戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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3月中に1期編を終わらせたいとかいってまだ終わってねえじゃねえかよお前ん家
投稿遅れたくせに内容は師匠ムーブちょっとする以外原作12話とほぼ同じ

地の文で男男言ってるのは響たちが隊長の名前を知らないからです
今になって隊長にもうちょっと尺使ったらよかったと思いました
後半視点切り替え多いです




EPISODE14「憤怒のオーバーフロー」

 流れ星。

 尾を引きながら墜ちるその光は、最期まで消えることはなかった。

 

 爆音と土煙。そして沈黙。

 彼女の安否を知る者は誰もいない。

 

 

 

「雪音……」

 

「そんな……せっかく仲良くなれたのに……こんなの、嫌だよ……嘘だよ……!」

 

 

 

 膝から崩れ落ちる響。今の彼女にかけてやる言葉を翼は持ち合わせていない。

 翼も奏を喪った直後はこのような状態だったからだ。あの状態からどうやって立ち直ったかよく覚えていないため、何をすればいいのかが分からない。

 

 響はクリスと出会った日からずっと彼女と分かり合いたいと言っていた。

 相手は同じ人間なのだからと、言葉が通じるのだからと。そう信じ続け、ついには彼女と手を繋いだ。しかしそれを果たせたのはつい先ほどの話だ。

 

 別れるにはあまりに早すぎる。あれからまだ数時間しか経過していない。

 だというのに、もう彼女と話すことはできない。翼ももう少し彼女と話し合いたかった。今は目の前の脅威に立ち向かうべく、慟哭に震える心と身体を強引に支えているにすぎないのだ。

 

 

 

「もっとたくさん話したかった……。話さないと喧嘩する事も、今よりもっと仲良くなることもできないんだよぉッ……!」

 

 

 

 響の慟哭は続く。

 そういえば、クリスと和解した際、彼女は「本当の夢を果たしたい」というのが二課に協力する理由だと言っていた。結局その内容はうやむやになってしまったが、もうその夢を聞くことすらできないのか。

 

 

 

「……自分を犠牲にして月への直撃を阻止したか。重ね重ね無駄な事をするものだ。

 何をしたかったのか理解に苦しむが、イチイバルがとんだ愚図だったという事は分かるよ」

 

 

 

 ────この男は、本当に人間なのか?

 黙っていると思えば、そんなことを吐き捨てる。翼が思ったのはそれだった。一人の少女が命を賭して戦ったのだ。それを愚図だと吐き捨てる、人の在り方を捨て去ったとしか思えない。

 男は無表情だ。だが、翼にはどうしてもその顔が嗤いに歪んでいるようにしか思えなかった。

 

 

 

嘲笑(わら)ったか……? 命を燃やして、大切なものを守り抜く事をッ!

 お前は無駄とせせら嘲笑ったかッ!」

 

 

 

 男は答えない。

 代わりに、彼の背後にてそびえ立つ魔塔、カ・ディンギルの砲身が再び光を帯び始める。

 なぜ? カ・ディンギルの砲撃はクリスが逸らし、月の破壊の阻止には成功したはずだ。ならばなぜまたカ・ディンギルが稼働している?

 あれほどの超威力砲撃、そう何発も撃ち放てるものではない。それこそ、何か弩級のエネルギー炉心でもない限り。

 

 

 

 

「────まさか」

 

 

 

 そこで行き着いた予想は、まさに最悪。

 粒子荷電砲カ・ディンギルの砲身の模様は、明らかに二課本部のエレベーターシャフトと同じものだ。そしてその根元にはある()()()()()が保管されている。

 保管場所を指示したのは櫻井了子(フィーネ)、つまりいくらでも付け入る隙はあったということ。

 

 

 

「そうだ。必要がある限り何発でも撃ち放てる様に、炉心にはフィーネが”無限の心臓”()()()()()()を取り付けてある。

 チャージにこそ多少の猶予を認めるが、それも数分だ」

 

 

 

 杞憂であってほしいという翼の願望を、いとも簡単に打ち壊したその発言。

 クリスが命を懸けたというのに、それが第一射に過ぎないというのか。これが完全聖遺物のポテンシャルか、と寒気立つ。

 

 だが、その完璧に見える計画には一つの綻びが存在するということを、翼は同時に思い至っている。

 

 

 

「……お前を倒せば、カ・ディンギルを動かす者は居なくなる」

 

 

 

 スタークがフィーネを裏切った際、確かに塔は稼働を停止しているように思えた。その時に彼はフィーネから二課の通信機を強奪していたのを思い出したのだ。

 目の前の米軍の男がそれを起動させた後に、再びカ・ディンギルを覆う光が強くなった事を考えると、「元々カ・ディンギルはフィーネの意思によって稼働していたが、万一の際の保険として了子の通信機にカ・ディンギルの遠隔操作機能を取り付けていた」というのが正しいように思える。

 

 突拍子もないというのは翼自身も重々承知しているが、そうでもなければあの時わざわざ通信機を操作する理由が思いつかない。

 そしてその考えが正しければ、今からでも遠隔操作でカ・ディンギルを止めることが出来るかもしれないのだ。直接破壊することでも停止するかもしれないが、それでは確実性に欠ける、というのが翼の考えだった。

 

 

 

「確かにその通りだが……止めておけ。

 今手を引けば、終末の瞬間まで君達に危害は加えないと約束しよう」

 

「戯れ言をッ!」

 

 

 

 それを認めるも、この男はあくまでも交戦を望むつもりだというのか。

 いくら彼が弦十郎に近しい戦闘能力を持っているとしても、こちらの勝利条件は男の身柄を拘束、もしくは通信機を奪うのみで成立するのだ。

 対して彼の勝利条件は、今この場で翼と響を屠る事。

 間違いなく、こちらが有利のはずなのに。

 奴から感じるこの余裕は何なのか。

 

 注意深く観察すると、彼の視線が翼に向けられていない事に気が付いた。挑発のつもりなのだろうか、一触即発の状況で余所見とは、と歯噛みする。

 ……いや違う、奴が見ているのは虚空ではない、翼の横だ。つまり、悲しみに暮れ隙だらけの立花響。

 

 弾かれるように彼女を見ると、未だ慟哭に身を震わせている。すすり泣く声も聞こえるが、このままでは響の身が危うい。

 今すぐにでも戦闘を終わらせなければ、と一歩を踏み出した翼だったが。

 

 

 

「立花?」

 

 

 

 気づくのが遅れてしまった。

 響が発しているのはすすり泣きの声などではなく、()()()だという事に。

 

 

 

「それが……」

 

 

 

 尋常ではないものを感じ取り、膝をつき顔色を伺う。

 前髪で隠れてはっきりとは視認できないが、その瞳は不規則に揺れ動き、地面に置いた手は爪を立て岩を握り潰さんと収縮する。

 歯は剥き出しとなり、犬歯が鋭さを増してくる。

 

 ゆらりと立ち上がる響。明らかとなったその顔には、朗らかな少女、立花響の面影などとっくにかき消えていた。

 震えていたのは悲しみにではなく、怒り。少し気を緩めるだけで、迸る殺意の奔流に当てられそうだ。

 

 

 

 

 

「それが夢ごとッ!!

 命を握り潰した奴の言う事かァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 

 

 

 最後に残った理性の欠片をかなぐり捨て、夜空に響き渡るは獣の咆哮。

 爆風とともに男に飛びかかった彼女は────()()()()()()()()

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 響の変貌は、戦闘を観測していた未来たち地下シェルターの面々にも知るところとなる。

 悲鳴を上げる弓美に、身体を震わせる詩織、口を開けたまま言葉を失う創世。バイタル状態を至急確認しているオペレーターの面々。

 気が付いた時には、未来は思わずモニターへ駆け寄っていた。何があったのか確かめるためだ。

 

 

 

 

「響ッ!?」

 

「……これ、本当にビッキーなの?」

 

「まるで、獣のよう……」

 

 

 

 詩織の零した”獣”というのが今の響を言い表す上で最も正しい言葉だろう。腰を落とし、四肢で地面を踏みしめている。

 あれは獣の動きだ。決して人のしていい動きではない。

 未来も目を疑う。あんな響は初めて見た。今まで響はあれを隠していたのか? いや、隠し事が下手な響の事だ、あんな衝動を隠していれば未来や惣一が気付かないはずがない。

 

 ならばあれは何なのか。

 外部からの力でああなったのか、元々響には無意識にあのような部分があったのか。はたまた別の何かが要因か。

 まともに働かない頭で考えようとしたその時、シェルターの扉が勢いよく開かれた。

 

 

 

「生存者をお連れしましたッ!」

 

「助かったぜ慎次。歩き疲れてそろそろ足が棒になりそうだったからなァ」

 

「惣一さんッ!?」

 

 

 

 入って来たのは他の部屋から生存者を捜して回っていた慎次だ。

 まずは第一陣といったところだろうか、数人の生存者たちが室内に入って来た。そしてその後ろには見覚えのある長身の男性の姿が。

 エプロンを付けたままここまで逃げてきたようだ。本部内の監視カメラが機能しないためいつここに来たのかは定かでないが、惣一もなんとか逃げ切ることができたらしい。

 

 

 

「未来ちゃん! それに、弓美ちゃん達に朔也達も一緒か。よかったよかった、皆無事そうだな。

 いやァ、一時はどうなることかと……」

 

「そんなことより響がッ!」

 

「……何だって?」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「立花、おいッ! 立花ッ!?」

 

 

 

 翼の呼びかけにも応じず、響は低い唸り声を上げる。

 一歩間違えばこちらにも牙を剥いて来そうな雰囲気だ。

 赤く発光し、鋭く見開かれた瞳孔は瞬き一つせず男を睨み付けている。黒い"何か"に浸食された響。その表情からは果てしない、どうしようもなく激しい感情が伝わってくる。

 

 獄炎の如き憤怒。

 何をどうすれば止めることができるのだろうか。

 

 怒りの矛先ではない翼でも身震いするほどの剣呑な雰囲気だというのに、標的の男は我関せずといった様子。

 誰のせいで響がこうなっていると思っているのか。

 

 

 

「……曰く、融合したガングニールの欠片が暴走しているらしい。制御できない力に、やがて意識が塗り固められていく」

 

 

 

 融合した欠片が暴走? そんな話は聞いたことがない。

 実際響の身体の検査を担当した了子も「あまり気にしなくても良い」と言っていたが……。

 

 違う。

 彼女の正体を知ってしまった今、既に"二課の研究者である櫻井了子"という前提は崩れている。

 つまり、信頼に値する情報では無くなったということだ。

 男の言葉を信じるなら、心臓付近に食い込んだガングニールの欠片、それが響の身体と融合してきているらしい。

 

 聖遺物との融合症例、それが促進された結果どうなるのかは様々な理由により記録されていない。そもそもそんな例、響以外いないだろう。

 ということは、フィーネやスターク、今目の前にいる男が目論んでいるのは。

 

 

 

「まさかお前は、お前達は……立花を使って実験をッ!?」

 

 

 

 男は答えない。

 ただひたすら、実験動物を見るかのような目でこちらを射抜いてくる。

 代わりにその激高を受け行動を始めたのは響だ。

 咆哮と共に地面を踏み砕き、音速とも思われるほどの速度で男に接近。鋭く発達した五つの爪を立て、男の顔面狙って右腕を振り抜いた。

 

 男はすかさずソロモンの杖からノイズを召喚し、それを防ごうと試みる。

 ノイズを直列に20体。これならば多少は勢いが削げるはず、とでも思ったのだろうか。

 実際翼もそう感じていた。

 

 

 

「アアアアアアァァァァッ!!」

 

 

 

 その見立ては甘かった。

 鋭い鉤爪と共に掌底がノイズに叩きつけられた瞬間、直線状に並んでいたノイズが霧散。

 勢いを殺すことなく響は障害を突破した。

 

 

 

「クッ……!」

 

 

 

 着地と同時に地面が爆砕。

 土煙で二人の姿が視認できない。辛うじて男が響の攻撃を回避したのは目撃したが。

 

 

 

「最早人で非ず。今や人の形をした破壊衝動だ。故に────」

 

 

 

 双方手傷は負っていないようだが、よく見れば男の全身防護していた装甲の至る所にヒビが入り、今にも崩壊しかかっている。

 

 ────いや、今注目すべきはそこではない。

 

 男の右手に握られているのは薬品の入った注射器のようなものだ。その注射器の形状と、中に満ちている緑色の液体は、翼を絶句させるには十分過ぎるほどの威力を持っていた。

 

 二年前、ライブ会場の楽屋で置かれていたのを最後にもう二度と見ることはないと思っていたあの薬品は。

 

 

 

「それは……LiNKERッ!?」

 

 

 

 LiNKER。

 適合者でない人間の適合係数を引き上げ適合者たらしめる薬品であり、かつてツヴァイウィングの片翼、天羽奏に投与されていたものだ。

 しかし奏の死を以て計画は凍結され、その製造法を知るのも了子────フィーネのみ。奏の使っていた“model_K"も残存している全てが保管され、流出など有り得ないものとなっているはずだった。フィーネが米国に横流ししたのか、それとも……。

 

 加速する思考を強引に引き戻したのは、聞き覚えのある無機質、それでいて感情的な"奴"の声だった。

 

 

 

 

ザァッツライトゥ(大・正・解ィ)ッ! 怪物を斃せるのは、英雄……もしくは怪物でなければなりませんからッッ!!』

 

「ナイトローグッ!?」

 

 

 

 笑い声と共に現れたのは漆黒の鎧に黄色いクリアゴーグルを装着した謎の刺客、ナイトローグ。

 過剰に加工の施された声からは、隠しきれない高揚感が滲み出ていた。そんなに"英雄"という言葉が気に入っているのか。

 

 

 

「ナイトローグ、約束の物を」

 

『ハイハイ。先ずはコレですか』

 

 

 

 唐突に落ち着きを取り戻したローグ。

 投げやりに男に向けて放り投げたのは小さなボトルのようなものだ。中央には棒状のマグネットの装飾がなされている。

 それと酷似したアイテムの存在を、翼は知っている。

 

 

 

「それはお前やスタークの使っている……」

 

『そうッ、フルボトルッ!』

 

 

 

 どうやらあの物体はフルボトルと言うらしい。以前の戦いでローグやスタークはトランスチームガンにフルボトルを装填し、特殊な攻撃を繰り出していた。

 確かボトルを受け取ったあの男もトランスチームガンを所持していると記憶しているが、一体そのボトル一本で何をなすつもりだというのか。

 

 後ろで唸り声が聞こえてきた。

 ローグの登場で一度仕切り直しとなった戦場が、再び熱を帯び始める。

 響の暴走に巻き込まれたくないのか、突如ローグは上ずった声で────男に斬りかかった。

 

 

 

 

『さッ、さて! 御所望のガスです。とっととキメちゃってください』

 

【デビルスチーム!】

 

 

 

 右腕に裂傷を負った男だが、驚いた様子はない。つまりこれも計画の内、ということだろうか。

 それにあの短剣から発せられた〈デビルスチーム〉という音声。過去の戦闘記録で、響もスタークに同じような攻撃を受けたことがあるのを確認している。

 

 あのとき、確か響は脱力し倒れていた。つまり戦闘不能となっていたのだ。

 なぜわざわざ味方の数を減らすような真似をしたのか、それも事前に知っているかのような反応だった。

 

 

 

 

「グッ……アアアァァッ!?」

 

 

 

 

 響の場合とはいささか何かが違うようだ。

 確かに今、男は倒れている。しかし眼前に広がっているのは、脱力することなどなく地面をのたうち回っている姿。

 容器がめきめきと音を立て、今にも握り潰されようとするほどの力で注射器を握りしめ。震える腕で男は。

 

 

 

「なッ!?」

 

 

 

 首筋に注射器を当て、一息にLiNKERを注入した。

 

 

 

『では私はこれで。面倒な事に人間戦車の相手を懇願されているのでねッ!』

 

 

 

 ローグが飛び去ったのを皮切りに、闇夜を切り裂かんとするほどの絶叫が響く。男の喉から血反吐が零れ、血涙を流し、全身は断続的に振動を始める。

 空となった注射器が砕かれ、右腕に装備されているRN式回天特機装束が明滅をくり返す。

 

 完全な無防備。

 今奴が所持しているトランスチームガンとフルボトルを手元から離し、身柄を拘束。直ちにカ・ディンギルの発射を止めさせるのが最も手っ取り早い解決方法だ。

 

 しかし、二年以上特異災害と相対してきた翼の戦士としての直感が告げている。

 ”行くな”と。

 それがなぜかは分からない。ただ、頭の中で激しく警鐘が鳴り響いているのは確かだ。そして翼はそれを無視して飛びかかれるほど驕ってもいない。

 今向かうのは下策だと、歯がゆさを押し殺しながら機を待つ翼。彼女だけでなく、戦場にて死線をくぐり抜けてきた人類守護を担う防人であれば同じ選択をしただろう。

 

 

 

 

「立花ッ!?」

 

 

 

 今この場にいる、一匹の獣を除いては。

 戦士としての経験がまだ浅い普段の響だったとしても、この異様な空気は理解できたはず。しかし男に飛びかかっていったのは立花響ではなく破壊衝動そのものだ。

 引き留めようと声をかけた時にはもう遅い。響の拳が男の首元目がけて吸い込まれていく所だった。

 

 けたたましく鳴る金属音。

 なぜ金属音が、と不審を感じたのも束の間、すぐにその理由を知る事となった。

 

 

 

 

 

 

「その、姿は……」

 

「────素晴らしいッ、この力ッ!!」

 

 

 

 

 

 異常に発達した機翼の生えた右腕。肩から飛び出たゴム状の球体。プレス機のように巨大な胴体。異常に隆起しか上半身と、人間の下半身。ローグが斬りつけたこととなにか関係があるとしか思えない。

 それでいて下半身と顔面は人間のままというのがなんとも不気味だ。

 

 つまり、男は自らの半身を異形と変えたのだ。

 絞り出すような声で天を仰ぐ男。先程までとは明らかにおかしい。

 奴の身体に一体何が起きたのか。

 それに位相差障壁を無効化するというRN式回天特機装束やLiNKERの出処も不明だ。

 

 鋼鉄の拳と打ち合う響。憤怒で塗り固められている響とは対照的に、男はむしろ歓喜さえ覚えているような表情だ。

 双方の攻撃はさらに熾烈を極めていく。

 破壊衝動に身を任せたまま時間が経てば響の身体にどのような影響を及ぼすか測れない。

 

 

 

「もう止せ立花! これ以上は聖遺物の浸食を促進させるばかりだッ!」

 

 

 

 その声は確かに届いた。

 

 突如動きを止め、両腕をだらりと下げる響。ただし、暴走が止まった訳ではない。

 ゆっくりと振り向き、翼と目が合う。そして、

 

 

 

「どうやら……お前の存在を認知した様だな!」

 

 

 

 本能的に刀を構えていなければ即戦闘不能となっていただろう。

 先程まで翼がいた場所には拳を突き出した響が。そしてそこから十数メートル離れた地点に膝をつく翼が。

 響は一瞬で距離を詰め、翼を吹き飛ばしたのだ。異形の男は遠くで肩を震わせながら笑っている。どうやらしてやられたらしい。

 

 男に恨み言をぶつけている余裕などない。既に響は腰を落とし臨戦態勢に移行している。翼が一歩でも動けば間違いなく飛んでくるだろう。

 それでも叫ばずにはいられない。

 

 

 

「……立花ァッ!!」

 

「アアアアアアアッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十七合。嵐のような攻撃をしのぎ切った。

 一撃でも食らえば、待つのは拳の連撃という死の雨のみ。下手に反撃すれば攻撃がさらに苛烈になる可能性があり、かといって何もしなければいずれ押し切られる。

 

 こうしている間にも目前の魔塔を覆う光は強くなり、逸る心。しかし突破口も見当たらない。

 いつの間にか右肩の鎧にヒビが入り、一部が破損しているのに気づく。よくここまでに損害を抑えられたものだ、と自分の悪運に舌を巻く。

 

 

 

「立花響と刃を交えた感想はどうだッ!? お前の望みであったと聞いているが?」

 

 

 

 言うに事欠いて、こちらの気を逸らそうとする魂胆のようだ。心から愉悦を感じているようなその発言には業腹だが、それも奴が異形と化してからの事のように思える。

 

 

 

「……人の在り方すら捨て去ったか」

 

「私も自我を保つのに精一杯でね……ッ、抑えきれない破壊衝動というべきか、それが辛うじてLiNKERによって抑えられているという訳だッ!」

 

「何故そこまでして……ッ!?」

 

 

 

 そこまでして月を穿とうとするのか、とそう口にしようとした時。

 突如、死角から飛んできた爪撃を間一髪弾く。響がこちらを狙っているという事も想定しての会話だったらしい。”悪辣”という言葉は彼の事を指していると言われても素直に納得してしまいそうだ。

 

 三度響が牙を鳴らしながら立ちはだかる。

 最初の頃とは立場が逆転してしまった。あの時は逸る翼に響が困惑するばかりで、お互いのことを何も知らずにすれ違っていた。

 もちろん、「奏の代わりになる」という言葉は今の翼が聞いても許せないと思うが、お互いを知り戦友となった二人であればそんなことは言わないと信じられる。

 

 言葉が通じないからといって交戦するのはとても誉められたことではない、というのは響に教えられたものだ。響が暴れまわっている今、クリス曰く、”お節介に当てられた”者として彼女に為すべき義務がある。

 

 

 

「……私はカ・ディンギルを止める」

 

 

 

 それをどう受け取ったのかは定かでないが、響は衝動に駆られるまま五つの爪を突き立てんと飛びかかる。

 今までの攻撃と同じだ。刀で弾くタイミングさえ間違えなければ、また距離を取ることができる。しかし翼は、

 

 

 

「立花」

 

 

 

 あろうことか、刀を地面に突き刺し、両手を広げた。胸に、人体の急所である心臓に飛び込んでこいとでも言いたげに微笑みながら。

 爪は突き立てられた。

 当然、鮮血は迸る。

 

 広げた両手を響の背中に回し、囲むように抱きかかえる。あまりに突飛な行動に動きを止める響。

 傷口からは血が零れるも、何も問題はない。今しがた翼の胸を抉った右手を取り、

 

 

 

「────これは、束ねて繋げる力のはずだろ?」

 

 

 

────影縫い────

 

 

 

 小太刀で影を縫い付け、動きを止める。

 刀を抜き、響の後ろ────不気味なほどに沈黙を保っている男の下へと歩き出す。

 もう彼女から咆哮は聞こえない。背後の、相棒の力を受け継いだ後輩へ伝えることはただ一つだ。

 

 

 

「奏から継いだ力を……そんな風に使わないでくれ」

 

 

 

 これは怒りからの言葉ではない。響なら必ず乗り越えていける、そう確信しての発言だった。

 反応はない。だが、言いたいことは言い終わった。

 歩みを再開し、見据えた先に立ちはだかるは異形の悪鬼。

 

 

 

 

 

 

「────待たせたな」

 

 

 

 

 

 

 一か八か、一世一代の大勝負。

 鉄火場にて鳴り響くは戦歌(いくさうた)

 逆境の覚悟をその胸に灯した防人が、得物を抜く。

 今、ここで。どれほどの死闘を演じようとも、渾身の力で、全身全霊で。カ・ディンギルを止め、人々を守護れと心が滾る。

 

 刀身に震えは伝わらず、寸分違わず前方の敵に狙いを定めた。

 恐れか、焦りか、怒りか。目前の異形は全身を小刻みに震わせて、言葉を紡ぎ始める。

 

 

 

「黙って見ていれば……理解、不能だッ! シンフォギア装者は揃いも揃って自殺志願者しかいないのかッ!?

 それとも、お前はどこまでも人類守護の剣という事かッ!?」

 

「今日に折れて死んでも……明日に人として歌う為に」

 

「嘘に塗れた人の世界がッ! 剣を受け入れることなど……存在()りはしないッ!!」 

 

 

 

 平行線だ。お互いに会話が成立していないのは理解(わか)っている。

 翼は人として、明日も歌い続けるために、男は今月を穿ち、悲願を果たすために。

 

 

 

「風鳴翼が歌うのは、戦場だけではないと知れッ!!」

 

 

 

 動き始めたのは同時だった。

 振るわれた剛腕から烈風が生み出されるのは想定済みだ。だから翼が取る行動はたった一つ。

 

 

 

『颯を射る如き刃……麗しきは、千の花』

 

 

 

 十数メートル上空へ軽々と跳躍。即座に反応され、地上から翼を撃ち落とすべく射出される光刃を逆羅刹で迎撃。その距離、20メートル。

 月光を反射し、刀が煌めく。それに呼応するかのように刀身が大型化し、蒼雷を帯びたそれを掲げた翼は────力の限り、一気呵成に振り下ろした。

 

 

 

────蒼ノ一閃──── 

 

 

 

 奏を失い、慟哭に暮れていた翼。彼女が抜けた穴を埋めようと躍起になり、ノイズ殲滅の修羅と化していた。

 剣は涙を流さないと、落ちる雫を誤魔化し拭っていたあの日々。

 防人の生き様などと言っておきながら、行ったのは自爆同然の行為だった。

 状況こそ違えど、奇しくもクリスと戦ったあの夜と同じような行動をとっている。あの日のままでは、この攻撃は容易くいなされ手痛い反撃を食らうことだろう。

 だが、あの頃と決定的に違う点が一つある。

 

 

 

「無駄だッ!」

 

 

 

 他の部位と同じく、異常に発達した肩部と同化したゴム状の球体。それらが意思を持ったかのように一直線に蒼ノ一閃に向かって伸びる。

 間もなく激突。火花を散らしながら拮抗しているように見えた。しかしそれは数秒のこと。ゴムの硬度に圧縮したエネルギーが耐えられなかったのか、先に音を上げたのは蒼ノ一閃の方だ。

 このままでは以前の二の舞となってしまう。

 

 ────そう考える者はこの場にいない。

 

 

 

『思い出も誇りも、一振りの雷鳴へと……!』

 

 

 

 奏と共に羽撃いた思い出も、防人としての誇りも、全て、本命の一刀に宿さん。

 

 行き場を失ったエネルギーが暴発し、起きる爆発。

 それは予想済みだ。巻き込まれる寸前に脚部ブレードからスラスターを点火し、地上へ急降下。未だ肩部の球が勢いよく戻った反動でよろめいている男に狙いを定め、一気に駆け抜ける。

 

 大剣を薙ぎ、巨体をカ・ディンギル外装まで吹き飛ばす。

 手筈は整った。後は奴に悟らせないように、全力の攻撃を放つのみ。

 

 

 

『去りなさい! 無想に猛る炎、神楽の風に滅し散華せよッ!!』

 

 

 

 再び跳躍。

 今度は刀をカ・ディンギル外壁────即ち、そこまで吹き飛ばされた異形より()()()に投擲する。

 駆動音を上げながら巨大な諸刃と化した得物の柄に向かって蹴り込むと同時に、諸刃に取り付けられたバーニアと脚部スラスターが火を噴いた。

 

 

 

────天ノ逆鱗────

 

 

 

 天より放たれる怒涛の如き一撃、天ノ逆鱗。

 超質量を持った諸刃の切っ先が、闇を裂きながら落ちていく。しかしただではやられないのが目前の男だということなど、出会って数時間である翼にも理解っている。

 

 どこからともなく取り出した大型の銃の銃口から白い光線が発射される。地面に向けて発射されたそれは、着弾すると同時に音を立て、周囲の大気も巻き込みながら凍結。

 スタークやローグが行ったような、即席の防壁の生成だ。

 一層だけではない。厚さ数メートルはあろう防壁が7つ。

 

 いざ往かん、満ちた決意を胸に、勇猛果敢に突き進む。間もなく激突。拮抗は一瞬だった。

 まず一枚、甲高い音と同時に防壁が砕かれる。続けて二枚、三枚────七枚。

 

 

 

「何ッ!? 土壇場でハザードレベルが急上昇したと言うのかッ!?」

 

『嗚呼絆に、全てを賭した閃光の剣よ────』

 

 

 

 何やら言っているが、御託はいい。()()()()()()()()()()のだから。

 そもそも天ノ逆鱗の発動時より、攻撃の軌道は男に向けていなかったのだ。狙いは一つ、男の背後にて聳え立つ魔塔、カ・ディンギル。

 爆音、爆風と共に地面に突き刺さる諸刃。地面に刺さった切っ先を軸として刀身が傾き始める。

 

 未だ男はこの行動の意図が読めず困惑している。やはり、半身が怪物と化して以降は戦闘能力と引き換えに知性の大半が失われているという見立ては正しかったようだ。

 

 

 

「初めから狙いはカ・ディンギルかッ!?」

 

 

 

 半円を描く諸刃の柄の位置が頂点に達した瞬間、翼は大腿部の鎧から中型の両刃剣を取り出し、三度跳躍。

 ここまできてようやく男も翼の意図に勘付いたのか、銃を乱射、翼を撃ち落とそうと躍起になっている。

 両手の剣の刀身から炎が噴き出す。火遁の術により無尽に噴き出すそれを推進力としてカ・ディンギル頂上へ向かい、クリスが身を挺して止めた砲台を完全に沈黙させるのだ。

 

 その後のことは、あまり考えていない。

 無事に着地に成功し、男と決着を着けるのか。それとも破壊した際の爆発に飲み込まれて散るか。

 ただ一つ理解ることは────し損ねることなど、他の誰が許しても。

 風鳴翼が許さないということだけだ。

 

 

 

「させるかァァァァッ!!」

 

 

 

 発狂し、ろくに狙いも定めずに銃を撃ち放っていた男。気のせいか、次第に照準が狭まってきているような気がする。

 さらに飛翔。時折光線が身体を掠める。その冷気故か次第に感覚が無くなり始めているが、そんなことを気にしている場合ではない。

 あと数十メートルで頂上だ。それまでは────。

 

 

 

「しまっ……!」

 

 

 

 直撃。墜落。敗北。

 その刹那、翼の脳裏をよぎったのはそんな言葉だった。

 背を貫くような衝撃の後、急速に体温が奪われていく。音速へ届こうかとしていた速度は即座にブレーキがかけられ、カ・ディンギル頂上が遠のき始めた。

 

 幻聴か、男の嘲笑が聞こえてくる。所詮剣には人の世は守護れないと。

 その通りなのかもしれない。カ・ディンギル破壊など、剣には荷が重すぎた使命だったのか。

 

 ────否。

 

 

 

「……奏、力を貸して」

 

 

 

 たった今誓ったはずだ。自身がどうなろうとカ・ディンギルを破壊すると。それが出来ないなど、ほかならぬ自分が許さないと。

 焦る必要は無かった。今、翼は片翼のみで飛ぼうとしたから撃ち落とされたのだ。

 

 しかし翼は独りではない。立花響が、雪音クリスが、支えてくれる大人たちがいる。それに────何より近くに、大切な片翼が。

 

 朧げに、奏の姿が見える。それは本物ではない。走馬灯のように思い出される記憶の旋律(メロディ)が、奏の形をとって現れているだけだということは識っている。

 それでも今の翼にとっては、この上ない助っ人だった。

 

 

 

「だって、両翼そろったツヴァイウィングなら────どこまでも遠くへ飛んでいけるから」

 

 

 

 奏は答えない。翼にはこれが幻覚だと理解っているからだ。しかし、その顔は笑っている。

 今、翼が諦めればきっと奏に怒られる。そうなればいつもと逆だな、と苦笑が漏れ、

 

 

 

「どんなものでも、超えて見せる」

 

 

 

 ソラにて輝く星を見上げ、誓いを立てる。

 現実での翼は背中が凍り付いているらしい。()()()()()()()

 そんなことで妨げられるほど、この両翼は脆くない。共に見た夢が叶うその時まで、誰がこの飛翔を止められようか。

 背負うは怒涛の羽根。地上より嘲笑う異形よ、天を衝く魔塔よ。刮目せよ、ツヴァイウィングの羽撃きを────!

 

 

 

「なッ────」

 

 

 

 

 

────炎鳥極翔斬────

 

 

 

 

 

 立ちはだかる脅威を喰らい尽くす羅刹の如く。

 目の前の脅威を前に、何度でも蘇る。紅炎は何時しか静かに燃え滾る翼の胸の内を体現しているかのような蒼炎へ。

 氷結した箇所は尽く燃やし溶かされ、火の粉を散らしながら飛翔。

 蒼翼が翼の身体を包み、不死鳥のように象られる。全の力を開放して放たれる最強の一刀、『炎鳥極翔斬』。

 

 地上で茫然と見つめる己の後輩、唖然と見つめる異形の男。

 この後響が元に戻るかは分からない。それでも、翼は信じる。自分の目を覚まさせてくれた、相棒の力を受け継いだ彼女に何か遺せただろうか。

 遺せていたとしたら嬉しい。だから、どうか目を覚ませ────。

 

 

 

 

 

「立花ァァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 一閃。沈黙。閃光。爆裂。

 天を衝く魔塔は第二射が放たれる直前に破壊された。

 

 落涙。

 苛烈な憎悪が渦巻いていた響の目から、一筋、何かが零れた。

 剥き出しの牙は収められ、目に映るもの全て射殺さんとばかりに見開かれていた双眸は元の形を取り戻し、黒々と蠢いていた”何か”は胸の内に戻り。

 

 

 

「翼、さん……?」

 

 

 

 脳内で渦巻く二文字。

 響の動きを縛っていた天羽々斬の小太刀も、いつしか塵へと還っていた。これが意味するのは、つまり。

 

 遠くで誰かの絶叫が聞こえる。悲願がどうのと喚いているが、全く気にならない。

 目前の魔塔が放っていた輝きは失われ、残ったのは大きな残骸だけとなった。最早こうなっては月を穿つなど不可能、今度こそ計画は阻止されたと言っていいだろう。

 

 一人は夢に殉じ、夢の中で墜ちた。一人は人の世界を守護るために魔塔へ挑み、光と共に消えた。

 二人の少女の夢と、もう一人。

 立花響の絶望を代償として。

 

 

 

 

 

「おのれ……おのれおのれおのれおのれぇぇぇェェェェッ!!」

 

 

 

 

 

 地面に何度も拳を叩きつけ、激情に身を任せている異形の男。

 

 

 

「月の破壊と同時に地球は重力崩壊を引き起こす……。

 惑星規模の天変地異に()()は恐怖し、狼狽えッ! 全てを白日の下に晒すつもりであったのにッ!!」

 

 

 

 髪を掴まれ、目の前で何やらよく分からないことを喚いている。

 普段の響であれば、男に一体何があったのか聞くところだが、今の彼女にそのような発想はなかった。

 怒りはない。

 あるのはただ、黒よりもさらに昏い感情。

 

 

 

「事実は公表されるべきだッ! それこそが私の信念、我が国の理想だったッ!

 それを……それをお前はッ! お前達はッ!!」

 

 

 

 近くの壁に向かって力の限り投げ飛ばされる響。

 十全であれば受け身の一つくらいできたかもしれないが、今そのような気力もなく。

 

 地面に仰向けになり、光の消えた双眸で空を眺める。

 戦闘に入った際は夜も更けた頃であったが、すでに視界の端に写る空は明るくなっている。

 夜通し戦っていた、ということだ。

 

 そのほんの数時間の間に、響は大勢の人間を失った。

 憧れの先輩、ようやく分かり合えた少女、共に笑い合った学友たち、そして、小日向未来。

 帰る場所である私立リディアン音楽院も崩落した。

 

 響は一体────

 

 

 

「……わたしは、何のために戦って……」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 風鳴弦十郎がカ・ディンギル砲塔に向かって翔ける翼の姿を見つけたのは偶然だった。

 

 

 

「翼ッ!?」

 

 

 

 同じ風鳴に仕える者としての直感か、彼はその姿を一目見ただけで翼が何を為そうとしているのかが理解できてしまった。

 翼は身を挺してあれを止める気なのだと。

 そう悟った瞬間、激しい閃光が視界を覆う。視界が回復したときには既にカ・ディンギルは崩壊、それ即ちフィーネの計画の瓦解。

 通信機越しに聞こえる、「天羽々斬の反応が途絶」という絞り出されるような報告が何よりの証拠だった。

 

 

 

「身命を賭してカ・ディンギルを破壊したか、翼ッ……!」

 

 

 

 彼女の歌が、世界を救った。守護り切ったと声を絞り出す。

 やり切れない思いの発露か、力の限り地面を殴りつける。地面が割れ、何体かそれに飲み込まれるも弦十郎はそれに気付かない。

 

 

 

『いくら殴ろうったって無駄ですよ無駄無駄ッ!!

 それはクローンスマッシュ。痛覚が存在しない上に、我々英雄部隊の調整が入っていますから』

 

「…………」

 

 

 

 朔也からの通信で翼の前にも奴が────ナイトローグが現れ、飛び去ったのは知っていた。

 まさにコウモリ。ブラッドスタークとは違い、この男は単純に空気が読めていない。

 もし少しでも読めていたのなら、今の弦十郎の前に姿を見せるなどという愚行は冒さないからだ。

 

 

 

『直接スマッシュに指示を出せなど、スタークも英雄遣いが悪いものです。

 まァ、いくら貴方と言えどこの質量差ではどうする事も……』

 

 

 

 言い終わるより前に、ローグの隣にいたプレス機と融合したような外見の怪物、クローンスマッシュの胴体がひしゃげ、爆散した。

 数秒、何が起きたのか分からないといように固まるローグ。弦十郎がクリスの前に現れた時といい、彼は突然の事態には弱いようだ。

 

 

 

『ヒィィッ!? クローンスマッシュを素手でッ!? 僕謹製の調整を……』

 

「今、お前の軽口を流せるほどの厚情は持ち合わせていないものでな。

 どれだけ数を用意しているかは知らんが、それが尽きた時がお前の最後だ。投降、逃走を勧める」

 

 

 

 次の瞬間には、大量のスマッシュごと彼の姿はかき消えていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「分かんないよ……どうしてみんな戦うの!? 痛い思いして、怖い思いして、死ぬために戦ってるのッ!?」

 

「板場さん……」

 

 

 

 頭を抱え、うずくまって悲痛な声を上げる弓美。

 クリスと翼が倒れ、響も戦意を喪失した今、それを咎められる者など居なかった。

 

 今響が戦う意思を見せないのは、恐らく二課の面々や未来、それに弓美たちの消息が不明だというのが大きいはずだ。

 リディアンが倒壊し、カ・ディンギルも建立し死んだものと思ってしまっているのだろう。

 響の気持ちが完全に理解できているなどとはとても言えないが、未来も響が居なくなってしまえばどうなるか分からない。

 

 

 

「誰かなんとかしてよぉッ!! 死にたくないよ……」

 

 

 

 未来たちはここから響の様子を見守るしか出来ることがない。

 室内を諦念が包み始めたその時。

 

 今まで沈黙を保っていた男性、石動惣一が弓美の前に立っているのに気づいたのは偶然だった。

 惣一は弓美の肩を掴み、半ば強引に前を向かせる。

 

 

 

「惣一さん!?」

 

「こんな状況だ、考え無しにあいつを信じろとは言わねえ。

 でもな。人間、諦めたらそこで終わりだってのを忘れるな」

 

 

 

 いつか、未来が響の秘密を知ってしまった時にも見せたことのある表情。

 諦めるなと、彼は言う。

 それは弓美に対してだけではなく、今この場にいる全員に向けての発言のように思えた。

 そして、惣一本人にも。

 

 

 

「マスター……諦めるなって、あたしじゃ何も……」

 

 

 

 目を背け、再び俯こうとした弓美だったが、それは許さないとばかりに言葉を紡ぎ始める。

 

 

 

「考えろ。俺の知ってる奴らはな、自分が死ぬかもしれねえってその瞬間まで、自分にできる事をやり通してた。

 どんなことがあっても死んだ仲間のために、信じてくれてる奴らのために。命張って戦ってた。

 よく考えろ。今、お前は本当に何もできないのか? お前らの友情ってのはそんなに薄っぺらいモンだったのか?」

 

「……あたしに、できること……?」

 

 

 

 今、自分たちに出来ること。

 なければ考えればいい。彼はそう言った。

 呟いたきり、何も言わなくなった弓美。しかし、顔は前を向いている。

 

 突然、扉が開かれた。他の場所を駆け回っていた慎次が生存者を連れてきたらしい。

 今未来たちのいるこの一室は、ある程度の広さがあるためあといくらかは人を連れてくることができる。

 中にはまだ10歳にも満たないであろう少女もおり、事態の深刻さを感じさせた。

 

 不思議そうに周囲を眺めていた少女。

 ある一点で視線が止まったと同時に、突然表情が明るくなり、その場所へ────朔也たちが見ていたモニターへ────走り出した。

 

 

 

「あっ! かっこいいお姉ちゃんだ!」

 

 

 

 と、モニターの向こうで仰向けになっている響を指差し叫んだ。

 

 

 

「ちょっと! すみません、うちの子が……」

 

「ビッキーのこと知ってるんですか?」

 

 

 

 少女の母親らしき女性が慌てて少女を引き戻す。

 どうやら少女は響のことを知っているらしい。代表して創世が訳を訊くと、詳しくは言えないらしいが少女はかつて響に助けてもらったことがあるという。

 

 

 

「自分の危険を顧みずに助けてくれて……。きっと、他にもそういった人たちが」

 

「響の、人助け……」

 

 

 

 詳しく話せないということは、恐らくシンフォギアに関係することだろう。もしかしたら、響が初めてシンフォギアで人助けをしたのがあの少女、ということもあるかもしれない。

 

 

 

「ねえ、お姉ちゃん助けられないの?」

 

「助けようと思っても、どうしようもないんです」

 

「じゃあいっしょに応援しよう! ねえ、ここから話しかけられないの!?」

 

「声を届ける、って事か?」

 

 

 

 モニターを見て、今の状況を「響が困っている」と解釈したらしい少女が応援を呼びかける。

 しかし、ここから応援などどうすればいいのか。諦めかけた未来の心に、惣一の言葉が思い浮かんだ。

 

 "考えろ"という言葉。

 

 決して諦めることは許されない。

 応援、と少女は言った。ここから応援、言い換えれば────。

 

 そこで、未来は閃いた。恐らくこれ以上の頭の冴えは過去にも未来にも存在しないだろう。

 

 

 

「……そうだ、ここから響に私たちの声を……無事を知らせるためにはどうすればいいんですか!?

 響を助けたいんですッ!」

 

 

 

 そう、応援、つまり声を届ける。つい先程惣一が少女の言葉を噛み砕いて言ったことだ。

 現在戦場となっている校舎前のグラウンド。未来の記憶が確かなら、そこにスピーカーがあったはず。カメラの映像を見ることのできるここからなら、スピーカーだって起動させることができるかもしれない。

 一瞬呆気に取られる朔也だったが、すぐにその意図に気付いたのか表情を明るくさせた。

 

 

 

「そうか……学校の設備がまだ生きていれば、ここからリンクして直接声を届けられるかもしれない!」

 

「でもここからどうやって? ここに来る途中通りがかったけど、瓦礫に埋れていて大人が通れるものじゃ……」

 

 

 

 設備室への道は閉ざされてしまったらしい。これでは響に無事を伝えられない。

 既に未来の中で"諦める"という選択肢は存在しない。この案が駄目なら、第二第三の案を捻り出すだけだ。

 こめかみに指を当て、思考を巡らす未来。だが。

 

 

 

「……あたしがやる」

 

 

 

 と、声を上げたのは予想だにしない人物だった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「元よりお前の役目はフィーネの目を引き付けることだった……。

 フィーネを始末した今、最早お前が生きている必要はないッ! ここで始末してくれるッ! イチイバルと天羽々斬の分も含め、ただで死ねると思うなァッ!!」

 

 

 

 遠くで男が何か言っている。どうやら響はここで殺されるようだ。

 風を切る音が聞こえる。あの剛腕で殴り潰されるのだろうか。

 次第に音が近づいてくる。もう何も考える気になれない。

 

 その、直前のことだ。

 

 

 

 

 

『────仰ぎ見よ太陽を よろずの愛を学べ』

 

 

 

 

 

 歌が、聞こえた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「耳障りな歌だッ!」

 

 

 

 男の身体はLiNKERの副作用に加え、スマッシュ化による狂化。その上カ・ディンギルを破壊されたことによるストレスで、少しでも気を緩めば暴走の危険がある領域にまで達していた。

 そこでこれだ。どこかから聞こえてくる耳障りでしかない歌。もはや苛立ち以外の感情など存在しない。

 

 

 

『誉れ胸を張る乙女よ 信ず夢を唄にして────』

 

 

 

 この学校の校歌なのだろうが、今この状況でなぜ歌う?

 尽きない疑問だが、男はこれ以上神経を逆撫でされないように一刻も早く音声を発しているスピーカーを破壊することに決めた。

 

 

 

「何処から聞こえてくる? 今すぐに始末してくれ……」

 

 

 

 始末してくれる、と言いかけたその時。

 反射的に、忌々しい装者の生き残りに顔を向ける。

 そこには、

 

 

 

「……聞こえる……みんなの声」

 

 

 

 日の出を迎え、上り始めた太陽を背に立ち上がる────立花響の姿があった。

 

 

 

「よかった……。わたしを支えてくれてるみんなは、いつだって側にいる。

 みんなが歌ってるんだ……だから────」

 

「なッ……」

 

 

 

 目に光が戻っている。毅然とした眼でこちらを射抜いてくる。

 何故? 男の脳内は疑問で埋め尽くされた。何故歌が聞こえただけでここまで立ち直ることができる?

 

 

 

「────まだ歌える」

 

 

 

 いつしか、少女の周囲を光の輪が囲んでいた。

 報告によると、それはシンフォギアを纏う際に現れるものらしい。と、いうことは。

 

 

 

「────頑張れる」

 

 

 

 空気が震えるのを感じる。地面から湧き出ている光球、フォニックゲインが()()()に集まっていく。

 ……三箇所。何故立花響の場所だけではないのか?

 残りの二箇所の場所は頭に叩き込んだ地図と照らし合わせばすぐに検討がつく。恐らくここから少し離れた森林公園。それに、大破したカ・ディンギル頂上部だ。

 

 

 

「どういう事だ!? まだ戦えるだとッ!? 何を支えに立ち上がる!? 一体何がッ……! いや、認めるか! 認めるものかッ! 私はまだ────ッ、」

 

 

 

 そこに何があるか気付いた瞬間、彼の口は閉ざされた。

 

 

 

 

 

「────戦えるッ!!」

 

 

 

 

 

 顕現する、三本の光柱。

 赤、青、黄色に輝くその柱から飛び出る何か。

 螺旋を描きながら一箇所に集まる。

 

 

 

「────────」

 

 

 

 左には、明媚たる月光の如き輝きを刀に煌めかす青き剣士、風鳴翼。

 右には、寸分違わず全身の銃器の銃口を眉間に向ける赤き弓兵、雪音クリス。

 そして、中央には。

 完膚なきまでに心を叩き折ったはずの槍兵、立花響が。()()()()()()()

 男はその光景を否定すべく首を振るも、いくら経っても脳裏に焼き付いたものは消えない。つまり、これは現実なのだ。

 

 復活した三人の戦姫が、光臨を遂げた瞬間。

 勝敗は決した。




次回「紡ごう、ファースト・ラブ・ソング」
次回決着 8000文字くらいで終わらせたい

隊長スマッシュ体はストロング、フライング、プレス、ストレッチの外見が合わさったキメラにアイススマッシュ(超バトルDVD版)が持ってた銃を装備している感じで
隊長がLiNKER使えた理由は未来さんと同じような感じです
RN式つけてる理由とかも隊長が退場したら捏造設定のところに書いておきます



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