戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony 作:セグウェイノイズ
フィーネ生存の影響がどんどん大きくなってきており、その場のノリで生存させたことをそこそこ後悔しています
今回の会話が長引いた半分くらいはそのせいです
「シンフォギア装者勢揃い……とは、言い難いのかもしれないな」
潜航中のS.O.N.G.本部、その心臓部である司令室。
腕を組む弦十郎の前には響、クリス、調、切歌。そして、ロンドンから急遽帰国した翼とマリアの姿が並んでいた。
装者が六名。本来であれば事態の収束、あるいは反攻の兆しを予感させるはずだ。
だが現在、彼の胸中に去来するのは拭い切れない違和感。
弦十郎は徐に首を巡らせ、室内前方のモニターに映るそれに視線を戻した。
「新型ノイズに破壊された、天羽々斬とイチイバルです」
朔也の操作でモニターの記録が拡大される。そこに映し出されたのは、変わり果てたギアペンダントの姿だった。
翼とクリスと共に幾多の死線を潜り抜けてきたそれらが今やひび割れ、無残な姿となって沈黙している。
解析の結果、核となる聖遺物の欠片そのものに被害は及んでいないとのこと。だが問題はその外側────エネルギーを鎧として固着させる機能の損壊にあった。
「新たな敵、錬金術師。そして奴らが使役する、ノイズに酷似したアンノウン。
この結果だけ見れば、奴らは我々の天敵……そう呼称するに相応しいのかもしれん」
「まさか、シンフォギアを破壊されてしまうなんて……」
弦十郎の脳裏を過るのは、ギアを見事に破壊してみせた下手人の姿。
外見こそ、一兆度の熱量に燃え尽きたはずのノイズそのもの。
であればシンフォギア装者が敗北する道理など存在しないはずだが、結果は昨夜のあの光景。想定外という言葉すら生温い。
慎次の言葉が重い沈黙となり、一同にのしかかる。
その空気を振り払うように声を上げたのはクリスだ。
彼女は明るい声色で、自席に腰掛けたまま黙していた人物────フィーネに問いを投げた。
「もちろん直るんだよな?」
「直るわ」
「よしッ!」
「普段はあの態度に、一つや二つ腹が立つものだけど……」
「今だけは救世主のように感じられるのデス」
手元の資料から目を上げることなく、事も無げにそう呟くフィーネ。
その態度と声色に、クリスや調が取ってかかるのが普段の光景だ。だがこの状況下では、彼女の様子は場の空気を高揚させる力を持っていた。
クリスは得意げな笑みで拳と掌を打ち合わせる。
そんな中、周囲の視線を集めるように翼が前へ歩みを進めた。その目が伏せられるのも一瞬、すぐに毅然とした眼差しでフィーネを見つめる。
「一度奴らにしてやられた身、恥は百も承知だが……。フィーネ、ギアの修復をどうか頼む。
わたしも雪音も、この雪辱は必ず果たして見せよう」
「右に同じだ」
「既に作業には取り掛かっている。けれど、それだけでは状況は変わらないでしょう」
弦十郎とて、雪辱を味わった相手に逆襲できる機会が与えられるとなれば滾るものがある。二人の意気込みは十分過ぎるほど理解できた。
だがフィーネの言の通り、意思では変わらぬ事態であるのもまた確か。
弦十郎は口を一文字に引き結び、再び突き付けられた課題を提議した。
「シンフォギアが対ノイズに有する最大のアドバンテージ……位相差障壁の調律が機能しないとなれば、
常にギアが破壊されるリスクを避けながらの行動を取らざるを得なくなる」
「なら避ければいい。
あのへんちきな能力以外は普通のノイズと同じ、ただの群雀だった。だよな、先輩」
「ああ。所感ですが、こと耐久性においては以前のノイズのそれより低いような手応えでした。
あの発光器官にさえ用心すれば、我らに二度はありません」
「でも、仮にまたギアが破壊された場合……」
「聖遺物の欠片が破損してしまえば、それはシンフォギアの完全破壊を意味するんだ」
「聖遺物本体の修復は私でも不可能よ。それにあの新型ノイズのレシピが不明瞭な内は、専用バリアコーティングの設計には時間がかかる」
喧々諤々、様々な意見が室内を飛び交う。
新型ノイズに対抗できる明確な手段が見つからないうちは慎重にならざるを得ない。それが弦十郎やフィーネ含め、司令室の総意だった。
だがそれは、“シンフォギアの修理を諦める”という意味ではない。
「とはいえ、修復作業は平行して取り掛かってもらっている。マリアくんのアガートラームも修復の目途がついたとの事だ」
「そ、そう。よろしくお願いするわ、フィーネ」
やけに上ずった声で答えるマリア。
“フィーネ”と自らを名乗っていたのだ、本人を前にして居心地の悪さを覚えるのも無理はない。
フィーネもマリア自身にさして興味がないのか、彼女を一瞥した後、すぐに視線を戻している。まあ、著しく作戦行動に支障をきたさない限りは本人たちに任せるのがいいだろう。
そう結論付けた弦十郎に、ふと朔也の声がかけられた。
「敵といえば……錬金術師なんて新しい手合いが現れたっていうのに、ブラッドスタークは姿を見せませんでしたね」
やはり、気にかかるのはそこだ。彼が抱く違和感の一つでもある。
ブラッドスターク、過去幾度も装者と敵対し、独自の目的で行動していると思しき存在。その正体を明らかにする資料はあまりに少ない。
S.O.N.G.本部が彼の影をこの事態に見るのも必然だった。
「過去の事件を鑑みれば、響くんが遭遇したキャロル・マールス・ディーンハイムにも奴の息がかかっていると見るのが妥当だが……」
「風鳴司令。でもそれだと、辻褄の合わない部分があるはずよ」
弦十郎の推察に待ったをかけるマリア。その様子はすでに元の凛々しさを取り戻していた。
「奴の目的の一つにあるのはわたしたちの成長だと聞いている。シンフォギアの破壊なんて、再起不能となる可能性の方が高いんじゃないかしら」
「うん。アイツはそんな一か八かはしないような気がする」
「調に同じデス! アイツのねばっこさはこんなもんじゃないのデス」
「ねばっこさ、ねえ……まあ、あたしもこいつらに同感だ」
「あの機械的な武装と、昨晩の記録にあった錬金術。二つに関わりがあるようには……」
マリアの意見に調、切歌、クリス、あおいが同調する。
確かに彼女たちの考えも最もだった。昨夜の一連の事態は、これまでのスタークの行動と比べても違和感があった。
言うなれば遊びがない。ウェル博士を引き入れたことにより奴の計画が進んだとなれば話は別だが、それならわざわざ装者と接触しないはずだ。
「であれば、この件に奴は無関係という選択肢も十二分にあり得るか。緒川」
「心得ました。響さんとクリスさんの接敵地点を洗い直します。ヤードやMI6と連携し、ライブ会場付近も同様に」
慎次に短く指示を飛ばす弦十郎。
現場付近の監視カメラが残らず
ひとまずは慎次の調査を待つことにし、スタークについての話題は終結した。
そんな中、調がすっと手を上げ場の視線を集めた。
「あの……そもそも錬金術って、一体?」
至極当前の質問に、周囲の面々が揃って頷く。
動じなかったのはただ一人、フィーネのみ。だが彼女が答える気配を見せないのを見て、代わりにあおいが眉を下げながら口を開いた。
「科学と魔術が分化する以前のオーバーテクノロジーだということ以外、私たちは何も……」
「単なる土地転がし……って訳じゃないよな、当然」
「了子くん」
「知恵袋のように呼んでくれるわね」
不機嫌さを隠そうともせず、フィーネは視線を鋭く弦十郎に向けた。
だがこれしきの圧力で怯む弦十郎ではない。彼女も本気で事を荒立てるつもりはないのか、観念したかのように手元の資料をモニターへ映し出した。
「……まあいいわ。初めに断っておくけれど、私の錬金術に対する造詣は聖遺物と比べて深くない。早々に研究をシフトしていたから」
「前置くじゃねえか。そういうのは嫌いなんだろ」
「確かな情報となると、友里あおいが話した概要とそう変わらないと言っているのよ」
クリスの横槍を受け流しつつ、モニターに映った資料の説明を始めるフィーネ。
パヴァリア光明結社、アーネンエルベ。
これらをはじめとする世界に点在する様々な秘密結社が、人類史の裏側で追い求めていたものがあるという。
とりわけ金や賢者の石の錬成に拘泥していた者たちを錬金術師と呼ばれ、その手段と技術体系を包括して錬金術と呼称されてきた。
もっとも現代においては金だけではなく、錬金術を用いて世界の原理や摂理を読み解こうとする者たちもまた、同じ名で呼ばれているらしい。
「パヴァリア……」
「マリアさん?」
「……いえ、過去に浸っていただけ。続けてちょうだい」
怪訝な顔を見せるマリアという一幕があったものの、フィーネの言葉は淡々と続けられる。
「音楽と錬金術は、共にハーモニクスの中に真理を見出す技術体系。
でもあり方は違う。世界の分解も……ミクロコスモスとマクロコスモスの照応を基としている錬金術ならば、不可能ではないかもしれないわね」
そこまで語り、フィーネは小さく息を吐いた。
錬金術師。旧二課、そしてS.O.N.G.が相対したことのない技術体系の使い手。
彼女の概略を耳にしてなお疑問は山積みだが、基礎的な知識は共有できたと言えるだろう。
「そして自らを錬金術師と呼称するのが、今保護している
それが真なら、あれの方が造詣は深いでしょう」
視線を司令室の扉────その奥へと向けるフィーネ。そこに何が、いや、誰がいるのかはこの場の人間全員の知るところだった。
と、その時。狙いすましたかのように弦十郎の通信機に連絡が入る。
医療班からの報告だ。内容を確認した彼は僅かに口角を上げ、視線を装者たちへと巡らせた。
「丁度
「ボクはキャロルに命じられるまま、巨大装置の建造に携わっていました」
クリスが遭遇し、調と切歌が保護した件の人物、エルフナイン。
自らをホムンクルスだと語る彼女────本人曰く「ホムンクルスに性別はない」とのことだが、便宜上女性と扱う────の主張は次の通りだった。
キャロルの居城でもある巨大装置、チフォージュ・シャトー。
完成間近であるその装置の建造に携わっていたエルフナインだが、ある日シャトーが世界を解剖するためのものだということを知ってしまう。
それを止めるため彼女に離反した彼女は、あの襲撃者────オートスコアラーの追跡を受けつつ、ここまで辿り着いたという。
「世界をバラバラにたぁ穏やかじゃないな」
「それを可能とするのが錬金術です」
オートスコアラーが使役していた、ノイズに酷似したあの兵器。名はアルカ・ノイズといい、万物を分解する力を有しているらしい。
しかし彼女はこれ以上の情報をキャロルから与えられておらず、計画の全容までは不明であると語る。
一見すれば荒唐無稽な作り話。だがここにいるのは異端技術を扱い、人類を守護する防人たちだ。そして何より、彼女の瞳。
それが虚構を口にする者の眼ではないと、誰もが確信していた。
「お願いです、力を貸してください! そのためにボクは、ドヴェルグ=ダインの遺産を持ってここまで来たのですッ!」
そう言い、エルフナインは手元の小匣を掲げてみせた。
クリスと出会った際より手にしていたそれ、S.O.N.G.では開封が叶わなかったが、彼女は何ともなしに上部の蓋を開いて見せた。
「これは……」
取り出されたのは、黒い板。
鈍く光を反射する漆黒のそれは、何かの欠片のように見える。
だが外見以上に強烈だったのは、そこから放たれる異様な気配。
圧倒的、そんな言葉でさえ足りない。禍々しい気配がこの場の空気そのものを歪めているかのようなその在り様。
不吉な予感を周囲にまき散らすそれに、否が応でも意識が集まる。
欠片を取り出して数秒。沈黙の後、エルフナインがようやく口を開いた。
「アルカノイズに、そしてキャロルの力に対抗しうる聖遺物────魔剣【ダインスレイフ】の欠片です」
「お待ちどうさん。今日も暑ィし、こいつで喉潤していきな」
「ありがとう。……か~ッ、生き返る~ッ!」
店内にかかる小洒落たBGMに紛れ、外より微かに虫の声が聞こえてくる。
ヒグラシ、あるいはコオロギか。定かでないが、スピーカーの音楽と虫の鳴き声が奇妙な一体感を見せていた。
そんな風情を引き裂くように、ごとんと豪快な音が響き渡った。
たった今差し出された氷水を一息にあおった響が、グラスをテーブルに置いた音だ。
口元に残る水を拭う響を見た惣一が軽く笑う。すでにnascitaは閉店時間を過ぎていたが、中にまだ彼が残っていて助かった。
「にしても珍しいなァ、こんな時間に来るなんて。ダンナから話聞いてなきゃ、何事かと思うとこだった」
「師匠から? ……そっか。惣一おじさんも知ってるんだ、この間のこと」
「まーた新しい敵がおいでなすったみたいじゃないの。ま、聞いてるのはそれだけじゃねェけど」
キッチンにカウンターの椅子を引きずり、そこに腰掛けた惣一が尋ねてくる。
「なんかあったって顔してるな。任務関連か?」
「…………」
やはり目敏い。
目の前の男は普段こそおちゃらけているが、肝心な時は頼りになる大人であると響は知っている。
恐らく、誰よりも。
きっかけは、昨夜のキャロルとの邂逅。
だが今胸の奥に広がる暗雲、それはつい先ほどの出来事が生み出したものだった。
「現状動ける装者は響くんただ一人……ということになる」
「わたし、だけ……」
エルフナインとの面会後、再び司令室に集められた響たち。
弦十郎が口にした事実は状況を考えれば当然のこと。
しかし、キャロルと“戦う”。
その事実が、響の歯切れを悪くさせていた。
LiNKERなしで乱入し、アルカ・ノイズと戦闘を繰り広げた調と切歌。メディカルチェックの結果もあり、二人の出撃は固く禁じられた。
無理を押しての出撃の末、仲間を失うなどあってはならない。その方針には響も諸手を上げて賛成するものだった。
しかし────。
「逃げているの?」
「逃げているつもりじゃありませんッ!」
会議終了後、談話スペース。
戦わずに分かり合えないか……そう呟いた響に、マリアの抜き身の言葉が突き刺さった。
「ガングニールを自分の力だと実感してから、人助けの力で誰かを傷つけることが……すごくイヤなんです」
この力は誰かを傷つけるものではない。
正義を信じて、握り締めてここまで来た。その想いを揺らがせたのが、あの夜のキャロルのあの言葉。
────それでもお前はその力で、シンフォギアで。戦ってみせた。
響がやりたいことは、そんなことでは決してない。
そのはずだ。
なのだが。
「それは────力を持つ者の傲慢だッ!」
「わたしは、そんなつもりじゃないのに……」
空になったグラスを持つ手に力が籠る。
溶け始めた氷がグラスの中で揺れ、汗をかいた表面が響の掌を濡らす。
からん、と、氷が崩れる音。
黙って響の独白に耳を傾けていた惣一が口を開いたのは、そのすぐ後のことだった。
「普段は一直線の癖して、変なところで躓くんだもんなァ。きっかけがありゃこうなることもあるか」
「えっ?」
「道具も力も、使い方でいくらでも見え方が変わるってことだよ」
キッチンへと顔を向けると、惣一が顔をしかめながらコーヒーカップを傾けているところだった。
自分で淹れたものであるというのにまだ懲りないらしい。舌に残っていた液体を氷水で流し込んだ彼は、サイフォンに再び水を注ぎ始めた。
「例えば、科学とかな。昔の知り合いに“科学は人を幸せにするためにある”、なーんて言って聞かねェ奴がいたんだよ。
自意識過剰でナルシストな奴だったが、まさに天才だった」
火に当てられたフラスコ内の水が少しずつ温度を上げていき、やがて底から小さな気泡が立ち始める。
惣一はその様子を眺めている。だがその目はどこか、ここではない遠くを見ているように思えた。
何かを懐かしむような、一抹の寂寥が混じった彼の瞳。
響はそこから目を逸らすことができなかった。
「そいつは科学者だったんだが……まあいろいろあってな。人を幸せにするはずの自分の発明が、争いの火種になっちまった」
「人を、幸せに……。でも、そんなことになってその人は」
惣一の語る知人、その信念に共感できる部分があるだけに、胸の奥がちくりと痛む。
いつしか水は沸騰し、押し上げられた蒸気がロートのコーヒー粉と混ざり合っていた。その内部が、惣一お得意の黒々とした液体で満たされていく。
「そいつは何度も何度も理不尽にぶち当たって、その度に折れそうになった。
それでも謳い続けたんだ、愛と平和────“ラブ&ピース”って奴をさ」
「ラブ&ピース……」
耳に残響したその言葉を、小さく繰り返す響。
しばしの間、沈黙が流れる。スピーカーからのBGMはいつしか消えており、コーヒーが抽出される音だけがやけに大きく聞こえた。
惣一は立ち上る香りに満足げに頷くと、その視線を響へと移した。
「結局そいつは自分の発明で争いを終わらせた。ラブ&ピースの世界に変えちまったんだ」
「……すごいんだね、その人。わたしの力は……」
対して自分はどうなのだろう。キャロルと何も話せなかった響は。
争い。それは響が最も忌避するもの。だからこそ、真逆の人助けに奔走していた。これまでの歩みもそのつもりだった。
けれど拳を握ってやることといえば、それは“戦い”に他ならない。
当たれば痛いこの拳。握ったままでは、ラブ&ピースなどはるかに遠い。
「そこだと思うぜ~? 俺は」
視線を伏していた響はふと目を上げる。
そこに────すぐ近くに、惣一の顔があった。
「うえッ!?」
のけ反るあまり椅子から転げ落ちそうになるも、なんとかこらえる。
頬を膨らませ、惣一を睨みつけながら座り直す響。だが彼の顔はいたって真剣だった。
ただ彼女を驚かせたかっただけではないらしい。湯気の立ち上るコーヒーカップを受け取りながら、響は惣一を見上げた。
「……そこ、って?」
「力に善悪なんてねェんだよ。使う人間次第で、力はいい方にも悪い方にも傾く」
その言葉には確かな重みがあった。
自然と背筋が伸びる。受け取ったカップを突き返しながら、響は彼の言葉を反芻する。
僅かに眉を下げる惣一だったが、すぐに気を取り直すように言葉を続けた。
「力を使えば誰かを傷つけるかもしれない。確かにな。けど、同じ力で誰かを助けることもできる。俺だってその誰かの一人だ」
「惣一おじさんも?」
「こっちに飛んできた車をブン殴って助けてくれたでしょうが」
「あの時の……」
惣一が口にしているのは、響がこの力を手にして間もない頃の出来事。
クリスとの諍いに巻き込まれた未来と惣一を助けたことは、今でもはっきり思い出せる。あれがきっかけで未来と仲違いし、そして笑い合えた。
二人に向かって飛来した車両を殴り飛ばして。
この、拳で。
「他にもいるんじゃねェか? 響ちゃんに助けられたって人間が、そこら中に」
カップを傾けた途端、舌を出して苦い顔をする惣一。
再びグラスの水を一息に飲み干すと、彼は響の目を正面に見据えた。
「大事なのは、今だろ」
その言葉は、彼が時折口にする台詞だった。
座右の銘だというその言葉、かつて弦十郎にも投げたことがあるらしい。
響より一回りも二回りも長く生きて、娘を亡くす現実に直面した彼。そんな男が幾夜も自問し、その末に行き着いた答えだという。
大事なのは、人を助けて迎えた今。
今────。
「でもまァ、決めるのは響ちゃんだ。歌わなきゃならなくなったその時、その力をどう使いたい?」
「わたし、は……」
あれから一晩。
夜が明けても、未だ答えは出せそうになかった。
(どう使うか、か……)
手の中に握るペンダント、それは響が受け継いだものだ。
人を助けるための力。しかしそれは同時に、誰かを傷つけかねない諸刃の力。近いうちに必ず起こる錬金術師との戦い、その時響はこの力を使えるのか?
やはり、まだ答えは見つからない。
「わたし的には、ついてるとかついてないとかはあんまり関係ないと思うんだけど……」
「ええええッ!?」
自問の螺旋から抜け出したのは、隣の未来がそんなことを言い出してようやくのことだった。
素っ頓狂な声を上げた響に首を傾げる友人たち。
「ビッキー、何をそんなに?」
「だ、だって、何がどこについてるのかだなんて、そんな……」
「確率のお話です。今日の授業の」
「まーたぼんやりしてたんでしょ?」
「ああ、あはは! そうだったよね」
時刻は昼下がり。
いつにも増して授業に集中できなかった響だが、そのまま帰路にまで気分を引きずっていたようだ。
詩織の言葉で合点がいくが、そんな様子に弓美は呆れ、創世には怪訝そうな顔をされた。
「このごろずっとそんな感じ」
「ごめん。でも……」
目を細めた未来に流し見られ、言葉を詰まらせてしまう。当然のように彼女には感づかれているらしい。
打ち明けるべきか。
隣の陽だまりならば、この悩みにも何か────。
悲鳴。
突如として響の耳を貫いたそれは、彼女の思考を瞬時に切り替えさせた。
未来たちの前に踏み出し、右手を広げながら悲鳴の正体を探る響。
探るまでもなく、その
「人が……!」
視界に広がるのは死屍累々。
力なく四肢を投げ出した人間が、路上に何人も。この日中に二日酔いかと、そう思えればどれほど楽だったか。
異変は倒れ伏す人々、その頭髪が一人残らず真っ白に染め上がっていたことにあった。
生気のないその瞳は虚空を映し出し、彼らの生命活動が終了していることを嫌でも実感させられた。
どう見ても自然現象ではない。
響は素早く周囲を見回して────その姿を捉えた。
「聖杯に想い出は満たされて……生贄の少女が現れる」
木陰にもたれかかるように、一人の少女が立っていた。
青いドレスを身に纏い、白磁のような肌を見せるその姿は一見すれば、可憐な西洋人の少女だ。
だがこの惨状、さらに各部に露出した球体関節。そしてエルフナインによる情報提供。
オートスコアラーの一角、【ガリィ・トゥーマーン】。
全ての情報が、彼女の正体がそれであることを示していた。
「あなたは……キャロルちゃんの仲間、だよね」
「そしてアナタたちの戦うべき敵」
「違うよ! わたしは人助けがしたいんだ。戦いたくなんかないッ!」
「チッ」
嗜虐的な微笑みを湛えていたガリィの表情が、響の返答を受けて歪む。
鬱陶しげに片眉を上げた彼女は舌打ち一つ、懐から取り出した小さな水晶を地面にばら撒いた。
あの水晶、見覚えがある。ロンドンでの戦闘記録にあった、ファラというオートスコアラーが用いていたのと同じだ。
接地した水晶が次々と砕け、そこから光が溢れていく。
この動作も記録と同じ。であれば、ここから現れ出でるのも、当然。
「アナタみたいにめんどくさいのを戦わせる方法は、よぉく知ってるの。
頭の中のお花畑を踏み躙ったげる」
アルカ・ノイズ。
古の錬金術師が作り上げた、新たなる得意災害。
ガリィが指を鳴らすと、前方で壁を作っていたノイズが一斉に歩みを進めた。
ノイズが一歩踏み出すたび、彼女の表情も喜色に染まっていく。再び嗜虐的な色を取り戻すのにそう時間はかからなかった。
「こいつ性格悪ッ!」
「あたしらの状況もよくないって~ッ!」
「このままじゃ……」
窮地。だが響にはそれを打開できる力がある。
握っていたペンダントを突き出し、口を開けて息を吸い込む。その身を戦士と変える聖歌を口にしようとして────その寸前で、動きを止めた。
「……ッ」
「響……?」
瞳が揺れる。
戦うのか? この力で。
戦えるのか?
(助けるためのこの力、歌えば誰かを傷つける。わたしは
目を瞑るも自問は消えない。およそこの状況には相応しくないそれが、響の脳裏を旋回する。
力を振るってもたらすものはどちらなのか。
そのとき、昨夜の言葉がふと蘇った。
────決めるのは響ちゃんだ。
彼は、惣一は答えを与えてくれない。
それは弦十郎も同様であり、決断は響たちに委ねてくれている。
まだ答えには程遠い。
(……でも)
それでも。
────大事なのは、今だろ。
大事なのは。
「────今ッ!」
そして響は、それを歌う。
「そうこなくっちゃァ! ガリィちゃんいっきま~す!」
震える拳を手で包む。
悩みも恐れも右手に握って。
立花響は目を開けた。
次回「プロジェクトリビルドの罠」
「争いの火種になっちまった」
火種はお前じゃい!
たまに入るエボルトどの口パートは書いてて楽しくなってきます。そのうちどの口万丈版も書きたいですね
ということで、この小説では惣一がいるのでガングニールが応えてくれました。これにはガリィちゃんもにっこり
次回は響VSガリィから始まります