戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony 作:セグウェイノイズ
コンナワタシヲ……スクッテクレルノカ……!
【26/02追記】
書き直しました。
プロローグ全体の改稿内容などを活動報告にまとめていますので、ご興味あればご覧ください。
観客たちの興奮が、熱気となってここまで伝わってくる。
まだ開演まで幾許かの時間があるというのにこの盛り上がり。それだけオーディエンスは二人に期待してくれているということだろう。
「…………」
微かな喧噪を耳に、風鳴翼は舞台裏の隅に腰を下ろしていた。
足を揃えて目を閉じる。
右へ左へ交錯するライブスタッフの足音。姿こそ見えないが、地下実験施設にて弦十郎たち二課職員も、プロジェクトのため忙しなく動いているはずだ。
(わたしたちの歌が人類の未来を左右する)
自らの膝を抱え込む翼。
薄暗い物陰で体を丸めた彼女の姿はとても小さく、熱狂とはかけ離れた空間を作り出す。
準備はこれ以上なく順調だ。
それはつまり────ライブと、プロジェクト。二つの成功はすべて、ステージ上のツヴァイウィングにかかっているということ。
どれだけ彼らが尽くしてくれても、二人の歌が期待に応えねば意味がない。
(わたし、たちが……)
緊張。不安。言葉にすれば単純な感情。
それでも数が多ければ、単純からはかけ離れていく。
多数の色が渦巻く胸中。顔を埋めていく翼の視界もまた、陰りを増していき────。
「間が持てないっていうか、なんていうかさ」
耳に飛び込むのは、かけがえのない片翼の声。
はっと顔を上げ首を回すと、声の主は隣で機材箱に腰かけていた。夕陽のような奏の瞳が向けられ初めて、視界から陰りが消えたことを自覚する。
「開演するまでのこの時間が苦手なんだよね。
こちとらさっさと大暴れしたいってのに、そいつもままならねえ」
「……そうだね」
頭をかきながらそう溢す奏。彼女の言葉で開演が近づいていることにようやく気づく。
あれこれと考えているうち、時間は開演5分前まで迫っていた。
あと、5分。
今までにない大一番の到来に、再び心が波に呑まれる。
「あれ、もしかして翼……緊張とかしちゃったり?」
「当たり前でしょ!?」
こちらが分かりやすいのか、それとも向こうが目ざといのか。揺れる瞳で察した奏が、ふと翼の顔を覗き込んだ。
からかうように口角を上げたその表情、暗い感情は一切感じ取れない。不安とは一切無縁の様子に、翼は思わず声を荒げた。
「櫻井女史も風鳴司令も、今日は大事だって何度も……」
言葉を続けようとしたのと、ほぼ同時のこと。
「────マジメが過ぎるぞ、翼」
ふわりと、背中に、肩に。暖かな感覚。柔らかな香りが鼻腔をくすぐる。
少し遅れて、回された奏の両腕が翼の身体を包み込んでいることに思い至った。
「あんまりガチガチだと、そのうちポッキリいっちゃいそうだ」
耳元でそう囁く奏。
周囲の音は彼方へと。今この瞬間、一角から二人以外のものが消える。
二人だけの世界。
気づけば、両肩から力は抜けていた。
「あたしの相棒は翼なんだから、翼がそんな顔してるとあたしまで楽しめない」
回された手に自らの手を重ねる翼。
楽しめない。奏のその一言が、胸の奥へとまっすぐ落ちた。
「……そっか」
考えてみれば当たり前のこと。
観客を沸かせ、プロジェクトを成功へ導くのは大事だ。戦士としてそこに変わりはない。
だが。
────誰かに歌を聴いてもらうってのは……存外気持ちのいいもんだな。
────この先もずっと、翼と一緒に歌を歌っていたいと思ってね。
歌を、二人で届ける────それが二人の、ツヴァイウィングの原点。
翼が楽しんでいなければ奏も楽しめない。
二人が楽しめなければ、
「ライブに来てくれた人たちも楽しめないよね」
「分かってるじゃないか」
「奏と一緒なら、なんとかなりそうな気がするから」
いつしか迷いは消えていた。
波は凪ぎ、雲間から一条の光が差したと同時、翼の耳に押し寄せたのは此方に戻った万雷の歓声。
舞台を揺らすその声が示す、定刻の訪れ。
立ち上がる翼、隣には不敵な笑みを浮かべた相棒が。
「……行こう、奏!」
光へ向かって走り出す。
ただ前へ、この歌声を届けるために。
────両翼揃ったツヴァイウィングなら。
────その羽撃きで、どこまでも遠くへ飛んでいける。
────どんなものでも、越えてみせる。
こうして、全ての始まり。
運命のライブが幕を開ける。
右の空席に目をやり、【
このライブは響の親友が観たかったもの。ツヴァイウィングのファンである親友に誘われ、こうして会場に馳せ参じた訳だが。
当の彼女はここにはいない。
なんでも、急に親戚の見舞いが入ったとかなんとか。
それを聞いたのは入場10分前、チケット確認まであと少しというところ。今更列を抜ける気にもならなかった響は流されるまま進んでいき、そしてこの場に座っている。
「わたしよく知らないのに~……」
そう。問題は、響がツヴァイウィングに明るくないことにあった。
事前に親友からCDは借り受けていたが、所詮は付け焼き刃。周囲のファンのように盛り上がれる気がしない。
ふと左を見ると、同い年くらいの少女がそわそわとしていた。待ちきれないのか、肩を揺らして浅い息を吐く彼女の様子が少しうらやましい。
この微妙な疎外感、やはり自分は呪われているのかも。
「翼さーんッ!! 奏さーんッ!!」
────などと、開演前までの気落ちはどこへやら。
響は今や、隣の少女に負けないほどの全力でペンライトを振っていた。
ナンバーは【逆光のフリューゲル】、ツヴァイウィングの代表曲だ。聞き覚えがある程度の響すら熱狂の渦に巻き込むほどのパッションがそこにはあった。
「「二人でなら、翼になれる
Singing Heart────!」」
音が止んで、数秒。耳を聾する歓声が会場を覆いつくした。
「すごい、これが……!」
「はぁ〜ッ、神ファンサ……。アガるし、尊いし、泣くし~ッ!」
びりびりと、熱狂と音楽の波が響の頬を叩いた。
歌はここまで人の胸を打たせられるものなのか。感じたことのない胸の高鳴りが、響を紅潮させる。
隣の少女は興奮のあまり涙ぐんでいるが、ファンならそれもさもありなんというところだ。
それにしても、なぜだか彼女とは初対面の気がしない。
どこか気が合うような、よき友人となれるような。そんな予感が飛来する。
「まだまだ行くぞーッ!!」
「「イエーイ!!」」
奏のMCに声を揃えてレスポンスすると同時、新たな音楽が会場に響く。
これも覚えがある。確か【ORBITAL BEAT】……逆光のフリューゲルのカップリング曲。
歓声の最大音量がひっきりなしに更新されていく中、
爆音。
「…………へっ?」
少し離れた
立ち上る黒煙を見上げながら、風に乗る熱を肌で受けながら。
響は間抜けな声を漏らした。
「爆発だとッ!?」
その異変は、舞台上のツヴァイウィングにも当然伝わっていた。
場所はどこだ? ────観客席。
演出の一環か? ────否。
観客は無事か? ────不明。
付近には何が? ────真下に、地下実験施設。
爆音の残響が尾を引く中、一瞬の沈黙が観客たちを支配する。
その一瞬は混沌の感染時間に他ならない。間もなく会場を支配するのは、彼らの声に取って代わった。
歓声ではない。悲鳴、絶叫────末魔を断たれたような叫び声が、茜空に響き渡る。
「みんな落ち着……ッ!?」
事態の把握には程遠い。
だがこの事態にProject:Nが関わっていないというのは、あまりに楽観的が過ぎるというもの。
奏が咄嗟にマイクを用い、観客の鎮静を促そうとしたその刹那。
風に乗る一抹の灰粉が、視界の端に映った。
「ノイズが……来る!」
同時、再びの爆発。
いや、爆発ではない。
弾かれるように上を見上げ、
特異災害・ノイズ。よりにもよってこのタイミングでの発生だ。
飛行するノイズがその羽を畳んだかと思えば、次の瞬間には地上へと────観客の身体を貫いている。
着弾の衝撃から一拍遅れて視界を地上へ戻せば、そこには地獄が広がっていた。
「やめろッ!」
その叫びはかき消される。
いつしか地上にもノイズが出現。作業のように、人間のみを諸共灰の山へと変えていく。
この世の地獄を凝縮したかの如き、魑魅魍魎が跋扈する地獄絵図。
これ以上指を咥えて見ていられるのか?
否。天羽奏の決断は早かった。
「飛ぶぞ翼! 今この場に槍と剣を携えているのは、あたしたちだけだッ!!」
「でも司令からは何も……ちょっと!?」
叫び終わる前に奏は駆け出していた。
跳躍。ステージから地獄へと落ちていく。新たな標的の登場に、ノイズの興味がこちらに向く。
一切の揺れなく
────それが、そのノイズが見た最期の光景だった。
一秒でも時間が惜しい。
着地と同時、両腕を突き出し前腕の鎧を射出。直線上のノイズを穿ち抜いた籠手は、次の瞬間には大槍にその形を変えていた。
落下する槍を掴み取った奏は、獣の如く身を屈め疾走。得物を振るってすれ違いざまにノイズを屠っていく。
「奏ッ!」
背後で青い光が放たれた。少し遅れて、奏の横に並び立つは抜き身の
僅かに顔を振り視線を交わす。それだけで互いの意図は読み取れる。
二人はそれぞれ12時、6時の方向へ進行を転換する。
今は数を減らすのが最優先。この広大な会場で、人命を一人でも多く救助するにはこれしかない。
散開を決断して間もなく、周囲をノイズに囲まれる奏。
それぞれは烏合、だが束なれば厄介。手早く、手堅く片付けなければ。
「まぼろし? 夢? 優しい手に包まれ」
カウンターは性に合わない。残る観客を救うためにも、ただ攻めるのみだ。
歌で皆が一つとなった、夢のような日常。儚くも崩れ去ったそれが奇跡の賜物であると、戦いの度に理解させられる。
再び加速し槍を振り下ろす。地面に亀裂が走るほどの叩きつけ、衝撃でノイズが吹き飛び弱まる包囲。それを見逃す奏ではない。
振り下ろした勢いのまま遠心力に身を任せる。槍を軸に棒高跳びよろしく跳躍を敢行した奏は、逆手に持ち直したそれを力の限り投げ落とした。
上空より瞬いた、無数の流星群が数拍遅れて降り注ぐ。
煙が晴れた後に残るのは灰の山のみ。この辺りのノイズは撃滅した、近くに観客はいない。
次だ。
「曇りなき青い空を、見上げ嘆くより……。
風に逆らって、輝いた未来へ帰ろうッ!!」
4時の方向。一際大きなノイズが出現している。周囲に屯している他の個体、奴が生み出しているのか?
ならば話は早いと、アスファルトを踏み砕く奏。
向かい風、それがどうした。遅れたところで時は待ってくれない。
この状況に叛逆しないで何が防人か。独りきりで飛んでいるのではないと知った今、奏はどこまでだって高く舞っていける。
「君ト云ウ音奏デ、尽キルマデ━━━━止まらずにッ!」
疾走の中、振りかぶった槍に風が巻きつく。
ノイズの群れはもう目鼻の先だ。加速は止めない、このまま轢き潰す。一息の間に暴風にまで成長させたそれを、奏は逆袈裟に解放した。
解放されたそれは、文字通りノイズの群れに風穴を開けた。
地面と平行の竜巻による敵の殲滅を確認。親玉と思しき個体を屠った今、残るは残党のみの可能性が高い。
このまま行けば────そんな希望的予測を嘲笑うかのように、低く重い衝撃が奏の耳を劈いた。
「ハッ! パーティー再開って訳かい」
風に逆らい、細めた目でそれを見る。
先ほど穿った大型ノイズと同一個体。その上一体ではない。
その数およそ三体。全ての個体が自身の内より新たなノイズを生み出している。つまり、奴らをどうにかしない限り蹂躙は止まらないという訳だ。
(……何かが)
違和感。
やけに数が多いと、そんな気はしていた。
そしてこの、狙いすましたかのようなタイミングでの増援。
ノイズの動きも何かが引っ掛かる。機械的に人間のみを襲うノイズ、それは変わらない。だが今の奴らの動きは、まるで統率された────。
そこまで考え、奏は息を吐き出した。
やめだ。今考察することに意味はない。ただひたすらにノイズを倒す、それがやるべきことだ。
槍を構え直し、深く腰を落とす奏。これ以上時間を与えるつもりはない。
「いいぜ、望み通り────ッ!?」
到来は、あまりにも突然だった。
一歩踏み込もうとしたその時、奏を襲ったのは虚脱感。
足に力が入らず、崩れかけるもなんとか踏みとどまる。が、異変はそれだけに留まらない。
鎧が、槍が、重い。
考えられる理由など一つだった。
「時限式じゃここまでかよッ!?」
翼と違い、シンフォギアを鎧うためにLiNKERと呼ばれる薬剤を投与する必要があるのが奏だ。
訳あってここ数日投与を控えていた彼女だが、それはつまり”いつ効果が切れるか不明瞭“だったということ。
時間切れが来るのは分かっていた。だがタイミングが最悪この上ない。
頬を伝う汗を乱暴に拭いながら、奏は槍を強く握った。
ただ刀を振るい、人々を
天羽々斬の機動力を駆使しノイズを斬り捨てていく翼だが、一向にその数は減る様を見せない。
「数が、多いッ!」
悪態をつくも現実は変わらない。
会場の崩壊も始まっている。客席が、ステージが、天井が。音を立てて崩れ落ちていく。
崩壊が広がる前に、逃げ遅れた人々を救助する。それもノイズを倒しつつだ。
難題。だがやらない選択肢はない。翼は刀を構え直し、
「……スタークッ!?」
崩落音の狭間。微かに、しかし確かにそんな音が耳に届いた。
聞き覚えはない、だがこのタイミングでの異変。考えるよりも早く、翼はその言葉を叫んでいた。
なぜ奴が────ブラッドスタークの姿が脳裏に浮かんだのか?
崩壊が早まったのは、その音を認めたとほぼ同時だった。
大中小、降り注ぐ無数の瓦礫。西陽の光を反射するそれは、さながら触れた物皆押し潰す光の雨だ。
「くッ……!」
ノイズを斬り裂きながら、合間合間で落下してきた瓦礫を断つ。
こんなところで
「────えっ?」
────
鎧を半壊させた、自らの片翼。
力なく、血溜まりに沈む少女。
尋常とは程遠い二人の姿が、そこにはあった。
「おい死ぬなァッ!!」
槍を投げ捨て、少女の元へと駆け寄る奏。
戦闘の中、ふと見つけたのは一人の少女。腰の抜けた様子の彼女はただ茫然とこちらを見つめていた。
そんな彼女めがけて、弾丸のように少女へと殺到するノイズ。咄嗟に彼我の間に割って入り、奏はノイズを防いでいく。
防ぐ。槍が欠ける。
防ぐ。鎧が砕ける。
防ぐ。そして。
砕けたガングニールが。
少女の体に突き刺さった。
「眼を開けてくれッ!!」
鮮血を撒き散らしながら地面を転がる少女、瓦礫にぶつかりようやく止まった。
四肢を投げ出したその姿に動きはない。
どくどく、どくどく。胸元からポンプのように赤い液体が漏れ出している。それが周囲を赤く染めると反比例するかのように、少女の目から光が失われていく。
させるか。
こんな理不尽で、あっけなく。
ライブに来てくれた、彼女の命を失う訳にはいかない────!
奏はただ、言葉を発していた。
一瞬、ほんの一瞬。
少女の目に、光が戻った。
見間違いであるものか。彼女は生きようとしている。
だがそれもいつまで保つ? 事は一刻を争う。求められるのは短期決着。だが今の奏に────。
「……やっぱ、これしかないか」
「…………ぁ」
「大丈夫、アンタは絶対助けるよ」
一つだけ。
一つだけ、策がある。小さく口を開いた少女を安心させるように、奏は彼女の頭を撫でて────背を向けた。
槍を拾い、折れた穂先を見つめる。
退く気はない。背を見つめる者がいるから。
「いつか……心と身体全部空っぽにして、思いっきり歌いたかったんだよな」
不思議と心は晴れやかだ。
黄昏の空を目に焼き付けて、瞳を閉じる。閉じた視界に映るのは、大切な片翼の微笑み。
行きがけの駄賃には、それさえあれば十分だ。
「今日はこんなにたくさんの連中が聞いてくれるんだ。
だからあたしも────出し惜しみなしで征く」
絶唱。
それはシンフォギア装者最大最強の攻撃手段。
しかしその代償は、
一節一節に全てを込める。
それは復讐の炎であり、悲哀の涙であり、親愛の光だ。
全てを焼べて、ただ槍に束ねた。
命を燃やす、最期の歌。
天羽奏は、笑っていた。
その光景を見た瞬間、翼はそこへ駆け出していた。
あの鎧、奏の状態が芳しいものではないということは自明。だがそれ以上に、彼女の側で血に沈む少女の姿。
間違いなく危険な状態、一刻も早く救助に向かわなければ。
そんな翼の思惑を、ノイズが慮ってくれる訳もなく。
未だ周囲に残るノイズが翼に飛びかかってくる。苛立つ心、募る焦燥。力任せに刀を振り抜き、敵を両断していく彼女だが────。
突如、歌が聞こえた。
「……絶唱ッ!?」
その歌は絶唱。翼の歌ではない。
ならば答えは明快、奏だ。
絶唱。
それはシンフォギア装者最大最強の攻撃手段。
しかしその代償として、強烈なバックファイアが使用者の身体に襲いかかる。
あの状態でそれを歌えば、奏は────。
「いけない奏ッ!」
承知の上だというのか?
なぜ。いや、奏はそういう性格だ。いつだって決断に迷いがない。風前の灯となった少女の命を救うために、彼女は。
だがそんな結末、風鳴翼が許せるはずもない。
一心不乱に刀を振り、足を動かす。
進まない。だがそれはノイズの多さだけではない。降り注ぐ瓦礫が、巻き起こる粉塵が。翼の全てを阻んでいる。
絶唱はすでに最後の一節。間に合わない。
翼はただ、声を上げることしかできなかった。
「歌っては駄目ぇぇぇぇぇッ!!」
瓦礫が二人の間を分かつ、その刹那。
粉塵の向こう、僅かに見えた彼女の姿。
最期まで奏は────笑っていた。
「奏ッ!
奏ええぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
会場が光で満たされる中、叫びが空に木霊する。
その叫びに返答はない。
惨劇に不釣り合いなほど、燦々と会場を照らす夕陽。
点在する灰色の山が、風にさらされ消えてゆく。その様は、この世の無常をどうしようもなく表現していた。
2041年1月。
観客・関係者合わせた10万人のうち、僅か数十分の間で12874名が犠牲となった。
まさに未曾有の惨劇。
そしてこの日。天羽奏は戦士として、歌女として。
その全てを燃やし尽くした。
「よぉーく聞こえてるよ、翼ァ」
燃やし尽くした────
ライブ会場上層階、放送席。
誰もいないその室内に現れた赤黒い流体。蠢く流体が人の形を形作り、その姿が顕になる。
天羽奏。
アーティストユニット“ツヴァイウィング”のメンバーであり、第三号聖遺物ガングニールのシンフォギア装者。
絶唱を歌い、殉職したはずの彼女が、今。
「事前にネビュラガスを投与しておいて助かった。
アレがなけりゃ、俺がどうこうする暇もなかったかもな」
石動美空。
ツヴァイウィングの大ファンであり、二人にアロマオイルのプレゼントを贈っていた少女。
その行動が
彼女が贈ったものは、器具を用いて室内に噴霧するもの。ならばそれに【ネビュラガス】さえ仕込んでしまえば、あとは簡単だった。
ネビュラガスの投与で肉体強度が上がっていたからこそ、朽ち果てるだけだった奏の肉体に僅かな猶予が生まれたのだ。
美空がプレゼントを贈ったおかげで、奏を
当の本人はノイズに貫かれたようだが、憧れの人間を救えたのだから本望だろう。
「さて、と。奏は……寝てるな」
肉体の修復は成功した。
尤も、方法は力業だ。自身の遺伝子を欠損部位に当てがい同化することで、急速に復元を行っただけ。
天羽奏の肉体への負担は計り知れない。意識の奥深くで眠りにつく彼女、もう目を覚ますことはないだろう。
戻ったとしても、記憶が残っているかどうか。
「まあ、大した問題じゃない」
そんなことはどうでもいい。
奏が消えたところで、まだまだ数は残っているからだ。
水玉模様のカッターシャツに、キャメル色のジャケット、そして黒いスキニーパンツ。統一感こそあるが、明らかにオーバーサイズだ。
と、その時。突然天羽奏の身体が煙に包まれた。
「やっぱり、
軽薄な声と共に晴れる煙。
そこに、天羽奏の姿はもうなかった。
代わりに立っていたのは長身の壮年男性。パーマのかかった前髪を弄り、しみじみと彼はそう呟く。
準備は整った。
彼は────【エボルト】は、眼下に広がる光景をただ見つめる。
呆然と跪く風鳴翼の姿が見える。
血溜まりに沈む、見覚えのない少女が見える。
さて、どう動くか。
世界は違えど同じ星。
今度こそ目的を果たすために────。
次回からは本編突入
もう各期ごとの終わりとエピローグは決まってるんですが、それまでの展開をまだ考え中です(どうしよう)
【26/02追記】
エボルト印のネビュラガス入りアロマオイルが緒川さんチェックを抜けたのは、シンプルにガスが地球に存在しない物質のためです。
美空のプレゼントにガスを混ぜたのは力技(美空が就寝中に細工した)です