戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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初投稿です
導入回なので説明が多くなってしまいました。
最初の話(EPISODE◾️◾️)を書き直しているので、よろしければご覧ください。
一つ上にキャラ紹介を追加しています。


EPISODE01「勃発──アルケミック・カルト」

【ギアエンジン!】

 

 

 

 取り付けられた照明は、その広大な空間を照らすにはあまりに心許ない。

 仄暗い石造りの部屋。不規則な凹凸が刻まれた岩肌が、僅かな光源を鈍く反射している。

 断続的に響く破砕音が、静謐を切り裂き室内を震わせていた。

 

 その中心にて躍動する影が三つ。

 激しく交錯し、室内を縦横無尽に駆け巡るそれらが生み出す黒い影が、四方に黒い影を投じている。

 

 全身を漆黒に染めた、異形の怪物────クローンスマッシュ。

 肥大化した上半身から剛腕を繰り出す怪物(ストロングクローンスマッシュ)と、

 両腕の翼で飛行し、暴風を巻き起こす怪物(フライングクローンスマッシュ)

 二体の異形が織りなすプログラム化された連携は、正確無比に対峙する()()を追い詰めていた。

 

 いや、追い詰めてなどいない。

 

 クローンスマッシュの猛攻は、兵士の装甲に掠りすらしていなかった。

 機械的に攻撃を続けるスマッシュ。対する兵士は最小限の足さばきでその全てを回避、二体を翻弄している。

 

 地面に拳を叩きつけるストロングスマッシュ。地面が爆ぜ、拳と地面の間で圧縮された空気が衝撃となって室内を暴れ回る。

 だが、それだけ。

 力のままに叩きつけた剛腕は地面に深く突き刺さり、拳を引き抜くべく異形の動きが一瞬止まった。

 その隙を見逃す兵士ではない。

 

 間を埋めるように、上空よりフライングスマッシュが肉薄する。不規則な軌道、しかし高速で敢行されるバードストライク。

 対峙するものが常人であれば、思考の暇なく激突、その身を肉片と四散させてしまうだろう。

 

 接近。

 青い歯車を纏った兵士はただ、左手の得物を頭上へ向けた。

 銃口が接触。

 同時、迷いなく銃爪が引かれる。

 

 

 

【ファンキー!】

 

 

 

 噴き出す黒煙。

 フライングスマッシュは煙に押されるように上昇し、勢いのまま天井へと激突する。

 立ち込める黒煙が兵士の姿を覆い隠すと同時に、武装から能力発動の音声が発せられた。

 

 

 

【エンジン・ランニング・ギア】

 

 

 

 煙の内より飛び出したのは、赤。

 歯車だ。赤い歯車がかみ合い回転している。火花が一際激しく弾け、閃光がほんの一瞬室内を染め上げた。

 黒煙は歯車を吸い込み────直後、内側から吹き飛ぶ。

 

 兵士の姿は変化していた。

 左半身の青い歯車は消失し、代わりに右半身を赤く武装。”反転(リバース)”の名を冠す形態に移行した兵士は、その右手に短剣を出現させた。

 

 

 

【スチームブレード! エレキスチーム!】

 

 

 

 短剣────スチームブレードを手の内で鋭く回転。逆手に構え直した兵士の視線が、前方のストロングスマッシュを射抜く。

 ようやく拳を引き抜いたスマッシュ、だがもう遅い。

 一息の間に間合いを詰め、兵士は電気を帯びた刃を巨躯へと叩きこんだ。

 

 一太刀。二太刀。

 正確に全身の急所を刻む、二十五発もの斬撃。

 瞬く間に機能停止し、全身からスパークを奔らせたストロングスマッシュを、兵士は無感情に蹴り飛ばした。

 一体を処理。残るは一体。

 物言わぬ残骸には目もくれず、視線を上へと────翼を破損し、重力に従い自由落下するフライングスマッシュを見据える。

 

 

 

【ギアリモコン! ファンキー!】

 

 

 

 左手の銃、ネビュラスチームガンから器具(ギア)を抜き取った兵士は、新たなギアを手早く装填、起動する。

 黒煙が全身を包み、再度出現した青い歯車が赤い歯車を弾き飛ばした。

 

 

 

【リモート・コントロール・ギア】

 

【ライフルモード! ファンキー!】

 

 

 

 赤い残光を引き裂いて現れたのは、左半身を青く染めた元の姿。即座に両手の武装を分離、合体させ、銃剣型の狙撃銃(ネビュラスチームライフル)を組み上げた。

 スコープ越しに落下する対象を捕捉。銃口には青い光が収束されていく。

 照準は一切のブレなく、スマッシュの胴体に十字の印を重ね────。

 

 

 

【ファンキーショット! ギアリモコン!】

 

 

 

 発射された光弾がスマッシュを貫くと同時、背後に転がっていたストロングスマッシュからも光が漏れ出す。

 

 爆発。爆風。そして爆音。

 二つの爆炎が同時に巻き起こる。

 その中心に佇む兵士は微動だにせず。赤い光をその身に照り返させながら、ただぼんやりと飛び散る破片を眺めていた。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 炎が収まり、少しして。

 

 

 

「お見事です」

 

 

 

 ぱち、ぱち、ぱち。

 未だ動かぬ兵士に向かって、拍手と共にかけられた賞賛の声。

 薄暗さを取り戻した室内に、規則正しい硬質な靴音が響く。

 白衣の裾をなびかせ、眼鏡を光らせながら現れた声の主────ウェル博士が、兵士────【カイザー】の前で立ち止まり、芝居がかった動作で一礼した。

 

 

 

「この僕謹製の”ヴィラン・チューニング”を施したクローンスマッシュ二体を、ああも易々と解体してみせるとは。

 遠距離特化のカイザーに、接近戦に長けた【カイザーリバース】……。二つの力を巧みに使いこなしていらっしゃる。すばらしい見世物を観劇させていただきましたよ」

 

『…………』

 

 

 

 薄い笑みを浮かべながら賛辞を送るウェル。

 だが相も変わらず、カイザーは無言のままである。ただその場に立ち尽くし、一切の関心をウェルに向けていない。

 少し前の彼であれば、この無礼な態度に肩を怒らせ、唾を飛ばして怒鳴り散らしていたことだろう。

 だが今の”選ばれた”ウェルは違う。手のかかる子供を慈しむような目つきで首を振り、大仰に肩をすくめてみせるだけだった。

 

 

 

「つれないですねェ、とうの昔に顔合わせも済ませたというのに。同じお方を主と仰ぐ者同士、歩み寄りというものを……」

 

『そう言ってやるなよウェル。戦闘以外になるとうまく思考が働かないようだからな、こいつは』

 

『首領』

 

「首領!」

 

 

 

 出来の悪い子供を諭すように、あるいは自分が絶対的に”上”であることを教え込むかのように。

 張り付いたような笑みを浮かべて、ねっとりとした口調で舌を回していた、その最中。

 ぽん、とその肩に手が置かれる。

 

 ()()()()で、彼にこれほど無遠慮に触れられる者。そして鼓膜を震わす男の声。

 心当たりなど、この世に一人しか存在しない。

 

 即座に踵を返し、敬虔な信徒よろしく片膝をついて跪く。

 ちらと横に目を向ければ、カイザーは直立したまま右手を左胸に当てていた。彼、もしくは彼女なりに忠誠を誓っているのだろうが、ウェルに言わせれば甘い。忠誠の深さではこちらが先を行っている。

 なにより、ウェルの方が頭が低い。

 吊り上がった口角とむき出しの歯を垂れ下がった前髪で隠しながら、ウェルは全神経を研ぎ澄ませて首領の────ブラッドスタークの言葉を待つ。

 

 

 

『そういうのはいいと言っただろ? いちいち立ったりしゃがんだりを待つのも面倒だ』

 

「めッ、面目次第もございませんッ! このウェルキンゲトリクス、地核(コア)より深く猛省し……」

 

『後にしてくれ』

 

 

 

 面倒臭げに手を振るスタークを見て、ウェルの背筋に冷たいものが走った。

 このウェルキンゲトリクスが、二度も続けて判断を誤ったというのか?

 カイザーにお咎めはない。なぜだ、自分の方が遥かに高く、高潔な忠誠心を抱いているというのに……。

 砕けんばかりに歯を噛み締め、胸に手を当て続けるカイザーを睨みつけるウェル。

 

 そんな様子を見て、スタークが天を仰ぎ額を押さえた。

 見ろ。カイザーの様子に彼も呆れている。

 

 呆れの対象が自分であるとは露も思わないのがウェル博士だ。

 

 

 

『やれやれ、忠誠心が高すぎるのも考えものだな……まあいい、それよりだ。

 ()()()はどうなってる?』

 

 

 

 来た。挽回のチャンスだ。

 カイザーが僅かに首を動かすのをウェルの眼は見逃さなかった。先に発言するつもりか? だがそうはさせない。

 奴が口を開くよりも早く、ウェルは二人の間に滑り込むように躍り出た。

 

 

 

「順調ですともッ! つい今しがた我が【英雄部隊】の斥候が、日本にてターゲットと思しき対象を発見したとの報告がッ」

 

『…………。わたしも、ロンドンにてそれらしき物体を視認しました。

 結社より提供された資料にある、”オートスコアラー”かと愚考します』

 

『どっちも当たりかァ。上出来だ二人共』

 

「身に余るお言葉ッ! あまりに畏れ多いッ!」

 

『全てはファウストのために』

 

 

 

 感激に打ち震える。

 スタークが、首領が自分を正しく評価したのだ。評価がウェルだけでなく、カイザーにまで及んでいるのは気に入らないが、些事だ。

 歓喜の涙を滂沱と流すウェル、そんな彼を尻目にスタークが呟いた。

 

 

 

『わざわざアダムがファウスト(ウチ)に依頼するだけのことはある。

 面倒な依頼だったが……ようやく動き出せるか』

 

 

 

 満足げに頷くスターク、その懐から何かが取り出される。

 石塊。いや、それは何かのレリーフだった。

 石の表面に彫り込まれているのは、無機質な直線状の造形。

 それはちょうど、ウェルがあの日賜った器具に酷似していて────。

 

 

 

『なァ?』

 

 

 

 赤い指が、レリーフの溝をゆっくりとなぞった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 月の落下と、それに端を発した【フロンティア事変】の終息から、いくつかの季節が過ぎた。

 東京湾沖の海中を潜航する、巨大な潜水艦が一艇。

 人類守護の最後の砦、その司令室にて。先の任務報告を終えた弦十郎は一息つき、椅子に深く身を預けていた。

 

 

 

「あったかいもの、どうぞ」

 

 

 

 柔らかな声に視線を向ける。

 傍らに立つあおいが、湯気の立つカップを差し出しているところだった。

 絶妙なタイミングでの差し入れ。その自然な気遣いに、弦十郎の口角がわずかに上がる。

 

「あったかいもの、どうも。……お上への報告作業もようやく一段落だ。柄にもなく肩が凝る」

 

「お疲れ様です」

 

 

 

 コーヒーを一口含むと、調和のとれた奥深い苦みと酸味が舌に広がる。

 個人の好みに合わせて抽出を調整しているらしく、その味わいは見事に弦十郎の好みを捉えていた。書類仕事で凝り固まった頭がほどけていく感覚を覚える。

 オペレーターとして彼を支えているあおいだが、所属が()()()()()()()()今もその仕事ぶりは変わらない。

 

 

 

「シャトルの救出任務から、もう三ヶ月ですね」

 

「早いような、長いような……。俺たちを取り巻く環境も、随分と変わった」

 

 

 

 自席で背を伸ばしていた朔也が、あおいから紙コップを受け取りそう独り言つ。

 彼の言葉の通り、弦十郎たちの状況はこの数か月で劇的な変貌を遂げていた。

 

 転機となったのは、やはり件のシャトル救出任務だろう。

 先の事変にて、大気圏外でその命を散らしたナスターシャ教授、およびフロンティア制御室に残されたデータ。これらの回収任務が敢行されたのだ。

 しかし、帰還途中のエンジントラブルによりシャトルは墜落の危機に。

 そこでパイロットの人命救助、そしてナスターシャの尊厳を守護するため、特異災害対策機動部二課は国連に日本国外での活動を認めさせ、見事これに成功。

 

 この一件を受け、二課は国連直属のタスクフォース【S.O.N.G.】へと再編を果たした。

 ノイズの出現報告も事変終息後報告されず、現在S.O.N.G.の主だった任務は世界各地の災害救助となっている。「大手を振って人助けができる」と、愛弟子が飛び上がっていた姿は今も鮮明に思い出せる。

 再編に伴い山のような手続きに追われていたのだが、ようやく一区切りついたところだ。弦十郎はカップを置き、前方のコンソールで作業を続けていた()()へと視線を移した。

 

 

 

「やはり装者三名のみでの広域救助は、物量的にも限界がある。了子くん、二人の生体データの取得はどうだ?」

 

「順調、ではあるけれど」

 

 

 

 ため息一つ、作業の手を止めたフィーネはゆっくりと振り返った。

 こちらを流し見る紫水晶の瞳、そこには明らかな胡乱の色が宿っている。まあ、言いたいことは分からないでもない。

 

 

 

「作りもしないLiNKERのパーソナライズ用データなど、集めて何の意味があるのか……理解に苦しむわね」

 

「うむ……」

 

 

 

 白衣のポケットに手を入れ、呆れを隠そうともしない彼女の言葉。

 益のない研究をさせている手前、耳が痛い。とはいえ、如何ともし難い事情があるのもまた事実だ。

 

 

 

「改良版LiNKERの精製法が確立されん限りは、どうともな」

 

「奏さんの殉職から向こう、LiNKERの改良どころか精製自体凍結されていました。

 第二種適合者の存在が確認されていなかった以上、それも当然ではありましたけど」

 

「発案者でもあったウェル博士の足取りは、未だ掴めず……」

 

「ベースのレシピは私のそれと同一でしょうけど、中身は別物。

 でなければ、あの子の介入があったとはいえオーバードーズで()()()が平然と活動できるはずがないもの」

 

 

 

 取り出したタブレットを操作するフィーネ。

 少しして、室内前方のモニターに二人の少女の姿が映し出された。

 月読調に暁切歌。それにマリア・カデンツァヴナ・イヴを加えた三名は、フロンティア事変においてウェルによる改良・調整が施されたLiNKERを投与していた。

 

 旧二課が精製していたものに比べ、ウェルが改良を加えたものは人体への負担が劇的に軽減されているらしい。

 

 が、その詳細はウェルしか知らない。

 S.O.N.G.はフィーネ主導のLiNKER改良チームを発足し今に至る訳だが、成果は芳しくない。

 精製自体は可能だが、その安全性────人間に投与した場合の副作用の予測値が基準を大きく上回っている以上、認可できないのが現状だ。投薬実験をするわけにもいかない。

 せめて()()()()、異端技術に精通した人物が在籍していれば研究は飛躍的に前進するのだが。

 

 ウェル博士とブラッドスタークの行方は氷室首相の後押しもあり、世界規模で捜索が続けられていた。

 だがすでに8か月、手がかり一つ掴めていない。どこに潜伏しているのか定かではなく、()()()()の件についても依然として霧の中だ。

 興味を失ったフィーネが作業に戻る中、朔也がその話題を口にした。

 

 

 

「スタークが口にした人名の件も、芳しくありません」

 

「”葛城先生”に、”セント”。前者については葛城忍(かつらぎしのぶ)博士と、その息子の(たくみ)博士が確認されているが……。

 現状、両名がスタークと何らかの形で関わっている線は薄い」

 

「“セント“についてはヒットせず。この線で探るのは、あまり得策ではない気がします」

 

 

 

 葛城忍に葛城巧。

 親子ともども、物理学の分野で活躍する科学者だ。捜査の結果この二名に行きついた訳だが、諜報部の報告書、そして弦十郎の直感が彼らを”白”だと告げていた。

 残る”セント”は、そもそも人名かどうかすら定かではない。あおいの言の通り、リソースの見直しも視野に入れる必要があるだろう。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の件もあります。スタークも姿を見せませんし、どうにも落ち着かない8か月ですよ、全く────」

 

 

 

 と、いつものように朔也がボヤいた、その瞬間。

 室内の照明が不意に暗転。非常灯に切り替わった。同時に鼓膜を震わせるのは、室内に鳴り響くけたたましいアラート音。

 メインモニターに躍り出た「UNKNOWN ALERT」の文字が、この状況を端的に表していた。

 

 

「何事だッ!」

 

「横浜港付近に未確認の反応を検知!」

 

 

 

 未確認の反応。それはつまり────。

 

 

 

「消失……!?」

 

 

 

 朔也が追跡を行うよりも早く、異変は次の段階へと進んだ。

 アラートが停止し、照明も平時のものへと戻ったのだ。

 あまりに唐突な静寂。白昼夢のような感覚すら覚えるが、これで”めでたし”とする訳にもいかない。

 瞬時に思考をまとめた弦十郎は、裂帛の気合と共に腕を振り指示を飛ばす。

 

 

 

「急ぎエージェントを向かわせろッ!」

 

「了解ッ!」

 

 

 

 単なる機器の異常であればいいのだが。

 悲しいかな。そうはならない予感が、弦十郎の喉を鳴らした。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 弦十郎たちが異常な反応を検知した、横浜港付近。

 海面に反射する煌びやかな街灯が、夜の街を華やかに彩る。そんな街の端、光の届かぬ場末の路地裏。

 一角で()()()が立ち上る中、その人物は路地を駆け抜けていた。

 

 無関係の人々は巻き込む訳にはいかない。

 あえて人の気配を避けるように暗がりへと進むが、孤独が深まるほどに()()の気配は濃く、深くなっていく。

 建物の角に滑り込み、後方を確認する。追手の姿は視認できない。だが奴らは神出鬼没、どこから現れてもおかしくはない。

 

 

 

「全てが手遅れになる前に、この【ドヴェルグ=ダインの遺産】を届けることがボクの償い……」

 

 

 

 両手で強く抱え込むのは、古風な意匠の施された小匣

 そのためにも、ここで朽ち果てるわけにはいかない。

 

 最小限息を整えた彼女()は、再び暗闇へとその足を進めた。

 

 

 

「ワタシに地味は似合わない」

 

 

 

 そして。

 彼女()が身を預けていた建造物、その屋上に佇む者が一人。

 月光浴びて伸びる影は、まるで演劇のワンシーンのような特異な様を見せていた。

 芝居がかった派手なポーズを崩さぬまま、女は指に挟んだ()()を手のひらで転がす。

 

 

 

「だから次は────派手にやる」

 

 

 

 その目は瞬き一つすることなく、走り去る人影を冷徹に捉えていた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 夏の陽は長く、鮮やかなオレンジ色の光が店内に差し込む。

 外のうだるような暑さとは対照的な、冷房の効いたnascitaは開店以来初の盛況を迎えていた。一人、二人……。カウンターとテーブル合わせ、客が八人もいる。

 石動惣一はそんな風景をゆっくりと見渡し、目頭を押さえていた。

 

 

 

「いや〜、ウチの椅子がこんなに埋まるたァ壮観じゃないの!

 頑張って続けてきた甲斐があったなァ……」

 

「惣一おじさんも隅に置けないなぁ〜。花の女子高生とこーんなに知り合っちゃってさあ」

 

「人聞き悪いこと言うんじゃないよ!」

 

 

 

 からかうように惣一に囁くのは、カウンターに腰掛けた響だ。

 冗談を交わしつつ、惣一は氷を入れた八個のグラスにテンポよく液体を注いでいく。

 

 

 

「”こういうところは”ちゃんとマスターしてるんだね」

 

 

 

 一言余計だ。スルーを決め込んだ惣一は、キッチンスペース越しにグラスを並べたトレイを響に手渡した。

 

 

 

「ほら、お待ちどうさん。暑い中来てくれたんだし、こいつはサービスだ」

 

「わーッ、さすが惣一さん! 太っ腹デス!」

 

 

 

 両手を上げて全身で喜びを表現する切歌。

 こうも素直に喜ばれると、惣一とてサービスしがいがあるというものだ。人間の感情が芽生えたのも悪いことばかりではないらしい。

 

 

 

「じー……」

 

「調?」

 

 

 

 次々にグラスを持っていく面々。

 そんな中、ただ一人調だけは手を伸ばさずじっと切歌が持つグラスを見つめていた。中では漆黒の液体が波打っている。

 彼女の様子を訝しんだ切歌だったが、調は、

 

 

 

「これだけ、コーラじゃない」

 

「デデデぇッ!?」

 

 

 

 と一言。

 それを受けた切歌が文字通り飛び上がってみせる中、惣一は知らぬ顔で食器を洗うことにした。

 が、そう上手くはいかないらしい。案の定、怒鳴り声が向こうから飛んできた。

 全く過保護な先輩だ。

 

 

 

「おいマスター、まぁたコーヒー紛れ込ませやがったなッ!」

 

「コーラ! コーラだから!」

 

「タネは割れまくってんだよ!」

 

「いいでしょうが一杯くらい! サービスなんだから減るもんじゃないんだぜ!?」

 

「開き直ってんじゃねぇよッ! ウチの後輩に妙なトラウマ植え付けやがって」

 

 

 

 怒鳴りこんできたクリスと言葉の応酬を続けていると、不意に彼女が親指で横を指さした。

 そこには頭を抱え、小鹿のように震える切歌の姿が。憐れむかのように、隣で調が背中をさすっている。

 

 

 

「もうコーヒーは御免被りたいデスよぉ~……」

 

「切ちゃん、普通のコーヒーは怖くなんかないよ」

 

「調は()()を知らないからそんなことをのたまえるのデスッ!」

 

「うーん……」

 

「確かにマスターのコーヒーってまずいけど……こんなになるほどだったっけ? 嘘みたいに震えてるけど」

 

 

 

 困ったように眉を下げる調。二人の様子を見て、テーブル席でストローをかじっていた弓美が疑問を口にした。

 当たり前のように”まずい”と断じられるのは釈然としないが、心当たりがないでもない。

 あの日の黒々とした液面を思い浮かべながら、惣一は遠くを見ながら口を開いた。

 

 

 

「あの時のコーヒーは我ながら最高傑作だった。だいぶ前に、響ちゃんに出したのよりも手ごたえあったんだよなァ」

 

「前って……あの時のよりまずかったのッ!? なんて殺生な……」

 

 

 

 目をむいた響が、大口を開けて騒ぎ出した。

 人聞きが悪いことを言う。近頃、惣一にますます遠慮がなくなってきている響だが、ここまで歯に衣着せぬ物言いはさすがの惣一(エボルト)といえど傷つく。

 まるで反抗期の娘を持った父親の気分だ。

 この時期の美空はバングルの影響で寝ていたこともあり、どこか新鮮さがある。

 

 

 

「響にそんなのを出したんですかッ!?」

 

「そっち!?」

 

「そこまで評判が悪いと、却って興味が湧いてきました。いただいてみようかしら」

 

「テラジ、やめときな」

 

 

 

 軽口と笑いが飛び交い、騒がしくも穏やかな時間が過ぎる。

 壁掛け時計に目をやると、その長針と短針が仲良く真下を向いているところだった。これでまだ外は明るいというのだから、つくづくこの惑星の四季というのは面白い。

 惣一に釣られて時刻を確認した響が声を上げた。

 

 

 

「まだ明るいのに、これぞ夏! って感じだあ」

 

「そろそろ準備しないとね」

 

「じゃあ、一旦お開きってことで」

 

 

 

 創世の言葉を皮切りに、鞄に荷物を詰めていく一同。

 彼女たちには今夜予定があるようだ。人間の学生が享受するという”夏休み”というのもまだ先らしいが、何かあったか。

 記憶の海を漁りはじめた惣一だが、それはすぐに引っかかった。

 

 

 

「ああ、そういや今日なんだっけ? 二人のライブ」

 

「はい。だから、今日はみんなでお泊まり会するんです」

 

「お泊まり会? どこかに集まるのか?」

 

 

 

 やはりそうだった。例のライブについては、響が毎日のように吹聴していたのを覚えている。

 惣一もリアルタイムで観戦するよう口酸っぱく言われている。

 だが、気になるのは未来の「お泊まり会」という言葉にクリスが反応したことだ。

 

 

 

「えっ!? う、うん。そうなの。実は」

 

「……?」

 

 

 

 煮え切らない様子の未来、それを受けたクリスの首がみるみる傾げていく。

 二人のやりとりを見るのも面白そうだが、こちらもやることがある。グラスを水に浸けながら、惣一はわずかに口の端を上げた。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「で」

 

 

 

 時刻は午前2時。

 普段ならとっくの昔に夢の中だが、今夜のクリスの目は冴えていた。もちろん、ロンドンで行われるライブ中継を鑑賞するためだ。

 そのため都内の自宅にて、万全の態勢で鑑賞するべく準備を進めていた訳だが。

 

 目を細める。

 視界に入る人数は、自分を入れておよそ八人。

 広々としたリビングを占拠するその密度に、クリスは思わず眉根を寄せた。

 

 

 

「どうしてあたしン家なんだ?」

 

 

 

 例の”お泊まり会”がクリスの家で行われるなど、露にも思っていなかった。

 聞けば、企画したはいいものの八人で快適に過ごせるスペースが見つからなかったという。そんな中、今朝急遽白羽の矢が立ったのがこの場所だったとのことらしい。

 クリスの予定は響が把握している。ライブ鑑賞という目的自体は共通しているため、押しかけられた後は流れのまま響たちを上げてしまった。

 

 

 

「ま、頼れる先輩ってことで。それに……」

 

 

 

 持ち込んだスナック菓子を皿へと移しながら、響がそう言う。

 目の前のバカはクリスを”先輩”と言っておけば、なんでも許してくれると思っているようだ。

 クリスは密かに拳を握るも、

 

 

 

「やっと自分の夢を追いかけられるようになった、翼さんのステージだよ!」

 

 

 

 ……まあ。

 それを言われると。

 

 

 

「みんなで応援……しないわけにはいかないよな」

 

 

 

 花の咲くような笑顔で返す響に、小さく息を吐くクリス。

 クリスとしても、世話になった先輩の大舞台を後輩たちと鑑賞できることが嬉しくないといえば嘘になる。

 それに、今回出演するのは翼だけではない。

 

 

 

「マリア」

 

「歌姫のコラボユニット、復活デス!」

 

 

 

 その時、中継されているライブ会場が暗転した。

 それはどうしようもなく一同の胸を高鳴らせる。談笑していた他の面々も、食い入るように身を乗り出して画面を見つめた。

 かく言うクリスもその一人だ。

 

 そして────ついに、歌姫たちの競演、その幕が上がる。

 

 

 

〈〈stardust!!〉〉

 

「翼さーんッ! かっこいいーッ!!」

 

「マリアーッ! 今こっち見たデスよねッ!? ねッ調ッ!?」

 

「マリア……楽しそうで、よかった」

 

 

 

 騒がしい後輩たちの声をよそに、クリスも二人の姿を目に焼き付ける。

 世界に羽ばたき、その歌声を届かせる翼。

 救世の主として、その威光を響かせるマリア。

 ()()()()()()については思うところこそあるクリスだが、このひと時だけはそれを忘れさせた。

 

 大熱狂のうちにパフォーマンスは終了した。当然、話題は今しがたのライブのものに。

 このマンションが防音構造であることに、初めてクリスは感謝することになった。

 

 

 

「いやあ~、さっすが翼さんにマリアさん!」

 

「今年は響もクリスも、みんな揃って観られてよかったな」

 

「そっか。去年はビッキーとキネクリ先輩、任務だったもんね」

 

「こうしてると思い出しちゃうな~、去年のこと。あの時はこの後大変なことに……」

 

「縁起でもないこと言うんじゃねえよ……」

 

 

 

 賑やかに会話が続いていき、弓美がそんなことを口にした直後のこと。

 

 コール音。S.O.N.G.支給の通信機のもの。響のものにも同じく通信が入っている。

 そして、こんな時間の通信。

 穏やかでないことが起こっているのは確かだ。

 

 

 

「まあ……」

 

「えっ……今年も!?」

 

 

 

 響と視線を交わしたクリスは、手早くテーブルの通信機を手に取った。

 

 

 

「響です」

 

「出動か?」

 

〈第七区域にて大規模な火災発生。消防活動が困難なため、応援要請だ〉

 

「すぐに向かいます!」

 

 

 

 通信機越しの弦十郎から情報を受け取り、すぐに玄関へと向かう二人。

 心配げな未来を安心させる響の後ろで、いきり立つ少女たちの姿があった。

 

 

 

「わたしたちも」

 

「手伝うデス!」

 

 

 

 調と切歌。ペンダントに手をかけた二人がそう申し出た。

 

 

 

「二人は留守番だ。LiNKERもなしに出動なんてさせないからな!」

 

 

 

 が、そんなことを許可できるはずもない。クリスは即座に二人の同行を峻拒する。

 響も無言で頷いていた。

 頬を膨らませ不満を隠そうともしない二人だが、LiNKERが存在しない現状では、そんな顔をされても首を縦に振ることはできない。

 

 後輩を未来たちに託し、クリスは扉を勢いよく開ける。

 まだ地上に残る熱気を切り裂き、二人の戦士は闇へと駆け出した。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 響たちがランデブーポイントに到着した頃、すでにヘリは待機していた。

 飛び込むように搭乗すると同時、機体は鋭く高度を上げる。離陸まもなく、本部の弦十郎との簡易的なブリーフィングが始まった。

 

 

 

〈付近一帯の避難はほぼ完了。だが、このマンションに多数の生体反応を検知している〉

 

「まさか人が!?」

 

 

 

 急激な火災の拡大により、逃げ遅れた住人が防火壁に閉じ込められてしまった可能性が高いという。

 ならば響の出番だ。ペンダント────奏より受け継ぎ、マリアに託されたガングニールにそっと手を添え、”人助け”の覚悟を胸に刻む。

 

 

 

〈気になるのは、被害状況が依然4時の方向に拡大していることだが……〉

 

「馬鹿猫が暴れていやがるのか?」

 

〈響くんは救助活動に、クリスくんは被害状況の確認に当たってもらう〉

 

「了解です!」

 

 

 

 ブリーフィングが終了し、響はヘリのハッチを開け放つ。

 

 ヘリはすでに現場上空に到着していた。

 眼下に広がる光景はさながら焦熱の地獄。幾筋もの黒煙が立ち込め、炎の海が夜闇を照らしている。

 この業火の中で、助けを求める命があるのなら。

 誰一人、取りこぼす訳にはいかない。

 

 

 

「任せたぞ」

 

「任された!」 

 

 

 

 クリスの激励に頷きで返し、響は足に力を込めた。

 跳躍。

 足裏から地面の感覚が消え、吹き上げる上昇気流が頬を打つ。

 入射角に問題はない。響は右手を突き出し、託された撃槍を振るうための”歌”を紡いだ。

 

 

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「うちの子がまだ見つからないんですッ! まだ救助されてないんじゃ……」

 

「この子をお願いしますッ! 煙を吸い込んじゃってるみたいです」

 

 

 

 逃げ遅れた最後の一人である子供を、救急隊へと引き渡す。

 まもなく母親を乗せた救急車が走り去り、その背を見送った響は一息ついた。

 

 本部の報告では、マンション内に生命反応はみられないとのこと。

 火災の規模に反して死者はゼロ。S.O.N.G.による迅速な救助活動が実を結んだ形だった。

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 ふと目に入る、現場近くの橋。

 炎の揺らめきに照らされたその橋の縁に、何かが。

 

 それは少女だった。

 体をすっぽり覆い隠す外套に、大きな三角帽子。おとぎ話の中から抜け出たような、幼い少女がそこに立っていた。

 

 

 

「そんなところにいたら危ないよ!」

 

「何……?」

 

 

 

 考えるより先に、声が出ていた。

 声を受けた少女は弾かれるように振り返り、こちらに顔を向ける。

 

 大きな三つ編みが揺れる。

 明らかとなった少女の目────その目尻に、一筋の涙。

 家族とはぐれてしまったのか。少しでも彼女を安心させるべく、響は両手を広げて声を張った。

 

 

 

「パパとママとはぐれちゃったのかな!? お姉ちゃんが行くまで待ってて……」

 

「黙れ」

 

 

 

 その場から飛びのいたのは、半ば本能的だった。

 眩い光。腹に響く重低音。遅れて、粉塵が周囲に巻き上がる。

 瓦礫が崩れたのか?

 そんな響の考えを、目の前にある抉れた地面がどうしようもなく否定していた。

 

 

 

「ええ~……?」

 

 

 

 思わず漏れた困惑の声。

 なぜ地面にクレーターが? 近くに崩れそうな建物はない。この場にいるのも響と、あと一人しか────。

 

 そして立花響は、()()を目撃する。

 

 

 

「【キャロル・マールス・ディーンハイム】の錬金術は世界を壊し、”万象黙示録”を完成させる」

 

 

 

 右手を掲げた少女の背に、何かある。

 光の円だ。幾何学模様が描かれた、緑色の円。

 周囲の風が形を成し、竜巻となって円の中心に浮かんでいる。

 

 それを見た響の脳裏に、なぜか幼い頃に読み聞かせられた絵本が過る。あれは確か、悪い魔女と戦う魔法使いの物語。魔法使いは魔法陣からさまざまな魔法を繰り出し、魔女を退治していた。

 魔法陣。

 

 だがそれ以上に、聞き捨てならない言葉が響の耳を貫いていた。

 

 

 

「世界を、壊す!?」

 

 

 

 響を見下ろす少女、その目に宿る色。

 冷たく、熱く、激しい炎だ。深紅の業火が渦巻く彼女の瞳。

 

 一呼吸の後、ようやく少女の口が開かれた。

 

 

 

 

 

「オレが━━━━世界を殺すと云っているッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェーズ3 万象黙示のカノンが薫る

 

 

 

 

 

 




補足(カイザーについて)
これまで時折画面外で出ていましたが、本格登場となります。ウェルが「顔合わせを済ませた」と言っていますが変身前の姿を見たというわけではなく、あくまでウェル(生身)とカイザー(変身後)の対面という意味です。

前に書いたかどうかは定かでないですが、カイザーは(一応)原作キャラです
背は割と高め、翼さんや奏さん、マリアさんあたりと競えるくらいです
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