戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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前回のあとがきで「エボルトが暴れる」と書いたんですが、微妙に意味合いが違っているかもしれません。申し訳ない


EPISODE03「アイディアルには未だ届かず」

 光が収まり数秒、ようやく視界が闇に慣れてきた。

 膝をつき、瓦礫に肩を預ける響の姿はあまりに無防備だ。

 

 が、それは向こうとて同じこと。

 一帯を更地へ変えた張本人であるキャロルもまた、肩を上下させながら荒い息を吐き出していた。

 次第に押し流された夏の熱気が戻り、不快な湿気が肌に纏わりついてくる。

 

 

 

「どうして、世界を」

 

 

 

 絞り出すように、その問いを投げる響。

 世界を殺すとまで言い切った目の前の少女、そこに至るまでには壮絶なる過程があったはずだ。

 響の胸中は依然として、対話への希望と拭いきれぬ忌避感に揺れ動いていた。

 

 

 

「……父親に託された命題だ」

 

「────お父、さんに?」

 

「お前にだってあるはずだろう」

 

 

 

 消え入るような声で返ってきたキャロルの返答。確かな拒絶を孕んだそれは、確かに響の思考を停止させることに成功した。

 父親からの命題。父親から託されたもの。

 父親────。

 

 

 

「次は戦え。でないと……お前の何もかもをブチ砕けないからな」

 

 

 

 硝子が割れるような音にはっと顔を上げると、キャロルの足元に魔法陣が展開されていた。

 溢れた光が彼女の身体を包み込む。一際強く瞬いたかと思えば、次の瞬間にはその姿が消失。

 

 嵐が過ぎ去った後に残されたのは、クレーターの底に座りこむ立花響ただ一人。

 

 

 

「わたしには、お父さんからもらったものなんて……」

 

 

 

 インカム越しに響を呼ぶ声がする。だが今の彼女には、それが遠い対岸の出来事のように感じられた。

 戦い。父親。

 キャロルとの邂逅がもたらした余韻が未だ、響の耳朶に反響していた。

 

 

 

「何も────」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「ノイズだと────括った高がそうさせる」

 

 

 

 恐れていた事態が現実となり、息を呑むエルフナイン。

 街灯の上に佇むレイア、一切の温度のないその怜悧な視線の先には────。

 

 崩壊していく自らのギアを呆然と見つめる、雪音クリスの姿があった。

 

 

 

「なん、だと……!?」

 

 

 

 イチイバルの鎧が、粒子となって崩れて────分解されていく。

 強固な装甲が剥離し、朽ちるように砕けて霧散。その光景はどうしようもなく、抗いようのない敗北を明示していた。

 

 

 

「クリスさんッ!」

 

 

 

 エルフナインが叫ぶと同じくして、クリスの身を包んでいたギアが音を立てて砕け散る。

 残されたのは、鎧を剥ぎ取られ一糸纏わぬ姿となった彼女のみ。

 

 意識を失い膝から崩れ落ちるクリス、その様子に力はない。

 戦場でこんな無防備を晒すことが何を意味するか。それは()()にとって恰好の的へ成り果てたということ。

 考えるよりも先に、エルフナインはクリスの前へと飛び出していた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 クリスから視線を外したレイアの瞳が、矢のようにこちらを貫く。

 指に金貨を挟み、いつでも二人を仕留められるよう構える彼女。対するエルフナインは戦う術を一切持たない。

 突き付けられた二つの事実が、(彼女)の脳裏に“詰み”の二文字を浮かび上がらせた。

 

 

 

「世界の分解を目的に作られた【アルカ・ノイズ】……」

 

 

 

 アルカ・ノイズ。

 ノイズを基底に生み出された、新たなる特異災害。その身に備わる発光器官は、触れたものすべてを問答無用で元素へと分解させる。

 そんな暴虐的な権能を有した存在が、シンフォギアとぶつかれば────。

 

 

 

「シンフォギアに備わる各種防御フィールドを突破することなど、容易い」

 

 

 

 この状況を招いたのは、敵の情報を伝えきれなかったエルフナインだ。だが後悔は後の祭り。

 いつしか完成していたアルカ・ノイズの包囲網が音もなく一歩、また一歩とその包囲を狭めてくる。

 

 奴らにあるのは無機質な殺意。

 あと数歩でエルフナインに手が届こうかというその時、レイアが動いた。

 

 

 

「待て」

 

「なぜ……?」

 

「…………」

 

 

 

 彼女が片手を上げ、ノイズの動きを止めさせた。

 何故ここで止める? レイアなら────いや、キャロルならば、ドヴェルグ=ダインの遺産を持ち出したエルフナインに慈悲などかけるはずがない。

 ましてや、計画に関する大した情報を与えられていない彼女()に利用価値など見出さないはずだ。

 

 レイアはこちらから視線を切らさない。だが、それ以上動きを見せることもなかった。

 

 

 

(何か、別の目的が……?)

 

 

 

 八方からの視線を一身に浴びる中、エルフナインの脳裏を無数の考察が駆け巡る。一か八かクリスを背負って逃げ出すべきか。いや、そんな筋力はない。だが他に道はあるのか?

 泡沫のように浮かび、消えていく思考。それでも事態を打開する案は思い浮かばない。

 

 ────その不気味な膠着が終わりを告げるのは、唐突だった。

 

 

 

 

 

「させないデスよッ!!」

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「Zeios igalima raizen tron」

 

 

 

 ギアを纏った途端、切歌の身体に圧し掛かるのは軋むような重圧。

 だがこの程度、大した障害ではない。

 

 

 

「危険信号点滅ッ!」

 

 

 

 異変に構わず切歌は跳躍。

 両手に握る大鎌の刃を展開させると、上半身のバネを使って勢いよく得物を振り下ろした。

 

 

 

━━━━━━━━切・呪リeッTぉ━━━━━━━━

 

 

 

 射出された三枚の刃が葬送するは地獄、あるいは極楽か。

 ブーメランのように回転しながら三方へ直進する刃は、進行上に立ちふさがるノイズを無慈悲に両断。

 

 

 

「真っ二つにされたけりゃAttention……ッ」

 

 

 

 着地。そして奔るスパーク。無視できない不調が、鋭い痛みとなって切歌に異変を伝える。

 それでも彼女は足を止めない。

 

 

 

「気を付け、Deathッ!」

 

 

 

 得物を構え、地面を踏みしめ駆け抜ける。

 前方に揺蕩うのは、夜闇を照らすネオンの如く極彩色に染まるノイズ。無残に鎧を剥ぎ取られたクリスの状況を鑑みれば、通常のそれではないことは明白だ。

 そうでなければ、あの雪音クリスがノイズ相手に後れを取るなどあり得ない。

 

 首魁と思しき女は構えも取らず、ノイズの奥にて動きを見せない。

 だが好都合だ。早々に敵への洞察を詮無きこととした切歌は、作戦の続行を決断した。

 

 間髪入れず肩部バーニアを点火。鎌を大きく振り回し、自らの身体を独楽のように回転させる。

 

 

 

「突き進むだけのレール……ねえッ、合っているのDeathか?」

 

 

 

 小型の竜巻と化した切歌は、眼前に立ち塞がるノイズに向かって驀進する。

 ノイズという名の不条理が存在しない世界を夢見て、彼女は敵を切り刻むのだ。

 

 

 

━━━━━━━災輪・TぃN渦ぁBェル━━━━━━━

 

 

 

 【災輪・TぃN渦ぁBェル(ティンカーベル)】が通った後に残るのは、赤い霧と消えたノイズの残滓と蹂躙された地面の通過跡だけ。

 女に不用意に近づかぬよう、彼女の手前でバーニアを逆噴射。勢いを殺し翻った切歌は、再び周囲に群がるノイズの伐採作業に意識を向けた。

 

 

 

「本当の想いたちを果たしきれや、しないッ!!」

 

「派手にやってくれる」

 

 

 

 ただ一言、冷ややかにそう呟く女。

 だがその言葉とは裏腹に、未だ大仰な立ち姿で傍観しているだけ。使役するノイズを増やす素振りもなく、自ら戦場に立つ気配もない。

 

 目的が読めない彼女に気味の悪さを抱く切歌だが、こちらの目的も彼女と正面から激突することではなかった。

 今はただ、大立ち回りを演じていればそれでいい。

 

 

 

━━━━━━━━━α式 百輪廻━━━━━━━━━

 

 

 

 女の視線が切歌の動きを追尾した、その瞬間。

 風を切って飛来するは緋色の煌めき。静かに輝く月輪の如き無数の刃が通過し、残るノイズをバラバラに解体していた。

 

 

 

「女神、ザババ……」

 

 

 

 切歌の立ち回りは陽動、()()の本命は人命救助にあった。

 頃合いを見計らい、絶妙なタイミングで乱入した調がノイズの包囲を切り崩し、地面に伏すクリスと傍らの少女を救い出す────突貫の電撃戦だったが、辛くも成功を収めたようだ。

 

 緊張の糸が切れたように気を失った少女を抱え、調は禁月輪で戦域から離脱。切歌もまた、すれ違いざまにクリスを背に担ぎ上げた。

 鎧で弾ける火花が二人の自由を奪わんとする。だが、ここでやり遂げなければいつできるというのか。

 

 切歌は後方で佇む女への警戒を緩めることなく、痛みをねじ伏せ全力でその場から逐電した。

 

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 次第に白みを増していく空。水平線の向こうから差し始めた太陽の光が水面に反射し、切歌は手を顔の前にかざした。

 追手の気配はない。なるべく人気のない道を選び、海岸沿いのここまで走り続けた訳だが、足を止めてもいい頃合いかもしれない。

 

 未だ鎧を駆け巡るスパークは長時間駆動の代償か。その痛みに僅かに顔を顰めて────誤魔化すように力強く首を振ると、威勢のいい言葉を吐いた。

 

 

 

「LiNKERがなくたって、あんな奴らに負けるもんかデス」

 

 

 

 いつまでも守られるだけのお荷物でなんていられない。

 そのためには、多少の無理は承知の上。問題なく戦えるのだと証明して、弦十郎に戦力として認めてもらわなければ。

 

 すでに太陽は水平線を離れ、その円い輪郭をさらけ出している。

 新たなノイズに、イチイバルの破壊。突然の出来事だったが最悪は回避できた。生きてさえいれば、何度でも挽回できるはずだ。

 

 気づけば、二人の視線は煌めく海面へ向けられていた。

 どちらからともなくその場に腰を下ろし、じっと空と海の果てを見つめる。

 最初に口を開いたのは調だった。

 

 

 

「切ちゃん……わたしたち、どこまで行けばいいのかな」

 

「……行けるとこまで、デス」

 

「でもそれじゃ、あの頃と変わらないよ」

 

 

 

 調の方を見るまでもなく、彼女がどんな顔をしているのかは分かる。

 

 あの頃────ナスターシャが武装組織フィーネとして蜂起した、あの時。

 ルナアタックを端を発した月の落下からの人類救済。ナスターシャの掲げた壮大な理想は、二人を彼女の後に続けさせるに十分な高潔さを有していた。

 

 彼女を手伝いたい。マリアの負担を軽くしたい。

 抱いていたのはただそれだけ。権力者や支配階級への不満、そして世界を救う意思がないわけではなかったが、根底にあったのはそんな小さな願いだった。

 

 だがその願いは、状況に容易く流されるほど儚いもの。流されるまま力を振るった結果が、あの出来事であり。

 最終的に、ナスターシャを喪うこととなったのだ。

 

 

 

「分かってるデス。だから」

 

「うん。だから」

 

 

 

 脳裏に浮かぶは、転機となったあの言葉。

 

 

 

────最後に一つ、大人らしくアドバイスだ。

 

 

 

 何気なく放たれたあの言葉が、二人の意思を確かに変えた。

 

 

 

「ギリギリのところで、アタシたちがやりたいことを……行きたいところを見つけられたから。

 今こうしていられるのかもしれないデス」

 

 

 

 もし、もっと早く気づけていれば、ナスターシャは今も────。

 そこまで考え、振り払う。二人は彼女と約束したのだ、“マリアを助ける”と。

 額面は同じ、それでも今までのような漠然とした志とは違う。自分たちで選び取った、確固たる目標だった。

 だからこそ。

 

 

 

「だから、これからも」

 

 

 

 これ以上の言葉はいらない。

 切歌はただ頷き、再び足を動かそうとしたその時だった。

 

 

 

「お前たちッ!!」

 

「あッ! ……もしかしなくても」

 

「無断で出撃、LiNKER抜きで戦闘、机の上の通信機……命令違反の満漢全席」

 

「デ、デスよね~……」

 

 

 

 怒号と共に、視界の奥から迫ってきたのは見知った黒塗りの車。

 ドリフト音を響かせて車両は二人の眼前で停車する。

 助手席に座る、険しい顔の男を窓越しに認めた切歌は────気が抜けたように苦笑し、頬をかいた。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ロンドン橋の半ば。

 破壊跡が残る道路の上にて、マリアは口元に手を当て思考する。

 

 襲撃者が召喚したノイズ、その凶腕が翼のギアを破壊した。そしてマリアはギアを所持していない。

 ただ翼を仕留めることが目的ならば、後は二人をノイズに襲わせればそれで終わりだったはず。

 

 

 

(けれど、奴は撤退した。なぜ味を消すような真似を……)

 

 

 

 女が取った手は、ノイズを引き連れての撤退だった。

 ギアの破壊が狙いだったのか? 日本でクリスが受けた被害も同様のものらしい。

 だが装者の打倒が目的だとすれば、ギアの破壊に続き直接装者を叩けば済む話だ。その圧倒的有利をあえて捨てたということは、他の目的が────。

 

 

 

「状況報告は聞いている。

 だがマリア・カデンツァヴナ・イヴ、君の行動制限は解除されていない」

 

 

 

 硬質な声に、思考が強引に打ち止められる。

 小さく息を吐きつつ周囲に視線を巡らせれば、四方八方から冷たい黒鉄色の銃口が向けられていた。

 エージェントの通告は正しい。有事とはいえ、かつて世界へ牙を向いた自分に例外が認められないのも道理だ。

 

 

 

「翼。通信機を頂戴するわ」

 

「マリア……大丈夫なのか」

 

「最善か次善かそうでないかは、分からないけどね」

 

 

 

 故にマリアが取った行動は一つ。

 意識を取り戻していた翼から通信機を借り受ける。

 案じるような翼の視線を背に、彼女は一か八かの賭けに出た。この行動が最善手であると、今はそう信じるしかない。

 

 撃鉄は、既に下ろされている。

 一触即発の空気に満たされる橋上。その空気に晒されながらも一切物怖じせず、毅然とした態度を演じながら、マリアは耳元に通信機を当てた。

 

 1コール。2コール。

 静かに、()との通話が繋がるのを待った。そして、3コール────。

 

 

 

 

「風鳴司令。S.O.N.G.への転属(・・・・・・・・)を希望します」

 

 

 

 

 

 その言葉に、周囲の人間がそろって息を呑むのが感じ取れた。隣の翼も例外ではない。

 視界の先には、夜闇に屹立する時計塔。天を衝くその塔が荘厳に時を刻む様を見上げながら、マリアは意思を続く言葉に乗せた。

 

 

 

「ギアを持たないわたしですが……この状況に偶像のままでは居られません」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 目を開くと、そこには見知った光景が広がっていた。

 仄暗い照明がクラシカルな調度品を鈍く照らし、頭上には赤、青、黄、緑の四色の旗が静かに垂れ下がっている。

 自らの主に与えられたテレポートジェムがその機能を全うしたことを確認し、レイアは無機質な足音を響かせ、前へと歩みを進めた。

 

 ここは【チフォージュ・シャトー】。

 夜ごと悪徳に耽った忌城の名を冠した巨大装置(ワールドデストラクター)であり、キャロルの居城だ。

 

 

 

「戻りました」

 

「ああ」

 

 

 

 万一の際の転送事故を防止するため、ジェムの転移座標はこの玉座の間に固定されている。

 つまりここはキャロルの拠点、その本丸。当然、彼女や他のオートスコアラーもここにいる訳であり────。

 

 

 

「指示通り、()もこちらに」

 

『ここが、お前たちの本拠地か……。流石にうちとはレベルが違う』

 

「…………」

 

 

 

 目のみを動かし、レイアは自らの傍らに立つ()を一瞥する。

 まな板の上にいるも同然というのに一切の緊張を見せていない。その様子を眺めながら、彼女は事の経緯を記した記録を再生し始めた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「予定にない闖入者。指示をください」

 

〈追跡の必要はない。帰投を命ずる〉

 

「了解」

 

 

 

 イチイバルの破壊という主目的の遂行。さらに、廃棄物11号(エルフナイン)がドヴェルグ=ダインの遺産を所持した状態で、雪音クリスと接触したことも確認した。

 

 シュルシャガナとイガリマの乱入、そして()の介入。

 多少のイレギュラーこそ生じたものの、恙なく任務を達成したレイアはキャロルに念話で指示を仰ぎ、懐から帰還用のテレポートジェムを取り出した。

 

 ジェムを足元へ投下しようとした、その刹那のこと。

 

 

 

『ブラボー。見事な手腕だった』

 

 

 

 不意に響いた拍手の音に、レイアは即座に金貨を構えた。

 緩慢な歩調で闇から姿を現したのは、全身を赤い鎧で染め上げた怪人物────キャロルにより与えられた記録によれば、名はブラッドスタークと言うらしい────だった。

 エルフナインと接触していた事実がある以上、警戒しない理由はない。

 

 

 

「…………」

 

『おっと! そう警戒するなよ』

 

 

 

 問答無用でスタークの足元に金貨を叩き込む。

 甲高い着弾音と共に芝生が焼き切れ、夜よりも黒い焦げ跡が彼の前に刻まれた。

 牽制。性能の差は理解したはず。だというのに、彼はおどけたように両手を上げて楽し気な声を発した。

 

 

 

『お前たちのボスに提案があってね、是非謁見したいんだが……取り次いでもらう訳にはいかないか?』

 

「マスターに(まみ)えようなど……派手に弁えていないらしい」

 

 

 

 論ずるに値しない。

 これ以上の対話は不要と、スタークの眉間目掛けて腕を突き出した、その時。

 

 

 

〈良い。連れて来い〉

 

「……それがマスターの意思であれば」

 

 

 

 待ったをかけたのは、自らの主だった。

 主の決定に異を挟むことはない。それが望みならば従うまでだ。

 レイアは顎でついてくるよう促すと、手中のジェムを投げ落とした。

 

 

 

『ハッハッハッ、言ってみるもんだ。喜んでご同伴に預からせてもらおう』

 

 

 

 再生終了。

 意識は現在へと戻る。

 レイアは傲慢に歩み出たスタークの背をしばし見つめて、自らの持ち場へ戻った。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「あら。挨拶もなしに人様の居城を嘗め回すなんて……随分不躾な来客ね」

 

『悪い悪い。お上りさんってことで、大目に見てくれ』

 

 

 

 直剣を携えたオートスコアラーの女が、冷ややかな笑みを浮かべてスタークを嘲る。

 カイザーによれば、彼女は【ファラ・スユーフ】というらしい。その華奢な躯体とは裏腹に、彼女は風鳴翼を下した実績を持っている。表には出さないが、警戒するに越したことはないだろう。

 スタークは彼女の発言を適当にあしらい、正面────玉座に坐する少女を見上げた。

 

 

 

「名乗れ」

 

 

 

 見た目こそ年端もいかぬ少女。だがその少女こそが、オートスコアラーを従える主にして、この巨大な城の城主であることを知っている。

 スタークは余裕の態度を崩さず、腰に手を当て朗々と応じた。

 

 

 

『俺はブラッドスターク。お前がキャロル・マールス・ディーンハイムだな? 今日はお前に……』

 

「違う」

 

 

 

 言葉の半ばで遮られ、スタークは内心で肩をすくめる。なるほど、随分と難儀な性格をしているようだ。

 しかし、“違う”ときた。玉座に腰掛ける城の主がキャロルでなくて何だというのか。

 次はそのあたりを突こうか……リードを取るべく次なる手を画策していた、その時。

 

 

 

「お前の真名(まな)を名乗れと云っている」

 

 

 

 瞬間、悪寒と共にスタークが感じたのは途方もない重圧。

 キャロルはただ、その小さな掌をこちらへ向けただけ、だというのに。

 空間そのものが軋み、歪んでいる錯覚さえ覚える。言ってしまえばただの威圧。されど彼女のそれは尋常のものではない。

 間違いなく目の前の彼女は────。

 

 

 

「二度はない。早くしろ」

 

『……了解だ』

 

 

 ────最強。その一角に鎮座している。

 

 

 

(おいおい……話が違うぞアダム)

 

 

 

 下手な言葉を吐いてしまえば、卓につく前に盤面ごと叩き割られかねない。両手を上げつつスタークはそう独り言つ。

 

 ブラッドスタークの性能ではあまりに分が悪い。かつてキャロルについて言及していた“奴”の丼勘定に毒づく。

 早期撤退も視野に入れておく必要があると判断したスターク。仰々しく一礼してみせ、彼女の機嫌を損ねないようにその言葉に従った。

 

 

 

『申し訳ありませんでした、お姫様。やり直させてくれ。

 俺の名はエボルトだ。お前に提案があって、こうして馳せ参じさせてもらった』

 

「提案だと?」

 

 

 

 頬杖をつくキャロル、その視線がようやくスタークを捉えた。

 さあ、腹の探り合いの始まりだ。

 

 

 

『まずは前提の共有といこう。その分だと知ってるかもしれないが……。俺の手の者が、お前の部下を監視していた』

 

「把握している。ファラにもレイアにも、その上で放置させていた」

 

『流石だよ。まあ、そこはさほど重要じゃない』

 

 

 

 案の定筒抜けていたようだ。レイアにはウェルを、ファラにはカイザーをつけていた。だがキャロルの性質を鑑みれば、場合によっては彼らを消されていたかもしれない。

 

 知らず知らずのうちに綱渡りを演じていた事実に、内心胸を撫で下ろすスターク。この段階で忠実な駒を失うのは痛い。

 が、過ぎた話だ。実際のところ失ってはいないのだから、問題はない。動じる様を見せずにスタークは続ける。

 

 

 

『そちらさんの最終目的は定かじゃないが、察するに“地球を壊す”とかそういうところだろ?

 そして、そのために必要なのがシンフォギア装者の成長だと予想した』

 

 

 

 ファラもレイアも、翼とクリスのギアを破壊した後は撤退している。ファラに至ってはわざわざノイズを引っ込めてまでだ。

 つまり“殺さない”のではなく、“殺せない”理由があるということ。

 

 そして、ホムンクルス────エルフナインだと、クリスに自身の名を告げていた────の存在。

 スタークが彼女に接触した理由は、ウェルの提言によるものが半分。もう半分は、接触によるレイアの反応を見るためだった。

 

 

 

『俺の計画にも奴らの成長が不可欠でね、少なくともその点では利害が一致すると思ってる』

 

 

 

 報告では5回もの回数、レイアは戦闘中にその視線をエルフナインへ向けていたという。

 あの匣はキャロルの元から持ち出したらしい。遺産がこちらに渡ることを警戒したのかもしれないが────そうではないと、スタークの経験が告げていた。

 

 ここまでキャロルは口を挟んでいない。

 だが小さく鼻を鳴らしている。大きくこの仮説が間違っている訳ではないということだ。

 

 

 

『俺とお前で手を組むってのも一度は考えた。

 例えばこの城、お前の計画の要だが未完成だってことは分かってる。大方聖遺物絡みだろ?

 協力の見返りとして、その辺りの問題を解決できる人員の用意できる……なんてこともな』

 

「間に合っている。既に目星はついているからな」

 

『未完成ってことは否定しないのか』

 

「そも、オレが世界を殺すのは世界を識るため。その命題に他者が介在する余地など土台ないと覚えろ」

 

『まあそうなるよなァ。予想の範疇だが残念だよ』

 

 

 

 協力関係の申し出は、にべもなく断られた。

 とはいえ、これは努力目標に過ぎない。達成できれば御の字というだけである以上、この峻拒に大した衝撃はない。本題はここからだ。

 気にすることなくスタークは腕を広げてみせ、次の提案を口にした。

 

 

 

『とはいえ、お互い敵対するメリットはないだろ? 本題はこっちだ。

 お互い邪魔はしないようにしよう、って提案をしに来た』

 

「オレと食い合わないというのは、シンフォギア共との戦闘行為全面を禁止するということになるが」

 

『もちろん承知してる。俺はお前の計画には一切関わらない。代わりにお前も俺の邪魔はしない。

 お前が勝つにせよ負けるにせよ、それまで装者に手は出さないとも約束しよう』

 

 

 

 もちろん、真実ではない。

 装者を成長させたうえで介入して初めて、スタークの目的は果たされる。だがそれは今口に出すことではない。手の内を全てさらけ出すほど、彼はお人よしではないのだ。

 

 

 

「いいだろう」

 

 

 

 沈黙も数秒、キャロルの返答は是。

 ひとまず不可侵の盟約を交わせことにスタークはバイザーの奥でほくそ笑む。とはいえ油断は禁物だ。

 

 ここまでの交渉で、スタークは自らの最終目的について語っていない。理由は一つ、彼女のそれと似通っているからだ。

 もしそれをこの場で明言してしまえば、盤面がどう転がるか予想がつかない。“プロジェクトリビルド”遂行。そのため気長に、されど最短の道筋で事を進める必要がある。

 

 と。

 これからの展望を思考の片隅で整理していたスターク。

 故に。

 

 

 

「ならば……元素と還れ」

 

『……何ッ!?』

 

 

 

 初動が、遅れた。

 瞬時にスタークの四方を取り囲むは、四色の魔法陣。加えて、その内側────周囲が光の障壁で閉ざされている、が。

 それだけではない。

 

 

 

「この場に現れた時点で、お前がヒトの理を外れた存在であることは把握した。

 得体の知れぬ相手に背を預けるほど、オレの目は白くない」

 

 

 

 内外を分断するその障壁、その硬さが尋常ではなかった、

 殴る。蹴る。攻撃を加えるも、光の膜は一切の波紋も立てることなくブラッドスタークの攻撃を拒絶し続ける。

 それが示す事実は一つ、脱出の不能。何より、四方の魔法陣から感じる重圧。

 それが最大級の警報を鳴らしていた。

 

 何か、彼にとって天敵のような────。

 

 

 

「アルカヘスト……ヒトの概念などとうに解析済みだ。なればそれ以外の不純物をお前と定め、依代諸共分解すれば済む話────」

 

 

 

 分解。その言葉を受け、背筋に冷たいものが走る。

 ヒトの概念の分析に、それ以外の不純物を分解。その芸当はまさしく神業。彼女の錬金術の前では、今のスタークは足元にも及ばないというのか。

 

 どうする? いや、思考の余地はない。最後の手段、トランスチームガンの呼び出しに賭ける。

 

 

 

 

 

「ヒトの身に巣食った矮小なぞ、オレの錬金術で分解してくれるッ!」

 

 

 

 

 

 視界を埋め尽くす光が、さらにその輝きを増す。

 それに構わず、蒸気と共にトランスチームガンを呼び出し、拠点への撤退を即断するスターク。

 分解が先か、それとも撤退が間に合うか。

 

 その間およそ0.5秒。生死の境で彼が躊躇うことなく銃爪を引く────直前のこと。

 荒れ狂っていた光の奔流が突然、嘘のように霧散した。

 

 

 

『……どういうことだ?』

 

「計画が佳境に入った今、余計な想い出の消費は避けねばならん。

 シャトーへの影響も考慮すると、不確定要素であろうとこの場で分解するのは得策じゃない」

 

『道理、だな。だが僥倖だ』

 

 

 

 思わぬ命拾いに、流石のスタークも困惑を隠せない。

 が、キャロルの言葉は確かに一理ある。あれほどの大規模術式、この城に及ぼす被害は計り知れないだろう。

 

 しかし、“想い出”と彼女は口にした。

 何らかの代償、あるいはリソースか。錬金術に関連する要素なのだろうが、それをこの場で考察するのは蛮勇が過ぎるというもの。

 一刻も早く離脱すべきと、スタークはスチームガンを自らの足元に向けた。

 

 

 

『命拾いさせてもらった事だ、敗者は敗者らしく退散……』

 

「レイア」

 

「了解」

 

 

 

 傍らにて彫像のような立ち姿で沈黙を保っていたレイア。主の命を受けた彼女が、唐突に親指に乗せた金貨を虚空へ弾いた。

 静謐な空間に甲高い音が反響し、余韻が次第に消えていく。

 

 この行動が何を意味するのか。知る由もないが、間違いなく碌なことではない。キャロルの一挙手一投足を注視しつつ、スタークは銃爪にかけた指に力をこめた。

 

 ────この時。

 スタークの意識リソースの大半は、キャロルにのみ向けられていた。

 あれほどの規格外を味わってはそれも無理はない。だが、ことこの場においてそれは致命的な判断ミスだ。

 故に。

 

 ()()()()()()()()が、抵抗する間も与えず彼を鷲掴むのは容易いことだった。

 

 

 

『何だとォッ!?』

 

「土産だ。運が良ければ生き延びるかもな」

 

 

 

 遠ざかる視界。つい今しがたまで対峙していたキャロルの姿が、瞬く間に豆粒ほどの大きさに縮む。

 凄まじい速度で引きずりこまれて────いや、引きずり出されている。その間スタークには一切の身動きが許されていない。

 全身を締め上げるこの腕の正体すら定かではないが、再び窮地に追い込まれたことだけは確かだった。

 

 このままではスチームガンを使えない、だがどうにかしてこの拘束から脱出せねば。

 焦燥が募ったその瞬間。

 全身にかけられた圧力が突如消失した。放り出され空中を遊泳する最中、スタークは腕の正体を垣間見る。

 

 

 

『こいつは……()()かッ!?』

 

 

 

 ────それは、ヒトガタ。四肢があり、胴体があり、頭がある。ミイラのように全身を幾重もの包帯で包んだそのシルエットは、人間のそれと大差なかった。

 ただし。その身体が生物のそれを完全に踏み越えていることを除けばだ。

 

 先の戦いで、クリスの頭上に船舶を投げ落とした張本人。ネフィリムスマッシュをも凌駕するその巨体、圧倒的な質量。

 その右手には山の如き握り拳が形作られていた。

 

 

 

『想定以上だッ! 恨むぞアダムッ』

 

 

 

 明らかにこちらへ狙いを定めている。その予備動作を瞬時に理解した彼は、自由になった腕で躊躇うことなく銃爪を引いた。

 

 瞬間、衝撃。

 巨人の拳がスタークを正中に捉え、その先端が彼の装甲に触れる。それだけて鎧は徐々に拉げ、悲鳴を上げていく。

 彼女の拳が振り抜かれ、ブラッドスタークの鎧が残骸と還る、コンマ数秒────。

 

 爆発的に蒸気が広がり、彼の姿を覆い隠す。

 巨人が霧ごと殴り抜いたその時には、すでに獲物の姿はなかった。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 蒸気のベールを抜けた先は、見知った石造りの拠点だった。

 地面と水平に吹き飛びながら、スタークは逃走の成功を確信する。

 だがこの状況。転移の直前に叩き込まれたあの衝撃、巨人の拳が彼を掠めていたのだろう。数秒後には壁面に激突してしまう。

 

 もちろん、ゲームメーカーを自称する男はそうならない手筈を整えている。

 

 

 

【ファンキーアタック! オクトパス!】

 

 

 

 聞き慣れた音声が鳴ると同時、スタークの胴体に無数の何かが絡みついた。

 柔軟かつ強靭に彼の身体を捉えるそれの正体は、鮮やかな赤色の触手だ。一本、また一本と触手が絡まるたびに、運動エネルギーが強引に削ぎ落とされていく。

 再び正常な重力を感じ始めたのは、巻きつく触手が二十本に及んだころだった。

 

 

 

『ご無事ですか、首領』

 

「ああ、何とかな」

 

 

 

 あの一撃で装甲が限界を迎えたのか、あるいは無意識か。気づけば変身が解除されていた。

 石動惣一の姿に戻った彼は、愛用のジャケットについた汚れを取り払いながら、駆け寄ってきた自らの腹心にひらひらと手を振った。

 

 カイザー。忠実な兵士であり、現時点ではウェルよりも重用しているお気に入りの部下だ。

 

 

 

「よくやってくれた……が、俺タコ嫌いなんだよ」

 

『申し訳ありません』

 

「気にすんな、ただのボヤきだ」

 

 

 

 深く腰を折るカイザーの肩を軽く叩き、惣一はこの部屋────玉座の間を後にするべく歩き出した。

 背後から、未だ奴の視線を感じる。主人の退室まで見送るつもりとは大した心がけだと笑いが漏れるが、すぐに頭をかいて大きな息を吐いた。

 

 

 

「……ったく、なーにが“僕より少し上”だ。どう見積もっても化け物でしょうが」

 

 

 

 思い浮かべるは、依頼人であるあの男の薄ら寒い微笑み。

 

 

 

────上なんじゃないかなあ、僕よりほんの少しだけ。錬金術の精度だけならね。

 

 

 

 ただの放言、あるいは対抗心故の虚勢か。

 どちらにせよ、あの偉丈夫がその口元を酷薄に歪めながら放った言葉は今や一切の信用に値しなかった。

 

 

 

「早いとこ、()()()の復元を急がねェとなァ……」

 

 

 

 誰もいない廊下に靴音が響く。惣一が懐から取り出したのは、石造りのレリーフだ。

 最近、()()を手にする機会が増えた。その時が近づいていることに、柄にもなく気が逸っているらしい。

 

 レリーフは通路の照明を反射するでもなく、ただその灯を吸収している。しかしほんの一瞬、惣一の目にはそれが光って見えた。

 何よりも黒い、漆黒の色に。




次回「正義のボーダーライン」


ということで、エボルトVSキャロルの初戦はキャロルちゃんの圧勝に終わりました。
二人の交渉シーンはけっこうガバガバです。本当は交渉決裂前に地球外パワーを発動して、対等感を出そうとするくだりがありましたが長くなり過ぎたのでカットしました。


エボルトが(家ではしゃぐ猫みたいに)暴れます
という意味でした。
本当の意味で暴れるのはもうちょっと後(5話くらい後?)になる予定です




・エボルトとキャロルの相性について
キャロルちゃんがやりそうになってたのは5期12話の分解光線です。アルカヘストという溶媒を発射して対象を溶解させる技っぽいです
AIキャロルの状態でも想い出さえあれば憑依体特攻みたいな能力を使えるようなので、この時点ではエボルトの天敵です。
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