戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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終わりです
ラスボス戦はダイジェストです


EPISODE19「ハートの全部で、始まる(バベル)

 誰もいない管制室で、すすり泣く少女が独り。

 モニターだけが淡く灯り、風穴の開いた壁から差し込む光もここには届かない。

 

 

 

「私では、もう何もできやしない……。

 お願い、立花響……」

 

 

 

 怒りのまま、やぶれかぶれでウェルを手にかけようとした槍は、立花響によって止められた。

 迫る月の落下。止める術はもうない。”ウェルを止める”、最後に残った使命すら、彼女に託した。

 

 誇りも、矜持も。

 今のマリアには何もない。

 ナスターシャはもういない。ウェルが────いや、自分が殺したのだ。

 ただ雪崩のように押し寄せる悔悟と、自らへの失望に膝を折り埋もれているだけ。

 

 そんな中、こちらに近づく足音。

 それも、二つ。

 

 

 

「「マリアッ!」」

 

 

 

 見知った声に顔を上げると、そこには大切な家族の顔があった。

 血を分けた妹と育ての親を亡くした今、彼女たちだけが最後のつながりだった。

 

 

 

「調、切歌……」

 

 

 

 その声は、届いていただろうか。

 かすれて震えた声が、喉から漏れる。だがそんな不安とは裏腹に、二人はマリアに駆け寄りしゃがみ込んできた。

 

 

 

「大丈夫デスかッ!?」

 

「ほっぺたが腫れてる。あいつがやったの?」

 

「あのボンクラメガネッ!」

 

 

 

 マリアの頬にそっと触れる調。両肩を掴み、容赦なく揺さぶってくる切歌。

 普段とまるで変わらない二人の様子が、少しだけ微笑ましくて────違う。自分にそれを享受する資格はない。

 再び俯いたマリアを心配そうに見つめる彼女たちから目を背け、嗚咽を呑みこみ言葉を絞り出した。

 

 

 

「逃げてほしい、なんて言えない。ネフィリムを……フロンティアを止めて欲しい。

 私の罪の後始末をさせてしまって、本当にごめん……」

 

 

 

 しばしの沈黙。

 聞こえるのは、調と切歌の呼吸だけ。

 どんな顔をしているのだろう。失望か、それとも怒りか? 見たくない。砕けた自尊心の欠片がここにきて顔を出すが、顔を見ないことは許されない。

 この懇願は、二人を死地へと向かわせるもの。目を背けて頼んでいいものでは決してない。

 

 なけなしの力を、覚悟を振り絞って三度顔を上げ────そこにあったのは、ため息をつく二人の呆れきった顔だった。

 

 

 

「なんて申しているわけデスよ、うちのマリアは」

 

「うん。やっぱり叱らなくちゃ」

 

「えっ……えっ? どうしたの二人とも」

 

「マリア!」

 

 

 

 腰に手を当て、ずいと顔を近づけてくる切歌。

 反射的に身を引いてしまうほどのその剣幕、しかしすぐに明後日の方向へ向かっていった。

 吊り上がった眉が下がっていき、開かれた目が閉じられていく。腰に置かれていた手が頭へと移動し、指でこめかみを押さえている。

 横に立つ調も、顎に手を当てて困り顔で考え込んでいる様子だ。

 

 ────何なの、この空間?

 

 

 

「えっと、えーっとデスね……」

 

「こういうとき、なんて言えばいいのか分からない……」

 

「マリアだったら、なんて言って叱るデスか?」

 

「わ、私に振るの?」

 

 

 

 突然のキラーパス、覚悟ができていなかったマリアは思わず返してしまう。

 雰囲気に吞まれているマリアだが、それを指摘できる者はこの場に誰一人いない。

 

 

 

「コラ、とか……?」

 

「了解デス! コラッ! マリアッ!」

 

「は、はい」

 

 

 

 笑顔になったかと思えば、次の瞬間には怒り顔でマリアを叱る切歌。その百面相も普段なら笑顔が漏れるところだが、今はそれどころではなかった。

 

 

 

「惣一さんが言ってたのデス、”大人だって間違えるときがある”って。

 マリアも心がズキズキすることがあるって、アタシたちはすっかり忘れてしまってたのデス」

 

「マリアだって完璧なんかじゃなかった。なんでもないことでセレナとよく喧嘩してたし、変なところでみみっちいし、たくさん食べろってうるさいし」

 

「そ、それは貴女たちのためを思って……」

 

「だから、これはわたしたちみんなの責任」

 

 

 

 責任。その二文字が胸を打つ。

 普段通り、静かにマリアをじっと見つめる調。しかし、その瞳には有無を言わせぬ熱が灯っている。

 その熱は苛烈なものではない。温かな炎だ。

 冷めきっていたマリアの手足が、僅かに熱を帯び始めた。

 

 

 

「わたしと、切ちゃんと、マリアと、マム。一人で背負わないで」

 

「こういうときは歌えばいいのデス。ラララ~って! そうすれば辛い気持ちもちょっとはマシになるはずデスよ」

 

「歌う、って、こんな時に……。それに……」

 

 

 

 帯び始めた、瞬間────。

 男の声が、脳裏を過り支配する。

 

 

 

────途中下車は許されない。何より、お前自身が許せるのか?

 

 

 

 許せない。

 決めたはずだ。だというのに、途中で逃げるなど到底許されるものではない。

 こうなる結末は見えていたはず。

 ならなぜ今、足を止めている?

 

 蛇が、絡みつく。

 僅かに灯った、希望という名の光を押しつぶすように、マリアの裡を締め付ける。

 

 力なく、マリアは首を横に振った。

 

 

 

「……やはり、私は」

 

「マリア」

 

「マリア姉さん」

 

 

 

 その声がマリアの頬を撫でた瞬間、弾かれるようにそこを見る。

 不思議そうな顔を浮かべた調と切歌。そして、()()()────。

 

 あの日と変わらぬその姿。

 亜麻色の髪をなびかせ、澄んだ瞳でマリアを見つめている、年端もいかぬ少女がそこに立っていた。

 

 セレナ。

 

 声にならない声が漏れる。

 

 

 

「マリアがやりたいことって、なに?」

 

「マリア姉さんがやりたいことって、なに?」

 

 

 

 声が重なる。

 ……分かっている。この声は、彼女の姿は現実ではない。

 

 それでも。

 

 今この瞬間、マリアは妹と、セレナとあり得ざる再会を果たした。

 

 

 

「我慢なんてしなくていいのデス! どんなことでも、言ってみなきゃ始まらないじゃないデスか!」

 

 

 

 天真爛漫な切歌の声。口調が似ないその言葉には重ならない辺り、やけに正確だ。

 

 やりたいこと。

 やるべきこと、ではない。

 マリアは何を成したいのか────そんなこと、分かり切っている。

 

 

 

「……歌で、世界を救いたい。月の落下から、みんなを助けたい」

 

 

 

 自然と零れたその言葉。

 その言葉が転び出た瞬間は、胸の痛みも、手の震えも消えていた。

 

 

 

「それが、何者でもない……裸の私。マリア・カデンツァヴナ・イヴの、やりたいこと」

 

 

 

 何もかも崩れて、壊れて。虚飾の何もかもが剝がされて、荒野となったマリアの裡。それでも最後に残った、たった一つの小さなヒカリ。

 助けたい。

 彼女が抱いた、原初の願いだった。

 

 差し出される手が、三つ。

 調の右手。

 切歌の左手。

 そして、二人に重なるセレナの両手。

 

 ふと、右手に目をやる。

 無意識のうちに何かを握っていたことに今更気づいたマリアは、ようやくそれに意識を向けた。

 ひび割れたペンダント。

 聖遺物の欠片が包まれたそれは、黒いガングニールのものではない。

 優しい白銀の輝きを放つ、妹のもの。

 

 

 

 

 

「生まれたままの感情を、隠さないで────」

 

 

 

 

 

 ずっと、見守ってくれていた。

 気づくのが遅すぎるとマリアは小さく笑い、家族の手を取る。

 

 そんな時、胸に浮かんだのは思い出の旋律。

 いつしかマリアは────旋律を、形にしていた。

 

 

 

「この歌、よくセレナと歌ってた……」

 

「アタシたちも!」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

りんごは浮かんだ お空に

 

りんごは落っこちた 地べたに

 

 

 

 静かに、穏やかに、旋律が世界を包んでいく。

 フロンティアの内部より紡がれたその歌は、電子回線を通じて地球に届いた。

 海を越え、雲を渡り、風に乗り、そして人々の胸へすとんと落ちた。

 

 

 

星が生まれて 歌が生まれて

 

ルルアメルは笑った 常しえと

 

 

 

 初めて耳にするはずのメロディ。

 だというのに、一人、また一人と、マリアの歌に共鳴していく。

 まるでその歌を昔から知っていたかのように。懐かしい歌に思いを馳せるかのように、

 世界中から音が消えた。

 

 

 

星がキスして 歌が眠って

 

 

 

 誰かは祈るように目を閉じ、誰かは涙を流し、誰かは胸に手を当てる。

 

 

 

かえるとこはどこでしょう……?

 

かえるとこはどこでしょう……?

 

 

 

 ────今この瞬間、人類は再び一つとなった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「歌ってる……なんか、変な感じ」

 

「でも、嫌な感じではありませんね」

 

「あの人も戦ってる……ってこと、なのかな?」

 

 

 

 ざわめきが次第に戻ってくる。

 周囲の人々、その全ての視線は街頭モニターに吸い寄せられていた。それは彼女たち────創世、弓美、詩織も例外ではない。

 モニターに突然現れた彼女が歌い、その後白衣の男に襲い掛かる。と思えば見知った少女、立花響が割って入り……と、荒唐無稽な光景だが、確かな現実なのだろう。

 

 

 

「だったら、ちゃんと見とかないとな」

 

「うん……って、マスター!?」

 

 

 

 弓美の隣に立つ惣一がモニターを見上げながらそう言った。

 直後声を上げた彼女の声で、創世はようやく惣一がそこに立っていることに気づいた。いつの間にここに? 相変わらずの神出鬼没さに目を丸くする。

 

 

 

「石動さん! ご無沙汰しています」

 

「よっ。外が騒がしいから来てみりゃ、すげぇことになってんなァ」

 

 

 

 ただ一人、ぺこりと頭を下げる詩織。いつもの軽い調子で手を上げそれに応じている惣一だが、明らかにおかしなところがある。

 

 

 

「いや、なんでそんなにボロボロなんですか? 誤魔化されませんよ」

 

「それ聞いちゃう!? せっかくイカした登場したんだから、もうちょっと浸らせてくれよ!」

 

「別にかっこよくもなかったですけど……」

 

 

 

 服と顔が汚れている。土か? それに僅かな赤色、切り傷もある。明らかに負傷している彼だが、聞かない訳にはいかないだろう。

 

 

 

「出前のバイトで自転車漕いでたんだが、ウサギとコウモリが急に飛び出してきてな。

 突っつかれちまって派手に転んだって訳だ。でも料理は無事に届けたから、名誉の負傷って奴だよ」

 

「さすがです!」

 

「だろ? って、それより今はあっちだな」

 

 

 

 明らかに適当なことを言っていると分かり、目を細める創世。ウサギだとかコウモリだとか言っているが、結局は自転車から転んだということ。

 まあ、元気そうなので咎めるものでもないが。

 

 冗談もそこそこといった調子で惣一が再びモニターを見るよう促すと、相変わらずそこには座り込むマリアの姿が映っていた。

 先ほど一瞬移った響のこともある。この映像が夢でなければ、今彼女は画面の向こうにいるということだ。

 

 

 

「きっと、響も戦ってるんだよね」

 

「ああ。俺達は大人しく見守っとこうじゃないの」

 

 

 

 響が人には言えない秘密を抱えていることは知っている。

 きっと今も響は戦っているのだろう。いつも通り、誰かを助けるために。

 

 

 

「……期待してるぜ」

 

 

 

 小さく呟かれたその言葉。ふと彼の顔を見上げるも、グラスがモニターからの光を反射し瞳の色は窺い知れなかった。

 その瞳には何を映しているのか────彼女たちに知る術はない。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 何も気負わず、ただ心のままに。

 胸の奥底から零れるままに、マリアは静かに歌い切った。

 不思議な感覚だった。セレナだけではない。調も切歌も、世界すら同じ場所で息づき、一つとなったような。

 

 だからこそ、管制室に届いた小さな声に誰より早く反応することができた。

 

 

 

〈……マリア〉

 

「マムッ!?」

 

 

 

 聞こえてきたのは、宙へと追放され、その命を散らしたはずの声。

 彼女の、ナスターシャの声が確かに聞こえる。

 

 

 

「マムなのッ!? よかった、無事だったんだね……」

 

「今すぐ助けにッ」

 

〈ありがとう。調、切歌〉

 

 

 

 柔らかな声。顔こそ見えないが、珍しくその表情が緩んでいることを感じる。

 一体何時ぶりだろう、こんな声色を聞いたのは。

 彼女の状況を想像する。その理由は、一つしか思いつかない。

 

 

 

〈いつの間にか大きくなっていたと、今更気づかされました。

 甘んじてお叱りを受けたい所ですが……今は、マリアを助けてあげなさい〉

 

「うん……うんッ」

 

「やり遂げてみせるデスッ! だからッ……」

 

 

 

 ”それ”に気づいていないように、明るく声を上げていた二人。その声に嗚咽が混じったことを口に出すマリアではなかった。

 本当は気づいているのだろう。

 この会話が、恐らく最後となることに。

 

 

 

〈……マリア、聞こえていますね〉

 

 

 

 柔らかな声とは一転、熱く鍛えた鋼のような声音。

 覇気が、気迫が。遠く離れていても、ひしひしと伝わってきた。

 

 

 

〈貴女の歌に、世界が共鳴しています。これだけのフォニックゲインがあれば、遺跡を起動させるには十分〉

 

 

 

 成し遂げた、と彼女は言う。

 月の遺跡、その再起動。それはつまり、今なお落下している月の被害を食い止められる可能性を示唆している。

 目を見開くマリアの耳に、彼女の力強い声が続いた。

 

 

 

〈月の落下は……私が責任を持って止めますッ!〉

 

 

 

 命を燃やすその叫びは、マリアの中の”何か”を、ヒカリを確かに掬い上げた。

 

 

 

〈もう何も貴女を縛る物はありません〉

 

 

 

 再び声は柔らかな響きに。

 指揮官ではない。研究者でもない。ただ、家族としてマリアにかけられた言葉。

 

 彼女の声がすぐ横で聞こえる。

 

 

 

 

 

「────征きなさい、マリア。

     私に、貴女の歌を聴かせなさい」

 

 

 

 

 

 涙を拭う。嗚咽を呑みこむ。

 これから”世界を救おう”というのだ、涙も、泣き顔も晴れ舞台の衣装には似合わない。

 

 

 

「……OK、マム」

 

 

 

 背中に重みは感じない。そこにあるのは、背を押す彼女の手の温もりのみ。

 取った手に引かれ、ゆっくりと立ち上がる。

 誓いを胸に、やりたいことを成し遂げるために。

 立って、この歌を宙へと届かせるため。

 

 想いは確かに受け継がれた。

 目を開き、浮かべるのは不敵な笑み。胸を張って立つその背中に、一切の欺瞞なく。

 

 

 

 

 

「世界最高のステージの幕を上げましょうッ!!」

 

 

 

 

 

 今ここに。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴは、再誕を果たした。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ネフィリムを地に叩き伏せ、土塊へと還る姿を見届けた響は、そのまま戦場の匂いを探る。

 耳に満ちるのは、四方八方から立て続けに響く咆哮。どういう絡繰りかは知らないが、あの震動で現れたネフィリムは一体ではなかったということか。

 そんな中、鋭く響く金属音に景気のいい爆発音が空気を伝ってここまで届いた。聞き馴染んだその音を頼りに瓦礫を渡り、飛び降りる。

 案の定そこにいたのは戦友二人、風鳴翼と雪音クリスだった。たった今ネフィリムを撃破したようだ。

 

 

 

「翼さん、クリスちゃんッ!」

 

「立花! そのギアは一体……」

 

「スクリューボールが過ぎてんだよ、お前は」

 

 

 

 合流するなり再会の笑みが交わる三人。

 しかしそれも束の間。目の前の天変地異に対応するため、すぐに戦士の顔に戻った。

 

 

 

「もう遅れは取りません! だから……」

 

「ああ。一緒に戦うぞ」

 

「はいッ!」

 

「ってか、なんか……地面減ってきてないか?」

 

 

 

 クリスの言葉で、ようやく異変に気付く響。

 フロンティアの船体全てを襲う震動にばかり気を取られていたが、重要なのはそこではなかった。つい今しがた飛び降りた岩壁、それが────消えている。

 いや、削られている。

 

 答えはすぐに映りこんだ

 岩肌が砕け崩れて岩片となり、彼方のただ一点に向かっている。瓦礫の合間に、呑みこまれていく無数のネフィリムの姿も確認できた。

 

 

 

「あの一点に吸い込まれて……いや、取り込まれている?」

 

〈聞こえるかお前達ッ!〉

 

「オッサン!」

 

 

 

 明らかな異変。

 脅威の気配が肌を刺す中、耳元の通信機から通達が。慎次と共に撤退を完了させた弦十郎の声だ。

 どうにか危機を脱し、本部への帰還を果たしたらしい。

 若干のノイズが混じった声で、弦十郎から現状を伝えられる。

 

 

 

〈現在フロンティアの高度上昇を検知したッ! ウェル博士が切り離したネフィリムの心臓は、ブラッドスタークの手によって暴走! フロンティアの全てを吸収しながら一つに集まっているッ!

 爆縮が臨界点を超え、エネルギーを放出した際に予想される温度は一兆度だッ!〉

 

「いいい、一兆度ッ!?」

 

 

 

 思わず鸚鵡で返してしまう響。

 一兆度、などという言葉が作戦中に聞こえるとはつゆにも思わなかったが、これは現実。10桁を超える温度の物体が爆発するなど、どう考えても碌な事にはならない。

 だが、やることは明確になった。

 

 

 

〈装者達は本部からの支援情報に従い、ネフィリムを打破せよッ!〉

 

「「「了解ッ!!」」」

 

 

 

 作戦を開始した響たちは、高所へと跳躍し標的の姿を確認できる位置を確保する。

 だかここも、すぐに奴の餌となるだろう。点だったそれは、いまや巨大な岩石へと成長している。その輪郭が浮かび上がっていき、四肢めいた構造が出現していく姿が、響に決戦の予感をどうしようもなく感じさせた。

 

 果たして、()()をどうにかすることはできるのか。

 どういう力か、吸収を免れた瓦礫が宙に浮いている。この世のものとは思えぬ景色、だが足場が増えたのはかえって好都合だ。

 決意を新たに拳を握ったそのとき、背後で降り立つ気配が二つ。

 

 

 

「シュルシャガナと」

 

「イガリマも! 到着デスッ!」

 

「調ちゃん、切歌ちゃん! 来てくれたんだ!」

 

 

 

 振り返ると、頼もしい少女たちが得物を構えて立っていた。

 これで装者五名、未曾有の戦力が揃ったことになる。

 

 

 

「とはいえ、こいつを相手にするのは結構骨が折れそうデスよ」

 

 

 

 親指で向こうを指す切歌、その指先にあるのは例の巨岩だ。

 それは明確に四肢を形成し、歪に隆起する。その外殻が艶めき、有機的に脈打つ。

 ネフィリムでは、あるはずだ。だがあまりに異質。終末を形にしたような姿が整っていく。

 

 確かに骨が折れそうだ。

 だがやらない選択肢など毛頭ない。五つの影が完成しつつある敵の誕生を睨み据える。

 

 そして、最後の装者の声が響く。

 

 

 

「────だけど、歌が在るッ!!」

 

 

 

 空を裂く声に、一斉に振り向く装者五人。

 宙に浮いた瓦礫。ひときわ大きなその上を踏みしめた、堂々とした立ち姿。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴが、響たちの背に現れた。

 

 

 

「マリアさん!」

 

「話は後。今はあれをどうにかしないと」

 

 

 

 彼女の元へと向かう響たち。

 胸に当てたその手に握られているのは、ひび割れたギアペンダント。ガングニールは響が借り受けている。ならば何のギアなのか。

 だが彼女の言の通り、話は後だ。

 装者が集結し整った盤面。だが”奴”もまた、その顕現を迎えようとしていた。

 

 彼女たちが立っていた大地はすでに崩落、呑みこまれている。

 その中心にあるのは、黒。

 

 両肩には城壁を呈した堅牢な盾。

 背部に備わる鉄球、そして機翼が暴風を巻き起こし、重力を嘲笑うようにその身体を浮遊させている、

 両腕の刃、そして頭部に生える一対の角が天を衝く、今までにない凶悪な容貌。

 黒灰色どころではない。進化を遂げ、漆黒に染まったネフィリム────【ネフィリムスマッシュ】が降臨した。

 

 

 

「どっかで見たことある面だな」

 

「だが相手は完全聖遺物そのもの。強さは別格だ」

 

「だったら────」

 

 

 

 その異形を前にして、冷静に観察する装者たち。

 これから始まる決戦を前に、情報を集めようとするその動きに一切の油断はなかった。

 

 ただ、その警戒よりも早く奴が動いただけのこと。

 

 奴の装甲が閃き、刹那。

 響の視界が白く染まった。

 咆哮。閃光。ネフィリムスマッシュが放った光線が大気を削り、ここまで到達したのだ。

 反応できない、避けられない。

 圧倒的な力を前にあえなく勝負は決し、

 

 

 

 

 

 

 

「Seilien coffin airget-lamh tron」

 

 

 

 

 

 

 

 いや、決してなどいない。

 響が目を開けた時、眼前に広がるのは眩い光。

 大地を融かす熱線を寸でのところで押し留めている。響たちを包むように展開された光壁────ギアの防護フィールドだ。

 マリアのギアが放った、鉄壁の金城だった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「もう迷わない。だって……マムが命懸けで、月の落下を阻止してくれている」

 

 

 

 揺れるペンダントが放つ白銀の輝き。

 マリアはその輝きを受け、天を見上げた。黒みを増した空、そこに浮かぶ月を真っ直ぐに見据える。

 

 隣に立つは、かつて刃を交えた少女たち。

 それだけではない。調が、切歌が、ナスターシャが、セレナの想いが背中を支えてくれている。

 

 

 

(みんなが居るなら、これくらいの奇跡────)

 

 

 

 すでに想いは受け取っている。

 何もかもをさらけ出して、それでも残ったそのヒカリ。

 後は、ヒカリを掲げて胸の覚悟を示すだけ。

 

 

 

「安いものッ!!」

 

 

 

 その叫びに応じたのは響だった。

 右腕の鎧を変形、唸りを上げて機構が巨大化。邂逅の夜にも見せた巨大な手甲が形成される。

 迷いなく踏み出した彼女、突き出されたその拳が防護フィールドを超えて熱線と正面からぶつかり合った。

 

 

 

「セット、ハーモニクスッ!」

 

 

 

 生み出されるは虹色の竜巻。

 紡がれ、託され、繋がった魂が共鳴する。光が天を羽撃き、()()()を待つかのように番えられる。

 太陽のように、月のように。強く優しい腕に包まれる。

 

 

 

「わたしが束ねるこの歌はッ!」

 

 

 

 轟く咆哮。ネフィリムスマッシュの口腔が光り、光線の密度が跳ね上がる。

 崩壊していく防護フィールド。ネフィリムの牙に蝕まれ、分解されていくシンフォギア。

 それでもマリアは、響は退かない。

 

 遥か上方、成層圏の果て。月遺跡に向かってフォニックゲインの照射を続けているナスターシャ、そのエネルギーはここ────フロンティアの本船を経由している。

 つまりこの場には人類の、70億の人々のフォニックゲインに満ちているのだ。

 その総てを集め束ねて、立花響は拳を振るった。

 

 

 

 

 

「70億のッ!

 絶唱だァァァァァァァッ!!!!」

 

 

 

 

 

 爆発。直後、それを突き破るようにネフィリムの眼前に顕現する光の柱。黒を塗り潰す白銀、苦しむように異形は声を上げる。

 やがて柱は弾け、六つの光へと収束する。

 

 橙、青、赤、桃、翠、そして白。

 時を越え、幾千、幾億の愛を重ねた姿。湧き立つ未来を明示するその光が舞い降りる。

 光は羽となり、力強く羽撃く。

 

 決戦の輝きを────エクスドライブのシンフォギアを纏った装者たちが、降臨した。

 

 六つの光は螺旋を描き、虹色の矢へと変わる。

 一条の流星の如き奔流は、一直線にネフィリムへと猛進。

 瞬きの間に、その右半身を抉り屠った。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 弦十郎が司令室に戻ったのとほぼ同時、仮設本部の緊急着水処理も完了しようとしていた。

 

 

 

「着水シークエンス、開始しますッ!」

 

 

 

 あおいの報告と同時、ネフィリムのものとは別種の衝撃が本部を襲う。

 ここはフロンティアの先端、辛うじて吸収を免れている区域。しかしそれも時間の問題、故にミサイルで地盤を爆破し、自由落下を敢行。

 朔也の軌道計算結果を頼りに、岩塊との衝突を避けつつ着水する腹積もりだ。

 

 

 

「緒川さん!」

 

「しっかり掴まってくださいッ」

 

 

 

 爆破の衝撃で身を崩した未来、それを隣の慎次が支えている。彼女のことは慎次に任せ、弦十郎は視線をモニターに映るネフィリムへと戻した。

 そんな中、計器の警告音が司令室を駆け巡る。警報が赤く瞬き、朔也の指が止まった。

 

 

 

「ネフィリムに超高質量反応を検知! フロンティアの吸収率及び内部温度の上昇が再開、反応増大していますッ!」

 

「再生だとッ!?」

 

 

 

 目を剥く弦十郎。

 モニターに映る、半身を抉り削がれたネフィリム。そのシルエットが元の姿に戻ろうとしているというのだ。

 彼は続く報告を待つが、続く報告は状況をさらに悪化させるものだった。

 

 

 

「……まずい、なんてものじゃない! 温度の上昇効率が指数関数的に上昇ッ! 間もなく臨界を迎えます!」

 

 

 

 腕を組み、弦十郎は口を一文字に引き絞る。

 爆発と、再生。少なくともどちらかに対応せねば、行きつく先は破滅の二文字だけだ。だが相手はF.I.S.が占有していた完全聖遺物。詳細な情報など何もない。

 

 と、その時。新たな警報が耳に届く。警報の詳細を確認していたあおいが息を呑んだ。

 

 

 

「これは……!」

 

「何事だッ!」

 

「大気圏外より、特殊回線での通信です!」

 

 

 

 一変する司令室内。

 この状況下での通信。明らかに現況に関与している者からだ。だが一体誰が?

 ────いや、愚問だった。

 大気圏外からの通信など、考えられる人物は一人しかいない。

 

 

 

「ナスターシャ教授かッ!?」

 

「資料が送信されています! モニター出しますッ」

 

 

 

 眼前のモニターが切り替わり、画面に浮かぶ白い文字列。

 ナスターシャからのメッセージ、その文面は短く簡潔だった。要点のみが並べられたそれから、彼女の切羽詰まった状況が滲み出ている。

 送られてきたのはネフィリムの詳細情報。そして。

 

 情報を瞬時に叩きこんだ弦十郎は腕を振る。

 迷いの時間はそれだけ作戦の成功確率を引き下げる。数字で語れぬ思いつきを即断するため、怒号のように声を張り上げた。

 

 

 

「藤尭ァ! 装者各員に通信を繋げッ! この際だ、F.I.S.の三名にもチャンネルを共有するんだッ!」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 フロンティアはなおも上昇を続けている。

 制御の鍵であるネフィリムの心臓はすでに制御を離れているというのに、船体は惰性では説明のつかない速度で天を目指す。

 既に高度は数十キロ。地平線ははっきりと湾曲し、空が青から紺、黒へと色が変わっていた。

 

 成層圏での活動など、エクスドライブのギアがなければ適応は難しかっただろう。

 

 ひときわ大きな破砕音。

 音の方角に目をやったマリアの眼下で、フロンティアの中心部────管制室を含めた居住区画が崩落していた。周囲の地盤が軒並み呑みこまれたことによって支えを失ったのだろう。

 

 みるみるうちに小さくなっていく中心部。残されたのは外殻のみとなったフロンティア、その残骸だ。

 その上に立つのは装者六人、だけではなかった。

 

 

 

「再生していく……!」

 

 

 

 歯噛みしながら()()を睨み据える調。

 彼女の視線の先────ネフィリムスマッシュ。右半身を貫いたはずのそれが、すでに再生を終えようとしていた。周囲の物体すべてが奴の糧。

 エクスドライブのエネルギーすらも吸収して、その身体はさらに肥大化していた。

 

 ゆっくりとこちらへと身体を向けていくネフィリム、もう簡単には攻撃を受けてもらえないだろう。

 どうしたものかと身じろぎしていたマリアたちだったが、その時耳元から男の声が聞こえてきた。

 

 

 

〈お前達ッ! F.I.S.の装者諸君も聞こえているなッ!〉

 

「師匠!」

 

「風鳴司令?」

 

 

 

 声の主は風鳴弦十郎。二課の司令である彼が、響たちだけでなくマリア、調、切歌にも回線を開いていた。

 この土壇場で情報の共有を躊躇わない弦十郎に謝意を抱きつつも、彼女は彼の続く言葉を待った。

 

 

 

〈ナスターシャ教授より情報提供だ!〉

 

「マムからッ!?」

 

 

 

 目を見開く。

 ナスターシャからの情報、今もなお戦っている彼女を思い、拳を握り締める。だが感傷に浸るのは後だ。今は彼女からもたらされた情報を享受することが優先。

 それが彼女の意思のはずだから。

 

 

 

〈教授より提供されたのは心臓のデータだ。了子くんの解析によれば、奴の住劫再生、絡繰りはあの心臓だ!

 位置は左胸部、動いていないッ! そいつさえ毀してしまえば再生は起こらん!〉

 

 

 

 瞬間、見えた突破口。

 ウェルが召喚したネフィリムは、すべてフロンティアの構造が変化して成り立っている。つまり、聖遺物を捕食する完全聖遺物としての機能を果たしているのは、心臓だけだ。

 ナスターシャからの提供データで、その機能を分析した二課が打ち出した打開策。

 

 彼女や弦十郎たち、銃後の面々が切り開いた血路を進まない手はない。

 だが、立ちはだかるのは最大最後の問題だった。

 

 

 

「だったらもう一度! 今度は狙いを定めてッ!」

 

「待て立花! 奴の裡の超高熱……此処で炸裂してしまえば」

 

「どえらいことになるデスよッ!」

 

 

 

 一兆、そんな途方もない温度での爆裂。

 この問題がある限り、再生を潰したとしても地上への被害は甚大なものとなるだろう。

 倒す手段は見つかったというのに────そう歯噛みするマリアたち。

 

 そんな中、真っ先に動いたのはクリスだった。

 

 

 

「だったらァッ!」

 

「クリスちゃん!? 一体何を……」

 

 

 

 彼女が取り出したのは、ウェル博士の手より奪還した完全聖遺物、ソロモンの杖。

 杖より放たれた緑光はネフィリムに、否、その向こうに伸び、弾ける。

 ノイズを召喚しようというのか? 訳を質す響。マリアも彼女に同調しかけ、そこで思考が閃いた。

 

 

 

「そうかッ! ゲートの向こうにネフィリムを格納できればッ!」

 

 

 

 有史以前より存在するといわれる災厄、ノイズ。

 そしてそのすべてが収められているという異空間、バビロニアの宝物庫。無限とも謳われるその空間へ繋がる門を、ソロモンの杖は作り出すことができる。

 エクスドライブの出力で性能を引き上げ、描かれた円。その中心が歪み始め、極彩色の空間が顔を出した。

 

 あの空間ならフロンティア由来の再生も阻害され、爆裂の衝撃も外界へは漏れない。

 重力に引かれるように、徐々に宝物庫へと落ちていくネフィリム。

 

 この調子なら────だが、腐っても”自律型”完全聖遺物。

 そんな自らを滅ぼしかねない術式、見逃すほど甘いはずがなかった。

 

 

 

「ッ!? 避けろ雪音ッ!」

 

「なッ!?」

 

 

 

 異形の腕が振るわれたと思えば、刃の嵐、そして熱線が解き放たれる。

 暴風を纏って突き進む無数の刃、クリスは反射的に身を捻り間一髪のところで回避する。

 だが体勢を立て直したその時、彼女の右手に杖は握られていなかった。

 

 

 

「杖は何処だッ!?」

 

 

 

 途端、マリアの視界の端できらめく物体。

 主を失ったソロモンの杖がゆっくりと落下していく。その先はネフィリムの足元、バビロニアの宝物庫。

 

 いけない。ゲートを閉じられなければ、例え奴を封じたとしても被害は────。

 考えるより先に、マリアは飛び出していた。

 

 光翼をはためかせ、全速力で急降下。

 閃光の尾を引きながら加速し、瞬時に杖の元へと接近。掴み取ることに成功するマリア。

 その手に確かな感触を得た瞬間、浮かんだのは一つの確信だった。すでにネフィリムの身体は肩まで宝物庫へと沈んでいる。このままゲートの維持、閉鎖さえ完了すれば。

 それで全てが終わるはず。

 

 杖をネフィリムに向け、ゲートを閉じようとした彼女だが、

 

 

 

「マリアッ!?」

 

 

 

 途端、圧迫感と共に奪われる四肢の自由。

 刃だ。クリスに向かって放たれたはずの刃が軌道を変え、列を成し、鞭のようにマリアに巻き付いていた。

 

 奴も必死という訳だ。

 すでにその身を完全に宝物庫の中へ移したネフィリムスマッシュ、その周囲を覆う暴風はかき消えていた。

 踠いているもふわふわと漂っているように見える。異空間の理がもたらす埒外の法則なのだろう。

 

 こちらへの復帰は不可能、ならば奴の残った勝ち筋はただ一つしかない。

 ゲートを閉じさせないこと。敵対する装者の情に訴え、その本懐を地上へと届かせる腹積りか。

 

 

 

「甘いッ!」

 

 

 

 囚われていたのが自分以外ならいざ知らず。

 自分一人をチップにすれば世界を救える? 安さが爆発しすぎている。賭け金などないも同然ではないか。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴはそういう女性だった。

 

 こちらに近づく響たちに向かって叫ぶ。

 

 

 

「格納後、私が内部よりゲートを閉じるッ! ネフィリムは私がッ!」

 

「まさか、自分を駄賃にッ!?」

 

「六文銭となるつもりかッ!?」

 

 

 

 彼女たちの声を背に、マリアは空を見上げた。

 瞳に映る、無数の光が瞬く星の河。少し前まで地面を踏み締めていたこの星────地球もまた、その中の一つ。そんな当たり前のことに今更気づく。

 

 

 

(こんな事で私の罪が償えるはずがない。だけど)

 

 

 

 徐に瞼を閉じる。

 流れていくのは、記憶も、痛みも、何もかも。世界を救う、今までにない大役だ。ゲートを閉じる前に、感傷に浸るくらいの猶予は残されているだろう。

 

 

 

「総ての命は私が護ってみせる。それが……私のやりたいこと」

 

 

 

 皆の安らぎを護るため、孤独へと落ちていく少女。

 後悔は、ない。ナスターシャが命懸けで戦っているのだ、マリアも命を懸けぬ理由がどこにあるのか。

 この胸に宿した誓い、もう誰にも奪わせはしない。

 

 

 

────ちゃんと、届けられたかな?

 

 

 

 誇りを胸に、一抹の寂しさを乗せて、彼女はその身を世界へ捧げる。

 

 

 

 

 

「────それじゃあ。

 マリアさんの命は、わたしたちが護って見せますね」

 

 

 

 

 

 隣から、声。

 なぜ? どうして声が聞こえるのか。

 疑問はそこではない。

 

 なぜ、ついてきたのか。

 

 マリアは戸惑い、驚愕した瞳を彼女に────()()()()に向ける。

 

 月読調。暁切歌。雪音クリス。風鳴翼。

 立花響。

 

 

 

「あなたたち……!」

 

 

 

 なぜ、と続けようとして、やめた。

 それを聞くのはあまりに不粋だと、マリアの心が理解したから。

 マリアを助けようとするお人好しが何人もいるのだ、聞くだけ野暮というもの。

 

 

 

「英雄でないわたしに、世界なんて守れやしない。でも……。

 わたしたちは、一人じゃないんだ」

 

 

 

 孤独を選ぶより、感じたい。

 一人では知ることのない、手の温もりを。

 一抹の寂しさは優しさに包まれ、手には絆を。

 

 元からそんなものはなかったかのように閉じる門。揺らぎ、薄れ、溶けていく異界と現世を繋げるその狭間。

 この瞬間────彼女たちは、世界から姿を消した。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 震える指。霞む視界。悲鳴を上げる身体を無視して、ナスターシャは一心不乱に端末を叩いていた。

 

 

 

「フォニックゲイン、照射継続……」

 

 

 

 指一本動かすにも、万力を込めねば満足に動かすことができない。

 それでも“やらない“なんて選択肢は元より存在していない。マリアが、調が、切歌が。F.I.S.の子供たちが生きる未来が途絶えてしまう。

 そんなことがあっていいものか。

 

 喉から込み上げたものがこぼれ落ちる度、彼女の中から熱が抜け落ちていく。

 指先の感覚はとうに失った。元より車椅子の身だ、大したことではない。失った感覚の代わりに、これまでの経験を総動員すればいいだけのこと。

 

 冷え切った身体。

 それでもこの“熱“────心意気だけは激しく、彼女の裡で燃え煌めいている。

 呼吸を次第に浅くしながら、赤く染まった端末に手を置く。最後の処理を完了させたナスターシャは、ゆっくりと眼前のモニターへと視線を移した。

 

 

 

「月遺跡……バラルの呪詛、管制装置再起動を確認ッ……!」

 

 

 

 霞んだ視界、しかしその瞳は望んだ結果を引き寄せた事実を、確かに認めていた。

 天へと届く、独奏(つらぬ)き通した熱き想い。

 この瞬間、彼女は確かに生涯最後の使命を完遂したのだ。

 

 

 

「月軌道、アジャスト開始……」

 

 

 

 瞼が重たい。

 けれど、最後にあと一つだけ。

 

 緩慢に頭を上げ、背を万能椅子に深く預けながら上を、青い地球を仰ぎ見る。

 その傍で、小さく、しかし力強く瞬いた六つの光。

 光が地球を抱きしめるように包み、その光が彼方へと消える。

 

 流れゆく命の果てで、確かに聞こえた。確かに届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 星が、音楽となって────。

 

 

 

 

 

 

 

 (あい)を、そして希望(うた)を胸に、穏やかな微笑みを浮かべて。

 ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤは、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 前後左右、上下すらも。

 どこを向いても、待ち受けるのは無数のノイズ。人類の業が渦巻く坩堝に、装者たちは辿り着いた。

 調と切歌の手によって拘束を脱したマリアは、素早く姿勢を整える。視線を巡らせ────正面の、漆黒の異形を毅然と見据えた。

 

 杖を掲げる。放たれた緑光は、ネフィリムスマッシュの背後で収束。再びバビロニアの門が開門される。

 その先に広がる青い海が、彼女たちの帰るべき場所だ。

 だがその帰路は、ネフィリムにとっても例外ではない。必死に四肢を踠かせながら、その門で現世への帰還を果たそうとするべく虚空を這い寄っている。

 

 行かせない。

 示し合わせることなく、六人の少女たちは飛び立ち、それに向かって突貫していた。

 

 

 

「手を繋ごうッ!」

 

 

 

 差し出された手を、強く握り返す。

 暖かな、確かな鼓動で繋がるこの手。尾を描きながら加速するその輝きは、虹色に煌めく一羽の鳥の如く幽世の空を翔けた。

 

 

 

「この手……簡単には離さないッ!」

 

 

 

 繋いだ手を、前へと突き出すマリアと響。

 その意思に呼応するように、二人のギアが分離・分解。光が放たれ粒子が爆ぜて、二つの鎧は今、輝きの中で形を変えた。

 光の奔流が集まり、収まったその時。

 装者たちの眼前に現れた────剛毅なる金と銀の両拳。

 

 

 

「「最速で最短でッ! 真っすぐにッ!!」」

 

 

 

 金の右腕、銀の左腕。交わり合わさる二つの拳が、互いの手を握り締める。

 光が渦巻き、戦場に再び虹色の螺旋が描かれる。

 旋転。加速。人の想いを、70億のフォニックゲインを束ねて得られた圧倒的な推力が、彼女たちの背を押してくれる。

 

 ネフィリムスマッシュが雄叫びを上げ、全身から熱線、そして刃の嵐を放出する。

 最後の足掻きのようなその行動、確かに回避は不可能だ。

 

 だが。

 そんなものではこの歩みは────この胸の誓いは、何物にも止められはしない。

 

 

 

 

 

「「一直線にいいいぃぃッ!!!」」

 

 

 

 

 

 熱を、刃を。立ち塞がる何もかもを、その拳で貫き通す。

 一条の流星と化した拳は旋律となり、やがて異形の胸元へと到達。

 全てを解き放ったその拳は胴体を、そしてネフィリムの心臓を。

 すべてのフォニックゲインと引き換えに、一直線に穿ち抜いた。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━Vi†aliza†ion━━━━━━━━

 

 

 

 

 

  そして、流星は地面へ────地球へ燃えて、落ちて、尽きる。

 インパクトの瞬間、吸い尽くされたフォニックゲイン。心臓はエクスドライブのエネルギーを全て奪い取って、それでもこちらの方が上回った。

 半壊したギア。ひび割れ、煤け、砕けた鎧を辛うじて纏いながら、マリアたちは砂浜へと倒れ伏す。

 

 ネフィリムは打破した。だが、事はまだ終わってなどいない。

 青空に開いた丸い空洞、その内側でただよう漆黒の巨体。正中に風穴を穿たれたネフィリムが、瓦礫へと姿を戻しながら、その体躯に光を帯び始めていた。

 

 臨界。

 心臓を毀したとしても、そこに蓄えられた熱は健在なのか? いや、考えるのは後だ。今は一刻も早く、ゲートを閉じなければ────!

 

 

 

「杖はッ!? 間もなくネフィリムの爆発がッ!」

 

 

 

 マリアの目が再び捉えた、浜に突き刺さった白い輝き。

 ソロモンの杖。しかし手が届かない。

 あまりに遠い。立ち上がることすら困難な今のダメージでは、走り、杖を手にゲートを閉じるなど夢物語だ。

 

 大穴より瓦礫が降り注ぐ。舞い上がった砂が杖の姿を覆い隠す。

 胸を灼く焦燥。

 このままでは地上が、

 

 

 

「まだだッ!」

 

 

 

 そんなマリアの焦りを咎めるかのような、鋭く響くクリスの声。

 

 

 

「心強い仲間は、他にもッ……!」

 

「仲間……?」

 

 

 

 翼も続く。二人の表情は苦悶に歪んでいる。だというのに、その声色は勝利を確信しているかのようだ。

 満足に身体も動かせていないというのに、どうして────。

 

 瞬間、足音。

 

 砂を蹴る音が一つ。

 確かな足取りで、真っ直ぐこちらに駆けてくる。

 

 そうか。仲間。

 彼女こそが、最後の。

 

 

 

 

 

「……わたしの、親友だよ」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「月の軌道は正常値へと近づきつつあります。ですが、ナスターシャ教授との連絡は……」 

 

 

 

 橙色の空が海面に反射し、夕焼けの色が世界を包む頃。

 広大な砂浜は、戦いの残滓────瓦礫の山が埋め尽くしていた。こんな状況下で、ギアを持たない身で飛び出してくるなど規格外が過ぎるだろう。

 駆けつけた未来の勇姿を思い出し笑みを溢しながら、マリアは空を見上げた。

 

 薄く滲む茜空の向こう、空の果てからこちらを見下ろす白い月。

 今、こうして月を見上げていられるのは、ひとえに一人の科学者の成し遂げた奇跡あってのものだ。

 隣に並ぶ調と切歌。二人と共に、マリアは黙して彼女のことを思い出す。

 

 

 

「ありがとう、お母さん」

 

 

 

 左腕を掲げる。

 その手の中にあるのは、二つに割れたペンダント。

 ナスターシャがマリアに託した、セレナの形見。夕陽の光を受けてなお白銀に輝くそれが、確かに世界を救ったのだ。

 

 もうギアは纏えない。

 ならばセレナとの繋がりは失われたのか? そんなことは決してない。

 だって、この世界には────。

 

 

 

「マリアさん」

 

 

 

 声に振り返る。マリアの側には真っ直ぐな眼差しをこちらを向ける少女、立花響が立っていた。

 差し出された手にかけられているのは、傷一つない赤いペンダント。ガングニールが宿ったそれを、響は躊躇いもなく差し出してきた。

 

 融合症例でなくなった今、これを返せば再び戦う術を失うというのに。

 その瞳に一切の迷いは見えない。勇ましい、清らかな笑顔を湛えながら、彼女は立っていた。

 そんな彼女をしばし見つめ、マリアは静かに息をつく。

 彼女の右手に手を伸ばし、そっと手にペンダントを握らせた。

 

 

 

「そのガングニールは君にこそ相応しい」

 

 

 

 それは何物をも貫き通す無双の一振り。

 ハートの全部で想いを打つける、立花響にこそ相応しいシンフォギアだ。

 初めこそ戸惑ったような仕草を見せた響だったが、やがて力強く頷き、その手を引いた。

 

 継承は成った。世界も救えた。

 だが、世界に根付く問題が解決した訳ではない。むしろ今、一つ増えたばかりだ。

 

 

 

「人類を救うため、月の遺跡を再起動させてしまった……」

 

「バラルの呪詛、か」

 

「人類の相互理解はまた遠のいたって訳かよ」

 

 

 

 苦虫を噛み潰したような顔を見せる翼に、不貞腐れたように砂を蹴飛ばすクリス。いつしかその場には装者が全員集まっていた。

 月の遺跡の再起動。その事実はクリスの言の通り、人類の融和が遠のいたことを意味する。

 世界を救った代償は相応に大きいという訳だ。

 

 

 

「……へいき、へっちゃらです!」

 

 

 

 そんな空気を払拭するかのような、明るい声。

 マリアたちが一斉に顔を向ける。

 目を細めるクリスや怪訝な表情を見せたマリアに響は、花の咲くような笑顔を浮かべてその言葉を告げた。

 

 

 

 

 

「だって……この世界には、歌があるんですよ!」

 

 

 

 

 

 ────なるほど。

 確かに、それなら大丈夫だろう。

 

 顔を綻ばせたマリアは、息を吐く。

 右手を響に向かって差し出すと、響は僅かに目を見開き、そして笑顔で手を握り返した。

 

 

 

「立花響────君に出逢えて良かった」

 

 

 

 そろそろ時間だ。

 世界を救ったとはいえ、マリアたちは世界を敵に回した前代未聞の犯罪者。ネフィリムやフロンティアなどという超常を市井が知ることはない。

 静まり返った砂浜に、プロペラの風が吹き抜ける。

 到着したヘリに乗り込むため、踵を返して歩き出すマリア、調、切歌。

 

 おそらく今後、マリアが太陽の下を歩くことはないだろう。

 だが、調と切歌は未成年。ナスターシャとマリア、そしてウェルに唆された。そう示すことができれば、最悪の事態は免れるはずだ。

 自分はともかく、小さな二人の未来を閉ざす訳にはいかない。

 ステージを変えて、新たな戦いが始まる予感にマリアは口を結んだ。

 

 

 

「……?」

 

 

 

 そんな矢先、ふと視線を感じた。

 ヘリコプターの機体に背を預け、こちらを見ている人影が一つ。

 会ったことはない、はずだ。その値踏みするかのような視線にたたらを踏むも、すぐに毅然と睨み返す。

 これしきの威圧に怯んでいるようでは、二人を守れやしないだろう。そう決意し、しばらく視線を交わす。

 

 先に口を開いたのは、向こうの方だった。

 

 

 

「お前が、我が名を僭称したという小娘か」

 

 

 

 ただ、一言。

 興味なさげに放たれたその言葉は、マリアの耳を鋭く刺した。

 我が名、とはどういうことだ?

 改めてその人影────女性の姿を確認する。

 

 ラベンダー色のシャツに、黒いスカート。

 白衣をはためかせながら背を預け、絹糸のような金色の長髪を湛えている。

 紫水晶のような、底の見えない瞳を向ける、彼女。

 

 

 

「あっ、了子さーんッ!」

 

「フィーネ!」

 

 

 

 彼女に駆け寄る響にクリス。二人が近づいた瞬間、彼女から暴力的なまでの威圧感が霧散した。

 

 

 

「……全く、無茶しかしない子たちね」

 

 

 

 僅かに口の端を上げながら、呆れたような口調で応える彼女。その視界に最早マリアは映っていない。

 今、響は何と言った?

 クリスは誰の名を呼んだ?

 

 了子────櫻井了子。櫻井理論の提唱者であり、シンフォギアの作成者。そしてその正体は、超先史文明期の巫女フィーネ。

 

 なぜ、その存在を意味する言葉を彼女たちは用いた?

 見え隠れする“真実“に、マリアは目を回して金髪の女性に指を向ける。

 

 

 

「えっ……えっ、フィーネ? 本物?」

 

「でも、生きて帰ってきました。了子さんから託された、あの言葉があったからッ!」

 

 

 

 響の言葉に、女性は────フィーネは、今度こそ目尻を下げて苦笑した。白衣のポケットに突っ込んでいた手を抜き、響の額をコツンと突いている。

 そんな様子に、マリアはただ口を魚のように開閉させることしかできない。

 

 

 

「あッ、貴女たち、最初から……?」

 

「どうしたんですか、マリアさん?」

 

「おわっ、なんだよその顔!」

 

「フィーネがどうしたのだ?」

 

「マリア?」

 

「顔が赤いデス! あれ? 青い……?」

 

 

 

 いつしか再び装者が集結していた。

 翼も、響たちと同じような反応を見せている。怪訝な顔でこちらを見上げる調と切歌は、今の会話を聞いていなかったようだ。

 

 彼女たちの様子や言葉が指し示す、たった一つの真実。

 ようやく頭をもたげたそれから、マリアは目を逸らすことができなかった。

 

 フィーネは、生きていた。

 ならば、自分の今までの全ては────。

 

 

 

────私は、私達はフィーネ!

 

────そうッ! 新たに目覚めし、再誕したフィーネですよッ!!

 

 

 

「ああああああああッ!?」

 

「マリアッ!?」

 

 

 

 頭を抱えたマリアの叫びが、夕焼け空に木霊した。




・ネフィリムスマッシュ
 ネビュラガスを過剰投与されたネフィリムがウェルの命令+◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️を投与されることによって変貌、進化した姿。
肩に大盾、背部に鉄球とバックパック、前腕部に刃が取り付けられており、頭部には刃のような角が生えた。キャッスル/オウル/スタッグロストスマッシュが融合したような見た目で、パーツの配分はグリスパーフェクトキングダムに近い。
下半身はそのまま。フロンティアを際限なく取り込み続けることで、攻撃を加えても外殻が再生してしまう。加えて心臓の暴走は原作通りのため、1000000000000度の爆発と聖遺物の捕食能力も健在。


エボルトくんとウェルの仲良しコンビがフィーネ生存を知るのはいつになるのか
今回で2期編は終わりましたが、あと1話閑話があります。そう長くは待たせない(絋汰さん)と思います
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