戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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あと7話と間章1話で2期編終わります
間章は書き終わってるので後7話書くだけてすね うせやろ?

後書きにハザードレベルの捏造設定について書いてます。めちゃくちゃ長いです。


EPISODE10「君でいられなくなるキミに」

 形勢一変。ウェルを捜索していた追跡班との交信が途絶した。それとほぼ同時に二課の先端技術が検知した多数のノイズ出現パターン。

 目まぐるしく更新される情報の波を冷静に掻き分け、弦十郎は鋭く指示を飛ばす。

 

 

 

「翼とクリスくんを現場に回せ! 何としてでも、ソロモンの杖の保有者を確保するんだッ!」

 

 

 

 追跡班の反応が途絶えたと同時にノイズが出現した。明らかに出来すぎている。ソロモンの杖の保有者、つまりウェル博士が現場にいる可能性が高い。以前までと違い、白昼堂々とノイズを召喚しているということはよほど追い詰められているのか。

 兎にも角にもまずは装者を急行させねばならない。不幸中の幸いと言うべきか、未だ破壊の跡が残っている出現地点に居住する一般市民はほとんどいない。

 

 

 

「ノイズとは異なる高質量エネルギーを検知ッ!」

 

「波形の照合急ぎます!」

 

 

 

 朔也が叫び、あおいが作業を進めている。ノイズとは異なる高質量エネルギー。おそらくウェルが現場にいる以上、あちらの装者たちに先を越されてしまったのかもしれない。

 装者との戦闘になる可能性があると急ぎ翼とクリスに伝令しようとする弦十郎だが、通信を繋げる直前にモニターにエネルギーの照合結果が表示された。

 

 途端、凪のように静まり返る司令室。

 考え得る限り最悪の結果がそこには表示されていた。思わず、その名を口にしてしまう。

 

 

 

「ガングニール……だとォッ……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

EPISODE10 君でいられないキミに

 

 

 

 

 

 

 

 

(力が漲るッ……!)

 

 

 

 鎧から────否、()()()放たれた灼熱の風が、木の葉を灼く。

 

 

 

「この熱気……」

 

「立花さんが?」

 

「どうなっちゃってんの!?」

 

 

 

 後ろで弓美たちが何か言っている。未来の声は聞こえない。ただ、息を呑む音が耳に入った。どうしたことか、今の響はそれほど小さな音までも知覚できるようになっている。

 これは一体────。

 

 

 

「いつもいつもッ! 都合のいい所でこっちの都合をしっちゃかめっちゃかにしてくれるッ! お前はァァァァ!!」

 

 

 

 思考を中断する。目の前にはノイズの軍勢。身体が熱い。つまり、初めから全力で戦える。

 火照る熱気を稲妻へ変え、雷の如く揺らめく右手を握り潰した。

 

 

 

「想いを貫け! 3、2、1! ゼロッ!!」

 

 

 

 飛び込むノイズに()を叩き込む。

 ヒーローになどなる気はない。そんなものが要らない世界へ変えるため、響はこの手を伸ばすのだ。例えそれが────でも。

 

 

 

「いつもッ! いつもッ! いつもッ! いつもいつもいつもォォォッ!!」

 

 

 

 ウェルが腕を振り回すごとに、彼を取り巻くノイズがその密度を増していく。片っ端から拳で、脚で、発勁で屠る。響の敵ではない。

 腕部の鎧が変形、巨大化。希望が宿るこの腕を振りかぶり、進むべき路を見定める。

 

 

 

「行、けぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

 

 瞬間、吹き荒れる爆風。空気を揺らし、炎をも発しながら一直線に突き進むその様は撃槍の如く。灼熱の槍が通った跡には、炭さえ残っていなかった。

 熱く響き、熱く歌うこのハート。心に流れる涙を気化させ、吼え猛る。

 拳撃の余波でウェルの周囲を蠢いていたノイズが尽く蒸発する。あらゆる感情が織り混ぜになったような表情を見せるウェル。彼とソロモンの杖を確保しようと手を伸ばし────。

 

 

 

「盾ッ!?」

 

「何とノコギリ」

 

 

 

 高速で回転する盾、いやノコギリ。

 このような芸当ができる人間を響は一人しか知らない。

 

 

 

「調ちゃんッ!?」

 

「この身に鎧うシュルシャガナは、おっかない見た目よりずっと汎用性に富んでいる。防御性能だって不足なし」

 

「それでも、全力の二人がかりでどうにかこうにか受け止めてるんデスけどねッ……!」

 

 

 

 シュルシャガナのシンフォギアを纏う装者、月読調が響の拳を受け止めていた。

 彼女のヒールに装着されているローラーが負荷により悲鳴を上げている。調だけならこのまま殴り抜けることは可能だろう。だがそうもいかない理由が調の後ろにいる。

 イガリマを纏う装者、暁切歌だ。彼女が鎧から射出したアンカーを突き刺し二人がかりで拳の勢いを止めている。とはいえ、今なら少し力を込めれば容易に突破できそうだ。

 

 

 

「ごめんね、切ちゃん。わたしのヒールじゃ踏ん張りがきかないから」

 

「いいってことデス!」

 

〈……聞こえてるわね? 二人とも〉

 

「ドクターを回収して、速やかに離脱……」

 

「それはもちろんそうなのデスが!」

 

 

 

 どうしたことだろう、先ほどまでの鋭敏な聴覚はどこへやら、声がよく聞こえない。滲む視界に白熱する思考が響から平衡感覚を奪っていく。

 思考が焼き切れる前に響は鋸を粉砕し、調たちと距離を取った。その隙に緑色の人型(切歌)白い人型(ウェル)を回収された。つまり、ソロモンの杖も向こうの手に亘ったということだ。

 

 

 

「アイツを相手に、言うほど簡単ではないデスよ……」

 

 

 

 心臓が破裂しそうなほどに拍動する。息が苦しい。気づけば響は地に膝をついていた。

 酷くなる耳鳴り。ホワイトアウトする視界。鈍くなる感覚。一体何が起こっているのか。

 

 

 

「頑張る二人にプレゼントデス!」

 

 

 

 刹那、全身の感覚が引き戻される。

 ウェルが二人に何かを施した。首筋に注射器を押し当て中の液体を投与したのだ。緑色の液体、あれは翼が言っていたLiNKERというやつだろう。かつて奏が使用していた薬品を、マリアも投与している可能性が高いという。

 ここでその可能性は確信へと変わった訳だが、とにかく今のウェルの行動が危険なものであることは直感した。

 異様な様子の二人がその証拠だ。

 

 

 

「何しやがるデスかッ!? 効果時間はまだ余裕がある……」

 

「だからこその連続投与です。あのバケモノに対抗するには、今以上の出力でねじ伏せるしかありませェン! そのためにはまず、無理矢理にでも適合係数を引き上げる必要があります」

 

「でも、そんなことすればオーバードーズの負荷で……」

 

「ふざけんなッ! なんでアタシたちが、アンタを助けるためにそんなことをッ!」

 

「するデスよッ! いえッ、せざるを得ないのでしょうッ!貴女達が連帯感や仲間意識などで、私の救出に向かうなど到底考えられない事ッ!

 大方あのオバハンの容体が悪化したとかでおっかなびっくり駆け付けたに違いありませェン!」

 

「「…………」」

 

「病に侵されたナスターシャには、生化学者である私の治療が不可欠ゥ〜〜。さあッ! 自分の限界を超えた力で、私を助けてみせたらどうですかッ!」

 

 

 

 いつかの夜のような元気を取り戻したウェルは大声でまくし立てる。

 "連続投与"、"無理矢理にでも適合係数を引き上げる"、"オーバードーズ"。物騒な単語の満載だ。

 感覚こそ元に戻ったものの、胸の動悸は激しさを増すばかり。それでも響は立ち上がらねばならない。まず間違いなく、ウェルが二人にさせようとしているのは穏やかなことではないはずだ。

 胸を押さえながらもなんとか立ち上がる。胸の拍動がやけに響く。対するあちらも、なぜか息が荒くなっているようだ。案の定ロクなものではなかったということだろう。

 

 

 

「……やろう、切ちゃんッ! マムのところにドクターを連れて帰るのが、わたしたちの使命だから!」

 

「絶唱……デスか」

 

「そう……YOUたち歌っちゃえYO! 適合係数がてっぺんに届くほどォ、ギアからのバックファイアを軽減できる事は過去の臨床データが実証済みィ!

 だったらLiNKERブッこんだばかりの今なら、絶唱やりたい放題の歌いほうだーいッ!」

 

 

 

 両手を大きく広げ、舞台上の俳優のような大仰な仕草でウェルは力説する。演説のように淀みなく放たれる言葉は、要するに"絶唱を唄え"ということだ。

 「歌うな」と叫ぶも、その動作に必要なだけの酸素が足りない。全身の細胞が酸素を求め、喉まで出かかったところで言葉が千切れていく。

 

 

 

「やらいでか……デスッ!!」

 

「絶唱ッ……!?」

 

 

 

 朧げに聞こえてきたのは、滅びの歌。

 クリスが、翼が、そして奏が命を懸けて紡いだ歌だ。そして響は絶唱によって散華した者を知っている。

 

 

 

「だめだよ……LiNKER頼りの絶唱は、装者の命をボロボロにしてしまうんだッ!」

 

「女神ザババの絶唱二段構えッ! この場の見事な攻略法ッ! これさえあれば……」

 

 

 

 ウェルを無視し、なんとか絞り出した声で二人を止めるもその声は二人に届かない。

 あぐねるうちに、とうとう最後の句が紡がれた。瞬間、爆発的に膨れ上がったフォニックゲインが周囲を破壊する。

 

 

 

「……これでなますに刻めなくとも、動きさえ封殺できればッ!」

 

「続きっ、魂を両断するイガリマの絶唱! まさにッ! 絶対に絶対、デェス!!」

 

 

 

 響は知る由のないことであるが、現在彼女が相手にしているのは「現代に蘇った戦女神」と言っても差し支えないほどのものだ。

 シュルシャガナの絶唱は無限軌道から繰り出される終わりのない斬撃。通常であれば────絶唱を使わせるような敵に通常というのもおかしいが────対象は原型も残らない程度に刻まれ、その活動を停止するだろう。

 続き放たれるのはイガリマの絶唱だ。対象の魂を両断するイガリマを以ってすれば、そこに物質的な防御手段などあり得ない。調の攻撃はなんとかなっても、続く切歌の一閃は防ぎようがないのだ。

 当然逆も然り。これこそがウェルの提唱する絶唱二段構え。つまり、響は外面的にも内面的にも非常に危険な状況に置かれている。通常の人間ではここから切り抜けられる可能性など皆無に等しい。

 

 

 

 

 

────尤も。相手にしているのが融合症例第一号(立花響)であることを除けば、の話だが。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 最初に異変に気づいたのはウェルだった。

 

 

 

「……えぇッ!?」

 

 

 

 流石というべきか、有頂天になっていた彼は異変を目敏く感じ取り、すぐに踊るのをやめた。

 異変の正体は考えずとも解る。調と切歌が放出していた莫大なフォニックゲインの波動が消えたことだ。空気を震わすエネルギーは次第に弱まり、ついには完全に────LiNKERを追加投与する前の状態にまで戻った。

 エネルギーレベルが絶唱発動まで高まらないということは、当然だが絶唱は不発に終わることと同義。道理に従うように、巨大化・展開された二人のアームドギアは駆動を止め、絶唱を放とうとした痕跡は一切消え去った。

 

 一体誰が?

 いや、それは愚問だ。考えられる可能性は一つしかないのだから。ここで投げかけるべき疑問は「どうやったのか(ハウダニット)」である。

 下手人に視線を向けるのと、彼女の周囲に起こった異常を感じ取ったのは全く同時だった。

 

 

 

 

 

「────セットッ! ハーモニクスッ!!」

 

 

 

 

 

 瞬間、吹き荒れる爆風。立花響を中心として発生した陽炎が正常な判断力を奪っていく。

 季節は秋。いくら晴れているからといっても、陽炎などが起こる季節ではない。しかし今それが起こっているということは、それほど極端な温度の差がこの一本道に存在しているという証左だ。

 よく見れば、立花響が発光しているではないか。フォニックゲインによるものではない、あの光は彼女自身から発せられている。

 

 

 

「二人に……絶唱は使わせないッ……!」

 

 

 

 左右の腕部ユニットが一体化し、その中に絶唱二発分のフォニックゲインが充填される。

 足を踏み締めた途端、彼女の足元が発火する。拳を天へ突き上げたと同時に発生する虹色の竜巻。ライブ会場の一件にて確認されたあの技と酷似していることにウェルは気付く。

 複数人の絶唱を立花響が繋ぎ束ね、撃ち放つコンビネーションアーツ「S2CA」。確かあの時は他の装者と直接接触して発動していたはずだが、今はどうだ。ここから立花響までの距離はおよそ10メートル。これを彼女の成長と見て驚異度を上方修正するべきか、それとも────。

 

 

 

(ドクターを連れて、急ぎ帰投しなさい〉

 

 

 

 調が耳に手を当て誰かと通信している。十中八九相手はマリアかナスターシャだろう。

 これからのことについて指示を受けているに違いない。ウェルと立花響をチラチラと見たり見なかったりしている。

 

 

 

「だけど、今なら……」

 

 

 

 自分を連れ撤退するよう命じられたのだろう、調は膝をつき無防備な状態の立花響を見て意義を唱えようとするも、数秒後渋々といった様子で首を縦に振った。

 まあ、ウェルとしても深追いは禁物という点には同意である。既に立花響が聖詠を口にし、シンフォギアを着装して数分が経過している。その上自身を確保するため調と切歌も乱入してきた。

 つまり、三種類の高質量エネルギーが観測されているはずなのだ。二課が詳細を知り得ないシュルシャガナとイガリマはともかく、ガングニールが────立花響が戦闘を開始したことは既に向こうにバレている。

 

 等と云いつつ。もっともらしく御託を並べてきたが、一番の理由は別にある。

 手元の物体を壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめる。このネフィリムの心臓だけは奪われるわけにはいかないのだから。

 

 

 

「身体……思ったよりなんともない。絶唱を口にしたのにデスか?」

 

「まさか……アイツに護られたの? なんで……」

 

 

 

 ステルスを解除し、上空にその姿を現したエアキャリア。投下されたワイヤーを掴みながら呟く二人。その点に関してはいくつか仮説が立てられるが、今はいいだろう。

 心臓を守り抜き、エアキャリアが出現した時点でウェルの脳内領域にはある単語しか存在していなかった。

 

 

 

完全勝利(ビクトリー)ッ!!!」

 

 

 

 その輝かしい功績を手に、鼻歌を歌いながら、ウェルは今の気分にふさわしい青空を見上げた。

 

 

 空の端に広がる灰雲には気付かぬまま。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 響が何処か遠くへ行ってしまう。立ち上る虹を見たとき、何故だか未来はそう思った。

 気付けば脚は自然と響の元へ向かっていた。後ろから静止の声が聞こえるが知ったことか。

 

 元陸上部の健脚をフル活用し、元居た場所へはすぐに戻ってこれた。響はすぐに見つかったが何やら様子がおかしい。

 膝をつき動く様子がないのだ。比喩ではなくピクリとも動かない。それどころか彼女を中心として空気が揺らめいているではないか。

 これ以上近づくのは危険だと本能が警鐘を鳴らしているが、そんなことは関係ない。響の様子がおかしいのなら、すぐにでも助けないと。とにかく側にいなければ。

 

 

 

「響ッ!」

 

 

 

 足を踏み出そうとしたその時、後ろから誰かに羽交い締めにされた。

 

 

 

「止せッ! 火傷じゃ済まないぞッ!」

 

「でも響がッ!」

 

 

 

 現場に到着したクリスだ。しかしそんな静止の声など知らない。逃れようと足掻くも、クリスの拘束を解くことができない。

 自分は響に対して何もできないのか────そう一筋の涙が頬を伝ったとき、唐突にそれは聴こえた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 

 

 迸る閃光。一瞬の内に天羽々斬のシンフォギアを着装した翼は、愛車のアクセルを全開に回す。本部より状況は確認済みだ。少し手荒だが、クリスが未来を抑えている今響の放熱を抑えられるのは自分しかいない。

 脚部ブレードを展開させ、バイクの側面、フロントと接続する。人馬一体、一本の剣と化した翼はバイクごと大きく跳躍。目指すは一点、市街地屋上の貯水タンクだ。

 

 

 

━━━━━━━━騎刃ノ一閃━━━━━━━━

 

 

 

 すれ違いざまに貯水タンクを斬り裂く。当然、内部の水は外界へと溢れ出していく。大量の水はそのまま重力に従って地上へ────響へ向かって殺到する。

 大量の水と蒸気が辺りを包み込む。未来はクリスが隙を見て安全な場所にまで連れて行ってくれたようだ。

 

 水が引いていき、中心には倒れる少女の姿が。どうやら、最悪の事態は避けられたようだが、翼の心情は晴れない。

 聖遺物と融合していく響を護るため、突き放し傷つけてまで戦いから遠ざけようとした。だが、運命というものはそれを許してくれないらしい。

 響がこうなったのは、自分の不徳が致すところだ。

 あの夜、スタークを退けられるほどの強さを持っていれば。惨劇の起きたあの日、ノイズを倒すのに手間取っていなければ。

 こんなことにはならなかったかもしれない。

 

 

 

「私は……立花を護れなかったのか」

 

 

 

 思わず口に出た言葉は、降下してくるヘリコプターの音にかき消された。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「数値は安定。年齢の割に大した体力です。……それとも、振り絞った気力でしょうか?」

 

「よかった……!」

 

「本当に良かったデスッ!」

 

 

 

 ウェルによる措置が終了し、ナスターシャがコクピットに戻ると待っていたのは二人の歓声だった。

 飛び上がって喜ぶ調と切歌の姿を見て、ほんの少し頬を緩めるナスターシャ。すぐに顔を引き締めるも、胸中だけは取り繕うことができない。

 

 調も切歌も、そしてマリアも。何か歯車が一つ違っていれば、こんなことをさせずとも幸福に生きていられたはずなのだ。自分が彼女らにしてやれたことなど、せいぜい訓練で死なないように厳しく鍛えたことくらいだ。それを望んでいたかは別としてだが。

 それほどの仕打ちをした相手の無事を心から喜ぶような優しい子供たち。世界を月の落下から救済するためとはいえ、ナスターシャは彼女らに何をさせようとしているのか。

 

 誰よりも優しいマリアに言い放ったのは「血に濡れることを恐れるな」。大人失格ではないか。

 今まではなんとか窮地を切り抜けてきたが、所詮やっていることはテロリストの真似事。このような有体では迫り来る厄災に対して何も抗えない。

 もっと早く気付くべきだった。いや、気付いていたのだろう。目を逸らし続けてきた結果、少女たちの手を汚そうとするまでに至ってしまった。

 

 

 

ェヘン、ェヘン。それでは本題に入りましょう」

 

 

 

 ウェルのわざとらしい咳払いが聞こえる。今胸の内にあることを彼に伝えてもいい顔はされないどころか、むしろどんな妨害がされるか分からない。今はとにかく平静を装わなくては。

 ウェルはどこからか取り出した指揮棒でモニターを叩く。するとポケットの中にリモコンでも仕込んでいるのか、モニターに画像が表示された。赤黒いグロテスクな肉の塊が映し出されている。

 なるほど、それで彼はこれほどにまで機嫌がいいのか。

 

 

 

「これは……ネフィリムの?」

 

「苦労して持ち帰った覚醒心臓です。必要量の聖遺物を餌と与える事で、ようやく本来の出力を発揮できるようになりました。

 この心臓と貴女が五年前に入手した……」

 

「…………」

 

 

 

 貴女、と言いながらウェルは指揮棒をマリアに向ける。マリアは一瞬怪訝な様子を見せる。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()、とでも言いたげだ。

 無論、すぐにマリアは顔を引き締める。だがウェルには不審を気づかれてしまったようだ。

 

 

 

「お忘れなのですか? ()()()()()()()貴女が、皆神山の発掘チームより強奪した神獣鏡の事ですよ」

 

「え、ええ……そうだったわね」

 

「マリアはまだ記憶の再生が完了していないのです。いずれにせよ、聖遺物の扱いは当面私の担当。話はこちらにお願いします」

 

 

 

 すぐにマリアのフォローに入る。"この件"もあって、そろそろ引き時なのだろう。

 ウェルは肩をすくめ、それ以上それについて追求はしてこなかった。ここにスタークがいれば事態はさらに面倒になっていたはずだ。

 

 

 

「話を戻すと、()()()()()()の封印を解く神獣鏡と、起動させるためのネフィリムの心臓がようやくここに揃った訳です」

 

 

 

 そして、フロンティアの封印ポイントもアジトを放棄した際に確認済み。引き返すのならば今が分水嶺だ。

 

 

 

「そうです。既にデタラメなパーティの開催準備は整っているのですよ。後は私達の奏でる協奏曲にて、全人類が踊り狂うだけッ!」

 

 

 

 そう言うなりウェルは回りだす。ふと視線を横に向けると、うんざりした様子でウェルを見つめる切歌の姿があった。そういえばナスターシャも、先の戦いにおいてカメラ越しに踊り狂うウェルの姿を確認していたのを思い出す。切歌にとっては胃もたれしそうな光景なのだろうか。

 

 

 

「ウフフフフ! アーハハハハッ!!」

 

「近く計画を最終段階に進めましょう。……ですが今は、少し休ませて頂きますよ」

 

 

 

 この男に悟られぬよう動かねば────そう決めたナスターシャを、感情が読み取れない眼でウェル(この男)が回りながら見つめていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 会議から一夜明け、太陽が真上に昇っている。

 切歌と調は買い出し係としてとあるスーパーマーケットに訪れていた。正確には、その帰りだ。

 

 

 

「楽しい楽しい買い出しだって、こうも荷物が多いとめんどくさい労働デスよ!」

 

「仕方ないよ。過剰投与したリンカーの副作用が抜けきるまでは、おさんどん担当だもの。……それに、ここにはドクターもスタークもいない」

 

「言われてみればその通りデス。…………」

 

「?」

 

「持ってあげるデス! 調ってば、なんだか調子が悪そうデスし」

 

「ありがとう。でも平気だから」

 

 

 

 二人はそれぞれ片手に膨らんだレジ袋を持っている。

 調の分も持ってあげようとする切歌だが、調に断られてしまった。こういうときの調はいつも以上に頑固になるため、ならばと別の提案をする。調のことは誰よりも理解っているのだ。

 

 

 

「うーん……じゃあ、少し休憩していくデス!」

 

 

 

 

 

 いい休憩所はないかと目を光らせる切歌。ちょうど建設が一時中断された工事現場が見つかったので、これ幸いと「立ち入り禁止」のロープをくぐり中へ入った。ここなら誰にも見つからないはずだ。

 

 レジ袋からメロンパンを取り出し、包装を破いて頬張る。メロンパンを食べたのは、以前マリアがケータリングから持ち帰ったときぶりだ。

 調にも食べるよう勧めるも、食欲がないと拒否されてしまった.どうやら本当に体調が悪いらしい。少し休んで、マリアに診てもらおう。

 

 

 

「嫌なこともたくさんあるけど、こんなに自由があるなんて、施設にいた頃は想像もできなかったデスよ」

 

「うん……そうだね……」

 

 

 

 空を見上げる。少し前までは白い天井かバーチャル映像しか映らなかったその網膜に、本物の青空が焼きつく。

 フィーネの魂が宿る器、レセプターチルドレンとしてF.I.Sの組織に閉じ込められていた切歌と調、それにマリアとセレナたち。自分たちの中にフィーネの魂を受け継ぐ者が現れるかもしれないという、夢物語に近い妄言は果たして現実のものとなってしまった。

 フィーネの魂が宿るということは、自分の魂が徐々に塗りつぶされていくということ。そんな恐ろしい役目をマリア一人に押しつけたのだ。

 だから、一分、一秒でも永くマリアがマリアでいられるために自分達ができることはマリアに力を使わせないことしかない。いずれ来るその日を、切歌は受け入れることができるのだろうか────。

 

 そんなことをメロンパンを流しこみながら考えていたせいで、気づくのが遅れてしまった。

 調の息が荒い。肩で呼吸している。あまりの異常事態に切歌は飛び上がり、今にも頽れそうな調を支える。

 

 

 

「調ッ!? ずっとそんな調子だったデスか!?」

 

「だいじょうぶ……ここで休んだから、もう……」

 

 

 

 どう見ても大丈夫そうな様子ではない。いくら調が頑固だといっても、これを看過するほど切歌は人の心が分からない女ではないのだ。

 辛うじてという枕がつくほど苦しげに立ち上がる調。しかし立ち上がるだけで精一杯だったのだ、立ち上がった後に余力など残るものか。数歩千鳥足のようにおぼつかない足取りで動いた後、壁にもたれるようにして調は倒れた。

 

 それが運の尽きとなったのか。

 壁と思っていたそれは壁ではなく。

 鉄パイプ置き場でもあったそれはバランスを崩し、頭上の鉄骨にまで作用した。

 

 

 

「調ッ!!」

 

 

 

 重力に従って落ちてくる鉄の塊。全力で駆け切歌は調に覆い被さる。

 これは、ここまで調の体調が悪くなっていたと見抜けなかった自分の責任だ。覆い被さることで、億が一でも調が生き残る可能性が生まれるのならそれでいい。

 ただ、少しは怖い。迫り来る死を前に、切歌はただ目を瞑って、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フゥーッ、危ねえ危ねえ!」

 

 

 

 轟音。その後耳に飛び込んできた男性の声。

 いつまでたっても痛みは感じない。もう死んでしまったのかと観念し、目を開けると視界いっぱいに映ったのは土の床だった。

 

 

 

「え……潰れてない?」

 

 

 

 その事実に気づくまでは数秒の時間を要した。

 なぜ自分は潰れていないのか。魂が抜け出たという訳でもなく、切歌は地面に腹ばいになっている。()()()()()()()()()

 

 

 

「ったく……。立入禁止の工事現場、それも積まれた資材の隣で休憩だァ? 事故の役満コースでしょうが」

 

 

 

 短髪にパーマをかけた壮年の男性が苦い顔でそう呟いた。切歌の手を引いたのはこの男だ。しかし、切歌が鉄骨と鉄パイプの落下から助かったということは────。

 

 

 

「調はッ!? 調はどうなったデスかッ!?」

 

「無事だよ」

 

「よかった……」

 

 

 

 男性のもう片方の腕に、調は担ぐようにして抱えられていた。その事実を確認し、心の底から安堵する。こんな気持ちになったのは昨日ナスターシャが姿を見せたときぶりだ。

 ……と、そこでようやく目の前の男の正体に気づいた。

 

 

 

「……あッ! お前はッ!!」

 

「よっ。また会ったな。お小言はまあ……一息ついてからだな」

 

「え~っと……石なんとかっておじさんデスよね」

 

「イカしたおじさんだろ? それに、石なんとかじゃなくて石動だよ。石動惣一」

 

 

 

 そう、確かそんな名前だった。イスルギソウイチ……石動惣一だ。リディアンの学祭で顔を合わせたことがある。

 調を渡されたので背中に背負う。改めて見ると本当に長身だ。

 

 

 

「ここで喋るのも味気ねェし、この子も具合悪そうだしなァ……。

 そうだ、ウチの絶品コーヒー! 飲みにくるだろ?」

 

 

 

 直後、「ジャケットに皺と土が付いた」と大声で嘆く惣一を見て少し笑みが零れる。調を休ませねばならないし、一先ず彼についていこう────そう考えた。

 

 通信機が壊れていたことに気づくことはなかった。




 普通に考えて建設現場の外から割と奥まったところまでを一瞬で詰めてUターンする48歳男性も情報しか知らない相手にホイホイついていく推定15歳美少女もおかしいと思うんですけど(名推理)



補足「ハザードレベルについて」
 本編33話で「ハザードレベル5.0は通常の人間では到達負荷」みたいな記述がありましたが、36話の描写やライダー図鑑の記述では6.0が人間の限界を超えた状態らしいです
 戦兎が6.0超えて消滅しかかってたってことは47話の描写も合わせるとグリスブリザードは6.0を超えるくらいにハザードレベルを引き上げるフォームということになって、4.9が限界説を採用した場合ブリザードナックルの引き上げレベルが最低でも1.1上げることになって上がりすぎとちゃう?と思いました
 他にも登場時点でレベルが4.1だったカシラと再登場時点でそれより上だった幻さんが退場までの25話くらいを上がり幅1未満で戦い抜いたのおかしいと思ったので、この小説では「通常の人間が到達できるハザードレベルの限界は5.9」という設定で進めています(エボルト憑依後の奏さんは5.9)

 正直万丈以外のハザードレベル遍歴が少なすぎて(戦兎はとびとび、カシラは初期以外不明、幻さんは推測のみ)そこまで考えてなかったんやろな感はありますあります
 
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