戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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ビルド作品5位、その他諸々ランキング入りおめでとナス!


EPISODE08「鮮血のカプリチオ」

 ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスが彼と出会ったのは、イェール大学のある一室だった。

 当時接触したパヴァリア光明結社との交渉はすぐに決裂。聖遺物研究の資金集めが難航している最中、運命は動き始めた。

 

 

 

「後悔するぞッ! 僕の提案を足蹴にしてッ! そう遠くない明日に英雄となる……」

 

 

 

 ウェルの言葉を最後まで聞かず去っていくパヴァリアの構成員。また失敗した。もう何度目だろうか。

 いくら寛大なウェルでも、流石に余裕より苛立ちが勝ってくる。なぜ誰も自分の素晴らしい研究を評価しないのか。

 そんなことを延々と考えていたからか、気がつくと眼鏡がずり落ちそうになっていた。位置を調整すると、先ほど退出しようとしていた男が地面に倒れているのに気づき、また苛立ちを募らせる。

 うつ伏せになって倒れる男の脇腹をボールのように蹴り飛ばし、無理矢理に仰向けにさせる。

 

 

 

「ハァ〜〜〜……こんな所でオネンネはやめてもらえ……ヒッ!?」

 

 

 

 異変にはすぐに気づいた。男の目は見開かれ、何も映していない。泡を吹きながら苦しげに歪んだ表情が、彼の最期を如実に物語っている。

 思わぬ事態に腰を抜かしてしまったウェルだが、当然の反応と言えるだろう。

 そして、彼の首には細く長い針のようなものが────

 

 

 

「死……死んでいる……。一体誰がッ!?」

 

『俺だ』

 

 

 

 突然男の首に刺さっていた針が抜け、意思を持ったかのように動き出した。うねうねと動く針は収縮し、研究室の一角で姿を消す。代わりに立っていたのは、全身を赤い鎧で包んだ男だった。

 いなかったはずの人物が出現し、その腕には針状の物体が装備されている。パヴァリアの男を排除したのは彼であることの証左だ。

 ウェルに悲鳴を上げない理由はなかった。

 

 

 

「ウヒャァァァッ!!」

 

『そう怖がるなよ。……前と同じ顔だな、よし。お前がウェルキンゲトリクスでいいのか?』

 

「ばッ化け物ッ!」

 

『おいおい! 仮にも聖遺物を研究してる科学者だろ? 人が死んだくらいでそう驚くなって。質問くらい答えてくれよ』

 

 

 

 額に手を当て、嘆くように天井を仰ぐ赤い男。鈍く反射する装甲がとても不気味だ。

 だがそのおかげで、少し思考が纏まってきた。

 最初ウェルは、彼のことをどこかの組織がよこしたヒットマンが何かだと認識していた。あらゆる結社と繋がりを持ちすぎたことを受け、研究内容を簒奪するために派遣されたと思い込んでいたが、どうやら違うらしいと自らの黄金の頭脳がそう告げている。

 もし彼が本当にヒットマンであるのなら、すでにウェルはこの世にいないだろう。暗殺対象が怯える様を見て喜ぶ類の人間という線もあるが、それはないと鋭敏な第六感が直感している。

 

 つまり、目の前の男は今すぐウェルをどうこうするつもりはないと言える。その結論にたどり着いた瞬間、彼の内から恐怖は消え去った。元より彼には技術と才能に裏付けされた絶対的な自信(傲慢さ)があるからだ。

 

 

 

「…………私としたことが申し訳ありません。私の研究に出資して頂ける方でしょうか? ……アー」

 

『おっと、悪い悪い。まずはこっちから自己紹介しないとな。俺の名はブラッド……いや、俺はエボルト。お前達が言うところの、地球外生命体って奴だ』

 

「────ふむ。地球外生命体、ですか」

 

 

 

 彼の口から語られたのは、少々予想外のものだった。まさか目の前に人間以外の知的生命体が現れるとは数刻前まではつゆも思っていなかったウェルだが、彼の興味は別のところにあった。

 

 

 

「確かに、先史文明にてカストディアンの存在は確認されています。彼ら以外にも知的生命体が存在しても不思議ではありません」

 

『さっきの慌てようとはえらく違うじゃないか』

 

「人間ならば誰しも、全くの想定外には慌てるものですよ。それは英雄の卵であっても例外ではありません。恐怖を克服してこその英雄ですからね。

 ……それで、エボルトさんでしたか。貴方の目的は? 先程申したように、私の研究に出資して頂けると思って問題はありませんか?」

 

『その認識で問題ない。もっとも、それはお前次第だがな』

 

 

 

 ひとまずこれで研究を進められる。話の分かる宇宙人で助かった。今ウェルの行っている研究は、いずれは世界のステージをもう一段階押し上げることができるものだ。そのために必要な資金であると何度説明しても出資がなかったが、その問題はある程度クリアしたと言えるだろう。

 それだけに、エボルトの語った”お前次第”という言葉が気になる。分からないことは素直に尋ねるところが彼の美点であると自負している。

 

 

 

「私次第、とは?」

 

『俺にはある壮大な計画があってね。そのために科学者が必要なんだよ。欲を言えば物理学者が良かったが……生科学者でも問題はないだろ』

 

 

 

 物理学と生化学はかなり違う気がしなくもないが、一旦続きを促すことにした。

 

 

 

「計画。して、その内容は?」

 

『まあ、ありきたりに言っちまえば地球を滅ぼすことだな』

 

「────成程。地球を滅ぼす、と」

 

 

 

 年少の頃、彼がよく観ていたテレビ番組にもこのような展開があった。

 地球を滅ぼすために彼方より此方に飛来した宇宙人。まさかそんな展開に当事者として立ち会うことになるとは。違うところと言えば、彼の纏う鎧────地球に降り立つための宇宙服だろうか────がやけに地球的なものであることくらいだ。

 それにしても、地球を滅ぼす。随分と壮大な計画だ。

 だが────。

 

 

 

『お前次第と言ったのはそこだ。断っても構わねェが、そうなった場合は残念だが研究を続けられなくなる』

 

「脅迫ですか」

 

『まあ、俺がここで何をしなくとも"パヴァリアの構成員がお前の研究室で謎の死を遂げた"とあっちゃ、向こうも黙ってないだろうなァ』

 

「まずは、私が協力する内容を教えて頂けませんか? その後私がどうしようと、貴方なら煮るなり焼くなりどうにでもできるでしょう」

 

『確かにな』

 

 

 

 断った場合の未来を教えてくれるエボルト。だが無駄な時間だ。既にウェルの次世代脳内プロセッサが完璧な結論を弾き出しているのだから。

 二つ返事で引き受けるのも憚られると、協力内容を尋ねるウェル。すると、エボルトはどこからか小さな細長い物体を取り出した。

 コブラのような模様が彫られたその物体をシャカシャカと振りながら、目の前の宇宙人は語る。

 

 

 

『こいつはフルボトル。ラビットだのドラゴンだの、地球上の物体のエレメントが内包されてるアイテムだ』

 

「我々の知り得ぬ異端技術……非常に興味深い」

 

『例えばこいつにはコブラの成分が入ってる。……まあ、このボトルはまた種類が違うんだが、そのあたりはまあいい』

 

「それで? そのフルボトルとやらを見せて、私に何をしろと?」

 

『お前にいくつか作ってもらいたいボトルがある────』

 

 

 

 

 

「……そういう事ですか。いいでしょう。協力は惜しみません」

 

『話が早い奴で助かったよ。研究資金は気にするな』

 

「ありがとうございます。……それで、一つこちらからもお願いがあるのですが」

 

『どうした?』

 

「常々私には自衛能力が低いことを感じていたのです。

 いくら未来の英雄と言えど、今はまだ雛鳥。その道のプロを相手にすれば、すぐに芽は摘まれてしまうでしょう」

 

『成程な。自衛手段が欲しいって訳か。いいだろう、近いうちに用意してやるよ。それで"()()()()()()()()()()"が順調に進むのならな』

 

 

 

 これは英雄譚だ。

 ごとりと重い音を立てながら歯車が回り始める。ウェル()という英雄が主人公の、やがては叙事詩の一つにも数えられる壮大なる物語。

 そんな英雄は今────。

 

 

 

 

 

「イッタァァァァァ! パクついたッ! シンフォギアをォ? これでェェェェェッ!!」

 

 

 

 

 

 天高く雄叫びを轟かせていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「あのキテレツッ! どこまで道を外してやがるデスかッ!?」

 

「ネフィリムに聖遺物の欠片を餌と与えるって……そういう……」

 

「……ッ」

 

 

 

 戦闘をカメラ越しに見ていたマリアたちも、突然のウェルの凶行には驚きを隠し得なかった。

 怒りのまま壁を叩く切歌。俯き、一言呟いた後口を開かない調。そして、何の動きも見せないナスターシャ。

 マリアの脳裏に瞬いたのは、昨日のノイズによる米軍、そして目撃した一般人の殺害の一件だ。昨日といい今日といい、度を超えている。そもそも奴がナイトローグだったのも聞かされていなかったのだ。なぜナスターシャは何も言わないのか。

 

 とにかく立花響を止血しなければ。今はまだ痛みが傷口に達していないだけだ。ショック死の可能性も捨てきれない上、あの出血量は危険すぎる。

 自然と足は外へと向かっていた。それを目ざとく察知したナスターシャが、それを引き止める。

 

 

 

「何処に行くつもりですか? 貴方達に命じているのはこの場での待機です」

 

「あいつは人の命を弄んでいるだけッ! こんなことが私たちの為すべき事なのですかッ!?」

 

 

 

 ナスターシャの返答はない。

 重い沈黙がその場を包む。

 

 

 

「アタシたち……正しいことをするんデスよね?」

 

「間違ってないとしたら……どうして、こんな気持ちになるの」

 

 

 

 誰に言うでもなく、調と切歌がそう呟く。

 刃物のように、その言の葉はマリアの胸に突き立てられる。二人を騙しているばかりか、あんな気持ちにさせてしまうことなどマリアの望んだものではない。

 

 

 

「……その優しさは、今日を限りに捨ててしまいなさい。私達には、微笑みなど必要ないのですから」

 

 

 

 ナスターシャの忠告を最後まで聞くことなく、部屋を退出する。

 視界が滲む中、セレナのギアペンダントを握り締めていたことに気づいた。マリアは助けを求めるように、祈るように。両手でペンダントを強く握る。

 

 

 

「何もかもが崩れていく……。このままじゃ、いつか私も壊れてしまう。

 セレナ……ッ」

 

 

 

 爆音が機内を揺らす。

 外の激戦とは正反対の静寂に支配された空間で、嗚咽のみが木霊した。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「完全聖遺物ネフィリムは、言わば自立稼働する増殖炉ッ!」

 

 

 

 膝をつき、傷口を押さえて震えている響。彼女を見下ろす位置に立ち、身体を仰け反り独白するローグ(ウェル)

 漆黒のスーツとアーマーが月光を反射し妖しく光る。

 ネフィリムの説明を叫んでいる間に、ネフィリムの全身に走るラインが赤く光り()()()()

 まず、巨大化したのが最も顕著な変化だろう。従来のおよそ1.3倍ほどの体躯となったネフィリム。その両腕には凶悪な鋭角が追加されている。

 

 早く響の救助に向かわなくては。このままでは、あのライブ会場の二の舞だ。二度も翼の前で戦友を喪わせる訳にはいかない。

 幸いノイズはほぼ掃討されている上、スタークと交戦していたこともあり翼の周囲にノイズの姿はない。

 目の前には唖然とした様子のスターク。隙だらけではあるが、今はスタークを優先している場合ではない。奴が動き始める前に駆け出さなくては────。

 

 

 

「他のエネルギー体を暴食し、取り込むことでさらなる出力を可能とするゥ~! さァ始まるぞッ! 聞こえるか、覚醒の鼓動ッ!

 この力がフロンティアを浮上させるのだッ! フハハハハハ、ウヒヒヒヒヒヒヒ……」

 

 

『────やってくれたなァァァァッ!!』

 

 

 

 ────空気が爆ぜた。

 思わず足が止まり、声のした方へ首を向ける。全身から赤黒い蒸気を噴き出しながら手をかざしたスタークが視界に入った途端、頬を何かが掠めた。

 赤黒い波動の進行上にはローグがいる。

 岩肌を抉りながら、ローグを呑み込む血の波動。眩く発光したかと思えば、一際大きな爆発()がその場を照らす。

 以前にもローグに対してあのような攻撃を仕掛けたことはあった。しかし離脱を目的としていたその時とは威力が桁違いだ。

 

 気づけば隣にスタークがいる。反射的に刀を振り抜いていた翼の腕を掴み、どこか焦った様子で話しかけてきた。

 

 

 

『おい翼ッ! 一時休戦といこう!』

 

「その申し出は有り難いが……何のつもりだ?」

 

『そんなことを訊く余裕なんてないだろ! 俺はネフィリムとウェルを抑える。お前は止血なり何なり、響をどうにかしろ』

 

「……貸しとは思わない事だッ!」

 

『分かってるよッ!』

 

 

 

 どうやら、スタークは本気で響の身を案じているらしい。不承不承ながらなどと言う暇もなく、特異な共同戦線が開始された。

 正直、今の状態のスタークには勝てるビジョンが浮かばない。最初の実力差が戻ってきたかのようだ。スーツのスペックがオーバーロード状態にでもなっているのか。

 

 考察は後回しだと思考の隅に追いやり、響の元へ脚を運んだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

『ウェル……少しやり過ぎたようだなァ。お前のお陰で、俺の計画は台無しだ』

 

「ヒィ、ヒィ……なッ、何のつもりだッエボルトッ! 確かに契約した筈だぞッ!」

 

『ああ、そうだな。確かにそこは俺の落ち度だ。お前がここまでやる人間とは思ってなかった。だから契約はここで破棄にしよう。お互い手切れといこうじゃねェか』

 

「何だとッ!? 僕がいなければ……」

 

『お前の代わりは気長に探すさ。安心しろ、契約を破ったのは俺だ。お詫びと言っちゃなんだが、苦しまずに逝かせてやるよ』

 

「後悔するぞッ! ロストボトルの構成を理解できるのは僕しか……」

 

【スチームアタック! フルボトル! タンク!】

 

 

 

 青い光線がローグを灼く。

 地球外のパワーを発動し、よろめきながら立っている彼のスチームガンを砕く。バットボトルの回収も忘れない。

 何が起きたか理解していない彼の腹部に手を当てる。一息にエネルギーを放出し、ナイトローグの鎧を完全に破壊した。

 その間、約10秒の出来事である。

 

 

 

『どうした? ノイズを召喚しないのか?』

 

 

 

 地面に這いつくばった彼の姿は、既に白衣へと戻っていた。ナイトローグはここに倒されたのだ。

 そのまま銃口をウェルのこめかみに定める。「今楽にしてやる」と囁き、銃爪に指をかけたその時。

 

 

 

「立花ッ!? ……まさかッ!?」

 

 

 

 翼の危機迫った声が耳に届いた。そしてその様子をじっと見つめるネフィリムが視界に飛び込む。

 待て。そもそもネフィリムはなぜ動かない?

 餌付けはした。()()()()()あまり、少し過激なじゃれ方をしてくるが……それでも格好の餌を前に何もしないということはないはずだ。

 だのに、ネフィリムは響の前から動かない。翼にも無反応だ。それどころか、少しづつ後退しているような……?

 

 ────響の震えが大きくなったのと胸の傷が光り出したのは、ほぼ同時だった。

 激しい光を発する響。この状態は覚えがある。確か、ルナアタックの際に見られた、

 

 

 

「……えッ!?」

 

 

 

 ゆらりと起き上がる響に、這いつくばりながらも困惑を隠せないウェル。それは翼も、エボルトも同じことだった。

 何かを察知した翼が素早くその場から後退する。彼女がエボルトに近くに飛び退った瞬間、この既視感が何なのか、辿り着いた。

 

 

 

『〈暴走だとォッ!?〉』

 

 

 

 翼の耳元のマイクから弦十郎の叫びが漏れ出る。エボルトも同じ語句を叫ぶ。

 二人の口から放たれた"暴走"という言葉が意味することは明白だ。抑えきれない破壊衝動が響を襲ったと見て間違いない。

 ()()()()()()()()響を見て、それが正しいということを悟った。

 

 

 

 

 

「ア゛アアアア゛ァァァァッ!!!」

 

 

 

 

 

 咆哮。

 およそ人間のそれとは思えぬ声で咆えた響は、禍々しいオーラを全身から放出する。エボルトが発動していた地球外のパワーとは異なる、原始的(プリミティブ)なそれは目にした者全てに本能的な恐怖を与えるものだ。

 ただ、それは人間に限っての話。同じような異端技術を手にしているエボルトにとっては驚愕以上の反応はない。

 今この瞬間までは、だが。

 

 オーラを収めた後、両腕を地面につけ四足のような体勢に移行する響。その姿は獣そのものだ。

 ────エボルトは自身の眼を疑った。

 

 

 

『腕が再生し(生え)ただとォッ!?』

 

 

 

 見間違いではない。ブラッドスタークのマスクに搭載された特殊バイザーは、しっかりと響の左腕が地面を掴んでいるのを目撃している。

 

 かつてネフシュタンを鎧っていたクリスとの闘いにおいて、響はアームドギアを形成するエネルギーをそのまま拳に乗せるという荒技をしたことがある。

 本来そのエネルギーはアームドギアへと変化するはずのものだ。となれば、今響が行ったのはその応用なのか。つまり、彼女は本能で"ギアのエネルギーを腕の形に固定"させたのかもしれない。

 

 

 

『いいぞ響ッ!!』

 

 

 

 ここまで理屈を散々考察してきたが、正直そんなことはどうでもいい。今はただ、計画が続行できるという喜びに身体を震わせることしかできない。一つ間違えば発狂してしまいそうだ。

 

 奏に憑依したときについてきたガングニールのギアペンダント。

聖詠が浮かばずギアを纏うことができないエボルトにとっては半ばブラックボックスに近かったシンフォギア・システムの一端に触れられたことが、エボルトの中のウェル評を反転させた。

 

 

 

【エレキスチーム!】

 

 

 

 思わず響に向けて脚を動かしている自分がいる。今の彼女のハザードレベルはいくつなのか。何よりもそれが知りたい。

 響の左腕を狙い放った斬撃。それは空を切る結果となる。感覚としては命中していてもおかしくはないはずだが、そう誤認するほど響は瞬間的に動いたということか。

 胴体と背中に強い衝撃。どちらかと言えば前者の方の割合が大きいか。エボルトは数十メートル離れた岩壁に埋もれていた。

 黒く覆われた爪での烈撃。単純に攻撃力だけで言えば、地球外パワーを発動した状態のブラッドスタークを優に超えている。ならば()()()()()()の力が必要だが────。

 

 

 

『ハッハッハッハッ! ハザードレベル4.6ッ! どうやら俺の早合点だったようだなァウェル!! お前は最高だァ!!』

 

 

 

 エボルトは笑っていた。ばんばんと地面を叩きながら。

 つい数分前までウェルを始末するなどと言っていたが、撤回する。意図せずとはいえ、彼は自分の計画を先へ進めてくれた。これほど有能な道化はそういないだろう。

 向こうからよく分からないモノを見るような目で見つめてくる翼がいるが、気にしない。

 ウェルは何が起きているか分からないといった様子だ。

 

 次いで吹き飛ばされた方角を見ると、響が今にも飛びかからんと四つの脚を縮ませていた。

 次攻撃を受ければ流石に変身が解除されてもおかしくはないが、エボルトに焦りはない。系統こそ違うものの、暴走している敵の対策は実証済みだ。

 

 突然、横から咆哮が聞こえた。

 ネフィリムだ。恐れを振り払うかのように放たれたその雄叫びは、融合症例第1号の標的が変更されるのには十分だった。

 響の首は、弾かれたようにその方向へ向けられる。

 

 

 

「まッ、まさかッ!?」

 

 

 

 ウェルの静止を無視し、爆音と肉が潰れる音を鳴らしながら響は()()()()()()()()()()()

 以前、ハザードフォームとなり暴走したビルド(戦兎)を前にローグ(幻徳)が取った対処方法は、回避先にクローズとグリスがいる場所を選ぶことによる標的の変更だった。

 エボルトはそれと同じことをしたのだ。先ほど響に繰り出した攻撃に、地球外のパワーは発動していない。そのため、より脅威になり得るネフィリムに狙いを変えたのだろう。

 

 

 

「やッ、やめろォッ! やめるンだァァァァ!!」

 

 

 

 タコ殴りにされているネフィリムを見てウェルは狼狽しているが、まあいいだろう。いくら手のひらを返したからと言って、エボルトを本気で焦らせたのも事実。これくらいの報いは謹んで受けてもらおう。

 

 

 

「成長したネフィリムはッ、これからの世界に必要不可欠なものだッ! それを……それをォォォォ!!」

 

 

 

 取り乱すあまり眼鏡がずり落ちるウェル。ネフィリムの咆哮にも勝るとも劣らないその悲鳴は響には届くことはなかった。

 なんとかその巨躯を旋回させ、響を弾き飛ばすネフィリム。宙に浮いたままの響を、遠心力をつけた後ろ足で蹴り飛ばす。

 踏ん張ることができず、響はそのまま遠くまで飛ばされるも、一度瞬きをした間にミサイルのような飛び蹴りをネフィリムに突き刺していた。

 

 

 

「ウヒィィィィッ!?」

 

 

 

 完全に冷静さと眼鏡が消失したウェルの悲鳴をBGMに、響によるネフィリムの蹂躙は続く。

 地面を転がったネフィリムを踏みつけ、組み敷く。ネフィリムはもがくも、逃げることができない。外部からの妨害でもあれば話は別だが、エボルトにそれをする気はない。ウェルは論外。翼もネフィリムを助ける理由はなく、今はクリスの元で彼女を起こそうとしている。

 

 

 

「なんだってんだ……?」

 

「雪音! ……状況は混沌の一途だ。芳しいとは言えない」

 

「ッ、あのバカ……! なんで暴走なんてしてやがるッ!?」

 

 

 

 おっと、ようやくクリスがお目覚めだ。よくここまで気がつかなかったものだと観戦しながら思う。ライブ会場での闘いの際もそのきらいがあったが、近接における脆さが今後のクリスの課題だろう。

 そこさえカバーすれば、圧倒的な火力で敵を灼き尽くすクリスは相当の手練れへと成長するはずだ。

 

 ……気づけば、ネフィリムの背中に響の腕が埋まっていた。いや、何かを引き抜いた。不気味に明滅し、拍動するあれは────心臓だ。

 断末魔だろうか、ネフィリムからより一層大きな咆哮が放たれる。こちらも断末魔だろうか、ウェルからより一層大きな悲鳴が発せられる。

 

 

 

「ウッ、ウワアアアアッ!!!!! ヒイ、ヒイ、ヒイ……」

 

 

 

 まだ破壊衝動は終わらない。

 引き抜いた心臓を何処かへ放り投げ、空高く飛翔する。

 右腕を引き絞り、ネフィリムの頭部に狙いを定めている。本能的に動いているというのに、動きが的確だ。どこか黒いビルドを見ているようで、こういう時人間はセンチメンタルな気分になるらしい。

 

 響の右腕を覆う黒い何かが、槍の形を取る。ギアのエネルギーを応用すれば、あのような芸当も可能というのは感嘆しかない。

 

 

 

━━━━狂装咆哮━━━━

 

 

 

 咆哮と共に、一振りの槍となった響は慣性を無視した急降下で倒れるネフィリムへと突撃する。

 声にならないウェルの叫び。間をおかずネフィリムは爆散した。

 確認した途端、爆風に紛れ岩壁を転がりながら逃亡するウェル。それを見逃すはずも無く。この場で動く物体であるウェルに双眸を向け、腰を落とし────

 

 

 

「それ以上はよせ立花ッ! もういいんだッ!」

 

「お前、黒いの似合わないんだよッ!」

 

 

 

 両側から響を押さえつける翼とクリス。美しい友情だ。

 二人から逃れようと響は暴れる。暴風までも発しながら全身を激しく動かし、やがて光が響を包んだ。

 光が収まると、響の姿は元の制服姿へと戻っていた。それはいい。暴走はいずれ収まるものだ。問題は、

 

 

 

『ハッハッハッハッ……! 流石融合症例って所か。お前は本当に俺を楽しませてくれる』

 

 

 

 ()()()()()に怪訝な表情を浮かべる翼とは反対に、エボルトは笑っている。

 どこかへ消えたウェルと連絡を取るため通信機のスイッチを入れるも、返ってくるのはノイズばかりだ。どうやら、ナイトローグの鎧を砕いた際に勢い余ってしまったらしい。

 なら、一度マリアたちの元へ戻るのが得策だろう。その間に二課の連中に捕獲される可能性もあるが、奴は本当に面白い人間(理解不能)だ。そう簡単に捕まるタマではないだろうし、もしそうなれば自分が攫いに行けばいい話。

 そうと決まれば、翼とクリスに目をつけられない内に退散しよう。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 響の暴走をモニター越しに見つめていたナスターシャ。

 そんな彼女をじっと見つめる調と切歌。ナスターシャは見ようとせず、淡々と言葉を紡ぐ。

 

 

 

「生命力の低下が、胸の聖遺物の制御不全を引き起こしましたか……。いずれにしても────」

 

 

 

 異変はその時起こった。

 ナスターシャが突然身を震わせ、咳き込み出したのだ。本人は「こんな時に」などとボヤいているが、それで済む場合ではない。

 ぼんやりと手のひらを眺める彼女だが、そこに血が飛び散っているのが非常事態であるという何よりもの証拠だ。

 慌てながらも調と目配せし、ナスターシャは調に任せ切歌はどこかへ行ったマリアを呼ぶことにした。

 

 

 

「マリア! ねえマリアッ! 聞こえてるッ!? マムの具合が……」

 

 

 

 マリアはすぐに駆け込んできた。ナスターシャの容態を手早く確認した後、

 

 

 

「至急ドクターの回収をお願い!」

 

「……あの人を?」

 

 

 

 露骨に顔をしかめる調。切歌も同じような顔をしていただろう。こちらに隠し事をしていた上、聖遺物を得るために人間の腕ごと食わせたあの狂人に助けを求めるというのか。

 マリアも同じ気持ちのはずだ。それでも、彼が必要だとマリアは言う。

 

 

 

「応急処置は私でもできるけれど、やっぱりドクターに診てもらう必要があるッ! だから……」

 

「……分かったデス!」

 

 

 

 マリアの頼みを断る訳にはいかない。それに、たとえどんな狂人であっても、ナスターシャを助けられるのなら頭だって下げてやる。そう決めた。

 了承するなり、すぐに通路へ駆け出していく二人。まだ遠くには行っていないはずだが、あのウェルにそれが当てはまるかは疑わしい。

 とにかくしらみつぶしに探すしかないと、足を早める切歌だったが。

 

 

 

『よっ、お二人さん』

 

「今あなたに構ってる暇はないッ!」

 

「さっさと失せるデスッ!」

 

 

 

 こいつが現れた。ほんの数分前まで、情緒がおかしいのかと思わせるほど奇怪な行動をとっていたコブラ男。

 今の二人にとってはたたの邪魔者でしかない。さっさと消えてほしいと伝えるも、スタークは上機嫌な様子を崩さない。

 

 

 

『分かってるよ、ナスターシャが危ないんだろ? それでウェルを探してると』

 

「分かってるなら……!」

 

『俺も協力してやるよ。俺としてもナスターシャとウェルを喪うのは痛い。それに、今は気分がいいからなァ』

 

 

 

 まさかの協力が申し出された。ウェルに対しては「最高」だの「始末する」などと抜かしていたが、今は「最高」の気分のようだ。

 変幻自在のスタークが持つトランスチームガンを使えば、素早い移動が可能だ。その点だけでもありがたい申し出だと、不承不承ながら了承しようとしたその時。調が待ったをかけた。

 

 

 

「ドクターはナイトローグだった。じゃああなたとも連絡はつくはず」

 

「あッ、そうデスッ! この前ローグと通信してたじゃないデスかッ!」

 

『さっきの俺は少し気が立っててね。あいつの武装を通信機ごとブッ壊しちまったんだよ』

 

 

 

 悪びれもせずに何を言っているのか。それだけでなく、肩をすくめ「それくらい分かるだろ?」とでも言いたげだ。

 

 

 

「それってあなたのせい……」

 

『とにかく、せっかくの厚意は受け取っておいた方がいいぜ。今なら貸しはなしだ。俺はB地区を探す、お前たちはG地区を探してくれ』

 

 

 

 言うだけ言って黒煙を撒き散らしスタークは消えた。本当にいけすかない奴だと調と顔を見合わせる。

 数秒後、慌てて走りはじめる。ペースが完全に向こうにあった。いつの間にかこうなっているのだ。

 いつか勝ってやると燃え上がりながら、ウェル捜索を再開した。

 




手のひらモグラゲノミクスのエボルトくんかわいいね


ウェルについての補足
・この小説でウェルが台詞の前に「────」って使ってるときは単純に溜めてるときと脳内で50行くらい考えてるときの2種類あります。今回の回想シーンは全部後者です
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