戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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あけましておめでとうございます。3月までには2期編に入りたい

XDU成分入ってます
今回はエボルトがめっちゃ忙しいですが時系列としては
病室に出現→急いでナシタに戻る→二課に連れて行かれる→翌日洋館に戻る
です


EPISODE10「止まないディスコード」

 電灯は付けられていない。そもそも、付ける気がない。

 暇つぶしがてら書類に目を通そうとも思ったが、仕事で使うあらゆる書類、機器を弦十郎に没収されたので何もすることがない。窓から射し込む微かな月明かりのみが光源だ。

 ここに置いてある書物は全て読んだことのあるものだった。ゆえに今、彼女ができることは病室のソファに腰掛け黙考することのみ。

 

 

 

「変わったのか、変えられたのか……」

 

 

 

 落胆。

 今の彼女、櫻井了子────()()()()が抱いている感情を一言で表すなら、それが最も近い言葉かもしれない。

 もちろんカ・ディンギル計画は必ず実行するし、その執念も健在である。それが"あの御方"と繋がる唯一の方法だと信じているからだ。

 

 しかし、それに"この時代、櫻井了子の身体で"という前提がつくと話は変わってくる。

 一体、どこで何をどう間違えたのか。

 一番の原因は、間違いなく「あの男」との邂逅だと言えるだろう。

 

 思わず出たのは大きなため息。

 なぜフィーネ(了子)が負傷し病室にいるのか。

 その答えは、2日ほど前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────話がある」

 

「……ここじゃなんだし、場所を変えましょうか」

 

 

 

 そう告げられたときの弦十郎の表情から、ただ事ではないことが分かった。

 

 考えてみると、自分は彼について知っていることは共にいる時間と反してあまり多くないことに気づく。

 二課の司令で、豪快な性格。

 父に「怪物」と称される二課前司令風鳴訃堂を、長兄に敏腕の内閣情報官である風鳴八紘、姪に天羽々斬のシンフォギア装者風鳴翼を持つ。

 規格外の戦闘能力を持つが、データが少ないため詳細は不明。少なくとも歌唱でゲインを増幅させた天羽々斬の攻撃を拳圧のみで押し返すほどであることは確認済み。

 

 と、すました表情に反して、この状況とあまり関係のないことを熟考してしまうほど彼女は追い詰められていた。

 今なら弦十郎を屠れるのでは、とも考えたが、もはやここは敵地。どこに敵が潜んでいてもおかしくはない。

 

 連れてこられたのはリディアンから少し離れた森の中だった。

 なかなかどうして奇襲に最適な場所を選んだものだ。ソロモンの杖を持っていない今、一人で大勢の敵を相手取るのは骨が折れるだろう。

 

 

 

「この数ヶ月、君の周辺を張らせてもらっていた」

 

「あら、随分と不躾じゃない。そんなに信用なかった?」

 

「本部に仕掛けられた数多のハッキング、それに広木防衛大臣殺害の一件……その全ての痕跡に君らしきものが見受けられた」

 

「ハッキングに関しては米国がやったかもしれない、と結論が出ていなかったかしら?」

 

「あくまでその可能性もあると言う話だった。確かにハッキングについては、恐らく米国の仕業だと言う事が判明している。

 しかしそれらの痕跡を辿るとそのほぼ全てがある一点を経由している。……了子くん、君の通信機だ」

 

「…………」

 

「やはり、君が内通者なのか?」

 

 

 

 驚いた。まさかここまで看破されているとは。

 少し開けた所で立ち止まり、ふいにこちらに顔を向けた弦十郎。その問いはイエスとでも言えるし、ノーとも言えるものだった。

 もはや正体を隠す意味はない。決してここで逃がす訳にもいかない。

 

 

 

「だとしたら? ただの人間風情が私に勝てるとでも?」

 

「応とも! 女を殴るのは気が引けるが……運動がてら、お前を止めさせてもらうッ!」

 

「何人たりとも、私の邪魔などさせるものかッ!」

 

 

 

 もはや櫻井了子の仮面を被る必要はない。なら、ここで一つ動揺でも誘ってみようか。

 彼女を中心として眩い光が放たれる。収まったときにはすでに櫻井了子の姿はなく、代わりに立っていたのはフィーネとしての正体を表した自分だった。

 団子にして纏めていた黒髪からストレートの金髪へ、紫色の瞳から金色の瞳へ。

 

 その変わりように一瞬目を細める弦十郎。しかしそれは一瞬、そんなことはお構いなしとばかりに咆哮を上げ、地面を抉りながらこちらに突進してくる。

 彼が進むたびに空気が震える。

 

 

 

「無駄だ! 人の身である限り、私に勝てる道理など存在()りはしないッ!」

 

 

 

 右手から紫色のハニカム模様の障壁を展開する。大抵の衝撃は殺せるはず。

 理論上は翼の天ノ逆鱗を完全に防げるのだ。

 正しく何物をも弾き返す、金城鉄壁の盾。

 障壁と拳がぶつかり合ったとき、砕けるのは奴の拳だ。

 

 

 

「おおおォォォッ!!」

 

 

 

 拳が振り抜かれた瞬間────砕けたのはこちらの方だった。

 

 

 

「何ッ!? どういうことだッ!?」

 

 

 

 少なくともブラッドスタークやナイトローグの鎧の数倍の硬度を持ち、ノイズの突進など容易に防げる障壁。

 それでも障壁が衝撃をほぼ全て吸収してくれていたのか、フィーネの背後にあった木が数本、音を立てながら粉々に砕け散っていた。

 

 あまりの異常事態に、逆に冷静になる自分がいた。目を見開き口を開け、思考を放棄しかけている姿はまさに滑稽だ。

 次第に弦十郎の拳が赤熱しているような錯覚に襲われる。あんなものを食らってしまえば、次の転生にも影響を及ぼさないという保証はない。

 

 

 

────日本の最終兵器、風鳴弦十郎……。やはり只者では無いッ!

 

 

 

「ならばッ!」

 

 

 

 幸運にも硬直はすぐに収まった。後方、砕け散った木のところまで飛び退り、戦慄を悟られないように距離を置く。

 今ネフシュタンがあれば弦十郎の攻撃など無効化できるはずだが、無い物ねだりをしても仕方がない。

 

 硬度60の障壁は破砕された。ならば、最高密度のものを複数枚展開すれば、あるいは。

 いつ追撃が飛んでくるか分からない以上、熟考する時間はない。

 フィーネは右手を弦十郎に向ける。

 

 

 

「ムッ、これは……?」

 

「最高密度の障壁だ。いくらお前といえど身動きはとれまい!」

 

 

 

 先ほどより硬度を上げた障壁を、今度は弦十郎に向けて生成した。

 それも前後左右、それに頭上の五枚同時に。

 全方を囲まれた状態となった弦十郎、飛び上がろうとも障壁が邪魔でできない。

 この内にスタークを呼び始末してもらえば全て解決だ。

 

 それに、万が一一枚割れたとしても即座に張り直せばいい。

 もう障壁を破られないなどという慢心はしない。

 さすがの弦十郎とて、これにはどうすることもできないはずだ。その推測を裏付けるように、彼は不敵な笑みを浮かべている。

 

 不敵な笑み?

 

 

 

「そいつはどうかな?」

 

 

 

 悲しいかな、動揺のあまり、今のフィーネは彼が一万と一つ目の手立てを持っているということを失念していた。

 笑みの理由を問い質すよりも早く、彼は動き出した。

 いつでも障壁を張り直せるよう身構えるフィーネだったが、

 

 

 

「爆・震ッ!!」

 

 

 

 轟声と共に脚を上げ、地面を踏み抜いた。

 ただそれだけ。

 それだけのはずなのだが────。

 

 

 

「なん、だと……!?」

 

 

 

 フィーネは目の前の現実を疑った。

 弦十郎が、()()()()()()()()()()したのだ。

 彼の脚から放たれた衝撃は地割れを起こしながら同心円状に拡散していき、障壁の真下を通った所で爆裂。

 地面から噴き出した衝撃が弦十郎をその場から一歩も動かさず、行く手を阻む障害を打ち砕いた。

 これでは頭上の障壁など意味を持たない。

 

 震脚、あるいは踏鳴と称されるであろうそれは、本来衝撃波を飛ばすようなものでは断じてない。

 だというのに、これはどう考えてもおかしい。

 動揺しないと誓ったばかりのフィーネだったが、これで面食らわない者がいるのなら教えてもらいたい。

 

 と、数秒。ほんの数秒の硬直が、命取りとなる。

 

 

 

「話はベッドで聴かせてもらおうかッ!」

 

 

 

 気づいたときには、もう遅い。

 フィーネは宙を浮いていた。震脚で放たれた衝撃波がここまで到達し、炸裂したのだろう。

 そして真下には赤い影、風鳴弦十郎が拳を握り待ち構えている。

 

 まず感じたのは音だった。続き視界、衝撃と移行していく。

 受け身も取れず地面に叩きつけられる。

 僅かに動く目で弦十郎の姿を追うと、右腕を天に向けて突き上げた彼の後ろ姿が。ありえない。

 

 

 

「なぜ、人の身でそのような異能をッ……!?」

 

「知らいでか! 飯食って映画観て寝る! 男の鍛錬は、そいつで充分よッ!!」

 

 

 

 訳が分からない。

 この男相手に理詰めで事を進めようとしたのが間違いだった。そして敗因は間違いなく、弦十郎とまともにやり合おうとしたことだ。

 

 

 

「貴様ッ……!」

 

「勝負あったな」

 

 

 

 撤退の方法を考えながら何とか立ち上がる。

 弦十郎の「勝負あり」という言葉に苛立ちを覚えたが、今は撤退が最優先だ。

 

 その直後。

 全身の力が抜け、視界が急激に低くなった。理由が分からず、自らが倒れ伏したと気づくのに数秒かかってしまった。

 

 

 

「ほとんど体外へ逃がしたが、さっきの拳の衝撃が全身に効いてくる頃だ。いくら異能を行使しようと、構造が人間であることには変わりない」

 

 

 

 ただの人間が意図的に衝撃の残留を調整するとはどういうことなのか。いや、そんなことは問題ではない。

 ここから逃げられない。それが問題だ。

 足掻こうにも、全身に力が全く入らない。こうしている間、刻一刻と弦十郎はこちらに近づいてきている。

 彼の手が伸ばされる。

 

 

 

「よっと」

 

 

 

 なぜか、担がれた。

 

 

 

「……なッ、何のつもりだッ!?」

 

「お前をメディカルルームに連れて行くに決まってるだろうがよ」

 

 

 

 屈辱的な格好で担がれているのもそうだが、なにより敵地の中枢に飛び込む威勢など持ち合わせていない。

 まずはこの体勢をどうにかしなくては。

 

 

 

「一人で歩けるッ……!」

 

 

 

 僅かに動く体幹部分をよじり地面に落下する。

 自分が見ても無様な格好だと思うが、担がれるよりはよっぽどマシだ。

 腕に力を込め立ち上がろうとするも────。

 

 気が動転して忘れていた。今の自分は体幹以外全く動かなかった。

 それを見た弦十郎は大口を開け豪快に笑っている。これ以上の屈辱など今までの転生で経験したことがあったかも怪しい。

 

 

 

「ハハッ、まだ衝撃が抜けていないだろう? そら、担がれるのが嫌なら肩を貸してやろう」

 

「離せッ! この屈辱……覚えておくぞッ……!」

 

 

 

 余談だが、この戦いにおいて茂みに隠れていると思っていた伏兵がただの一人も出てこなかったのに気づいたのは、一ヶ月ほど後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で、しばらくこの病室にいてくれ」

 

「随分と舐められたものだな。私をこの程度の部屋に軟禁とは」

 

 

 

 「了子が階段から落ちた」という名目で二課のメディカルルームへ連れて行かれたフィーネ。

 その後は簡単な検査をされた後リディアンに隣接する病院へ運ばれ、一週間ほど入院することとなった。

 ここで正体を周囲の人物にも明かしてやろうかとも考えたが、そうしたところで警戒されて終わりだ。大人しく櫻井了子の姿に戻ることにした。

 

 しかし通されたのは至って普通の病室。

 てっきり窓もなくベッドも固く、鉄の扉で閉ざされた独房のような場所に連れて行かれると思っていたので、少々面食らった。

 一見する限り監視カメラの類もない。

 

 

 

「傷が癒えれば、今まで通り我々と共に働いてもらいたい。まだ君と満足に飲み明かしちゃあいないからな」

 

「……は?」

 

 

 

 悠久の刻を生きてきたフィーネだが、一日でこう何度も思考を放棄しかけたことはなかったと断言できる。

 一体何を考えているのか。

 

 

 

「響くん達も、君が負傷したと知れば全速力で駆け込んでくるだろうよ。それだけ信頼されているという事だ」

 

 

 

 しかしフィーネにはこれ以上二課に協力してやる義理はない。そもそも、カ・ディンギルの建造とその費用、米国から身を隠すための隠れ蓑として利用していただけの関係、何の情も湧かない。

 

 

 

「……殺すがいい。カ・ディンギル計画が頓挫した今、次の転生に機会を求めるだけだ」

 

 

 

 このまま生きながらえているよりは、リインカーネーションの輪に戻り次の機会を求めた方がまだいい。

 自らの正体が露見した今となってはカ・ディンギルの場所もフィーネの目的も、そう長くない内に突き止められるだろう。

 向こう100年ほど様子を見なければならないのが業腹だ。それに今すぐこの男を葬らんと昂るが仕方がない。

 この男なら苦しまずにしてくれるはずだ。

 

 

 

「転生やらカ・ディンギルやら、聞きたい事が山ほどあるが……そいつはできん相談だ。何せ情が移っちまったからな」

 

「甘いな。私が何時お前の臓を抉り取るとも知らんのだぞ」

 

「性分だ。それに、その度に俺が止めればいいだけの話よ」

 

「…………」

 

 

 

 この男はなんなのか。

 理解できない。したくもない。

 

 

 

「今の二課にも俺個人としても、君の力が必要だ、了子」

 

「私をまだその名で呼ぶか」

 

「そっちの君とは初対面なものでな」

 

「チッ……食えん男だ」

 

 

 

 帰り際、弦十郎は全く無防備にこちらに背を向けた。

 攻撃を仕掛けられるとは夢にも思っていないらしい。それとも、仕掛けてきても難なく対処できるとでも思っているのだろうか。

 

 この二千年を優に越える人生の中で、今まで出逢った者達のどれにも当てはまらない人間────風鳴弦十郎。

 ()()風鳴訃堂とは似ても似つかぬ容姿、性格。力を持つ者だというのに甘すぎる。

 一体何者なのか。何が彼をそうさせたのか。

 苛立ちは募るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから二日経った今でも腹立たしい。

 しかし復讐しようにも、今のフィーネにはあの男を正面から斃せるほどの力などない。

 かといって搦手を企てても弦十郎なら難なく対処できるだろう。それに、この病室からでは満足に準備もできない。

 

 

 

「今の私は四肢をもがれたと同じ。今生での悲願は成就ならず、という訳か……。

 なら、今私が生きている意味なぞありはしない」

 

『おいおい、そう簡単に諦めちまっていいのか?』

 

 

 

 独白のつもりだったのだが、どうやらそれを聞いていた者がいたらしい。

 廊下に人影はない。背後は壁、室内は無人。ならば窓辺しかない。力はある程度回復した。素早く立ち上がり、顔をそちらに向ける。

 半分開いていたカーテンには、見覚えのある流線的で、どこか機械的な印象も思わせる人影が片膝を立てて座っていた。

 

 

 

 ────このタイミングで奴がやってきたのは、幸か不幸かどちらだったのか。

 

 

 

「……ブラッドスターク」

 

『よう。風の便りでお前が入院してるってのを耳にしてね、お迎えに参上したって訳だ。クリスもしくじっちまったしな』

 

 

 

 窓縁に座っていたブラッドスタークが仰々しい仕草で一礼する。相変わらず、言動の一つ一つがこちらを逆撫でさせる。

 二日前にクリスをけしかけたのは自分だ。それで思惑通り彼女は立花響の襲撃を行ったらしいが、結果は芳しくなかったらしい。

 

 そもそもそんなことをしたのはクリスを切り捨てるためだったのだ。

 見立てではデュランダル覚醒までに相当の時間がかかると踏んでいたフィーネだったが、当の覚醒が奪取当日に達成されてしまったために計画が数百単位で前倒しになった。

 ならばフォニックゲイン調達のために必要であったクリスは無用。ネフシュタンを回収しノイズに始末させる、というのが二日前までのフィーネの計画だった。

 結局、それより前に弦十郎に敗北してしまった訳だが。

 

 今でもクリスを切り捨てるという考えは変わらない。

 しかし、元々の彼女の計画には入っていなかった不確定要素が複数存在するのが気がかりだ。

 ブラッドスターク。

 ナイトローグ。

 そして立花響。

 捨てたクリスをスタークたちに利用されるのは気に食わない。かといって二課に保護されるのもそうなのだが。

 

 

 

「クリスか……カ・ディンギル計画の達成がほぼ不可能になった今、あの子をあんな僻地に置いておく理由はないわね」

 

『ん?』

 

 

 

 わざわざイチイバルをスタークに明け渡す理由がない。それなら二課にでも放り込んでおいた方が万一の際の保険になるかもしれない。

 

 

 

「ブラッドスターク。貴方を通じてのサムとの取引……中断させてもらうわ」

 

『何だって?』

 

 

 

 快哉だ。状況を楽しんでいたスタークの様子が変わった。

 ベッドに腰掛け足を組む。この場においての優位はこちらにあるのを示すかのように、軽い微笑を浮かべて。

 

 

 

「貴方も今の独口を聞いていたでしょう? 価値を失った事にリスクを冒すなど、愚凡の……」

 

『待て待て待て待て、そいつはねえだろ? この一日で何をどう心変わりしたのかは知らねェが、俺も早く戻らねえと怪しまれちまうんだ。急に言われても困る』

 

「だとしても、よ」

 

 

 

 彼らと手を切るのはここが潮時だ。悲願成就が不可能となった今、彼との取引での「アレを譲り受ける」というのも必要なくなった。

 なら、これ以上米国に資金を無心する理由もない。

 

 

 しかし。

 

 

 この時、いや、これに限らずフィーネは、ブラッドスタークのことを甘く見過ぎていたのかもしれない。

 もしここでフィーネが病室から脱出していれば。

 もしここでスタークを上手くあしらえていれば。

 もう少し弦十郎が帰るのが遅ければ。

 結末はどう変わったのか。

 

 

 

『……成程な、よーく分かった。なら仕方ないか』

 

 

 

【スチームアタック! フルボトル! スパイダー!】

 

 

 

 気づいたときには、全身が粘着質の網に捕らえられていた。

 身をよじるも、動けば動くほど糸が絡まっていく。不思議なことにこの網には出口はなかった。

 

────これがフルボトルの力ッ!?

 

 フィーネは今になって、余計な貸しを作るまいとフルボトルを提供するという提案を拒否していた当時の自分を呪った。

 

 

 

「櫻井博士ッ!?」

 

 

 

 スチームガンの銃撃音が聞こえたのか、病室に黒服の男たちが駆け込んできた。弦十郎に命じられ入り口の監視でもしていたのだろう。

 室内の様子を確認するや否やすぐさま拳銃を抜く。洗練されたプロの動きだった。しかしいくら発砲しても甲高い金属音が反響するばかり。

 

 スタークは彼らには見向きもせず、右腕を軽く振る。

 すると。

 腕部の鎧に取り付けられていた鋭い棘が蛇のように不規則に動きながら男の首元へ突き刺さった。

 男は苦しみの声を上げながらたちまち粒子となって消滅。もう一人も足をスチームガンで撃ち抜かれ、追跡の足は潰された。

 

 この間約5秒。

 たったそれだけの時間でこの網から脱出する手段など考えつくべくもなく、身動きも取れずにスタークに担がれ、フィーネの姿はスチームの中へ消えた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 雪音クリスの追跡に失敗して数時間後。日付は変わり、すでに深夜といってもおかしくはない時間帯。

 目撃者への説明と、響のメディカルチェックが終わったのはほぼ同時刻だった。

 朔也が缶コーヒーを持って司令室に持って戻ってきたのを合図に、ブリーフィングが始まった。

 

 

 

「まさか、イチイバルまでが敵の手に……そして、ギア装着候補者だった雪音クリスも」

 

「聖遺物を力に変えて戦う技術において、我々の優位性は完全に失われてしまいましたね」

 

「敵の正体、フィーネの目的は……って、そんな事より了子さんだ」

 

「まさか櫻井女史が拐かされるとは……」

 

 

 

 了子が連れ去られたという報告を受けて2時間。未だ続報はない。

 今日中に捜索範囲を1.5倍に拡大し捜索を続行すると慎次から報告があった。

 翼も驚きを隠せていない。響はよく分かっていないが、聖遺物の研究において了子が相当な権威であることくらいは分かる。

 

 しかし気になるのはブラッドスタークだ。ノイズ殲滅の協力など、こちらに益のある行動をしたと思えばノイズを操るフィーネという人物と共謀し響を襲うなど、目的が分からない。

 

 

 

「師匠。わたし、こんなにゆっくりしてて大丈夫なんでしょうか?」

 

「何事にも適材適所がある。その上でスタークやノイズとの戦闘になるような事があれば、君や翼を頼らせてもらうさ」

 

 

 

 言いようのない不安に襲われるも、弦十郎の言葉でいくらか落ち着いた。

 これ以上これについてここで話すことはないと、弦十郎は話題を翼のものへと変えた。

 

 

 

「さて、翼。全く……無茶しやがって」

 

「独断については謝罪の言葉もありません。ですが同時に、仲間の危機に臥せっている選択などありませんでした。

 立花はまだ未熟、半人前ではありますが、戦士に相違ないと確信しています」

 

「翼さん……」

 

 

 

 あの問答を経て、翼は響のことを認めてくれたようだ。二人の息が合わされば、これまで以上にノイズ殲滅までにかかる時間が短くなる。

 それはつまり助けられる命も増えるということ。

 後は、ここにクリスがいれば……と思うが、今は仕方がない。

 

 

 

「完璧には遠いが、立花の援護くらいには戦場に立てるかもしれないな」

 

「わたし、がんばります!」

 

「響君のメディカルチェックが気になる所だが」

 

「必要以上のエネルギー放出による過労だそうです。一日も休めば快復すると」

 

 

 

 本来であればメディカルチェックは了子の担当なのだが、今回は医療スタッフが担当し、慎次が付き添ってくれた。

 どうやら、クリスを打ち抜いた際に放出したエネルギーがアームドギア形成のそれを大きく上回っていたのが原因らしい。

 

 一通り共有すべきことは話し合えたと、弦十郎は解散を言い渡す。

 これから未来が待っている寮へ戻らなければならない。これほど足取りが重くなったのは初めてだ。

 隠し事はしないと言ったばかりだというのに、これでは立つ瀬がない。

 

 司令室を出ようと歩き出した直後、なにかを思い出したかのように朔也が立ち上がった。

 朔也は響に近づき、

 

 

 

「……っと、そうだ、忘れてた! 響ちゃん、石動さんが君と話したいって」

 

「惣一おじさんが?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二課本部の通路の要所要所にはなぜかソファが置かれてある。隣に自販機もあるので休憩室の代わりなのかとも思ったが、あおいによると休憩室も別にあるらしい。

 だから何だというわけではないが。

 惣一が事情説明に同席していた朔也に伝言を頼んでいたようで、『エレベーター前のソファで待っている』と言われた。

 弦十郎と慎次、朔也とあおいも同伴だ。

 

 次第に人影が見えてきた。よく見ると両手に缶コーヒーのようなものを握っている。

 恐る恐る近づくと、向こうもこちらに気がついたようで缶をテーブルに置き、ひらひらと手を振ってきた。

 

 

 

「おっ、ようやく来たよ! 忘れられてるのかと思っちまった。未来ちゃんも帰ったし」

 

「すみません……」

 

 

 

 決まりの悪そうな顔で目を逸らしながら謝罪する朔也。その直後あおいに小突かれているのは見なかったことにする。

 

 

 

「にしてもだ。まさかダンナも一枚噛んでたとはなァ。武術の師匠ってそういう事か」

 

「ああ。今まで黙っていてすまない。それに、君の大切な友人を危険に晒してしまっている事も含め、改めて詫びに伺おうと思う」

 

「そこまでしてもらわなくてもいいってか……まあいいや。それより響ちゃん」

 

 

 

 惣一の視線が響で固定された。

 まっすぐ見据える目。いつものようにそれに向かい合うことができない。

 

 

 

 

「……惣一おじさん、わたし」

 

「さっきからずっと言いたかった事あるんだよ」

 

「ごめんなさい! ずっとシンフォギアのこと隠してて。理由もあったけど、わたしが騙してたのには変わりなくて、それで」

 

 

 

 謝ることにした。床を見つめながら。

 今の響には、正面から惣一に向き合う勇気がない。二人に心配をかけた上に騙していたのは自分だ。

 何を言われても仕方がないというものだ。

 惣一からの反応はない。不思議に思い視線を上げると、

 

 

 

「さっきはありがとう。お陰で助かった」

 

「……へっ?」

 

 

 

 なぜか。

 なぜか、惣一が頭を下げていた。その上感謝まで伝えられ、一瞬状況が理解できなかった。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていたらしく、顔を上げた惣一に笑われた。これには納得がいかない。

 

 

 

「何そんな顔してんだよ。俺が怒ってる訳ないだろ~?」

 

「でも、わたし、ずっと隠しごとしてて……」

 

「シンフォギアだのナントカ法だの、正直何言ってるか全く分かんなかったから冷静でいられるのかも知れねェが……。

 でもな。さっき響ちゃんが車を殴ってくれなきゃ、今頃俺も未来ちゃんもあの世行きだったんだ。それに感謝するのは当たり前の事でしょうが」

 

 

 

 

 当たり前のこと、と彼は言った。

 響だって誰かに助けられれば礼を言う。それは当然だ。しかし、シンフォギアを纏ってから今まで。響はずっと惣一のことを欺いてきた。悩みがあれば聞くという彼の厚意も無駄にして。

 だというのに、惣一はいつもの調子を崩さない。

 

 

 

「響ちゃんが助けてくれたから、今俺がここにいるんだ。もっと誇っていいんだぜ? ほらほら」

 

「……うん、ありがとう」

 

 

 

 それだけ信頼、それだけ心配されていたのだ。

 少し気が楽になった。これ以上何か言うのは惣一に失礼だろう。

 

 

 

「まあ……未来ちゃんに関しちゃあ、今それどころじゃないって感じだったけどな」

 

「未来が? やっぱり怒ってるよね」

 

 

 

 惣一のことで頭がいっぱいで忘れていた。そうだ、今から帰らなければならないのだ。

 そういえば出会い頭に「未来は帰った」と言っていた。いつもの調子なら響と未来は、二人で帰れるときは必ずお互いの用事が終わるのをを待つのが二人の間で自然とできた決まりだった。

 最近は任務もあって登校以外帰れていないが。

 

 そんな未来が先に帰ってしまったということは、そう言うことだろう。

 首肯すると思ったが、そんな予想に反して惣一の返答は意外にも歯切れの悪いものであった。

 

 

 

「いやー、なんて言うかな……気持ちの整理がついてねェってか、とにかく響ちゃんにだけ怒ってる訳じゃない。当たられるかも知れねェけど」

 

「無理ありませんよ。親友がノイズと戦ってるなんて、知ってもすぐには納得出来ませんって」

 

「その辺を飲み込めるほど、まだ人間できてないって事だよ。響ちゃんや未来ちゃんくらいの年ならそんなのできないのが普通だ。できてりゃ学校も友達も要らねェよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通り話したいことは話し合えたと、惣一はエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

「じゃ、またな。チャオ!」

 

「お送りします」

 

 

 

 エレベーターが閉まる直前、慎次にコーヒーを勧めていたのに気が付いたが気にしないことにした。

 もう手遅れだ。心の中で慎次を応援する。

 

 

 

「石動惣一さん、ああいう人が響ちゃんの近くにいてくれて良かったわね」

 

「そうだな……正直、あのやり取りだけで男としてかなり尊敬してる」

 

「藤尭君もそんな男の人になってみたら? まずはああいうさり気ない気遣いを忘れないように」

 

「善処するよ……」

 

 

 

 そんな二人を尻目に、弦十郎や翼に挨拶をした後響も寮へ帰宅した。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 翌日、晴天。

 そろそろ梅雨の時期だ。この姿でいるときは特に支障はないのだが、櫻井了子の姿をとっているときは髪がうねってくる。

 自信があるので特に容姿には無頓着なフィーネであるが、了子が前々から「できる女」と言いふらしていた以上気を遣わなければならない。

 つまり、憂鬱な季節だ。

 

 なぜこんなことを考えているのか。その答えはただ一つ、ここから抜け出せる手段がないからだ。

 計画が頓挫した以上この時代に用はない。かといって自刃すれば、次の転生にどのような支障をきたすか分からない。

 しようと思っても目の前で暇そうにしているブラッドスタークに阻止されるだけ。

 

 どうにかできないものか……と幾度目かの思索に図っていると、突如スタークが立ち上がりフィーネに何かを投げ渡してきた。

 見覚えがある。僅かに青みがかった銀色の表面に、茨を思わせる鞭。間違いない。

 

 

 

「これは……ネフシュタン?」

 

『クリスが派手にばら撒きやがったからなァ。回収には苦労したよ』

 

 

 

 完全聖遺物ネフシュタンの鎧がここにあった。

 そもそもの計画では、クリスを打ち捨てた後にこれを使用する予定だった。

 クリスが消え、自らは二課に拘束された以上手に入ることはないと思っていたが、思わぬ偶然だ。

 

 ……再び熟考する。

 すでに正体はバレた。筋書きは大きく変更せざるを得ないが、それを差し引いても可能性はあるかもしれない。

 

 

 

『ソロモンの杖は俺が預かってるよ』

 

「……カ・ディンギルは健在、ネフシュタンとデュランダルは我が手中にある……これなら、計画を続行できる、か……?」

 

「フィーネッ!」

 

 

 

 勢いよく扉が開かれる。

 自分の名をこうも乱暴に言える者といえば一人しかいない。スタークはなぜか楽しげに指を弄っている。

 クリスが肩で息をしながら転がり込んできた。

 

 

 

「あたしが用済みってなんだよ! もういらないってことかよッ! あんたもあたしを物のように扱うのかよッ!?」

 

「クリス? 貴女、何を言って……」

 

 

 

 こちらに縋るような視線で叫ぶクリス。なぜそのことを知っているのだろう。

 最後にクリスといたときはまだクリスを打ち捨てるつもりだったが、今はスタークの手に落ちる前に二課へ引き渡そうと思っている。

 

 ────そういえば、スタークは派手にばら撒かれたネフシュタンを回収したと言っていた。

 なら、スタークとクリスは共にいた時間があるということだ。

 その間に奴がクリスに妙なことを吹き込んだとすれば……。

 

 

 

『ようクリス。お早い到着だな』

 

 

 

 その直後のことだった。緑色の閃光が迸った後、気づけばクリスの周囲に多数のノイズが発生していた。

 間違いなくスタークが召喚したのだ。その証拠に、左手にソロモンの杖が握られている。

 ────右手に持つトランスチームガンをクリスの眉間に突きつけて。

 

 

 

「なッ、スタークてめえッ!?」

 

『悪いがクライアントの命令なんでね。悪く思わないでくれよ』

 

「何をしているブラッドスターク! 私は」

 

『クリス、逃げようったって退路はもうないぞ?』

 

 

 

 合点がいった。この男は先にクリスに言ったのだろう、"用済み"だと。まんまとしてやられたということだ。

 この場においての主導権はスタークにある。今何を言っても逆風になるだけ。

 

 だが、元よりスタークに利用されるのが気に食わなかったためにクリスを二課に引き渡すつもりだった。ここで始末するつもりなら構わないのではないか?

 ならばスタークを止める理由はないのかもしれない。しれないが。

 

 クリスの背後、開け放たれた扉の先に広がる暗闇で何かが蠢く。それは次第に人の形を取っていき、

 

 

 

『第二号聖遺物イチイバルのシンフォギア装者、雪音クリスさん。ここで退場するのなら、私の紡ぐ英雄譚に貴女は不要……せめてギアペンダントは置いていってもらいたいものです』

 

「ローグッ!?」

 

 

 

 現れたのは黒き刺客、ナイトローグ。

 ここ数週間不自然なほど姿を見せなかった彼だが、一体何をしていたのだろうか。

 眼鏡のズレを直すようにバイザーの中心をなぞる。今のところローグについての情報はあまりに少ない。せいぜい英雄に憧れていることと、よく今の仕草をすること程度だ。

 

 聖詠でシンフォギアを纏う時間さえ与えてくれない状況。する気もないが、今からフィーネが割り込もうにも常にスタークの意識がこちらに向いているのを感じる。

 間違いなく、何か動こうものなら銃口をこちらに向けるつもりだ。

 前方にスタークとノイズ、後方にローグ。八方塞がりとなったクリスにさらに追い討ちがかけられる。

 

 

 

『お前のやり方で争いを無くすなんてできる訳ないだろ。せいぜい一つ潰して、別の火種を二つ三つばら撒く事くらいだな。

 カ・ディンギル計画の実行もそろそろ潮時だし、お前はお払い箱ってこった』

 

 

 

 フィーネもそれは分かっていた。だからこそそれを肯定し、都合のいい手駒として扱った訳だが……。

 正直、反吐が出る。奴のやり方がではない、やり方が自分と同じことがだ。

 

 予想通り、クリスは数秒硬直。入ってきたときと同じく縋るような視線をこちらに向けたが、味方はいないと判断したのか聖詠を歌いシンフォギアを装着、窓を破って外へ出た。

 ノイズたちはのろのろとした動きで後を追うも、その全てが屋敷の外へ出た瞬間ハチの巣と化した。

 

 次第に遠ざかっていく音楽が完全に聞こえなくなった後、残ったのは炭の山と静寂。

 逃げられたというのに二人は全く負の感情を見せない。むしろどこか満足気な様子だ。

 そもそも、本気で仕留めるつもりなら聖詠を歌う途中にノイズに襲わせればよかった話だ、徹底的に痛ぶり尽くすつもりなのかは分からないが。

 

 

 

『まさか窓から逃げるとはな』

 

「スタークにローグ、貴様等……」

 

『何言ってんだよ。アンタだってそろそろクリスを切り捨てるつもりだったんだろ?

 まさかたった一日で心変わりして、あの子を特機部二に保護してもらおうかしら〜なんて思ってないよな?』

 

 

 

 物言いが鼻につく。だが奴の言うことは正しい。フィーネ自身、この急激な心境の変化に戸惑っているのだから。

 

 

 

「それは……無論よ」

 

『ならOKだ』

 

 

 

 ただ、理由は分かっている。

 風鳴弦十郎。

 奴の度重なる不可解な行動に対する疑問が思考を邪魔しているのだろう。奴に計画の大半を看破されたことで変調をきたしているのだ。

 先ほどから視界の端でローグが何かしている。そろそろ目障りになってきた。

 

 

 

『おいローグ、例のブツはあったか?』

 

『ええ、彼女も律儀に製作してくれていたようですね』

 

「取引の条件だったでしょう」

 

『ああ、バッチリだ』

 

 

 

 ローグから受け取った"それ"を眺めるスターク。

 奴の組織《ファウスト》との取引の条件だったのだが、最初は要求次第では踏み倒そうとも考えていた。

 しかし相手からの要求はこちらの利益と明らかに釣り合っていなかったためそれを飲んだのだが、なぜあんなものを要求してきたのか、疑問は尽きない。

 

 

 

「……解せないわね。なぜ今になってあのような欠陥品の製作を依頼したのか、その理由が」

 

『お前は知らなくていい事だよ』

 

 

 

 業腹なことに一蹴された。許しがたい。

 そのまま二人は黒煙を噴出し姿を消した。再び静寂が辺りを包むも、苛立ちは増すばかりだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「ちょっとは落ち着いたか?」

 

「うん」

 

 

 

 オレンジジュースの注がれたグラスが差し出される。

 こう言うときにはコーヒーを出さないのに惣一の優しさを感じる。自分でも不味いと思っていたのだろうか。

 

 ブリーフィングの後、響は自室へと戻った。まだ起きていた未来に何か言おうとも思ったが、取りつく島もなく「嘘つき」と言い放たれた。

 そして今日、昼食の途中飛び出して行った未来を追いかけ言われたのは「友達でいられない」という言葉。

 気づけば学校を飛び出しここに来ていたのだ。

 

 

 

「まあ、簡単に解決する問題じゃねえとは思ってたが……思ったより時間かかりそうだな」

 

「悪いのはわたしだから……未来が友達でいられないっていうなら、それで……」

 

「おいおい、そこで弱気になってどうすんだ? ホントにそう思ってるってのかよ?」

 

「そんな訳ないッ! 未来と別れるなんて嫌だ。でも……」

 

 

 

 隠し事をしないと言った直後にこれだ。

 最速で最短で、真っ直ぐに、一直線に。胸の想いを伝えると意気込んだというのに、気づけば最も近くにいた陽だまりが離れていた。

 何とも笑える、いや笑えない。

 

 突然前から肩を掴まれる。驚き抗議しようと惣一を見るも、すぐにその気は失せた。

 2日前、二課本部で出会ったときよりも強い目線。

 何とも安直だが、今の惣一の表情を表すのに最もふさわしい形容は「真摯」だろう。

 

 惣一の真っ直ぐこちらを射抜くような目は、響の苦手としているものだった。

 嫌い、という訳ではない。大抵彼がその目をするときは、響が何かを大きく間違えそうになったとき。

 今のように真っ直ぐ見つめ返せないときと決まっている。

 

 

 

「だったら信じろ。一度や二度喧嘩したくらいで絶交しちまうほど、二人の仲は薄いもんなのか? 人間ってのはその程度なのか? 違うだろ」

 

 

 

 惣一は「人間を愛している」と過去に言っていた。

 昔は人間が持つ無限の可能性を鼻で笑っていたらしいが、何か出来事があり考えを改めたという。

 彼は響と未来なら、必ず仲直りすることができると、人間ならそれができると信じているのだ。

 

 何も言うことができない。

 それをどう受け取ったのか、惣一は響の頭に手を置き、頬を緩めた。

 

 

 

「最後まで諦めるな、響。その想いが本気なら……向こうも本気で応えてくれるはずだ」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 訓練場には最低限の照明しか付けられていない。

 所々ヒビが入り表面が剥がれ落ちている壁の破片を踏みつぶしながら彼は入ってきた。

 ……ちょうど良い、一度性能を試してみるのも一興だ。

 

 近くのデスクに置いてあるコンピューターのスイッチを押すと、後ろの鉄格子が微かな音を立てて開かれる。

 これも彼が対応できると確信しての行動だ。彼もそう認識しているだろう。

 

 

 

『よォ。隊長さん、と』

 

 

 

 彼、ブラッドスタークの姿が明確になってきたとほぼ同時に実験台────《ストロングスマッシュ》が飛びかかる。

 完全な奇襲。そう簡単に対処はできないはずだが、スタークはこちらに向かって軽く手を上げながら残る左手でスチームブレードを突き立てシームレスに反撃に入った。

 

 

 

【エレキスチーム!】

 

 

 

 スマッシュは地面を転がる。それに近づき、胴体を踏みつけるスターク。

 深々と突き刺さったスチームブレードのパルプを回す。すると刀身から放たれた電撃がスマッシュを感電させ、柄を掴み、蹴り飛ばすことで引き抜かれる。

 

 これでしばらくは動けないだろう。

 スタークもやはりこれが"性能テスト"であることを理解してくれていたらしく、機嫌を損ねることもなく合流した。

 

 

 

『全く、いきなりけしかけて来るなよ』

 

「君なら問題無いと判断したまでの事だ」

 

『まあそうだな』

 

 

 

 軽口を叩きながらもスマッシュを引きずり、実験室へ放り込むことも忘れない。

 兵力に関しては改善の必要があると判明した。少なくとも今の攻防で1分は保ってほしい。

 デスクに片膝をつきながら座り、こちらに小ぶりな何かを投げ渡してくる。数瞬考え込み、それが何なのか行き着く。

 

 

 

「これが例の?」

 

『ああ。フィーネの所から頂戴したし、間違いねえよ』

 

「《RN式回天特機装束》……素晴らしい」

 

 

 

 これはフィーネとの取引条件だ。米国としてではなく、個人的な取引をスタークを通して行っていた。もちろん、米国はこのことを知らない。

 いくら身体を鍛え、戦闘技術を培おうと、人の身である以上ノイズには勝てない。

 そこで目をつけたのがフィーネだった。理由は諸説あるが、現在公開されている櫻井理論によればノイズに対抗しうるFG式回天特機装束────シンフォギアを男性が纏ったという記録はない。

 

 しかし、シンフォギアを開発した本人であれば、男性がノイズに対抗できる手段を持っているのではないか。

 それから紆余曲折あり、スタークとは表向きは上司と部下、裏では同志として正体の発覚したフィーネにこれの開発を依頼していたのだ。

 

 

 

『そいつはシンフォギアの劣化版ってとこだ。機能は位相差障壁の無効化にバリアコーティングの生成だけだし、そもそも出力が低い。パワーは自前の物だけだから注意しろよ』

 

「十分だ」

 

『お前も分かってると思うが、そいつの起動にはとんでもねえ精神力が必要らしい。普通の人間なら1秒も持たねえし、鍛え抜いた人間でも持って5分ってとこだと』

 

 

 

 確かに不完全と言えば不完全かもしれない。しかし、それが何だというのか。

 目的を達成するためにはこれを使いこなすことが最低条件だというのに、こんなところで立ち止まれる訳がない。

 

 

 

「成程。私なら……そうだな、精神力が必要というのなら、最低1時間は持たせて見せよう」

 

『大した自信だねェ。だが、たったそれだけで装者とやり合うのは無理ってもんだろ?』

 

「……何が言いたい?」

 

 

 

 スタークは両手を上げ大袈裟に驚いた後、モニターに映されている人体実験の様子を見ながら言ってきた。

 遠回しな言い方だが、彼には策があるというのか。いや、あるのだろう。ブラッドスタークはそういう奴だ。

 

 彼が取り出したのは打ち込み式の注射器だった。

 特筆すべき点は何もない。中身を除いて。

 中には緑色をした液体が入っていた。スタークから聞いている、これは普通の人間を適合者たらしめる薬品だ。

 ────しかし、一体誰がこれを作ったのか。知り合いにそんな技術がある者がいるというのか。

 

 

 

『俺の連れに生化学者がいてね。一つ俺に提案があるんだが……乗ってみる気はあるか?』

 

 

 

 差し出された薬品、LiNKER。

 彼は、ブラッドスタークの差し出した手を、怪しげに揺らめく蛇の誘いを────。




姪(なお)
今回のフィーネの心境変化は「計画ほぼ潰されて早く転生したいしもうクリスとかどうでもいいけどスタークに使われるのはムカつくから二課に引き渡してやろう」みたいなのと弦十郎にボコボコにされた混乱がまだ続いてる感じです

隊長の声のイメージは置鮎龍太郎さんです(古の二次創作サイト並)
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