戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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イグナイト周りは原作と同じなのでラスト3割以外ダイジェスト、ダイジェスト、ダイジェストです
今回でようやく全体の折り返しになると思います


EPISODE08「万象黙示のカノンが薫る」

 圧倒的な戦闘能力を誇るミカの前に、調と切歌の防衛線は無残に瓦解していた。

 二人とて生半可な覚悟でなかった、というのに。あの殺戮人形の前には成すすべもなかった。

 破壊されたギア。一糸纏わぬ姿の今、身を護る術はない。

 

 切歌は目の前でアルカ・ノイズに呑みこまれんとする調をただ見ていることしかできない。身を挺して庇おうにも、鉛のように思い身体が指先一つ動かすことを拒絶する。

 間に合わない。

 誰でもいい、誰か。この場に手を差し伸べてくれる誰かを求めて。切歌は喉が張り裂けんばかりに、誰かの助けを求めていた。

 

 

 

「誰かぁぁぁッ!!」

 

 

 

 ────そして、戦場に二色の風が吹く。

 

 

 

「────誰か、だなんてつれねえこと言ってくれるなよ」

 

 

 

 頼りがいのあるその声が届くと同時。調に迫るアルカ・ノイズに、一斉に蜂の巣へと変えられた。

 噴き出した紅蓮の霧、その奥から“彼女”の姿が現れる。

 

 

 

「剣……?」

 

「ああ。振り抜けば風の鳴る剣だッ!」

 

 

 

 続くは、鋭く蒼き羽撃き。

 切歌を包囲していたアルカ・ノイズが、一刀の下に残らず切り刻まれる。

 

 背を合わせて立つ、その姿は。

 

 風鳴翼。

 雪音クリス。

 

 剣と弓を携えた二人の戦士を、切歌は濡れた瞳で見上げた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「間に合った、のか……?」

 

「はい! 突貫でしたが……フィーネさんのアドバイスもあって、改修完了しましたッ!」

 

 

 

 息を切らして司令室に飛び込んだエルフナイン。彼女の言葉に、遅れて入室したフィーネが鼻を鳴らす。

 弦十郎は二人の成果に力強く頷くと、回線を開き戦場に立つ翼とクリスに向かって吼えた。

 

 

 

「翼ァ! クリスくんッ! 我々が二人を回収するまで、ド派手に立ち回れッ!」

 

〈〈了解ッ!〉〉

 

「天羽々斬、イチイバル共に各部コンディショングリーン! 出力上昇に加え、バリアフィールドの展開も問題ありませんッ!」

 

 

 

 呼応と同時、朔也の報告を裏付けるようにノイズの群れを蹂躙する銃剣の突撃。

 撃ち抜き斬り裂く、二つの光が戦況を一息に塗り替えていく。

 だが、まだ危機を脱した訳ではない。漂う緊張感を緩ますことなく、あおいが別の戦域────東京スカイタワーの状況を報告した。

 

 

「マリアさん、ウェル博士と交戦中! ですがバイタル、適合係数共に不安定! ダメージ、蓄積されていますッ!」

 

「依然窮地であることに変わりはない、か……」

 

 

 

 声に苦渋の色が混じる弦十郎。

 経った今改修された調と切歌は、Model-K(天羽奏)のLiNKERを持ち出し適合係数を安定させている。だがマリアにはそれがない。今も身体の軋みに抗いながら戦っているのだ。

 

 彼女に頼らざるを得ない状況に弦十郎は歯を噛み締めつつ、二つの戦場のデータを睨み次なる指示を飛ばそうとした、その時だった。

 

 

 

「何よこれッ!?」

 

 

 

 驚愕に染まったあおいの声に、視線をモニターから外さず弦十郎は意識を向ける。

 慄きも一瞬、すぐに気を持ち直した彼女は、言葉短にその“異変”を報告した。

 

 

 

「発電所付近に大規模な空間歪曲を検知ッ! エルフナインちゃん、これって……」

 

 

 

 起きたのは単なる空間転移だ。錬金術師が度々用いている技術でもあり、それだけならば問題はないはずだった。

 だがこの空間歪曲。それはつまり、現れた者が通常の尺度では測れない存在ということを示している。それほどの力を持つ存在など、このタイミングにおいては一人しか考えられない。

 

 エルフナインが喉を鳴らす音が、やけに大きく聞こえた。

 

 

 

「……キャロルが、来ますッ!」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

━━━━━━━MEGA DETH FUGA━━━━━━━

 

 

 

 発射された一対のミサイルが、戦場に残るミカに着弾。

 爆炎が彼女を飲み込み、狂い咲く爆発と爆煙が青空を灰色に覆っていく。爆風に構わず着弾地点を見据える中、翼とクリスは本部の通信を耳にしていた。

 

 

 

〈聞こえていたなお前達ッ!〉

 

「ラスボスのお越しとはな」

 

「だが、決着を望むのは此方とて同じ事ッ!」

 

 

 

 S.O.N.G.内で()()と会敵したのは、エルフナインを除けば響だけ。

 つまり、翼たちにとって黒煙の向こう側に広がるのは未知なる領域だということだ。

 

 煙が風に流されたとき、金色に輝く幾何学模様が露となる。

 クリスの攻撃を完全に防ぎ切った魔法陣が静かに消失。その中心に立っていたのは、ミカを庇うように右手を翳す彼女が────キャロル・マールス・ディーンハイムが立っていた。

 

 その小さな身体に不釣り合いなほど怜悧な、そして苛烈な瞳。

 烈火を前にしたかのような圧力を前に、二人は得物を握る力を強めた。

 

 

 

「面目ないゾ」

 

「良い。優先されるのは計画の遂行だ」

 

 

 

 何事かを交わしたかと思えば、光に溶けていくミカの身体。

 錬金術師の用いる転送だ。ただ撤退をするためだけに大将自ら現れたというのか? そんな訳はない。

 梯子を外されたクリスがキャロルに食って掛かった。

 

 

 

「トンズラする気かよッ!」

 

「案ずるな。この身一つでお前ら二人を相手するくらい造作もない」

 

「その風体で抜け抜けと吠える」

 

 

 

 響を破り、翼とクリスを退けたオートスコアラー。奴らの元締めともなれば、その強さは計り知れない。

 だが同時に臆しているつもりもない。それは防人としての矜持故。

 今は強気に出るのみだ。張り詰めた会話の応酬の中、ふとキャロルは酷薄な笑みを浮かべ、その口元を侮蔑に歪ませた。

 

 

 

「成程。(なり)を理由に本気を出せなかったなどと、言い訳される訳にはいかないな」

 

 

 

 再び魔法陣を展開するキャロル。赤いそれに手を伸ばすと、その内側から何かが姿を現した。

 紫色のあれは、竪琴か?

 

 

 

「────ならば刮目せよッ!」

 

 

 

 背丈ほどもある竪琴を、無造作に弾くキャロル。

 弦が奏でる旋律が戦場に鳴る中、二人は腰を落とし得物を構える。

 あの琴、恐らくは完全聖遺物。ならばその能力も未知数、通常の尺度で測れるものではない。

 今この瞬間にも、牙が突き立てられている可能性もあるのだ。

 

 戦場の僅かな変化も見逃さぬよう、翼はキャロルの姿を見据えて────直後、瞠目。

 

 

 

〈アウフヴァッヘン!? ……いえ、違います。ですが非常に近いエネルギーパターンですッ!〉

 

 

 

 竪琴から無数の弦が溢れ出し、それらが意思を持ったかのようにキャロルの身体に絡みついた。

 弦はやがて彼女を覆いつくす。

 その様は、さながら光の繭。その一部が圧縮されたかと思えば、紫の“鎧”と姿を変えていく。

 腕、足、胸、そして頭。三角帽の如き兜を纏ったその時、彼女の“変身”が完了した。

 

 

 

「これくらいあれば不足はなかろう?」

 

 

 

 幼い少女の姿は、もはや欠片ほどの輪郭も残されていなかった。

 肉体の再構築。異端技術の極致。

 錬金術は、この異常も成し遂げてみせるというのか。

 目前で展開された、人知を超えた光景に圧倒される翼とクリス。この間、ただ頬に汗を流すことしかできなかった。

 

 だが、いつまでも怯んでなどいられない。

 ここに立つのは人類守護の使命を帯びた戦士たち。いかな脅威を前にしようと、その心意気まで揺るがすことなどできやしない。

 

 

 

「大きくなったところでッ!」

 

「張り合うのは望むところだッ!」

 

 

 

 翼に呼応し、援護するように多数のミサイルを撃ち出すクリス。

 疾走。疾風の如き踏み込みで彼我の距離を詰めた翼は、爆炎に紛れ剣を振り抜く────直前。

 

 

 

「何ッ……!?」

 

 

 

 剣の動きが、止まった。

 いや、それだけではない。跳躍した翼の身体そのものが、時間が静止したかのように空中で縫い留められている。

 何かに縛られているかのような感覚。拘束から抜け出すべく藻掻くが、抗うほどにその締め付けが増していく。

 目を凝らしたとき、ようやく翼はその正体を目にした。

 

 弦だ。

 キャロルの背部に接続された竪琴より伸びる無数の弦。注視しなければ見逃すほどに細いそれ、しかし一本一本が万力のような膂力で翼を縛り上げていた。

 

 

 

「温いッ!」

 

 

 

 広げられたキャロルの掌、同時、周囲に魔法陣が幾重にも展開され────。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「先輩ッ!?」

 

 

 

 先ほどの疾走以上の速度で吹き飛ばされ、翼は黒煙の尾を引きながらタンクへと激突した。

 思わず声を上げるクリス。だがその安否を確かめる余裕すら、目の前の錬金術師は与えてくれない。

 

 

 

「そらッ!」

 

 

 

 キャロルが軽やかに腕を振るえば、それだけでその進行上のコンクリートが容易く切断された。

 翼を拘束したあの弦、背部ユニットだけでなく彼女の指先からも展開できるというのか。変幻自在に迫る斬撃を間一髪で回避しながら、クリスは舌を鳴らす。

 

 一歩も動くことなく、その指先だけで戦場を支配するキャロル。その様はまさに人形遣いそのもの。

 

 

 

「野郎ッ……! 散らかしすぎなんだよッ!」

 

 

 

 飛び回りながら銃弾を叩きこむも、その全てが目前で斬り落とされていく。

 近づけば拘束。だが距離を取れば狙いを乱すかのように斬撃が殺到する。爆発を繰り返す施設を背後に、クリスの退路は着実に狭められていた。

 

 地上より、彼女の鋭い声が届いたのはその時だ。

 

 

 

「雪音ッ!」

 

 

 

 戦場を翔ける一振りの剣。瓦礫を跳ね除け、復帰を果たした翼と視線を交わしたクリスは頷く。

 それだけで意図は理解できた。弦による斬撃を掻い潜りながら、二人は左右に散開する。

 

 

 

「ほう」

 

「土砂降りなァッ!!」

 

 

 

 爪弾かれる殺戮の斬撃を避けて、避けて、避けて────そして、ついに銃口と切っ先が彼女を捉えた。

 

 

 

━━━━━━━━GIGA ZEPPELIN━━━━━━━━

 

━━━━━━━━━━千ノ落涙━━━━━━━━━━

 

 

 

 曇天より流れ落ちる、無数の青き剣の涙。

 地上の光景を埋め尽くす、番った弓から撃ち出される深紅の弾丸。

 赤と青の閃光が交錯し、剣と弓がキャロルの元へと殺到した。

 

 だが。

 

 

 

「その程度でオレを満たせるなどとッ!」

 

 

 

 瞬間、鼓膜を震わす轟音と共に、一際大きな暴風が立ち込める。

 何が起きている? 吹き荒れる風に耐えながら、その正体を目撃したクリスは思わず呆然と立ち尽くした。

 

 キャロルはただ、虫を払うように腕を振るっただけ。

 指先で躍る無数の弦が、千ノ落涙とGIGA ZEPPELINを正面から薙ぎ払ったのだ。

 彼女は一歩たりとも動いていない。ただ指先を遊ばせるだけで、こちらの何もかもを正面から叩き潰してみせた。

 

 

 

「クソッタレがッ……!」

 

 

 

 荒く息をつきながら吐き捨てるクリス。

 だが、その瞳に燃える戦意はまだ消えていない。一度で駄目なら二度、それで駄目なら三度。誰の影響を受けたのか、何度だって矢を番えるのみだ。

 息を整え、翼と共に再びキャロルに挑もうとし────そこで、ふと気づく。

 

 風が、止まない。

 それどころか、大気そのものが重圧となって二人をその場に拘束している。

 すでにキャロルは迎撃を終え佇んでいるだけだというのに。

 

 その答えは、眼前に現れた赤と青の魔法陣が物語っていた。

 弾かれるように上に視線を向ければ、二人の頭上を覆うように緑色の魔法陣が展開されていた。

 つまりこの風は奴によるもの。そして、二色の魔法陣は。

 

 白く染まる視界。

 気づけばクリスは────煤に塗れて、地面に背をつけていた。

 

 

 

「そら、隠し弾の百や二百開帳しても構わんぞ。オレがその全てを────ブチ砕いてやるからなッ!」

 

 

 

 頭上に降る、傲岸不遜な嘲笑。

 その言葉を「妄言」と切り捨てられないことは、クリスの身体が何よりも認めていた。

 隔絶した戦力。全身を灼く痛みに顔を顰めながら、クリスはその屈辱を甘んじて受け止めることしかできない。

 

 触れたものを拘束・切断する殲琴。加えて地水火風、四色の理からなる砲撃。

 その気になれば、ほんの数秒でこちらを沈められたはずだ。

 それをしないということは、彼女はS.O.N.G.の抱く一切の希望を正面から粉砕しようとしている証左に他ならない。

 

 

 

「立ち上がる力は残っていると思ったが、オレの評価が過大だったか。……まあいい」

 

 

 

 身体を起こすも、手足の末端まで力が入らない。

 歯を食いしばる。ただそれだけ。四肢を震わす。ただそれだけ。

 そんな醜態をキャロルは鼻で笑うと、徐に()()を取り出した。

 

 黒く光る、小さな水晶。

 宙へと放り投げたそれを弦の一振りで残らず破砕すると、間もなく宙に赤い光が溢れ出す。

 見覚えのあるその光景に、二人は戦慄した。

 

 

 

「アルカ・ノイズッ!?」

 

「まさか貴様ッ……!」

 

「膳くらいは立ててやる。何時までも膝をついていては、市街の被害を抑えられまい」

 

 

 

 爆発、そして悲鳴。

 与えられた命令のままに、機械的に市街の人間を襲撃するアルカ・ノイズ。隙だらけのクリスと翼を無視しているのはキャロルの指令故か。

 奥歯を噛み締める。罪なき人々が赤い霧となって霧散する、この蹂躙。これ以上地に這いつくばっていることを、戦士の魂が断じて許さなかった。

 

 

 

「やめろッ!」

 

「なら歌でもなんでも歌ってみせろッ! 叶わぬならば……分解される者共の悲鳴を其処で聞けッ!」

 

 

 

 頭上に佇む巨大個体が脈打ち、無尽蔵にアルカ・ノイズの軍勢を生み出し続けている。

 早く、一刻も早く奴を叩かねば被害は広まる一方。

 このまま倒れている訳にはいかない。

 

 

 

(ぶっつけ本番、()()を試すしかねえのかよッ!?)

 

 

 

 クリスの手は、無意識に胸元のコンバーターユニットへと伸びていた。

 ギアの改修によりその形を変化させたユニット。ただ見た目が変わっただけではないことは聞いている。

 生まれ出ずる強大な力、同時に返ってくるのは底なしの闇。

 危険性など重々承知、それでも今はやる他ない。

 

 刺々しいユニットに手をかけたクリスは、そのまま強く押し込んで────。

 

 

 

 

 

「おおおおりゃあああぁぁッ!!」

 

 

 

 

 

 その直前。曇天に響いたのは、どこまでも真っ直ぐな雄叫び。

 待ち焦がれていた、颯爽たる第三の装者が。アルカ・ノイズを貫きながら現れた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「翼さん、クリスちゃんッ!」

 

「すまない、お陰で助かったッ!」

 

「とんだ醜態を見せちまったけどよ」

 

 

 

 着地し、二人の元へと駆け寄る響。

 傷だらけ、それでもその瞳に一切の揺らぎはない。二人の様子に鼓舞されながら、合流まもなく()()を提案した。

 

 

 

()()()()()()()()()()、やってみましょうッ!」

 

 

 

 イグナイトモジュール。

 フィーネとエルフナインが提唱したシンフォギア強化計画“Project:IGNITE”、その真髄だ。

 

 シンフォギアには、戦況を覆す決戦機能が搭載されている。

 絶唱。深刻なバックファイアと引き換えに、強大な力を放つ肉弾。

 エクスドライブ。数多の奇跡が軌跡となってようやく降臨する白い光。

 そして────()()

 

 かつて何度も響を呑みこんだ“抑えきれない破壊衝動”。それを意図的に開放するのが、イグナイトモジュール。

 

 

 

「だが、あれは……」

 

 

 

 コンバーターユニットに組み込まれた、魔剣ダインスレイフ。

 伝承に語られる呪いの剣を抜けば、使用者の心の奥に眠る闇を増幅し、意図的に暴走状態を引き起こす。

 一度足を踏み外せば、待つのは破壊の衝動のみ。それを人間の心と叡智がねじ伏せ、純粋な戦闘力へと昇華させる────これが計画の全貌。

 

 無論、訓練などしていない。

 翼の懸念も尤もだ。

 それでも。この胸に去来する歌が、響を確信させていた。

 

 

 

「未来が教えてくれたんです! 自分はシンフォギアの力に救われたって」

 

 

 

 当たると痛いこの拳は、それでも誰かを救った拳だ。

 それを気づかせてくれた陽だまりに応えずして、何が親友か。

 こちらを見下ろすキャロルの手を取らずして、何が戦士か。

 

 響は傍に立つ戦友たちへ、笑顔を咲かせて言い放った。

 

 

 

「信じようッ! 胸の歌を……シンフォギアをッ!」

 

「……このバカに乗せられたみたいでカッコつかないが」

 

「無論、独りで征かせるつもりもない」

 

 

 

 意思は一つ。

 三人なら、闇さえも力と変えられる。

 零れた笑顔は、絶望を破る反撃の狼煙だ。三人は共に並び立ち、コンバーターユニットに指を乗せた。

 

 

 

 

 

「イグナイトモジュール! 抜剣ッ!!」

 

 

 

 

 

 瞬間、魔剣の呪いが胸を貫く。

 

 

 

「────ッ!!」

 

 

 

 心臓を鷲掴みにされようなこの衝撃。

 血液が灼熱の鉛へ変換されたかのようなこの激情。

 脳髄をかき回すのは、何もかもを破壊しつくさねば気が済まない殺戮の衝動。

 

 覚えがある。かつて響を幾度も呑みこんだ漆黒の力が、瘴気となって三人を襲う。

 のたうち回り、喉を枯らして絶叫する。指先は己の喉元に食い込み、臓腑を裏返されるような感覚に意識が酩酊する。

 

 一寸先も見えぬ黒の中、心の闇が引き出されていく。

 耳元で「壊せ」と。甘美な誘惑が囁き続ける。

 その声には抗えず、包み込むようなそれに身を任せ────いや。

 

 

 

「未来が教えてくれたんだ! 力の意味を、背負う覚悟をッ!」

 

「手を着く力をッ!」

 

「奴に突き立てる牙をッ!」

 

 

 

 囁きを覆ったのは、共に立つ戦友の声。

 膝をついて泥に塗れて。それでも地面を砕き、立ち上がる。

 この力は傷つけるだけの呪いではない。証明するのだ、今ここで。

 

 やがて見えた、一筋の光。

 響はそこに、躊躇うことなく手を伸ばした。

 

 

 

「この衝動に塗り潰されてッ!」

 

 

 

 そして────。

 

 

 

 

 

「なるものかあああぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

 

 呪いの剣が、抜剣される。

 

 

 

 

 

 

「始まる歌」

 

「始まる鼓動」

 

「響き鳴り渡れ━━━━希望の音ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 纏うのは、漆黒のシンフォギア。

 暴れるように湧き出る力。黒き波動が大気を震わせ、響は正面に立つ()()を見据えた。

 

 そしてその前に立ちはだかる、極彩色の有象無象。

 

 

 

〈モジュール起動! セーフティー端末の起動、開始しますッ!〉

 

〈検知されたアルカ・ノイズの反応、約3000ッ!〉

 

「たかだか3000ッ!!」

 

 

 

 爆ぜる。

 不遜に叫ぶと同時に踏み込んだアスファルトが赤熱、火花を散らして響は駆ける。

 漆黒の拳を一閃させれば、前方のノイズが消滅。赤い霧だけを残してまとめて蒸発した。

 

 

 

「その手はッ、何を守る為にあるッ!!」

 

━━━━━━━━━━蒼ノ一閃━━━━━━━━━━

 

 

 

 響を追い越すように迸る、蒼黒の閃光。

 空間ごと焼き切るその斬撃が、地平線を更地と化す。

 

 

 

「例え闇に吸い込まれそうになってッ!!」

 

━━━━━━MEGA DETH QUARTET━━━━━━

 

 

 

 響の頭上を埋め尽くす、無限の弾頭。

 黒く変容した爆撃の四重奏が、空中に大輪の華を咲かせる。

 

 

 

「涙さえも血に濡れて苦しくて、もォッ!!」

 

 

 

 ()に、剣に、そして弓に伝う熱き焔。

 それは明日を輝かす種火となり、闇夜を奔る稲妻となる。

 どれだけ苦しく痛みに絶えても、陽だまりが────帰る場所が待つ限り。

 

 勇気を奇跡の結晶と変えて、何度だって契ってみせる。

 

 

 

「臍下あたりがむず痒いッ!」

 

 

 

 邪魔者はいなくなった。

 同時、正面に聳えた錬金術師、キャロル・マールス・ディーンハイムが漸く火線に降り立つ。

 弦を操り、万物を切断せしめる斬撃が飛来。

 

 だが、大した問題ではない。

 

 

 

「「「願い祈り……全てを背負いッ!

        本気を超えた本気の歌ッ!!」」」

 

「何ッ……?」

 

 

 

 僅かに目を見開くキャロル

 響の腕に巻き付いた弦は、万力のように彼女を縛る。だがそれだけだ。

 

 対する響の行動は明快。

 力の限り、弦ごとキャロルを引き寄せた。

 

 力任せの純粋な対策。だがそれだけでキャロルの身体はこちらに近づく。

 苦し紛れの斬撃も、響に迫る直前割り込んだ赤と青の光によって弾け飛んだ。

 

 滾り、沸騰するこの身体。

 もう何も二人を阻むものはない。

 この拳を、この想いを。

 

 

 

「飛べよッ!」

 

「このッ!」

 

「奇跡にッ……!」

 

 

 

 全身全霊を賭けて放つ撃槍。

 流星と化したその拳は────一直線に、キャロルの元へと届いた。

 

 

 

 

 

 

 

「「「光あれええええぇぇッ!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 激突。

 炎が弾け、地面を削って、轟音と共にキャロルの身体は幾重もの壁を貫通する。

 瓦礫の山に座り込むのは、その姿を幼い少女のものへと戻らせた彼女の姿。その様子が、この死闘の決着を何よりも雄弁に物語っていた。

 

 

 

「キャロルちゃん、どうして世界をバラバラにしようなんて……」

 

「忘れたよ」

 

 

 

 拉げた壁にもたれかかったキャロル、その小さな手を取ろうと自らの右手を差し出す響。

 だがそれは鬱陶しげに払われた。

 

 その拒絶は短く、あまりに空虚な隔絶。

 何かを焼却し、対価として力を生み出す錬金術。彼女の代償は、彼女自身の大切な想い出だと、そう言うのか。

 

 

 

「その呪われた旋律で……誰かを救えるなどと思い上がるな」

 

 

 

 彼女の口から放たれたのは、正しく“呪い”。

 それでも、と。対話の言葉を口にしかけてようやく、響は異変を悟った。

 

 

 

「……キャロルちゃんッ!?」

 

「よせ立花ッ」

 

 

 

 キャロルの小さな体躯が突如として()()()に包まれた。

 同時に崩れる彼女の身体。

 

 証拠を一切残さぬ用意周到さ。だがそんなこと響にはどうでもよかった。

 ただ、彼女を助けようと手を伸ばして────その指は、空を切る。

 

 炎が静まったとき、そこにあったのは黒い灰だけ。

 あれほどの激情で、あれほどの覚悟で。

 世界を敵に回そうとした彼女の最期がこれだというのか。

 

 立ち上る煙だけが、曇天に融けていく。

 

 

 

「……呪われた戦慄、誰も救えない。そんなことない」

 

 

 

 自ら焚刑に身を投げたその様を、己の心に刻み込む。

 手を取れなかった。分かり合えなかった。

 その悔悟を胸に、響は空を見上げる。

 

 

 

「そんな風にはしないよ、キャロルちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────瞬間。

 喉にかかったような余韻と、粉塵舞う荒廃した戦場の静寂を、耳元に届いた男の声が叩き伏せた。

 

 

 

〈空中要塞だとォッ!?〉

 

「えっ!? 急にどうしちゃったんですか師匠?」

 

 

 

 通信機越しの弦十郎の焦燥に、戸惑いを隠せない響。

 空中要塞、などという耳慣れない単語に、翼とクリスも怪訝に顔を見合わせるばかり。だが司令室の空気は未だ緊迫の只中にいることは計り知れた。

 

 

 

〈みんな気を付けて! スカイタワーにファウストの拠点と思しき移動建造物が出現ッ! 発電所方面へ進軍を開始したわッ!〉

 

「建造物が……()()、ですか? それは一体……」

 

「……おい。おいおいおいおい!? あそこだッ!」

 

 

 

 刹那、クリスが裏返った声を上げた。

 まるで信じがたいものを見たかのようだ。外れそうなほど口を開き、呆然と彼方を、()を指さしている。

 空に、一体何が────()()を見た響は、その答えを強制的に理解させられた。

 

 

 

「山が……浮いてる~ッ!?」

 

「あの、大艦はッ……!?」

 

「なんなんだよあの(なり)はッ!? ジャンルが違いすぎんだろッ!」

 

 

 

 三者三様、さまざまな反応を見せる響、翼、クリス。

 響の叫びは決して誇張ではなかった。上空を往くその質量。その方角に視線を向ければ、強制的に視界に入るほどだ。

 本部より共有された解析結果によれば、その全長は10km。雲より高い高度に浮かぶそれは、さながら岩の大陸だ。

 

 

 

〈あれこそがファウストの拠点。

 “アーク・エルピス”……ウェル博士によれば、あのデカブツはそう称するようだ〉

 

「ア、アーク……?」

 

「希望の名を持つ、方舟……」

 

 

 

 アーク・エルピス。

 聞き慣れない単語に響の脳内がクエスチョンで埋め尽くされていく。

 いずれにせよ、これは明確な窮地に他ならない。キャロルを退けた直後を見計らったかのようなタイミングだ。

 

 頭上の超常に拳を握り、脅威に構えたその時だった。

 

 

 

 

 

『サプライズだ。お楽しみいただけたかな?』

 

 

 

 

 

 曇天の発電所に響いたのは、軽薄、それでいて芯の冷えた男の声。

 響たちの背後。つい先ほどまで何もなかったはずの空間から発せられたその声。

 思い当たる人物など一人しかいない。

 

 

 

「スタークッ! この仕業はお前かッ!?」

 

『正解!』

 

 

 

 案の定、そこに立っていたのは────全身を赤く染めた怪人、ブラッドスターク。

 腰に手を当て、気怠げに立つその立ち姿に一切の力みはない。刃と銃口を向けられているというのに、相も変わらぬ落ち着きぶりだ。

 

 

 

『まずは感謝だ。お前たちがキャロルを倒してくれたおかげで、俺は“プロジェクトリビルド”を進めることができる』

 

「まだオートスコアラー共が残ってる。動くにゃまだ早いんじゃないのか?」

 

『心配はありがたいが、俺も考えなしに動いてる訳じゃない』

 

 

 

 方舟を背に、熱の籠らない感謝を告げるスターク。

 クリスの刺々しい問いにもどこ吹く風だ。その相も変わらぬ余裕ぶりに、彼女は苦々しい表情を浮かべた。

 

 

 

〈このタイミングで本丸を開帳したということは、“そう”だと捉えて相違ないな〉

 

『風鳴司令か。まあ、お察しの通りだよ』

 

 

 

 弦十郎の詰問に、スタークは芝居がかった仕草で手を叩いてみせた。

 そのやり取りで、翼とクリスの表情が一層険しくなる。通信機越しに伝わる本部の沈黙が、その目的を皆が悟ったことを示していた。

 

 が、響はさっぱりだ。この雰囲気に今のやりとり、何かが変わろうとしていることだけは分かる。

 言いようのない不安感が渦巻く中、響は彼の言葉を待った。

 

 

 

 

 

 

 

『今日は━━━━()()()()をしに来た』

 

 

 

 

 

 

 

 まるで、世間話でもするかのように。

 なんでもないような軽さで、彼はその言葉を口にした。

 宣戦布告。反芻した四文字が毒のようにじわじわと回る。その意味をようやく理解したとき、響は思わず叫んでいた。

 

 

 

「宣戦って……スタークさん、どうしてッ!? この前だってわたしと未来を助けてくれたじゃないですかッ!」

 

『マリアと風鳴司令の予感は正しかったってことじゃないか? 俺は最初から、お前たちの味方だったつもりもない。

 響以外は“分かってた”って顔してるなァ』

 

〈「分からいでかッ!」〉

 

「ったり前だッ!」

 

『賢明だよ』

 

 

 

 口を揃えた翼たちに、むしろ満足げに頷くスターク。

 どうやら、本当に響以外には想定内の言動だったようだ。

 響とて、彼が純粋な味方であるなどとは思っていなかった。だがこうも明確に敵対を宣言するとは────思わず、拳に力が籠る。

 

 

 

『とにかく意図が伝わったようでよかったよ。宣戦布告なんて、面倒なことをするものだと思っていたが……。

 面白い取り決めではある。いくら国民の批判を逸らすためとはいえ、多治見と御堂(あいつら)が律儀に守ってたのは未だに理解できないがね』

 

 

 

 独り言のように呟きながら、彼の身体が足元から黒煙に包まれ始める。

 撤退するつもりだ。こちらに混沌をもたらすだけもたらして、嵐のように去っていく。

 息を呑むばかりの響であったが、()()()()の対応は早かった。

 

 

 

「巻かせるかよッ!」

 

「通らせるものかッ!」

 

 

 

 大剣を振り被る翼に、全身からミサイルを展開するクリス。

 ダインスレイフの力で強化されたその攻撃は、黒い波濤となってスタークに飛来する。

 

 が、その直前。

 

 

 

「何ッ……!?」

 

 

 

 大気を震わす鳴動が、禍々しい黒い波動が、嘘のように霧散した。

 黒い瘴気が三人を包む。何が起きたのかを理解するより先に異変が訪れた。

 

 

 全身の鎧が、消滅。

 瞬時に元の衣服へ戻った。ギアが破壊された訳ではない。戦う意思が折れた訳でもない。

 ならば、これは────。

 

 

 

〈イグナイトモジュール、カウントゼロ……()()()()()()()されましたッ!〉

 

『時間制限か。その力にも相応のリスクはあるようだが、使った後に暴走しないだけマシだな』

 

 

 

 無情にも、エルフナインの悲鳴が響く。

 イグナイトモジュール、それは錬金術師に対抗するための新たなる決戦仕様。

 リスクを背負って対価を勝ち取り、鞘から抜いた呪いの力は規格外。だがそれは決して永遠ではない。

 

 999秒のカウントダウンが尽きれば、力の代償としてシンフォギアが強制解除されてしまうのだ。故に、一度使えば許されるのは勝利のみ。

 キャロルとの決戦を経て、さらにスタークと対峙できるほどの猶予はすでに残されていなかった。

 

 

 

『じゃあな。次会うまでそう時間はかからない。お前たちの奮闘次第で、()()()()も見せられるだろう』

 

 

 

 再会を約束する声だけが残る。赤い影は、すでにこの場から消え去っていた。

 黒煙が風に流されたとき、そこには何もない。

 響たちはただ、頭上の戦艦が消えゆく様を眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 超巨大戦略拠点、アーク・エルピス。

 スターク(エボルト)が自らの居城に帰還したのを見計らったかのように、左右から恭しい声がかけられた。

 

 

 

「首領ッ!」

 

『首領』

 

 

 

 自らの配下であるウェルに、カイザー。学習したのか、ウェルは胸に手を当てるに留まっている。

 この拠点に“エルピス(希望)”などという仰々しい名を命名した張本人だけあって、扱いづらい手駒だ。だが、その癖の強さ故に能力はそれなりに高い。

 適切に扱えば有用な存在となるだろう。

 

 出迎えに手を上げて応じたエボルト。そのまま彼らを引き連れ、心臓部────ジェネレータールームへと足を踏み入れた。

 

 

 

『首尾はどうだ? ウェル』

 

「ハッ! オートスコアラーの戦闘データ収集は順調です。

 更にはアガートラームに搭載されていた、対アルカ・ノイズ用と思しきバリアコーティングのサンプルもこちらに」

 

『上出来だ。ご苦労だったな』

 

 

 

 腰を折り曲げ、勢いよく一礼するウェル。

 その様子を流しつつ、エボルトは室内中心、かつてネフィリムの心臓が埋め込まれていた場所に近づく。

 

 そこには、“箱”があった。

 

 複雑な模様の描かれた、黒鉄色の直方体だ。その正体を、エボルトは誰よりも知っている。

 

 

 

「ついに始まるのですね、首領の崇高なる計画が」

 

『ああ。これからも期待してるぞウェル。カイザー、お前にもな』

 

『死力を尽くします。全てはファウストのために』

 

 

 

 直立したまま手を胸へ当てるカイザーに、溢れる涙を白衣で乱雑に拭うウェル。

 妙な組み合わせとなったが、準備は上々だ。

 実際の所、キャロルの生死はどちらでもいい。一度舞台から降りるという手段を奴が取った以上、先手を取れるのはこちらだ。

 

 錬金術師。シンフォギア装者。オートスコアラー。そして。

 

 エボルトは、方舟の動力源であるその箱────【パンドラボックス】の模様を、愛おし気に指でなぞった。




次回「新たなチャレンジャー現る!」



長くなりそうなので次回を分割しました。別に新たではないです

今回キャロルちゃんが退場した(してない)のでやっとエボルトが本格敵対します。
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