戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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【2023/11】地の文の書き直し、台詞の調整等行いました

台詞練習用の日常パートです。話は動きません


フェーズ1 覚醒のビート
EPISODE01「戯優のマスター」(23/11改稿)


 あれから二年。

 【ライブ会場の惨劇】と呼称されるあの事件から月日が経ち、人々が新たな生活に一歩踏み出したこの頃。

 季節は春、今日は【私立リディアン音楽院】高等科の入学式の日だった。

 音楽教育を中心に据えるという独自のスタイルを取るリディアン。遠方よりの入学者のために学生寮も備わっており、名実ともに音楽を学びたい生徒のための学校だ。

 

 学生寮からそう離れていない街はずれ。

 メインの道路から一本入っただけで、不自然なほど人足が少なくなる。”寂れた”という言葉が似合うその路地に、件の喫茶店は存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

EPISODE01 戯優のマスター

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目印は赤いオーニング。外に設けられた、埃の積もったテラス席。オレンジを基調とした欧風の内装はマスターの美意識を感じさせる。出窓に置いてある謎の植物はマスターが個人的に栽培しているコーヒーだそうだ。

 喫茶店【nascita(ナシタ)】。入れば待ち時間なしで食事を楽しむことができると一部界隈で有名だ。

 

 そんなnascitaに入り浸っている女子高生たち。

 明るいショートボブに、稲妻のようなヘアピンが目立つ少女、立花響。

 大きな白いリボンで黒髪をハーフアップに纏めた少女。響の親友である【小日向未来(こひなたみく)】の二人だ。

 

 

 

「疲れたぁ〜! 入学初日からクライマックス百連発気分。わたし呪われてるかも」

 

「なんだよ響ちゃん、早速何かやらかしたのか? ブレねェなァ、相変わらず」

 

 

 

 時刻は午後5時を回っている。夕陽が店外の道路を橙に染め始めているこの時間のnascitaが響は好きだ。

 一年ほど前のこと。響はとある縁でこの店の常連と化した。途中から未来も入り、一年以上も入り浸っていれば、

 

 "あれこれと騒ぐ響。それを見て呆れる未来。ただただ愉快げに笑うマスター"

 

 という構図もいつもの光景となってくる。それを「いつもの光景」だと認識する第三者()は存在しないのが悲しい所だ。

 

 机に突っ伏す響を見て、揶揄うように笑うnascitaのマスター【石動惣一(いするぎそういち)】。

 どうやら何かを察したらしい。

 

 

 

「聞いてよ惣一おじさん! わたし……」

 

「気にしないでください惣一さん。いつものドジとお節介です」

 

「人助けと言ってよー! 人助けはわたしの趣味なんだから!」

 

「だからって……同じクラスの子に教科書貸さないでしょ?」

 

「なんだそりゃ、ケッサクだなァ! まあ、響ちゃんらしいっちゃ響ちゃんらしいけど」

 

 

 

 確かに、今日だけでそれ以外に「木から降りられなくなった猫を助けていたら遅刻した事件」も起こした自覚はある。

 だが、これはどうしようもないというやつだ。

 

 

 

 

「もー、笑わないでよ! わたしは未来から貸してもらうからいいんだよーだ!」

 

「もう……」

 

 

 

 あれこれと話していると、ふと扉の外から音がした。久しぶりの客かとも思ったが、郵便受けに旗が立っている。どうやら夕刊の配達のようだ。

 夕刊は空いているテーブル────ほとんど空いているが、惣一はその事実を認めようとしない────に広げられる。

 

 惣一の手により仕分けられていく広告を何ともなく見ていた響だったが、ふと一枚の広告が目に入る。途端、思わず声が出てしまった。

 

 

 

「あーッ! もう発売日だったよね!? やっぱかっこいいなぁ~ッ、翼さん!」

 

 

 

 響がむしり取ったのはトップアーティスト、風鳴翼のCD告知の広告だった。

 二年前のライブ以降、響は彼女の熱烈なファンとなった。リディアンに入学した理由の一つに、“風鳴翼に会えるから”というのがあるほどだ。

 

 

 

「風鳴翼ね。最近テレビ見ねェからなァ」

 

「惣一おじさんも絶対聴いた方がいいよッ! 日本のアーティストと言えば風鳴翼、常識だー! ってテレビの人も言ってた……ような?」

 

「そこは断定しなさいよ。あー、元々二人でやってたんだっけ?」

 

「はい。二年前までは、ツヴァイウィングってユニットで……」

 

「ああ、そういう……。にしても、よくやってんなァこの子。

 相棒がいなくなるなんて大事、俺ならショックでとっくに引退してるよ」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「相棒がいなくなるなんて大事、俺ならショックでとっくに引退してるよ」

 

 

 

 ────そのノイズに殺された天羽奏が目の前にいるとは、夢にも思っていないだろう。

 

 天羽奏に憑依して以降、惣一(エボルト)はすぐにアルバイトを始めた。前の世界でもアルバイト(三都での暗躍)に汗水垂らしていたのだ、それ自体は苦でもなかった。

 しかし直後に直面した問題。それは、給料のみで喫茶店を開店するのは土台無理だということ。

 ()()()()()もあり、無事に開店できたのはいい思い出だ。

 

 

 

「惣一さん、どうかしたんですか? 笑ってますけど」

 

「ん? ああいや、響ちゃんすげえ楽しそうだなって思っただけ」

 

「ホントですよね。響ったら分かりやすい子なんだから」

 

 

 

 僅かな表情の変化を目敏く感じ取った未来が尋ねてきた。

 この娘は妙に敏いところがある。立ち回りに注意が必要な人間の一人だが、響に話題を逸らせば勝手に進んでくれるだけマシな方だろう。

 

 

 

「だけど影さえお目にかかれなかったなあ……。そりゃあトップアーティストなんだから、簡単に会えるとは思ってないけどさ」

 

「まだ入学初日だろ? そのうちチャンスあるって」

 

「そうだよねッ!」

 

「そうそう。……そういや、二人とも腹減ってないか?」

 

 

 

 ある程度場が温まったところで本題に入る。

 思い通り、すぐに響は食いついた。“花の女子高生”について美空は力説していたが、色気より食い気とはよく言ったものだ。

 

 

 

「もうペコペコ! 具体的に言うと、満漢全席もお皿ごといけちゃうくらい」

 

「だったらうちで飯食ってけ。試作品、味見してほしいんだよ。無駄に量作っちまったし」

 

 

 

 ぱっと笑顔が咲く。しかしすぐに目を逸らし、指をいじりながら「持ち合わせがない」と言い出した。

 言われずとも、響が小遣いを多く持っているわけがないという事は分かっている。当然それも織り込み済みだ。

 

 

 

「試作品の味見なんだし、金なんていらねェよ」

 

「ホントッ!?」

 

「でも、いいんですか?」

 

「いいっていいって。このままだと腐らすだけだしな。どうしても気になんなら、入学祝いのサービスって感じでどうだ?」

 

「いやぁー、それなら仕方ないなぁ! 不肖立花響、精一杯協力させていただきますッ!」

 

「はしゃがないの。……それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね」

 

 

 

 響は椅子に座り直し、身体を揺らしながら今か今かと料理を待っている。未来も遠慮がちに厨房を覗いている。調理が気になるのだろう。

 

 話をしながら調理は始めていたのだ。後はパスタの湯を切り、ソースをかけて完成だ。

 皿に盛りつけ二人の前に滑らせる。停止位置のズレはご愛敬ということで許してほしい。

 

 

 

「いただきまーす! ……おいしいッ!」

 

「……ホントだ、このソースって自家製ですか?」

 

「ビンゴォ! 結構自信作なんだよ、こいつ」

 

 

 

 好感触だ。響は嘘が下手ということを知っている惣一は、それが心からの感想と受け取る。

 未来も一番のポイントに気付いてくれたようだ。

 

 

 

「これなら毎日食べられるよ!」

 

「惣一さん、このレシピを教えてもらうことってできますか?」

 

 

 

 未来が響の「毎日食べられる」という台詞に即座に反応し、響が言い終わるより前にレシピを聞いてきた。

 勢いに数歩後ずさりしてしまうが、自分としてもこのソースの出来は元の世界で作ったものと比べても最上級だと自覚している。

 これまで多くの星を滅ぼしてきたが、まだまだ進化は止まらないといったところか。

 

 

 

「うーん……まあ未来ちゃんにならいいか。後でメモ渡すよ」

 

「ありがとうございますッ!」

 

 

 

 何度も頭を下げてくる。

 と、いきなり視界の端に空になった皿が現れた。

 

 

 

「おかわり!」

 

「もう食ったのかよ!? 響ちゃんの奴大盛りだぜ?」

 

 

 

 響にも面食らう。この短時間で二度も自分を戦かせるとは、やはり面白い人間だ。

 少しサービスを追加してやるか……そう思い、惣一は“本命”を切り出した。

 

 

 

「まあいいや。嬉しい事言ってくれた礼だ、マスター特製コーヒーもご馳走しちゃおうじゃないの」

 

「えッ!? いやあ、それはちょっと遠慮したいかなぁ~なんて……あはは」

 

「遠慮しなくていいって。未来ちゃんは?」

 

「わ、わたし!? わたしはその、えっと、もうお腹いっぱいなので……」

 

 

 

 誰も特製コーヒーのサービスを受けようとしない。

 元の世界よりコーヒーを淹れる腕も上がっているはずだ。試しに一度淹れてみると、瞬く間に黒々としたブラックホールのような逸品が出来上がった。

 百点満点の出来に、思わず目頭が熱くなってきた。

 

 

 

「ほら見ろよこの色! いい色してんだろ? 絶対美味いって……うわまじぃ!」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 翌日、雲一つない晴天。

 響と未来は二人で寮を後にする。登校は昨日からとはいえ、春休みを挟んだこともあり少し眠い。

 マンションのような学生寮から徒歩十分ほど。緑豊かな公園となだらかな丘を抜けると、いよいよリディアンに到着だ。

 

 万が一を考え早めに登校したつもりだったが、教室に入ると既に先客が何組か。考えることは皆同じらしい。

 

 

 

「ね、立花さんに小日向さん……だよね?」

 

「えっ……。うん、そうだよ」

 

「確か同じクラスの……」

 

 

 

 空いていた席に鞄をかけたとき、ふと声がかかった。名前を知られている────一瞬背筋に冷たいものが走ったが、そういえば昨日自己紹介の場があったことを思い出し、気を取り直す。

 

 三人の生徒だ。声をかけてきたのは、長身で短髪の生徒。未来が口を開くと、その隣の生徒が前に出た。金髪のお嬢様然とした少女だ。

 

 

 

「初めまして、【寺島詩織(てらしましおり)】と申します。よろしくお願いしますね」

 

「私は【安藤創世(あんどうくりよ)】。この子がどうしても立花さんと話したいっていうから連れてきたんだ。……ほら弓美(ゆみ)!」

 

 

 

 長身の生徒────創世に背中を押され、前に出たのは小柄なツインテールの少女。弓美と呼ばれたその少女は小声で創世に抗議しているようだが、当の本人は何処吹く風だ。

 

 

 

「……確か、板場さん?」

 

「う、うん。【板場(いたば)弓美】。その……立花さん」

 

 

 

 自己紹介の際の記憶を呼び起こし、少女────弓美のことを思い出した。

 確かアニメが好きだと言っていたような。活発そうな印象を受けたのを覚えている。

 

 用があるのは彼女とのこと。昨日とは打って変わり緊張した面持ちだ。

 人見知りすらタイプには見えなかったが、そういうこともあるだろうと響は早速行動に出ることにした。

 

 

 

「響でいいよ。二人も! よろしくね!」

 

「……うん! よろしく響!」

 

 

 

 無事、弓美は記憶通りの明るさを取り戻した。

 笑顔になったと思えば、急に顔を引き締め「早速なんだけど」と前置く弓美。本題に入るようだ。

 

 

 

「あたし、アニメとか好きなんだ。それでさ……

 昨日の響、すっごい学園系アニメの主役みたいな感じで超! 感激したんだッ!」

 

「へっ?」

 

 

 

 思わぬ熱視線に呆気に取られる響。

 未来も面食らっているようだ。詩織はニコニコと笑っているが、創世は「始まったよ」と苦笑い。

 どうやら平常運転らしい。

 

 

 

「あたしと友達になってもらえないかな!?」

 

 

 

 そう言いたかったのか、と納得する。

 こちらとしても断る理由はない。少し変わった子だが、それは響が言えることでもないだろう。

 

 

 

「もちろん大歓迎だよー! 創世ちゃんも詩織ちゃんも! ね、未来?」

 

「うん。ふつつか者の響だけど、どうかよろしくね三人とも」

 

「やった! やったよ創世、詩織!」

 

「よかったですね!」

 

「うーん……」

 

「? どうかしましたか安藤さん?」

 

 

 

 弓美はきゃあきゃあと飛び跳ね、全身で喜んでいる。詩織もにっこりと笑みを湛えているが、何やら創世は思案顔だ。

 なにやら唸っている。

 

 

 

「立花、響……ヒビキ…………うん、ビッキーだ!」

 

「ビ、ビッキー?」

 

 

 

 唸っていると思えば、突然ガッツポーズを取り「ビッキー」と謎の言葉を張り上げる創世。

 弓美はやれやれと首を振っている。

 

 

 

「響だからビッキー」

 

「まーた始まったよ。それ流行らないからね?」

 

「でも、私はナイスだと思います。安藤さんのそれ」

 

 

 

 やり取りを聞く限り、今に始まったことではないらしい。

 なんでもその癖には理由があるそうだが、スピーカーから聞こえてきたのは予鈴のチャイム。携帯の液晶はすでに8時25分を示している。

 

 気づけば教師も教壇で準備をしており、自然と解散の流れに。また授業後に集合する約束をつけ、三人はその場を去った。

 

 

 

「それじゃあまた後でね、ビッキー、ヒナ!」

 

「ヒナって……わたしのこと?」

 

 

 

 別れ際に謎を残して創世たちは去っていった。

 "小日向"からの連想だろうか。よく短時間で思いつくものだ。

 それにしても、ヒナ。ちょっとかわいいかもしれない……と響は感心した。

 

 

 

「変わった子たちだったね」

 

「響には言われたくないと思うの」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「翼です」

 

「どうした? 昼食時に」

 

 

 

 リディアンの地下1800mに存在する特異災害対策機動部二課本部。その中心、司令室に足を運ぶ少女が一人。

 

 風鳴翼。日本が誇るトップアーティストの一角とメディアは彼女を囃し立てている。

 その実は二課所属のシンフォギア装者であり、今ここに立ち入ったのも防人として看過できない要件を伝えられたためだ。

 

 

 

「本日の訓練は中止にすると、櫻井女史から言伝があったのですが」

 

「その件か。了子くんに持ちかけられてな。前回の出撃から半日と経っていないだろう?

 昨日の今日だ、今日は身体を休めた方がいい」

 

「20時より打ち合わせが入っています。それまでの間ですが、放課後はゆっくり休んでください」

 

 

 

 確かに、前回の出撃は今日の午前3時頃。時間が経っていないという意見も理解できる。

 ここ数日の睡眠時間は合計して8時間にも満たないだろう。アーティストとしての活動も含めると、休息を取ってほしいという彼らの提案も理解はできるが、

 

 

 

「無用です。人類守護の命を担う剣に、休息など」

 

「しかし……」

 

「失礼します。放課後にまた伺います」

 

 

 

 その気遣いは剣には不要なもの。弦十郎に一礼した後、翼は踵を返してその場を去った。

 誰もいない通路に靴音が反響する。

 休息時間があったとて、どの道鍛錬は行うのだ。それなら環境が整った場の方が効率がいい。

 

 全ては人類守護、そして()にこの刃を届かせるため。

 片翼の分まで、立ち止まる訳にはいかないのだから。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「全く……相変わらず聞く耳を持たんな、あいつは」

 

「まいど〜! アナタの櫻井了子、食堂から帰って参りました〜……あら、そんな雰囲気じゃないみたいね」

 

「了子くん」

 

 

 

 息を吐き、ソファにどっかりと座る弦十郎。間も無く入室した了子に仔細を伝えると、「そんなことだろうと思ったわ」と大して驚いていない様子だった。

 

 実際、今回と同じやり取りを過去に幾度か交わしているのだ。

 休息を提案する弦十郎らと、それを切り捨てる翼。こうも同じやり取りを反復すれば、流石に慣れてくるというもの。

 

 防人と歌女(うため)という二足の草鞋に、その合間に挟まる学業と鍛練。オーバーワークもいいところだ。

 パフォーマンスに翳りがあれば引き摺ってでも羽を休ませているのだが、その兆しすら見せないのは良いのか悪いのか。

 

 

 

「それに……あんなこと言われちゃ、ねえ」

 

 

 

 了子が呟くのは、奏の葬儀を終えた直後の出来事だ。

 二課本部へ戻った直後、確かな足取りでトレーニングルームへ向かおうとする翼。前日まで泣き腫らしていた少女とは思えぬ行動に、弦十郎は目を疑った。

 

 

 

────私はあの日の自分を赦せない。

 一人でも多くの人類を護る為、奴を……ブラッドスタークを屠る為。立ち止まってなどいられないのですッ!

 

 

 

「ブラッドスターク……結局、その後目撃情報はなしか」

 

「はい。二年前のライブ会場から、それきり」

 

「幻覚でも見てたと疑ってしまいますけど、しっかり記録は残ってるんですよね」

 

 

 

 惨劇の翌日。聴取にて、翼はあの事件へのブラッドスタークの関与を主張した。

 なんでも彼の声を幾度か耳にしたらしい。俯き、消え入りそうな声ながらも、その証言のみは一貫していた。

 

 しかし、現場に残っていたあらゆる記録に彼の姿は無かった。彼が関与していた証拠を探すどころか、その姿が靄と消えてしまったのだ。

 

 

 

「俺達にあいつの蟠りを解すことは出来ん。

 それに責任の所在を問うというのなら、完全聖遺物の厳重な保管が出来ていなかった我々にこそ……」

 

「はい、そこまで。堂々巡りになるだけよ」

 

「ブラッドスタークの足取りについては、引き続きこちらで」

 

「頼む。我々に出来るのは精々それくらいだ。もどかしいものだな……」

 

 

 

 そう言うなり、慎次の姿が掻き消える。自然とお開きの雰囲気に変わり、弦十郎はソファに座り直した。

 深く腰掛け、背中を預ける。

 

 息を吐く。

 妙な感覚だ。ずっと詰まっていた何もかもが、堰を切ったように溢れ出るような。

 それを一言で表すならば、予感。

 確かな胸騒ぎが、弦十郎の胸裡を過った。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 入学当初特有の人足の多さによるものか、リディアンの食堂は何かのセール中と見紛うほど盛況だった。かく言う響と未来もその一人だ。

 

 座席も確保でき、トレイに盛られた食材を前に手を合わせる。

 未来はタブレットを操作している。ニュースを確認しているようだ。やがて操作する手が止まる。横から覗き込むと、彼女の目に留まっていたのはノイズの出現情報だった。

 

 

 

「被害は最小限に抑えられた、だって。ここから離れていないね」

 

 

 

 今日未明に出現したノイズを機動部隊が押し留めたと記事は報じていた。

 

 人のみを狙い、その身を塵へと還してしまう特異災害ノイズ。この時代において、ノイズの情報を確認するというのは生命線といってもいい。

 今回も運が悪ければ此処にもノイズが襲来していたかもしれない。自分の命に関わることだ、未来と画面をしっかり確認していたその時。

 

 突然の黄色い悲鳴が響の耳を劈いた。

 

 

 

「風鳴翼よッ!」

 

「なんか近寄りがたい……」

 

「あれが芸能人オーラってやつ?」

 

 

 

 風鳴翼────それはつまり、風鳴翼がこの場に居るということだ。妙な日本語になってしまうまでに、その単語は響を浮足立たせた。

 昨日惣一にも知られた、響のリディアンへの入学理由の一つ。それが早速叶うかもしれない。

 

 そうとなれば、居ても立っても居られない。椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、翼の姿を一目見るべく通路に抜け出す。

 まずは挨拶。それから感謝を。()()()救ってくれたこと、響は未だ礼を言えていないのだから。

 

 

 

「ちょっと、響……」

 

 

 

 翼は何処にいるのか。首を動かす。未来が何やら言っているが、よく聞こえなかった。

 後に考えれば、それだけ前が見えていなかったということであり。

 

 突然、軽い衝撃。誰かにぶつかってしまったのか。すぐ横に立つ女子生徒、彼女に当たってしまったのだろう。

 顔を上げると、

 

 

 

「つ、翼さんッ!?」

 

「…………」

 

「あッ、あの……」

 

 

 

 芸能コースの制服。しなやかに伸びる五本の指。腰まで届く、蒼穹の如く青い髪。ここまでくれば確定だ。

 風鳴翼その人が其処に居た。氷肌玉骨を体現したかのような風貌が、衣擦れの音すら聞こえる距離に立っている。

 

 目と目が合う。何を言うべきだったか。2年間考え続けていた言葉の尽くが、瑠璃色の瞳に見つめられ消えていく。

 こんな機会滅多にない。言葉をどうにか伝えたいと、声を詰まらせながらも何とか口を開いた響だが────。

 

 

 

「…………」

 

「……?」

 

 

 

 先に動いたのは翼だった。

 指を口元へ持っていく。

 

 ファンサービス!?

 

 ────そんな訳がない。釣られるように、響も同じ動きをトレースする。

 

 口元へ指が届いたとき、違和感。

 何かが付く。視線を人差し指に落とす。

 指に付いていたのは。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

「もうダメだあ~! 翼さんに完璧おかしな子だと思われた……」

 

「間違ってないからいいんじゃない?」

 

「言わないで~ッ!」

 

 

 

 放課後。夕陽差し込む教室にて、響は自らの不運を呪っていた。

 指先に付いていたのは、白く艶めくご飯粒。

 つまり響は、憧れの人の前でとんだ醜態を晒してしまった訳だ。放課後まで引きずるのも仕方がないというもの。

 弓美には腹を抱えて大笑いされた。惣一とさぞ気が合うことだろうと、恨みを込めたうめき声を上げた。

 

 

 

「……それ、まだかかりそう?」

 

 

 

 机に突っ伏しながら尋ねる。登校中に提出課題を終わらせたいらしく、未来は響をあしらいながら作業を続けている。

 普段ならいくらでも待つことなど苦でもないが、今日に限ってはそうも言っていられない事情がある。

 

 

 

「……そっか。今日だったね、翼さんのCD発売日。でも今更CD?」

 

「分かってないなあ! 初回特典の充実度が違うんだよ、CDは~」

 

 

 

 ストリーミングやダウンロードに淘汰されて久しいものの、響は基本的にCD派だ。特に初回特典、これはCD派の特権と言えるだろう。

 ずっと楽しみにしていた風鳴翼のニューシングル。瞬く間に元気を取り戻した響は、未来に翼の魅力を熱弁する。

 

 しばらくは相槌を打ちながら聞いていた未来だが、ふと思い出したかのようにそれを呟いた。

 

 

 

「でも……だとしたら売り切れちゃうんじゃない?」

 

 

 

 どんがらがっしゃん!

 派手な音を立てながら、響は椅子から転がり落ちた。未来は目を丸くしている。どうやら自分の発言が────響にとって────とんでもない爆弾であったことに気がついていないようだ。

 

 携帯を確認する。5時前……少し、いやかなり絶望的。それでも諦めきれない。

 走れば間に合うか?

 

 

 

「あわわわわ……ごめん未来! わたし行ってくるねッ!」

 

「気をつけてねー!」

 

 

 

 

 未来の声を背後に、風のように教室を飛び出した。

 最短ルートで正門を通り、坂を駆け降りる。夕陽を反射するビルの窓に目を細めながら響は走る。

 

 次を右折。信号。直進。

 角を曲がれば、あと少し。

 

 

 

 

 ────やけに人が少なかった。それも当然だ、その場所は、昨夜ノイズが出現した地点のすぐ近くだった。

 既にノイズは消滅しているが、それでもその付近に立ち入らないという考えは理解できる。

 響も平時であればその場所を好んで通ろうとは思わない。

 

 ここから始まったのだ。噛み合った歯車がとうとう廻りだす。

 

 

 

 

 

 

 

『さあ━━━━俺の期待を裏切らないでくれよ、響ィ……!』

 

 

 

 覚醒の鼓動は、すぐそこに。

 




個人的には創世、詩織、弓美の三人は中学からの友達だと思ってます
創世→弓美の呼び方が分からないのでそのままにしてますが、XDUくんの方で判明はしてるんでしょうか
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