戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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なんか毎回毎回会議パートが入っている気がしますが、情報の整理も兼ねてるのでゆるして


EPISODE06「ガングニール、再び」

 マリアが司令室に入室したとき、真っ先に駆け寄ってきたのは調と切歌だった。

 

 

 

「「マリアッ!」」

 

「うッ」

 

 

 

 駆け寄ってきたというより、突っ込んできたというのが正確だろう。

 腹部を襲った予期せぬ衝撃。マリアは僅かによろめきつつ、そんな様子をおくびにも出さず毅然とした態度に努めた。

 

 

 

「身体は大丈夫デスかッ!?」

 

「わたしはピンシャン。見た目ほどバックファイアもそう重くはなかったみたい」

 

「よかった……」

 

 

 

 歯を見せて微笑んで見せると、ようやく二人の表情にも安堵の色が覗いた。

 実際血涙まで流してみせるほどの状態だったマリア。だが、LiNKERなしでの強行であった割には負担がそこまで大きくはなかったらしい。

 

 やはりランチを奮発した甲斐があったということだ。

 数時間前、ワンコインランチではなく1500円のスペシャルメニューを選択した判断は大正解だったと、内心胸を張る。

 

 

 

「久しぶりの実戦だったけど、幸いだったわ」

 

「ギアのバックファイアで自分をいじめながらか……無茶をしてくれる」

 

「それでも、あれが最善手だった。でしょう?」

 

「わたしとて、同じ状況下なら鞘走らずにはいられなかっただろうな。だが」

 

 

 

 そんなマリアに待ったをかけたのは翼だ。

 腕を組み、硬い口調で呟く翼。その瞳は真っ直ぐこちらに向けられている。

 研ぎ澄まされた彼女の視線、だがそこにあるのは武士(もののふ)の熾烈なそれだけではなかった。

 

 

 

戦場(いくさば)で二度も友を喪いたくはない。口くらい煩くさせてくれ」

 

 

 

 かけられたのは、あまりに切実な一言だった。

 その実感の籠った言葉にはさしものマリアも頷かざるを得ない。

 天羽奏────かつて翼と共に人類を守護していた、ガングニールのシンフォギア装者。ガングニール、そしてLiNKER。多くの共通点があるからこそ、翼はマリアの姿にかつての相棒が重なったのだろう。

 

 

 

「ありがとう翼。でも安心して。そう簡単に倒れられるほど背負っているものは軽くないでしょう?

 わたしもアナタも、そして天羽奏も」

 

「……ああ、そうだな」

 

 

 

 だが、マリアはマリアだ。

 翼の友として、横に並び立つ好敵手として。歌を届けたい相手がまだまだいる以上、簡単に斃れてやる訳にはいかない。

 僅かに上がる互いの口角。想いは同じところにあるようだ。

 

 

 

「響くんは現在メディカルチェック中だ。念の為検査入院としているが、了子くんによれば明日には学業にも復帰できるとのことだ」

 

「そう……」

 

 

 

 頃合いを見計らったかのように、弦十郎が響の容体を通達する。

 派手に吹き飛ばされていた響だったが、彼女も見た目ほどの負傷ではなかったらしい。

 かつて自分の掌中にあったガングニールを振るう彼女。振り払ったはずの未練が、再度暗雲となって首をもたげてくる。

 

 目を逸らすな────響にかけたその言葉は、マリア自身にも向けられた刃でもあった。

 

 

 

「とりあえず、あいつのことはフィーネに任せるとして……」

 

「まずは情報の整理といこう。戦闘後に出現したブラッドスタークの言動についてだな」

 

「確からしい情報は、彼の今までの行動は全て“プロジェクトリビルド”なる計画遂行のためだった……ということくらいかしら」

 

 

 

 ガリィとの戦闘後、突如姿を見せたブラッドスターク。

 あの神出鬼没な怪人物の語った言葉は真実なのか、あるいは場をかき乱すだけの虚偽なのか。

 これまで幾度となく、そして今後もS.O.N.G.の前に立ちはだかるであろう存在である以上、彼の言葉を本部で吟味するのは必然だった。

 

 マリアの呟きに、隣の調と切歌が揃って首を傾げる。眉が下がり、今の推測には納得がいっていない様子だった。

 

 

 

「キャロルにコテンパンにされたことは?」

 

「ハザードレベルがどうとかも言ってたデスよ」

 

「奴が虚構を口にするメリットがある以上は、その二つの判断については慎重にならざるを得ない」

 

 

 

 翼がマリアの意図を汲み取り、代弁するように言葉を添える。

 が、未だ二人は呑みこめていないようだ。調はますます首を傾け、口元に指を当てながら今度はクリスに尋ねていた。

 

 

 

「メリット、って?」

 

「ホントはキャロルと互角の力を持ってるのかもしれねえし、ハザードレベルにも別の意味があるかもしれねえってことだ」

 

「そっか……」

 

「まあ、野郎がボコられたってのは嘘じゃない気はするけどな」

 

 

 

 クリスの説明に僅かに瞠目し、両手の指先を合わせる調。

 蛇蝎の如くスタークを嫌っている彼女のことだ、彼がこちらを欺こうとしているイメージが容易に浮かんだのだろう。

 すぐに目を細め、モニターに映ったスタークをじっと睨みつけていた。

 

 

 

「ともかく後者……わたしたちの強さを“ハザードレベル”という数値で測っていたという件だけど」

 

「十中八九、ブラフだろう」

 

 

 

 マリアの提議を翼が引き継ぐ。

 周囲に視線を走らせれば、クリスや弦十郎、さらには朔也とあおいもまた頷きを返していた。

 先の説明を受け「スタークの言葉は全て嘘」とでも言いたげな調と、周囲の空気に合わせて「そうデスとも」と何度も頷いている切歌。

 それにスタークに関する予備知識に乏しいエルフナインを除けば、司令室の総意はほぼ固まっているようだ。

 

 

 

「この情報については、意図的に情報を伏せられている気がした」

 

「俺も同意見だ。言葉自体の真偽はともあれ、あのスタークがそれだけの理由で独自の指標を作り出すとは考えづらい」

 

「でも、アタシたちが強くなればなるだけそのレベルも上がるんデスよね? だったら」

 

「気をつけたところで、どうしようもないんじゃ……」

 

「そうね……」

 

 

 

 頷いてこそいたが、深く理解していない様子だった切歌。彼女の理解がようやく追いつき、抱いた疑問を口にした。

 その懸念は至極必然のもの。強くなればレベルも上がる、それ自体は過去のスタークの言動から疑う余地はないだろう。

 それだけなら無視すればいいだけのこと。だが────数値の上昇そのものに、別の目的があったとすれば。

 現状のS.O.N.G.に、それを防ぐ術はない。

 

 僅かな間、重い沈黙が落ちる司令室。

 弦十郎が手を叩き周囲の視線を集めたのは、そのすぐ後のことだった。

 

 

 

「以前了子くんと話していた気がかりもある。後ほど彼女の見解も仰ぎつつ、一旦保留としよう。次の問題は……」

 

「響ちゃんの戦闘中に闖入した、あの視覚外からの狙撃ですね」

 

 

 

 あおいの言葉を皮切りに議題が切り替わる。

 響とガリィの戦闘に割って入ったあのロケット弾。響を襲ってこそいたが、ギアの破壊を防いだという結果だけ見ればこちらの味方をしていた。

 

 ガリィの様子を鑑みても、キャロルの手の者による狙撃ではないのは確かだ。

 最も疑わしいのはファウスト。その考えを前提としても、問題はそこではなかった。

 

 

 

 

「スタークの野郎じゃないのか? あの時ゃ戦域にいなかったし、あいつよくライフル担いでるだろ」

 

 

 

 クリスの推察は極めて妥当だ。

 もしそれが事実なら、スタークに一層の警戒を払えばいい。だが、マリアの胸に残っていた()()()()()。ざらつくその感触が、そうではないと告げていた。

 マリアがそれを口にしようとした直前、先に口を開いたのは調だった。

 

 

 

「あの攻撃……フロンティアで、同じような横槍を受けたことがある」

 

「報告にあった、調くんの攻撃を全て撃ち落としたという?」

 

「そう」

 

「調の百輪廻を手裏剣ではたき落としやがったデス」

 

 

 

 調の言う“横槍”、それはかつてマリアもモニター越しに目撃した光景だ。

 フロンティア事変での激闘に突如介入した、正体不明の攻撃。その正体が未だ発覚していない以上、あのロケットと関連性を疑うのはむしろ必然といえた。

 

 

 

「あの時は目の前にスタークがいた。だからあの手裏剣はアイツとは別人で、ロケットを撃ったのもそいつだと思う」

 

「ファウストがフルボトルなる異端技術を占有している以上、別の人物という可能性もあるが……素直に考えれば、それが最もあり得るか」

 

「ってこたぁ、そいつは相当な腕前のスナイパーってことになる。そんな手合いが控えてるなんて、七面倒が過ぎるだろ」

 

 

 

 吐き捨てるようなクリスの総括には、マリアも首を縦に振るしかない。

 スタークの周囲に潜む遠距離狙撃にも注意を払わねばならないことに、思わず額を押さえて嘆息する。

 だが悲しいかな、この狙撃手の存在には調の証言以外にも裏付けとなる根拠があった。

 口を開こうとする人物がいないことを確認してから、マリアは先ほど口にしかけたそれを切り出した。

 

 

 

 

「それに、去り際のあの言葉。ずっと不可解だったけど、ようやく合点がいったわ」

 

「マリアも過去に攻撃を受けたことがある、と奴が言っていたな。もしや……浜崎病院の件か?」

 

「恐らくね」

 

 

 

 フロンティア事変にて、F.I.S.の拠点であった廃病院、浜崎病院。

 当時、旧二課の突入により勃発した装者同士の戦闘。海上に浮かぶ二課仮設本部の甲板で、マリアと翼が刃を交えた際のことだ。

 拮抗した実力、互いに一歩も退かぬ攻防の最中、一瞬の隙をついたマリアが槍を振るった刹那。

 

 完全なる視覚外。

 遥か遠方より飛来した弾丸が、マリアの槍に直撃。強烈な衝撃と共に得物が弾き飛ばされたのだ。

 

 

 

「あの時はやぶれかぶれになったクリスの狙撃か、二課お抱えのスナイパーによるものだと思っていた」

 

「なってねえよッ」

 

 

 

 クリスの抗議を聞き流しつつ、マリアは思考する。

 あの時槍を弾いた攻撃も、件の狙撃手による介入だとするなら。その人物は、ずっと前から────。

 

 

 

「我々の与り知らぬところで深く根を張っていたということになる、か」

 

「底の見えない錬金術師に未だ詳細不明のファウスト、おまけに謎の狙撃手ですか。前途多難、なんてレベルじゃありませんね……」

 

 

 

 朔也の漏らした溜息交じりの言葉を最後に、再びの沈黙が室内を包む。

 だがそれを破ったのはやはりS.O.N.G.司令官、風鳴弦十郎だった。彼は組んでいた腕を解くと、傍らに立っていた()()の元へと歩みを進めた。

 

 

 

「だが、超常脅威への対処こそ我々の使命。この現状を打開するため、了子くんとエルフナインくんより計画の立案があった」

 

 

 

 一同の視線が白いワンピースを纏った少女、エルフナインに集中する。

 彼女は小さく頷き一つ、メインモニターの前に歩み出た。

 コンソールに触れた途端室内の照明が暗転し、同時にモニターに新たなデータが表示された。

 

 そこにあったのは、ただ一行の文字列。

 彼女と、そしてフィーネが立案したという計画。文字列だけだというのにその響きはどこか禍々しく、場の温度が下がったと錯覚させるほどの何かがあった。

 その計画の名は────。

 

 

 

 

 

「【Project:IGNITE】だ」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 昨日の突き抜けるような炎天とは打って変わって、今日は生憎の空模様だ。

 小雨にしては大粒だが、本降りというには心許ない雨粒が分厚い雲から降りしきる。

 時刻は午後四時。リディアンからの帰路についていた響と未来は、普段とは違うルートで寮を目指していた。

 

 

 

「昨日の今日だし仕方ないけど、こんな日に遠回りして帰るのって面倒だよね」

 

「うん……」

 

 

 

 高架上より眼下の街並みを見下ろす響。日中だというのに点灯した照明が水溜りに反射する、彩度を失った灰色の景色。

 まるで響の心境を如実に表していているかのようだった。

 

 出口の見えない無限螺旋を、ただ延々と落ち続けているような感覚。惣一の言葉で光が見えても、すぐに塗りつぶされる。

 いつしか、傘を差す左手に力がこもっていた。ふとそちらを見れば、相合傘の狭い空間の中、すぐ近くに響を見つめる未来の顔があった。

 

 

 

「昨日のことを考えてるんだよね」

 

「……歌を歌って、この手で誰かを傷つけることが、とても怖いんだ」

 

 

 

 ぽつ、ぽつ。

 詰まった蛇口から滴る水滴のように、響の口から胸中が零れ落ちていく。

 

 

 

「この前惣一おじさんに言われたんだ。“大事なのは今”だって。だから昨日は拳を握れた。

 でも……やっぱり、割り切れない」

 

 

 

 取り留めもなく、思いつくまま断片的に溢れる言葉を、遮ることなく受け止める未来。

 ただ隣で、静かに響の独白に耳を傾けていた。その様子に背中を押されるように、響は続ける。

 

 

 

「歌わなきゃ……戦わなきゃいけなくなったそのときに、わたしは最後まで歌えなかった。歌で誰かを傷つけるって思うと……わたしは」

 

 

 

 それを最後に、響は口を閉ざした。

 足元の水が映すのは、波紋に揺れる伏せられた少女の瞳。紛れもなく、立花響の双眸だ。

 

 雨音だけがこの場を支配する中、響の脳裏を過ったのは昨日メディカルチェックを終えてすぐの出来事だった。

 ベッドの縁に腰を下ろした響の前に現れたフィーネ。彼女は検査結果を淡々と告げて、そのまま踵を返して退室する────その直前。

 

 

 

────私がアナタに言える言の葉は、今も昔も変わらないわ。

 

────胸の歌を、信じなさい。

 

 

 

 それだけ言い残して、彼女は今度こそメディカルルームを後にした。

 突き放すような、同時に温度を感じるようなその声色が、雨音に混じって鼓膜で反響している。

 

 しばしの間、二人の間に無言が続いた。

 響の重い足取りに合わせてくれているせいか、現在地点は橋の中央付近。自分でも驚くほど進捗のないその停滞が、今の響と重なり小さく息を吐く。

 未来が口を開いたのは、ちょうどそんな時のこと。

 

 

 

「……響は、初めてシンフォギアを身に纏った時のことって覚えてる?」

 

「どうだったかな? 無我夢中だったし……」

 

「その時の響は、誰かを傷つけたいと思って歌を歌ったのかな」

 

 

 

 未来の問いに言葉が詰まる。

 初めてこの力を手にしたとき────あの時は、何を思っていたのか。

 

 

 

「わたしは知ってるよ。響の歌も、伸ばした手も。誰かを傷つけるものじゃないってこと」

 

 

 

 なんでもないようにそれを告げる未来。

 彼女はこちらを見ることなく、穏やかな眼差しで雨に霞む遠くの景色を眺めている。どうして響の歌は()()ではないと信じ切れるのだろう。

 彼女は穏やかな微笑みを湛えながら、その根拠を口にした。

 

 

 

「わたしだから知ってるんだよ。だってわたしは……響と戦って、救われたから」

 

 

 

 それは、あの海上で親友と激突した日のこと。

 救われたと彼女は言うが、それは響も同じだ。神獣鏡の光がガングニールの侵食を止めていなければ、今ここに響はいないのだから。

 だが、“救われた”とはそのことだけではないようだった。

 

 

 

「飛んできた車から守ってくれた。ノイズに襲われそうになったわたしを助けてくれたりもしたよね」

 

 

 

 二人で泥だらけになって、と笑いながら未来は付け足す。

 その笑顔を見つめている内、二人の視線が重なった。響の奥を覗き込む、翡翠のような彼女の瞳。

 なぜだか響はそこから目が離せなかった。

 

 

 

「きっとそういう人、他にもたくさんいるんじゃないかな。響が今日に繋いだ人たちが」

 

「未来……」

 

「だからね響」

 

 

 

────決めるのは響ちゃんだ。

 

 

 

 雨音さえ遠のいていくような感覚の中、未来の言葉が確かな熱を持って響く。

 

 

 

「歌うのを、怖がらないで」

 

 

 

────歌わなきゃならなくなったその時、その力をどう使いたい?

 

 

 

「……未来」

 

「なあに?」

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

 

 笑顔。

 それは立花響がキャロルと邂逅して以来、彼女から失われていたもの。

 一週間にも満たない日々だったが、その間暗闇の道は終わる様を見せなかった────今までは。

 

 凛と咲くような笑顔で感謝を告げる響に、未来もまた微笑みで返す。

 いつしか雨は止んでいた。一条の光が雲の切れ間より二人を差し、濡れたアスファルトを煌めかせる。

 響は目を細めて傘を畳むと、軽く振って水滴を振り落とした。どこからか蝉時雨が聞こえ始め、戻ってきた夏の音がなんでもない日常を描き出していく。

 

 

 

「でも、未来ってば惣一おじさんと同じようなこと言うんだもん。ちょっとびっくりしちゃったよ」

 

「そうなの? ならちょっと嫉妬。惣一さんより先に、わたしに相談してほしかったな」

 

「ええッ!? それはその~、なんといいますか、えっと、親友にはなかなか打ち明けられないことも世の中にはままあるわけでして……」

 

 

 

 つんと顔を背けてみせる未来に、慌てて響が弁明する。そんな光景がどうにも懐かしくて、愛おしい。

 二人は笑い合い、光の差す橋上を進むべく足を動かして────。

 

 

 

 

 

「見つけたゾ~ッ!」

 

 

 

 

 

 底抜けに明るい叫びが、雨上がりの空気を無残に引き裂いた。

 反射的に振り向いた響、その視界の先。高架の端、手すりの上に立っていた人影を認め────瞬間、総毛立つ。

 

 

 

「キミは歌いたくないみたいだけど、アタシはキミに歌って欲しいゾ。そっちの友達はどうでもいいから逃げてもいいゾ!」

 

 

 

 無邪気な声色に、屈託のない朗らかな笑顔。

 赤い大きなツインテールを揺らすその姿からは、およそ敵意というものを感じられない。

 

 ただ一つ。

 彼女の両手が、異形────猛獣の如き五対の鉤爪と化していることを除けば。

 その腕を見てしまえば、自動人形の笑顔は狂気に彩られたそれに一変する。あの出で立ち、そしてその暴力的なまでの存在感。

 間違いなく、エルフナインの言っていたオートスコアラー最後の一機、【ミカ・ジャウカーン】だ。

 

 

 

「未来は離れててッ!」

 

 

 

 未来を守るように前に出て、ペンダントを握る響。

 悩み、沈んでいた火種が滾り息を吹き返す。この感覚、久方ぶりだ。

 毅然とミカを見据える響の目には、一欠片の迷いも残っていなかった。

 

 

 

「およ? 存外やる気か? 嬉しいゾッ!」

 

 

 

 驚いたように目を丸くしたのも束の間。

 ミカはその腕を目いっぱい広げて、満面の笑みで跳躍した。

 

 橋上に着地。脚を曲げて両手を構えるその姿は、映画に出てくる怪獣を幻視させた。

 広がる鉤爪が証明するその殺傷能力の高さ。その爪を、未来に向けさせる訳にはいかない。

 響は僅かに振り返り、未来に向かってその言葉を宣言した。

 

 

 

「行ってくる。だから聞いてて────わたしの歌をッ!」

 

「聞いてる。しっかり」

 

 

 

 息を吸い込み、一息に。

 その一節を口にした。

 

 

 

 

 

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

 

 

 

 

 

 戦場と化した街に爆ぜる音楽。

 胸の歌を体現したそれを打ち鳴らしながら、立花響は疾走する。

 

 迂路は取らない。いつだって一点突破、決意を握ったこの右手を硬く握る響。

 踏み込みは深く、アスファルトを爆砕しながらほんの数歩でミカの元に到達。妨害はない、誘われている?

 ならばその上から叩き込むまで。

 響は引いた右腕を、真正面から突き放った。

 

 

 

「私ッ! ト云ウ音響く中でぇぇぇえッ!!」

 

「力比べなら大歓迎だゾ!」

 

 

 

 拳がミカの正中に吸い込まれる、寸前。

 感じる硬い感触。

 ミカの腕、ではない。そこから飛び出た、赤熱する角柱が響の腕を受け止めていた。

 ぎゃりぎゃりと、けたたましい音と火花をかき鳴らしながら拳とロッドが拮抗する。激突の余波が地面を抉り、二人をその場に留まらせる────否。

 

 

 

「迷いはない、さァッ!」

 

「こいつ! へし折りがいがあるゾッ!」

 

 

 

 激突の最中、響の拳が一段出力を増す。

 展開された前腕のハンマーパーツ、そこから噴き出たバーニアが拮抗を力任せに崩し始めた。

 無邪気に笑うミカ。押されているというのにその表情に焦りは見えない。

 

 爆風に激しくなびくミカの赤髪、揺れるツインテールが、突如。

 異常なほどに膨れ上がった。

 突然の異変に瞠目する響。衝撃に気づいた刹那、彼女の五体は宙を舞っていた。

 

 

 

「勇めッ……!」

 

 

 

 眼下の彼女の後ろ髪。膨張したツインテール、その先端から立ち上る火花と白煙。

 あの髪そのものがアウトリガー、そしてブースターの役割を果たしロッドを振り抜いたのだ。

 異形の鉤爪だけでなく、頭髪まで武装になり得る。これがオートスコアラーのポテンシャルと戦慄しつつ、響は身を翻した。

 

 いつだって一直線。

 脚部ジャッキを引き延ばすと、響は()()()()()

 インパクトハイク。疑似的な空中機動を可能とする特殊運用。

 弾丸の如く飛び込んだ響、一秒と経たずにミカの元に舞い戻った。

 

 

 

「胸の歌がある限りッ!」

 

 

 

 着地も待たず、勢いのまま放った右ストレートがミカの頬を捉えた。

 のけぞり、吹き飛ぶミカ。激しく回転しながら後方のビルに激突、轟音と粉塵を撒き散らして壁面に突き刺さり────直後、響の視界いっぱいに、異形の手が広がった。

 

 

 

「お返しだゾッ!」

 

「ならッ!」

 

 

 

 咄嗟の左フック。迫りくる腕を横から殴り飛ばし、強引に強襲の軌道を変える響。

 ゼロ距離。飛び込んできたミカは未だその笑顔が張り付いたままだ。

 だが、この距離なら。

 

 交錯する拳の時雨。

 一歩も退かず、インファイトを繰り広げる響とミカ。殺到する爪とロッドを時に避け、弾き、打ち返し、押し返し────そして。

 正義を信じて握った拳が、再びミカに突き刺さった。

 

 

 

「高鳴れぇぇッ!!」

 

 

 

 再度吹き飛ぶミカ、だが今度は逃がさない。

 脚部ジャッキを伸縮、地面を叩いた反動でミカの元へ瞬時に到達。展開したハンマーパーツのバーニアを点火し、響は引き絞った右腕を、上半身ごと叩き下ろした。

 渾身の撃槍が人形の正中に到達し、そして────。

 

 

 

「振り切れ……ッ!?」

 

 

 

 ぱしゃ。

 インパクトと同時、ミカの姿に波紋が伝わる。

 直後、爆ぜるように形を失った。飛び散り、響の頬で弾けるのは────水。

 

 既視感。

 

 

 

「二度も引っかかるなんて……頭の程度が窺えちゃうわね」

 

 

 

 冷たく囁かれた声。嘲笑の混ざったそれはミカのものではない。

 どこだ? 唯一動く眼球を動かし、声の主を探す。

 そしてその視線が下に向けられたとき。

 

 響の背に、最大級の悪寒が走った。

 

 

 

「あの傍迷惑な狙撃も、二箇所同時なら精度も落ちるってもんでしょう? 来るなら来てみなよ」

 

「バイなら~ッ!!」

 

 

 

 こちらを見上げるミカ。その喜色に満ちた瞳が響を捉えた瞬間、反射的に両腕を交差させる。

 

 

 

「二度は……!」

 

 

 

 だが、直後。

 立ち上った()()が、視界を白く塗り潰した。

 全身を貫く衝撃に、爆音。爆発────そう気づいたときにはすでに、響の身は炎に呑まれていた。

 

 

 

「……ありゃ?」

 

 

 

 どっ、と鈍い音を立てながら、受け身も取れず地に墜ちる。

 衝撃の刹那、直撃したのはミカの振るっていた赤いロッド。あれが炸裂したというのか。

 たった一撃でこの威力。響は全身を襲う痛みに顔をしかめながら、投げ出された四肢に力を込めた。

 

 

 

「しくってんじゃねェよ」

 

「許してほしいゾ……」

 

 

 

 やはり、声の主はガリィだ。

 二人が何やら話している間に、四肢に鞭打ち立ち上がる響。震える膝を黙らせて、なんとか拳を構えたその時、その視界に広がっていたのは。

 

 

 

「だからダメ押し、おかわりだゾッ!」

 

 

 

 ミカが掲げた右手の周囲。次々に出現し滞留する、無数のロッド。

 その腕が無造作に下ろされて────。

 

 

 

 

 

「それーッ!」

 

 

 

 

 

 日差しは隠され、そして再び雨が降る。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「響ッ!!」

 

 

 

 爆音と共に、がらがらと崩落を始める橋。

 中央から亀裂が走り、コンクリートの塊が道路へと落ちていく。だがそんな光景、未来には関係ない。

 視界の先に倒れ伏すのは自らの親友。

 

 ならば、未来が駆けない理由はなかった。

 

 

 

「逃げてなかったのか? じゃあこのまま、キミごとヘシ折っちゃうゾ~ッ!」

 

 

 

 響に駆け寄りその身体を揺らす。

 未だシンフォギアは解除されていない。だが投げ出された彼女の手足に、力が籠る気配もまたない。

 揺らす。目を覚まさない。

 響の名を呼ぶ。目を覚まさない。

 

 迫りくる紅蓮の雨にも構わず、未来は響を抱き寄せて────。

 全てを消し飛ばす炎と爆音が、未来の耳を聾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『流石、装者と互角以上にやり合える人形だ。やる気の響を返り討ちとはな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発の残響が、刺すような耳鳴りとなって未来の意識を揺さぶる。

 視力と聴力がようやく機能を取り戻したそのとき、未来は自身が不自然に浮遊していることに気づいた。

 数瞬遅れて気づく。何者かに()()()()()()()

 

 未来は首を回して、ようやく自身を抱え上げる()()の姿を視認した。

 

 

 

「えっ…えッ!?」

 

『暴れるなよ』

 

 

 

 赤いフルフェイスのマスクに、鈍く光る青銅色のバイザー。

 首元にマフラーのように巻き付いたパイプがその口元を隠している。頭部だけではない、全身が血のような赤に染まったその姿は、かつて旧二課本部で、そしたつい先日目撃したあの怪人の特徴と寸分違わず一致していた。

 

 ブラッドスターク。

 どこからともなく戦場に現れたその赤い男が、両脇に響と未来を抱えている。

 思わず身をよじらせると、スタークは面倒そうに低く呟く。その声色は、心底から未来のことを“どうでもいい”と雄弁に語っていた。

 

 

 

『装者でもないお前をわざわざ助けてやったんだ……おっと!』

 

 

 

 言い終わらぬうちに首を傾け、飛来したロッドを最小限の動きで避けるスターク。空気を切り裂き未来の頭上を通ったそれは、響と戦っていたあの赤い人形によるものだ。

 狂気的な笑顔でこちらに迫る人形。いつしか肉薄していた彼女の腕が伸ばされ、その鉤爪がスタークを貫く、その刹那。

 

 

 

『悠長に喋ってる暇はないなッ!』

 

 

 

 噴き出す黒煙。

 未来の視界もまたそれに覆いつくされ、先ほどとは違う浮遊感が身体を包む。

 

 煙が晴れたとき────。

 そこにはもう人形の姿も、崩落した橋も。

 なにもかも、視界に映ることはなかった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「消失したッ!?」

 

「移動しただけだッ! あのバカのギアはまだ解除されてねえッ」

 

「ガングニールのアウフヴァッヘン波形を捜索なさい」

 

「もうやってますよッ!」

 

 

 

 響とミカの戦闘を管制していた指令室、今やその場は沸騰したような喧噪に包まれていた。

 響を撃破せしめるほどのミカの戦闘能力、それだけではない。現れたブラッドスタークにより、響と未来の反応が現場から()()()()のだ。

 フィーネの指示で朔也たちオペレーターが捜索を始める。

 

 そんな中、畳みかけるようにさらなる火種が投入された。

 

 

 

「……ッ!? 司令!」

 

「どうしたッ」

 

「秘匿回線より受信! 詳細不明のドキュメントが送付されていますッ!」

 

 

 

 あおいの報告に眉を顰める弦十郎。

 響と未来の行方が不明なこの瞬間に、わざわざ秘匿回線に割り込んで送られてきたデータ。

 このタイミング、道楽目的であるとは考えにくい。

 

 

 

「データだとッ!? 危険性は」

 

「ウイルスチェックに問題はありませんッ!」

 

「なら後回しだッ」

 

 

 

 弦十郎の決断は早かった。

 事態は一刻を争う。彼はドキュメントの精査を後回しにすることを即断し、響たちの捜索に総力を上げるよう指示を飛ばした。

 

 本来なら、この状況下でそのドキュメントに割ける人員は存在しない。

 だが今、この緊迫した指令室内にあって、たった一人自由に動ける知性が存在していた。

 

 

 

「か、風鳴指令ッ。ボクが確認します!」

 

「君が……? ……頼むッ」

 

 

 

 エルフナイン。

 正式なS.O.N.G.の職員ではないからこそ、彼女はこのタイミングで動けるのだ。

 ややもすれば国家の機密に触れる可能性がある。怪訝な表情を浮かべた弦十郎だが、彼女の瞳に宿る意思を信じると、短く応じた。

 

 ならばエルフナインはその信頼に応えなければならない。

 コンソールの操作方法は心得ている。素早く端末を操作し、件のデータを発見。圧縮されていたそれを解凍するべく、仮想キーボードを叩いた。

 

 

 

「ドキュメントデータ……展開します」

 

 

 

 ────端末に展開されたのは、膨大な数式と図形の羅列だった。

 複雑怪奇なその数式の意味を理解できる者は限られているだろう。図形も同じく、一見するとただの幾何学模様にしか見えない。

 だがエルフナインの頭脳が、このデータの正体が何らかの“設計図”であると告げていた。

 

 文頭に記された、ひときわ大きな文字列。

 配置からして恐らく表題。設計図の正体を現しているはずだ。英文で書かれたそれを、エルフナインは慎重に読み解いた。

 

 

 

 

 

「ダイレクトフィードバック、システム……?」




次回「降臨、世界救済のアーク」


今回でミカの出番はほぼ終わりです
次回は設定をあまりにも捏造しているので、ギリギリまで迷っていた要素が登場します。ご注意ください

今月奇跡のようなペースで更新できていましたが、多分次回は時間がかかると思います
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