戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony 作:セグウェイノイズ
茨城県、筑波。
海を臨む地に建設された、政府保有の異端技術研究機構。中枢区画への案内を受けた慎次と朔也は、眼前の光景に圧倒されていた。
「これは……」
「ナスターシャ教授がフロンティアに遺したデータから構築したものです」
二人の視線が集中するのは、淡く輝く金色の球体だ。
無論、実物がこの場に浮かんでいるわけではない。投影されたバーチャルデータ、すなわち虚像を目の当たりにしている訳だが、この球体が持つ存在感は異質に映る。
「我々は便宜上、【フォトスフィア】と呼称しています。実際はもっと巨大なサイズとなり、これで約4000万分の一の大きさです」
二人を案内した研究員が、淡々と球体────フォトスフィアの解説を始める。
薄暗い室内を仄かに照らすそれ。表面に走るドット模様が一瞬何かを彷彿とさせたが、すぐに流れた。
「フォトスフィアとは、一体……」
異端技術の粋たるフロンティア、その制御室に遺されていたデータ。先史文明のオーバーテクノロジーの産物であるこのフォトスフィアもまた、何らかの意図をもって船内に秘匿されていたと見るべきだろう。
だが、慎次はそのあたりには明るくない。自らに課せられた任務はこのフォトスフィアを含めた調査データの受領だ。
今は受領したデータを無事に届けることこそが肝要だと、手元のアタッシュケースへと意識を切り替えた。
「調査データの受領が完了しました。翼さん、そちらの特訓は進んでいますか?」
〈なかなかどうしてタフなメニューの連続ですッ!〉
受領後、施設外郭の電子機器の使用が許されたエリアに移動する。
すぐ傍の政府保有ビーチにて“特訓”に励んでいる翼に近況を尋ねてみれば、返ってきたのは緊迫した声色だった。
はて、と首を捻る慎次。確か今回翼たちが行うのは、名目上は特訓だが────。
「オートスコアラーとの再戦を控え、強化型シンフォギアとイグナイトモジュールを使いこなすことは急務である。
近く、筑波の異端技術研究機構にて調査結果の受領に向かう。諸君らはそこで、心身の鍛錬に励むといいだろう!」
「特訓といえばこのわたし! 任せてくださいッ!」
────と、意気込んだ立花響の主導で始まった夏季特別訓練。
特訓メニューは以下の通りである。
足場の悪い砂浜での跳躍力、瞬発力を鍛えるためのビーチバレー。
脚力を徹底的に鍛えるための海中での走り込み。および水泳訓練。
とどのつまり、夏休みのバカンスだった。
もっとも、何事にも全力で打ち込む性質の翼に方便は通じていないようだったが。
コンビニ買い出しジャンケンポンッ!!
「翼さん変なチョキ出して負けてる~ッ!」
「変ではないッ! カッコいいチョキだッ!」
「斬撃武器が軒並み負けたデースッ!」
灼熱の太陽が真上を向いたころ、唐突に始まったのは買い出しジャンケン。
無残に敗北したのは翼、調、切歌の三名だった。
特訓場所に政府保有のビーチが用いられた弊害が、ここにきて牙を剥く。海水浴客が存在しないが故に近隣に売店は存在せず、炎天下の道を30分かけて歩く羽目になるとは思ってもみなかった。
だが、心頭滅却すれば火もまた涼し。
これも鍛錬の一環だと解釈した翼は、日差しに目を細めながら歯ごたえある過酷なメニューの連続に小さく頷いた。
「切ちゃん、お菓子ばっかり買ってる」
「こういうのを役得というのデス!」
「特訓といえど休息は肝要だからな。蓄えられるときに蓄えておくべきだ」
「ほら! 翼さんはやっぱり分かってるデス」
「そもそも、別に特訓って訳じゃ……」
買い出しを終えてコンビニから一歩外に踏み出すと、再びの灼熱が三人を襲った。
あまりの熱気にアスファルトの先から陽炎まで立ち上っている。
「塩分やミネラルを摂れるものを多めに買うようにするのよ」
そうマリアから託けられていた翼たち。彼女の言う通り、スポーツドリンクを多めに買い込んで正解だったかもしれない。
「しかし、あの破壊跡は一体……」
丸々とした大玉スイカを抱えながら、翼はそう独り言つ。
脳裏に浮かぶのは、へし折れた鳥居と荒れ果てた境内を晒す神社の光景だった。道すがら目にした何気ないものだったが、やけに印象に残っているのだ。
近隣住民は昨夜通った台風を原因としていたが、どうにも腑に落ちない。
あれは自然現象ではなく、もっと人為的な────その時。
「……火薬?」
「爆発してる!」
「ビーチの方デスッ!」
風に乗って鼻腔をくすぐるのは、硝煙の薫り。
穏やかでない発生源を即座に探るべく、調が指さした方角に視線を向ける。そこに広がっていたのは、鮮やかな青空には到底似つかわしくないほどどす黒い濃煙だった。
次いで、地を揺らす爆発音が五体に響く。
事件、それとも事故か。爆煙が上がったのは間違いなく
そして、記憶に新しい神社の破壊跡。
翼は即座に後者の可能性を斬り捨てる。
「急行するぞッ!」
導き出されるのは何者かによる襲撃。恐らくオートスコアラー、あるいはファウスト。
遺された響たちだけに対処させる訳にはいかない。調と切歌を引き連れ、猛然と翼は戦場へと駆け出した。
大玉のスイカを両手に抱えて。
白い砂浜、青い海。そして雲一つない空模様。
台風一過とはまさにこのことだ。太陽光を乱反射させて輝く海面に目を細めながら、響と未来は並んで水平線を眺めていた。
「みんなと一緒に海に来るなんて、思ってもみなかった」
「惣一おじさんも来ればよかったのになあ」
「バイトみたいだし仕方ないよ。それに惣一さん、海に来ても泳がなさそうだし」
「確かに! あの辺でずっと寝そべってそうだよね」
水泳大会、水鉄砲でのサバイバルゲーム……響考案の特訓メニューはまだまだ目白押しだ。
装者たちの中で最もイベントに慣れ親しんでいるのは響である。そんな自負で迎えた本日だったが、やはり間違っていなかったと未来の笑顔を見て確信した。
この一日はやがて、なんてことのない大切な想い出となるだろう。そんな予感に胸を膨らませていたとき、一人ビーチバレーのサーブ練習に励んでいたエルフナインがトコトコと近づいてきた。
「皆さん、特訓しなくて大丈夫なんですか?」
「真面目だなあエルフナインちゃんは」
「イグナイトモジュールは強力ですが、三段階のセーフティーで制御される危険な機能でもあります」
今日のバカンスを本当に特訓だと思い込んでいたのは翼だけではなかったらしい。
だが、響とて単に遊ぶためだけにこのメニューを考えていた訳ではなかった。
イグナイトモジュールの起動時に体感した、あの身を引き裂くような“抑えきれない破壊衝動”。心の闇が引きずり出され、全てを壊しつくさねば気が済まない衝動を制御してみせたのは、ひとえに意思の強さによるものだ。
来る再戦時にモジュールを問題なく制御するため、闇に負けないほどに鮮烈な想い出を積み上げる。それが弦十郎から託された今日の目的だった。
ただ単に“みんなで遊びたかった”というのも、紛れもない本音なのだが。
「だから、自我を保つ特訓を……」
────続く言葉は、耳を聾する轟音によって遮られた。
発生源は海。寸刻前まで穏やかな水平線を描いていた海面はしかし、今や天高く突き上がる無数の水柱によって埋め尽くされている。
次々と爆発する海面から撒き散らされる水飛沫。雨のように降り注ぐそれを全身で浴びながら、響はせり上がった柱の上に佇む彼女を視界に捉えた。
「ガリィ!?」
「夏の思い出作りは十分かしら?」
「ンな訳ねえだろッ!」
オートスコアラーの一機、ガリィ・トゥーマーンの名を叫ぶエルフナイン。
相も変わらぬ挑発的な口調でこちらを見下ろす彼女に吠えたのは、パラソルの影から駆け付けたクリスだった。
頷き合い、携帯していたギアペンダントを掲げる二人。特訓の成果を見せる時だ。
無数の弓矢がガリィに殺到。
クリスの放った“QUEEN'S INFERNO”だ。苛烈な軌跡を描く面射撃を、ガリィは容易く回避しきってみせた。
手足の関節を異常な方向に折り曲げながら、バレエの演目のような仕草で水柱の上を軽々と飛び回る彼女。
遊ばれている。だが無策で突っ込んだところで返り討ちに遭うだけだ。
響は拳を固めて、タイミングを見計らう。ガリィがここまで降りてくる瞬間を見逃さず、コンビネーションで連撃を叩きこむ算段だ。
「そぉんな呑気をビリビリに破いちゃうのが、たっまんないのよね」
水上を自在に飛び回りながら周囲へ結晶をバラ撒いていたガリィ、その顔が喜悦に歪む。
破砕音の後に深紅の光が花開いたかと思えば、直後現れた極彩色の大群が白い砂浜を埋め尽くした。
「アルカ・ノイズッ……!」
「群雀共がッ!」
現れたのは、錬金術師の使役するアルカ・ノイズ。
発光する解剖器官が強化型シンフォギアを貫くことこそないが、重なった数が厄介なのは従来のノイズと何ら変わりない。
この場には戦う術を持たない未来とエルフナインが取り残されている。隙を見て二人を逃がすことも並行して行わなければならないというのに────眼前の極彩色を殴り飛ばしながら、響の表情に焦燥の色が浮かび始める。
瞬間。響の視界が、アルカ・ノイズ以外の影を捉えた。
「二人はわたしがッ!」
「お願いしますッ!」
「ふぅん……?」
二人の手を引き、背後に広がる防風林へと駆け出したのはマリアだ。
施設付近までビーチバレーのネットを片付けてくれていた彼女だったが、異変を察知し合流してくれたようだ。
とにかく、これで後顧の憂いはない。
最速でノイズを撃破し、そしてオートスコアラーを打倒するべく、響は拳を強く握った。
だが、事はそう上手く運ばないもの。
クリスの爆撃が空を覆った時、ようやく戦場の異変を悟る。
「オートスコアラーは……!?」
海が、凪いでいる。
再び穏やかな水平線を取り戻した海上の景色は、響の目には却って異常に映った。
立ち上っていた水柱も消失。そして何より────あの自動人形の姿も、またない。
「まさかッ、あいつらのところにッ!?」
結論が弾き出されたのはクリスと同時だった。
この盤面でオートスコアラーが撤退するなどあり得ない。
ならば当然、彼女が向かうのは。
「未来ッ!」
研究施設目指し、未来とエルフナインを引き連れていたマリア。しかしその歩みは、突如前方に立ち塞がった
たたらを踏んで前によろめくエルフナイン。彼女が前に出ないよう右手を広げつつ、マリアは氷の奥を睨みつける。
太陽の直下であるというのに、前方の氷壁は溶ける様子を一切見せない。
肌を刺すような極寒の冷気が伝わってくる。明らかに自然の摂理の範疇を超えた光景に、胸元のペンダントを握り締めたまさに瞬間のこと。
耳障りな甲高い音と共に、氷の壁が内側から爆砕した。
「ハーイ、ハズレ装者のアイドルさん。久しぶりに会ってみれば……随分天狗になってること」
「戦えない者のいる方に刃を優先するなんて、騎士だというのはこちらの早合点だったようね」
「そっちの所感はどうでもいいし、最初っからそいつらは眼中にないっての。ま、アンタがまともに歌えるんなら、だけど?」
砕け散った氷の破片が舞い散り、太陽光を乱反射して幻想的な景色を形作る。
しかしそれは、前方に佇む宿敵────ガリィの姿を認めた今となっては警戒対象にしかならない。
「二人はここに。固まって離れないで」
「マリアさんはッ!?」
「決まってるでしょ。……二度はないッ!」
未来とエルフナインを背に、深く腰を落とす。
氷片の奥で、ガリィは陶器のような貌を歪めていた。口元を醜悪に吊り上げた表情はまさしく悪鬼だ。
何か来る。凍てついた林道が熱気を取り戻していく最中、その瞬間は唐突に訪れた。
「もう自分はハズレじゃないって言いたいワケぇ? だったら見せてもらおうじゃない。一番乗りはガリィなんだからァッ!」
狂気交じりの叫びと同時、ガリィの五体が搔き消えた。いや、消えてなどいない。直線に凍結させた地面を超高速で滑走しているのだ。
否が応でも目につくのは、氷の刃と化して迫る彼女の右腕。
瞬きの間に距離を詰め、滑走の勢いのままにこちらを貫かんとする人形に対し、マリアの行動は即断だった。
「……ッ!?」
風を切り裂きながら耳元を穿つ氷刃。上体を傾け刺突を回避すると同時、一歩踏み込む。
がら空きとなった
鉄を殴ったような硬質な手応えと共に元居た場所へと飛んでいくガリィ、吹き飛ぶ最中、見開かれた二つの眼球がこちらを向く。
左腕を突き出したマリアの姿はすでに、
「エルフナイン!」
殴り飛ばされたガリィだが、やはりオートスコアラーのポテンシャルは桁違いだ。
爪先でステップを踏むかのように着地すると、そのまま地面を凍結。異常な体幹で慣性を殺ぎきってみせた。
マリアは前方の敵から視線を外さない。だが、声を向けたのは彼女にではなかった。
自らの背を見つめるエルフナイン、彼女の息を呑む気配を感じる。
「君がいたから今のわたしがあると、以前そう言ったわね」
「一体何を……」
「此処で証明してみせる。だから……どうか聴いてほしい。君の勇気に応える歌だ」
「まさか……ッ、はい! マリアさんならできますッ!」
動揺も一瞬のこと。背に受けるのは、エルフナインの強い眼差し。
脳内探索で赤裸々な本心をすべて曝け出した関係だけあって、意思の伝達は特別早かったようだ。
「そして未来、アナタにも。エアキャリアじゃ、カッコ悪い所を見せてしまったからね」
「……お願いします、マリアさんッ!」
二人が見ている。ステージの上で歌うには十分だ。
以前のガリィ、そしてマッドローグとの戦闘では、いずれも半ばでギアが砕けた。
LiNKERを用いずに戦いに臨んだマリアの限界であり、敵に見逃された屈辱の記憶であり、独りで強さに焦がれていた証左でもあった。
だが、今は。
雫の通る道にはきっと、自分色の未来があると信じている。
無理にセレナの輝きを背負うことではない、望み掴んだこの力を自分らしく振るうこと。
それが弱さと指差されるならば。マリア・カデンツァヴナ・イヴは────自らの弱さを受け入れたまま、目の前の理不尽に、呪いの力に。
どこまでだって反逆してみせる。
「とっとと歌ってみせなよッ! 呪いの歌でも何でもさァ」
「……そうね、そうよね。だったらお望み通り聴かせてあげる」
これ以上の言葉は無粋。
マリアはその銀色の腕で、呪いの剣を引き抜いた。
同時刻。オートスコアラーの手によりアルカ・ノイズを召喚された、プライベートビーチ。
戦闘開始から数分、響の拳とクリスの銃が、ようやく極彩色に染まった地面を白い砂浜へと戻しつつあった。
「よし……! 早くマリアさんのところへッ!」
最後の一体を叩き潰し、ようやくビーチに静寂が戻る。
赤い霧を漂わせる中、一息ついた響は視線を奥の防風林へと向けた。本部からの通信によれば、たった今マリアが戦闘を開始したとのことだ。
オートスコアラーは強敵。一刻も早く加勢に向かうべく、地面を蹴ろうとして。
聞こえるはずのない、
『派手に暴れてるじゃないか』
「スタークッ!?」
声に次いで、砂を踏みしめる靴音が背後で響く。
覚えのある男の声に振り返れば、そこに立っていたのは響の想像通りの人物だった。
アルカ・ノイズの残骸である赤い霧よりも深く、暗い赤。
気だるげに立つその影は、今の響にとって最も厄介な相手であり、同時に待ち望んでいた存在でもある。
ブラッドスターク。
秘密結社ファウストを組織する怪人物を前にして、隣のクリスが即座に銃口を突き出した。
『この前はカイザーが世話になった。いい部下だっただろ?』
「ああ。ウェル諸共、あたしらの前で尻尾巻いて逃げ出すくらいにはな」
『手厳しいねェ。まあいい、奴の価値は“そこ”にはない』
「そんなことより、今はオートスコアラーを追わないと……!」
『あの人形共と戦うなら装者二人で事足りるはずだ。お前たちが手にしたのは、たった三人でキャロルを倒すほどの力なんだからな』
銃口を突き付けられているというのに、一切の怖気を見せないスターク。
普段ならば、怯えた真似の一つや二つする状況だった。だが自然体を崩さない彼を前に、あの日宣言された“宣戦布告”が重みを増す。
『宣戦布告も、部下との顔合わせも済ませたんだ。次にやることといえば一つだろ? 今日は、お前たちと戦いに来たんだよ』
「はぁッ!? 何もこんな時に……」
不思議と驚きはなかった。
胸の内で、いつか訪れるものだと覚悟していたからか。間違ってはいないだろうが、それは恐らく正確ではない。
凪いだ海の上を、海鳥の鳴き声が空しく反響する。
「……スタークさん。本当にわたしたち、戦わなきゃいけないんでしょうか」
「おい馬鹿、相手すんじゃねえよ」
『お前の成長には必要だと判断したまでだ。……よし、やる気にならないなら、辺りの人間を一人ずつ始末していくことにしよう』
「お前ッ!」
『これでやる気になっただろ?』
「…………」
なんてことないように、思いつきを話すように吐き出された虐殺の宣言。
本当に実行するつもりなのか、響を焚きつけるためだけに発せられた狂言なのか。その表情は、赤い仮面に隠れて推し量れない。
少なくとも、一筋縄では振り切れそうにない相手というのは確かだ。前方に立ち塞がるスタークに、後方でマリアを狙うオートスコアラー。
二つの脅威を前に、響は息を吐き出した。
「クリスちゃん。わたしやるよ」
「……大丈夫なのかよ?」
「へいき、へっちゃら。拳の握り時くらいはわたしでも分かるから。……だから、クリスちゃんは先に行って」
クリスとも長い付き合いだ。
響の横顔を見た彼女は僅かな逡巡の後、「ヤバかったらオッサン呼べよッ!」と踵を返して走り去った。
クリスの気配が遠ざかって数秒、白いビーチに残された二人は向かい合ったまま動かない。
やがて、スタークが肩を揺らした。
『さて。こうしてお前と戦うのも随分久しぶりだ。デュランダルを奪い合ったとき以来だな』
「フロンティアでスタークさんに言いましたよね。あなたのことを教えてほしい、って」
『ああ。確かに俺も“その内”と言った覚えがあるが……今だと言いたいのか? 教えたら俺に協力でもしてくれるのか』
「それがみんなを苦しませるものなら、止めてみせますッ!」
言葉と共に、両の拳を固く握る。
響は彼のことを何も知らない、フロンティアで対峙した際にも独り言ちた心境だった。
今でもそれは変わらない。なぜ響たちの前に現れるのか、なぜ装者の成長を執拗に望むのか。そしてなぜ、宣戦布告などという真似をしてみせたのか。
謎は増える一方だ。
だが、ただ一つだけ確かなことは。
『いい気迫だ。そんなに俺のことを知りたいなら』
彼の真意を迫るには、恐らく
ここが拳の握り時。力の責任から目を背けないと未来に誓ったのだから。
張りつめた静寂が途切れた瞬間が、開戦の合図だった。
スタークが銃爪を引くのと響が真横に飛んだのは、全くの同時だった。
着弾直後、爆発し舞い上がる砂面。着地の瞬間、脚部のジャッキを叩きつけた響はピンボールのように彼の懐へと飛び込む。
爆炎を掻い潜った眼前に映るのは、無慈悲に照準をこちらへと定めたスタークの姿。
銃爪にかけられた赤い指。
沈みきるより先に捩じ込む。
右腕を引き絞った響は、弾丸の如き速度で肉薄。無双の拳を打ち放った。
「一点突破のッ、決意の右手ぇぇッ!!」
スタークの仮面を、迷いのない右拳が捉える。
否、その直前に
空を切る拳。だが、これで間合いはインファイト。
追撃を仕掛けるスタークの刺突を、緩急をつけた肘打ちで弾く響。
1年前の夜、そしてデュランダルを争奪したあの日。何一つできず、手も足も出なかったあの頃とは違うのだとこの拳で証明する。
それこそがブラッドスタークという存在を知ることになると信じているから。
『なら、こいつでどうだッ!』
ラッシュの最中、不意に聞き覚えのある電子音が。
伸ばした腕を咄嗟に引き戻したのは半ば反射だ。瞬間、身を護るように折り曲げた左腕の鎧に強い衝撃が走った。
「ぐッ……」
『どうした、お前の力はそんなものじゃないだろッ!?』
「ッ、ああッ!?」
火花散る中、ガードを崩された響は、次いで感じた衝撃に息が止まる。
視界に映るのは、腹部にめり込んだ赤い脚。身体が浮き上がったのも一瞬、瞬きの間に吹き飛ばされた響は砂浜を削りながら転がっていた。
地面を殴り、発剄で衝撃を逃がしながら体勢を立て直す。
攻撃の直前に飛び退くことで威力こそ減衰できた。だがスタークの姿は小さい。
距離を離されたことに歯噛みしつつも、響は左腕の鎧を一瞥。そこに刻まれた
「やっぱり強い……!」
力ではない、技巧で装者を翻弄してみせるだけはある。だが、いつかは超えなければならない存在だ。
そしてそのいつかは────。
『本気で来いと言ったはずだッ!』
「言われなくてもッ!」
怒鳴るようなスタークの声をかき消すように、響もまた裂帛の叫びを返す。
彼女の右手は、胸元の水晶へと当てられていた。
瘴気の奔流に抗うのも一瞬、胸の覚悟で呪いを捻じ伏せた響は一歩踏み込む。
漆黒の波動に包まれながらの突進は一瞬だった。背後に爆風を感じる中、ひと飛びでスタークの元へと舞い戻った響は、禍々しい音楽を歌って業火の拳を叩きこんだ。
「掴んだこの力の意味のッ……!」
『そいつが噂の強化型ギアか! だが……』
「重さァッ!!」
『何ッ!?』
響の拳を受け止めたスタークの左手、だが問題ない。
防御ごと、強引に殴り抜く。
何かを守るために誰かが傷つく、そんな矛盾を抱えた拳。それでも歩みを止めない。この辛さから目を背けないと誓ったから。
一切の抵抗感なく振り抜かれた右腕は、周囲の砂ごとスタークを宙へ舞い上がらせた。
激しく砂浜を転がるスターク。体勢を立て直される前に畳みかけるべく、響は再び脚に力を込めて────瞠目する。
『いいぞ響……お前の本気を見せてみろッ!!』
突如、転がっていたはずのスタークの周囲が
噴き上がった猛烈な爆炎が天地を這い、白い砂浜を紅蓮の地獄へ変貌させる。
いや、あれは炎ではない。
スタークの全身から放出された深紅の波動が揺らめき、炎のように見えているのだ。あのエネルギー、かつてフロンティア事変の折に幾度か見せたという彼の本気に他ならない。
「涙知って、痛み知ってッ、絶え抜いた先に……紡ぐッ!」
だが、響の身体はすでに攻撃準備に移行している。
爆発的な推力と猛進の速度を掛け合わせた右拳が、真っ直ぐスタークの胸元に吸い込まれていき────今度こそ、受け止められた。
力負け、ではない。事実スタークの足元は削り取られ、じりじりと後退している。
だがそこまでだ。気を発しても押し込もうとも、これ以上の優勢には持ち込めない。
赤い焔を纏ったスタークの視線が、ゆっくりとこちらを向けられたことに気づいたのは偶然だった。
『もうすぐだ……俺の求めるレベルまで上がってこいッ!』
「だったらッ!」
求められるのは覚悟だ。それを持たぬ踏み込みでは浅く、何より
誰もを助けるヒーローになりたい訳ではない。
ただこの腕が、この右手が、誰かのためにあると信じるために。響は胸の覚悟を強く、硬く握りこむ。
その手は再度、胸元のコンバーターに叩きつけられていた。
コンバーターのスイッチを押し込むこと三度。
響の身体を覆っていた漆黒の瘴気が脈打ったかと思えば直後、様相を大きく変える。
禍々しい黒い輝きが純粋な
スタークが息を呑んだのも束の間、響の拳を押さえていた彼の手が火花と共に弾かれた。
イグナイトモジュールに施された、計三段階のセーフティー。その全てを解除したのが、この赫灼たる魔光を纏った【モード:ルベド】だ。
耳元の通信機越しに告げられるのは、モジュールの稼働カウントが加速度的に減少している現実。
強大な力の代償が軽い訳がない。カウントゼロ、すなわちギアの強制解除────戦場においては大きすぎるリスクを対価に手にしたこの力で、片をつける。
「轟、けぇぇッ!!」
一呼吸の内に放つは、三十発に及ぶ超音速の連撃。
フック、ジャブ、アッパー。突きと蹴撃を織り交ぜた打撃の暴風がスタークに襲い掛かる。たった一撃を防ぐのが精一杯の彼に、この攻撃に対処する術など存在しない。
三十発分の衝撃波が砂嵐を作り上げ、そして凪いだ水面を激しく打ち鳴らす。
前に映るのは、火花を散らしてのけ反ったスタークだ。
がら空きの胴体。逃す手はない。
そして、ついに。
放たれた剛腕のストレートが、男の胴に直撃した。
『ハザードレベル5.0ォォッ!!』
そう叫び、その身体を砂中に沈めるスターク。
勝負がついた? そんな訳はない。
『ようやく────ようやく至ったかァ!』
直感する。これが最後の攻防だと。
疾走の中、視界を埋め尽くさんばかりに迫りくる赤黒い
飛び蹴りが大蛇を正面から粉砕し、霧散させる。
破壊されたそれから噴き出た黒煙を着地の風圧で吹き飛ばしながら、正面の彼を捉える。
両腕のアーマーを展開、限界まで引き延ばされたハンマーパーツから噴き出る炎。過剰なまでの加速を得た響が見据えるべき景色は、いつだって正面だ。
最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に。
打ち放たれた赫灼の撃槍が、ついにスタークを捉えた。
『今だッ!』
「高鳴れッ! メーターを、ガンとッ! 振り切れぇッ!!」
激突の瞬間、スタークの手が二人の間に
だが今更どんな小細工をされようと、この拳は必ず当てる。直後、形容できない硬い感触と、今日一番の凄まじい抵抗感が響の進みを阻まんと襲い掛かった。
周囲の大気が次々と爆ぜる。臨界したフォニックゲインとスタークの焔が異常反応し、周囲の空間を歪ませているのだ。
目まぐるしく景色が流れるが、響の目に映って見えるは眼前の赤い男だけ。
限界か?
そう問われた気がした。
ならば、返す言葉はただ一つ。
限界なんてものは、
「いらない、知らない、絶対ッ!!」
拮抗はほんの一瞬。
それを打ち破るためには、響はただ“歌う”だけでよかった。
一際大きな光が二人を包んで────。
「繋ぎッ!
離さなああああぁぁぁいッ!!!」
『ぐあああああァァッ!?』
鼓膜を震わす爆発音と、足元をすくう強烈な揺れが翼たちを襲う。
発生源は前方のビーチ。たった今、響とブラッドスタークが死合っている戦場だ。
調、切歌、そして合流したクリスと先を急ぐ。木々をかき分け、砂の混じった土を踏みしめ、森を抜けた先に広がっていたのは。
「立花ッ!」
「……翼さん!」
ギアが解除され、水着姿へと戻った響。
そして、前方で咲いた炎の華。
翼を認めた途端、荒い息を吐きながら座り込む響。
まさに満身創痍。だがその光景は、“立花響の勝利”という結果を克明に映し出していた。
「スタークに打ち勝ったようだな」
「どうにかこうにか、ですけど……はい」
「ヘっ、ボロボロじゃねえか。けど、まあその……無事でよかったってか……」
「クリスちゃんってば素直じゃないんだか……ぶへぁッ!?」
「ったく……。今は休んどきな。相手は後でしてやるから」
疲労の色は隠せていないが、軽口を叩き合える程度には無事なようだ。
クリスのもとに駆け寄ろうとした途端、腰が抜けたように顔から砂にダイブした彼女に苦笑を零しつつ、翼は正面の砂煙に視線を向ける。
爆心地のように抉れ、半ばガラス質に変貌した地面が戦闘の激しさを物語っていた。
煙は濃く、奥を見通すことは未だ容易ではない。
「未来さんとエルフナインは、マリアが守りきったみたい」
「じゃあ二人は無事なんだね。よかったぁ……」
「それだけじゃないデスよ。なーんとぉ、オートスコアラーまで倒しちゃったのデス!」
和気あいあいと報告を続ける調と切歌。
だが、未だ警戒を解くには早い。翼は握る太刀を正眼に構え直し、砂煙に視線を向けたまま後方の彼女たちへと注意を促した。
「油断するな。肌に焼き付くこの空気……奴はまだ煙の中に残っている」
通信機越しの弦十郎の指示により、翼とクリスが前線で敵の警戒、調と切歌は後方で響の護衛を担うこととなった。
即座に陣形を組み直し、煙の奥を睨む装者たち。
不気味な声が青空に響いたのは、突然のことだった。
『ついに戻ってきたァァァァッ!!』
次いで、笑い声。
耳を打つ声は紛れもなくブラッドスタークのものだ。
だが理解できないのはその感情。たった今響に敗北を喫したというのに、なぜこれほど歓喜に打ち震えていられるのか。
そして、“戻ってきた”という言葉。
激闘を制したのはこちらのはず。
喜ばしいこと。
ならば。
奥底からせり上がってくるこの胸騒ぎは、一体。
「やっぱり、まだピンピンしてる!」
「しぶといにも程があるデスよッ!」
煙の奥に、影が浮かぶ。
腕があり、脚があり、頭のある人間の輪郭。
当たり前だ。スタークは人型、なれば奴が生み出す影もまた、五体満足な人間のそれに相違ない。
可笑しなことなど何ら────。
「イグナイトモジュールの力、十分堪能させてもらったよ。聖遺物を二つも使ってるんだもんなァ。そりゃ強いはずだ」
「────え」
煙の奥から、声が聞こえた。
「スタークさん、あなたと話を……って、あれっ?」
「誰だよ、この声は……?」
影が近づく。
風になびく長髪。丸みを帯びた輪郭。
そのシルエットは、
「女の人の声に、影?」
「ええーッ!? スタークってオジサンじゃなかったんデスかぁッ!?」
「……先輩?」
周囲の声が、どこか他人事のようだ。
「おい先輩! 油断すんじゃねえっつったのアンタだろッ」
揺れる視界。
クリスが翼の肩を揺らしているらしい。
「まさか強制解除させられるとは思わなかったよ。まあ……
「……えっ」
煙が晴れ、影の正体が露わとなる。
困惑の声を漏らしたのは、響だろうか。
それ以外、誰も声を発しない。
「よっ! こっちの姿で会うのは久しぶりだね」
現れた
その視線が向けられているのは、こちらだった。
「サプライズ成功ってとこか? なぁ────」
夕陽に舞い落ちる羽根を思わせる、鮮やかな橙色の長髪。
あの日共に翔けたころと寸分違わぬ、愛おしい声。
すべてを見透かすような────
翼はゆっくりと、噛み締めるように。
あり得ざるはずの
波音。
風が出てきたようだ。
次回「疑惑のレガシー」
ほぼ会議パートです
最後のシーンは響だけ水着(他の装者はギア着装、奏さんは私服)という変な絵面になってます
パワーバランス的には
融合症例響≦きりしらユニゾン≦地球外パワー発動スターク<<<イグナイト<<<<ルベドモード<(越えられない壁)<キャロル
みたいなイメージです(きりしらとスタークは変動あり)
なので、スタークを強制解除させられるのはイグナイトモジュールかキャロルちゃんだけという理屈です
実際は奏さんのスケジュールが合っただけ(演出の都合)ですゆるして