戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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きりしらの台詞難易度高い……高くない? なおウェルよりマシという事実

スターク視点と二課視点で時系列が異なります(スターク視点は8月末くらい、二課視点は7月初旬)

その内反省会的なものを書く予定です



EPISODE16「先覚のニューフェイス」

「ようこそ。歓迎します、ドクター・ウェルキンゲトリクス。

 貴方のその頭脳を我々にお貸し頂きたい……との要請に応じて頂き感謝しています」

 

「やはり、私の価値を正しく理解して頂いている御仁のようだ。

 こちらこそ、私の要望に耳を貸して頂き感謝の念に絶えません」

 

 

 

 夏はもう終わりを告げようとしている上、もう夜だというのにまだまだ暑さの残滓が残っている。

 数十年前からの問題である地球温暖化も、一時は各国の対策が功を奏したのか停滞していた。それも数年前までの話だが。

 再び温度上昇の兆しを見せ始めて約5年。奇しくも()()()と同じ年数となるのも何かの因果か。

 

 薄暗い室内で車椅子に腰掛け、すでに齢六十は超えているであろう外見。眼帯により隻眼となっている彼女だが、もう片方の瞳からの鋭い眼光は未だ衰えを見せていない。

 

 彼女、《ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ》の眼前にて優しげな────表面的なものであるのが丸分かりだが────笑みを浮かべる白衣の男。

 彼も腹に一物を抱えているのは分かっている。しかしそんな彼の技術は文字通り天才的だ。

 今まではリモートで診てもらっていたが、それもそろそろ限界。ある事情からナスターシャは彼を否が応でも信頼しなければならないのだ。

 ……まあ、そんな男であるが、彼を()()()()()のに些かの心苦しさはある。決して表には出さないが。

 

 

 

「こちらとしても戦力が増えるのはありがたい事です。……世界を敵に回す以上、マリア達3人だけでは手が回らない状況もあるでしょうから」

 

『仲良く行こうぜ、ナスターシャ教授』

 

 

 

 不意に、闇から声が聞こえた。

 機械で加工したようなエコーのかかった声。白衣の男《ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス》、通称ウェル博士の出した条件とは彼のことだ。

 

 「お抱えの傭兵組織がある。同行者として彼を連れて行く許可が欲しい」という条件、ナスターシャたちの計画に協力してくれるというのだからこちらとしては願ったりな事と快諾した。

 

 

 

『おっと悪い、自己紹介がまだだった。

 俺はブラッドスターク。クライアントのウェルからアンタ等の手伝いを頼まれてな、ここに参上した次第だ』

 

「戦闘記録を拝見しました。貴方の戦闘技術にも期待しています」

 

『ま、せいぜい頑張るとするよ』

 

 

 

 全身を赤い鎧で覆った謎の人物、ブラッドスターク。

 事前に使者として現れたナイトローグと同じウェルお抱えの傭兵らしい。

 一度戦闘記録を見せてもらったことがあるが、軍人上がりの相手を一方的に仕留めたその実力は本物だろう。

 それに傭兵というのは信用が全てだとよく耳にする。ならば、ウェルが下に置いている限り問題はないはずだ。

 

 スタークの紹介も終わったところで、ナスターシャは本題を切り出す。

 今回こうして決起前に顔を合わせたのも、すべて()()の確認のために他ならない。

 

 

 

「それで、ドクター。約束の品は?」

 

「ああ、それなら間も無く。サクリストSは既に特異災害対策機動部二課へ譲渡しています。

 任意のタイミングで岩国基地への護送任務という形で、合法的に私の元へ戻りますよ」

 

「成程……マリアのライブの日にそれを合わせれば……」

 

 

 

 サクリストS────即ち、完全聖遺物ソロモンの杖は、ルナアタック事件終息にあたり特異災害対策機動部二課所有のものとなった。

 しかしナスターシャたちの計画遂行のためには、ソロモンの杖が必須。

 そこで、かねてより計画参入を要請していたウェルに協力を仰いだのだ。

 

 ナスターシャの読み通り、彼は完璧な計画を立てた。

 日程は決まった。なら、その日に向けて準備を進めるだけだ。当初は()()()()だけで戦闘訓練を行う予定だったが、それもブラッドスタークという追加戦力がいることでさらに煮詰めることができる。

 

 

 

『なら、俺はその日まで暇って事か?』

 

「いえ、貴方にはマリア達への戦闘訓練を行って頂きたい」

 

『マリア……。ああ、こっちの装者達か』

 

「はい。マリアはともかく、調と切歌はまだまだ未熟。

 計画遂行の為にも、あの2人には強くなって貰わねばなりません」

 

『ウェルがいいんなら俺は構わないが』

 

「許可しましょう。私としても試したい事がありますので」

 

 

 

 ウェルの許可を得ると、スタークはまるで召使いの真似事のような仕草で腰を折った。

 初対面ということもあるが、掴みどころのない男だ、というのがナスターシャの認識だ。

 

 一通り挨拶を済ませると、ウェルはスタークを引き連れ部屋を出て行った。

 恐らくマリアたち用のアレの最終調整に入るつもりだろう。今まではこちらが送った生体データを元に製造してもらっていたが、やはり直接データを取った方が早いのかもしれない。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 ブラッドスターク────エボルトとウェルは仲間関係にある訳ではない。

 いわゆるビジネスライクな関係というやつだ。お互い要請があれば協力するが、それで自分に不利益があれば即手を引く。そういったもの。

 そのため、ウェルの「傭兵という体で同行して欲しい」という要請にも応じたのだ。

 

 

 

「マムから話は聞いているわ。貴方がドクターウェルで間違いないかしら?」

 

 

 

 電力を節約でもしているのだろうか、やけに薄暗い廊下を進んでいると、突如声をかけられた。

 薄暗いと言っても普通に先が見えないほど暗い訳でもなし、視覚が強化されていないウェルでも彼女の顔を確認することができた。

 

 日本人離れした────実際日本人ではないのだが────スタイルに凛々しい瞳。頭には花の形をした髪飾り。

 腕を組み胸を張って、自身に満ち溢れた雰囲気を醸し出すその女性。

 しかしエボルトはその瞳の奥が微かに揺れ動くのを見過ごさなかった。

 

 それを知ってか知らずか、ウェルは仰々しく一礼。その後いつにも増して丁寧な口調で挨拶を始めた。

 

 

 

「ええ。初めまして、マリア・カデンツァヴナ・イヴ……いえ、()()()()。ご存知とは思いますが、改めて自己紹介を。私はジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。ウェルとでもお呼び下さい。

 奇しくも我々の目的は同じ。人類救済の為、協力は惜しまないつもりです」

 

「頼もしい言葉ね」

 

「何より、再誕したフィーネである貴女にも興味がある。訊きたい事は星の数ですからね」

 

「……それは出来ないわ」

 

 

 

 7月ごろに米国で鮮烈なデビューを果たし、すでに日本の歌姫風鳴翼との共演も予定に入っている新進気鋭のアーティスト、《マリア・カデンツァヴナ・イヴ》。いわゆるアイドルだ。

 

 先のルナアタック事件にて、フィーネは消滅した。しかしその魂はリインカーネーションの環にてフィーネの子孫たちに潜り込み、今回はそれがマリアに乗り移ったらしい。

 

 

 

「……理由は?」

 

「この身体に再誕する前のフィーネはかなり特異な要因で滅した。その副作用なのかしらね、まだ記憶が曖昧なの。

 もちろん、私の中のフィーネがまだ覚醒しきっていない、というのもあるけれど」

 

「……分かりました、そういう事にしておきましょう。しかし、記憶が戻った際には是非ご一報をお願いしますよ」

 

「ええ、約束するわ」

 

 

 

 まあ、スタークもウェルも、()()()()()()()()()()()ことくらい容易に推測できている。

 死したフィーネの魂が誰に転生したのかは定かでない。それでも、協力を持ちかけられた立場からすればボロが出過ぎている。

 他人を欺き倒すには相手に一拍でも考える時間を与えてはいけないというのに。

 

 白々しい握手を終え、ウェルはそのままマリアと共に貸し与えられた研究室に向かった。マリア用のアレの最終調整をするつもりだろう。

 戻ってくるまでスタークはすることがない……。いや、あった。

 恐らく、すでにナスターシャから連絡はされているはずだ。以前はナイトローグを使者として向かわせたが、スターク自身は彼女たちを見た訳ではない。

 それにここで力を試すのも一興、というやつだ。

 

 そうと決まれば話は早い。

 鼻歌を歌いながらシミュレーションルームへと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シミュレーションルームの天井に取り付けられた照明は、眩い光を放っていた。

 どうやら他の場所の電力リソースをこちらに使っているようだ。

 だから道中、あのような明度だったのかと納得すると同時に、それだけ電力に余裕がないのかとあまりの零細企業ぶりに同情を禁じ得ない。

 

 そして今、スタークの前にいる二人の少女。

 一人はバツ印の髪飾りを付けた金髪の少女。もう一人は黒髪をいわゆるツインテールにしている、こちらを真っすぐ見つめてくる少女。

 金髪の方が少し年上だろうか。

 何はともあれ、ファーストコンタクトは大事だ。いつも通りフランクな態度で手を上げ、

 

 

 

『よっ。女神ザババの聖遺物を使う奴らってのはお前らか。名前は?』

 

「……月読調」

 

「暁切歌デス」

 

『OK、調に切歌か。覚えとくよ』

 

 

 

 《月読調》に《暁切歌》。

 古代メソポタミアの戦女神ザババの振るう二振りの刃、その欠片をそれぞれ所有しているという。二人ともれっきとしたシンフォギア装者だ。

 以前、()()()()()()でメソポタミア神話について少し調べたことがある。そこではザババは男神という話だったが、ここでは違うらしい。

 

 

 

「アタシたちの戦闘を見てくれるってマムは言ってたデスけど」

 

『ああ、クライアントのウェルからも許可は出てる。早速始めるか?』

 

「すぐに終わらせる」

 

「吠え面かきやがれデスッ!」

 

 

 

 血気の盛んな娘たちだ。

 自分が敗けるなどとは夢にも思っていないのだろう。万丈風に言えば「負ける気がしない」といったところか。

 確かにその自信は経験に裏付けされたもの。ノイズとの仮想戦闘においては常に好成績を叩きだしてきたに違いない。

 挑発のため肩をすくめるスターク。それに乗ってきた二人、ギアペンダントを握りしめ、聖詠を歌う。

 

 

 

「Zeios igalima raizen tron」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 碧刃イガリマのシンフォギアを纏う切歌と、緋刃シュルシャガナのシンフォギアを纏う調。

 調が後ろに下がったのを確認した後、アームドギアの大鎌をぶんぶんと振り回し、曲が歌い出しに入ったところで、切歌は突撃する。

 肩部のアーマーのバーニアを点火。瞬間的に加速し、大鎌の刃を三枚に分裂。

 

 刻一刻と鎌を持って近づいてくる切歌の姿を見て、スタークは「まるで死神、もしくは魔女が警告音を鳴らしながら迫っている」と思っていることだろう。

 若干切歌の願望が混ざっている気もするが、半分は事実だ。

 

 

 

「死神を呼ぶ、絶望の夢Death13ッ!」

 

 

 

──────── 切・呪リeッTぉ────────

 

 

 

 鎌を振り下ろすと同時に、分裂した刃を分離。なくなった刃はフォニックゲインで元に戻す。

 刃は拡散し、一点────攻撃対象であるスターク────へ集まっていく。

 多方面からの挟撃である切歌の十八番《(キル)呪リeッTぉ(ジュリエット)》。

 

 死者の魂を鎮めるレクイエムよりも冷たく、鋭利なエレジーにてすぐに終わらせよう。

 通常のノイズ戦であれば、進行方向上に存在するノイズの一切を両断せしめるその攻撃、しかしスタークはそれを容易に回避する。

 多少の驚きは隠せなかったが、念のために次の手も用意していた過去の自分に感謝しなければならない。

 

 そのまま突撃し、スタークの脳天目掛けてアームドギアを振り下ろす。

 

 

 

『ちゃんと次の手を考えてたのは上出来ってとこだな。思ってたより楽しめそうだ』

 

「脳天カチ割ってやるデス……ッ!」

 

 

 

 本来であればここで決着をつけるはずだったのだが、スタークはここまで読んでいたらしい。

 短剣が電子音を鳴らしながら蒸気と共に出現し、真っ向から大鎌を受け止めた。

 

 

 

『さあ、これからどうする?』

 

 

 

 切歌の鎌を受け止めるスチームブレードとかいう短剣。拮抗していたのも一瞬、攻勢が傾き始める。

 無論切歌に────ではなく、その逆。ある一点から先に鎌が進まない。スタークが押し返しているのだ。

 

 しかし短剣に力が込められている様子はない。ならばなぜ、と考えた途端、()()()()()()()()()()

 取り扱いで言えば、確かに鎌より短剣の方に分がある。つまり奴は、スチームブレードの刃を用いて切歌の攻撃を受け流そうとしている。

 

 

 

「……すべて刈り取り積み上げたなら、明日へと変わるの?」

 

 

 

 それがどうした、と言わんばかりに平静を装って歌唱を続ける。

 しかし状況は悪くなる一方だ。このままでは体勢が崩され、手痛い反撃を食らってしまう。

 かといって離脱しようとしても、なにか囮になるものがなければならない。

 

 一か八か力を強めてみるか、と気が逸りかけた切歌だったが、スタークの()()を瞳が映した途端、いつもの調子を取り戻した。

 

 

 

「痛む間もなくッ、切り刻んであげましょう────ッ!」

 

『ん?』

 

 

 

 切歌の変化に目ざとく気づいたスターク。違和感の正体に気づかれるよりも早く、行動を開始する。

 ()()()()。それだけだ。

 当然鎌は受け流され地面に突き刺さる。逆にスタークを拘束していた枷は無くなり、切歌に大きな隙が生まれた。

 当然そのチャンスが見逃されるはずもなく、追撃を始めるスタークだが、

 

 

 

────────α式 百輪廻────────

 

 

 

「隙だらけッ!」

 

『おおっと!』

 

 

 

 その直前。

 横から影が────切歌が世界で一番信を置く存在、調が飛び出してきた。

 髪の毛のツインテールの部分に装着されたギアから無数に射出される丸鋸。なぜアームドギアの鋸がツインテールに装着されているのかは分からないが、調なので万事OKだ。

 

 調の十八番でもある《α式 百輪廻》。

 切歌には丸鋸が当たらないように調整されている。スタークに向けてのみ、洪水のように押し寄せるその丸鋸だったが、当のスタークは大げさに驚いた後大きく後ろに飛び退かれる。

 

 

 

『あくまで切歌は陽動かァ! やるじゃねェか』

 

「わたしも切ちゃんも、あなたに褒められても嬉しくなんかない」

 

 

 

 角度を調整しながら攻撃を続ける調。その隙に切歌も鎌を地面から引き抜き、体勢を立て直す。

 スタークもトランスチームガンとかいう拳銃を取り出し百輪廻を撃ち落としていき、これで戦況は仕切り直しだ。

 

 言葉に出さずとも、互いの思っていることくらい手に取るように分かる。軽く確認するかのように頷き合い、左右に分かれ攻撃を開始する。

 

 

 

「信じ合って、繋がる真の強さをッ!」

 

 

 

────────γ式 卍火車────────

 

 

 

 アームドギアから一対の巨大な丸鋸を展開。百輪廻の数倍の大きさはあろうその鋸を振り回し攻撃する《γ式 卍火車》。

 触れたもの全てを無限軌道で伐り刻まんとするそれは、あらゆるものを熱したナイフでバターを切るが如く簡単に両断できるだろう。

 切歌も負けてはいられない。

 

 

 

────────封伐・PィNo奇ぉ────────

 

 

 

 肩部アーマーを展開し、先端に鋭い刃を装備。彼女の意思で自在に動かすことができる。敵を八つ裂きにするのに最も手っ取り早い────と考えている《封伐(ふうばつ)PィNo奇ぉ(ピノキオ)》を、調の卍火車の斬撃と同時に仕掛ける。

 右からは調が、左からは切歌が。ほんの一瞬でも気を抜けばすぐに勝負はつく。

 痛む間もなく、切り刻まれるだろう。

 

 それでもスタークの動きに変化は全く見られない。不気味だ。

 いつの間にか武器も落としたのか無くなっていて、明らかに窮地に立たされている。だというのになぜ笑いを止めないのか。焦りを苛立ちと決めつけ、攻撃の頻度を早めていく二人。

 次第に直撃とまではいかないものの、手ごたえを感じ始める。

 大丈夫だ、まだまだいける。

 

 

 

『流石は二つで一つの聖遺物って所だな。ここまでやるとは思ってなかったよ』

 

 

 

 これ以上会話を続ける意味はない。

 装甲に火花を散らしながらもなお愉し気に会話を続けようとするスターク。こちらの攻撃を避け続けている内にシミュレーションルームの壁際にまで追い込まれているのに、彼は気づいていないようだ。

 気付いたときにはもう遅い。脱出不可能だ。

 

 ピノキオを解除し、大鎌を振るう。同時に調も卍火車を振り下ろし、一ミリのズレもない連携攻撃が完成する。

 後ろには跳べず、左右には避けられず、受け止められず。これ以上頭のいい完璧な作戦を、切歌は知らない。

 

 二種類の斬撃は吸い込まれるようにスタークの首元へと迫っていき、勝利を確信する二人。

 

 

 

「さあッ! 空に調べ歌お────調ッ!?」

 

 

 

 甘かった。

 なぜスタークから余裕が消えなかったのか。なぜ武器が消えていたのか。後者はともかく、前者はまず疑ってかかるべきだったのだ。

 なぜならば。

 

 

 

【スチームアタック! フルボトル! 消しゴム!】

 

 

 

 突如、スタークの手元に()()()()()()()()()()()()()()

 その銃口は切歌に、ではなく。

 

 調に向けられていて。

 

 

 

『持ってて良かった文房具、ってな』

 

 

 

 防御を試みる調であったが、攻撃の軌道を無理矢理曲げるのはすぐには難しく、切歌も同じ。

 刹那の攻防。その時には既に、トランスチームガンには新たなボトルが装填されていた。

 

 

 

【スチームブレイク! コブラ!】

 

 

 

 赤黒いコブラが調に食らいつく。

 シミュレーションルームの端から端まで地面を転がり、シンフォギアを解除されてしまった。

 視線がそれに釘付けとなっていた切歌もまた、腹部に衝撃を感じた直後吹き飛ばされてしまう。

 

 威力の違いか、調ほど遠くはないものの、それなりに距離を取られた。

 近づきすぎるとあのようなことになる。次は武器にも意識を向けなければならない。それより切歌が気になるのは調のことだ。

 大丈夫だろうか、怪我はしていないか。

 

 だが調の元に向かうにはスタークが邪魔だ。

 だから早く勝負を付けなければ……!

 

 

 

『これからは場所にも気を配ってくれよ。すぐに終わらせる、とかなんとか言ってた時の威勢はどうしたんだ?』

 

「行くデスッ!」

 

 

 

 鎌を振るい、スタークに迫る。今度は息をつく間も与えない連続攻撃だ。それでいて奴の手元にも気を付ける。

 途中でスチームブレードを投擲しようと試みたらしいが、切歌の猛攻の前ではそれも叶わず。あらぬ方向へと飛んで行った。

 

 無数の攻撃を仕掛ける中、ついに。

 捉えた。刃が鎧を袈裟懸けに切り裂き、吹き飛ぶスターク。

 後は鎌を首元に向けるだけ────と、スタークのいる()()に気付いた瞬間、背筋が凍った。

 

 

 

「まさか最初から……!」

 

「切ちゃん……」

 

 

 

 なぜ? どうしてスタークの後ろに調がいる?

 そこで切歌は自身の間違いに気付く。今の攻防が始まる前、奴は「場所には気を付けろ」と言っていた。ならその時からこうなることは予測していたのかもしれない。

 二度も同じような手に引っかかってしまった。スタークの銃口は調に向けられている。これは訓練だ、生身の人間に撃たないとは分かっているが、手が出せない。

 

 それでも調を見殺しにする訳には行かない。

 一か八か、バーニアを点火し突撃、スタークが発砲する前にトランスチームガンを弾き飛ばす。何の布石も打っていない状況で勝つにはこれしかない。

 

 

 

『やれやれ……。少しは学習してくれよ。二度も同じ手に引っかかるなんて』

 

「うるさい! 今から挽回……えっ!?」

 

 

 

 足が動かない。

 恐怖を感じている訳でもないのに、なぜと思い足元を見る。

 

 ────なぜか、足が凍っていた。

 

 

 

【アイススチーム!】

 

 

 

 やられた。あの時スタークは短剣の投擲に失敗したのではない、最初からここ目がけて投げていたのだ。

 つまり切歌はこれにも引っかかったことになる。

 同じ手に二つ、二度もかかってしまった。

 

 がちゃりという音が鳴り、顔を上げると今度は切歌の眉間に照準が定められていて。

 

 

 

『チェックメイト! って奴だ』

 

 

 

 おどけたように『バーン!』と撃つ真似をされた。

 実戦なら切歌は負けている。

 これは訓練だ。しかし、今切歌と調の頭に渦巻いているのは「惨敗」の二文字だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「卑怯デス! 調を人質に取るなんてッ!」

 

『おいおい。これで卑怯なんて言ってるようじゃ実戦なんてもっての外だぞ? お前たちのボスは世界を敵に回す気だってのに、肝心の実動隊がこの程度なんて……。

 マムもさぞ悲しんでることだろうなァ』

 

 

 

 言い返せない。スタークに不服を感じるのは確かだ。それでも負けたのは紛れもない事実。

 今の戦いにしても、単純な力だけで言えば勝っていたのは明らかに切歌たちの方だ。手を握りしめスタークを見上げながら、さらに抗議を続けようとしたその時、シミュレーションルームの扉が開かれた。

 

 

 

「でも……」

 

「やめなさい切歌。気持ちはともかく、理屈は彼に理がある」

 

「「マリア!」」

 

『おっと、保護者のお出ましか』

 

 

 

 現れたのは切歌たちの姉のような存在、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。調とナスターシャに並んで、切歌の最も大事な者の一人だ。

 聖母のように優しかったマリアも、今はあまり笑顔を見せない。何より()()()()()()()()()()ことが大きいのだろう。

 

 6月、突然ナスターシャが「マリアにフィーネの魂が継承された」と言い出した。

 それ以来笑顔の回数がさらに減り、それどころか時たま切歌たちを見て申し訳なさそうにまでしている。それほど過酷なものなのだろうか。

 

 

 

「私もあなた達も、もっと強くならねばならない。その先にしか道はないのだから」

 

「随分スパルタな方のようですね。もう少し優しくしても良いのでは?」

 

「ドクター」

 

 

 

 厳しい口調の中にもやはり優しさが滲み出ている。マリアはやはりマリアということだ。

 大丈夫だ、まだマリアはフィーネに浸食されていない……。そう二人が安堵したのもつかの間、彼女の後ろから神経を逆撫でさせるような猫なで声が聞こえてきた。

 

 白衣と眼鏡を着用した銀髪の男。ナスターシャに見せられた写真が正しいなら、彼が協力者であるウェル博士だ。

 第一印象は単純、”気に食わない”だった。調は目を細めウェルを見つめている。恐らく同様の理由だろう。

 

 

 

「それよりそろそろ時間ですよ、月読調さんに暁切歌さん。

 貴女方の生体データを記録しなければならないので」

 

「いけ好かない奴デス」

 

「切ちゃん、そう思ってても目の前で言っちゃダメ」

 

「……先に二人を連れて行っているわ」

 

 

 

 マリアのため息が聞こえてきた。

 これから切歌たちはウェルの作った《アレ》の最終調整に協力することとなっている。《アレ》は今のままでも十分機能しているが、やはり直接生体データを採取したほうが精度も高いのだろう。

 

 ふと、振り返る。

 シミュレーションルームへと続く扉は自動で閉じられようとしており、その隙間からスタークとウェルの姿が見える。

 

 切歌には。

 なぜかそれが、とても恐ろしいもののように感じられた。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 季節は夏。まだ7月初旬だというのに外は非常に暑い。

 最近は期末試験もあったので勉強のためナシタに居座ることも多かったが、結局ほとんど涼みに行ったようなものだった。

 

 今響たちがいるのは特異災害対策機動部二課本部────ではない。

 先の戦いにて本部は少なくない損害を負った。本部どころではなく、リディアンそのものが破壊されたのだが。

 複数の完全聖遺物がぶつかり合ったため高濃度のエネルギーが残留し、生物の生息には適さない土地へ変わってしまった。

 

 そのため本部移動を余儀なくされた二課は、新たな本部の場所が決定するまで「仮設本部」として”ここ”を利用するようになったのだ。

 響だけでなく、翼やクリスでさえも仮設本部の正体を知ったときには目を見開いていたのを思い出す。

 

 

 

「……という訳で、改めての紹介と行こうッ! 雪音クリスくん。第二号聖遺物イチイバルの装者にして、心強い仲間だッ!」

 

「ど、どうも。よろしく……」

 

 

 

 仮設本部のブリーフィングルームにて。二課職員全員と装者たち、それに外部協力者である未来。全員がそこに集まり、ある催しを開いていた。

 一同の視線の先には赤い服を着た巨漢、風鳴弦十郎が。いつかのようにシルクハットを被っている。

 背後にはまたも目にしたことのある「熱烈歓迎! 雪音クリスさん」と書かれた横断幕が。

 

 そしてその隣に、目を泳がせながらもじもじと身体をよじっている少女が一人。

 雪音クリス。ルナアタック事件の際手を取り合い、仲間となった人物だ。あくまで昨日までは事件の後処理の都合もあって、未来と同じ外部協力者という扱いだった。

 ようやく行動制限が解除されたということでクリスは正式に二課へ加入することとなり、今日はその歓迎パーティだ。

 

 

 

「それではクリスくん! 乾杯の音頭を……」

 

「しねえよバカッ!?」

 

「しょうがないな。では僭越ながら俺が音頭を取らせてもらうッ! 雪音クリスくんの二課加入と、ルナアタック事件解決を祝して……」

 

「「「かんぱーいッ!!」」」

 

 

 

 室内に響き渡る盛大な拍手を受けて、より身を縮こませるクリス。ともあれ、これでようやくクリスとも名実ともに仲間となったのだ。

 

 

 

「よかったよ~、行動制限解除がギリギリ間に合って。まだ制限されてたら未来とここにいれなかったから!

 まあ……惣一おじさんの予定が合わなかったのは残念だけどね」

 

「わたしも嬉しいな。響だけじゃなくクリスともまた会えたし」

 

 

 

 和洋中問わず、様々な料理が円形テーブルに並べられている。ビュッフェ形式であるのでしめたとばかりに皿に料理を積み上げていく響。

 自分の席に戻り、先に料理を取って待ってくれていた未来と共に食べ始める。

 

 

 響たちが月の欠片を破壊した後、思っていたより簡単に生還することができた。弦十郎に連絡を入れ回収してもらったところ、外交上の様々な理由によりしばらくは行動制限がかかると言われた。

 替えの服も用意してもらったしそれは構わないのだが、響としては未来に会えないのが何よりもの苦痛だった。

 ようやく生存報告ができたときにはすでに3週間ほど経過してしまっていて、その時の未来が少し怖いくらいに抱き着いてきたのは記憶に新しい。

 

 

 今日は本当は惣一も招待していたのだが、どうしても都合が合わず欠席ということになった。生存報告はしたが少し悲しい。

 クリスの名前が出たのを聞いてか、近くを通っていたクリス本人が近づいてくる。

 未来の隣に腰かける。ここで食べるようだ。

 

 

 

「……お前はあたしと会えて嬉しいのか?」

 

「当たり前じゃない。せっかく友達になったのにすぐいなくなっちゃって。

 やっと会えたと思ったら月を壊しに行っちゃうし」

 

「そいつは……まあ、悪かったってか……」

 

 

 

 未来の言葉を聞いた直後、向こうを向くクリス。しかし耳が赤いのは隠せない。むしろ見せつけてしまっている。

 これはチャンスだ、と響は身を乗り出し、

 

 

 

「あれあれ~? もしかしてクリスちゃんってば照れちゃってたりして……」

 

「お前は黙ってろッ!」

 

「あぁーっ痛いよクリスちゃーん!」

 

 

 

 叩かれた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 そんなクリスの姿を遠方から眺める者が一人。

 

 

 

「……雪音も随分と丸くなったな」

 

 

 

 風鳴翼。

 腕を組みながら壁にもたれかかり、うんうんと感慨深げにクリスを見つめている。

 

 

 

「翼さんや響さん、それに司令のおかげですよ」

 

「緒川さん」

 

 

 

 翼の前の机に料理の乗った皿を置く男、緒川慎次。翼の敏腕マネージャーでもある彼は目を細める翼を見て、また感慨深げにしていた。

 それに気づいていないのか、最近巷で流行っている後方何某面だろうか、そんな雰囲気を醸し出しつつ言葉を紡ぐ。

 

 

 

「……少し前までは触れた者全てに噛みつく狂犬のようだったというのに。懐かしいです」

 

「翼さんも、随分と丸くなりましたね」

 

「なッ!? 馬鹿なッ、先日の測定でも体重はキープしていたというのにッ!?」

 

 

 

 響に触れ丸くなったのは何もクリスだけではない。

 今慎次の隣にいる彼女もそうなのだが……と思わず口に出てしまい、別の意味で取られてしまう。慌てて何でもないと誤魔化し、なにか話題を変えようと頭をひねっていると、料理を取っている際弦十郎に頼まれたことを思い出した。

 

 

 

「そういえば翼さん、少し前に、一曲お願いしたいと司令からの要請が」

 

「司令が? ……成程、そういう事なら仕方ありません。

 不肖風鳴翼、歌女(うため)としての責務を果たしてきます」

 

 

 

 一瞬で緩めていた顔を引き締め、それでいて戦場に立つ際のような研ぎ澄まされた剣のような雰囲気でもなく、歌女としての状態に一瞬で切り替えた翼。

 そこまでかしこまることもないのだが……とも思ったが、それも翼の良い所だと思い直す。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 宴は続く。

 

 

 

「ええーッ!? この料理藤尭さんが作ったんですかッ!?」

 

「全部じゃないけどね。最近料理にハマってるって漏らしたら、友里の奴が調理係に任命してきて」

 

「いいじゃない、せっかくおいしい料理作れるんだから。……むっ、これけっこうイケるわね」

 

「はいはい……。ま、自分用に作ってるものだから。口に合ったら嬉しいけど」

 

「すっごくおいしいです!」

 

「炒飯は俺が作ったッ!」

 

 

 

 響と未来が、朔也の隠れた料理の腕前に驚愕したり(途中で巨体の乱入者あり)。

 

 

 

「案ずるな雪音ッ! 合鍵は持っている、何時でも遊びに行けるぞッ!」

 

「はあッ!?」

 

「わたしも持ってるばかりか、なーんとぉ! 未来の分までー!」

 

「自由とプライバシーなんてどっっこにもねえじゃねえかァッ!!」

 

 

 

 クリスの家についてちょっとした騒動があったり。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 

 

 

 

 ────それは、宴も終わりに差し掛かかったときのことだった。

 いつだって爆弾は唐突に、爆発するものだ。

 

 カラオケ&ビンゴ大会にて迫真の歌唱を終えた弦十郎が宴もたけなわと締めの言葉を言おうとする。

 ふと、思い出したかのように彼の口が開かれた。

 

 

 

「実は、我々二課に新たな……というのも変だな。とにかく一人、加入することになった」

 

 

 

 新たに二課職員が加わるというその通達。4月から少しずれているが、平時であれば、それ自体は大しておかしなところはない。

 

 

 

「新たな職員が? しかし、まだルナアタックからひと月とて経過していません。未だ混乱の激しい今というのは……」

 

 

 

 異議を唱える翼。

 そう、いまだルナアタック事件の後処理は完了していない。

 あの戦いの際、シンフォギアを目撃した一般人への口止め、破壊された建築物の復興など、やることが多い。

 そんな状況を把握しているからこそ、今二課に新たなメンバーが加入するということは、かえって連携不足を生むのではないか……。そう考えての発言だった。

 

 

 

「……先に断っておこう。翼やクリスくんにとっては、顔を合わせ難い人物かもしれん」

 

「私や雪音にとっては? それは一体……」

 

「御託はいい。さっさとしてくれ」

 

 

 

 急に深刻な顔になった弦十郎を見て考え込む。

 対照的にクリスは早くこの件を終わらせたいらしく、弦十郎を急かす。なにやら嫌な予感がしているようだ。

 慎次に合図を送ると、彼は頷いた後部屋を退出した。新たな職員を連れて来るのだろう。

 

 そんな光景を見て、響は思う。

 なぜ自らの師匠は職員の紹介を今するのか、と。

 今日はクリスが主役だから、ということもあるかもしれないが、それなら宴が始まる前にやればいいし、弦十郎ほどの男ならこういった場で優先順位など付けないはず。

 

 ならば、「その人物が場にいては都合の悪い理由がある」ということだろうか。例えば、場が落ち着かないというような。

 考えるが、だんだん頭がこんがらがってきた。もう限界だと未来に助けを求める。

 未来も職員について考えていたらしいが、やはり答えには至らなかったという。どんな人がいいかと尋ねると、「響のことをちゃんと分かってもらえる人」と返ってきた。

 「優しい」だとかそういったことではないのか。

 

 いずれにせよ、その人物とは今日が初対面となる。

 新たな出会いに胸を膨らませる響。どんな人物であれ、響がするのは手を繋ぐこと。いつもと変わりがないのだ。

 

 

 

「お待たせしました」

 

 

 

 すぐに慎次は戻って来た。心なしか響には、彼が苦笑をしているように思えた。

 彼のすぐ後ろに人影が一つ。

 緒川に促されると、“彼女”は部屋に入って来た。

 

 

 

 ────まず、たなびく腰まで伸ばした金色の髪に目を奪われる。

 次いで、服装。ラベンダー色のシャツがはちきれんばかりの胸部を押さえつけているものの、非常に心もとない。凄まじい戦闘力だ。

 ぴっちりとした黒いパンツに丈長の白衣。白衣のポケットに両手を突っ込み所在なさげにするその一挙手一投足があまりに魅力的で、呼吸を忘れる。

 しかし何より目を引いたのが、その鋭い眼光。髪と同じく金色に輝くその瞳は、見たもの全てを吸い込まんと爛々と光を放っている。

 

 平たく言うなら、絶世の美女。

 そして響たちは、その女性の正体を知っている。

 

 何しろ、ほんのひと月前まで”彼女”と共に働いていたものもそう少なくはないのだから。

 

 

 

 

 

「紹介しよう。 といってもお前たちはもう知っているはずだが……まあいい。

 本日より我々二課の研究員として共に働くこととなった、櫻井了子ことフィーネくんだッ!」

 

「「…………は?」」

 

「……うええええええッ!?」

 

 

 

 

 

 彼女────超先史文明期の巫女、フィーネが。

 視線を合わせず、鼻を鳴らした。

 

 

 

 

 

 直後、瞬間湯沸かし器のように一瞬で阿鼻叫喚に包まれるブリーフィングルーム。

 地獄絵図かと見間違うほどのその光景、朔也などは頭を抱え机に隠れようとしている。彼女を天災か何かだと思っているのか。

 

 

 

「叔父様! 説明を求めますッ! これはどういう事ですかッ!?」

 

「おいオッサン! 一体何考えてんだよ!? なんだってこいつが居やがるッ!!」

 

「りょ、りょりょりょ了子さんが生きてるーーッ!? なんでッ!?」

 

「お、落ち着いて響!」

 

 

 

 当然、それは響たちも例外ではない。

 周囲を走り回る響に、それを追いかけながら止める未来。弦十郎に詰め寄る翼とクリス。三者三様の反応を示す中、唐突に。

 

 

 

「相変わらず、ゴチャゴチャと姦しい連中だ」

 

 

 

 無感情に当事者の呟いた一言によって一気に静寂へと変わった。

 しかし、翼とクリスからの敵意に満ちた視線は変わらず彼女を射抜いている。

 フィーネはそれを意に介さず、胡乱気な表情で弦十郎を詰りはじめた。

 

 

 

「風鳴弦十郎。まさか貴様、私が此処に居ることを伝えていなかったのか?」

 

「ああ。先に伝えても信じてもらえなかっただろうからな」

 

「理解に苦しむな。つくづく食えん男だ」

 

 

 

 真っ先に狂乱から立ち直ったのは響だった。

 小走りでフィーネの元へと駆け出し、ポケットの中に突っ込んでいた手を握る。

 

 

 

「了子さんッ! 生きてたんですねッ! てっきりスタークさんの毒で死んじゃったと……」

 

「立花響か……。たわけ、私があの程度で斃れる訳がないでしょう」

 

「ホントによかったです!」

 

 

 

 そう、彼女と分かり合うことができずに斃れてしまった。もう二度と会うことができないのか、と密かに心残りだったのだ。

 思わぬ再会に気をよくし、握ったフィーネの手をぶんぶんと振り回す。

 もう敵対する気がないのか、そういう性格だと諦めているのか、抵抗はない。

 

 

 

「彼女の身柄は我々二課が受け持つこととなった。本来ならば即極刑となってもおかしくなかったが、まあ一言では言えん色々な交渉があってな。

 結果、監視という名目で我々に協力してもらうことにした」

 

「その際僕と司令で各所と交渉を行っていたのですが……それで翼さんの部屋を片付ける時間がありませんでした。すみません翼さん」

 

「おッ、緒川さんッ!? その事は言わない約束では……いや、そうではなく!」

 

 

 

 一瞬呆けてしまう翼だが、すぐに立ち直る。

 撃ったのは別人とはいえ、カ・ディンギルを建設したのは彼女だ。張本人と共にノイズと戦うなど出来る訳がない。至極当然だ。

 

 クリスも、二年前からずっと自らを騙していた人物を信じろ、と言われて出来る訳がない。こちらも当然だ。

 

 

 

「……よって、私は反対です。櫻井女史……いえ、フィーネに銃後を任せるなど言語道断、とても信じられるものではありません」

 

「…………」

 

 

 

 弦十郎に詰め寄ったのを最後に、一言も口を開かないクリス。

 ただ、その目線はひたすらフィーネに向けられている。

 

 

 

「それで、私にどうして欲しいのかしら。謝罪、それとも懺悔? いずれにせよ、私は何も間違った事はしていないと断言する。

 月を破壊し、バラルの呪詛を解呪するという計画を非難される謂われは無いわ。……最後にスタークにしてやられたのは業腹だけれど」

 

 

 

 まるでガロン単位で火に油を注ぐが如く。

 こう見えて翼は激情家だ。もういつ暴発するか知れたものではない。

 クリスの感情は読み取れない。意図的に読み取れなくしているのか、それともいくつもの感情が入り乱れているのか。

 

 

 

「……そもそも。そもそもです、司令。私は……二年前の、多くの人の人生を狂わせたあの惨劇。

 あれを引き起こした奴と並び立つなど────他の誰が許しても、風鳴翼が許せるはずがない」

 

 

 

 つい最近まで犯人をスタークと誤認していたのも事実ですが、と付け加え、口を閉じる。

 そうだ。それがある以上、翼が歩み寄ることなどあり得ない。何があろうと、それだけは絶対だ。

 

 対してフィーネは、翼を見つめ、「二年前からずっと疑問に思っていたのだけど」と枕を置き、口を開いた。

 まるで何でもないように、軽々と。

 

 

 

 

 

 

「なぜ貴方達はあの事件の下手人を私だと思っているの?」

 

 

 

 

 

 

 は? と、どこかから乾いた声が聞こえた気がした。

 

 

 

「何、を……言っている?」

 

「聞こえなかったかしら? なぜ私を犯人だと思っているの、と云ったのよ」

 

 

 

 訳が分からない。

 

 

 

「そもそもあの場に居た風鳴翼がスタークの存在を感知している以上、首謀者、もしくはそれに近い位置に奴が居ると考えるべきでしょう」

 

「だが、お前は……」

 

「確かにそうね、計画はした。それは認めましょう。だけど実行はしていない。いや、実行に移す前にノイズが現れた、というのが正確。

 私の見た限りでは、地下施設の爆発はその後起きた」

 

 

 

 口に手を当て、動かなくなる翼。

 そうだ、あの時いち早くノイズに気付いたのは奏だった。しかしそれも、ノイズが人を襲う際に生成される炭素を感知したからだ。

 爆発はネフシュタンのエネルギーにシェルターが耐えられなくなったためであり、ノイズによるものではない。

 ということは爆発よりも前、()()()()()()()()()()()()ということなのか?

 

 

 

「私には制御こそできないものの、ノイズを召喚する力が備わっている。……今はもう行使できないけれど。

 そもそも一度にあれほど大量のノイズは召喚できない」

 

 

 

 ソロモンの杖を介さぬノイズの召喚能力を持つのがフィーネ一人である以上、その言に確証はない。

 しかし、あの時のノイズはいくら倒しても底が見えなかった。それに奏のLiNKERの効果が切れた途端、一斉に奏の方へ攻撃が集中した。

 今にして思えば、あれは制御されていた、ということにならないだろうか。

 

 

 

「だ、だが……それならソロモンの杖を使えば……」

 

 

 

 自分でもそれが穴だらけの反論だとは分かっている。

 そもそもソロモンの杖は米国から譲渡された完全聖遺物。恐らくはクリスが覚醒させたものだ。二年前の時点である訳がない。

 

 

 

「まあ、それは確かに可能性が無い訳ではない」

 

 

 

 返って来たのは予想だにしないものだった。

 

 

 

「どういう事だ? ソロモンの杖は雪音が起動させたものではないのか?」

 

「あたしは何もしてねえよ。アメリカからスタークが来た時に一緒に渡された」

 

「スタークが?」

 

「……ちょっと待ってください。それじゃあ、今までの前提がひっくり返る事になりますよ!?」

 

 

 

 思わず、といった調子で声を上げた朔也。しかしその気持ちは他の面々も同様だ。

 

 ソロモンの杖は米国から貸し出され、そしてその時すでに起動状態にあった。

 二年前、ライブ会場にて指向性を持って大量に召喚されたノイズ。

 戦闘中、不意に聞こえた奴のものらしき武器の電子音。

 米軍隊長の、奴が米国と繋がっていたという証言。

 

 もしフィーネの言うことを信じるならという前提が付くものの、その事実全てが、一つの真実を照らし出している。

 偶然にしては出来すぎている。

 

 故に導き出された結論は一つ。

 

 

 

 

 ────翼は、思い違いなどしていなかった。

 

 

 

 

「────ブラッドスターク。もし奴があの事件の首謀者だとすれば、一応筋は通る事になる。

 翼、お前が訴えていた事は正しかったんだ」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 扉が完全に閉められたのを確認した後、スタークはウェルに話しかける。

 

 

 

『おいウェル、初対面で嫌われてるじゃねェか』

 

「ナスターシャにでもチクってやりましょうか」

 

『怖い怖い』

 

 

 

 スタークと二人きり、ということで笑顔の仮面をはぎ取り、慇懃無礼な態度を取り始めるウェル。

 チクる、などと言っているもののその顔に怒りはない。当然だ、”フロンティア”が浮上するまでは彼女らに協力していた方が得だからだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()を取り出す。

 この杖ともそろそろ長い付き合いだ。もう二年と少しになる。一か八かだったが、無事に起動できた時には軽く舞い上がってしまったほどである。

 

 後ろを向き、表情の見えないウェルにこれからの方針を尋ねてみる。

 

 

 

『それで、これからどうするつもりだ?』

 

「どうする……そんなもの決まっているじゃあないですかァ?」

 

 

 

 振り返ったその顔は、本当に英雄に憧れているのか、と疑ってしまうほど不気味な笑みを浮かべている。

 どこからともなく取り出したそれに、フルボトルを装填。

 

 

 

【バット!】

 

 

 

 警告音のような待機音が流れる中、一人トランスチームガンを上に掲げて、叫ぶ。

 

 

 

「蒸血ッ!!」

 

 

 

【ミストマッチ! バット……バッ・バット……】

 

 

 

 全身が蒸気に包まれる。凝縮した蒸気が漆黒の鎧を象っていき、残りの蒸気が吸い込まれる。

 最後に吸い込んだ蒸気を煙突のような、全身の噴射口から噴出、激しいスパークを奔らせ、漆黒を纏う彼の姿が明らかになった。

 

 

 

【ファイヤー!】

 

 

 

「ンンッ……。アレはアレで我々に縋っている身。そう考えれば、多少の無礼も可愛く思えてくるものです』

 

 

 

 ウェル────否、ファウストの幹部《ナイトローグ》。

 彼は平然と、決して正体が知られてはならない場所でその正体を現した。

 無論モニターの偽造などの対処はしてあるだろうが、もし正体が露見すればどうするつもりだったのか。

 そもそもテンションが上がっただけで変身するなど言語道断なのだが。

 

 

 

 時が来るまで"ブラッドスターク"として響たちの前に出ることができないのは残念だが、その分再会した時どれほど成長しているか楽しみも大きくなる。

 

 

 

『それで、貴方こそどうするつもりで?』

 

『決まってるだろ? 俺はただ、強さに飢えてるだけだ。時が来るまで、ここであいつらを育てるよ』

 

『強さに飢えている……全く、言葉の綾というのは恐ろしいもの。

 そういうことでしたら私も、大人しく彼女達を可愛がりましょう』

 

 

 

 新たなステージの幕が開く。

 後は蛇が設置した絶望に向かって進むのみ。ゆっくりと、着実に。

 そんな事を知る由もない戦姫たちは、今日も仮初の日常を謳歌する。

 

 その時、果たして彼女たちは笑っていられるのだろうか。

 それこそ、神のみぞ知る、ということなのかもしれない。

 

 蛇の笑い声が、虚空に響いた夜だった。




次章予告


「世界最後のステージを始めましょう」

「危ねえ危ねえ! 嬢ちゃん達も、鉄骨に潰されておっ死ぬなんてのは勘弁だろ?」

『こいつはエボルドライバー。お前達の言う、完全聖遺物って奴だ』

「どこもかしこも、私の名を騙る意味を弁えていない輩が多すぎる」

「わたしたちがマリアを助けてあげるんだ」

「ドクターのやり方じゃ、弱い人を救えないデスッ!」

「ハァッハッハッハッハッ!! ならばァ! 答えは一つだァ!!」

【コウモリ! 発動機! エボルマッチ!】


『さあ────存分に戦え!』



フェーズ2 鮮血のカプリチオ





フィーネの口調がころころ変わってるのは仕様です
今回書いてないクリスちゃんとフィーネの会話については第2部でちょっとやります
本当はここでやろうと思ったけど翼さんで終わらせた方がまとまりがよかったので分けました
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