戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony 作:セグウェイノイズ
せっかくなので「撃槍・ガングニール」で2期編を終わらせたかったんですがままならなかったです
無双の槍の穂先を伝って、赤が一滴床を打つ。
掌に走る鋭い痛み。けれど、この痛みは彼女の想いそのものだ。
ならばどうして”痛い”などと言えようか。
驚愕の色も一瞬、すぐに憎悪、そして憤怒に染まったマリアの瞳が響を射抜く。
「そこをどけッ、融合症例第一号ッ!!」
「違うッ!」
「何?」
「今マリアさんが言ってくれたじゃないですか」
息を吸い込む。
胸に灯るは消えない歌。むき出しの自分を全てぶつける────それくらいの気概でなければ、目の前の彼女を助けることなどできやしない。
限界まで息を吸い込んで、響は一息に放った。
「わたしは立花響16歳! 融合症例なんかじゃないッ!
ただの立花響として、マリアさんとお話したくてここに来てるッ!」
「お前と話す必要はないッ!」
負けじと声を荒げるマリア、その声から滲む何もかもを理解できると思っていない。
彼女が背負っているものなど、自分のそれと比べれば遥かに多く、重いのだろう。
「マムはあの男に殺されたのだ、ならば私もコイツを殺すッ!
それ以外……私が生きている意味などもうないッ!」
そんなこと、立花響が退く理由にはなり得ない。
「意味なんて後から探せばいいじゃないですか」
なんてことないように、響は伝える。
どれだけの悪意に晒されようと、それは命を捨てる理由にはならない。
生きていれば、きっともう一度、笑顔が咲き誇る時が来る。
そのことを響は知っている。
風鳴翼。雪音クリス。かけがえのない戦友。
風鳴弦十郎。石動惣一。彼らをはじめ信頼できる大人たち。
フィーネ。月読調。暁切歌。手を取り合えたかつての敵。
安藤創世。板場弓美。寺島詩織。なんてことない日常を彩る友人たち。
そして、小日向未来。唯一無二の陽だまり。
彼らに出逢えた。
その奇跡は、生きていたからこそ生まれた軌跡だ。
「だから────」
ぶつけたいのは、ただこの一言だけ。
何もかもをかき消すように、丹田に力をこめ、足を踏みしめ。
ハートの全部で、響は叫ぶ。
「━━━━生きるのを諦めないでッ!!」
瞬間、胸の内より溢れ出した、ただ一節の歌。
胸の歌を信ずるままに、響はその旋律を口にした。
「何のつもりの……あッ!?」
吹き出し、舞い上がった光の粒子が二人を取り巻く。
槍が霧散、次いでマリアの鎧すらも。生まれたままの姿で相対する二人の間にあるのは、ただ眩い光だけ。
狼狽するマリア。理解できないものを見るかのように、ただ座り込んで震える瞳で響を見つめる。
腕を突き出した響、瞬間光が収束した。
「こんな事ってあり得ない! これは貴女の歌……胸の歌がして見せた事ッ!?
貴女の歌って何ッ!? 何なのッ!!?」
光が弾け、旋律が形を成す。
創造されるは見知った鎧。腕、脚、腰────全身の鎧が構築され、響は今再び”戦士”の姿へとその身を変えた。
たなびくマフラー、その姿に目を奪われ、ただ呆然と息を呑むマリア。
彼女の問いかけに対し、響の声が静寂を貫いた。
「ヒヒヒヒ……」
そんな出来事が起きている舞台裏。
新たな脅威の誕生に、息を呑む調、切歌、慎次の面々。
白い鎧から紫電を断続的に放ちながら、ウェル、否、マッドローグは不気味に笑う。
ただ一人、ブラッドスタークだけが彼に惜しみない拍手を送っていた。
『お見事! 変身成功だ。これからは俺の為に身を粉にして働いてくれよ』
「愚問ですともッ! これよりはこの命、首領のためにあるのですからッ」
表情が窺い知れない仮面越しに聞こえる、金属の板を通したようなエコーがかった声。しかしそこから滲む狂気は、紛れもなくウェル博士のものだった。
轟音と共に、弦十郎が現場に舞い戻ったのはそのすぐ後のこと。ウェルの手によりいくつもの壁を隔てた空間に吹き飛ばされた彼だったが、壁をぶち抜き再び姿を現した。
「司令!」
「俺の失策だ。ウェル博士が奴に迎合するとは……」
復帰するなり顔を歪ませ、奥歯を噛み締める弦十郎。
あと一手判断が早ければ、この事態は未然のままだったかもしれない。悔悟の念が掠めるも、それに浸っている暇はない。
弦十郎は一息に思考を切り替え、目の前の敵に意識を注いだ。
『さて、ウェル。早速だが一つ命令だ』
「はッ!」
勢いよく片膝をつき、スタークに向かって跪くマッドローグ。
頭を垂れるその姿は、まるで目の前に立つ彼が天上の主と崇めているかのようだ。そんな様子のマッドローグに対し、スタークは普段の調子を崩さずにウェルに命じた。
『といっても、そう難しいものじゃない。その力を見せろ……ただそれだけだ』
「見せる……つまり、戦闘データを収集せよと?」
『正解! だが
「がってんッ!」
叫びと行動は同時だった。
「このウェルキンゲトリクス、必ずや首領のご期待に応えてみせましょうッ!」
黒煙と共に、彼の手元に現れた紫色の銃型武装、ネビュラスチームガン。それを構えるや否や、マッドローグは壁へと乱射。
着弾。乾いた爆音を伴い爆砕される壁面。分厚い石材の壁が易々と砕け散った。
空いた風穴、舞い散る粉塵から青空が覗く。外光が差し込み、一同の視界を白く染め────その隙は、マッドローグが姿を消すのには十分すぎる時間だった。
「博士が逃げたぞッ!」
「えらいことになってきたデス……」
「あっちはあっちですごいことに……」
ウェルの狂気の爆発から先、あまりの展開に呆然と立ち尽くしていた調と切歌。
ウェルがスタークに忠誠を誓い、後ろの響とマリアは突然光に包まれている。そんな”現実”という言葉からあまりにかけ離れた光景を前に、思考が追い付くのはもう少しかかりそうだ。
後方からの光が収まり、そこに立っていたのはガングニールを鎧った響の姿。
なぜ、彼女がガングニールを? マリアのガングニールを上書きしたというのか? どうやって? 疑問が渦巻く中、思わずという様子で慎次が尋ねた。
「響さん! そのガングニールは……」
「マリアさんのガングニールが、わたしの歌に応えてくれたんですッ!」
屈託のない、勇ましい笑顔で響はそう答えた。
この状況で予想外中の予想外を成し遂げてみせた自らの弟子に、弦十郎の頬が僅かに緩む。だがそれを戒めるかのように、くつくつと笑うスタークが二人の間に割って入る。
『やっぱりあれで終わるお前じゃなかったか! 流石、俺が目をつけていただけはある』
「スタークさん」
『お前の成長を心待ちにしてるんだ、そのためにももっと頑張って人助けでもなんでもしてくれよ』
「いつか……あなたのことも、教えてください」
『ああ。いつかな』
言葉を交わす響とスターク。
その仕草と口調から、不気味な余裕は崩れていない。こちらの意図など察しているだろうに、振り向きさえしない。
油断。あるいは、それすら策謀の内なのか。
だが、それならそれでやりやすい。こちらもやるべきことをやるまでだ。
「響くんッ! ウェル博士の追跡は俺達に任せろ! だから君は……」
「フロンティアを止めますッ!」
「託したぞ。緒川、頼めるか」
「ええ。頼まれました」
言葉短く、三者は互いの意思を確認しあう。
余計な説明はいらない。それぞれがこの戦場の中、果たすべき役割を、固める覚悟を見せるだけでよかった。
弦十郎は慎次と目を合わせ、ひとつ頷いた後、開いた風穴から外界に飛び出した。
握る拳に力が入る。ウェル博士の追跡────それが、自分の役目だ。
復活を果たした響を見届けてから、スタークは首を巡らせる。
まるでそこに誰かが立っているかのように、虚空に向かって声を投げる。
『さて、そろそろ俺はお暇しようと思うんだが……そういう訳にはいかないよな』
「ええ。貴方のお相手は僕、ということになりますね」
声をかけた先は虚空、ではない。
スーツ姿の男────緒川慎次。スタークの言葉への返答が”背後から”聞こえてくる。
彼が音を出さなければ捉えられなかった。しかしそれもわざと、ブラフの一種か。
トランスチームシステムのセンサーの上を行くその隠密機動。拍手で賛辞を送りながら、スタークはゆっくりと振り向き慎次に向き直る。
懐に右手を入れている慎次、いつでも獲物を抜き放てるためだろう。
その立ち姿はあまりにも自然体、だが隙がない。臨戦態勢とはまるで思えない立ち振る舞い、その異質さに気づかないスタークではない。
風鳴弦十郎とは別質のその立ち振る舞いに、彼への脅威度を一段階引き上げたスタークはかぶりを振り、あえて呆れたようにしてみせた。
『おいおい本気か? 俺の情報網で、お前が忍者の裔だってことは割れてるがね。
生身の人間が俺に敵うとでも思ってるのか?』
「勝つ、ですか。そんなつもりは毛頭ありませんよ。ただ、司令が到着するまで貴方にご同伴するだけです」
『随分な自信だなァ。面白い』
慎次はその穏やかな雰囲気を崩さない。
その余裕にスタークは笑い、左手にスチームブレードを出現させた。彼の得物は拳銃、いくら正確無比な銃撃を叩きこんでこようとも、ひとつ残らず斬り捨てるまでだ。
『あまり乗り気じゃなかったが……食後の運動には丁度いいか。少しだけ遊んでやる』
「光栄ですね。では────王手です」
「何ッ」
反射的に顔を腕で覆う。
直後閃光が視覚を、轟音が聴覚を塗りつぶした。
衝撃。足裏から地面の感覚が消え、スタークはそこでようやく自身が宙に舞っている事実を認識する。
なぜ吹き飛ばされている?
どうやって?
いや、その疑問は正確ではない。
”いつ”だ? いつ奴は盤面を整えた?
回復した視界に広がる、一面の青。
フロンティアの外部区画まで、この数秒で押しやられた訳だ。大の字で転がったまま、短く息を吐く。
逡巡すること少し。スタークは空を眺め────そして、高笑いを空に響かせた。
『ハッハッハッ! まさかこの俺相手に、こんな古典的な手を取ってくるとはなァ! だがお見事、一本取られたよ』
「お気に召していただけましたか?」
『ああ、十分にな。爆弾を持ち出すなんて、俺の知ってる忍者とは違うようだ』
爆弾。それがあの攻撃の正体だ。
吹き飛ぶ直前、スタークのバイザーが捉えた慎次の手。振り抜かれたその手に拳銃は握られていなかった。
指を揃え伸ばした、手刀だけ。
あれが起爆の合図。
響と言葉を交わしたわずかな時間、その隙に彼は全てを仕掛け終えていた。後は張り巡らされた、センサーを欺く細工のワイヤーを切断するだけ。
彼は見事スタークの裏をかいてみせた。どうして高ぶらずにいられようか。
だが、やられっぱなしは性に合わない。
緩慢な動作で立ち上がったスタークは、スチームブレードとトランスチームガンを合体。狙撃銃へと変形させ、スコープ越しに彼を覗き込んだ。
「お望みなら、手裏剣でも巻物でも使って見せますよ」
『そいつは楽しみだ。さて……今度はこっちの番だッ!』
短い叫びと同時、軽い動作で銃爪を引く。
発射された紫の光弾は、寸分違わず慎次の心臓に吸い込まれ────空を切った。
あれは残像だ。
右へ、左へ。流れるような足さばきで縦横無尽に駆け巡り、距離を崩さず揺らめく彼の姿は、スタークから”狙撃”という攻撃手段を封じざるを得ないほどの動きだった。
卓越した技巧。感心の声を漏らすも、それで終わるスタークではない。
呼吸。筋肉の収縮。衣服の衣擦れ。いかに忍の業で着飾ろうとも、彼は生身の人間。必ずつけ入る隙はある。そして、その分析を可能とさせるだけの膨大な戦闘経験がスタークにはある。
見極める。体幹の揺れ、呼吸の間、重心の偏り。冷静に慎次の動きを見定め、やがて一つの点が指し示された。
ここだ。
放たれたエネルギーは容易く慎次の脇腹を貫いた。
影は消えない。
驚愕の表情で動きを止めた慎次、その胴体に開いた風穴を確認する。
勝敗は決した。そう確信しライフルを肩に担ぎ上げた刹那、スタークはその光景を目撃した。
『何だとッ!?』
噴き出す白煙に包まれる彼の身体。その輪郭が解けだした数秒後、その向こうに現れたのは慎次ではなかった。
────丸太。
小さく穴が穿たれた丸太がそこに佇んでいる。その場所は、確かにスタークが撃ち抜いた位置と合致していた。
「思わず空蝉を使ってしまいました」
声が響く。
どこからだ? 捉えきれない。気配は霧散し、影は見えない。
素早く周囲を見渡し、慎次の影を探るスターク。
”それ”に気づけたのは、ほとんど勘によるものだった。
熱。
ほんの一瞬、空気が揺らぐ。僅かな温度の変化をブラッドスタークのセンサーが認識、直後彼は後ろへ跳ねた。
思考ではなく、半ば本能的な回避。
「────こういうこともできますッ!」
それが誤りでなかったことは、死角より迫る一閃が証明していた。
逆手にて振るわれた刀がスタークの装甲を掠め、火花が散る中彼は目にする。
刀身が燃えている。いや、そんな言葉では生易しい。刃の根本、鍔から炎が噴き上がり、地を這うように刀身に巻き付いているようだ。
『チッ……!』
距離を取り、着地。それを見越したかのように銃弾がスタークを襲う。
足元に着弾、砕けた地面の欠片が跳ねる。
ようやく追撃が止み、二人は向かい合った。右手に銃、左手に刀を携えた慎次は随分とハイカラな忍者だ。
見覚えのある装備の組み合わせに、少しだけ懐かしい感情を抱く。
『変わり身の術に火遁の術か! 葛城先生といい戦兎といい、忍者ってのはそういうものなのか?』
「その方がどなたかは存じませんが、基礎ですから。それよりいいんですか?」
『周りの爆弾のことか? 全く手の早い奴だ』
空蝉を使い慎次が姿を消した最中、スタークは周囲の様子を確認している。
各所に爆弾が設置されていることにはとっくに把握済みだ。周囲に張り巡らされた極細のワイヤーの存在も。
なるほど確かに見えづらい、だが種さえ割れていれば、対処も容易い。
『だが、俺に同じ手は……!?』
そういい頭を振ろうとした瞬間────走る違和感。
体が、動かない。
いや、そうではない。何かによって”押し留められている”。
一体何が?
辛うじて動く瞳を動かし続け、やがて彼は異変の正体を悟る。
『身体が……!』
「二度も通じるとは思っていません。なので、全力投球でいかせていただきました」
涼し気な声。
地面に、いや、
風鳴翼が用いる【影縫い】。あれは
違う。
少々遊びすぎたらしい、そうスタークは内省する。
ザババの二人との戦闘によるスーツのダメージ。ウェルを引き込んだことによる油断。
相対していたのは”あの”風鳴弦十郎の腹心。万全ならまだしも、今の状態では油断ならない相手だということを半ば失念していた。
自らの悪癖に肩をすくめようとするが、縫い留める弾丸がそれを許さない。
窮地。
だが、それを切り抜けてみせるのがブラッドスターク────エボルトだ。
あらゆる状況を鑑みて、最上の一手を打つ。そうでなくてはゲームマスターは務まらない。
すでに、種は蒔いてある。
「爆発……!?」
そして、その時はすぐに訪れた。
突如、四方に点在する岩が爆裂。破片は散らず絡み合い、粘土細工のように体を成していく。
黒い外皮。赤く脈動する全身の亀裂。
その咆哮はもはや攻撃だ。大気を震わせ、地面を崩壊させていく。
寸前で岩場へと退避した慎次は、現れた異形の正体を確認し、瞠目した。
「これは……
自立型完全聖遺物、ネフィリム。
その突然の顕現、流石の慎次も想定外だったようだ。
暴風さえ伴う咆哮は、縫い付けられた弾丸を弾き飛ばすには十分な威力を誇っていた。
『よくやったウェル! あとで褒美をくれてやるッ』
拘束を抜けたスターク、瞬間地を滑ってネフィリムに接近。
手慣れた手つきでパルプを回すこと三度。ネフィリムの足元でライフルを構え、躊躇うことなく銃爪を引いた。
「何をッ……!?」
『それじゃあ、今度こそ本当におさらばだ。
次合うときはサプライズを用意してあるから、楽しみにしておいてくれよ!』
黒煙に包まれる巨体を背に、ひらひらと手を振るスターク。
これでいい。新たな駒も手に入り、成果は上々だ。となれば、次の盤面を整える必要がある。
本来の力を取り戻すのも、そう遠い話ではない────逸る気持ちを抑えながら、スタークはフロンティアから撤退した。
「逃がさんッ、ウェル博士ッ!」
空を切り裂き、線を引きながら飛行する白い人影。そして、速度を上げてそれを追う赤い男。
背部装甲から巨大な翼を展開させたマッドローグ、その速度は音速と見紛うほどの錯覚を与える。
あれほどの速度、身体にかかる負担も相応だろう。そんな素振りを見せないのは、エボルドライバーの成す業か、はたまたその狂気故か。
止めねばならない。地上より彼を追跡する弦十郎は、地表を割り踏み込みを強める。
「その力で何を成すつもりだッ!」
「力を見せろとあの方はそう言っておられたッ! ならば僕は遂行するまでッ!」
迂回という選択肢は頭にない。
立ち塞がる岩、壁は障害にはなり得ない。片っ端から拳で粉砕し、行うのは突貫の開通工事。崩落音を背に速度を維持して最短経路を選択する。
上方より閃光。ネビュラスチームガンより放たれる破壊の光線を、弦十郎は跳躍でかわす。無防備な空中、しかし追撃はない。戦闘経験の浅さの証左だ。
ならばそれを利用するまで。
「小賢しいネズミですねェ!」
マッドローグはスチームガンに小さな容器────フルボトルを装填。彼の放つ攻撃が性質を変える。
首を傾け、刹那で攻撃を回避するその瞬間、すれ違う弾丸を弦十郎は視認する。
針だ。
無数の針が奔流となって放たれる。地面に正円を穿つそれ、常人が浴びれば突き刺さる、程度では済まないだろう。
だがここに立つのは常人ではない。直線的な攻撃はかえって捌きやすいと、弦十郎はさらに速度を上げてマッドローグを撹乱する。
舌打ちと共に発射されたのは、衝撃音と共に空を飛ぶ12発の影。
火を噴きながら軌道を描く影────ミサイル群。こちらの動きに追尾し、その入射角度を調整してきている。
データを収集せよ、そう奴はスタークの命を受けていた。向こうも学習してきているということか。
回避は容易い。だが、このまま手をこまねいている訳にもいかない。
せっかくだ。
その攻撃、利用させてもらう────!
「こちらの土俵に────下りてきてもらうぞッ!」
再び跳躍。ミサイルは格好の餌食とばかりに、その全てが弦十郎に向かって殺到する。だがここまでは予定通りだ。
追尾と言えどその動きは単調。ならばやり用はいくらでもある。正面から打ち合えば爆発を食らう。だが弦十郎は動じない。
呼吸を一つ。心眼で刹那の中の“その時“を待ち、後の先を取るまで。
「……えェ!?」
肉薄する弾頭。
衝突、爆裂。その瞬間、弦十郎はミサイルの腹を掴み抜いた。衝撃を回転で受け流しながら脇に抱え、二発目、三発目────やがて、両腕に12発の弾頭を拘束する。
映画は何でも教えてくれる。ミサイルと対峙する際の対処法は、すでに学習済だ。
「こいつらは……返しておくッ!」
両腕を開放すると同時、押し留められていたミサイル群が一斉に解き放たれる。それらは放物線を反転させ、逆流するかのように真っ直ぐ“彼“へと飛んでいった。
いくら優秀な追尾性能であろうと、背後への切り返しは至難の業だ。
空中で動きを止め、呆けてその光景を眺めていたマッドローグに着弾したのは、すぐ後のことだった。
爆発。
黒煙の尾を引き、翼を畳んだマッドローグが墜落する。その姿を見届け、ようやく弦十郎は足を止めた。
地面に激突、砕けた岩片を撒き散らしながら転がるマッドローグ。しかしその装甲には傷一つついていない。
「ウフフフ……」
いつかの夜の時のように、簡単に沈みはしないだろう。ぐらりと立ち上がる白い影、その全身から発せられるのは果てしない狂気だ。
それを正面から受け止めた弦十郎は、一切の物怖じなく言い放つ。
「力を手に入れたところで、心と技が伴っていなければ話にならんッ」
「話にならないィ? そちらとて同じ事!
地上こそ我が得意フィールドということを知らずに落とすとはッ!」
マッドローグがそばの岩壁に左手を置いたと同時、周囲が脈動する。
大地そのものが脈打つように壁面がぶよりと波打ち、弾性を伴い土塊が形を持ち始めた。
ネフィリム。弦十郎の背丈の倍はあろうその異形が────三体。
「やはりあの地形操作、その左腕の成した業かッ!」
「そうッ、これこそが我が御業! 首領の崇高なる意思を実行する力の髄ッ!」
「まるで奴の目的を知っているかのような口ぶりだな」
言葉の応酬の中、弦十郎は戦場の気配を洗い直す。
正面。マッドローグの側で、涎を垂らしながら彼の指示を待つ個体が一つ。
右。崩れた瓦礫が形を成した二体目。比較的サイズは小さいが、油断は禁物だ。
背後。姿こそ見えないが、その息遣いから三体目との距離はそう離れていないと判断できる。
他の気配はない。ならば対処するべきはこの三体のみ。
「蹂躙しろッ!
ネフィリィィィィィィィィィムッ!!!」
マッドローグがこちらを指し示すや否や、ネフィリムが餌を与えられた獣のように動き出した。
地面に深く沈み込んだかと思えば、次の瞬間には地面を砕いて飛び掛かっている。あの巨体にあの身体能力とは、全く馬鹿げた身体能力だ。
だが奴らに教えてやらねばなるまい。
どちらが狩る側かということを。
「聞く耳を持たんか。……なら、続きはベッドで聞かせて貰うッ!」
最初に飛び込んできたのはサイズの小さい右からの個体だった。
砲弾のような拳が撃ち抜かれる。だが単調、軌道が雑だ。裏拳で弾けば事足りる。
体勢を崩したネフィリムの横へ踏み込み、弦十郎はその腹に回し蹴りを叩き込んだ。
「一つ!」
吹き飛ばした先には正面からの個体。飛び上がっていたその個体、空中での大きな方向修正は不可能だ。抗う間もなく二つのネフィリムは絡みあい、地へ落ちた。
残心を解くと同時、背後に迫る影。だが問題はない。
弦十郎は上体を右に逸らし、その牙を回避。無防備を晒す右腕を掴み、全身の軸を使って投げ飛ばした。
「二つ!」
もつれ合っていたネフィリム二体、そこに三体目が着弾する。
ここまで4秒。後は仕上げだけだ。
地を踏み鳴らし、縮地の要領で彼我の距離を詰める弦十郎。足を高く振り上げ、ネフィリムを三体まとめて空へと跳ね上げる。
一撃。それで仕留める。
弦十郎は飛び上がり、右の拳を引き絞る。
「稲妻を食らい、雷を握り潰すように打つべしッ!」
タイミングは一瞬。
インパクトの瞬間を見極めた弦十郎は、無心に拳を解き放った。
「おおおおおりゃああああァァッ!!」
天を轟く叫びと共に、その拳を突き上げる。
衝撃はネフィリムを突き抜け、一拍遅れて巨体が爆散。弾けた肉片が土塊へと還っていくも、相変わらずマッドローグからの追撃はない。
弦十郎はそのまま地へと降り立った。
すぐに拳を構え直すも、未だ彼は硬直している。無理もない。虎の子で召喚したネフィリムをまとめて砕いたのだ、ああもなろう。
だが、今の奴は正気で動く手合いではない。
突如、エボルドライバーのレバーを激しく回転し始めたマッドローグ。回転が重なるごとに、蒸気と紫電がドライバーから彼の全身に立ち上る。
胸のエンジンが拍動するその様子、間違いなく大技が来る。そう直感した弦十郎は腰を深く落とし、迎撃体勢を整えた。
レバーを回し終えるや否や、マッドローグが地を蹴った。身体運びなど考えていない、じたばたとした疾走。だが一歩踏み出すごとに速度を増し、装甲の質量が空気を震わせる。
飛び上がると同時、再び翼が展開。全身を捻り、高速回転しながら両足を突き出した。
「人ン家の庭を駆け回る野良猫めッ! いい加減追い出してやるッ」
竜巻めいて迫るドロップキックは、さらに速度と回転数を増していく。
弦十郎はただ拳を放った。
激突する拳と脚。
いや、激突などしていない。彼我の間に存在する空間、その存在がマッドローグの【エボルテックアタック】の威力を減衰させている。
拳圧の爆風が空間を生み出し、押し出しているのだ。しかし衝撃は空気を伝って弦十郎へと到達する。皮膚を叩き、骨に響く。
いかに弦十郎とて生身の人間。まともに人外の攻撃を食らえば待っているのは敗北の二文字。だが、これしきの状況を切り抜けられない彼ではない。
「お前の蹴りには……腰が入っていないッ!」
「なッ――――!?」
地面が爆砕する。
弦十郎の周囲1メートルだけが静寂を保ち、周囲の地面が放射状に亀裂が走る。間もなく瓦解、陥没した。
発剄。弦十郎の武術の粋で、衝撃を地へ流しきった結果だ。
声を上げるマッドローグに呼応したように、その攻撃が終了、紫色のエネルギーが霧散し回転が途切れる。その瞬間彼は完全なる無防備を露呈させた。
「こいつで━━━━」
追撃を躊躇う理由はない。
一歩踏み出す。
つま先、足首、膝、腿、腰、背、肩、腕、そして拳。
全身の筋肉が一本の線を形作る。その全てを収縮させ────一気呵成に解放した。
「仕舞いだッ!!」
鳴り響く轟音。白い影が岩を砕き、地を削りながら遥か後方へと吹き飛ぶ。
土煙が立ち上る中、弦十郎はふと視線を落とした。黄土色の地面に、色とりどりの小瓶がいくつか散乱している。
これは────ウェルやブラッドスタークが戦闘に使用していた小さなアイテムだ。
フルボトル、スタークは確かそう呼称していた。ルナアタックの際にも一本回収したその物体、未だ解析は成っていないが、それが追加で
確かな成果と言えるだろう。
小さく、瓦礫が崩れる音を耳が拾う。
即座にそちらを睨みつけると、瓦礫の隙間から這い出てくるマッドローグの姿があった。
土で汚れてこそいるものの、相変わらずその装甲には傷がない。やはり完全聖遺物のポテンシャル────表情に出さないながらも、その耐久力に弦十郎は舌を巻いた。
だが勝負は決した。弦十郎は静かに、しかし有無を言わせぬ硬い声を発する。
「まずはその変身とやらを解いてもらおうか」
「もう遅いッ!」
その叫びに眉をひそめた瞬間、地面が胎動を始める。
凄まじい揺れ。気を抜けば、弦十郎とて体勢を崩しかねないほどだ。
「何の真似だッ!?」
「答えたはずッ、僕の左手はフロンティアと接続していると!
お前にやられてる最中にフロンティアにおっかなびっくり触りまくって、特別なネフィリムを無数に顕現させたッ!」
揺れが収まったと思えば、遠方から聞き覚えのある獣の咆哮が響いた。
なるほど、ネフィリムを新たに生み出したというのは事実らしい。だがネフィリム、一体ずつならどうにかできない相手ではないというのは実証済みだ。
”特別”という枕が彼の不気味な笑いの要因なのか? 弦十郎は下手に動かず、彼の口が回るのを待った。
「そして今ッ! ネフィリムの心臓を船体から切り離したッ! こちらからの制御を離れたネフィリムは、フロンティアの船体を食らいィ、糧として
「暴走だとォッ!?」
心臓を船体から切り離した。フロンティアを食らう。暴走を開始する。
聞き捨てならない単語のオンパレードだ。今弦十郎が立つこの地面はフロンティアそのもの。ネフィリムの捕食対象には確かに当てはまる。
「そしてネビュラガスを吸い込みまくったネフィリムはッ、首領の鶴の一声で一つとなるッ!
僕は高みの見物と洒落こみましょうかッ!」
直後、黒煙に包まれる彼の五体。
煙が晴れた時には、彼の姿はかき消えていた。素早く周囲を見回すも、周囲にあるのは割れ、拉げ、砕けた地面のみ。
それはすなわち、マッドローグが見事に逃げおおせたことを意味していた。
「逐電されたか……厄介な道具だな」
深追いしなかった自分の落ち度だ。
彼を取り逃がした自らを戒めるも、すぐに切り替える。奴が言い残したあの言葉、何かが引っかかる。
「首領、つまりスタークの声で一つに……」
瞬間、閃いた”思いつき”が弦十郎の脳を貫く。
「初めから狙いは向こうかッ!」
そうとなれば事は一刻を争う。
弦十郎は身を低くし、最高速度で走り出した。
”特別”なネフィリムの一体が現れた場所。何もないはずがない。
マッドローグの追跡中、微かに感じた火薬の臭いを思い出す。
あの火薬は慎次によるもの。区画の外にも漂ってきたということは、今彼は外で動いているということ。あのネフィリムが慎次の元にいる可能性は高い。
慎次の身を案じている訳ではない。彼はうまく切り抜けているだろう。だが問題は────ブラッドスターク。
彼の存在、そしてマッドローグの最後の言葉。全てがそこに収束する。
「力を見せるとはそういうことか……不覚だッ」
歯を噛み締めながらも、弦十郎は地面を駆けネフィリムの元へ一直線に進んだ。
「フロンティアの動力は、ネフィリムの心臓……それを停止させれば、ウェルの暴挙も止められる」
慎次と弦十郎が外へと飛び出してから、しばしの間。
管制室を揺らす震動が幾度か走り、石片がぱらぱらと天井から落ちてくる。そんな最中、膝をついたままのマリアが、微かな声で口を開いた。
「お願い……戦う資格のない私に代わって、お願い……ッ!」
その顔は俯かれ、表情は見えない。
だがその身体に先ほどまでの怒気はなく、震える肩も怒り故のものではないことは理解できる。火が燃え尽き、残り火だけが彼女を動かしているかのようだ。
「調ちゃんと、切歌ちゃんにも頼まれてるんだ。マリアさんを”止めて”って」
調と切歌、二人の名前を出した途端、ぴくりとその肩が跳ねた。
ゆっくりと顔を上げるマリア。涙に溢れ、力なく呆けたその表情。だが、そこに塗り固められた嘘はなかった。彼女に残った弱さも、優しさも。全て受け止める。
響はそっと膝をつき、目の高さを合わせる。憎悪の抜けたマリアの瞳を正面から見つめながら、にこりと笑いかけた。
「だから、心配しないで!」
沈黙も束の間、再び震動が二人を襲う。
近い。揺れの原因はすぐ近くにあるはず。上、下、右、左、素早く視線を走らせるも、どこも違う。ならば残った方向は一つ。
「ネフィリムッ!?」
息を呑む声が耳元で震える。
ゆっくりと立ち上がり後ろを向くと、そこには予想通りの光景が広がっていた。
黒色の体表に、赤く脈動を奔らせる異形の肉塊、ネフィリム。かつて苦い思いを刻んだそれが、荒い息で二人を見下ろしている。
だが、今の響はあの夜とは違う。もう怯えない。遅れは取らない。
素早く立ち上がり、ネフィリムに向かって半身に構える。
「マリアさんは、調ちゃんたちとお話してあげてください」
「立花響……」
後ろで、呆然と響の名を呟くマリア。
彼女を 「止める」のは、調と切歌から託された響の役目。「助ける」のは、響の他に適役がいる。後は彼女たちに任せるべきだ。
軽く跳ねて肩をほぐし、最後に響は振り返った。
「それじゃ、ちょーっと行って来るからッ!
しっかり叱られてくださいね!」
奏でてゆくは胸の歌。
地面を蹴って走り出した響に向かって、迫るはネフィリムの牙。
同じ轍は踏まない。軽やかに跳躍し咬撃を避けた響は、そのまま右手を振りかぶり、攻撃を終えたばかりの奴の頭上へ。
涙であろうと、笑顔であろうと。
大切な人を守り抜くため、全力で拳を叩きこんだ。
「響け、響けぇッ! ハートよ━━━━熱く歌う、ハートよッ!!」
衝撃。地面を砕け、沈み込むネフィリム。
まだだ。これしきの拳で勝てる相手ではない。すぐに状態を起こした巨躯目がけて、続けて踏み込む。
振るわれた拳と真正面からぶつかり、押し返す。間髪入れずに回し蹴り、身体が揺らいだ隙を穿つ。脚を差し込み背から全力の剄を発する。
吹き飛ぶ巨体が壁面に激突。腰部のバーニアを点火、地面を抉り加速する中響は拳を固く握る。
景色が流れる中、僅かに見えた二人の影。
月読調に暁切歌。マリアを助けられるのは、きっと彼女たちだ。
だから響はその道を開く。
例えこの先命を枯らしても、胸に、世界に歌がある限り、未来へ進めると。
それを証明するために、マリアのことは守り抜く。眼前に迫ったネフィリムの胴体めがけて、叫ぶような歌声と共に響は放った。
「凛と立って、きっと花は……流星を待つだろう━━━━!!」
振り抜いた撃槍は、ネフィリム、そして背後の壁をも貫き通す。
後ろは向かない。信じているから。
響はただ前へ、外へとその歌声を響かせた。
ネフィリム禁断の"3度打ち"
スタークが動きを止められてる間はいつも通り「おお、お……!?」とか言ってると思います