戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

3 / 51
エボルトエミュより惣一エミュの方が難しいと気づいた今日この頃
よく考えたらシンフォギアキャラ全員エミュ難しいです
【26/01追記】
全文改稿しました。



EPISODE00-2(26/01改稿)

 風が吹いた。

 揺らめく炎が一際大きく巻き上がり、()()の姿を燃やさんと渦巻く。

 ざわめく木々が鳴動し、擦れる葉が()()の声を覆い隠さんと絶叫する。

 その様は、まるで地球が()()を拒絶しているかのようだ。

 

 

 

『俺はただ、お前たちの歌声に感動してるだけなんだがね』

 

 

 

 そんな自然のささやかな抵抗も無駄とばかりに、戯けた声を張り上げて見せる目の前の存在。

 炎を踏みしめ、寄りかかった幹に手をかけて初めて、その姿が明らかとなった。

 

 全身が赤く、そして黒い。

 返り血の如く全身が血の色に染まっている。

 全身を覆うメカニカルなスーツと装甲。首元に巻き付いた黒鉄色のパイプは、胸元のレリーフも相俟って管を巻く一匹の蛇のように感じさせた。

 顔を隠すフルフェイスのマスク(仮面)。目元をさらに覆う青銅色のバイザーが奏を、翼を、そして炎を反射させている。

 

 彼────体格からそう奏は判断した────から得られる情報は、全てが異質だった。

 

 

 

(コイツは────何だ?)

 

 

 

 赤い蛇の一挙手一投足を見逃さぬよう監視しながら、奏は独白する。

 一課の最新鋭パワードスーツか何かか? そんな妄想が頭を過るも、すぐに否定する。そうであれば、二課にも何かしらの連携があって然るべきだ。

 それに何より、目の前の存在の何もかもに────天羽奏の本能が、警鐘を鳴らしていた。

 

 動揺を押さえつけ、奏は蛇に向かって対話を試みた。

 

 

 

「ノイズ……って訳じゃ無さそうだよな、どう見ても」

 

『あんなのと同じにしてくれるなよ。俺に自我があることくらい分かるだろ?』

 

 

 

 やはりこちらの言語を理解している。選択肢に僅かに残っていた、新手のノイズという線を抹消する奏。

 息を呑む音。

 横に立つ翼のものだ。毅然と太刀を正眼に構えているも、その切っ先が僅かに震えている。

 

 と、その時。蛇が動いた。

 ゆったりとした、気だるげな動作で歩みを進めた彼。地面に突き刺さっていた奏の槍、それを軽々と引き抜くと、腕を振るって無造作に放り投げた。

 槍は放物線を描き、甲高い金属音を響かせながら接地。地面を転がるそれは、狙ったように奏の足元で停止した。

 

 

 

『ほら、お前のだろ。自分の武器は大事にしないとな』

 

「……ハッ。ご丁寧にどうも」

 

 

 

 息を吐き、足元の槍を蹴り上げる。柄を握り得物の感触を確かめた後、穂先を下げて構えを解いた。下手な刺激は止した方がいいだろう。

 何が目的だ? 敵だとして、なぜわざわざ塩を送った?

 尽きない疑問。とにかく今は情報を集めるべきだ。そう判断した奏は彼へと声を張り上げた。

 

 

 

「初対面なら自己紹介くらいしたらどうだ? それともこのまま、"コブラ男"とでも呼べばいいのかい」

 

『ハハハ、コブラ男かァ。見たままだな。

 だが残念! もっとスタイリッシュな名前だよ、俺は』

 

「へえ。なら、教えてくれてもいいじゃないか。名前なんて減るもんじゃないだろ?

 知られて困ることがないんなら……だけどな」

 

 

 

 肩を揺らし、くつくつと笑うコブラ男。

 少しでも気を抜けば、ペースを向こうに持っていかれそうだ。

 翼は接触時より口を開かない。僅かに聞こえる浅い呼吸、彼女も動揺を見せないよう努めているらしい。

 

 それらしくやり取りを続けているものの、斯くいう奏もこの分野は門外漢だ。

 腹芸は弦十郎たちの領分。見様見真似でここまでやっているが、それもいつまで持つか。

 本部との通信が途絶している以上、自棄でもやってやるしかないのだが。

 

 そんな思考と時を同じくして。

 コブラ男が頭を揺らした。

 

 

 

『まあ、そう時間がある訳でもないしな。いいだろう、教えてやる』

 

「……!」

 

 

 教えてやる、確かに彼はそう言った。

 僥倖だ。少しでも相手の情報、そして()()が欲しい今の奏にとっては渡りに船だった。

 

 もったいぶるかのようにコブラ男は両手を広げ、仰々しい仕草で口を開く。

 

 

 

 

 

────俺は【ブラッドスターク】。

 堅苦しいのは好きじゃない、気軽にスタークとでも呼んでくれ』

 

 

 

 

 

 コブラ男────ブラッドスターク。

 ブラッド。それは血を意味する言葉。なるほど、あの姿を言い表すにはこれ以上なくおあつらえ向きだ。

 

 名前は分かった。次は目的あたりを探りたいところだが、そう易々とはいかせてくれないだろう。

 加えて、進行形で起きている本部との通信障害。これもスタークが関わっていると見た方が建設的だ。

 これ以上問題を複雑にさせたところで、奏がすぐに理解できるはずもない。ならば要素は絞った方がいいはずだ。

 その辺りも聞き出したいが、さて。

 

 

 

「ブラッドスタークッ!」

 

『おっと?』

 

 

 

 始めに動いたのは翼だった。正眼に構えていた刃をスタークへと向け、鋭く叫ぶ。

 完全な戦闘態勢。下手に動くのは危険、だがこうなってしまった以上仕方がない。奏は槍を握る手に力を込め、いつでも翼の援護に回れるよう意識を割いた。

 

 

 

「答えなさいッ! 貴方の所属・目的は?

 貴方には回答の義務があります。従わない場合は……」

 

『おいおい、まずはその物騒なものを下ろしてくれよ!

 こちとら丸腰なんだ、震えて話もできやしないだろ?』

 

 

 

 翼の舌の根も乾かぬうちに、スタークは両手を上げて全身を大きく震わせた。

 怯えたような声色に仕草だが、まともに取り合う気がない。それどころか煽りまで入れる始末だ。

 翼が太刀を振り上げるのもある意味当然と言える。

 

 

 

「答える気がないならッ!」

 

「待て翼ッ!」

 

「でも奏ッ」

 

 

 

 左腕を広げ、翼の前に。今にも飛び掛からんと腰を沈めていた彼女だったが、寸でのところで阻止できたようだ。

 だが翼は暴発寸前。それも当然だ、この異常な状況で平静を保てる人物などそうはいない。

 奏とて、翼が隣にいるからこそここまで平静を装えているのだから。

 

 

 

「落ち着けって。なっ」

 

「……そう、だよね。ごめん奏」

 

 

 

 振り上げた太刀を止め、翼はゆっくりと腕を下ろした。

 顔を俯かせる翼、その揺れる瞳の奥に垣間見える感情は察さずとも理解できる。

 

 再び、笑い声。

 彼もまた腕を下ろし、腰に手を当て二人の様子を眺めていた。

 

 

 

『なるほどなァ、それなりに信頼関係は築けてる訳か。なかなかいいコンビだ。お墨を付けてやるよ』

 

「……あのなあ。アンタ、あたしらに用があって来たんじゃないのかい?

 今のところただおしゃべりしてるだけに見えるんだけどね」

 

『心配するな。俺の目的は、お前たちと直に(まみ)えることだ。邪魔者もいないことだし、もう少し三人でゆっくりしていこう』

 

「邪魔者だって? やっぱ、この通信障害はアンタの差し金だったか」

 

『さてね。だが事実だろう?』

 

「事実な訳はないッ! 職員方は銃後の護り、その責務を全うしておられるのだからッ」

 

「ああ。あたし達は二課のみんなを邪魔だなんて思ったことないし、そもそもさ」

 

 

 

 会話の応酬。

 言葉の端に見え隠れする悪意は、どう考えても二人を激昂させるのが目的だろう。

 腹立たしいが、見え見えだ。翼も言葉こそ荒げているも、先のように斬りかかる様子を見せていない。この短期間で奴の手口はおおよそ掴めた。

 

 そして何より────スタークが思い違いをしていることに、彼自身がまだ気づいていない。

 悠々と会話を続けていることがその証左だ。

 

 

 

「スタークさんよお……ちょっとうちの大人たちを舐めすぎちゃいないか?」

 

『……何?』

 

 

 

 怪訝な様子で僅かに首を傾けたスターク、その声色から侮りが消える。

 ()()を眼中に入れようともしなかった。だからこうして出し抜かれるのだ。

 彼が困惑の声が漏らした、その僅か一秒後のことだった。

 

 

 

 

 

〈通信回復! まもなく映像も復帰しますッ!〉

 

〈よォしッ! お前達、十全だなッ!!〉

 

 

 

 

 

 その声が聞こえたと同時、奏は通信機の設定をスピーカーに変更する。

 裂帛の怒号が夜空に響く。一瞬の間を置いて、無事な樹木から烏の群れが一斉に飛び立った。

 

 燃え盛る炎にも負けぬ熱を帯びた、その男こそ────。

 

 

 

「叔父様ッ!?」

 

「ああ! あたしも翼も万全だッ!」

 

 

 

 特異災害対策機動部二課司令官、風鳴弦十郎。

 ようやく大将のお出ましだ。

 

 

 

〈先んじてそちらの音声は回復していた。おかげで状況は把握している。

 ……ブラッドスターク、そう言ったな。話し足りないのなら、次は俺の質問にも答えてもらおうか〉

 

『…………』

 

「せっかくダンナが話しかけてくれてるんだ、返事くらいしたらどうだい?」

 

 

 

 槍を肩に担ぎ、奏はスタークにそう告げた。

 自然と口角が上がる。それは不敵の笑み。二人きりで戦っているのではないのだと、弦十郎の声が背中を押してくれている。

 

 対してスタークに動きはない。

 驚愕による硬直か、はたまた計画の綻びに苛立っているのか。定かでないが、奴の鼻を明かせたことは確かだ。

 余裕の態度を崩さず、奏は奴の動きを観察する。

 

 

 

〈内容は翼から聞いているだろう、お前には回答の義務があるともな。

 間もなく映像も回復する。出方次第では、こちらもそれなりの動きを取らせてもらうぞ〉

 

『……フ』

 

 

 

 スタークが息を吐いた。

 嘆息か────いや違う。

 肩を小刻みに揺らし、身を屈めている。その様は苛立ちとは程遠く、むしろ真逆のように思えた。

 

 笑っているのか? この状況で?

 顔から笑みが消えたのを自覚する。彼へと果敢に睨み合っていた奏だが、悲しいかな、根本的に舌戦の経験に乏しい。

 意味不明な状況に追い込まれてなお、笑みを崩さないほどの余裕はないのだ。

 

 

 

 

 

『フ……フッハハハハハハッ!!』

 

 

 

 

 

 とうとう隠そうともせず、スタークは腹を抱えて笑い出した。

 文字通り抱腹絶倒。背を丸め、ばしばしともう片方の手で膝を叩くスターク。奏は自分が半ば無意識に足を後ろにずらしていることに気づき、慌てて踏みとどまった。

 

 

 

『装者以外も案外やってくれる……こいつは面白い! そうこなくっちゃあ張り合いがないからなァ!!』

 

「……何を面白がってやがる? 早いとこ答えた方が身のためだぞ。

 聞いただろ、もうすぐ映像も回復するって」

 

『ああ、目的だったか?

 ツヴァイウィングの顔を見に来ただけだって言っただろ。今それ以上の目的はない』

 

〈まだ所属について答えていないようだが。一課のデータベースにも、お前の存在を示唆するものはなかった。

 今一度訊く、お前の所属を答えて貰おうか〉

 

『お前達に俺の顔を見せるのはまだ早い。時期を見てこっちから挨拶しにいくさ。

 面白いものも見られた事だし、今日は大人しく退散するよ』

 

 

 

 そう言ったスタークの右手には、いつしか黒い物体が握られていた。

 炎に照らされ明らかになったその形────拳銃。

 何が丸腰だ。胸の内で悪態をついた奏だが、相手が武装しているとなれば話は別。悠長に話している暇はない。

 

 翼と目線を交わしあう。

 彼女の視線に小さく頷きで返した奏は、地面を踏みしめ跳躍した。

 

 

 

「撤退など……(まか)り通らせはしないッ!」

 

 

 

━━━━━━━━蒼ノ一閃━━━━━━━━

 

 

 

 強化された脚力で瞬時に樹上へ到達する。地上では、ちょうど翼が大剣を振り下ろしているところだった。

 蒼ノ一閃。ノイズを両断せしめる、研がれた蒼き斬撃が放たれる。だがその軌道は、僅かにスタークの正中を外れている。

 

 一閃の回避、あるいは無視と同時に、接近した奏がスタークの武装を解除する算段。

 即席かつシンプル。だがそれ故に相手の動きも予測しやすい。

 

 

 

『通るさ』

 

 

 

 彼が取った手段は無視。牽制だと見抜かれていたようだ。だがあたりはつけていた。狙いはブレず、スタークの右手に。

 急降下。スタークの目前に着地と同時、奏は鋭く腕を振るった。

 

 ────その時のこと。

 突然、奏の視界が白く染まった。

 

 

 

「なッ……!?」

 

【スチームアタック! ライト!】

 

 

 

 

 

 何が起きた? いや、直前の銃撃音。

 閃光弾。思考が行きつくより先に、奏は反射的に目を瞑った。夜闇が反転したかのような白色に、目の奥がずきりと痛む。

 追撃を中断させられている。この光はどうしようもなく、スタークに撤退の時間を与えていた。

 

 

 

『じゃあな!』

 

「くッ……待ちやがれッ!」

 

 

 

 破れかぶれに槍を薙ぐも、その穂先が切るのは空。

 

 間もなく視界が回復していく。次第に瞳孔が開き、燃える森の輪郭が明らかとなる。

 だが、その場に彼の姿があるはずもなく。

 

 

 

「……クソッ!!」

 

 

 

 風に乗ってサイレンの音が僅かに届く。消火活動が始まろうとしているのだろう。

 司令室による追跡も空しく、ブラッドスタークは見事撤退に成功した。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「で。その人物……識別名ブラッドスタークは、光に乗じて姿をくらました、という筋書きね」

 

「現場の検分に当たっていますが、目ぼしいものは何も」

 

 

 

 本部に帰投して間もなく、奏たちは事情説明に追われていた。

 司令室に記録されているのは音声のみ。スタークの姿を直接確認しているのが奏と翼しかいない以上、この流れも当然と言える。

 

 そろそろ舌を回すのも疲れてきた。

 奴との舌戦に、形式ばった報告。柄にもないことを続けた疲労感が奏の肩を重くさせるが、そうも言っていられないのが現実だ。

 正体不明の存在の登場など紛れもなく非常事態。情報の連携は綿密さが求められる。

 

 了子の要約を、折目正しくスーツを着こなした優男が報告書片手に補足する。

 彼こそ、奏たちのマネージャーかつ二課のエージェントでもある緒川慎次。彼の報告からも、一切痕跡を残すことないスタークの周到さが窺えた。

 

 

 

「ま、報告内容はこんなところかしら?」

 

「うへ~っ、ようやく一段落か! ここまで喋り倒すと、変に疲れるねえ」

 

「お疲れ様~! 色々根掘り葉掘り聞き取っちゃったけど、結局のところ二人の無事が何よりよ。

 そうでしょ、弦十郎君」

 

「うむ。奏も翼も、白か黒かすら定かでない正体不明の存在相手によく立ち回ってくれた」

 

 

 

 日付が変わろうとしていた頃、ようやく報告が一段落。

 空気の弛緩と共に、奏は談話スペースのソファに沈み込んで気の抜けた声を吐いた。

 隣には背を伸ばして腰掛けている相棒の姿が。報告を終えても姿勢を崩さないとは、相も変わらぬ真面目ぶりだ。

 

 

 

「あの……司令」

 

「どうした、翼」

 

 

 

 などと考えていたその時、翼がすっと手を挙げた。

 場の視線が集中する中、彼女は傍らの鞄から何かを取り出した。

 スケッチブックだ。なぜこのタイミングで? そんな疑問が首をもたげる。

 

 ふと周囲を見渡すと、弦十郎の後ろに控えていた慎次が笑みを浮かべているのが目に入った。

 笑みは笑みでも、あれは苦笑いだ。彼のあの反応に、翼が取り出したスケッチブック。少し考え思い至った奏もまた苦笑する。

 

 

 

「僭越ながらこの風鳴翼、奴の似顔絵を作成してみました」

 

「あ、ああ。似顔絵……似顔絵か。そうだな、確かにそれはありがたいが……」

 

「わざわざ描いてくれたの? いいじゃない! 私結構好みなのよね〜、翼ちゃんの芸術作品」

 

「あの奇ッ怪な姿を忘れられる筈がありましょうか。そうでしょ奏?」

 

「えっ? あー、うん。そうだよな」

 

 

 

 空気はすでに普段のものへと戻っていた。

 翼の発言に弦十郎は言葉を詰まらせ、了子は興味津々と身を乗り出している。

 風鳴翼が似顔絵を描いたともなれば、このような反応になるのも必然。翼の”それ”は、既に二課には知れ渡っているのだ。

 

 

 

「では、こちらを。精巧に写し身を描き出せたと自負しております」

 

「うむ。……こ、これはッ」

 

「あら……」

 

「翼さんらしいというか、なんというか……」

 

「皆さん、どうかなされましたか?」

 

「みんなびっくりしてるんだよ、アンタの絵にさ」

 

「びっくり……? どうして?」

 

 

 

 皆の反応は三者三葉。

 瞠目する弦十郎。微笑ましいものを見るかのような目つきで、絵ではなく翼を眺める了子。

 苦笑したまま頬をかく慎次の姿を認めた翼は、首を傾げて疑問を口に出した。

 

 その後誰も、スケッチブックの中身────赤と緑のペンで描かれた、謎の物体に言及することはなかった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 和やかな空気の中、緊急のミーティングは終了した。

 本部通路に設けられた休憩スペース。そこに設けられた椅子に腰かけた奏は頬杖をつき、ミネラルウォーターのボトルを傾けながら今夜のことを思い返していた。

 

 現れた正体不明の存在。あの言いようから、今後も二人の前に現れると見ていいだろう。事実、弦十郎たち司令室の面々も同じ意見だった。

 

 

 

「にしても、また妙な奴に目をつけられちまったもんだね。ああいう手合いはダンナに任せたいんだけど、そういう訳もいかないよなあ」

 

「…………」

 

 

 

 そうボヤきつつ、隣に座る翼の反応を窺う。

 顔を俯かせた彼女はただテーブルの木目を数えている。真一文字に結ばれた口に、膝に置かれた握り拳。

 奏もまた口を閉じ、微かな空調の音のみがその場に滲んでいた。

 

 長い付き合いだ。翼の考えくらいは何となく理解できるつもりでいる。

 しばしの静寂。居心地の悪さはない。

 先に声を発したのは、翼の方だった。

 

 

 

「奏は……怖くないの?」

 

「怖い、か」

 

 

 

 視線は下へと向けられたまま、翼の言葉がぽつりと落ちる。

 明確な返答をすることなく、奏はただ続きを促した。

 

 

 

「今までわたしたちは、人類守護の(つるぎ)と槍として"特異災害”のノイズとだけ戦ってきた。けれどブラッドスタークは違う。

 奴からは明確な意思────悪意を感じた」

 

「ああ、確かにそうだ。ノイズ共に感情はない。あいつは……まあ、見たままだよな」

 

「わたしは怖かった。ただその恐怖を誤魔化そうと、挑発に乗ることしかできなかった」

 

 

 

 ノイズと戦っている。

 実際そうだし、そう言えば聞こえもいい。だがつまるところ、奏も翼が行っているのは”災害救助”だ。そこに人類のみを破壊しつくすノイズが在る限り、二人から”戦士”の肩書が消えることはないのだが。

 だからこそ、人型相手の正面切った戦闘など経験がない。権謀術数の片鱗を嗅ぎ取ることはあっても、戦場でそのような相手と相対することなど一度もなかった。

 

 それが覆されようとしていることに、言いようのない戸惑いを抱く翼。

 自らの肩を抱き、彼女は続ける。

 

 

 

「でも奏は違った。奴から情報を聞き出そうと頑張ってた。

 そんなこと……わたしには、とても出来ない」

 

 

 

 眉を下げ、絞り出すように呟かれたその言葉。

 奏はしばし黙考し、

 

 

 

「翼」

 

 

 

 そっと、翼の肩を抱き寄せた。

 

 

 

「奏……?」

 

「あたしも同じさ」

 

 

 

 腕の中で奏に身を預けていた翼が勢いよく見上げてきた。

 ようやく目が合った。その顔は”信じられない”とでも言いたげだ。目を見開き口を開ける彼女の姿が可笑しくて、奏の頬が僅かに緩む。

 

 

 

「同じ、って……そんな訳ないよ。だって奏は一歩も退かずに」

 

「横に翼がいたからね」

 

「わたしが……?」

 

 

 

 視線を外し、上を見上げる。

 天井で光を放つ、調光された電灯が二人を見下ろす。その眩しさに目を細めながら、奏は切り出した。

 

 

 

「あたしはノイズ相手なら、地獄の底にだって墜ちていける。でもあいつは違う。ダンナが言ってたみたいに、敵かどうかもはっきりしねえ」

 

 

 

 あの日、ノイズに家族を奪われた奏の人生は、一度終わった。

 その後の彼女を突き動かすものは、黒く激しく燃え上がる憎悪の炎だけ。人と死して、戦士として生きることを決めてからも、それは変わらない────はずだった。

 

 

 

「怖かったさ、あたしも。それでもああしていれたのは……アンタがいたからだよ」

 

 

 

 腕に感じる確かな温もり。

 離れていても感じるそれは、あの燃え盛る森でも奏の足を踏み留まらせてくれた。

 

 

 

「だけどあたしも翼も、無理して変わる必要なんてないって思ってんだ。

 怖さを知ってる分、もっと強くなれる……って、よく言うだろ?」

 

「確かに、叔父様もそんな事を言ってたような……」

 

「はは、ダンナのお墨付きなら金言だね! まあとにかく」

 

 

 

 けらけらと笑うと、釣られた翼もくすりと笑った。

 息を整え、奏は続ける。

 

 

 

「あたしらは一人じゃない。ダンナも、了子さんも、緒川さんも。オペレーターのみんなだっている。

 何より隣に相棒がいるだろ? お互いに」

 

「……うん」

 

 

 

 腕を強く寄せる。

 憎悪は今も変わらない。けれどそれだけでなくしてくれたのが、風鳴翼その人だった。

 

 憎しみを抱けない相手への立ち回り方など、奏は知らない。

 知らないことは恐怖に繋がる。けれど、隣にはいつも大切な片翼が立っている。ただ、あの場でそれを思い出しただけに過ぎない。

 

 

 

「もし次あいつが襲ってきたら────その時は、二人の歌で返り討ちにしてやろうじゃないか。

 ”いつも通り”、にね」

 

 

 

 顔を合わせ、翼と額を合わせる奏。

 うまく言えている自信はない。それでも、心からの言葉であることは確かだった。

 どれほどそうしていただろうか、しばらくして奏は翼の肩を軽く叩いて立ち上がる。明日はせっかくの休日。やりたいことが山ほどあるのだ。

 

 翼に別れの言葉を告げ、その場を去ろうとした直前のこと。

 背中に声がかけられた。

 

 

 

「奏」

 

 

 

 振り返ると、立ち上がった翼の姿が。

 その顔に今までの翳りはない。僅かな沈黙の後、彼女は胸に手を当て、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「────ありがとう。本当に」

 

 

 

 自然な笑顔だ。やはり、笑顔の方が翼に似合う。

 正面から純粋な感謝を告げられたことに、珍しく気恥ずかしさを抱く奏。今更そんなことを覚える間柄でもないのだが。

 

 

 

「よせって! こっ恥ずかしくなっちまう」

 

 

 

 そんな感情を誤魔化すように奏は大口を開け、ひらひら手を振り笑い飛ばした。

 

 

 

「あっ、そういや」

 

 

 

 すっかり忘れていた。

 奏は慌ててショルダーバッグから目的のものを探り当て、引き抜いたそれを翼へと手渡した。

 小さな小包。重みのない、青色の包装で(くる)まれたそれを受け取った彼女は小首を傾げる。

 

 怒涛の半日だったのだ、忘れていても無理はない。

 二つあるそれ、一つはすでに開封している。バッグから開封済みのそれを取り出し、翼へ向かって掲げて見せた。

 

 

 

「緒川さんからこいつを預かってたんだ。特に怪しいものでもなかったってさ。ま、当然だけど」

 

「それってアロマオイル? 確か石動さん……からのプレゼントだよね」

 

 

 

 丸みを帯び、デフォルメされた天使の羽のようなデザインのボトル。その中には黄色い液体が入っている。

 僅かに粘度を含むその液体を揺らしながら、奏は慎次の説明を思い出した。

 

 プレゼントを預けられた慎次は、傷がつかないように包みをほどき、開封。安全性を確認────商品が既製品であることや、細工の痕跡の有無など多岐にわたる────した後、丁寧に包みを戻し、奏へと返した。

 奏も説明を受けるまで一度開封されたことに気づかなかったのだ。敏腕マネージャーの手腕に感服しながら受け取った彼女は、二つ入っていた小包を翼にも渡すよう頼まれていた。

 

 

 

「早速使ってみるね。香りも違ってたりするのかな」

 

「じゃあ明日にでも答え合わせするかい?」

 

「そうだね。ちょっと楽しみかも」

 

 

 

 外箱のリボンだけでなく、内側の包装までそれぞれのイメージカラーに合わせてくれていた。

 石動美空と名乗った彼女、ファンサでもしよう日には失神してしまいそうだ。そんなことを夢想しながら、奏は翼と並んでその場を後にした。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 それから二か月もの間、ブラッドスタークは断続的にその姿を現し続けた。

 彼が現れる度映像はシャットダウンされ、未だその姿を見たものはツヴァイウィングの面々のみ。

 

 戦闘管制に支障が出ているも、未だ明確な敵対行為は見られていない。

 それどころか、二課のノイズ殲滅に協力するような素振りすら見せている。初接触時携帯していた銃型武装の他、第三回接触時には短剣状の近接武器の所持も確認。

 ノイズに向けて発砲を敢行するも、武装に位相差障壁の調律作用は備わっていないことが判明した。

 依然としてその素性、真意は明らかとなっていない。

 

 そんな中、時間はとうとうライブ開催の日付を刻んだ。

 Project:Nの準備は順調、一切の滞りなく開場時間を迎え、会場は10万もの観客で埋め尽くされる。

 

 

 

 午後5時────万雷の歓声を浴びて、歌姫たちがステージへと降り立った。




戦闘シーン書くのクッソ難しいですね……
もうちょっと臨場感出したい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。