戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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ウェルが難しすぎる

EPISODE00-1の文章を全部書き直したり設定を現行のものにしたりしているので、よろしければご覧ください。
ただ根幹の設定が変わったわけではないので読んでなくても問題はないと思います


EPISODE17「マッドな世界」

 息を吸い、吐く。

 ただの呼吸。彼女が生を受けて二十余年、当たり前のようにこなしてきたこの動作が、今はどうにも難しい。

 フロンティアが起動してからそう時間は経っていない。

 それなのに、どれだけの人が傷つき、命を散らしただろう。

 

 船体各所で戦闘が始まって以来、背中に圧し掛かる重みは増す一方だ。幾人の命が乗っているのだろうか、彼女はそれを数えることができない。

 目を閉じて、十字架からも背を向けて。

 それでも立ち去ることは許されていない。

 

 耳に届くのは浅い呼吸。無言を貫くナスターシャの呼吸すら鮮明に聞き取れるほど、この場は静謐を保っていた。

 呼吸を数回、口を開く。

 

 彼女を包む静謐が、この現実をどうしようもなく実感させられる。

 

 

 

「────私はマリア・カデンツァヴナ・イヴ。月の落下がもたらす災厄を最小限に抑えるため、フィーネの名を騙った者だ」

 

 

 

 マリアは今、世界を救う只中にいるという現実を。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 二課仮設本部、出撃ハッチにて。

 ジープに乗り込み、出撃の準備を整える弦十郎。徐々に上がっていくエンジンの回転と、風に乗って伝わる焦げた臭いが否応なく場の緊張を高めていく。

 それと同時、彼の裡に湧き上がるもの。

 

────ようやく暴れられる。

 

 その高揚を誤魔化すように、運転席でシートベルトを締める慎次に対して、弦十郎は息を吐いた。

 

 

 

「世話の焼ける弟子のおかげでこれだ」

 

「きっかけを作ってくれたと、素直に喜ぶべきでは?」

 

「言ってくれるな」

 

 

 

 魂胆は見透かされているようだ。軽口を叩く腹心に、弦十郎は苦笑で返した。

 さて、エンジンも十分に温まった。出撃を命じるべく口を開いたその瞬間、車内モニターが甲高い電子音を鳴らした。

 眉をひそめ、通信主である朔也に要件を尋ねると、

 

 

 

〈出撃の前に、これをご覧ください〉

 

 

 

 その言葉の後、モニターに外部の映像が転送される。

 

 

 

〈私はマリア・カデンツァヴナ・イヴ〉

 

 

 

 全世界同時に配信されているというこの映像、その中央に立つ一人の女性。マリア・カデンツァヴナ・イヴその人だった。

 今まさにフロンティア内部にいるであろう彼女が、目の前にいる。出撃を少し延ばす価値はあると、弦十郎は彼女の声に耳を傾けた。

 

 堂々とした立ち振る舞いで彼女が語ったのは、これまでひた隠しにされてきた真実だった。

 ルナアタック、それにともなう月の欠片の落下。その事実を米国、ひいては世界の特権階級が隠蔽してきたということを滔々と語るマリア。

 突然の告白ではあるが、この情報は世界を震撼させるに十分なものだ。

 だが、

 

 

 

「この期にF.I.S.は、何を目論んで……」

 

 

 

 今それを語ったところで何になるのか?

 弦十郎は腕を組み、遥か先の建造物を睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「全てを偽ってきた私の言葉が、どれほど届くかは自信がない」

 

 

 

 声は震えていないだろうか。

 ぺらぺらと口が回るものだと、どこか他人事のような感想を抱く。

 歌姫として、装者として、フィーネの器として。

 全てを偽ったというその言葉に偽りはない。

 

 

 

「だが……歌が力となるこの事実だけは、信じてほしい」

 

 

 

 それは紛れもない本音だった。

 

 

 

「私では、落下する月を受け止められない。だから貸してほしい……みんなの歌を、届けてほしいッ!」

 

 

 

 マリアはその力も、資格も持ち合わせていない。

 雲は未だ晴れず。それでも今はやるしかないのだ。勢いのまま、マリアは再び世界に向けてその句を告げた。

 

 

 

「Granzizel bilfen gungnir zizzl」

 

 

 

 一瞬の後、身を包んだ光が漆黒の鎧、そして外套へと変貌する。

 弱気と疑念を振り払うように、マリアは外套を翻し歌い始めた。

 

 

 

(……私は)

 

 

 

 それは勇壮なる歌。

 F.I.S.が武装蜂起した夜のライブ中継、そして風鳴翼との幾度かの激突。今までの全てを足してもなお今には届き得ないと確信させるほどの熱量が、その歌声には籠っていた。

 

 誰がためにこの声、この歌は鳴り渡るのか。

 ここでやらなければ人類は滅びる。そのどうしようもない運命が、マリアの気迫を後押ししてくれる。もう何も失いたくない、だから束ねた想いで運命を蹴散らすのだ。

 その内心も気迫に溢れて────。

 

 

 

(この手で誰かの命を救おうだなんて……そんなこと、私には)

 

 

 

 溢れて。

 そして、歌が終わる。

 

 室内に反響する、かすれた自分の息遣い。

 いやにそれが耳に入り、マリアはナスターシャの報告を待った。数秒の後、耳朶を震わす彼女の声。

 

 

 

〈月の遺跡、未だ沈黙……〉

 

「……やはり」

 

 

 

 思っていたほど、驚きはなかった。あるのはただ、無力感と自らへの憎悪のみ。

 この結果も当然だ、今この世界で”マリアは世界を救える”と誰よりも信じていないのは────。

 

 

 

「やはり私の歌は……誰の命も救えないッ……!」

 

 

 

 他ならぬマリア・カデンツァヴナ・イヴ自身なのだから。 

 

 

 

〈もう一度月遺跡の再起動を……〉

 

「無理よッ! 私の歌で世界を救うなんてッ!」

 

〈マリア! 月の落下を食い止める最後のチャンスなのですよ!〉

 

 

 

 どれだけ言われようが変わらない。

 失敗の原因はただ一つ、マリアは自分の歌を信じられない────それが全て。想いの乗らぬその歌声についてこられる人間がどこにいるのか。

 ならば、残された道は一つ。

 

────お前がやるしかないんだよ。

 

 あの夜の冷たい空気が皮膚を撫でた。あの日の言葉が、鮮明に蘇ってくる。

 

 

 

「私に……この身に出来ることなんて一つしかないッ!」

 

 

 

 選択をした。ならば始末もつける。

 歌を届けられないのなら、血を流すことで禊ぐしかない。人類を滅ぼした償いなどできはしない。それでも、これ以上壊させないために。

 

 

 

〈……私にそれを言う資格がない事など百も承知です。

 ですが、優しいマリアにその選択をさせる訳にはいきません〉

 

 

 

 ナスターシャの声が、少しだけ揺れている。

 優しい。彼女はマリアのことをよくそう形容する。優しさは捨ててしまえとも。

 だが、自分のどこが優しいというのだ? 人類を滅ぼした一味の首魁である自分が、必要以上の武力で、感情のままに人を殺めた自分が。

 

 優しい、などということはありえない。

 

 

 

「マム! これが私の選択なの。他の誰でもない、マリア・カデンツァヴナ・イヴの選択ッ!」

 

 

 

────成すべき正義があるんじゃないのか!? それとも全部嘘だったのかッ!!

 

 沈んでいくあの日の声が、正面からマリアの胸を抉る。

 嘘などではない。この決意まで裏切ってしまえば、何が残るというのか。

 ”彼”に言い聞かせるように、不安を押しつぶすように。マリアは声を張り上げた。

 

 

 

「これが私の成すべきせ────」

 

「バァァカチンがァァァ~~!!」

 

 

 

 その決意(欺瞞)は、場に不釣り合いな、静謐を壊す大声によって阻まれた。

 振り向くよりも早く、頬に奔る衝撃と鈍い痛み。視界が傾き、宙を舞う一瞬の最中、マリアが見たのは男の姿。異形の腕を振るった、土に汚れた白衣の男────ウェル博士が、その目に狂気を映してそこにいた。

 

 

 

〈マリアッ!?〉

 

「月が落ちなきゃ好き勝手できないだろうがッ!!」

 

 

 

 その顔を醜悪に歪ませたウェルが、足を踏み鳴らしながら大股で管制室の中心まで駆け寄る。

 中心にて光を放つ球体に左手を乗せると、頭上に映し出されたモニターにナスターシャの姿が表示された。

 勘付かれた、そう思うも後の祭り。彼はもう止まらない。

 

 

 

「やぁっぱりオバハンかッ!」

 

 

 

 ナスターシャの姿を認めた途端、歯をむき出しにして過剰なほどに眉を吊り上げるウェル。

 手に持っていた木の枝を突き出し、唾を飛ばして叫ぶその面は羅刹のようだ。それでも、ナスターシャは臆せず叫ぶ。

 

 

 

〈お聞きなさい、ドクターウェル! フロンティアの機能を使って、収束したフォニックゲインで月遺跡を再起動できれば月を元の軌道に戻せるのですッ!〉

 

「そんなに遺跡を動かしたいのなら! アンタが月に行ってくればいいだろッ!!」

 

 

 

 それはあまりにも突然だった。

 言い終わるよりも早く、地団駄を踏みながら拳を球体に叩きつけたウェル。直後轟音、加えて床を伝う震動がマリアを襲う。

 瞬間、瞬きの間にモニターの映像が切り替わる。

 映されたのは船体外観。その中央に映る小さな区画、制御室。ナスターシャが独り人類を救うため奔走している場所。

 それが────。

 

 

 

「……マムッ!?」

 

 

 

 ()()()()()()

 射出されたと言い換えてもいい。それくらいその光景は現実離れしていて、呆気なかった。

 白煙を噴き上げながら浮き上がり、宙に向かってその姿を小さくしていく制御区画。おもちゃのロケットのように空へと消えていくその姿は、区画内に人間が────ナスターシャがいるという現実をマリアから一瞬奪い去った。

 

 震動が収まる管制室。

 インカムから聞こえるのは砂嵐のような雑音のみ。荒い息で肩を上下させる男、彼の声次第に笑声へと変化していく。

 ぼやける思考。しかし耳障りな声を耳にして、ようやく意識が引き戻された。 

 

 

 

「有史以来、数多の英雄が人類支配を成しえなかったのは人の数がその手に余るからだッ!!

 だったら()()()()()()()()()()()()()()! 僕だからこそ気付いた必勝法ッ!」

 

 

 

 彼女の名を呼びかける。

 何度も、何度も、何度も。

 返答は煩雑な砂嵐のみ。沈黙を貫く彼女、その事実を、その末路を認めたくない。マリアはナスターシャの名を呼び続け、

 

 

 

「トロフィー代わりだッ! スタークにやられる前にこの僕がやってやるッ!」

 

「……取らなければ」

 

 

 

 やがて男の姿に引き付けられる。

 赤く滲む視界。思考が焦げ付く音がした。

 

 

 

「責任は、この私がッ!」

 

 

 

 気づけばその手に握られていた、漆黒の槍。

 ほんの数歩。それだけで終わらせられる。いつしか背に乗る重さは全て消えていた。

 今はただ、この槍を突き出すことだけ考えればいい。

 そしてこの男を、ウェル博士を、

 

 

 

「手にかけるのかァ? この僕をッ! 僕を殺すことは全人類を殺す事だぞッ!」

 

「殺すッ!!」

 

「エエエエェェェェェッ!!?」

 

 

 

 疾走。

 今更一人奪う命が増えたとて変わりはしない。ナスターシャの、親にも等しい彼女の仇を取るのだ。

 それ以外はどうだっていい────!

 

 無防備を晒すウェル。その胸元に狙いを定め、マリアは腕を前に突き出した。

 目を閉じるものか、その死に際をこの目に焼き付けなければ彼女が浮かばれない。

 マリアの目に映るのは、鮮血。そして苦悶に歪む男の顔。

 

 

 

 否。

 

 

 

 その目に映るのは絶命した男にあらず。

 ウェルの心臓まであと数センチ。だのにそこから先に進まない。

 

 そこにいたのは、この場には不釣り合いな少女だった。

 少女が、学校の制服を着用した、どこにでもいるような少女が。

 マリアの槍を止めている。

 

 

 

「立花、響ッ……!?」

 

 

 

 そこには────穂先を握って離さない、立花響の姿があった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 その足取りはひどく重く、しかし必死だった。

 木の枝を杖代わりに、ぬかるみに足をとられたようにじたばたと走るウェル。悲鳴のような呼吸がやけに耳に障り、土に塗れた白衣が重くて仕方がない。

 

 だが立ち止まれば終わりだ。彼は思い通りにならない全てへの怒りをまき散らしながら、二度目の遁走を続ける。すぐ後ろにマリアがいる。少しでも早くここを離れなければ。

 限界は訪れたのはそのすぐ後だった。

 

 

 

「「ドクターッ!」」

 

「ヒィィ!?」

 

 

 

 連絡橋に反響する鋭い声。

 鼓膜を貫くその声に、ウェルの背筋がびくんと跳ねる。腰が砕け地面に突っ伏したまま、かろうじて彼は声の主の姿を認めた。

 

 

 

「やっと追いついたデスッ! よくもマムをッ!」

 

「あなたは許さない……絶対ッ!」

 

 

 

 月読調、暁切歌。不遜にもウェルから離反し、行く手を阻む二課の協力までし始めた小娘たち。

 だが彼女たちはあのブラッドスタークを退けここにいるのだ。

 その瞳に宿る怒気を悟った瞬間、ウェルは怯え────直後、感情が爆発する。

 

 

 

「どッ……どいつもこいつもッ! やりたい放題して僕の行く手を阻んでッ!

 試練にしても多すぎるぞ! とっくに越えてるだろッ、十二個なんてッ!!」

 

「訳分からないこと言ってんじゃないデスよッ!」

 

「うるさいッ!」

 

「うるさいのはそっちッ!」

 

 

 

 怒りをまき散らしながらも、その脳内は高速で回転し逆転の手段を模索していた。

 このネフィリムの左腕があれば、どこでもネフィリムを顕現させられる。スタークには最早通用しない手段だが、この二人相手ならば隙を突ける。

 その瞬間を見つけるため、ウェルは大声で喚き散らした。

 

 

 

「大体変わらないだろッ、誰が地球をやりたい放題してもッ!! 地球が凹んで終わるより、英雄が生まれる結末の方が億倍ハッピーだッ!!

 ここで僕がやらなくても、どの道────」

 

『────おっと、そこまでだ』

 

 

 

 空気が爆ぜる音がした。

 噴き出す黒煙が床を這い、声がかかる。

 その声を聴いた途端、今度こそ正真正銘背筋が凍った。

 煮えたぎる感情も、回転する頭脳も。全てが冷え、止まった感覚に陥る。

 

 死を告げる死神を前にしたように。本能的な恐怖が警鐘を鳴らし、脳髄を締め付ける。

 ウェルの口からかすれた息が漏れた。

 

 

 

『ようウェル。まさか、年貢の納め時って言葉がこれほど似合う人間になるとはなァ。流石の俺も予想外だったよ』

 

「「スタークッ!」」

 

「エボルトッ!!」

 

 

 

 その名を叫ぶ。

 全身からスパークを奔らせ、鎧の一部には亀裂が走っている。まさに満身創痍といった容貌。だというのに、その底知れない存在感はなおも健在だった。

 

 

 

「何でここにいるッ!? こいつらに負けたんじゃ……」

 

「エボルト?」

 

『勝手に本名バラしやがって……』

 

 

 

 怪訝な顔を見せる調。その反応を見て、ウェルは思わず口を覆った。

 エボルト。

 この名は出すな────その約束を破ったことを、スタークの低い声が悟らせた。

 うまく息が吸えない。呼吸の仕方を忘れたウェルを戒めるように、左右の肺が痛みを発する。

 

 

 

『まあいい。契約関係でもないお前との口約束なんて、真面目に聞いてやる必要もないだろ。なっ、お二人さん』

 

「そこどいて」

 

『どいて、と言われてもなァ。道は空けてるだろ? 今こいつに用はないんじゃないか?』

 

「今は、わたしたちが出る幕じゃないから」

 

「またジャマされないように、ここでまとめてとっ捕まえるデス!」

 

『血の気が多いねェ! だがさっき言った通り、これ以上お前達と戦うつもりはない。こちとらボロボロになってるんだ』

 

 

 

 なぜこの娘たちはスターク相手にああも啖呵を切られるのだ?

 確かに彼女らはスタークを打ち破った。だが、あんなものは彼の本気からは程遠い。本来の力を取り戻した彼に勝てる可能性など今は皆無だ。

 今でこそ楽し気だが、少しでも彼の機嫌を損ねればそれで終わる。

 それを本当に理解しているのか?

 無鉄砲にも程がある。歯をガチガチと鳴らし、寒気が背中を這い回る。

 

 その時、不意に正面の扉が開いた。

 重い靴音。二つの影が、こちらに向かって近づいてくる。

 

 

 

「ウェル博士ッ! ブラッドスタークッ!」

 

 

 

 その声にウェルは反射的に身を竦めた。

 腹の底に響く重低音で放たれる、聞き覚えがありすぎる声。こんな時だというのに、かつての屈辱が脳裏をかすめ、心臓の拍動がさらに増す。

 霞む視界の中顔を上げると、二つの影────赤髪の大男に長身の優男が調と切歌の隣に並び立っていた。

 

 

 

『久しぶりだなァ風鳴司令! そっちはエージェントの緒川か? 随分と役者が揃ってきた』

 

「ウェル博士の身柄を渡して貰おうか。ノイズさえ出てこないのなら、俺も遠慮はせんぞ」

 

 

 

 拳を構え、スタークを見据える大男、風鳴弦十郎。

 その圧力が広がり、スタークのそれを打ち消していく。凄まじい存在感、まさに炎。彼の登場で、場の温度が幾何か上がった感覚さえ覚えた。

 

 しかし、スタークの余裕は崩れていない。

 鋸、鎌、拳銃、拳。四つの得物を向けられているスタークは肩をすくめ、世間話でもするかのような仕草で彼の言葉に返答した。

 

 

 

『勘違いしてるみたいだが、俺はウェルを助けに来た訳じゃない。別に仲間でもないからな』

 

「では、なぜ我々と相対を? お二人との交戦でかなりの痛手を負った筈です。悠長に構えている暇はないのでは?」

 

『だから、邪魔しないでくれると助かるんだがね。まあ、そんなに気になるんなら見物でもして構わない』

 

 

 

 直後、弾かれたように飛び出す二つの影。

 弦十郎とその腹心、ではない。

 

 

 

「ならッ!」

 

「絶好の狩り日和デスッ!」

 

「待つんだッ!」

 

 

 

 しびれを切らしたのか、調と切歌がスタークに向かって突っ込む。

 弦十郎が制止をかけるも、そんなものを律儀に聞き分ける二人ではなかった。

 

 

 

「ならッ」

 

 

 

 いつしか、二人の前に弦十郎が躍り出ていた。

 いつ? どうやって移動をした?

 二人の顔が驚愕に染まるまでのわずかな間、彼は屈んで拳を地面に打ち放つ。

 地面が脈打った途端、捲れる岩盤。即席の盾を作成した弦十郎は、盾の向こうで波動を放つスタークを見据えている。

 

 

 

『利口だよ、風鳴司令』

 

 

 

 ────今なら、いけるか?

 力を発動したスタークは、静かに弦十郎へとその顔を向けている。調と切歌も弦十郎もこちらに意識を向けていない。緒川とかいうエージェントは弦十郎の後ろで、なぜか銃を地面へと向けている。

 この隙をつけばなんとか逃げられる、否、撤退できるかもしれない。

 

 その場から離れるべく、全力で地面を這う。

 指先になけなしの力を籠め、地面を掴む。

 忌々しいことにまだ腰が砕けている。早く、早くしなければ、スタークが、エボルトが、

 

 

 

『おっと!』

 

 

 

 ぽん、と肩に手が置かれた。

 視界に映る赤い腕。曲がった赤い脚。屈みこんだスタークが、もう片方の手で波動を放ちながらウェルに近づいていた。

 

 必死だった。

 握っていた木の枝を振り回し、半狂乱で叩きつける。だがその行動は児戯にも及ばない。

 

 

 

『枝で攻撃なんて、もう英雄になったつもりか?』

 

「とッ……特機部二ッ! 僕を助けろッ! ここで僕が死ねば()()()()()()()()んだぞッ!!」

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 波動から身を守るため、慎次が固めた岩盤の盾に身を寄せながらも、弦十郎はスタークとウェルの動向を注視していた。

 衝撃はなお強まり、迂闊に飛び出せば調と切歌が餌食となってしまう。

 故に弦十郎は、万一の際は無理矢理にでも突撃し、ウェルからスタークを引きはがすつもりだった。

 二人の声が、震動に混じって耳に届く。

 

 

 

『なあウェル、そろそろハッキリさせとこうぜ。俺とお前、どっちが上か。

 随分と付き合いが長くなったが、未だに理解できてないみたいだったからなァ。さっきも力の差を教えてやったってのに』

 

 

  

 気落ちした友人を慰めるかのように、軽い手つきでウェルの方を叩くスターク。

 ウェルは身を守るように丸まっており、その表情は窺い知れない。

 

 

 

『だがそんなお前に一つ提案だ。

 ()()()()()()

 そうすれば、この場を何とかできる力を与えてやる』

 

「力ァ!?」

 

『力が何かは教えてやらない。忠誠を誓うなら、ちゃんとご主人様から賜ったものは受け取らないといけないんだから、問題はないだろ?』

 

「ちゅ、忠誠……この英雄(ぼく)がお前に忠誠ッ!?」

 

 

 

 よくない展開だ。弦十郎は奥歯を噛む。

 スタークが作り上げた未知の組織────ファウスト。今までの相対で弦十郎が抱いていた印象は、スタークとウェルの相性の悪さだった。

 自らの欲望のままに独断専行するウェルを諫めるスターク。若干ながらも足を引っ張っていたからこそ見える隙があった。

 だが、それが完全に一枚岩になったとしたら。

 

 弦十郎は、握る拳の力を強めた。

 

 

 

『前門の虎、後門の蛇だ。連中のお縄になれば、まあ死ぬことはないだろう。

 ネフィリムと融合したお前をお国が人間とみなすかどうかは興味がないが』

 

「僕は人間だッ! 人間の英雄で……」

 

『ただ、お前が取っ捕まった場合、俺の事を色々と知ってるお前を生かしておく選択肢が俺にあるかは、断言できない』

 

「に、人間で、英雄で、人間で、英雄で、英雄英雄英雄……」

 

『ハハハッ、おかしくなっちまう前に答えを聞かないとな。

 さあ、どうするウェル? そろそろ刻限だ。お前の選択を教えてくれよ』

 

 

 

 スタークが笑い、ウェルが何かを呟いている。

 勢いをつけて立ち上がるスターク、その右手には小さな黒い塊、トランスチームガンが。その銃口は、ウェルのこめかみに向けられている。

 

 動くなら今しかない。

 

 

 

「……司令」

  

「ああ。突貫するッ!」

 

「アタシたちもッ!」

 

「これ以上待ってられないッ!」

 

 

 

 皆が同じ結論にたどり着いた。

 弦十郎は地面を踏み抜き、前方に壁を作成する。しかしそれは一瞬の間で崩壊する。

 それでいい。その一瞬があれば十分だ。

 弦十郎は拳を引き絞り、

 

 

 

【スチームブレイク! コブラ!】

 

 

 

 直後、即座に方向を転換する。

 砕けた壁の隙間から垣間見えたスタークの姿。その銃口が捉えるのはウェル、否────調の足元へと変わっていた。

 爆発、割れる地面、連絡橋が二つに裂けた。

 

 

 

「あッ……!」

 

「調ッ!!」

 

『お前もだ』

 

 

 裂けた地面の中心にて、ローラーを走らせていた調。その突然の攻撃に反応できず、奈落へと吸い込まれていく。

 次いで足を止める切歌もまた、追撃で崩落した地面に転げ落ちていった。

 

 それを見捨てる風鳴弦十郎ではなかった。

 

 

 

「緒川ァ!」

 

「了解ですッ」

 

 

 

 弦十郎は岩壁を蹴り、迷うことなく飛び降りる。

 落下する調を抱き寄せ、左右の壁を蹴ることで重力に逆らい地上へ戻る。かつて見た映画で覚えた壁蹴りが功を奏した。

 慎次も、無事に切歌を救出できたようだ。

 

 

 

「十全かッ!?」

 

「わたしに構ってないでドクターをッ!」

 

「構わいでかッ! 目前の人命が最優先だッ!」

 

 

 

 最優先は子供の命。死地へ向かわせている以上、目の届くところでは何としても死なせるわけにはいかない。

 

 ────だが。

 このとき全員が”彼”から意識を外していた。そのほんの数秒が、膠着していた状況を大きく変えた。

 

 

 

 

 

「ウフフフッ、ヒヒヒヒ……」

 

 

 

 

 

 笑い声。

 スタークの隣でうずくまる男、ウェル博士が発した奇妙な笑い声だった。

 再び全員の注目を一身に集め、直後────爆発する。

 

 

 

「ハァッハッハッハッハッ!! ウヒヒヒヒヒウヘヘヘヘ……」

 

 

 

 奇妙極まる笑い声に、思わず眉を寄せる弦十郎。調と切歌は息をのみ、互いに身を寄せている。

 彼のことをよく知る彼女たちでさえこの反応、間違いなく異様な事が起きている。

 想定していた最悪の事態が起きてしまった可能性に思い至り、歯噛みする。

 

 ゆっくりと立ち上がるウェル。

 支えにしていた木の枝を両手で握り、神へと供物を捧げるかのように前に突き出している。

 目は見開かれ、口角は吊り上がり、舌は飛び出し、肌は死人のような土気色。

 その顔は歪みきり、不気味な仮面を被っているかのようだ。

 

 

 

「ならばァ! 答えは一つ!」

 

 

 

 極まった笑顔をスタークに向ける。

 不規則に揺れ動くその瞳には、一欠片の理性すら宿っていなかった。

 

 

 

「貴方にィ!」

 

 

 

 噛み締めるように、

 

 

 

「忠誠をォ!」

 

 

 

 全てから解き放たれたかのように、その言葉を言い放つ。

 

 

 

「誓おぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 

 

 

 

 枝は膝で叩き折られ、乾いた音が木霊する。

 最悪の事態が、今現実となった。

 

 

 

『ハッハッハッ!』

 

 

 

 誰もが言葉を失う中、ただ一人おかしそうに笑う者────ブラッドスターク。

 腹を抱えて笑うその姿に、調と切歌は瞠目する。

 狂気を前にしてなぜ笑えるのかと、理解できないものを見るような色を孕んでいた。あれこそが、年端もいかない彼女たちには理解できない”悪性”なのだろう。

 

 

 

『いい子だウェル! お前ならそう言ってくれると信じてたぞッ!』

 

 

 

 高揚するスタークは徐に懐から何かを取り出す。

 臙脂色の、武骨な長方形の箱、のように見えた。金属質な光沢に加え、その端には回転式のハンドル────のようなもの────が取り付けられている。

 正体は分からない。ただ、間違いなく穏やかではないことは確かだった。

 

 

 

「それは何だッ!」

 

『こいつは【エボルドライバー】。完全聖遺物、だったか? まあ、それと似たようなものだ』

 

「完全聖遺物、だとォッ!?」

 

 

 

 今度は弦十郎が目を見開く番だった。

 完全聖遺物。ネフシュタンの鎧やソロモンの杖、デュランダルに次ぐその異端技術の極致が、何でもないかのように持ち出された。

 どんな能力を持っているにせよ、それがスタークの手にある限り脅威そのもの。

 何としてもここで回収、処理しなければならない。

 

 

 

『デッドコピーとはいえ、人間に使えるかは五分五分ってところだが……その左腕なら問題ないだろ。ウェ〜ル』

 

 

 

 強大なパワーを秘めた完全聖遺物の取り扱いとは思えないほど乱雑に、エボルドライバーを扱うスターク。

 呼びかけと同時に彼はそれを放り投げ、ウェルへと渡る。

 反射的に、弦十郎の身体は躍動した。

 

 

 

「させんッ!」

 

 

 

 ウェルがドライバーを腰に押し当てるのと同時、地面が陥没するほどの勢いで踏み込み、弦十郎は一息にウェルに接近する。

 突き出す拳。音速へも至ると錯覚させる速度で放たれるそれは、吸い込まれるようにウェルへと到達し────。

 

 

 

「何ッ」

 

「司令ッ!?」

 

 

 

 隆起した床が、弦十郎の拳から正中を外させる。

 石材の地肌が蠢き、棍棒、あるいは鞭のように伸びあがって彼を弾き飛ばした。

 

 突然の特異現象。

 吹き飛び宙を舞う中、弦十郎は確信する。

 このフロンティア内で船体構造を自在に操れる者などただ一人。

 あの異形の左腕。詳細は不明だが、間違いなくあれの影響だろう。

 

 天下無双と謳われる男でも、空気はまだ蹴れない。

 遠ざかる現場を見やり、彼は顔を苦渋に歪めた。

 

 

 

【エボルドライバー!】

 

 

 

 金色の帯が腰に巻き付き、バックルのようにドライバーが固定される。

 ポケットから取り出した奇妙な物体────フルボトルを2本、ベルトに装填。

 

 

 

【コウモリ! 発動機! エボルマッチ!】

 

 

 

 ハンドルを勢いよく回すウェル。

 瞬間、悲鳴のような駆動音を上げてドライバーが拍動。紫と紅のガラス管が展開、不規則に折れ曲がりながら蜘蛛の巣のように彼の周囲に広がった。

 血管のような管が展開されると同時、胸を押さえるウェル。脂汗に白衣を湿らせ、かみ殺された悲鳴が喉を漏れる。

 

 だが、その表情は笑っていた。

 

 

 

「安すぎる! これしきの障害ッ、タイムセールよりも安いものォ!! ネフィリムッ!」

 

 

 

 左手をエボルドライバーに叩きつける。赤い亀裂が脈動すると、彼から苦しみの色が消える。レバーを再び回転させるたびに、血管がさらに展開された。

 

 

 

【Are you ready?】

 

 

 

 一瞬、音が消える。

 彼は静かに目を閉じ────開いた。

 

 

 

「変身ッ!!」

 

 

 

 爆縮する血管。そのすべてがウェルにまとわりつく。

 大気を震え、閃光が爆ぜる。

 紫電が奔り光が消えると、ウェル博士の姿はどこにもなかった。

 

 そこに立つのは、異形の人型。

 白、黒、紫の装甲を纏ったそれ。胸部に張り付いたコウモリ、そしてエンジンの意匠が唸りを上げ、呼吸の度に全身から黒い蒸気を吐き出している。

 その白さはあまりにも純粋で、狂気に満ちていた。

 

 

 

【バットエンジン!】

 

 

 

『さあ……存分に戦え! 仮面ライダーマッドローグッ!!』

 

 

 

 その声に応じるように、仮面に覆われた頭部がぎしりと軋む。

 ウェルは────【仮面ライダーマッドローグ】は、ノイズ交じりの歪んだ声を上げながら。

 その仮面をこちらに向けた。




次回「撃槍・ガングニール」

緒川さんは岩の影を影縫いして壁の強度を上げています

ラスボス戦は多分飛ばします。
弦十郎と緒川さんが強すぎてかなり無理やり感のある離脱になってしまいました。
動かしづらいので早くS.O.N.G.になって訃堂に元気になってほしい

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