戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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世間はアクセルフォーム派が主流ですが私はずっとブラスターフォーム派です
アクションが単純に出力でゴリ押してる感があってだいすき

隊長の動機については後書きでちょっと書いてます




EPISODE15「紡ごう、ファースト・ラブ・ソング」

 とんだ道化となったものだ、と自嘲する。

 結局、奴らに存在を認知された上に無様に斃れるとは。

 アウフヴァッヘン波形の発せられる所にしか我が意識は覚醒しないというシステム上、各地の研究機関に私の存在が知れ渡るやもしれない。

 

 全く、度し難い。

 

 今こうして、辛うじてだが生きているのも完全聖遺物のポテンシャル故だ。

 青銅の蛇の再生能力が、私の意思と関係なく私を生き永らえさせている。

 ……この程度の逆境でその後の機会を棒に振るということこそ度し難い。”あの御方”────エンキに、必ず思いを届けるという誓いを立てて幾星霜。

 未だその誓いは輝きを失ってはいない。必ず、いつか。

 

 そう、鎧の能力により瓦礫に押し潰されようが、死ぬ事はない。私を欺いたあの男達には必ず復讐する。

 その為には奴らに捕まる訳にはいかない。今拘束されれば融合症例の性質上、転生の機会を与えてはくれまい、良くて深淵の竜宮送りだ。

 

 少なくとも聖歌伝令(ファンゲンゲサング)式回天特機装束を造ったのもただの戯れだった。

 願掛け程度の意味を込め、7()()()のシンフォギアを造った、というのは秘め事。生涯打ち明ける事はない。

 余計な事を考えながらも、何としても捜索が始まる前に身を隠さなければ……と、四肢に鞭打ち身をよじる。

 

 と、その時だった。

 

 

 

「────? ────」

 

 

 

 誰も居ない暗闇に、光が差した。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 再起した戦姫たち。

 その立役者となったのは間違いなく、今ここにいる少女たちだろう。

 未来が閃き、弓美が手を挙げ、創世と詩織も共に設備復旧に尽力した。彼女らの協力なければこの逆転劇は成立し得なかったのだ。

 

 

 

「やっぱあたしらがついてないとダメだな!」

 

「助け助けられてこそ、ナイスです!」

 

「私達も一緒に戦ってるんだ!」

 

 

 

 そして何より、後ろにて壁にもたれかかり、腕を組んで満足げに「俺は最初からこうなると思ってたぜ」とでも言いたげな男性、石動惣一の言葉がなければこのような結果には至らなかった。

 

 

 

「ありがとうございます、惣一さん」

 

「何言ってんだよ。俺は諦めるなって言っただけだぜ」

 

「でも、それがなかったら今も私たち……」

 

「ひっくり返したのは未来ちゃんたちだろ? それに俺、リディアンの校歌知らねえしさ」

 

 

 

 いつもは頼んでもいないコーヒーを出して「おいしいか美味いかで答えて」などと言って来る惣一だが、なぜかこういう場面ではやけに謙虚だ。

 何か感じかけた未来だったが、モニターを見るよう促され、それが再び浮上することはなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「みんなの歌声がくれたギアが、わたしに力を与えてくれる。クリスちゃんや翼さんに、もう一度立ち上がる力を与えてくれる。

 歌は戦う力だけじゃない……命なんだ」

 

 

 

 未来が生きていてくれた。創世も、詩織も、弓美も。今はそれだけで十分戦える。

 いまだヘッドギアに内蔵されたインカムからの通信はない。しかし、話に聞いていた地下のシェルターへの避難が完了していたということは、未来たちだけでなく弦十郎や慎次たち二課職員の面々や、外部協力者である惣一もそこにいるはずだ。

 彼らは今も戦闘の状況を観測しているに違いない。

 

 

 

「どうやら、フィーネからは何も聞いていない様だな」

 

「知るものかッ!」

 

 

 

 右を見れば刀を構える翼が、左を見れば自信が溢れる表情で男を見下ろすクリスがいる。

 これ以上頼もしいものはない。自然と口角が上がってしまう響に気付いたクリスが赤面させながら、

 

 

 

「高レベルのフォニックゲインを発したところで何が出来るッ!? この私に……」

 

「んなこたぁどうでもいいんだよ!」

 

 

 

 照れ隠しのつもりなのだろうか。余計に顔が綻んでしまう。そっぽを向かれてしまった。今はこうして、クリスや翼と話せるのがとても喜ばしい。

 

 気を取り直し、前を向く。数の上では三対一、響の気力の復活もあって形勢逆転となり、いくら異能の力を行使しようと勝ち目などないように思われるが、さて。

 

 わなわなと身体を震わせていた男の動きが止まる。顔は俯かれ、乱れた前髪でその表情は推し量るのは難しい。

 しかし、いくら響だろうと肥大した男の右手に握られている小さな物体、ソロモンの杖の存在を視認すれば、これから彼が何をしようとしているのかは想像に容易い。

 

 

 

「行け」

 

 

 

 不自然なほどに抑揚がなく、機械的な声で召喚したノイズに指示を飛ばす。数秒前の予想通り、十体の飛行型ノイズが無機質に()()()に向かって飛翔してきた。

 これは流石に予想外だ。一度四方に散開したノイズが一点、つまり響に収束するように突っ込んでくる。

 しかしたかだかノイズ十体、理屈は分からないが今のシンフォギアなら一撃で倒せるはずだ。拳を構え、向かって来るノイズに備える響だったが────。

 

 

 これを読んでいた者たちがいた。響がノイズを一掃しようとしたその刹那、右から攻めてきたノイズは微塵に斬り刻まれ、左から攻めてきたノイズはことごとくハチの巣になり、炭素へと還った。

 頼れる仲間たちがやってくれたのだ。

 

 

 

「出過ぎた真似とは理解っているが……十全か、立花?」

 

「相変わらずどんくせえままってこたぁねえだろ」

 

「翼さん、クリスちゃん……ありがとうッ!」

 

 

 

 翼からは心配の声が、クリスも言葉こそ乱暴だが、明らかにこちらの身を案じてのものだった。

 地面から破砕音が聞こえる。どうやら男が地面を殴りつけたらしい。ソロモンの杖を天に掲げ、

 

 

 

「墜ちろ……墜ちろ墜ちろ墜ちろォォォォォッ!!」

 

 

 

 絶叫と共に一筋の緑光が天へと伸びる。光が雲を貫いた途端、四方八方に爆散。市街各地に光が着弾する。これが意味するのは、即ち。

 

 

 

「ノイズが、あんなに……!」

 

 

 

 ────市街地を埋め尽くす極彩色。

 本来灰色であるはずのコンクリートジャングルの地表の様子は、数刻前のそれとは一線を画していた。

 地と空を覆うは特異災害ノイズ、その集団だ。

 少なく見積もっても、千は優に超えるだろう。

 

 男の指示によるものだろうか、ほぼ全てがこちらに向かってきている。中には響たちを墜落させるべく、既に攻撃を始める個体もおり、その度に建物の寿命が縮まっていく。このままでは街が破壊されてしまう一方だ。

 故に、響たちが取る行動は一つ。この程度、わざわざ確認し合うほどのものでもない。

 

 

 

「おっしゃあッ! どんだけ出ようが今更ノイズ! どいつもこいつもぶちのめしてくれるッ!」

 

 

 

 クリスは飛翔し、空中にて蔓延るノイズを撃ち落とし始めた。

 いくら飛行能力を得たギアと言えども、対空戦ならばクリスの方に一日の長────一日どころではないが────がある。空は彼女に任せるべきだ。

 

 

 

「私達も往くぞ」

 

「……あの、翼さん」

 

「どうした?」

 

 

 

 翼も刀を大剣へと変形させ、響に出撃を促してくる。

 しかしその前に一つ。響にはどうしても、翼に言わなければならないことがあるのだ。刻一刻と街が破壊されているこの状況、時と場所を弁えなければならないのは分かっている。

 

 それでも、だ。

 

 

 

「……わたし、翼さんにあんなこと……」

 

 

 

 そう。暴走し翼に襲い掛かり、危うくカ・ディンギルの第二射が放たれてしまうところだった。その上翼に血を流させ、いくら謝っても謝り足りない。

 ここで一言謝っておかなければ、二度とそのチャンスは来ないような気がする────そう考えての行動だ。

 しかし「ごめんなさい」と響の口が動くよりも早く、

 

 

 

「どうでもいい事だ」

 

「えっ?」

 

 

 

 流された。当の翼本人に。

 唖然とする響を後目に、翼は何でもないように続ける。

 

 

 

「立花は、私の呼びかけに応えてくれた。自分から戻ってくれた。自分の強さに胸を張れ」

 

 

 

 むしろ響を誉めるなど、予想外にも程がある。

 おもむろに街の方を見つめる翼。それに釣られてそちらを見ると、飛行型ノイズを撃ち落としながらもこちらに顔を向け、「早く来い」とでも言いたげな表情でこちらを睨んでいるクリスの姿があった。

 

 

 

「さて、そろそろ雪音の堪忍袋の緒も切れそうだ。

 ……一緒に戦うぞ、立花」

 

「────はいッ!」

 

 

 

 笑みを零しながらも力強いその声に、どうしてこれ以上逆らうことができようか。

 憂いもなく、後は、あの災害を打ち倒すのに専念するだけだ。

 

 

 

「お待たせクリスちゃん!」

 

「ったく、遅せえんだよ! ……ほら、さっさと行くぞッ!」

 

 

 

 若干拗ねている様子のクリスであったが、すぐに機嫌を戻してくれた。

 見据える先は極彩色の雑音の群れ。共に空を駆け、殲滅を開始するべく加速を始めたその時だった。

 

 突如、三人の鎧から新たな音楽が流れ始める。全く同じその音楽に多少驚く一同であったが、なぜだか心で理解できた。

 これは聖遺物に振り回されながら歌ったもの(撃槍・ガングニール)でもなく、胸の覚悟を示した後に歌ったもの(私ト云ウ 音響キ ソノ先ニ)でもない。

 

 優しく、そして心強い音色。これなら敗ける道理はない────!

 

 

 

『ぎゅっとほら……怖くはない』

 

『わかったの……これが、命』

 

『後悔は……したくはない』

 

 

 

 各自散開し、各個ノイズの撃破に当たる。

 路地へと入った響の目にまず見えたのは、他の個体よりも一際大きなノイズ二体。どうやらその二体が小型ノイズを量産しているようだ。

 なら話は早い。これ以上の増殖を止めればいいのだから。

 

 

 

『さあ! 世界に、光をォッ!!』

 

 

 

 通常のギアであれば、倒すのに多少の手間がかかる相手。

 しかし、今の響にとってそれは問題ではない。飛行の勢いのままに拳を突き出し、吶喊。

 そのまま背後に居たもう一体も貫通し、処理は完了だ。

 さらに、拳に纏ったフォニックゲインはあまりに膨大。爆散したノイズの余波で、周囲一帯のノイズも誘爆する。

 

 

 

────すごいッ!

 

 

 

 身体の奥底より止めどなく溢れ出るこの力。その正体を響は、翼は、クリスは識っている。

 闇を裂き、輝く聖なる()。全身全霊で、ありのままに、三人は翔ける。

 

 

 

────MEGA DETH PARTY────

 

 

 

 巨大な飛行ユニットを形成したクリスが、空中のノイズを寄せ付けない。展開した飛行ユニットから無数のレーザーを発射、乱れ撃ちとも思える広域攻撃に舌を巻く。

 

 

 

「やっさいもっさいッ!」

 

「すごい、乱れ撃ち!」

 

「なッ……全部狙い撃ってんだッ!」

 

 

 

 どうやらあれは狙い撃ちらしい。

 よく観察すればその言葉通り、クリスの放ったレーザーは一つ残らずノイズに着弾しており、撃ち損じなど一つもなかった。

 

 

 

「だったらわたしがァッ! 乱れ撃ちだァァッ!!」

 

 

 

 自分でもなにが「だったら」なのか分からないが、両腕のハンマーパーツを引き伸ばし、地上に向かって突き出す。

 空を切るはずであったその拳、ノイズに当たるはずもない。

 そこから槍型のエネルギーが射出され、地上を薙ぎ払うまでは。疑似的な遠距離攻撃を獲得した響は味をしめ、何度もそれを繰り返す。

 

 後ろを向くと、翼が強化された蒼ノ一閃で地平線上に存在したノイズを両断するのが見えた。

 今の彼女らを止める術などなく、ただひたすらに飽和攻撃を加えられ、消滅を待つのみ。つい先ほどまで街を埋め尽くしていたノイズは、すでに塵の山と化した。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

 

 

 残る敵はただ一人、カ・ディンギル跡地にて佇む異形の男だけだ。

 男に刀を向け、幾度目かの投降を勧める翼。故に、その異変に気付いたのも誰よりも早かった。

 

 いつかと同じようにソロモンの杖を掲げ、再び天に向かってノイズを召喚する。それならまた倒せばいい……そう思ったのも束の間、ここまでくれば響とクリスも異変に気付いたようだ。

 

 確かにノイズは召喚された。

 しかし、その動きが不自然なのだ。召喚者である男の周囲を旋回し、一向にこちらに襲い掛かってこない。

 

 ────あろうことか、ノイズが男の身体に突き刺さり始めた。

 

 

 

「そんなことしたらッ!?」

 

「いや待て立花、あれは……」

 

 

 

 一体、二体、三体……と、次々に突き刺さっていくノイズ。そのダメージ故か、上半身の異形化が解除され、元の姿に戻ってしまう。

 点滅するRN式回天特機装束を装着した右腕を除いて、ほぼ全身がノイズに覆われる。肉塊のように変質したノイズの内部からうめき声だけが聞こえるその異様な光景に、思わずたじろいでしまう一同。

 

 響の言うことはもっともだ。

 先の戦闘において、男は右腕のRN式回天特機装束の能力でシンフォギアと同じくノイズの位相差障壁の無効化と、ノイズから身を守るバリアコーティング機能を有していることが判明している。

 だから炭化するということはないのだが、あれだけのノイズに密集されては単純にノイズの攻撃で死亡してしまう可能性が高いのだ。

 

 しかし、どうもそういった状況ではないようだ。

 それどころか、肉塊の中から聞こえ出るうめき声。それもいつしか笑い声へと変貌している。

 

 

 

「フフフフ……ハハハハハハハハハハハッ!!」

 

「ノイズに、取り込まれて……?」

 

「そうじゃねえッ! ()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 恐らくそれが正解だ。

 ノイズを自由に使役できる完全聖遺物、ソロモンの杖が機能不全を起こした、などというのは考えにくい。つまり、あの光景は召喚者本人が自ら作り出したものということだ。

 肉塊の大きさが増してくる。

 5メートル、10メートル、20メートルを超えてもまだ止まらない。

 50メートルを超えたあたりで肉塊が人型を形成、新たな異形が顕現する。

 

 男が異形と化した際であれ、それは上半身だけの変貌であった。

 だがそれとは全く違う。頭部も、下半身も全て異形となっている。もはや「人型」である事以外元の人間の特徴などどこにもなく。

 完全なる「怪物」が、そこに誕生していた。

 

 

 

「正気かッ!? 自らをノイズと定義するなど、一度倒されればお前は……!」

 

「死ぬ気かよッ!?」

 

 

 

 辛うじて絞り出される言葉。そう、何よりも異質なのが、その表面に()()()の意匠が見られることだ。

 つまり奴は自らの身をノイズと同化させることで異常な体積を獲得したということ。同時にそれは、「シンフォギアによって撃破すれば同化した彼自身も炭素へと還る」という事実を示している。

 

 巨岩ほどの大きさの拳でカ・ディンギルの根本を殴りつける怪物。当然のように地面を貫通し、ある一点で停止する。何かを探しているようだ。

 ほどなく腕を引き抜き、目当ての”それ”をこちらに向けて振り下ろしてきた。

 

 ()()()に呑まれれば、今の出力のギアだと言えど間違いなく負傷程度では済まない。

 それを直感的に悟った翼は、ほとんど無意識に攻撃範囲の外に逃れる。ほぼ同時に他の二人も同じ結論に至ったようで、それぞれ回避をとった。

 今まで三人がいた場所を一筋の光が通り過ぎ、

 

 

「なん、だとッ……!?」

 

「街が……!」

 

 

 

 三人の背後にある、つい先ほどまで戦場となっていた市街地。そこに直線上の亀裂が走り、爆発。誰がどう見ても街は壊滅状態にあると言って過言ではないだろう。

 翼は報告でしか”それ”の能力を知りえていない。こうして実物を見るのは初めてだが、”それ”────第五号聖遺物デュランダルの放つ威光に触れてはならない。そう悟るのに、今彼が放った光の斬撃は十分すぎるほどだった。

 

 

 

「お前達は生かしておいてはならないッ!

 ここでっ! 細胞一つ残さず焼き払ってくれるッ!」

 

 

 

 そう叫ぶなり、再びデュランダルを握る右腕を振り上げ、攻撃の体勢を取る怪物。

 

 

 

「このおォォォッ!!」

 

「させるかッ!」

 

 

 

────MEGA DETH PARTY────

 

────蒼ノ一閃────

 

 

 

 これ以上の被害を避けるべく、攻撃を放つ前に妨害を試みる。

 まずクリスがレーザーを射出し、爆煙で奴の視界を遮る。即座に翼が大剣を振るい、青い斬撃が怪物の胴体を袈裟懸けに斬り裂いた。

 

 

 

「でぇりゃああああァァァッ!!」

 

 

 

 駄目押しとばかりに響が飛び込み、ハンマーパーツを引き伸ばした右腕と、弦十郎直伝の拳法から為される超高威力の拳を叩きこむ。

 通常のノイズであれば、やり過ぎにも程があるほどの総攻撃だ。

 

 これならば、と少しは期待してのものだったが、それは突如爆煙の中から響に向けて放たれた光で簡単に打ち砕かれた。

 煙が晴れ、奴の姿が明らかとなる。

 

 

 

 ────確かに攻撃は効いているようだ。事実、目前の怪物は片膝をついている。

 それに全身のいたる所から煙が上がり、左肩は響の拳により元の形が見られないほどに(ひし)げている。何より胴体を一直線に走っている裂傷が、そのダメージの大きさを物語っていた。

 しかし今、翼が目を見張ったのはそんなことではなかった。

 

 

 

「なんだよあいつは……!?」

 

「ノイズが、増えて……」

 

 

 

 奴はソロモンの杖を用いて無数のノイズと融合した。今、男が呼ぼうと思えばいつだってノイズを呼び出せることができる。

 つまり彼は装者たちの波状攻撃を受けている間、常にノイズを召喚し続けることによって彼本体へのダメージを限りなくゼロに近づけたということだ。

 傷口を中心にノイズが増殖していき、ほんの数秒で元の姿へと戻った。

 

 右手には無限の心臓デュランダルが、その身には実質的な永久防御機関の基となっているソロモンの杖が。

 完全聖遺物を二種類持ち合わせた彼に、どうやって勝てば良いというのか。

 

 

 

「いくらギアの形状を変えようと、所詮は聖遺物の欠片に過ぎないッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!」

 

 

 

 

 

「「────ッ!」」

 

 

 

 

 

 と。

 とんでもない事を口にしたのを、聞き逃すほど翼の耳は都合よくできていない。

 

 

 

「聞いたか?」

 

「ああ。……だったらそいつでぶち抜きゃあいい話だろッ!」

 

 

 

 どうやらクリスも同じ考えに至ったようだ。確かにこれなら奴の再生が完了するより先に決着を着ける事ができるかもしれない。

 しかし、そのためにはある障害が存在するのに気づかない二人ではなかった。

 

 

 

「……はえっ?」

 

 

 

 同時に後ろを振り向き、響を見つめる。

 この作戦を完遂させるためには、何より響の尽力が不可欠だ。しかし翼は報告書で、クリスは自らの眼でその障害を確認している。

 簡単には克服できないものだとは分かっているが……。

 

 作戦の内容を響に伝える。

 一瞬面食らったような様子の響だったが、すぐに承諾してくれた。

 

 

 

「えっと……やってみますッ!」

 

「作戦会議は終わったか? 今更どう足掻こうが無駄な話だがなァッ!!」

 

 

 

 咆哮と共に怪物から多数の光刃が飛来する。

 これはデュランダルによるものではなく、奴に宿った異形の力によるものだろう。証拠にアームドギアでも容易く払うことができた。

 この作戦を実行するには、奴が油断している今が好機。翼とクリスは真っ先に飛び出した。

 

 

 

「私と雪音で露を払うッ!」

 

「手加減なしだからな!」

 

「分かっている!」

 

 

 

 響は元いた場所で不動のままだ。だが、それでいい。

 クリスが翼を追い抜き怪物へと肉薄する。当然それを見過ごす彼ではなく、小回りの利く怪物としての能力で撃ち落とした方が早いと判断したのか、先ほどの光刃をクリスめがけて射出し始めた。

 

 

 

「一つ覚えが過ぎるんだよッ!!」

 

 

 

 怪物の周囲を旋回し、攻撃を容易く回避するクリス。煙幕代わりにレーザーを放ち怪物を撹乱する。

 その隙に準備を進める翼。

 アームドギアを蒼ノ一閃を放つ際の大剣に変形させる。しかし、それではまだ足りない。もっと、もっと大きく。このギアの出力ならば可能なはずだ。

 

 その予想通り、大剣はさらに巨大化、全長が翼の身長の5倍は下らないほどの規模にまで変形した。

 

 

 

「今だッ!」

 

「おおおおおォォォッ!!」

 

 

 

────蒼ノ一閃 滅破────

 

 

 

 蒼ノ一閃の超強化版、『蒼ノ一閃 滅破』。

 伊達に得物が大きくなった訳ではない。その威力は怪物の()()に炸裂した後、大きく体勢を崩させるほどのものだった。

 右肩に大きな裂傷を付けることに成功するも、再度ノイズを召喚し傷口を塞ぎ始める。

 

 そこまでは織り込み済みだ。

 だからまだ攻撃は止めない。傷が完全に塞がれる直前、周囲を旋回していたクリスが突撃。裂傷に向けて全砲門を一斉砲火。

 

 ここからが正念場だ。

 確かに成功確率は限りなく低い。不確定要素を多分に含むこの作戦は決して優れたものだとは言えないだろう。

 しかし、それでも。

 翼は、クリスは、響の灯す胸の覚悟を信じている。

 

 ────時は来た。

 爆発と共に、何かが黒煙にその身を包まれながら飛び出してくる。

 

 

 

「まさかッ……!?」

 

 

 

 発達した視力が()()を捕捉してしまったのか、煙の中から狼狽の声が上がる。

 だがもう遅い。後は、一刀の下に斬り伏せるのみ。

 

 

 

「そいつが切り札だッ! 勝機を零すな、掴み取れッ!!」

 

 

 

 響の元に届くより前に弧を描き落ちゆくそれを、クリスが銃撃することで飛距離を伸ばす。そして、

 

 

 

()()()()()()をッ!?」

 

 

 

 無限の心臓、絶世の極剣。

 逆転の切り札、第五号聖遺物デュランダルを掴み取った瞬間────。

 

 いつかのように、響の身体は黒く塗り潰された。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「このままではまたッ!?」

 

 

 通信ができない以上、今こちらから直接サポートをすることはできない。

 デュランダルと言うらしい剣を掴んだ瞬間、つい先ほどのように響の身体が黒く染まり、口から唸り声が漏れ出ている。

 ただし前回と異なるのは、所々ノイズが走るように元の状態に戻っていることだ。

 これはつまり、今も響が内なる衝動と戦い続けているということ。そのくらいは分かる。

 

 響が負けないでいてくれているのなら、自分にもできる事がある。ここで響を助けられずに、何が親友だというのか。

 半ば無意識に部屋を出るべく駆け出す未来。当然、扉の近くに待機していた慎次に気付かれ制止されるが、もう未来は止まらない。

 

 

 

「未来さん、どちらへ!?」

 

「地上に出ます!」

 

「無茶よ、危ないわ!」

 

 

 

 周囲の視線が一点に集まる。

 確かにあおいの言うことは最もだ。他のみんなも同じように視線で訴えてくる。それでも未来は毅然たる態度で、自らの決意を貫く。

 

 

 

「響が響のままでいてくれるって、変わらずにいてくれるって。だから私は、響が闇に飲まれないよう応援したいんです!

 助けられるだけじゃなく、響の力になるって誓ったんですッ!」

 

「未来さん……」

 

 

 

 親友の危機に黙っていられるような人でいたくない。何か出来る事を考える、それはつい先ほど惣一に教わった事なのだから。

 モニターから出る音声以外、シェルター内に言葉は出ない。誰もが沈黙していたその時、突如何でもないかのように未来に近づく男がいた。

 

 

 

「……しょうがねえ、だったら俺もついて行こうじゃないの」

 

「石動さんまで!?」

 

 

 

 声の主はいつの間にかエプロンを畳み、腕を捲っていた惣一だ。

 未来へ同行する事を宣言した惣一には周囲だけでなく当の未来も驚くも、すぐに頷く。

 彼は未来を手助けしてくれているのに気づいたからだ。流石に未来一人で地上に出るとなれば周りに止められる。しかし同行する大人が一人いれば、止められる確率も少しは下がると考えたのかもしれない。

 

 

 

「危険だって事は分かってるからな。どっちにしろお目付け役が必要だろ?

 それに、間違った事をしてないのなら、子供のわがままを聞いてやるのも大人の役目ってモンでしょうが。ダンナの受け売りだけど」

 

 

 

 ここに来てから普段のとぼけた様子はどこへやら、終始真剣な表情で軽口をあまり零さない惣一。

 そういった彼の素顔を過去にも一度見たことがあるものの、ここまでまじまじと見るのは初めてだ。彼の言葉が場の雰囲気を変えたのか、

 

 

 

「……あたしも行く!」

 

「ビッキーにいつも助けられてきたしね」

 

「お供いたします!」

 

 

 

 続けて同行に手を挙げたのは、弓美、創世、詩織の三人。同行……というよりも、未来と共に惣一に付き添ってもらうという方が正しいか。

 

 それを見て唖然とする朔也。「嘘だろ!?」とボヤくもすぐに弦十郎に連絡を入れ始めた。

 

 

 

「いつまでもビビってちゃいられないか……。司令!」

 

『聞こえている! 護衛は一人一人に付けろ、それが最低限の条件だ!』

 

「……だそうです」

 

「では僕と友里さん、藤尭さんが」

 

 

 

 護衛を四人付ける、というのが弦十郎の出した条件の一つらしい。護衛を誰にするかで迷っている時間はないと、慎次が素早く護衛のメンバーを指定する。

 朔也は「戦闘管制が……」などと言っているがあおいに襟を掴まれ引きずられていった。

 

 シェルターにいる一般人については他の二課職員が担当、部屋を出る前に出された弦十郎からの「ハッチは開けてある」との指示。

 どういう事なのか首を傾げながらもシェルター出口へと急ぐ一同。出口が近づいてきたとき、その理由が明らかとなった。

 

 

 

「お前達! 俺が危険だと判断した場合、すぐにシェルターに戻ってもらうからなッ!」

 

「ありがとうございますッ!」

 

「子供のわがままを聞いてやれない程、俺も腐ってはいないつもりだッ!」

 

 

 

 シャッターは弦十郎が殴り壊したようだ。

 普段の未来であれば面食らうところだったが、今はそんな事に気を使っている暇はない。響の力になりたい一心で突き進む彼女には、その光景がなんら不思議なものには見えなかった。

 眩い光に目が慣れはじめ、視界のピントが合ってくる。真っ先に未来の瞳に映ったのは────。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 少しでも気を緩めば意識が飛びそうだ。

 一刹那でも飛んでしまえば全ての想いが水泡と帰し、一巻の終わり。それだけは御免被る。

 内より無尽蔵に溢れ出る破壊衝動を抑え込めているも、それもいつ決壊するか分からない。

 

 ふと、地上で僅かに爆音が聞こえた。しかしそれが何によるものなのか、今の響には確認できるほどの余裕はない。

 

 

 

「正念場だッ! 踏ん張りどころだろうがァッ!!」

 

「強く自分を意識してください!」

 

「昨日までの自分を!」

 

「これからなりたい自分をッ!」

 

 

 

────みんな……ッ!

 

 

 

 今度聞こえたのは爆発ではなく、人の声。

 風鳴弦十郎が、緒川慎次が、藤尭朔也が、友里あおいであることは間違いない。地下のシェルターで戦闘を見守っているはずの彼らが、なぜここにいるのか。この衝動で彼らも蹂躙しかねない。

 だが、暴走できない理由が一つ増えた。

 

 黄金の輝きの中、いつの間にか隣に寄っていた装者二人も響の肩に手を当て、

 

 

 

「屈するな立花! お前が掲げた胸の覚悟、私に見せてくれ!」

 

 

 

 風鳴翼が叫び、

 

 

「お前を信じ、お前に全部賭けてんだ! お前が自分を信じなくてどうすんだよ!」

 

 

 

 雪音クリスが吼える。

 響への声援は地上からも続き、

 

 

 

「あなたのお節介を!」

 

 

 

 寺島詩織が、

 

 

 

「あんたの人助けを!」

 

 

 

 板場弓美が、

 

 

 

「今日は、私達がッ!」

 

 

 

 安藤創世が、

 

 

 

「気張れ響ィッ! お前の本気、こんなモンじゃねェだろ!」

 

 

 

 石動惣一が。

 それぞれの言葉で響の助けになるよう声を張り上げるが。

 

 それを良く思わないモノがここに存在する。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「姦しいッ! 黙らせてやる!」

 

 

 

 当然、逆転の切り札を敵に握られたのを黙って見過ごす訳がなく。怪物は響たちを屠ることで耳障りな声援を握りつぶそうと企てる。

 半ば本能的な行動であったものの、彼が取った手段は正確極まりなかった。

 

 広げた機翼から、羽根を模したレーザーを無数に発射。その標的は全て、デュランダルを制御せんとその場に留まっている立花響に向けられている。

 そしてそれを防ぐべく、残りの装者二人はフォニックゲインを障壁と変える。

 攻撃を受け、脅威を感じた立花響は当然標的をこちらへ絞る。今彼女が放てる攻撃で最も威力の高いもの、即ち────。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「アアアアアアアアアァァッ!!」

 

 

 

 こちらに迫ってくる無数のレーザーを視認した瞬間、響の意識はかき消えた。

 奴を滅ぼすのに最も手っ取り早い方法は、今手に持っている無限の心臓で穿つことだ。

 抑えきれない破壊衝動、その矛先は隣の二人や正面の怪物だけでなく、目に映るもの────地上にて事の顛末を見守る者達へも向かう。

 

 周囲一帯が焦土と化そうとも関係ない。この衝動の捌け口を求め、極光を放たんと咆哮、フォニックゲインが臨界する。

 膨張し、今にも破裂しようとする光。

 

 

 

 

 

「響────ッ!!!」

 

 

 

 

 

 ────それは、いつかの黄昏。

 同じ星を見上げ、未来(あした)を共に過ごすため、彼女の手を取るために必死になって叫んだ言葉に、よく似ていて。

 

 その叫び(うた)は遥か天へと響き、立花響を貫くように届けられる。

 同時に鮮明になる意識、視界。

 

 

 

────そうだ、今のわたしは、わたしだけの力じゃない……!

 

 

 

 この身が朽ち果てたとしても、守護りたいものが、伝えたいことがある。

 だから────。

 

 

 

 

 

「────この衝動に、塗りつぶされてなるものかッ!!」

 

 

 

 

 

 ────だから、笑う。

 皆が、誰よりも熱く、誰よりも強く抱きしめたい陽だまりがついていると。

 光輝なる羽が、黄金を包み込む。

 最早獣の兆しはない。黒き波動をその胸に押さえ込み、光翼が広がると同時に、天を引き裂いてなお輝きを止めぬ光柱が顕現する。

 

 その光景はまるで、神話の1ページのようで。

 

 怪物の動きが止まる。いつかのように、輝きに目を奪われるあまり足を止めてしまっているのか。

 それは違う。

 自身を取り戻した響がデュランダルを振り上げた際、放出された余剰なフォニックゲインの奔流が、怪物の表面────即ち、ノイズの体表────を際限なく崩壊させているのだ。

 自律的にノイズを召喚できる訳ではないソロモンの杖、召喚(再生)の速度が追いつかない。

 

 故に、ただそこで叫ぶこと以外怪物には為す術がない。

 

 

 

「何なのだその力はッ!? その極光はッ!? 何を束ねたッ!?」

 

 

 

 その答えはただ一つ。

 デュランダルに添えられた()()の手、それが終わりを告げる。

 

 

 

 

 

「響き合うみんなの歌声がくれたッ! シンフォギアでええええええええッ!!!」

 

 

 

 

 

────Synchrogazer──── 

 

 

 

 

 

 振り下ろされるは決着の一撃。

 威光を纏いし極剣を一気呵成に叩き込む。直線上に存在する一切を両断しながら進むその斬撃、同じく直線上に佇む異形の怪物。

 

 ただ、そのヒカリを眺めることしか、彼にはできない。

 

 

 

「まだ、終わって────」

 

 

 

 光の奔流に呑み込まれる怪物。

 一瞬の静寂、そして、超弩級の大爆発。

 戦いの終わりを告げるには十分すぎるほどのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽は山の端に沈みゆき、間もなく夜が訪れる。

 戦闘が始まったのは先日の夜間。その前のノイズ戦も入れると、響たちは丸一日戦っていたということになる。よく持ったものだ。

 響の側には翼やクリス、未来たちが。

 力の暴走を抑え込むことができたのは、紛れもなく彼ら彼女らのおかげだ。

 

 そして、一同の前で倒れ込んでいる一人の男。

 ノイズと融合したことにより、彼の生命はすでに風前の灯火。それもあと数分で尽きようとしていた。

 

 

 

「結局……私の夢は幻のままに終わる、という訳か……」

 

 

 

 斜陽に照らされながら男に近づく響。

 そも、彼と顔を合わせたのは半日前。所属が米軍という事以外、響たちは彼についての情報をほとんど持ち合わせていないのだ。

 まだ装者を倒していないあの状況で裏切ったということは、フィーネと同じような理由でもないだろう。

 

 響が最も知りたかったこと────なぜ月を破壊しようとしたのか────を尋ねるべく、翼やクリスの顔を窺う。

 双方無言で首肯し、それに異論はないようだ。

 

 

 

「どうして……こんなことを?」

 

 

 

 暴れ出す素振りは見せない。一度倒されたことにより暴走していた精神が抑制されたのかもしれない。

 その場に横たわったまま一切身体を動かさず、沈黙。

 

 

 

「それもまた致し方ない、か」

 

 

 

 数秒か、数分か。逡巡しているのか少しの間を置いた後、とうとう口を開き始めた。

 

 

 

「……我が祖国は強靭、高潔、偉大。そう信じ私は育った。

 かつて我が国が人類史において初の月面着陸に成功したという事実を誇りに思い、信じて止まなかった」

 

「人類初の有人宇宙飛行計画……アポロ計画、だったか」

 

 

 

 それくらいは響も知っている。

 確か1世紀近く前に行われたもので、人類が初めて月に降り立ったのもその計画によるものであったと何年か前にテレビの特番でやっていたのを覚えている。

 

 だが、彼の口から出た「誇り」という言葉。

 それがどうして、月を破壊するなどという結論に至ったのだろう。

 

 

 

「あの日の事は今も鮮明に覚えている。我が小隊の直属の上司として、あの男────ブラッドスタークが現れたのだ」

 

「スタークだとッ!?」

 

 

 

 なるほど、ここでスタークと繋がるのか、と目を見張りながらも納得する。

 つまり、彼らはフィーネと手を組む前から裏切る算段をしていた。位相差障壁を無効化できる装置さえ手に入れればそれで終わり。

 最初から手を組む気などなかったということだ。

 

 

 

「彼は懐疑を抱く私に、月面着陸の真実を伝えた。

 ()()()()()()()()()、と。

 少年少女の憧憬だった人類の大偉業は、ただ他国を国力で引き離すための嘘に過ぎなかった」

 

 

 

 少々突飛すぎはしないだろうか。そう感じた。

 確かに、誇りだと信じていたものが虚言だったと知れば、誰だって絶望や怒りを感じるはずだ。

 

 それをこの男は実行に移した。

 

 

 

「だから私は決めた。こちらに近づいてくるフィーネを利用し、カ・ディンギルを以て月を破壊すると。

 国を完膚なきまでに壊した後に、嘘偽り無い理想の国家を創ると」

 

「何故初対面であるはずのスタークの言葉を信じ込んだ? 取るに足らない世迷言とも知れないというのに」

 

 

 

 翼の言う通りだ。

 彼の言が正しいなら、スタークとはそこで初対面ということになる。もちろんその結論に至るまで無数の葛藤があったのかもしれないが。

 

 

 

「確かに、今思えばお笑い種だ。父母も草葉の陰で泣いている事だろうよ。

 ────だが、どれだけ考えようと、それしか解は出なかった」

 

 

 

 事実は彼のみぞ知る、と言うことだろう。

 だから響の答えは単純明快。

 手を伸ばす。それだけだ。

 

 

 

「今からだって分かり合えます。同じ人間なんですから」

 

 

 

 彼が罪を償い、再びこの世界に戻ってきたのであれば、それはどれほど喜ばしいことだろうか。

 

 かつてクリスにも謳ったその言葉、その時は彼女の事情を知らずに口にしたものだった。

 今は違う。全てとはとても言えない。しかしほんの僅かでも、彼の思想、それに垣間触れることができた。

 

 

 

「……君は、優しいな」

 

 

 

 誰かの口から笑みが零れた。

 それが誰であったかはすぐに分かる。目前の男はゆっくりと響の差し出した手に腕を伸ばし、

 

 

 

「でも、もう遅いんだよ」

 

 

 

 ()()()()()()()()()

 アメリカ式の握手はこんなものなのだろうかと首を傾げる響。

 その少しの油断が、彼の運命を決定づけることとなった。

 

 

 

「幸運な事にあと数分は生きていられるようだ。────せいぜい、最後まで悪あがきをするとしよう」

 

「ッ!? 離れろ立花ッ!」

 

 

 

 幽鬼の如く、ゆらりと立ち上がる男。すでに一欠片の力すら残されていないはずなのに。

 翼の言葉とほぼ同時に、クリスが響を抱き抱え翼たちの元へ飛び込んだ。

 

 

 

【スチームアタック! フルボトル! マグネット!】

 

 

 

 いつの間にか所持していたトランスチームガンに、マグネットの意匠が彫り込まれたボトルが装填されている。

 どうやら彼は最後まで、二課と事を交えるつもりだ────と、その場の誰もが思い込んだその時。

 

 男は、銃口を上に向けた。

 

 引き金を引くと、赤と青の二本の光線が螺旋を描きながら天へと伸びていく。

 一体何をするつもりか、なぜか一同は直感的に悟ってしまった。

 それでも問わずにはいられないと、彼らを代弁したかのようにクリスが叫ぶ。

 

 

 

「何をしてやがるッ!?」

 

()()()()()()()()()()ッ! 言っただろう、悪あがきだと! このままでは死ぬに死ねないものでなッ!!」

 

 

 

 螺旋は遥か上空、カ・ディンギルによって破壊された月の欠片に着弾。 様々な能力を込めた銃弾を放つことのできるトランスチームガン。であればマグネットの力を秘めたボトルの力を使えば、対象を引き寄せることができるようだ。

 

 だが月を引き寄せられる訳がない。

 「月を引き寄せ、落とす」というその返答は半ば予想通りのものであったが、予想が当たっていたからといって「そうですか」と言えるはずも無い。

 

 

 

「嘘だろ!? 引き寄せるったって……そんなの無理に決まってる! 質量が違いすぎる!」

 

 

 

 真っ先に声を上げたのは朔也だ。彼は手元のコンピューターを動かし、何かの計算をしている。

 地上から銃弾が月まで届くのも驚きだが、男が月に引き寄せられないのもおかしい。

 

 

 

「オオオオォォォッッ!!!」

 

 

 

 咆哮。

 瞬間、大地が拉げる。彼を中心に直径数メートルのクレーターが完成した。

 

 引力に逆らっているのだろうが、それも時間の問題だということに気づく。

 彼の手足、その末端が次第にぼろぼろと崩れている。

 

 

「ここまでか……。だが、私は間違った事など何一つしていない。

 私が信じた我が国のために、我が国を殺すのだ! 私には叶わなくとも、いずれ、誰かが……」

 

 

 

 粒子が空気に溶けていく。

 

 ────こことは違う可能性の世界(パラレルワールド)にて、もしかしたら。

 響と彼が分かり合い、共に戦った世界があったかもしれない。

 そもそもお互いの存在を知らず、その生涯を終えた世界があったかもしれない。

 ただ確かなことは一つ。立花響は、彼と出逢うのが遅すぎた。

 もっと早く出逢えていれば。スタークに会っていなければ。もし彼が自国に誇りを抱いていなければ。

 

 そんなたらればが脳裏を過ぎるも、全てはそうあれかしという願望に過ぎない。

 

 塵一つ遺さず、名前も教えず。

 男は、現世から姿を消した。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「どこまではた迷惑な野郎だよ……」

 

 

 

 どこかから漏れ出たその言葉が、彼を表現する上で事情を知らぬ未来たちにとっては最も近いものなのだろう。

 

 空を見上げると、西陽は赤みを増し、地平線に沈もうとしていた。

 間も無く落陽を迎える。戦いの直後とはとても思えぬ穏やかな光景だ。たった一つ、天上にて大きさを増す衛星を除いては。

 

 

 

「月が近づいてくる……。奴は賭けに勝った、という事か」

 

「軌道計算出ました。……直撃は、避けられません」

 

 

 

 次第に消えゆく朔也の声。

 落ちてくるのはあくまで月の欠片だ。たとえそれが地上に落ちたとしても、世界が滅びることはない。

 ないのだが、シンフォギア装者たちが皆を連れて全速で飛び去っても範囲を抜けられないのは明白だ。

 

 それに、地下のシェルターには幾百、もしくは幾千とも知れぬ人々が避難のため集まっている。

 この場にいる者の中で、「装者に助けてもらって逃げる」という考えを持つものはただ一人もない。

 

 

 

「あんなものがここに落ちたら……」

 

「あたしたち、もう……」

 

 

 

 項垂れる一同。惣一の方を見る。手を腰に当て、月の欠片を見上げるその顔はここからでは窺い知れない。

 噂に聞く弦十郎の膂力でも月を殴り飛ばすと言ったことは不可能だろう。

 逃げないとは言っても何か打開策がある訳でもなし。このまま死を待つのみなのか────と、誰もが俯いたその時。

 

 

 

「響……?」

 

 

 

 他の面々と同じく俯いていた未来は誰より早く、その足音に気付いた。

 

 いつもと同じようで、それでいていつもより勇壮な笑顔。こちらを安心させようとしているのが丸見えだ。

 しかし今のそれは少し前までの痛々しいものではなく、心からの笑顔だった。

 

 それだけで、未来は響が何を為さんとしているか、直感的に理解できた。

 否、理解()()()()()()

 

 

 

「なんとかする。……ちょーっと行って来るから!

 ────生きるのを、諦めないで」

 

 

 

 それだけ言い残し、彼女は傷だらけの光翼で飛翔。

 間も無く聞こえてくる彼女の歌声。未来はその歌声に聞き覚えがある。

 およそ半日前、クリスが月の破壊を押し留めた際に歌った歌。

 あおいが教えてくれた、その歌は強大な力と引き換えに、自らをも滅ぼし得る破滅の歌。

 

 ────絶唱。

 

 

 

「……響ッ!!」

 

 

 

 どうか行かないでと、そう思わず口に出た言葉。

 張り上げた時には、もう彼女の姿はない。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 張り詰めていくフォニックゲイン。響は絶唱など一度も歌ったことがないと言うのに、なぜだか歌詞が胸の内より浮かび出てきた。

 

 これが恐らく響が歌う、最期の歌だ。

 いや、正確にはそれは正しくない。確かに絶唱を口にすれば、装者の身体には多大なバックファイアが襲いかかる。

 だが決して絶唱を歌うのと死亡するのとはイコールではなく、正規の適合者、またはLiNKERと呼ばれる薬品を投与してすぐの状態ならば────ということらしい。

 

 適合係数が上がれば上がるほどバックファイアは小さくなると言うが、体内に食い込んだ聖遺物の欠片によりシンフォギアを着装している響が絶唱を歌えばどうなるか分からない、というのが正確だ。

 

 それに、例え一命を取り留めたとしても月を破壊するほどの力を出すのだ。

 決して無傷でいられるはずが無い。

 

 

 

「────fine el zizzl」

 

 

 

 一言一句違わず、歌い終える。

 後はこの臨界直前のフォニックゲインを解放するだけ。拳を構え、光翼をはためかせ、響は目前の月へと突貫し────。

 

 

 

 

 

『ったく、そんなにヒーローになりたいのか?』

 

 

『こんな大舞台で挽歌を歌うことになるとはな。立花には驚かされてばかりだ』

 

 

 

 

 

 不意に、頭の中に声が響いた。この形態のギアが持つ念話の機能だろうと、なぜだか理解できた。

 聞き覚えのある、とても頼もしい二つの声に、思わず振り返る。

 

 

 

『翼さん、クリスちゃん……?』

 

 

 

 共に戦場を駆け抜けた大切な仲間、風鳴翼と雪音クリスが。

 二人は響の横に並び立ち、()()()()()

 

 

 

『ま、一生分の歌を歌うにゃあ、ちょうどいいんじゃねえのか?』

 

『それでも私は、立花や雪音と、もっと歌いたかった』

 

『ごめんなさい……』

 

 

 

 二人が共に歌ってくれるのは頼もしいことこの上ない。

 思わず口に出た「ごめんなさい」という言の葉、次の瞬間にはクリスに頭を軽く叩かれていた。

 

 

 

『馬鹿、そうじゃねえだろ』

 

 

 

 二人の顔に迷いはない。それどころかどこか晴々とした表情だ。恐らく響自身も同じ顔になっているだろう。

 そう、この場で紡ぐのは謝罪ではないのだから。

 

 

 

『……ありがとう、二人とも!』

 

 

 

 同時に加速。みるみる内に大きさを増し、小さなクレーターまで目視できるほどの距離まで接近した。

 その心中は穏やか、しかして決意に溢れていて。

 再び、三人の胸に歌詞が浮かんだ。

 

 

 

『不思議だね……静かな宇宙(そら)

 

『本当の……剣になれた?』

 

『悪くない……時を貰った』

 

 

 

────みんなが夢を叶えられないのは分かっている。だけど……夢を叶えるための未来は、みんなに等しくなきゃいけないんだ

 

 

 

 夢よ、天まで飛んでいけと祈る。

 彼らが、彼女らが教えてくれたこの温もりは忘れない。それがあれば、何も怖いものなどない。

 

 

 

────生命は尽きて終わりじゃない。生命が遺したものを受け止め、次代へ託していく事こそが、人の営み。だからこそ……剣が守護る意味がある

 

 

 

 この胸に満ち満ちる、麗しきこの温もり。

 剣が人々を守護るには、この上ない報酬を貰った。

 

 

 

────夜明けを告げる鐘の音奏で、みんなに響き渡れ!

 

 

 

 ありがとうと叫ぶ、心からのその言葉。かけがえの無い時を過ごせたと、人は一人ではないと、共に過ごした日々が教えてくれた。

 涙は拭う。浮かべるのは笑顔だ。

 

 

 

『これがわたしたちのッ!』

 

 

 

 刀を、銃を、拳を構え。

 

 

 

 

 

────絶唱だァァァァァァァッ!!!

 

 

 

 

 斬り裂き、撃ち抜き、撃ち砕く。

 たとえ喉が枯れても、血を吐いても、この繋がりは離さない。

 決して────、そう、決して。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 流れ星。

 必ず二人で見ると、約束してそう日が経っていないのに。

 日を置かずして再び機会ができたというのに。

 

 本来であれば、真っ先に声を上げて目を輝かせているはずの、大切な親友が、ここにはいない。

 

 流れ星────のように見える月の破片────の多くは地上に激突するより前に燃え尽きる。

 今まさに地球を破壊せしめんとしたモノに対して、この表現は間違っているかもしれない。それでも未来には、とても儚いものに思えて。

 

 命を燃やし、最期まで歌い続けた三人の戦姫。どうしても、それを受け入れるのは不可能だ。

 

 だから抗う。

 涙を零す。今にも目を瞑り慟哭に震えたい心情を押し殺し、流れ星を目に焼き付ける。

 例え何があっても、未来だけは忘れないように。

 肩に手が置かれる。惣一のものだった。そうだ、この場にいる者たちがいる限り、響たちが忘れられることはないのだ。

 

 誰も言葉を発さない。

 発せば、何かが崩れてしまうと理解ってしまうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────無数の流星群。その光景を以って、後に「ルナアタック」と呼ばれる一連の事件は幕を下ろした。

 

 表向きには「二課研究員櫻井了子が殉職、事件の解決に当たった職員二名と協力者一名が作戦行動中に行方不明」とされている。

 そしてそれも、数週間後、「死亡」へと変わり、捜索は打ち切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校帰り、ナシタにて。

 惣一の出したコーヒーには手をつけず、机の木目をぼんやりと眺める未来。

 いつしか外から聞こえてくる水音で、そういえば雨が降るという予報だったのを思い出す。

 

 会話はない。その場で音を立てているのは、店内のスピーカーから流れるジャズらしき音楽のみだ。

 惣一も空気を読んでか、読めもしないのに買っている英文誌を読む振りをしている。

 思い立ったかのように席を立つ。

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「はいよ。って、まーた飲んでくれてないじゃないの。

 いくら俺だって気は遣うんだぜ? こいつは缶コーヒーだ」

 

 

 

 なるほど、道理でいつもの黒々しさがない訳だ。

 それでも今は何も飲む気にはなれない。惣一に一礼した後、ナシタを後にする。

 傘を持っているのかと心配されたが、折り畳み傘を持っていると言った。嘘だ。傘など持ってきていない。

 

 商店街で花を買った後、今日もあの場所に足を運ぶ。

 全身が雨に打ち付けられるも、さして問題ではない。

 

 

 

 

 空を覆う暗雲。空一面に広がっていると思われたそれも、よく見れば視界の端に切れ目、青空が見える。

 もうすぐ雨も止むだろう。そして間も無く。

 

 少女は()を聴いた。

 




次回「先覚のニューフェイス」
後日談です



XV10話で月遺跡から地球が見える→月表面に遺跡がある(たぶん)
→エシュロンとか当たり前のようにある世界だし月関連のニュース全部捏造じゃない?
って思って動機は無理矢理考えました
でも既視感ある気がする
2期6話でもオペレーターの一人が問答シーンでアポロ計画がどうとか言ってたので
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