戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony 作:セグウェイノイズ
クリス・調・切歌の3人は3期編での出番がほぼなくなってしまいました
4期編で出番がある予定なので許して
相変わらず導入なのであまり展開が変わりません
「オレが奇跡を殺すと云っているッ!」
轟音。
放たれたそれは、瞬時に響の足元へと着弾。
回避、など間に合うはずもなく。同時に吹き荒れた翡翠の風に当てられ、響の身体は宙を舞った。
「何故シンフォギアを纏わない。戦おうとしない」
粉塵が空気に舞う中、少女────キャロル・マールス・ディーンハイムがそう問う。
侮蔑の色が込められたその問いは紛れもなく響へ向けられている。だが、先に訊くべきことを訊かねば何も始まらない。
クレーターの中心、冷たい土上に倒れ伏す五体を叩き起こしながら、響はキャロルを見上げた。
「戦う、よりも……世界を壊したい理由を教えてよ」
「理由を言えば受け入れるのか?」
「わたしは……戦いたくないッ!」
荒げた声が夜空に溶ける。
目の前にいるのは言葉の交わせる相手、ならば争う必要がどこにあるのか。きっと分かり合う道があるはずだ。
そう信じたい響と裏腹に、彼女は闘争を望んでいる。その二文字は、よりにもよって立花響が最も忌避するものだった。
いつしか橋上から地上にまで降り立っていたキャロル、同じ目線に立ったその眼光が響の姿を冷たく射抜く。
「欺瞞だな。
識っているぞ、お前は歌った。その歌で月の破壊を食い止めてみせた。その歌で……シンフォギアで。戦ってみせた」
「違うッ! そうするしかなかっただけで……そうしたかった訳じゃないッ!」
違う。
そう否定の言葉を吐き出す響。
月を穿たんと暗躍した、名も知らぬ男との
世界に布告し、ノイズを従えた装者たちとの
月を落とすべく画策した英雄見習いとの
それら全ては、大切な何かを守るための行動だった。
人助け。その道中の戦いも、止むに止まれぬ理由故。誰かを傷つけるためでは決してない────その、はずだ。
キャロルの貌に、一切の揺らぎはない。
揺らめく炎が彼女の双眸に反射する。こちらの身を焦がすような猛火は、未だ響の周囲で管を巻いていた。
「この力で……」
どれだけ炎に囲まれようとも、どれだけ激情をぶつけられても。
この力を振るって戦うとなれば、受け入れられない訳がある。だってこの力は、マリアから託され、奏から受け継いだ
「
「お前に……」
「だって……さっきのキャロルちゃん、泣いてた」
「……ッ!?」
脳裏に浮かぶは、橋上にて立ち尽くす一人の少女の姿。
それはたった数分前の出来事。あの落涙を見てしまっては、響がその選択肢を選び取ることなどあり得ない。
これ以上、彼女を傷つけたくはないのだから。
「だったら戦うよりも、その訳を聞かないとッ!」
響の言葉を受けたキャロルは、ただ三角帽を目深に被り直した。
苛烈な瞳が鍔に隠れ、見えるのは一文字に結ばれた唇だけ。
しばしの沈黙、その間キャロルに動きはない。
言葉が届いた、のか。そんな淡い期待を抱いた響が、彼女に向かって声を上げようとして────。
「見られた」
その間は、正に嵐の前の静けさ。
「知られた」
気づいた時には、あまりに遅すぎた。
「踏み込まれたッ!」
瞬間、弾かれるように彼女の両腕が振り上げられた。
同時、放たれる閃光。翠風の再来を予感し、反射的に顔を覆う響。だがその構えすら間に合わない。
「世界ごとッ! ブッ飛べえぇッ!!」
叩きつけられた光が撒き散らすのは、質量を持った衝撃だった。
光の波濤が到来する刹那、腕の間から垣間見えた帽子の奥。キャロルの双眸、そこに映る炎は変わらず。
だが響はその奥に、憤怒以外の何かを感じて────。
横浜港付近、海を臨む緑地公園。
うだるような熱帯夜に潮風が混じり、肌に張り付くような湿気が鬱陶しい。
被害状況の確認、それがクリスに課せられた任務だったが、彼女が降り立ったその場所は不気味なほどの静まりを見せていた。
しかしそれは、
「抜いたな」
湿った空気を吹き飛ばすように、後方から乾いた熱風が吹き抜ける。
照明の消えた、人気のない商社ビルの屋上。そこに立つ“奴”が装者輸送ヘリを狙撃、爆破したのだ。
すなわち熱風の正体は、墜落し燃え盛るヘリの残骸。
風が吹いたと同時、奴の手から再度放たれた金色の何かが、クリスの頬を僅かに掠めた。
「こちらの準備はできている」
「だったら貸し借り無しでやらせてもらう」
襲撃者の指の間に挟まれた弾丸────いや、弾丸ではない。
炎を受けて鈍く光るそれは
ふざけたポーズで佇む襲撃者の女。こちらを見下ろすその双眸に一切の熱はなく、冷徹にクリスを見下ろしていた。
その姿に見覚えはない。状況も未だ不明。
だがそんなことは些事だ。
ヘリの撃墜と襲撃は紛れもない現実。そして、その下手人が視界に存在する。
理由は十分に揃っていた。ならば。
「────後で吠え面かくんじゃねえぞッ!」
夜気を震わす怒号と共に、得物の撃鉄を下ろす。
奴にありったけの鉛玉を見舞ってやる。それが殉職したパイロットへ向ける餞であり、クリスにできる最善だ。
銃爪は、引かれた。
マズルフラッシュと爆炎が、夜闇を眩く塗り替えていく。
交錯する弾丸と金貨が、この場の静寂を切り裂いていく。
イチイバルのシンフォギア装者、雪音クリス。
対するは【
両者の激突は、小競り合いの域をとうに超えていた。
「装者屈指の戦闘力とフォニックゲイン……それでもレイアに通じない!」
十億発の弾丸を放つクリスに、人外じみた身のこなしでその全てに対応するレイア。
指の間から弾かれる金貨の雨がミサイルを撃ち落とし、夜空に花火を打ち上げていた。
「やはり、ドヴェルグ=ダインの遺産を届けないとッ!」
互角、そう断じることはできない。
未だレイアは底を見せていないのだ。それはクリスとて同様だろうが、人間である以上いつかは限界が訪れる。彼女を打倒するために求められるのは、
木陰に身を潜め、二人の戦いを見守っていたホムンクルスの
その指先に滲むのは、焦燥と使命感だった。
「ンー……成程成程」
そんな様子をさらに観察する影が二つ。
マンションの屋上に佇む、全身を鎧で包んだ男。額のシグナルを指でなぞりながら、ゆっくりと頷いている。
背筋を伸ばした紳士的な佇まいも一瞬、得心がいったとばかりに声を張り上げ、勢いよく後ろに首を回した。
「首領ッ!」
『どうした』
マッドローグの呼びかけに反応するのはブラッドスターク。貯水タンクに背を預けていた彼が、部下の声を受けて煩わしげに歩み寄った。
そんな様子に一切気づくことなく、マッドローグは謳うような口調で自らの主人へ報告を始めた。
「あの小娘の抱える匣……私の鼓膜が“ドヴェルグ=ダインの遺産”という
なればその正体は、伝承に語られる────」
滔々と、自らの推測を披露するマッドローグ。
初めこそ胡乱げに耳だけを貸していたスタークだったが、内容が核心に近づくにつれ、その仮面が緩やかにこちらに向いていくのを見逃さなかった。
語り終えた頃には、スタークは完全にこちらを向いていた。口元に手を当てながら考え込む彼の姿に、マッドローグは成功を確信する。
「詳細は後程お伝えしますが、さぞ強大な力を保有していることでしょう。
まあ、ネフィリムと我らが
『強大な力ね。通常科学も異端技術も、行きつく先は同じって訳か……。
もしお前の推測が正しいなら、確認しておく必要がある。報告ご苦労だったなウェル』
「恐悦至極にございますッ」
見事スタークの興味を惹くことに成功した。
深々と腰を折るマッドローグ、その動作は完璧な臣従のそれだ。これで先の失態も帳消し、カイザーを突き放せたことだろう。
ウェルは仮面の下で口角を吊り上げた。
『お前は引き続き、あの人形を監視しておけ』
「ハッ!」
そう命を下すと同じくして、スタークは躊躇なく建物の縁を蹴った。
重力に身を預けるその背中が遠ざかっていく。赤い背中を見送った後、マッドローグは再び視線を遠方へ戻す。
未だ激闘は続いている。
自らの目的を完遂するために、彼はただ任務を遂行するのだ。
木陰にて、クリスとレイアの激闘を見守る
戦況に意識を奪われていたあまり、背後から近づく
『よっ』
「えっ……!?」
声がした。
発生源は、エルフナインのすぐ後ろ。無防備に振り向いたその時、腕が強く引き上げられる。
唐突な上への引力は、容易く
後ろに立つ赤い影が、小匣を片手で掴んでいる。
全身を赤く武装した男はそれをまじまじと眺めて、やがてくつくつと喉を鳴らした。
『成程、こいつの中にあるのがドヴェルグ=ダインの遺産か』
「か、返してくださいッ!」
キャロルより与えられている記録を探り、その片隅に彼の姿を見つけた。名前は確かブラッドスターク。
部下にオートスコアラーの捜索と監視をさせているという彼。なぜここに……いや、レイアの監視をしていたのか。
ならばなぜエルフナインの前に?
遺産を奪われた。
疑問が脳裏を旋回するも、今大事なのはその事実だ。行き着いた瞬間、背筋に冷たいものが走る。
「それは世界を守るために必要な……」
『そう言うなよ。欲しいものは奪ってでも手にしたいと、人間はよく言うんだろ?』
「そんな……! でも、ボクはその匣をあの人たちにッ」
『ハッハッハッ! 随分と必死だな』
笑い声に構わず、エルフナインはスタークの腕に掴みかかる。
埋めようのない身長差。それでも臆しているわけにもいかなかった。
揺さぶる。手を伸ばす。飛び上がる。
あらゆる手段を講じて匣を取り返そうと試みるも、スタークは気にも留めない。
『
どう考えても碌な代物じゃない。ハザードトリガーと似たようなアイテムか?』
匣を傾け、回し、かざす。
品定めするかのようにそれを指先で遊ばせるスターク。時折興味深げに何かを呟くも、そんなことを気にしている余裕はなかった。
助走をつけて肩からぶつかるも、彼は地に根を張ったかのようにびくともしない。
『計画にない要素だが、こいつとお前の存在が装者の成長に繋がるというのなら……
見過ごさない手はない』
と、その時。
匣を掴んでいたスタークの右手が、前触れなく開かれた。それはつまり、匣が支えを失ったという訳で。
「わッ、危ないッ!」
反射的に、落下する匣へと両手を差し出すエルフナイン。直後掌から伝わる重い感触が、匣を取り戻したことを如実に物語っていた。
いや、返されたのだ。
兎にも角にも、遺産の無事に
『いやァ、悪かったなお嬢ちゃん! 確認も取れたことだ、安心してそいつをS.O.N.G.に届けるといい』
「えっ……? えっと……ありがとう、ございます……?」
『礼には及ばない』
ひとしきり笑ったかと思えば、スタークは唐突に背を向けた。
ひらりと手を振り、森の奥へと歩みを進める。その姿が闇に溶けていく直前、彼は不意に足を止め、首を回してエルフナインを一瞥した。
『俺はゲームメーカーとして、盤上の不確定要素を整理したかっただけだ』
その言葉を最後に、夜へと沈んだ彼の姿。
森に静寂が戻り、再び爆音が耳に届いてくる。エルフナインが思考を再び動かしたのは、その数秒後のことだった。
「……ッ、クリスさんはッ!?」
森の外へと視線を回す。
クリスとレイアの激突、まだ戦闘は続いているのか? スタークに気を取られるあまり、その行方を見失っていた。
ぶれる視界、しかしすぐに焦点が結ばれる。
そこに広がっていたのは────。
クリスの放つ機関銃の弾丸を、常軌を逸した身のこなしで躱し続ける襲撃者の女。
建物の壁面に張り付き、地面と平行に駆ける。重力を無視したその挙動は明らかに人間のそれではない。
だがそれはつまり、遠慮なく銃口を向けられるということだ。
そんな中、不意に。
宙を舞う彼女の視線が、横へ逸れた。
視線の先は公園の奥、森林地帯。そこに何かがあるのか? 女の興味を惹くような、何かが。
定かではない、だが分かることは一つ。
「あたし相手に気を取られるたぁ────随分と余裕じゃねえかよッ!」
「ッ!?」
ようやく気づく女。だがすでに銃爪は引いている。
彼女の視界を埋め尽くすのは、1、2、3────無数のミサイル。金貨を撃ち出そうとしても遅い。
着弾は目前だ。
一瞬の静寂。
直後、大輪の花が夜空に咲き誇った。
炎が渦を巻き、衝撃波が木々をしならせる。全弾命中、間違いなく直撃だ。
だがクリスの直感は、未だけたたましい警笛を鳴らしている。
「……勿体ぶらねえでさっさと出てきやがれッ!」
そう。あれだけのパフォーマンスを見せた相手が、この程度で沈むなどとは到底思えない。
返答はない。相手の健在を確信しているクリスは、機関銃を構えながら素早く視線を巡らせる。
「危ないッ!」
かけられた声と、周囲の闇が濃くなったのは同時だった。
闇、ではない。
これは影だ。
月光を遮る何かが、頭上にある。弾かれるように空を見上げて、クリスは────。
「何の冗談だぁぁぁッ!?」
なりふり構わず、全力でその場から離脱した。
何かが軋み、拉げる音。それも
直後、爆風。爆炎。爆音。
生半可な手合いではないとは解っていた。
それでも────船を四隻、頭上から叩き落とすなどという滅茶苦茶を通されてしまっては、クリスも大口を開けるしかないというものだ。
そこからの展開は、まさしく怒涛。
辛くも爆発から逃れたクリスが出会ったのは、エルフナインと名乗る少女────便宜的に、そう呼称している────だった。
キャロルという存在から世界を守るため、シンフォギア装者を探していたという彼女。錬金術というオカルトの登場に眉を顰めるクリスだったが、先の襲撃者のことを考えれば否定はできない。
新たな敵の登場に、クリスがとった行動は本部への連絡だった。
「とにかくお前のことも勘定に、本部に連絡を……」
〈クリスちゃん!〉
「噂をすれば」
通信を開くより早く飛び込んできたのはあおいの声だ。
至急共有すべき情報が発生したとのこと。耳元に流れる報告は短く、そして重かった。
「何だってッ!? あのバカがやられた!? それに、先輩もッ……」
〈翼さんたちも撤退しつつ、態勢を整えているみたいなんだけど……〉
災害救助に向かったはずの、立花響の敗北。
ロンドンでは、風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴが別の襲撃者に追われている。
三か所同時の襲撃。それも日本とロンドンでだ。間違いなく同一勢力、地球の表と裏で同時に行動を起こせる敵の戦力に、クリスは思わず歯噛みした。
「錬金術ってのは、シンフォギアよりも……」
あの異常な動き。加えて、シンフォギアと真正面から渡り合う戦闘能力。あれと同じような相手が、複数。
ともすれば、戦力という面においてS.O.N.G.は────。
背筋を走った悪寒。
クリスの行動は早かった。即座にエルフナインを抱き寄せ、横へ跳ぶ。
直後、爆発。衝撃が肌を叩き、粉塵が視界を奪っていく。
「無事かッ!?」
「は、はい」
エルフナインの無事を確認し、背に回す。
だが、今の攻撃は何だ。先ほどのような滅茶苦茶な質量攻撃とも、襲撃者の放った金貨の弾丸でもない。
────ふと、赤いものが目についた。
粉塵ではない。霧だ。赤い霧が周囲に立ち込めている。
これは、一体。
答え合わせは早かった。
煙が晴れるにつれ、露になっていくその輪郭を睨みつけて。
直後、目を見開いた。
「こいつはッ……!?」
「いい加減説明してもらいたいところだ」
「思い返してみなさい」
同時刻。イギリス・ロンドンにて。
テムズ川にかかるロンドン橋を疾走する車両が一両。
助手席から向けられる不満げな視線を受け止めながら、マリア・カデンツァヴナ・イヴは静かに口を開いた。
数分前。
ライブを終えたマリアの前に現れた襲撃者が、救援に駆け付けた翼と接敵。互角以上の戦いを繰り広げる中、マリアは翼の手を掴み離脱。
会場前に停められていた車両を借り受け、今に至る。
決断の根拠は、戦闘中に襲撃者が口にした言葉だ。
マリアの前に現れた際の一言。
────纏うべきシンフォギアを持たぬお前に用はない。
そして、現れた翼を前にして。
────待ち焦がれていましたわ。貴女の歌を聴きに来ました。
これらの挙動が示す、襲撃者の目的は明白。
「奴の狙いは他でもない、翼自身と見て間違いない。
この状況で被害を抑えるには、翼を人込みから引き離すのが最善手よ」
「ならばこそ、皆の協力を取り付けて……」
なおも不満を隠さない翼。だがその言い分も理解できる。
────悪いが翼は好きにさせてもらうッ!
そこから翼を車に押し込み、本部以外と一切の連携を図っていないのが現状だからだ。
マリアを"警護"する国連のエージェントと強調していれば、また違った対応が取れた可能性もある。
だが、
「ままならない不自由を抱えている身だからね……」
その自嘲は、エンジン音に紛れるほど小さかった。
────君の高い知名度を活かし、事態を収束させるための役割を演じて欲しいと要請しているんだ。
────歌姫マリアの正体は、国連所属のエージェント。大衆にはこれくらい分かりやすい英雄譚のほうが都合がいい。
────偶像。そう、アイドル!
────君と行動を共にした未成年の共犯者たちにも将来がある。
────君はまだ、誰かを守るために戦えるという訳だよ。
調と切歌の極刑は免れた。だが降りかかる火の粉が止むことはない。
二人に加え、立花響。彼女も質と出されてしまっては、マリアとて首を縦に振るしかない。
おかげで今やマリアは救世の英雄扱いだ。人々に勇気を与える歌姫、その活動に不満はない。
それでも。
「それでも……そんなことが私の戦いであるものかッ!」
「…………」
再び被ることとなった偶像に、マリアは未だ目を向けられない。
気づけば、翼の視線から不満の色は消えていた。
だが今は立ち止まっている場合ではない。目的は一つ、翼を人気のない場所まで連れ出すこと。
マリアは視線を前方へと戻して────全力で、アクセルを踏み抜いた。
「フフ。こんなところまで連れ出すなんて、随分過保護な親がいたものね」
ロンドン橋の半ば、道路の中央に立つ人影が一つ。
華奢な身の丈に似合わぬ大剣を構えるその女の姿は見紛うことなく、先の襲撃者に他ならなかった。
加速する鉄の塊。唸るエンジン。メーターを振り切るほどの速度で、二人を乗せた車両は襲撃者に肉薄する。
衝突────その直前。
女の腕が、横薙ぎに振られた。
咄嗟に上体を反らす。マリアの視界に映る剣の腹、その位置は数瞬前まで彼女の首があった位置だ。
「翼ッ!」
斬り飛ぶ天面。
ハンドルを回しつつ、ブレーキを踏み込む。悲鳴のような音を発しながら、タイヤと車体が横滑りする。
最小限の衝撃でドリフト停止を敢行したマリアは、翼に向かって鋭く叫ぶ。
ここは橋上、人気はない。
目的はすでに果たしている。
マリアが声をかけるより早く、翼はすでに口を開いていた。
「邪鬼の、遠吠えの残音が……月下に呻き狂う」
爆散する車両。
月とは対極の熱を孕んだ光が橋上を赤く照らす。その光を眼下に、マリアを抱えた翼は宙を翻った。
着地。マリアを背に回すと同時、振りかぶった太刀を大剣へと変形。
一息に踏み込んだ翼は疾走の中、剣を唐竹に割り下ろした。
飛翔するは風鳴翼の十八番。一直線に襲撃者へと向かった一閃はしかし、無造作に振られた彼女の得物によって容易く霧散した。
だが想定の内だ。これしきで斃れる手合いではないのは解っている。
女の手により形を失ったフォニックゲインが臨界。青白い光が周囲を覆い隠す中、爆煙を裂いて翼が躍り出た。
激突。十文字に交錯する剣と剣。
刃と刃が噛み合い、微かな金属音が鼓膜を震わせる。
拮抗。だがそれも刹那。
「剣は剣でも、ワタシの剣は剣殺し────【ソードブレイカー】」
「今宵の我が牙の、切れ味に……ッ!?」
女の持つ直剣が白く輝く。直後、その腹に刻み込まれたのは奇怪な紋様。
何か来る────そう察知したのも束の間。
ぴしり。
橋上に響く、乾いた亀裂音。
何処から? いや、分かり切っている。音の主は自らの大剣だ。
瞬きの間に亀裂が広がる。そのダメージに、自らの得物が耐えられるはずもなく。
敵対する者の戒名を刻むその剣が、今や。
断末魔の如き悲鳴を上げながら、無数の欠片となって倫敦の空に散っていた。
「貧相な剣に逆戻り」
女の嘲りは否定できない。
大剣は散華、残ったのは芯となっていた細身の太刀のみ。
強制的な武装解除、恐らく絡繰はあの直剣。だがここであれこれ推察しても是非もなし。
飛び退り、間合いを切った翼は太刀を正眼に構え直した。
先に動いたのは、襲撃者の方だった。
懐に差し入れられた手、次の瞬間そこから何かがばら撒かれる。撒菱を幻視するほど小さなそれらは、骰子のように道路へ転がった。
転がるそれは────水晶だ。正八面体の水晶が地面に投地し、道理の如く砕けていく。
「あッ!?」
背後にて息を呑む声。
砕けた水晶、その地点を中心として展開される奇妙な図形。
赤い幾何学模様が描かれたそれはさながら魔法陣。“錬金術師“という敵の正体を鑑みれば、その連想も自然だろう。
魔法陣から、何かが這い出てくる。
一つ。二つ。数えるのも面倒になるほど、次々と。次第に顕になっていく
「まさか……
特異災害・ノイズ。
ソロモンの杖とバビロニアの宝物庫諸共、一兆度の熱量に蒸発したはずの存在。
〈クリスちゃん!〉
「分かってるって」
その再会は日本でも。
雪音クリスの前に塞がる敵は、彼女が銃爪を引くには十分すぎる相手だった。
「……こっちも旧友と鉢合わせ中だ」
日本とロンドン、二箇所同時での出現。
そしてそれを従える錬金術師。混沌極まる状況だが、やることは単純だ。
翼もクリスも、決断は早かった。
「されど今はッ、外道に哀の一閃を━━━━!」
踏み込む。
振り抜いた刃は一切の抵抗なく首元を通過し、軌跡に沿ってノイズが両断される。
斬り、突き、刈る。獲物を前にした獣のように、刃が血に錆びつくのも厭わぬ程の一騎当千。
相手がノイズ、それがどうした。
かつて散々斬り捨てた相手、今更遅れを取る理由はない。
「貴女の剣も、大人しく殺されてもらえると助かります」
「そのような可愛げを、未だ私に求めているとはッ!」
相も変わらぬ慇懃な口調で、微笑みを崩さない女。
しかし押っ取り刀で返す翼、彼女の口元もまた僅かに上がっていた。
底の尽きないノイズ、いつしか周囲を囲まれていた。
それでも笑みは崩さない。
その微笑は、不敵のそれだ。
「防人の剣は可愛くないと、友が語って聞かせてくれた」
「こんなところで言うことかッ!」
堰を切ったように走り出し、飛びかかるノイズ。対して翼は目を閉じて、心と意を一つに合わせた。
その心は明鏡止水。雑念を払ったそこには、一切の迷いも惑いもない。
「悪、行、即、瞬、殺ッ!」
開眼。一閃。
餓狼の牙が如き刃が、一息の間に眼前のノイズに喰らいつく。すれ違いざまに刻む斬撃。障害を払った翼は脚部のブレードを展開。
拡大した攻撃範囲で、仇なす敵を滅していく。
前進した翼、再び襲撃者と相見える。
その姿は目鼻の先、今度こそ終わらせんとその身体を躍らせた。
「さあ……頃合いかしら」
「歯軋りながら血を噴く事も、知りえて尚も喰うッ」
立ち塞がるは新たなノイズ。
発光する腕部が変形。突き出された一撃に対し、翼もまた一直線に刀を刺し伸ばした。
このまま貫く。
「我が名は━━━━夢を羽撃く者、也ッ!!」
ぶつかる切先。
翼の刀はそのままノイズを貫いていく。
────否。
「なッ!?」
彼女の確信とは真逆の光景が視界に広がっていた。
剣が、崩れている。
赤い霧となって溶けていく刀身、手応えが消える。
押し負けるのか? 十全な状態で、ノイズ相手に? そんなことがあり得ては────。
「【アルカ・ノイズ】。敗北で済まされるなんて……思わないことね」
「剣がッ……!?」
開いた口が塞がるよりも早く、ノイズの腕が到達。
刹那、翼に────翼のギアペンダントに、確かな亀裂を走らせた。
次回「アイディアルには未だ届かず」
エボルトが暴れます。
ファラの口調が全然分からないので台詞を少し増やしています。
エルフナインは合流までは
正確には3期ラストまで性別ないんですがまあええやろ