き、額に銃口を押し付けた。
「"広木防衛大臣と見受けましたが"」
「貴様等……!?」
彼にとって日本語を話すことなど容易い。しかし今回はわざと母国語で挑発した。
引き金を引く。
乾いた音とほぼ同時に、なにかが潰れる湿った音。
戦う術を持たぬ人を殺すのには一発で十分だ。しかし、念を入れてもう一発、鼻部に撃ち込む。
ターゲットダウン、任務は完了だ。
撃ち抜いた手から流れた血でアタッシュケースが汚れてしまったが、なにも問題はない。
どこかからこちらを見ていたのか、広木を始末した直後に連絡が入る。奴からだった。
上司相手に挑発する必要はない。相手が日本語で話すのならこちらもそれに合わせればいいだけだ。
しかし、なぜ祖国は得体の知れない相手の指示を聞くよう我々部隊に伝達したのか。
ほんの少しの疑問も押し殺し、あくまで従順な姿勢を崩さずに指示を仰ぐ。
「……ああ、指示通り血痕は残した。OK、手筈通り撤退する。そちらも首尾よく頼む」
「大変長らくお待たせいたしました~!」
「了子くんッ!」
突然聞こえた女性の声。
弦十郎は待ち望んでいたその声に勢いよく振り向き、彼女────櫻井了子の姿を確認する。
他の職員たちも同じであったのか、ほぼ全員が五体満足な了子の姿を見て安堵の表情を浮かべた。
その訳を知らないであろう了子は首を傾げ、「そんなに寂しくさせちゃった?」と能天気なことを口にする。
「広木防衛大臣が殺害された」
「ええッ!?」
「複数の革命グループから、犯行声明が出されているが……目下全力で捜査中だ」
「了子さんに連絡も取れないから、みんな心配してたんです!」
その反応からして、やはり事件のことは車内で知らされていないようだ。
広木防衛大臣が殺害されたという報告を受けた二課は、すぐに直前まで広木と顔を合わせていたであろう了子に連絡を入れた。
しかし一向に連絡は繋がらず、折り返しも来なかった。
了子は白衣のポケットから二課の通信機を取り出し、画面を触ったり叩いたりした。それでいいのか。
「ホントに? 連絡なんて来なかったけど……壊れてるみたいね」
「────そうか」
「でも心配してくれてありがとう。そして……
持っていたアタッシュケースをテーブルの上に置き、ロックを解除、ケースを開く。
中には、アタッシュケースの大きさに対して小さすぎるほどのメモリーチップが一つ入っていた。
「任務遂行こそ、広木防衛大臣の弔いだわ」
それを慎重に取り出し、自分用のコンピューターにセットする了子。
────慌てて拭き取りでもしたのだろうか。
アタッシュケースにほんの僅かだが、 赤いモノが付着しているのを弦十郎は見逃さなかった。
翌日、響が寮に戻ってきたときにはすでに時刻は午前2時、深夜真っ只中だった。
先日からここまで一睡もできなかった。一応6時間ほどの仮眠の時間を与えられたが、全く眠れなかった。そもそも眠くない。
未来はまだ寝ていると思い、なるべく音を立てないよう扉を開ける。
なぜかリビングにはまだ明かりが点いていた。未来が消し忘れたのだと思い安心し、荷物を置くためにリビングに入ると。
未来が座っていた。
一瞬、今起きたばかりだと思ったが違う。こんな時間まで起きていたというのか。
思わず未来の名を呼んでしまう。すぐにこちらに気づき、詰め寄ってきた。
「ちょっと、朝からどこ行ってたの!?
朝から修行とか言われても……ちゃんと説明して!」
説明したいのは山々だが、「完全聖遺物の移送の警護に行ってくる」などとはとても言えない。
結果、なにかいい言い訳が思いつくでもなく、時間に追われているという風を装うことにした。
「ああっごめん、もう行かなくちゃ!」
未来を振り切り、荷物を置いた後小走りで部屋を出る。
「心配もさせてもらえないの……?」
その声は届かない。
「防衛大臣殺害犯を検挙する名目で、検問を配備! 記憶の遺跡まで一気に駆け抜けるッ!」
午前5時。
弦十郎の号令と共に、順次発進していく黒塗りの高級車。
これらがカモフラージュとして機能することを、というか敵の襲撃に合わないよう祈る。
響は移送任務の本丸、了子の運転するピンク色の乗用車に乗り込む。了子の乗る車の周囲には四台の護衛車が並走していて、それは囮にも付けられている。
走行中、もう一度頭の中で作戦内容を確認する。
広木が遺したメモリーチップには、完全聖遺物『デュランダル』の移送を決定したとの通告が記録されていた。
かつて日本政府がEUから譲り受けた完全聖遺物で、現在は二課本部最深部アビスで厳重に保管されている。
しかし、ここ最近の度重なる二課本部付近でのノイズの発生につき、"敵"の狙いはデュランダルの強奪目的であると決定。デュランダルを永田町最深部の特別電算室"記憶の遺跡"に移送することとなった。
しかし弦十郎たちの会話を聞く限り、地下1800mに存在するアビス以上の防衛システムは少なくとも国内には存在しないらしい。
それでも自分たちはお上の意向には逆らえない、というのは弦十郎の言だ。
了子命名「天下の往来独り占め作戦」は今のところうまくいっているようだ。
まだ囮として先だって出発した第一陣に被害が出たという報告は受けていない。
後部座席のデュランダルが収められたアタッシュケースも無事。このままうまくいけば……とホッと一息つく。
立橋に差し掛かり、窓を開け周りを確認する。やはりなにもついてきていないし、上からもノイズが降ってくる気配もない。
と、次の瞬間。
響は偶然、前方横の道路にヒビが入るのを目撃した。
そのヒビは瞬く間に広がっていき、橋の一部が崩落。先行していた護衛車が一台、避けきること敵わず海へ落下してしまった。
〈敵襲だッ! まだ目視では確認できてないが、ノイズだろう!〉
「この展開、想定していたより早いかも!?」
上空のヘリコプターで事の経緯を見守っていた弦十郎から連絡が入る。
最短での移送は断念し、交差点を右に曲がる。
なるほどここなら崩落の心配もないと安堵したのもつかの間、隣から舌打ちが聞こえてきた。
「マズいわね……ちょっとしくっちゃったかしら」
「それってどういう……」
訳を尋ねようとしたその時、背後から響いてきたのは空気を震わす轟音だ。
思わず窓越しに後ろを見ると、巨大な水柱が立っていた。
なぜこんな所に噴水が……と一瞬思うが、即座に否定する。違う、あれは下水道の水が噴き出しているのだ。
よく見ると柱の頂上に打ち上げられたマンホールと、二台の護衛車が見えた。
……心なしかそれらがだんだん大きくなっている気がする。
「りょ、了子さん!? 車がこっちに……!」
「しっかり掴まっててね。────私のドラテクは凶暴よ?」
上から降ってくる車と激突するというあまり例がないと信じたい場面に直面した響。
しかし激突の直前、了子の握るハンドルが急回転、アクセルを踏み抜く。急旋回を始めた車は火花を散らしながらドリフトを始め、間一髪で回避する。
すんでのところでデュランダルごと圧死してしまうところだった。
護衛車がマンホールを通り過ぎるたびに水柱ができ、車を鉄塊へと変えていく。
もちろん打ち上げられた車は全て落下してくるのだが、その全てを了子は激しいハンドル捌きで回避に成功している。
再び弦十郎から連絡が入る。下からノイズの反応が検知されたことが報告された。
「弦十郎君、ちょっとヤバいんじゃない? この先の薬品工場で爆発でも起きたらデュランダルは……」
〈分かっている! 先程から護衛車を的確に狙い撃ちしてくるのは、ノイズがデュランダルを損壊させないよう制御されているとみられる!
狙いがデュランダルの確保なら、あえて危険な地域に滑り込み攻め手を封じるって寸法だ!〉
つまり、この先の薬品工場に滑りこみこれ以上の被害を避けようという作戦だ。
しかし、響の記憶が確かならそんなものは事前のミーティングには出なかったはずだ。
今考えついたものなのだろうと考えたのか、了子は勝算を尋ねた。
〈────思い付きを数字で語れるものかよッ!〉
そのまま直進し、薬品工場へ突入。
こちらの動きを読んでいたのか、すでに行く手は数多のノイズで塞がれていた。
しかし動く気配はない。どうやら弦十郎の読みは当たったようだ。
作戦は成功した、そう思った瞬間。
「うわわっ!?」
〈南無三ッ!?〉
タイヤが引っかかってしまったのか、車は宙を浮き派手に横転してしまった。
しかし了子の車はこのようなときのために改造された特殊車両だ。衝撃はあまり大きくなく、反転しながらもなんとか脱出に成功する。
デュランダルの入ったアタッシュケースも持ってきたが、何の材質でできているのか重すぎる。
持ち上げるのに四苦八苦していると、ノイズの一体がこちらに向かって飛び込んできた。
了子が響の手を取り、車から離れるように全力で走る。
数秒前まで響のいたところをノイズは通り過ぎ、一直線に了子の車へと突っ込んでいく。
耳障りな金属音が聞こえたすぐ後、火花がガソリンにでも引火したのか車が大爆発を起こす。
なんとか被害は逃れられたが、車の残骸から出る黒煙が空に立ち込めている。恐らく弦十郎からの連絡は期待できないだろう。
デュランダルを手放してしまった。とっさに立ち上がってアタッシュケースを手に取ろうとするも。
「了子さん、ノイズが!」
すでに多数のノイズが二人の周りを取り囲んでいた。
「だったら、それをここにでも置いて私達は逃げましょうか?」
「そんなのダメです!」
「そりゃそうよね」
上を見ると、何かのタンクの上に人影が二つ。片方は仁王立ち、片方は片膝を立てて縁に座っている。
このノイズを統制していると考えられる、銀髪の少女とブラッドスタークがそこにいた。
少女は険しい表情で、スタークは表情こそ見ることができないが明らかにこの状況を楽しんでいると分かる。
少女が手に持つ杖、ソロモンの杖を掲げると今まで沈黙を守っていたノイズの内数体が前に進み出た。
次第にノイズは形状を変えていき、槍のような形状に。車を貫いたときと同じく、響と了子を串刺しにするつもりだ。
今からでは聖詠を歌いシンフォギアを鎧う時間さえない。
そうしている内にノイズが突貫を開始した。
思わず目を瞑る。しかし、何秒経っても意識が残っている。まさか、ノイズの気が乗らず攻撃の中止でもしたのだろうか……など妙なことを考えながら目を開けてみる。
真っ先に視界に映るのは、明らかな"異常"だ。
────手のひらから紫色のバリアのようなものを展開した了子が、ノイズの攻撃を防いでいた。
爆風と衝撃で眼鏡と髪留めが外れ、いつもとは違った印象を持たせる了子。
「了子さん!? それって……」
「しょうがないわね。アナタのやりたい事を、やりたいようにやりなさい!」
笑みと共にかけられた力強い言葉。
そこにはなぜそんなことができるのかとか、ノイズの透過を防ぐバリアをなぜ張れるのか、山ほどある訊きたいことをねじ伏せるほどの力があった。
今、響がやりたいことといえばただ一つ。
「……わたし、歌いますッ!」
「Balwisyal Nescell gungnir tron」
シンフォギアを鎧う。
ノイズの位相差障壁を調律し、こちらからの攻撃を可能にさせる。
狙いを響へと変え、突っ込んでくるノイズの攻撃を避けるため足に力を込めると、足元に不安定感が。気づくと響は構えるどころか体勢を崩してしまっていた。
なんとか回避に成功するも、ノイズの攻撃は止まらない。再び攻撃をステップで躱そうとするも、今度は地面に張り巡らされていたパイプにヒールパーツが引っかかってしまい転倒した。
戦い方がよく分かっていなかった数日前までは感じなかったが、弦十郎に武術の教えを請うた今、足のヒールパーツが邪魔だ。
────ヒールが邪魔だッ!
ヒールの部分に力が入るよう、地面を全力で踏みつける。地面に少しヒビが入るも、お陰でヒールを折ることができた。
腰を落とし、両手は開いて前に突き出す。奇妙な姿に見えるかもしれないが、これはれっきとした弦十郎が教えてくれた構えだ。
中型のノイズが響を取り囲む。その内の一体が大きく飛び上がり、響を押し潰さんと迫ってくる。
前なら敵を見向きもせず逃げ惑うだけであっただろう。しかし今は違う。
響の全身にみなぎるのは、ノイズを倒すという気持ちではない。すれ違いで刃を交えることとなってしまった翼や、自分を捕らえるため翼と屍山血河を繰り広げた銀髪の少女。それにまだ見ぬ、この先出逢う者たち。
彼女らすべてと手を繋ぎ、分かり合いたい、紡ぎ合いたいと叫ぶ魂だ。
そのとめどなく溢れる想いを伝えるために、響は拳を固める。
両脚を沈みこませる。地面をも砕くその踏み込みは、体勢を固定するのには足りないほどであった。
地面を踏み抜かんとするほどに力を込め、右腕を動かす。
脚、腰、肩、肘、手首、拳。
全身に流れるエネルギーを拳へと移動、集中させ、空気を押し出すほどの剛腕で拳を突き出す。
ノイズは正面から目前まで突っ込んでいき、拳に当たる。
その瞬間。
凄まじい轟音とともに、ノイズの身体が崩壊した。
解放全開、想いの全てが乗ったその拳はただ一直線に前へ突き進むことしか知らない。
胸の鼓動を響き渡らせるために。
時に向かってきたノイズを上から叩き潰し。
続けて肘打ち、上段蹴り、膝蹴り、中段回し蹴り、鉄山靠。
弦十郎お気に入りの
「こいつ……戦えるようになっているのか?」
立花響の成長速度に銀髪の少女が感じたのは驚愕。
以前遭遇したとき、少女は響のことを「取るに足りない存在」にしか思っていなかった。
しかし今はどうだ、粗削りでこそあるが、無視することなどできぬほどに強くなった。
あんなトンチキな武術があっていいはずがない。あって映画の中の世界だ。
『どうするクリス、お前もいよいよアイツに抜かれちまうんじゃないか?』
こちらの感情を逆なでしてくる声は、隣で楽しそうにボトルを弄っているブラッドスタークのものだ。
しかしそれは愚問。成長速度こそ著しいが、こちらにはソロモンの杖とネフシュタンの鎧がある。
「あたしが? ハッ、バカも休み休み言えってんだ」
『俺の目的は響や翼、そしてお前の成長だ。
今の響を今までのアイツと同じとは思わない方がいい。お前も、いつまでもそうやって胡座をかいてる内に……おいおい! そう怖い顔するなよ』
「あたしが負ける筈がねえんだよ! フィーネだって……」
そろそろスタークに一言言いたいと思っていたところだ。しかし、その気は視界の端に映ったもので消え失せた。
事前にフィーネからは「万が一デュランダルが起動した際は、アタッシュケースのロックが自動的に外されることとなっている」と聞いていた。
しかしそれはありえないことだとフィーネは言い、デュランダルも奪取した後に少女のフォニックゲインで起動する手筈と計算になっていた。
それがなぜ、もう起動しているというのか。
しかし、今分かるのはアレを奪取すること。そこから少女がとった行動は一つだった。
「今日こそはものにしてやるッ!」
ノイズを倒していた響だが、ようやく倒し終えたというところに頭上から声が聞こえた。
飛来してきたのは茨の鞭。飛び上がることで避けるも、それは陽動、目の前に見えたのは少女の足。急ぎ両腕を交差させ防御の態勢を取るも、防ぎきれず地面に突き刺さるように落下してしまう。
ふらつきながら立ち上がる。
着地した少女を見据えるも、当の彼女の視線は響を見ていなかった。それに釣られ後ろを振り返ると。
了子の近くにあったアタッシュケースを破壊し、何かが飛び出した。
先端が欠け、半石化こそしているが、その存在感はまたネフシュタンやソロモンの杖とは違った凄まじさであった。
「覚醒!? けど……」
「こいつがデュランダルか」
この場にいる全員がデュランダルに目を奪われている。
いや、ただ一人を除いて。
『よう。早速で悪いな』
ドッ、と音が聞こえた。
それが自分が刺された音だと気づくのにはいくらか時間がかかった。
そこでようやく事態を理解した。刺されたのだ。
しかし痛みはそれほどでもない。刺したのはスタークだ、それは間違いない。
スタークは一体なんのつもりで……とそこまで考えたその時。
「あっ……がっ、ああああああッ!?」
熱。冷。不快感。激痛。
あらゆる苦痛が響の全身を襲った。
〈ガングニール、バイタル低下!〉
〈コンディションレッド、重体です! このままでは……!〉
〈何らかの毒物を投与されたものと見られます!〉
〈何だとォッ!? 急ぎ救護班を向かわせろッ!〉
耳元でなにか聞こえるがそんなことに耳を傾けられる余裕などない。
奔る激痛でうずくまり、のたうち回ることしかできなかった。
「響ちゃんッ!? 一体何を……!」
「スタークお前、何を……!?」
『見ての通りだよ。響に毒を投与した。ここでおっ死んじまうんならそれまでって事だ』
「この野郎がッ! 余計なことをッ……!」
『いいのか? デュランダルが飛んでっちまうぞ』
「チッ……!」
誰かが駆け寄ってくる。遠くでなにか聞こえる。
ぼやける視界の中、白い人影が赤い人影の胸ぐらを掴んでいるのだけが見えた。
白い人影は数秒身じろぎするも、やがてデュランダルの方へ足を進め、飛び上がって手を伸ばす。
その時、響は————。
「渡す……ものかァァァァァッ!!」
「なッ!?」
残っていた力全てを使い、痛みも忘れて銀髪の少女に体当たりを仕掛けた。
『まだ動けたかァ! そうこなくっちゃあ困る』
愉しそうに呟くスタークを無視し、震える手でデュランダルの柄に手を伸ばす。
そしてその右手は、しっかりとデュランダルを握り締めた。
その瞬間。
"世界"の色が変わった。
デュランダルを包む光が強くなった。
響が握った瞬間、眩い光は欠けた刀身を補うように形作られていき、光が弾ける。
半石化し、灰色となっていた色は金色に。
青いラインが奔り、刀身が再生して全長が2mを優に越すほど伸びた。
「起動だけじゃなく、再生まで!?」
「これが……本来のデュランダルなのか……?」
その威容に少女は息を呑むことしかできない。
櫻井了子もこれは想定外だったらしく、驚きを隠しえない様子だった。
ふと隣にいたスタークを一瞥すると、無反応だった。
つけている仮面で視線こそ測ることができないが、彼の興味はデュランダルというより、それを持つ響にあるということは計り知れた。
一体響になにがあるというのか……スタークと同じく響を見つめていると。
「ゥ……ァ……アアァァァァァァァッ!!!」
突如、響の身体が
それと同時に感じたのは、どこへ向けてでもない濃密な殺気。
後ろで浅い息遣いが聞こえた。思わず振り返ると、櫻井了子が今まで見たこともないような表情を浮かべ、呆然としていた。
それでも彼女が今なにを思っているのかは容易く想像できる。
その表情を一言で言い表すのなら、恍惚という言葉が最適解であろう。
『ハザードレベルは……近づかせてくれねェか!』
スタークがなにか言っているが、そんなことはどうでもいい。今何より重要なのは、櫻井了子の興味が自分ではなく、響に行ってしまったことだ。
腹立たしい!
その思いが少女を突き動かす。
「……そんな力を見せびらかすなァァッ!!」
鞭を振るい、響からデュランダルを引き離すために白と黒の光球を放つ。
それが間違いだった。
響から発せられていた殺気が、全て。
こちらに向いてしまった。
「ガアアァァァァァァッ!!」
デュランダルから光の柱が伸びる。その柱は雲を霧散させるほど鋭く、その輝きはまだ太陽が出ているというのに周りが夜ではないかと錯覚させるほど眩く、神々しかった。
響が振り向き、狙いをこちらに定める。
……まさか、あんなエネルギーを一度に解き放つつもりなのか!?
先ほどとは比べ物にならないほどの戦慄を感じ、全身を身震いする。
それはスタークも同様だったようで、赤黒いコブラが全身を包みながら、
『毒を吹き飛ばしただとォッ!?』
その超高密度なエネルギーで、少女の放ったNIRVANA GEDONなど一瞬で蒸発してしまう。
同じ完全聖遺物同士だが、ネフシュタンから離れたエネルギーかデュランダルが直接放つエネルギーとでは天と地ほどの差があるのだろう。
デュランダルが振り下ろされる。光の柱は形を剣のそれへと変え、薬品工場を両断した。
『ハハハハハハハハハッ!! こいつは驚いた! 装者の中でも最高の逸材だったかァ!』
スタークの召喚したコブラに助けられ海へと離脱する。
デュランダルの奪取という任務は失敗してしまった。後でフィーネからの処罰がどのようになるのか分からないが、今はそんなことを考えていられる余裕などない。
櫻井了子の興味を惹くことができなかった。
少女の胸中には、それだけがこびりついていた。
────お前を連れ帰っても、あたしは……ッ!
響の意識が戻り、周りを見渡すと薬品工場は見るも無残な状態となっていた。
鉄塔は二つに裂け、溶解した鉄が地上に流れ出ている。
視界に映るタンクは全て破裂しており、この工場が再び稼働するのは何年先のこととなるだろう。
そんなことをぼんやりと考えていると、こちらに向かって駆け寄ってくる人影を見つけた。
「響ちゃん怪我は!? 苦しくない?」
眼鏡と髪留めを付け直した了子だった。
苦しい、といえばスタークに打たれた毒が無くなっているのが感覚で分かった。
それを正直に伝えると、
「今の暴走で毒を吹き飛ばした……? ならそれは……」
と思考の海に入りそうだったので慌てて引き止め、この惨状、先ほど了子が使った力について説明を求めた。
「あの、了子さん。さっきのって……」
「これがデュランダル。あなたの歌声で起動した、完全聖遺物よ」
「えっ、わたし、いやそれより了子さんのアレって……」
「いいじゃない。二人とも助かったんだから」
ウインク一発で黙らされてしまった。
しかしなるほど、了子のおかげで二人の命が助かったのだからなによりだ。
弦十郎が規格外の戦闘能力を持っているように、了子も特別な器具でも使っていたのだろう。
そう思うことにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
数日後。
響は一日だけ検査入院ということになり、了子主導で毒が残留していないか調べられた。
結果、身体に異常は見られず晴れて退院となった。
それから了子は「研究と書類作成で忙しい」とあまり弦十郎たちの前に現れていない。
しかし今、通路の奥にあるのは見知った白衣だ。
「ここにいたか」
「あら、弦十郎君。どうしたのこんな時間に?
飲みのお誘いなら残念だけど行けないわよ。予期せぬデュランダルの起動で、関係各所に色々言いに行かなきゃならないんだから。弦十郎君も同じでしょ?」
「ああ」
やはりどこか忙しそうだ。
大量の書類を抱えている。いつもならその程度の書類など弦十郎が代わりに持っていくのだが、今の了子は、早く研究がしたいという欲求に突き動かされている様子だった。
「それじゃ、私は研究室に戻るわね。また明日」
了子は今にも研究室へのエレベーターに乗り込みそうだ。
デュランダル強奪未遂の件もあり、もはや事態は一刻を争う。そこで「殴ってでも止める」という惣一の言葉を思い出す。
心の中で惣一に深く頭を下げ、弦十郎は一歩を踏み出した。
「了子くん」
「? まだ何か用かしら?」
「────話がある」
1期編は弦十郎とフィーネの行動が主に違います