戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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設定整理のための会話回です。あまり話は動きません
罠要素は一応あります



EPISODE05「プロジェクトリビルドの罠」

 大音量の警報が指令室の静寂を切り裂き、即座に照明が作戦行動時のものに切り替わる。

 張り詰めた空気の中、職員たちは敵性反応の特定作業を開始。

 朔也の声が響いたのはわずか数秒後のことだった。

 

 

 

「アルカノイズの反応を検知! 座標絞り込みますッ」

 

「捕捉精度が格段に上がっている……!」

 

 

 

 警報の発令からおよそ5秒。

 このパフォーマンスは、エルフナインより提供されたアルカ・ノイズのデータをシステムに組み込んだが故だ。

 早くも目に見える成果を上げた錬金術師対策に小さく首肯しつつ、弦十郎はモニターへと視線を戻す。

 

 現地の監視カメラ映像に認められたのは、複数体のアルカ・ノイズにオートスコアラーと思しき敵性体の姿。

 そして弦十郎の表情を真に険しくさせたのは────学友たちを背に拳を構える、立花響にあった。

 

 

 

「まともにギアを纏えるのは、響くんただ一人……! 緒川ァ!」

 

「心得ていますッ!」

 

 

 

 言葉短く慎次に指示を飛ばす。その一言で意図を汲み取った彼の腹心は、頷きとともに司令室を後にした。

 現場のフォローは彼に任せ、こちらは成すべきことを成すまで。

 弦十郎は腕を突き出し、戦場に立つ響へ向かって声を張り上げた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

〈響くんッ! 発光する攻撃部位こそがアルカ・ノイズの解剖器官! 気を付けて立ち回れッ!〉

 

「はい師匠ッ!」

 

 

 

 耳元のインカムに弦十郎の声が届く。

 通信は良好だ。本部との連携に瑕疵がないことを確認した響は、背後の未来たちへ鋭く声をかけた。

 

 

 

「みんなは下がっててッ!」

 

「うんッ!」

 

「やっちゃえ響ーッ!」

 

 

 

 降り注ぐ夏の日差しが遊歩道を白く照らし、吹き込む熱風が街路樹を揺らす。

 シンフォギアを纏ってなお感じる熱気さえも、目の前のアルカ・ノイズは一切意に介していない。ただ銅像のように直立し、主の合図を待ち続けるのみ。

 

 その傍らでガリィは獰猛な笑みを浮かべ、値踏みするように響の様子を窺っている。

 未だ真意が計り知れない錬金術師の目的だが、今響がやることは明白。

 

 

 

(まずは……未来たちをノイズから遠ざけるッ!)

 

 

 

 響が地面を踏みしめたのと、アルカ・ノイズが主の指示でその魔手を伸ばしたのは、全くの同時。

 

 同時、であるならば。

 響が押し負ける謂れはない。

 

 

 

「一点突破のッ! 決意の右手━━━━」

 

 

 

 顔の横を通り抜ける、白く光るアルカ・ノイズの解剖器官。当たれば待つのは“敗北”の二文字のみ。

 だがこの場────“私”と云う音が響く、この戦場の中では。

 その結末が、立花響に訪れることはない。

 

 

 

「迷いは……ッ、……拳に包んだァッ!!」

 

「敢えて飛び込むなんて、えらく大胆じゃない」

 

 

 

 一直線に懐へ潜り、拳を打ち込む。

 十分な踏み込みと発勁。めり込んだ拳はアルカ・ノイズの身体を容易く貫通する。

 そのまま右腕を振り抜けば、周囲の個体を巻き込んで遥か後方へと吹き飛んでいった。

 

 何故、どうして。

 消えない疑問、晴れない暗雲。

 けれど今は、今だけは。

 その背負うべき鈍りを棚上げにして、“人助け”のため腕を振るう。

 

 

 

「そーんな強気をボキボキへし折っちゃうのが、たまんないのよねぇ」

 

「勇めッ!」

 

 

 

 ガリィが動いた。

 悪辣な笑みと共に腕を振るうと、彼女の周囲に青い魔法陣が展開された。

 色が違う。つまり繰り出されるのは、S.O.N.G.のデータに存在しない何か。

 直感した響は拳の震えをねじ伏せ、立ち塞がるノイズを蹴散らしながらガリィへ向かって疾走する。

 

 

 

「頭でも冷やしやァァ~!」

 

 

 

 瞬間、放たれたのは波濤。

 魔法陣から放出された大量の“水”が、進行上の全てを押し流さんと殺到している。

 このまま進めばその水圧に圧殺されるは必至。

 ならばどうするか。決まっている。

 

 

 

「届けッ!」

 

 

 

 響は疾走を止めない。

 ただ駆ける勢いのまま、ありったけの力で拳を地面へ叩きつけた。

 衝撃。同時に伝わった勁が作用し、正面のアスファルトが捲れ上がった(・・・・・・)。 

 

 立ち上がったコンクリートの塊が壁となって、迫りくる激流を迎え撃つ。

 急造の障壁。だが所詮は即席、長くは保たない。

 一瞬にして障壁は飲み込まれ、瓦礫となって流れていった。

 

 それでも障壁であったことに変わりはない。

 壁が破れる刹那の間隙。機を見逃さず、響は空へとダイブしていた。

 

 

 

「へぇ。ならこんなのはどうかしらァ!?」

 

「自分色に咲き立つッ、花になれぇぇぇぇッ!!」

 

 

 

 間髪入れず、仕掛けられるガリィの次なる一手。

 気づけば波は霞の如く消失し、代わりに魔法陣に装填されていたのは────鋭く尖った氷柱だ。

 水の錬金術、物質の相を変えるくらいはして見せるという訳か。

 

 射出される氷柱。弾丸のように飛来する礫に対し、響は身を翻した。

 最小限の動きで避け、時に蹴り、叩き折りながら急降下。

 轟音を伴い地面に着地。衝撃を逃がして間髪入れず、顔を上げた視界の先の、彼女の姿を捕捉する。

 響を見下ろし嘲笑うガリィ。だが射程圏内だ。拳が届く距離に、ついに響は踏み入れた。

 

 

 

「高鳴れ━━━━」

 

 

 

 脚を伸ばすと同時に、渾身の拳を突き出して、

 

 

 

────欺瞞だな。識っているぞ。

 

 

 

 奥歯を噛み締め、脳裏に明滅する声を強く振り払って。

 その拳は、寸分違わずガリィの正中を捉えた。

 

 

 

「メーター、を……」

 

 

 

 ────水音。

 遅れて、冷たい水滴が頬で弾ける。

 手応えがない。打ち抜いたはずのガリィの胴は衝撃を受けて波打ち、広がる波紋が彼女の輪郭を失わせていく。

 

 

 

「偽、物────?」

 

残念(ざぁんねん)。それは水に映った幻」

 

 

 

 その声に背筋が凍る。

 ガリィの声が、なぜ横から聞こえる?

 いや、幻────その言葉通り、正面の存在はただの水塊に成り果てていた。

 

 

 

「しまっ……!?」

 

 

 

 辛うじて顔を横に向ければ。そこにはやはり、響に肉薄するガリィの姿が。

 彼女は凍結させた地面を滑走し、その腕を────氷の刃を纏わせたその手刀を。響の胸元、ガングニールのギアペンダントへと、容赦なく突き立てようとしていた。

 

 

 

「いっただっきまァァすッ!!」

 

 

 

 攻撃直後の完全なる無防備。右腕は限界まで伸びきり、引き戻すことは叶わない。

 防御の構えも回避の動きも、思考の伝達が間に合わない。

 どう策を弄しても、響に手段は残されていなかった。 

 

 その手刀は吸い込まれるように直線をなぞっている。

 対処など何もできず、響はその凶刃をただ受け止める他なく────。

 

 

 

 

 

【ファンキーアタック! ロケット!】

 

 

 

 

 

 その、直前。

 ()()()()()()()()()()()()()が、突如響の脇腹に突き刺さった。

 

 

 

「うああッ!?」

 

「はあッ!?」

 

 

 

 ガリィの攻撃とは明らかに性質の異なるこの衝撃。

 それがガリィの狙いを狂わせ、同時に響の身体を戦域から強引に引き剥がしていた。

 

 縦横無尽に回転し、視界から上下の感覚さえ消失する。

 空。地面。空。地面。今向いているのはどちらだ? ガリィの声を耳に、響は宙を錐揉みに吹き飛んでいた。

 

 

 

 

「……エボルトとかいう、マスターに楯突いた命知らずの手合いと見るべきか……?」

 

 

 

 投地の寸前本能的に地面を叩き、地面を転がる響。

 脇腹に走る、焼けるような鈍痛。歯を食いしばりながら立ち上がるが、その間にガリィの追撃はなかった。

 視界の先にあったのは片眉を上げ、思索に耽る様子の彼女の姿。

 であれば今の攻撃は闖入、彼女にとっても想定外のものということか。

 

 だがチャンスだ。

 周囲に屯するアルカ・ノイズ、今のうちに撃滅できれば一対一。再び戦いの趨勢(話し合い)は────。

 

 

 

「……えっ?」

 

 

 

 拳を構えた、その時。

 グローブが()()していたことに、ようやく気付く。

 それだけではない、腕部の鎧もだ。

 思わず視線が下に動く。腕、肩。そして胴体。

 そこまで自身の状態を確認して初めて、響は違和感の正体に行き着いた。

 

 その身に纏っていたのは、ただの制服だった。

 ノースリーブのシャツにスカート、機能性とデザイン性を両立した一着だ。

 それが今、響の身体を包んでいるということは。

 

 

 

「ギアがッ!?」

 

 

 

 シンフォギアが、解除されている。

 ギアは破壊されていないはず。だが手元にペンダントが見当たらない。

 あの攻撃で強制解除され、その拍子にペンダントもまた吹き飛ばされたというのか。

 右、左、下、そして上。動揺を押さえながら、血眼になってガングニールを探す響。

 

 だが現実は響に猶予を与えてくれない。

 迫るアルカ・ノイズ、その全てが解剖器官を剥き出しにして彼女に殺到した。

 

 既に音楽は消えている。ならば待つ結末は一つだ。

 ただの人間に戻った響が、その一撃を食らえば────。

 

 

 

 

 

「おおおおおッ!!」

 

 

 

 

 

 雷鳴の如きその叫びが轟いたのは突然だった。

 悲鳴のような軋みを上げ、猛烈なスピンを伴って戦場に現れた、一台の車両。車体が完全に停止するよりも早く、蹴り開けられたドアから一つの影が飛び出した。

 

 その人影は迷いなく空へと躍り出、()()へと腕を伸ばす。

 逆光でその姿は黒く塗られている。けれどその声、その行動が、彼女の正体を雄弁に物語っていた。

 

 

 

「……()()()()()ッ!?」

 

 

 

 人影、いや、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 彼女の左手が今、陽光に煌めく()()を力強く掴み取った。

 それは何物をも貫き通す、無双の一振り。

 なれば当然、彼女が取るのは────。

 

 

 

 

 

「Granzizel bilfen gungnir zizzl」

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 襲来したオートスコアラー、ガリィ・トゥーマーンとの激戦。

 黒いガングニールを纏ったマリアはアルカ・ノイズを殲滅し、ガリィとの戦闘に臨んだ。

 

 しかしオートスコアラーの力は規格外。ガリィの術に翻弄され、ギアを破壊される直前にマリアの身体を襲ったのはバックファイア。

 結果、強制的にガングニールが解除される事態が発生。

 地を這うマリアをガリィは罵倒し撤退していった。

 

 静まり返った遊歩道で、口元に流れる血を拭いながらマリアは手元のギアペンダントを見つめる。

 

 

 

(もしもわたしが、ガングニールを手放していなければ)

 

 

 

 見逃された形になるが、そこに屈辱はない。響とその友人たちの護衛という主目的は果たせたのだから。

 だが晴れやかな気分かと問われれば、頷けないのも事実だった。

 

 再び手にしたこの力。

 あの日は自らの意思でそれを手放したマリア。それでも力を失い偶像を演じる中で、どうしても“もしも”を夢想してしまう。

 この力が今もこの手にあったなら────。

 

 

 

(……いや、それは未練だ)

 

 

 

 首を振り、表出しかけた感情を振り払う。

 あの日の選択を後悔したくない。すでにこの力はマリアのものではなく、後ろで不安げにこちらを見上げている彼女のものだ。

 

 

 

「……君のガングニール────」

 

 

 

 振り返り、響にペンダントを差し出す。

 その途端。

 響の目の色が、変わった。

 

 

 

「響……!?」

 

 

 

 思わずといった未来の声がその場に落ちる。

 響は弾かれたようにその手を伸ばし、マリアの手に乗せられたガングニールを勢いよく奪い取ろうとして────直前で、留まった。

 

 マリアでさえ、響の異変には目を見開くのだ。彼女をよく知る未来や、その友人たちの衝撃は計り知れないだろう。

 響は伸ばした手を所在なさげに彷徨わせ、やがて静かにペンダントを摘み取った。

 

 

 

「……ありがとうございます、マリアさん。それから……ごめんなさい」

 

 

 

 ありがとう、とは。ごめんなさい、とは。

 何を指して言っているのか。

 伏せられた彼女の瞳。不規則に揺れるその奥からは、整理のつかない無数の感情が見て取れた。

 

 マリアの手からガングニールを奪い取る、などと。自分でも今の行動は予想だにしなかったのだろう。

 だが、彼女は寸前で踏み留まった。ならばマリアもそれに応えるまでだ。

 

 

 

「時は待ってくれない。答えを出すのだってそう。だから────」

 

 

 

 響の肩を掴み、視線を合わせる。

 紡ぐ言葉は目の前の少女に向けられたものなのか、それとも自分自身に言い聞かせているものなのか。はっきりと判別はできない。

 答えを出す、少なくともそれは────マリアにも、突き付けられた命題だった。

 

 

 

「君の力から、目を背けないで」

 

「目を、背けるな……」

 

 

 

 消え入るような声で、小さくその言葉を繰り返す響。

 地面を映すその瞳の曇りは未だ晴れていない。それでも彼女なら、絶望の淵にいたマリアを“助けて”みせた立花響なら、きっと。

 

 話は終わったと、傍らに控える慎次に声をかけようとした────そのタイミングを見計らったように。

 遊歩道に、男の声が響いた。

 

 

 

 

 

『マリアの言う通りだ。そいつは他でもない、お前の力なんだからな』

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 

 聞き覚えのあるその声に総毛立ち、戦慄が背を駆け抜ける。

 姿は見えない。だが間違いなく()のもの。思わずマリアの思考が止まる。

 だが流石というべきか、即座にマリアたちの前に立った慎次。彼は一切の躊躇なく右手の街路樹に銃口を向け、弾丸を叩き込んだ。

 

 響く銃声。一手遅れて再起動したマリアもまた、未来たちを庇うように腕を広げ、着弾地点を睨みつける。

 1秒、2秒。

 銃声が重苦しく残響する中、木陰から()()()が這い出たのは発砲から3秒後のことだった。

 

 

 

『相変わらず、手荒な挨拶をしてくれる』

 

「わああッ!? なんか出たーッ!?」

 

「なにあれ、蛇……? 顔と胸にって、主張激しすぎない?」

 

「蛇というより、コブラではないでしょうか?」

 

「それは……どっちでもいいんじゃないかな……? そ、それより! みんな前に出ないでッ」

 

 

 

 案の定、現れたのはブラッドスターク。

 昨夜の会議後、エルフナインの聴取により捜査線上に浮かび上がった存在。

 彼女の持つドヴェルグ=ダインの遺産────ダインスレイフを奪い取ろうとしていたという証言が発覚した今、もはやこの事件の関与を疑わない理由はない。

 

 こちらからの距離はおよそ5メートル、十分こちらの命に指がかかる距離。

 今でこそ腰に手を当て気だるげに立つ彼だが、少しでも気を緩めれば最後、蛇のような狡猾さで仕掛けてくるだろう。

 

 

 

『久しぶりだなァ、二課諸君……いや、今はS.O.N.G.だったか? 新装開店の祝いもしてやれなくて悪かった』

 

「お気になさらず。本当に言祝ぐつもりがあるのなら、ウェル博士共々投降してもらえれば」

 

『ハハハ! フロンティアの頃から思ってたが、忍者もジョークを言えるんだな』

 

「スタークさん、さっきの攻撃は……ッ」

 

 

 

 スタークに向かって声を上げた響。しかしその言葉は半ばで途切れ、脇腹を押さえ片膝をついた。

 先ほどの戦闘でのダメージが残っているのだろう。マリアは意識をスタークから逸らさず、背後の未来に向かって声をかけた。

 

 

 

「その子たちをお願い」

 

「は、はいッ! 響ッ」

 

 

 

 未来や学友に支えられ、響たちが車両の中へ避難していく。その気配を感じながら、マリアは深く、静かに息を吸いこんだ。

 正面に立つ、あの男に今のマリアは相対できるのか────正直なところ、分からない。

 未だ()()()()が渦巻く胸中。けれど、これはいずれ向き合わなければならなかったこと。

 

 ゆっくりと息を吐いて、数秒。

 マリアはスタークの仮面を見据えた。

 

 

 

「この盤面、シンフォギアの破壊を目的とする錬金術師とそちらに関わりはないように思えた。

 だけどエルフナインがアナタの関与を証言している。一体何が目的なのかしら?」

 

『アイドルの次は探偵気取りか! 随分堂に入ってるなァ。ひょっとして、悪いこと以外は何でもできるんじゃないか?』

 

「……おかげ様でね」

 

 

 

 手を叩き、笑い交じりにマリアを評するスターク。

 これに乗れば奴の思う壺、決して乗せられてはならない。彼のスタンスに変化がないなら、少なくともこの状況で戦闘行動は取らないはず。

 慎次もいる。指令室の面々も会話を聞いているはず。

 マリアはただ、彼らと協力し情報を引き出すことに専念すればいいのだ。

 

 ひとしきり肩を揺らした後、一息ついたスタークが再び口を開いた。

 

 

 

『それより、今の話だが……。今回の件、俺とキャロルに協力関係はない。むしろその逆だ』

 

「逆、ですか。ということは……」

 

『そうだ。俺と奴らは敵対関係にある』

 

 

 

 敵対関係。彼はそう断言した。

 ルナアタックではフィーネと。フロンティア事変ではF.I.S.と。

 これまでスタークはシンフォギア装者が所属、あるいは敵対する組織に取り入り、影で暗躍を続けてきた。

 だが、今回に限ってそれをしないということは。

 

 

 

『今回も、向こうの計画に乗じようとしたんだが……こっぴどくやられたよ。あれは計算外だった』

 

(あのスタークが、手も足も出ずに……?)

 

〈右へは流せん言葉だな〉

 

『風鳴指令。やっぱり聞いてたか』

 

 

 

 事も無げにそう呟いたスタークの言葉に、マリアの裡に動揺が走る。

 スタークの実力は未だ底知れない。調と切歌の全力を以てしても仕留めきれなかったほどだ。

 その彼が“やられた”、などと。通信越しに弦十郎の割り込みがなければ、反応が顔にまで出てしまうところだった。

 

 弦十郎の声は大樹のような安定感で、一切の動揺を見せていない。

 彼が後ろに控えている事実に一抹の安堵を覚えながら、マリアは二人のやり取りに耳を傾けた。

 

 

 

〈まだマリアくんの質問に答えていない。エルフナインくんに接触した目的を答えて貰おうか〉

 

『そりゃあもちろん、何度も言う通り装者たちの成長……』

 

〈そうではない。装者の成長は過程でしかないだろう〉

 

『鋭いねェ。その通り、俺は最初からただ計画のために動いてる。遺産の件もその一環だ。

 あの娘と遺産が計画の支障とならないか、確認しておく必要があったからな』

 

「カ・ディンギル址地での戦闘の際も、翼さんに“計画”と……確かそう口にしていましたね」

 

〈いい加減、その先にある“計画”とやらをご教授願いたいものだが〉

 

 

 

 奴の口から語られる言葉は真実なのか、それとも虚構なのか。

 最低限の読心術を身に着けているマリアだが、彼の真意を計り知るのは霧を掴むようなもの。そんな怪人相手に一歩も引かない弦十郎の胆力に舌を巻きつつ、スタークの返す言葉を待った。

 

 

 

『詳細を話すつもりはないが、そうだな……計画名くらいは教えてやる。知ったところで意味はないからな』

 

 

 

 計画名────確かに、それだけでは何の意味も持たないだろう。

 だが奴についての情報があまりに欠乏している現状、パズルのピース一つ手に入るだけでも大きな収穫と言える。

 スタークは仰々しい態度で両手を大きく広げてみせ、芝居がかった口調ででその名を告げた。

 

 

 

『俺には壮大な目的があってね。それを実現させる計画が、“プロジェクトリビルド”だ』

 

「プロジェクト、リビルド……?」

 

 

 

 その耳慣れない名称を、小さく繰り返すマリア。

 リビルド。それは“造り直す”、あるいは“再形成する”という意味の言葉だ。

 何かを造り直すというのか? 内容はともあれ、計画名そのものに嘘を吐く理由はないはず。

 ならばこれこそが、奴の企てを解き明かすための重要な手がかりだ。

 

 

 

〈お前の行動は全て、そのプロジェクトリビルドを遂行するためのものだったと?」

 

『大体はな。風鳴司令のご推察通り、そのために装者諸君の成長が必要なんだよ』

 

〈お前が時折口にする“ハザードレベル”という単語も、何らかの関連があると見て間違いないな〉

 

 

 

 間髪入れずに切り込んだ弦十郎。

 ハザードレベル、この言葉も、奴が事あるごとに口にする言葉だった。確か、響を“ハザードレベル4.9”、そう称していたのを記憶している。

 スタークは「そんなことか」と、首に手をやりながら淡々と問いに答えた。

 

 

 

『あれは単に装者の強さを数値化してるだけだ。その方が分かりやすいだけで、大した意味はない』

 

「解せないわね。フロンティア事変で、アナタは調と切歌に肉薄されていたと聞いている」

 

「皆さんはあの頃より修練を積んでいます。そう遠くないうちに、抜かれてしまうのでは?」

 

『その時はその時だ。善意で鍛えてやってるのかもしれないし、そうでもしてやらないと倒せない存在がいるのかもしれないぞ』

 

 

 

 鋭くスタークを睨みつけるが、スタークは煙に巻く口調を崩さない。ハザードレベルについてこれ以上深く語るつもりはないらしい。

 装者の強さを数値化したもの、その説明には筋が通っている。だが────何かが。

 言い表せない違和感が、マリアの胸に残っていた。

 

 

 

『俺の目的についてはこの辺りでいいだろう。本題はこれからだ』

 

〈本題、だと?〉

 

 

 

 一転、今度はスタークがこちらに仕掛けてきた。

 わざわざガリィが撤退直後、この絶妙なタイミングに接近を図ったということは、それだけ邪魔されたくない話があるということだ。

 舞台を整えて、一体何を伝えに来たというのか。

 

 

 

『言った通り、キャロルとの交渉は決裂してる。

 その分だと知ってるかもしれないが、奴の目的は世界の分解……なんて物騒なものらしい』

 

(エルフナインの証言と合致している。ここでスタークが法螺を吹く意図が読めない以上、この情報は確定と見ていいかもしれないわね)

 

『そんな計画を聞かされちゃあ、流石の俺も首を縦に振れなかったよ。地球を壊すなんてとんでもない、絶対に阻止してやらないと……そう思ってな』

 

 

 

 歯の浮くようなことを言う。

 白々しくも握り拳を作り、力強くそう演説するスターク。その演技は真に迫っていたが、同時にどこまでも空虚なものだった。

 マリアが嫌悪感を募らせる中、いよいよ“本題”が切り出される。

 

 

 

 

 

『端的に言えば────キャロルを倒すために、俺と()()()()つもりはないか?』

 

「……は?」

 

 

 

 今度こそ、マリアの顔は隠しようのない困惑に染まった。

 何を言っている、この男は? 手を組む、その言葉自体は理解できる。だが、よりにもよってスタークがそれを口にするというのか。

 

 裏切り、謀殺。数多の組織を渡り歩き、その全てを食い物にしてきた彼が。

 未だ思考の整理が追い付かないマリアを他所に、スタークは畳みかけるように言葉を紡いだ。

 

 

 

『俺はキャロルが世界を分解するのを阻止したい。お前たちの目的と完全に一致してるはずだ。

 悪い提案じゃないと思うんだが、どうだ?』

 

「ダメよ、風鳴司令。彼の言う事を信じてはいけない」

 

『随分な嫌われようだ。悲しいねェ』

 

 

 

 バイザーに指を当て、しくしくと泣き真似を始めるスターク。

 腹立たしいことこの上ないが、彼の言葉に嘘がないのであれば悪い提案でないのは確かだった。

 それでも首を縦に振るわけにはいかない。あの手合いは間違いなく、契約書の裏を突くタイプの人間だからだ。

 

 通信機に向かって警告するマリアだが、最終決定権は弦十郎にある。

 彼女は息を呑み、司令官の返答を待った。

 

 

 

〈我々と足並みを揃えると言うのなら、こちらから条件をつけさせてもらう。

 まずはウェル博士の身柄の引き渡し。並びに、ファウストの武装解除と拠点の情報もだ〉

 

『吹っ掛けるねェ! そんなに信用がないとは思わなかったよ』

 

〈米軍との繋がりに、了子くんを闇討ちしたあの手際。そして、ネフィリムを使役してみせた詳細不明の能力……これでも生温いくらいだ〉

 

 

 

 弦十郎の突き付けた条件は、実質的な拒絶に等しいものだった。

 その毅然とした対応に胸を撫で下ろしつつ、マリアは思考を巡らせる。

 確かにキャロルを止めるためにファウストの組織力を利用できるのは大きなアドバンテージだろう。だが彼と歩みを共にするリスクは間違いなくそれ以上。

 この選択は決して間違いではないはずだ。

 

 スタークは肩をすくめ、やれやれと大げさに首を振って見せた。

 

 

 

『流石にそこまで呑む訳にはいかないな』

 

〈なら交渉は決裂だ〉

 

『残念!』

 

 

 

 その言葉や態度とは裏腹に、白々しい声色。

 やはりこの結果さえも想定通りの筋書きだとでもいうのか。だがそうだとすれば、わざわざ「自分はキャロルに勝てない」などと弱みを晒した理由が読めない。

 

 結局のところ、この男は何をしに来た?

 彼の言う“本題”すらブラフだったというならば。真意が十重二十重に覆われているのならば、一体何が────。

 

 

 

『だが俺たちの敵は当分の間一致してる。キャロルを倒すまでは、お互いに不可侵といこうじゃないか』

 

「……信用ならないわね。後ろから刺す手合いでしょう、アナタは」

 

『ハハハ、強気だねェ』

 

 

 

 その疑問を悟られないように、硬い態度を取り繕う。

 気づかれているのだろうが、ないよりはマシだ。

 

 

 

『今日は俺のスタンスを明確にしただけでも十分だ。共闘できれば御の字だったのは本当だが、そう上手くはいかないな』

 

 

 

 そして────次の瞬間。

 彼の手は武装されていた。トランスチームガン、彼の愛用する拳銃がいつしか握られていたことに瞠目する。

 隣の慎次はすでに銃爪に指をかけている。やはり忍者の域にはまだ遠いということか。

 

 だがこの展開、彼が攻撃をしかけるとは考えづらい以上、想定される行動は一つだった。

 

 

 

『じゃあな。せいぜい奮闘して、キャロルを倒してくれよ』

 

「待ちなさいッ! (あの子)を狙撃した下手人をまだ答えていないッ!」

 

『予想の通りだよ。お前も前に狙撃を受けたことがあったなァ、そういえば』

 

 

 

 その言葉を最後に、彼の姿は突如噴き出した黒煙に包まれる。

 即座に慎次が銃撃を試みるも、弾丸はその全てが奥の地面や植え込みに着弾。煙が晴れたとき、彼の姿はもうこの場にはなかった。

 

 遊歩道に、今度こそ静寂が戻る。

 夏の日中には似つかわしくない静けさの中、マリアは握る拳に力を込めた。

 

 

 

────そいつは他でもない、お前の力なんだからな。

 

────まだ分かってないようだな。

 

────何を躊躇ってるッ!

 

 

 

 彼の言葉が螺旋する。

 “やりたいこと”をやってなお、胸の歌を歌ってなお。マリアは未だ、あの言葉の呪縛からは解き放たれていなかった。

 

 

 

「……セレナ」

 

 

 

 頬を拭う。

 手に張り付いたのは、乾きかけた血涙の赤色。

 マリアはその赤をしばし見つめて────響たちの待つ、車両へと踵を返した。




次回「ガングニール、再び」




ビルドをご覧になった方ならお分かりかと思いますが、今回エボルトは嘘ばっかりついてます。
泊エイジか?
プロジェクトリビルドについてもっと喋ってるものと思ってたんですが、2期で1回喋ったきりでした。
詳細が明かされるのはまだ先ですが、エボルトが考えそうなことに名前をつけただけです
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