戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony 作:セグウェイノイズ
何度か見直しましたが、突貫で書いたので結構綻びがあるかもしれません。申し訳ナス!
「これまでのことでよく分かった。私の覚悟の甘さ、決意の軽さ」
「…………」
「その結末がもたらすものは何なのか。だからねマム、私は……」
「その必要はありません」
「えっ?」
「貴女にこれ以上、新生フィーネを演じて貰う必要は無いという事です」
「マムッ!? 何を言うのッ!?」
「貴女はマリア・カデンツァヴナ・イヴ。フィーネの魂など宿していない。
……ただのやさしいマリアなのですから」
マリアとナスターシャはスカイタワーに訪れた。ナスターシャの座る車椅子を押しながらエレベーターに乗り込み、68階のボタンを押す。鉄の箱が上昇する浮遊感を覚えながら、マリアは考える。
先日ナスタ―シャが放った「もう新生フィーネを演じる必要はない」という言葉。一体なぜこのタイミングでそのようなことを言い出したのか。その答えが出ぬまま、いつの間にか日は一周していた。
浮遊感が収まった。扉上部のパネルはマリアたちが68階に到着したことを示している。ナスターシャに言われるがままここまで来たが、何をするつもりなのか。
「マム、一体……」
「先日の言葉通りです。私達がしてきた事はテロリストの真似事に過ぎません。
真に為すべき事、それは月が齎す災厄の被害を如何に抑えるか……。違いますか?」
「つまり……今の私達では世界を救えないと?」
まだナスターシャの真意が見えてこない。確かに、昨夜行ったフロンティアの起動実験において十分な成果が出ることはなかった。
月の落下からの人類救済のため、海底に封印されたフロンティアを浮上させるという計画。凶祓いの力を備える神獣鏡の光を増幅させ照射するという方法だったが、実験成功の水準には達さなかった。機械的に増幅された光ではフロンティアは反応しない。そう結論付けられ、実験は終了した。
つまり、実質的にフロンティアを解放することは不可能という結果が出されたのだ。ウェルが地団太を踏んでいたのは鮮明に覚えている。
実験失敗に際して、ナスターシャは特に反応を示さなかった。あくまで淡々とした様子であり、要因を分析していたためだとマリアは今まで思い込んでいた。しかし今朝の会話と今のやりとりから鑑みるに、彼女は────。
68階に設置されているテラスに足を踏み入れた途端、マリアの思考は強制的に切り落とされた。
「なッ!? マム、これは……!?」
「米国政府のエージェントです。私が招集しました」
テラスにて待ち構えていたのは黒服の男たち。マリアは思わず身構え、ギアペンダントを握ってしまう。
しかしナスタ―シャは驚く様子もなく、彼らの素性を明かした。「私が招集した」という言葉を考えれば、この場を設けた人物は火を見るよりも明らかだ。そしてその目的も自ずと推測できる。あり得ないと否定しながらも、口が自然と開いてしまった。
「……まさか、
「ドクターウェルには通達済みです。さあ、これからの大切な話をしましょう」
「異端技術に関する情報、確かに受け取りました」
「取扱いに関しましては、別途私が教授いたします」
ナスターシャの指示に従い、彼女が用意していたチップを供与した。これには我々の悲願の全てが内包されている。つまり、これを以て武装組織フィーネの活動は停止。米国に今後を全て託すということだ。
ナスターシャが出した結論だ、マリアに異論はない。だが、相手は因縁深い米国政府。どうしても、いろいろと勘繰ってしまう自分がいる。
この場において、マリアはナスターシャの補佐という役割しかない。粛々とナスターシャの後ろに戻り、事の成り行きを見守っていたとき、それは起きた。
「つきましては……」
『悲しいねェ! 俺に内緒でそんな算段を進めてたなんて』
「……スタークッ!?」
何も身構えもなく振り向いてしまったことを後悔する。しかし、突如響いた声が
この数ヶ月、幾度となく耳にしたあの声。ウェルを発見して以降は姿を見せることのなかった男。
その名は、ブラッドスターク。
勢いよく振り返ってしまったマリアとは対照的に、ナスターシャが表情を変えることはなかった。彼女の双眸は、これも想定内であったかのように────そんなことはないはずだが────怜悧に光っている。
その視線は前方のエージェントに向けられたまま。しかし背後のスタークに対してナスターシャは口を開いた。
「貴方の雇い主はドクターの筈ですが……成程」
『ビンゴ! 俺は今も昔も、クライアントの依頼を受けてるだけだ。それに、コイツらとはちょっとした付き合いがあってな』
どういうことだ、と二人の会話に割り込もうとした瞬間のこと。
前方から冷たい鉄の音が耳朶に入ってきた。それがエージェントたちによるもの、さらには彼らが得物を構えた音であることは容易に推測できる。
全ての銃口が
「マムッ!?」
「貴女の歌より、銃弾は遥かに早く貴女の命を奪う」
「……始めから、取引に応じるつもりは無かったのですか」
『まァそういう事だ。悪いがこれも仕事なんでね、恨みっこなしだぜ』
「必要なものは手に入った。後は不必要なモノを片付けるだけ……」
八方塞がりとはまさにこのこと。前方には銃を構えたエージェントが、後方にはブラッドスタークが。どちらも間隙なくこちらを射抜いてくる。
この状況で、ナスタ―シャを護衛しながら撤退するというのは非常に困難だ。眼前の彼らからすれば、チップを手に入れた時点でマリアたちはすでにお役御免になっている。交渉の余地はゼロといっても過言ではないだろう。
ふと、エージェントの流暢な言葉が詰まった。
なぜ彼は隙を見せたのか。拳銃の撃鉄は降ろされている。人差し指に力を込めるだけで彼方の目的は完了するはずなのだが、理由はあるのか。
いや、今はいい。とにもかくにも、反撃を始めるのなら今が絶好の機会。どの道絶体絶命の身だ、ナスターシャの盾となるくらいはできるはず。
マリアがエージェントの一人に飛び掛かろうとしたその瞬間の出来事だった。
甲高い音と共に
「
「ノイズだッ!!」
炭素変換。触れた者の体組成を全て炭素へと変換させる、特異災害がもたらす人間の末路だ。
今しがたの甲高い音は、ノイズの突貫による窓ガラスの破砕音のようだった。窓際に目をやれば、開通した穴から次々とノイズが侵入してきている。その全てがエージェントたちに標的を定めていることにマリアは目を見開いた。
こちらには目もくれず、じりじりと緩慢な動作でエージェントたちに近づいていくノイズ。明らかに人為的なものを感じる。つまり、これは────。
すでにエージェントたちの銃口はこちらに向けられていない。マリアたちを始末すれば事が収まるフェーズはとうに過ぎたということだ。ノイズに対して半狂乱で発砲を繰り返しているも、通常兵装が意味を為すはずもなかった。
やがて一人、二人と背を向け、我先にと非常口に通じる扉へと殺到する。あのノイズたちには”特定の人物を襲うな”とでも命令が出ているのか。
つい数十秒前までこちらの命を奪わんとしていた連中だ、それに相手の素性は米国政府。そんな彼らが必死の形相で尻尾を巻いて逃げ出している光景に、どこか満足感を得ている自分がいた。
すぐにかぶりを振る。いくら相手が因縁深い連中でも、命まで奪っていい理由にはならないはずだ。それでも、この状況が撤退するには都合がいいというのも事実。彼らを助けるべきか。これ幸いと見捨てるべきか。
『そろそろ、種明かしといこうか』
声がした。ノイズの出現以降口を閉ざしていたブラッドスタークだ。
スタークはマリアの前に歩を進めたと思えば、無造作に右腕を薙いだ。無手だ。トランスチームガンは左手に握られている。腕を振るったところでノイズに届く距離ではない。ならば一体何をしたのか。
すぐに答えは出た。前腕部から射出されたワイヤーが蛇のように空を這い、ノイズの────否、
消滅。即ち、死亡した。この世に痕跡を残すことなく、炭素の山すら残すことなく。
『とまあ、こういう訳だ。お前達もさっさと撤収してくれ』
「あなた……」
『言っただろ? クライアントの依頼を受けてるだけだってな。尤も、奴が今回の講和を御破算にしたがってたってのも事実だが』
「……ドクターとは、もう少し面して話しておくべきでしたね」
『伝えておくよ』
そう言うなり、スタークの姿は黒煙に包まれ、消えた。
去り際の会話から、理由自体は推測できる。エージェントの前では彼らに協調する姿勢を見せていたが、実際の目的は、彼らを始末するというウェルの依頼の遂行だったのだろう。それは理解できる。
エージェントたちを消滅させたのも、”ノイズは敵ではない”ことをマリアたちに確定させ、かつウェルの立ち位置が未だこちら側にあることを暗に伝えようとしたと考えられる。理屈としては正しいと思う。
だが、このやり方はあまりにも、
「マリア。撤退を」
「……ええ。分かってる」
ナスターシャの声で我に返った。そうだ、とにかく今は撤退をしなくては。階下からの悲鳴を聞く限り、ノイズのいくつかがタワー内へと侵入を果たしてしまっている。そしてこの場にも、新たな標的を探しにタワー内へと進軍するノイズの姿が。
込み上げるものをねじ伏せ、マリアはペンダントに手を伸ばす。
「Granzizel bilfen gungnir zizzl」
辺り一帯のノイズは全て排除した。チップも粉々に踏み砕き、一先ずこのテラスに敵は居なくなった。
残念だが、ナスターシャの
「”誰が為にこの声、鳴り渡るのか”」
通路に移動すると、すでに炭素の山が数個屹立していた。
目を閉じる訳にもいかない。なるべくそれを視界に入れないように努めながら、マリアは通路を疾走する。前方右の扉が開け放たれた。
そこから現れるは、観光地には似つかわしくない装甲を纏った男たち。そのシルエットには激しい既視感があった。
どうやら米国の連中は軍隊までも待機させていたようだ。何とも用意周到なことだと舌打ちを零す。
奥のエレベーターが開いたと思うと、そこからも追加の敵軍が。何ともありがたいことに、全員の両手には武骨な銃が武装済みだ。狭い通路だというのに、一糸乱れぬ動きで陣形を展開、突撃銃を向けてくる。
「”もう、何も失うものかと決めたッ!”」
その誓いを果たせているのか。講和の望みは絶たれた。世界を護るという大義も、今のマリアが背負うには大きすぎる。ナスターシャの言を借りるなら、マリアたちのやってきたことはテロリストの真似事。誰のためにこの歌は在ればいいのか。
無数に射出される鉛玉。硬化させた外套で弾く。軍隊の足元に飛来する跳弾。銃撃の雨が降り止んだ間隙をマリアは見逃さなかった。
外套を唸らせ前方の軍隊に打撃を加える。二課装者との接敵時とは異なり、その先端は丸まっている。速度も鈍重だ。もっとも、攻撃を加えられる彼らからすれば堪ったものではない速度であることは不変。何とも半端なことだと自嘲するも、浸っている暇はない。陣形が崩れたのを利用し邪魔な障害を蹴散らした。
「待ち伏せを避けるため、上の階からの脱出を試みましょう!」
反論する理由はない。エレベーターを用いて地上から脱出する算段だったが、エレベーターのある前方が塞がれている以上道は限られている。
ナスタ―シャの言葉を聞き届けたと同時に、マリアは真横の扉を蹴り破った。扉の上部には人型が緑色に発光する看板が。マリアはこの看板が「非常口」を表すものだと把握していた。
案の定、扉の先には階段が設置されている。横幅は通路よりも狭く、ここを使えば数の有利も覆るはずだ。
この戦いは絶対に負けられない。マリアの思いは差し置いても、こうなってしまった以上生き残り、無事に脱出するしか道はないだろう。
上階に到達する。少しでも追手を撒くために別の非常階段に向かう腹積もりだった。
通路に足を踏み入れた途端、マリアは自らの失策を悟った。
まず目に飛び込んできたのは、未だ状況が呑み込めないといった様子で立ちすくむ数人の一般市民。そして、背後────通路の曲がり角から姿を見せた、全身を武装した集団。
彼らと視線がかち合った刹那、叩き込まれる弾丸。雪音クリスのそれとは比べ物にならない密度ではあるが、脅威は脅威だ。身を翻し、即座に防御に徹する。先ほどと同じく、攻勢が緩んだ頃合いで動き出せば問題ない。
「”やがて知る未来はッ! 千年後も変わらず、夜明けのヒカリの空へ”……ッ!?」
その時だった。
呻くような悲鳴。いや、戦場から程遠い一般市民からすれば、異常極まるこの状況は悲鳴を上げて然るべきといったところだろう。しかし、悲鳴の聞こえた場所が問題だった。
マリアの背後。曲がりなりにも護る形となっていた市民のものだ。つい数分前の反省も忘れ、思わず振り向いてしまう。
男性だ。その顔は苦痛に歪んでいた。右腕は赤く染まり、今もなお響く銃声がその原因を雄弁に物語っていた。隣の知り合いらしき女性が恐慌の声を上げる。
男性の負傷の原因は弾丸。展開した外套に弾かれなかった、所謂流れ弾というやつだ。
「……”皆に……幸、あれ”」
この場が戦場にならなければ。あのまま階段を駆け上がっていれば。槍を振るうのをためらわなければ。この手を穢すことを恐れなければ。
後悔の波濤が押し寄せる。
「マリア……」
「私のせいだ」
激痛に身をよじらせる男性に、慄き叫ぶ女性。恐怖は無事だった他の者にも伝播していく。総ての責は、
「……総てはフィーネを背負いきれなかった私の……私のせいだァァァァァッ!!」
蹴り砕き、突き刺し、貫き通す。見たくないものを見ないがために、その眼は固く閉ざされる。
大切な話をすると言い残し、エアキャリアを後にしたマリアとナスターシャを待っていた切歌。その間、調と
お湯を沸かしている最中、誰と何の話をするのかと話し合うもそれらしい答えは出なかった。支度が終わり、調と二人でマリアたちの帰還を待っていたのだが。
「この手は血に穢れて……。セレナ、私はもう……」
木霊する慟哭。マリアは力なく崩れ落ち、嗚咽している。帰ってくるなりこの調子だ。半日前までの彼女とは思えぬその様子に二人は目を丸くする。心配なのは当然として、何が彼女をこうさせたのか。
泣き崩れるマリアとは対照的に、なぜか同時に帰って来たウェルは上機嫌だ。鼻歌まで歌っている。
「教えてマム。一体何があったの?」
「…………」
「それは僕からお話しましょう。よろしいですね?」
調がマリアに水を手渡す。そのまま痺れを切らしたとばかりにナスターシャに説明を求めるも、返ってくるのは沈黙ばかり。ナスターシャもずっとこの調子だ。何かしようにも理由が不明な以上、切歌たちにはどうすることもできない。
そんなとき、謳うような軽やかさでウェルが口を挟んできた。非常に癪だが、彼はこの状況の経緯を説明できるようだ。ならば下手に噛みつくのは止めておこう。調と目を合わせ、頷きあう。
沈黙を肯定と受け取ったのか、ウェルは滔々と語りだした。
「ナスターシャは、十年を待たずして訪れる月の落下より、一つでも多くの命を救いたいという崇高な理念を米国政府に売ろうとしたのですよ」
「……マム?」
「本当なのデスか!?」
「それだけではありませェン! マリアを器にフィーネの魂が宿ったというのもとんだデタラメッ! ナスターシャとマリアの仕組んだ狂言芝居ィ~」
ウェルの説明は二人を驚かせるには十分なものだった。いや、”驚く”などという安い言葉どころではない。人類救済の理念を売る。あのナスターシャがそんなことをする筈がないと切歌は信じている。
そう信じたい。だが当の本人は相変わらず沈黙を貫いている。切歌にはその姿が、ウェルの言うデタラメを肯定しているように見えてならなかった。
何より、問題は次だ。
ウェルの言葉が正しいとするなら、
ナスタ―シャの計画。それは月の落下から人類を可能な限り救済するというもの。そのために、まずはフィーネであるマリアを介し「月の落下の公表」と「事実を知る者たちが特権階級の救済を優先させていることへの弾劾」、「具体的な救済方法の提示」を行う手筈だった。
しかし、これらはマリアが新生フィーネであったからこそ可能だったものだ。フィーネの言であるからこそ、後ろ暗い連中は白日の下に曝されることを恐れる。トップアーティストとして信仰者が各所に点在するマリアの言だからこそ、救済の対象である一般市民たちは彼女に追従する。虚言だと疑う者も幾らか少なくなる。
その前提が覆ってしまえば、全ては瓦解してしまう。彼女がフィーネの器であることを切歌は信じて止まなかったし、調もそのはずだ。
地盤を揺るがすその事実を、未だ二人は呑み込むことができないでいる。
「僕を計画に参加させる為とはいえ、貴女達まで巻き込んだこの裏切りはァ~、あんまりだと思いませんか?
せっかく手に入れたネフィリムの心臓も無駄になる所でしたよォ!」
「マム、マリア! ドクターの言ってる事なんて嘘デスよね?」
「ごめん、二人とも……」
「そんな……」
落ち着きを取り戻した様子のマリアだが、謝罪の言葉を繰り返している。この謝罪の意味は、どう考えてもウェルの言が真実であるという肯定の意だろう。
つまりマリアはフィーネではないし、計画を米国に売ろうとしたのも事実。
マリアの謝罪は、残酷な回答を示していた。
「マムは、フロンティアに関する情報を米国政府に供与して、協力を仰ごうとしたの」
「……米国政府とその経営者たちは、自分達だけが助かろうとしているって」
「切り捨てられる人たちを少しでも守るために、アタシたちは世界に敵対してきたはずデス!」
「……あのまま講和が結ばれてしまえば、私達の優位性は失われてしまう。だから貴方はあの場にノイズを召喚し、会議の場を踏み躙って見せた」
「嫌だなア! 悪辣な米国の連中からァ、貴女を守って見せたというのにッ!」
こうなってしまえば、この場はもはやウェルの独壇場だ。
ナスターシャとマリアが積極的に反論する意思を見せない以上、ウェルのテンションは天井知らずに高まっていく。
ウェルはくるくるとその場で回りながら謳っている。しかし、この場の誰も彼に目を向けない。
ウェルの鼻歌をBGMに、昏い重圧がその場を支配していた。
考える。
自分の────マリアの覚悟が至らなかったせいで、こうなってしまった。
事態が悪化した訳ではない。実際、米国と協調できたのかという点については、マリアも疑問が残っている。ナスターシャも苦渋の決断だったのだろう。
マリアがフィーネを背負えていれば、ナスターシャも
堂々巡り。自責の念が無限に螺旋する。
そんな中、彼は現れた。
『よっ! 聞いたぜ。とうとう、自分がフィーネじゃないとバラしちまったんだって?』
「……放っておいて」
『怒鳴られる前に断っておくが、俺はクライアントの依頼をこなしただけだ。恨もうったってお門違いって奴だよ』
表れたのはブラッドスターク。顔も見たくない相手だ。
彼は世間話のような口調で話しかけてきた。マリアは通路に座り込んだまま、スタークを黙殺する。
確かに彼の言う通りではある。彼は事実、ナスターシャの賛同者ではない。ただ単に傭兵としてウェルに雇われただけの身だ。ウェルの方針でナスターシャの指令も受けているようだが、それでも優先度はクライアントであるウェルの方が上。
日中の件でも、米国のエージェントたちを手にかけるのは”フィーネ”であったマリアの役目だったはずだ。
暗鬱な感情が回転を続ける。スタークの登場で、よりその速度が上がったとまで感じてしまう。
そんなマリアの姿を見かねてか、スタークは盛大にため息を零した。
お小言でも言うつもりか。使命を全うしているそちらの言葉はさぞ響くことだろう。
────その程度のものなら、まだ良かったのだが。
『……まだ分かってないようだな』
空気が変わった。明らかに。
思わず彼を見上げてしまい、気づく。彼の纏う雰囲気が変わったのだ。マリアを正面から見据えるそのマスクから感情は読み取れない。それでも、彼が初めて自分を正面から見据えているのは解った。
『いいか? 真実はどうあれ、再誕したフィーネを名乗った時点でお前はもう人間じゃないんだよ。”世界を救う”なんて大義名分に充てがわれた偶像に過ぎない。
異端技術の先鋒に聳えるフィーネの知識、技術力を欲しがる奴らなんてそこら中にいる。そんな奴らにとって、お前は恰好の標的って訳だ。
何せお前は、全世界の前で正体を明かしたんだからな』
鼻頭を殴られたような気分に陥った。
彼の言っていることは間違っていない。フィーネを名乗ったことも、偶像で在り続けることも。何もかも、結局はマリア自身が受け入れてしまったことだった。
『襲撃を受ける可能性も、お前が手を汚すことになる可能性もナスターシャから聞いてた事じゃないのか? つまりお前が悔いてる事は、お前達が戦争を仕掛けた時点で遅かれ早かれ味わう事なんだよ。
それとも、あんな大見得を切っておいて”覚悟が決まってなかった”とでも言うつもりか? だとしたら、能天気にも程がある』
それは、と反論の声を上げようとする。だがどうしたことか、上手く言葉が出てこない。
それは。その言葉と何を接続しようとしたのか。
いつしか息が浅くなっていた。そんなマリアに気づいているのかいないのか、彼はなおも口を止めることはなかった。
『お前が偶像である事を止めて、これ以上戦わないのは勝手だ。だがそうなった場合、誰が代わりになると思う?』
返答を待つかのように訪れる沈黙。永遠か、それとも一瞬だったのか。やがて彼は言葉を続けた。
『調と切歌だ』
「冗談でしょうッ!?」
その答えは、マリアが声を荒げるのには十分すぎるほどだった。だって、あの二人がそんな役目を背負う必要など何処にもない。
「あの二人にそんなこと……」
『健気な事に、アイツらは今回の件でお前に負い目を感じてる。知らず知らずの内に、自分がマリアに負担を強いていたんじゃないかってな。お前とナスターシャの狂言芝居が明るみに出て、お前は醜態を晒した。
そうなっちまった以上、マリアの為とあらば"フィーネ"を継ぐと言い出しても不思議じゃない』
今度こそ反論できない自分に気づく。
言い返したい。あの二人にそんなことをさせる訳にはいかない。
フィーネの肩書が降りてしまった時点でそんな理由は通用するかとなれば、答えは否だ。再度背負うことなどできるだろうか。そうなれば、彼の言う通りの展開になるのも時間の問題なのかもしれない。
だが、と彼は続ける。
『今のアイツらじゃフィーネは背負えない。そうなればお前の数少ない信仰者達は、寄って集って二人を責める。元々お前に心酔してた連中だからな、無理はないだろ』
「…………」
『お前がやるしかないんだよ。
お前にも分かってる筈だ! 一度その役目を受け入れちまったんだ、途中下車は許されない。何より、お前自身が許せるのか?』
「でも、私は……もう……」
無理だ。どの面を下げて彼女たちの前に姿をみせるというのか。これ以上、重荷に耐えられる自身がない。
自然と拒絶の言葉が漏れる。マリアはスタークの叱咤を待つように顔を落とし、
『何を躊躇ってるッ!!』
轟く怒号に身を震わせ、思わず顔を上げてしまった。
その怒りは、ウェルが立花響の左腕をネフィリムの餌としたときのそれと比べても遜色ないほどのものだ。
視界が滲む。溢れる涙を強引に拭い、スタークを睨みつける。今のマリアには、言い返す気力も言葉も見つけられなかった。
『お前には護る物があるんじゃないのか? 世界を救うんじゃなかったのか? 成すべき正義があるんじゃないのか!? それとも全部嘘だったのかッ!!』
気づけば、彼に殴りかかる自分がいた。何とも不格好で大振りなそれをスタークが食らってやる道理などない。当たり前のように拳は空を切り、体は宙を舞っていた。
受け身も取れず固い床に激突する。全身に伝播する痛みの信号。天井を見つめ、大の字になって嗚咽に震える。
護るべきもの。世界を救うという使命。成すべき正義。
マリアが取るべき選択は────。
マリアが戻って来た。
ここから退室した際は今にも死にそうな顔だったが、少し落ち着いたようだ。蒼白だった血色も良くなっている。
入ってくるなり、彼女は部屋を一瞥した。現在室内は二分されたような形だ。切歌が立つのはナスターシャの隣。調も隣で向かいを睨んでいる。
対角にて背を壁に預け、リラックスした体勢でウェルはこちらを見つめ返している。ナスターシャ陣営とウェル陣営で分かたれている状況だ。二分されているからといって、どちらの最終目標もフロンティアの封印解除。要は気持ちの問題である。
マリアは状況を理解したようだ。コツコツと靴を鳴らし、歩みを進めている。
間違いなく彼女はこちら側につく。ウェルがソロモンの杖を所持している現状だが、装者が3名もいれば天秤が傾くということにはならないだろう。
靴音が反響する。
マリアは切歌たちに
この場でマリアが状況を見誤るなどあり得ない。つまり彼女は自らの意志でそこに身を置いているというのか。だって、そこは、
「マリアッ!?」
「どうしてデスか!?」
「ウヒヒヒ……そォでなくっちゃッ!」
マリアの立つそこは、こちら側ではなかった。
自分はウェルにつく。言葉に出さずとも、そう言っている。
一体なぜ?疑問が溢れる。あのマリアが、誰よりも優しいマリアがウェルの側につくなどあり得ない。あり得ない、のだが。
切歌の網膜は、こちらに対立する彼女の姿を克明に映し出していた。頭が
「偽りの気持ちでは世界は護れない。セレナの願いを継ぐことなんてできやしない。全ては力……力を以て貫かなければ、正義を為すことなんてできやしないッ!
世界を変えていけるのはドクターのやり方だけ。ならば私は────ドクターに賛同するッ!」
凛とした表情で言い放つマリア。だが、そう簡単に受け入れられる切歌たちではなかった。
「そんなの嫌だよ……。だってそれじゃ、力で弱い人たちを抑え込むってことだよ?」
「忘れちゃったデスか!? 強い力からみんなを護ろうって……そう言ってたじゃないデスかッ!」
「マムだって悲しむ。お願い、マリア。考え直して」
ナスターシャに目を向ける。誰よりもマリアとの付き合いが長い彼女であれば、きっと何とか説得してくれるはず。そう考えての行動だった。
「……解りました。それが偽りのフィーネではなく、マリア・カデンツァヴナ・イヴの選択なのですね」
悲しいかな、ナスターシャの反応は、切歌たちの期待とは真逆のものだった。頷くマリアを確認して以降、言葉を発する気配はない。
そんなときだ。再び訪れた沈黙を破るかのように、ナスターシャが自身の異変を訴えた。
激しく咳き込み、呼吸を荒く、浅くさせるナスターシャ。口を抑えた右手には、赤い液体が付着していた。日中の話を聞く限り、ナスターシャが体調を崩すのも無理はない話だ。
慌てふためる切歌と調。しかし二人に医療の知識はない。心配することしかできない自分がもどかしい。
半ば無意識にマリアに助けを求める。ナスターシャの身体を診られるのは、この場においてはマリアかウェルだけ。
そんな二人から避けるように、マリアは顔を背けていた。この行為が明確な意思表示であることを悟った瞬間、切歌の顔は苦痛に歪んだ。
息を吐くような嘲笑の後、白衣を翻らせ動き始める者が一人。
「後の事は僕に任せて、ナスターシャはゆっくりと静養してください。
さて……僕は計画の軌道修正に忙しくなりそうだ」
眼鏡のブリッジに指を添えながら、ウェルはナスターシャの万能椅子────2号機だ────のグリップを握り、その場を後にした。
マリアも後に続くように退室する。残されたのは二人だけ。役割もなく、ただそこに立ち尽くす。
マリアの顔を思い出す。切歌はしっかりと目にしていた。
ナスターシャの治療を拒んだ際の彼女は、確かに切歌たちのよく知るマリアだった。優しさに満ちた優しいマリア。ナスターシャに駆け寄れないのを歯がゆく思っているように見えた。
もちろん、全てが切歌の都合のいい妄想だという可能性も十二分にある。マリアが本当にウェルに賛同しているという線もなくはない。
切歌がここまで拘泥する理由はいくつもある。マリアを慕っているから。マリアと世界を救いたいから。それ以上に、
────もしマリアたちが苦しんでいるのなら
調と誓った約束。
それを果たすときが、早くもやってきたのかもしれないと思ってしまったから。
「あの……」
「何?」
「ありがとう、ございました」
通路でウェルと別れ、マリアはとある部屋に赴いた。
部屋の中央に設置された光の檻には、一人の少女が入れられていた。少女────小日向未来に礼を言われ、何のことかと首を捻る。
「死にたくなければ来いッ!」
スカイタワーでの一件で、上からの脱出を試みていた際に偶然見かけた少女。手を指し伸ばし、その手を彼女が取った。未来がこの場にいるのはそういった理由だ。
なぜマリアが未来に手を伸ばしたかについては、マリア自身もよく理解できていない。
「どうして、わたしを助けてくれたんですか?」
「さあ。……逆巻く炎に、セレナを思い出したからかもね」
「セレナ?」
「マリアの死んだ妹ですよ」
割って入った男の声。
随分早い登場だが、本当にナスターシャの治療は完了したのか。一応仕事は完璧にこなす彼だ、その点についてはあまり懸念はない。
ウェルは未来の入った檻に近づいていく。その足取りは軽く、今にも踊りだしそうだ。
「……この子を助けたのは私だけれど、ここまで連行するよう指示したのは貴方よ。一体何のために?」
「勿論、今後の計画遂行の一環ですよ」
彼女は二課の外部協力者という立ち位置でこそあれ、それ以上の価値などないはず。人質にでもするのかと訝しむが、そんな様子には見えない。
それも当然だ。マリア自身、この時点では知る由もないことだが────ウェルの思惑は、常識などという尺度で測れるものではなかったのだから。
「そんなに警戒しないでください。少しお話でもしませんか?」
口角を上げ、目尻が下がっている。
絵にかいたような笑顔。ひどく落ち着いた声色で、彼は未来に話しかけた。
「きっと────貴方の力になってみせますよ」
マリアさんの台詞は翼さんよりひらがな多め、響や調より漢字多めでお届けしています
補足 フィーネの生死認識について
補足というか一応文章内で書いてることです
現時点でフィーネが生存していると知っているのは二課職員+未来だけです。クリスの歓迎会にエボルトが参加していればいろいろ対応も変わっていましたが、F.I.S.とnascitaの行き来に忙しかったので残念ながらそうはなりませんでした。