戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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8ヶ月!?!?
全編会話回です。
今回フィーネがなかなか好き勝手言いますが聞き流して大丈夫です。
実験的に後半から文章をちょっと変えてみました。


EPISODE11「危ういアイデンティティー」

 惣一に連れられ切歌が入ったのは喫茶店だった。店名はもちろんnascitaである。

 ナスターシャの用意した資料通りの外装と内装であったが、実際に目の当たりにするとまた違った印象だ。

 店内を通り、居住スペースの一室まで案内された。どことなくガーリーな雰囲気の部屋だ。角に佇む泣き顔のウサギのぬいぐるみが強烈な存在感を放っている。

 「押し入れに布団が入っている」と言い惣一は出て行った。言われた通りに布団を敷き、調を横にする。少し顔色が戻った気がするが、それでも息は荒いままだ。ほんの少しの心苦しさを覚えながら、惣一が怪しい真似をしないか監視するため切歌は店内に足を動かした。

 

 

 

「調ちゃんだっけ? あの子。大丈夫だったか?」

 

「寝かせたら落ち着いてきたデス」

 

「そっか」

 

 

 

 そう言いつつ、惣一は何か作業をしている。微妙な段差で手元は見えないが、実験器具のような機械を操作しているようだ。次第に芳ばしい香りが店内に立ち込めていく。彼が作っているのはやはりコーヒーのようだ。

 

 

 

「目ェ覚めるまではここにいりゃいいさ。親御さんと連絡取れねえんだろ?」

 

「そうなんデスよ! 通信イヤホンが壊れちゃって……大目玉デスよ〜……」

 

「ハッハッハッ、まあ高い授業料ってことだよ。あれで分かったろ? 立ち入り禁止の看板の大切さ」

 

「はいデス……ごめんなさい」

 

 

 

 通信イヤホン? と首を捻りつつも、切歌の失態を朗らかに笑い飛ばす惣一。

 あの時、もし近くに惣一がいなければ二人は死ぬ、とまではいかないものの、間違いなく大怪我をしていただろう。それこそ作戦続行が不可能になるほどの。

 金輪際危ない場所に近づくのは止めにしよう。切歌はそう心に誓った。「戦場とどちらが危ないのか」と訊かれれば返答に困るが。

 

 

 

「分かればよし! そんじゃ俺のおごりだ、飲め飲め」

 

 

 

 早々にそれについての話題を切り上げ、惣一は切歌の席の前に置かれたソーサーにカップを置いた。当然中にはコーヒーが注がれている。しかし悲しいかな、切歌はコーヒーが得意ではなかったりするのだ。

 そんな切歌の微妙な反応を感じ取ったのか、

 

 

 

「苦いの苦手ならその辺にシロップやらミルクやらあるから。でもまァ俺のオススメは断然ブラックだ! ブラックホールみたいないい色出てんだろ?」

 

 

 

 一見すると気遣ってくれているようにも取れる言葉。しかし、前半と後半の声量が段違いだった。常識人な切歌は断ることもできず、とりあえず一口飲んでみようと思った。

 

 

 

「い……いただきます、デス」

 

 

 

 切歌はコーヒーを好んで飲んだことはないが、調は割と嫌いでもないようで度々ブラックコーヒーを飲んでいる。そのため何度かコーヒーを見たことがあるのだ。

 そのため、目に飛び込んできた異常性に気づくことができたのだろう。

 

 コーヒーが、黒い。

 

 ただひたすらに黒い。はて、コーヒーというのはこれほどまでに黒いものだっただろうか? 素朴な疑問が頭を過ぎる。

 よく見ると水面が光を反射していないではないか。

 なるほどこの液体は彼の自慢の一杯なのだろう、惣一がずっとこちらを見ている。正確に言えば淹れられたコーヒーを見ている。まるで「渾身のコーヒーを無料(タダ)で飲めるなんて幸せ者だなァ」なんて言いたげな顔だ。

 ここにきて、常識人の切歌はようやく退路が閉ざされていたことを悟った。遅すぎたのだ。

 そうだ、よく考えれば、苦いコーヒーはあれど不味いコーヒーなどそうそうないはずだ。

 自分に暗示をかけながら目を閉じ、そっと中の液体を流し込む。

 

 

 

「どうだ、美味いだろ〜?」

 

「────」

 

「おおッ、あまりの美味さに声も出ねェってか? 嬉しいじゃないの!」

 

「────」

 

 

 

 正常な受け答えができるまで数分を要した。この事件がきっかけで切歌がコーヒーに対して異常なまでの恐怖心を抱いたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

「どうして惣一さんは助けてくれたデスか? 自分も危なかったのに」

 

 

 

 黒い衝撃から立ち直り、"イシャリョウ"として惣一からオレンジジュースを強奪した切歌。グラスの中の氷をストローでかき混ぜながら、ふとそんなことを尋ねた。

 あの時、下手をすれば大怪我をしたのは惣一とて同じはずだ。なぜそんなリスクを負ってまで飛び出してきたのか。

 惣一は一瞬呆けたような表情を見せた後、ため息をつきガシガシと頭をかいた。

 

 

 

「なんでって言われてもなァ……。当たり前でしょうが。大人が子供を守るのは」

 

「当たり前……デスか?」

 

「お前らが良いことしてたら褒める。危ないことしてたらちゃんと叱る。悩んでるんなら導く……とまではいかねェけど、それなりにアドバイスでもしてやる。

 お前らより一回りも二回りも長く生きてるからなァ、嫌でも大人ってのはそういう役割があんだよ」

 

 

 

 そういうものなのか。惣一はその件についてこれ以上話す気はないようだ。

 しかし今ひとつその言葉を飲み込めない切歌を見てか、惣一は渋々話を再開した。

 

 

 

「お前らにもいるんじゃねェか? 叱ってくれたり褒めてくれたりする大人。別に本当の親や家族じゃなくてもいい、兄弟姉妹とか……後は親代わりみたいな人でも、何でもだ」

 

「マムデス! ホントの親は知らないデスけど、マムや調、マリ……お姉ちゃんみたいな人が今のアタシの家族なのデス」

 

「さらっと重い話するなァ」

 

 

 

 一瞬慄いたように身を反らす惣一だったが、すぐに立ち直った。

 

 

 

「ま、まあ、そんな自信満々に即答出来んならだ。切歌ちゃんが危ない事したときにその……マム? って人がどんな反応するか分かるだろ?」

 

「……きっとすごく怒るはずデス。でも悪い感じじゃなくて……。そうデス! 叱ってくれるのデス!」

 

「分かってんじゃないの。親より先に死んじまうなんて親不孝のレベルマックスだぜ? マムを悲しませないためにも、ちゃんと自分達の事も考えろ」

 

「うう……」

 

 

 

 とても耳が痛い話だ。

 自分たちが鉄骨の下敷きになりかけたと知ったら、ナスターシャやマリアがどんな反応をするか。容易に想像できる。

 厳しさの中に優しさがある、それがナスターシャという女性だ。マリアは二人を叱りつつも、さりげなくフォローをしてくれるだろう。そういう性格だ。

 大切な家族。そう向こうも思ってくれているといいのだが────。

 

 

 

「……っとと、まーた説教みたいになっちまったな。悪い悪い」

 

 

 

 両手を合わせ惣一は謝罪した。

 しかし、今の話は切歌にとって少なくない影響を与えた。そもそも非があったのはこちらなのだし謝ることなど何もないのだが、堂々巡りになりそうなのでやめた。切歌にもその辺の判断力はあるのだ。

 

 数秒の静寂が店内を包むも、決して気まずいそれではなかった。

 からん、と音が響く。随分長く話していたようで、グラスに入っていた氷は半ば液体へとその在り方を変えていた。

 その音を皮切りに切歌は尋ねた。惣一の話を聞いて知りたくなったことだ。

 

 

 

「……惣一さんにもそういう人たちがいるんデスか?」

 

()()に決まってんでしょうが。娘だろ、あと息子みたいな奴と、息子みたいな奴」

 

「みたいな、デスか」

 

「あ、娘はホントの娘だよ。息子みたいな奴らの方は違ェが……血の繋がりなんかなくても、そいつらにしっかりとした信頼関係と認識さえあれば、そいつらはもう家族だ。誰が何と言おうとな。俺の体験談だぜ? これ」

 

「それって……」

 

 

 

 "息子みたいな奴"が2回出てきたのは気になったが、惣一にもそういった家族が()()ようだ。そういえば、今調を寝かせている部屋はやけに可愛い物が多かった。あれは娘の部屋だったのかもしれない。

 「あの部屋に住んでいる人のことか」と続きかけたそのとき、店の奥から床の軋む音が聞こえた。この建物には3人しかおらず、店内に2人いる以上音の主は明白だ。

 

 

 

「調ッ! まだ寝てないとダメじゃないデスか!」

 

「ありがとう切ちゃん。でもちょっと楽になったから、帰るのなら今のうち」

 

 

 

 調が壁に手を置きながらも、しっかりとした目で近づいてきた。慌てて駆け寄る切歌だが、額に手を当てると熱こそまだあるものの、先ほどと比べるとずっと低くなっている。どうやら少し休んだことで、本当に楽になっているようだ。

 

 

 

「確かに嘘をついてる様子もねェし、顔色もだいぶマシになってるみたいだな。よかったよかった」

 

「あなたがわたしたちを助けてくれたの?」

 

「そうなんデスよ! ……あッ!」

 

 

惣一のことを調に紹介しようとした切歌だが、そこで今更ながらとんでもないことに気づいた。

 助けてもらった上に"家族"について助言をしてくれたのだ、これは言わないといけない言葉だろう。

 

 

 

「そういえば、アタシたちってばまだお礼言ってなかったデスか!?」

 

「そんなのいいって。言ったろ〜? 大人としちゃあ見過ごせないことだっただけだって」

 

「それでも、デス!」

 

「うん。わたしたちの気が済まない」

 

 

 考えることは同じようだ。惣一はああ言うが、切歌も調もそこは譲る気はなかった。

 一度目を合わせ、呼吸を合わせて二人はそれを口にした。

 

 

 

「「ありがとう」デス!」

 

「ったく……しょうがねェな、素直に受け取ってやろうじゃないの。"どういたしまして"、だな」

 

 

 

 苦笑し肩をすくめながらも惣一は感謝を受け取ってくれた。

 "どういたしまして"、そう送られた言葉が、なぜか無性に嬉しくて。

 二人は顔を見合わせて、同時に頬を緩ませた。

 

 

 

 

 

「あっ、そうだ」

 

 

 

 帰り際、別れる直前に惣一は声を上げた。

 書いてもらった帰還地点までの簡単な地図を片手に足を動かそうとしていた切歌は勢いよく振り向いた。調はじっと惣一を見つめている。

 

 

 

「最後にもう一つ、大人らしくアドバイスだ。

 さっき"大人は子供が危ない事してたら叱る"って言ったろ? ああは言ったが、別に子供が大人を叱っちゃいけない理由もない」

 

「どういうことデスか?」

 

「大人だって道を間違えることもある。望まない事をしちまう、なんてこともな。そんなときは子供がガツンと言ってやるのが一番効果あったりするんだよなァ、案外」

 

「そういうもの……なの?」

 

「そういうモンだ。覚えてて損はないと思うぜ〜?」

 

 

 

 話したいことは話し終わったとでもいうように、踵を返し、手を振りながら惣一は店内へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

「えッ、途中から聞いてたデスか!?」

 

「うん。切ちゃんがえずいてたところくらいから。そんなにまずかったの?」

 

「う〜、もうコーヒーはトラウマデスよ……」

 

「てっきり毒でも盛られたのかと思っちゃった」

 

「そう思うのも無理はないデスよ。あれはもう毒といっても過言ではないのデス!」

 

 

 

 惣一との会話に夢中になっていたのか、調が見ていたことには気づかなかった。惣一は気づいていたのか気づいていなかったのか。

 ふと調が足を止めた。手を繋ぎながら帰路についていたのだが、少し速かったかもしれない。

 

 

 

「あの人……惣一さんが最後に言ってたことどう思う?」

 

 

 

 彼が最後に言ったこと、もちろん覚えている。

 

 

 

「"大人だって間違える"……デスよね。あと"望まないことをすることもある"、とか」

 

「うん。……マムやマリアは、どうなんだろう」

 

「…………」

 

 

 

 フィーネの器として覚醒してしまったマリア。F.I.Sに謀反を起こし、自分たちのリーダーとなったナスターシャ。

 人類を救済するという大義名分の下、多少の犠牲は已む無し。その考え方に彼女たち自身は納得しているのか。切歌は逡巡の末、ここで悩んでも答えは出ないと結論づけた。

 

 

 

「……分からないデス。でも、もしマリアたちが苦しんでいるのなら────」

 

 

 

 その時は。

 握り返してくる手の力が、強くなった気がした。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「これは、響くんの身体のスキャナ画像だ。体内のガングニールがさらなる浸食と増殖を果たした結果、新たな臓器を形成している。

 これが響くんの爆発力の源……命を蝕んでいる原因だ」

 

 

 

 鈍い音が反響する。メディカルルームの扉をクリスが叩いた音だ。室内は、彼女の歯軋りも響くほど静まり返っている。

 紛れもなくその原因は自分()にある。なら、この空気をなんとかするのは響の役目だろう。

 

 

 

「あはは、つまり、えっと……ギアを纏う度に胸のガングニールが活性化してしまうから、今後はなるべく纏わないようにしろと……」

 

「いい加減にしろッ!!」

 

 

 

 天を割るような怒号が耳を劈く。

 胸元が引っ張られ、下手人と無理矢理目を合わさせられる。

 

 

 

「"なるべく"だと? 寝言を口にするなッ! 今後一切の戦闘行為を禁止すると云っているのだッ!」

 

 

 

 胸ぐらを掴んだ下手人、風鳴翼は怒りのまま声をぶつけてくる。

 その激情を宿した瞳からは怒りが────哀しみがひしひしと伝わってくる。優しい彼女のことだ、本気で怒ってくれているのだろう。

 

 

 

「このままでは死ぬんだぞ────立花ッ!」

 

「そんくらいにしときな! このバカだって分かっててやってるんだ」

 

 

 

 止めに入ったクリスの手も振り払い、その勢いのまま翼は退室した。

 場は、世界から音が奪われたのかと錯覚するほど静まり、冷え切ってしまった。原因はもちろん自分にある。

 "寝言を口にするな"。翼にそう言われたが、響とて────。

 

 突然、ポン、と頭に手を置かれる。惣一とは違う、しかし覚えのあるこの感覚。顔を上げると、燃えるような赤髪の男────風鳴弦十郎が、頼もしい笑みを浮かべていた。

 

 

 

「医療班だって無能ではない。目下、了子くん主導の下対策をしている最中だ」

 

「師匠……」

 

「治療法なんて、すぐに見つかる。そのわずかな時間を、ゆっくりしててもバチなど当たるものか! だから、今は休め」

 

 

 

 こみ上げてくるものがある。気を抜けば何かが決壊してしまいそうだ。彼の厚い胸板に身を埋め、叫んでしまいたくなる。

 声は震えていないだろうか。緩みそうになる涙腺と、潰されそうになる精神を押し留め、なんとか続く言葉を絞り出した。

 

 

 

「分かり、ました……」

 

 

 

 

 

 数刻が過ぎ、ぼんやりと天井を見つめていると、ふと側に強烈な気配を感じた。

 いつの間に入っていたのか。いや、響が彼女の入室に気が付かなかったほど気が抜けていただけだ。そうでなければ、あの圧倒的なオーラを感じ取れないはずがない。

 

 

 

「了子さん?」

 

「立花響。これから紡ぐ言の葉は、異端技術の第一人者である櫻井了子としてのものと覚えなさい」

 

 

 

 無造作に手をポケットに突っ込み、こちらと視線を合わせずにフィーネは言った。このような枕が置かれたということは、間違いなく聖遺物関連、それも胸のガングニールに関することだろう。

 次の言葉を待つ間に、なぜか響を襲う胸騒ぎ。これを"嫌な予感"というのかもしれない。

 

 

 

「あと三回よ」

 

 

 

 唐突に何かの回数を口にするフィーネ。

 

 肝心なのはその"何か"だ。それが響には何なのか想像がつかない。/それを悟れないほど響は愚かではない。

 

 はたしていい知らせなのか、悪い知らせなのか。/十中八九悪い知らせだ。これ以上聞きたくない。

 

 感情と相反するように、響は続きを促した。

 

 

 

「三回……ですか?」

 

「現状の融合深度から推測した、貴女が人間と呼べる状態のままシンフォギアを着装できる限度。まだ人間と思われたいのなら、それを越さないことね」

 

「…………」

 

「勿論これは戦闘行為を想定に入れていない。戦闘を行ったとすれば、数分で貴女は聖遺物と完全に融合する。

 尤も、精神自体は今の貴女のままでしょうけど……唯の人の身で、聖遺物と一つになった現実に精神が耐えられるものではない」

 

 

 

 淡々と告げられる残酷な事実。もしこの事実が翼や弦十郎の口から告げられたなら、おそらく響の反応は変わっていたことだろう。

 しかしフィーネによって客観的に伝えられたことで、ある程度整理する時間を得ることができた。

 それでも、知りたくはなかったことには変わりないのだが。

 

 

 

「…………ありがとうございます、了子さん」

 

「────何?」

 

「心配してくれてるんですよね、翼さんもクリスちゃんも、師匠も。それに了子さんも! いやあ幸せものだな〜、わたし!」

 

 

 

 信じられないものを見るような目でこちらを見つめてくるフィーネ。それに気付かぬ素振りを見せつつ、作ったピースサインを彼女に向ける。

 これ以上誰かに心配はかけられない────その想いは届いているのか、はたまた。

 胸の奥の感情にそっと蓋をし、響は笑顔で言い放った。

 

 

 

「へいき、へっちゃらです! 花の女子高生立花響、簡単に死ぬつもりはありませんから!」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 理解に苦しむ。

 自分の笑顔が本心からのものでないことにはとうに気づかれている────そうあの娘も理解しているハズだ。だのに見苦しい振る舞いを止めない様子に、フィーネは言いようのない苛立ちを覚える。

 もっとも、苛立っているのはフィーネだけではない。怒りの対象が違うにせよ、概ね同じ感情を()()も抱いているだろう。

 

 

 

「そうでしょう?」

 

「…………」

 

 

 

 腕を組み、通路の壁に背中を預ける青髪の少女。まるで誰かを待っているかのようだ。だからわざわざ声をかけてやったのだが、悲しいかな、翼はその親切には応えなかった。

 

 

 

「……今の内に、後顧の憂いを払っておきたい。お前に尋ねねばならない事がある。構わないな」

 

 

 

 翼はおもむろに両の眼を開くと、こちらと決して目を合わせずに呟いた。

 感情を抑えようとしているのがあからさまだ。わずかに声が震えている。目を合わせないのもその努力の一環なのだろうが、あまり効果はなさそうだ。

 

 

 

「構わないわ。大方予想はついているけれど……それは貴女も同じでしょう」

 

 

 

 翼の横にもたれかかり、話が始まるのを待つ。フィーネの言葉には一切反応せず、翼はぽつぽつと”尋ねねばならないこと”を紡ぎはじめた。

 

 

 

「私の心に澱りが生じたのは、お前が二課との共闘戦線を申し出た頃よりだ。

 "皆神山"という単語が私の胸を貫いた。忘れるものか、皆神山……それは長野県に屹立する山の名だ。違わないな」

 

 

 

 無言で続きを促す。随分と冗長な確認作業だ。

 

 

 

「皆神山には遺跡が存在した。数年前、遺跡の発掘チームが発生したノイズによって全滅させられ、ただ一人の少女のみが生き残った。お前も知っているだろう」

 

「随分と茫漠な話ね」

 

「そうか」

 

 

 

 やけに落ち着いている。もっともこれは「嵐の前の静けさ」というのがふさわしい類のものだろうが。通路に反響する甲高い金属音がその証左だ。

 壁に目を向けると、赤い液体が叩きつけられた彼女の右拳を伝って流れている。再び視線を翼へと戻すも、うつむいた姿勢と垂れた前髪のせいで表情は読み取れない。

 翼はなおも感情を出さぬよう努めているようだ。殊勝なことだが、それもあと一押しといったところか。

 

 

 

「ならば単刀直入に訊こう。お前なのか? あの日ノイズを召喚し、発掘チームの鏖殺を行ったのは」

 

「御名答ね。神獣鏡を確保する為、()()()()()()()()()()()()()()。相違ないわ」

 

「貴様ッ!!」

 

 

 

 フィーネの予測は果たして正しかった。

 襟元が引っ張られたかと思うと、翼との距離が急激に縮まる。要するに胸ぐらを掴まれた。流石にここまで近づかれれば────元より解りきっていたことではあったが────翼の感情も手に取るように理解できるというものだ。

 

 

 

「貴様が聖遺物を奪取するためにノイズを嗾けなければッ!

 奏は……私の片翼はッ! 血反吐を吐きながら槍を振るい続ける事は無かったッ!!」

 

 

 

 その双眸に宿っているのは、怒り。烈火のごときその焔はこちらを焼き殺さんとするばかりだ。

 かねてから燻っていた疑念が立花響の一件での衝撃を経た結果、種火のままではいられなくなった。これ以上蓋をしていれば間違いなく作戦行動に支障が出る。もし予想が違っていればそれでよし、しかし正しければ────彼女の性格を鑑みれば、この行動に至った経緯はこんなところか。

 

 ここまでは予定通り。いずれこうなることは解っていたのだ、当然対処法も計画していた。後は上手く怒りを収めさせれば面倒事の一つは解消する。

 

 

 

(手早く終わらせましょうか)

 

 

 

 この面倒な状況を終わらせる言葉は何か、刹那の内に思案を続け────。

 

 と。

 

 そこで思考に一抹のノイズが発生した。

 彼女に天を衝く魔塔(カ・ディンギル)を破壊されていたことを思い出した。その前にスタークらに出し抜かれてはいるが、直接の原因が彼女にあることは間違いない。こちらとて彼女に怒りがないといえば嘘になる。なぜそれを差し置いてまで翼のご機嫌取りをしなければならないのか。

 

 怒りを呑み込み自分は二課に協力している。となると、とどのつまり譲歩すべきはそちらである。

 

 

 

「私は願いの為ならば、これからもどんな犠牲も厭わない。それに、その行為が間違いだったと謗られる謂れもない。最初にそう告げた筈」

 

「話をすり替えるなッ! 奏を地獄へ導いた下手人と連携を取れるものかと云っているのだ」

 

「右に同じよ。私も、我が悲願を砕いた相手と手を取り合うつもりはない。

 ただ……一ついいかしら。貴女の望みは一体何? 私を追放したいのか、それとも謝罪を求めているのか。

 前者はともかく後者なら可能ね。少なくとも、形は最高のものを用意するわ」

 

「よくもいけしゃあしゃあとッ……!」

 

 

 

 天を衝くほど逆立つ彼女の怒髪。間近で殺気を感じる。しかし、土壇場での計画の変更は上手くいったようだ。

 このまま激情に蓋をし続けるよりも、ここで一度全て吐き出させる方が手っ取り早いと判断し────その結論に至る過程で起こったノイズを、彼女は思考から外している────口撃を開始した。当初の予定を変更しての立ち回りだが、なかなかどうして上手くいっている。

 最悪戦闘になるかもしれないが、それはそれ。密かにこちらの様子を伺っているあの男がいればなんとかなるだろう。

 

 翼の動きを細かに観察する。殴りかかるのか、はたまたアームドギアで一息に両断するのか。どのような行動に出るにせよ、フィーネはそれより先に彼女を沈黙させられるだけの技能があると自負している。

 しかし、直後翼が起こした反応は、シミュレーションには該当しないものだった。

 

 

 

 

「…………いや。理解っている。理解っているんだ」

 

「?」

 

「お前の言の通り、共闘に異を唱えなかったのは他でもない、この私だ。

 お前の協力による利点が計り知れないのは事実。故に……今は鞘に収めよう」

 

 

 

 一体どういうことなのだ。

 襟を掴む力が弱まる。普段のフィーネなら即座に払いのけているところだが、今回は一瞬遅れた。

 翼の様子はすでに元のものに戻っている。多少の怒気は感じられるも、「今にも爆発しそう」というほどではない。

 

 

 

「私を抜き身にさせてくれるな。今この瞬間も、私の臓腑は煮え繰り返り続けているのだから」

 

「道理ね。信条が異なる以上、私と貴女達が相互理解する事などバラルの呪詛が無くとも有り得ない。ビジネスライクに行きましょう」

 

「そうだな。ならば、同僚として一つ頼みがある」

 

 

 

 平常を装い言葉を交わすも、内心は疑念で満たされている。

 この変わりようは何だ。彼女の憤怒はあの時点までは間違いなく本物だった。頭を捻らせながら、フィーネはやり取りを続ける。

 

 

 

「今以上の協力の要求でも?」

 

「……立花を診てやってくれ。精神的な問題は兎も角、科学的な見地ではお前以上の適任はいない」

 

 

 

 ……そういうことか。どうやらまんまとしてやられたらしい。

 翼の様子の急な代わりよう。途中までの本気の怒り。たった今の要求。そして陰に待機している男。

 つまり、すべては予定調和だったのだ。

 

 翼は皆神山の件について、すでに二課の職員に確認を取っていた。ここは確実だ。神獣鏡の説明でのフィーネの言に、天羽奏の身上を照らし合わせれば事の真相は自明である。

 今の発言の通り、当然この時点で彼女は怒り狂ったはず。しかし今日まで、険しい視線を向けてはいたものの行動には移さなかった。フィーネの協力による恩恵を彼女も解っていたのだろう。

 極めつけは響の融合問題か。異端技術の研究者として、櫻井了子(フィーネ)以上の者はいない。少しでも融合を遅らせるためにフィーネの協力を得る必要があった。しかしそれとは関係なく翼の鬱憤は溜まる一方。そこで彼女らはこの劇を繰り広げたのだ。

 途中までの翼の怒りが真に迫っていたのも、弦十郎が待機していたのもこれで説明がつく。胸倉を掴んだ時点で止めに入らなかったのは翼への信頼故か。

 

 まあ、つい先ほど響の元へ向かったばかりなのだが。翼のためという比率が高かったのだろう。利用された事実に別の苛立ちが募り、フィーネは嘆息した。 

 

 

 

「……まあいいわ。先行きが不透明な今、戦力は確保しておく必要があるもの」

 

 

 

 それを聞き届けた途端、翼は踵を返し指令室へ向かっていった。フィーネも研究室に戻ろうとし、ふと思ったことがある。

 研究室と指令室は方向が同じである。つまり、途中まで翼と肩を並べねばならないということだ。。

 その事実に今日何度目かのため息をつき、足を動かした。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 弦十郎は翼とフィーネの問答を陰より見つめていた。

 恐らくフィーネはこちらの存在に気づいていたはず。何度かこの方角に向かって威圧が放たれていたのだ。常人であれば卒倒は必至だった。

 

 そういえば、翼が壁を殴りつけた跡が残っている。あのままでは、いずれ職員たちが職場で流血沙汰があったと慄いてしまうだろう。今は清掃員の勤務時間ではないし、そこまで彼らに押しつけるつもりもない。

 このままにもしておけないと、弦十郎は乾きかけている血を拭き取るべく行動を開始した。

 

 

 

「司令……」

 

 

 

 慎次も清掃に協力してくれている。弦十郎と共に隠れて様子を見守っていたのだが、さしものフィーネも彼の存在は感知できなかっただろう。

 血痕を拭き取りながら慎次が声をかけてきた。何も言わずとも理由は解っている。

 

 

 

「元より皆神山の件については見当がついていた。それについて何も思わん訳ではないし、彼女が永遠の刹那に存在している以上、二課への貢献という形で償ってもらうしかない。

 詰るのは簡単だろう。だが俺たちには……俺には出来なかった」

 

 

 

 よくも奏を、と正面切って責められたのならばどれほど楽だろうか。フィーネに────そして、他ならない自分自身に。

 奏を地獄の淵に叩き落したのは彼女かもしれない。だが、それを奏自身が望んでいたとしても、更なる深淵へ堕としたのは誰か。どこまでだって飛んでいけたはずの彼女たちから片翼を奪ったのは誰か。言うまでもない。

 

 

 

「そんな男が、手前勝手にあいつを責められるものかよ」

 

 

 

 拭いても拭いても、どこかしらに跡が残る。血というのは綺麗に拭いきれるものではない。たった今────とうの昔に────弦十郎が実感したことだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 幸運にも、出発からスカイタワーに到着するまで天候は崩れなかった。直前の予報通り、近づいていた雨雲は上手く逸れてくれたようだ。

 何を隠そう、今日は未来とのデート当日。なにせ久しぶりのデートということで、数日前から響としても待ち遠しかった。

 

 響たちはスカイタワーに併設されている水族館に赴いた。都心、休日、さらには近辺に水族館が存在しないということもあり、館内は人だらけだ。通路の広さに反し狭小に感じる。

 未来は「飲み物を買ってくる」と言い自販機の方へ向かっていった。今響は一人きりだ。

 ぼんやりと水槽を眺める。分厚いガラス越しの青い光が響を照らす。

 数年前に竣工されたスカイタワー(ここ)。何度か遊びにきたこともあるのだが、3か月ほど前に、防衛のため上空からノイズを殴り飛ばした記憶が最も鮮明に焼き付いている。その際クリスともやっと手を繋ぐことができた。

 

 何度目だろうか。今日だけでももう5回はこの調子だ。何を考えていてもどこかで戦いの回想に更けてしまう。

 

 

 

────このままでは死ぬんだぞッ!!

 

 

 

 死ぬ。

 このままでは(戦い続ければ)、死ぬ。考えてみれば当たり前のこと。常に死と隣り合わせの戦場(いくさば)に身を置く以上切り離せない事実だ。

 その感覚が麻痺してしまったのはいつからか。気づけば、()()はずっと遠いことだと錯覚していた。

 だからとて、響が「戦わない」という選択肢を選ぶことがあるだろうか。勿論困難極まるだろう。とはいえ半ばその選択をさせられかけているのは自覚している。

 あと三回。フィーネの放ったその宣告が重くのしかかる。あと三回しかガングニールを纏えない。それはつまり、あと三回しか戦えない、戦わせてくれないということ。

 戦えない響に、はたして二課にいる意義はあるのか。

 

 

 

────戦えないわたしは……誰からも必要とされないわたしなのかな

 

 

 

 なんの前触れもなく、響の頬に冷たいものが押し当てられた。

 周りの様子も気にせず素っ頓狂な叫び声を上げる響。それを見た未来は呆れたように息をついた。

 

 

 

「もう! 大きな声を出さないで」

 

「だっ、だだだだだってだってッ! こんなことされたら、誰だって声出ちゃうって」

 

 

 

 未来から缶ジュース(冷たいもの)を受け取りながらも抗議は忘れない。

 そんなささやかな響の抗議は受け流され、あろうことか未来は白い目でこちらを見つめてきた。非常に納得がいかない。響に今回の件の咎は微塵もないはずである。

 

 

 

「響が悪いんだからね」

 

「わたし!?」

 

「だって……。せっかく二人で遊びに来たのに、ずっとつまらなそうにしてるから」

 

「あわわわわ……」

 

 

 

 全面的に撤回する。この件については1000%響に責があった。

 高速で首を振り否定の意を示す。未来がこちらを見ていないことに気づいたのは、首を振りすぎて目が回り始めた頃。完全に無駄な行為だった。このままではいけない。

 

 

 

「心配しないでッ! 今日は久しぶりのデートだもの、楽しくないはずがないよ!」

 

「響……」

 

 

 

 未来の手を取り、別のスポットへ足を動かす。

 そう、楽しくないはずがない。未来とのデートが楽しくなければ一体この世の何が楽しいと言えるだろう。

 響は二人で作った今日のスケジュールを思い返す。水族館巡りは十分楽しんだ。そろそろ上層の展望台に向かう時間になる。日本一高い建物からの眺めは絶景のはずだ。ましてや未来と一緒なら。

 

 

 

「デートの続き! せっかくのスカイタワー、丸ごと楽しまなきゃ!」

 

 

 

 展望台は見事な眺めだった。ここ以上の高度には作戦中に向かったことがあるが、すぐに戦闘が始まったためそれどころではなかった。

 眼下に広がる平和な街並み。それを一望した途端、つい十分前の決意も空しく 脳裏にこれまでの戦いの光景が広がり────。

 

 瞬間、耳を聾する轟音が響いた。

 未来を引き寄せ、庇うように覆い被さる。音が耳に届いた刹那の出来事だ。今回は響の悪癖が幸いした。思考がすでに切り替わっていたため、突然の爆発にも反射的に行動できたことに関しては自分を褒めていいだろう。

 

 

 

「何!?」 

 

「まだ動かないでッ!」

 

 

 

 まだ爆発が続く可能性がある。横目で周囲を確認する。どうやら爆発はこの場で起きたわけではないらしい。

 一旦の安全を確認して、ようやく響は未来から離れた。この数秒で未来も状況を理解したらしく、揺れる瞳を響に向けてくる。気休め程度ではあるが、直接の危険はない。そう未来を励まそうとしたその時だった。

 

 

 

「ノイズッ……!?」

 

 

 

 こちらには目もくれず、規則的な列をなし通路に跋扈する特異災害。

 極彩色の体表。砂嵐のみが表示される液晶。人間のみを炭素へと変換せしめるという凶悪な性質を持つソレが視界に飛び込んできた。

 今しがたの爆発は恐らくノイズによるものだ。ならば話は早い。幸いにして、此処にはノイズと戦うことができる戦士が存在する。

 

 タワーへ陥穽を作り出した代償か、屋内へ侵入した数は少ない。この数なら十秒と待たずに殲滅できる。フィーネの言及した「戦闘行為」にはあたらないのでは────そんな希望的に過ぎる予測が、響の脳を駆け抜けた。

 聖詠を紡ぐため口を開く。瞬間、メロディーと歌詞が闘志とともに胸の内より湧き上がる。

 

 

 

「行っちゃダメ!」

 

「未来……!?」

 

 

 

 発声の瞬間、響の手が引き止められた。胸のガングニールに手は届かない。予想外の方向からの制止に思わず動きが止まってしまう。

 腕を掴む未来の手は、少し力を込めればすぐに振り解ける程度の力だが、それは響の動きを止めるには十分だった。

 

 それでも。その手は響の意志まで完全に止め切ることはなかった。動揺はしたが、響は戦わねばならない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 故に今ここで、響に「戦わない(逃げる)」という選択肢はなかった────

 

 

 

「……だけど行かなきゃ」

 

「この手は離さない! 響を戦わせたくないッ! 遠くに行ってほしくないのッ!」

 

 

 

 ────はず、なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「未来ッ! ここは長く持たない! 手を離してッ!」

 

「ダメッ! わたしが響を守らなきゃッ!」

 

 

 

 粉塵と炎が立ち込めるスカイタワー。数刻前までの景色は見る影もない。人々の賑わいは喧騒と悲鳴に塗り潰され、それすらも瓦礫の崩落にかき消された。

 戦えないのがもどかしい。何より、響のために未来に負担を強いてしまっているのが何より口惜しい。

 

 現在響がタワーから落下していないのは、未来が響の手を掴んでいるからに他ならない。

 「ガングニールを使わない」という条件のもと、少年を保護しタワーの従業員に託した直後のことだった。新たに突貫を行ったノイズにより床が割れたことより響が宙へと投げ出され、今に至る。

 

 未来がいる場も今にも崩れ落ちそうだ。その上、宙吊りになっている響の周囲に支えとなる物体は見当たらない。この状況で、未来一人で響を引っ張り上げるなど土台無理な話だった。それでも未来は手を離してくれない。

 このままでは本当に二人とも落ちてしまう。響は未来を護るべく、「約束」を破ることを決断した。

 

 

 

「……いつか、本当にわたしが困ったとき、未来に助けてもらうから。

 今日はもう少しだけ、わたしに頑張らせて」

 

「……ッ」

 

 

 

 未来の方も限界のようだ。掴まれた手は、小指から順に未来から解けていく。服が汚れるのも気にせず腹這いになり響を留めていた未来だが、残酷な事実に気がついたのか。それとも、他の理由のためか。

 落涙。透明なものが地上に向かって落ちていった。なんということだろう。未来は響のために涙してくれている。やはり、未来は響の陽だまりだ。

 

 

 

「わたしだって……守りたいのに……」

 

 

 

 その言葉を言い終わるよりも前に、とうとう二人は分かたれた。

 未来が何か叫んでいるが、耳に入るのは絹を裂くような風切り音ばかり。それでも響を案じているのは分かった。

 これ以上未来を不安に晒す訳にはいかない。大地が近づく。まともに落ちれば即死は必至。響は身体を地面に叩きつけんとする引力に任せ、歌った。

 

 

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 

 

 ほんの数節の歌。しかしそれは、その身を戦士へと変える聖歌である。

 着地に備え、身体を反転させる。

 半径数十メートルに亘るクレーターは、響が着地の衝撃を発勁で受け流した証左だ。アスファルトは捲れ上がり、吹き荒れた熱風が周囲の街路樹を(しな)らせる。

 その中心に立花響(戦士)は立っていた。

 

 

 

「未来! 今行くッ!」

 

 

 

 土煙を振り払い、タワーの頂上を見据える。ここからでは未来の姿までは確認できないが、響は落下中に位置だけは把握していた。

 脚を曲げ、縮ませる。同時にアンカージャッキも展開し、跳躍の準備を完了する。今の響であれば、元いた場所に到達するまでそう時間はかからないだろう。未来の身に危険が及ぶ前に卒なく救出できるはずだ。

 

 ────その直後、響は自らの見通しの甘さを悟り、呪った。

 

 タワーの頂上付近が爆発した。なるほど、確かに不思議はない。これまでも数度爆発は起きていたのだ。あくまでも同じ現象が起きただけ。

 ただし、()()()()()()()()()()()()()()の話だが。

 視界の中心に広がる爆炎。それが示すのはたった一つの無慈悲な現実。

 

 

 

 

 

「未来────ッ!!!」

 

 

 

 

 

 この日、立花響は陽だまりを失った。




いたに決まってんでしょうが(今はいないとはいってない)



補足
・翼さんとフィーネについては今回で一旦終わりです。フィーネがごちゃごちゃと言ってますが、康一くんよろしく急になんだかムカッ腹が立ってきた結果逆ギレしただけです。
 フィーネに対しての翼さんの不満が溜まる一方だったので、ここで一段落つけようということになりました。弦十郎は万が一のときのために待機していました。この一幕は翼さんと弦十郎の共同脚本です。
 フィーネが思ってるよりも翼さんは大人だったというのもあります。でも殴ってもいいと思うよ!

・画面外でエボルトとウェルは難波会長よろしく仲直りのハグ(毒なし)で無事になかよしに戻りました
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