戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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前半の場面転換による視点の変更がわかりづらいのですが、
マリア→クリス(回想)→マリア となっています




EPISODE12「疑惑のレガシー」

「まずはオートスコアラーの一角、ガリィ・トゥーマーンの撃破を喜びたいところだが……」

 

「後回しでしょう。そんなこと……とまではいかないけれど、喫緊の議題は他にある」

 

 

 

 沈みゆく夕陽の光を反射し、血のような赤みを帯びた海上。

 沖合に建設された研究施設内の一室に、S.O.N.G.の面々は集結していた。室内の空気は今や、息苦しささえ覚えるほど重く、暗鬱な様相を呈していた。

 理由など分かり切っている。マリアは、壁際に背を預ける彼女の様子を流し見た。

 

 

 

「うむ。……構わんな、翼」

 

「…………」

 

 

 

 返答はない。だが、自らの身体を抱く手の白まりが彼女の感情を端的に表している。自身に向けられた視線は察しているのか、それとも。

 無言を肯定と受け取ったのか、弦十郎は組んでいた腕を解いてこちらに向き直る。

 

 なぜこのような空気が満ちているのかと問われれば、この場の誰もが同じ返答をするだろう。

 理由など、一つしか思い当たらなかった。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 

 鮮やかな青空の下、突如として滲み出した赤。

 ブラッドスタークの正体が露わとなってしばらく、舞台の上で動く者は誰一人として存在しなかった。

 

 絶句。

 戦慄。

 処理しきれぬ数多の感情が一斉に襲い掛かる今、誰が冷静に思考を巡らせられるというのか。寄せては返す波音だけが、一同の耳朶を叩き、

 

 

 

「あっははははっ!」

 

 

 

 いや────ただ一人。渦中の人物だけは、腹を抱えて破顔していた。

 クリスも、響も、調も、切歌も。()()の姿を注視する。場をコントロールされている。そう誰もが直感するも、抗える者はいない。

 

 

 

「随分な驚きようだなァ! そんなに意外かい? あたしがここに立ってるのが」

 

〈……天羽奏、なのか?〉

 

「その声は弦十郎のダンナ! この見た目が天羽奏(あたし)じゃなくて、他に誰がいるってのさ」

 

〈だが、お前は……〉

 

「懐かしの再会なんだし、細かいことはいいだろ?」

 

 

 

 代わって声を上げたのは風鳴弦十郎だった。

 通信機越しの硬い声色。だがその奥に封じ込めた確かな動揺を察知してか、彼女は口の端を僅かに吊り上げ軽い口調で返す。

 彼女の纏うあまりに自然な様子は、道端で知己と鉢合わせた様を幻視させるほど。彼女────天羽奏の何もかもが、クリスの理解からかけ離れた場所に鎮座していた。

 

 再びの沈黙、ようやくクリスたちの精神が平常を取り戻しつつあった、まさにその時。

 ぱん、と。場違いなほどに軽快な、乾いた音が空に響いた。

 

 

 

「さて、と! この姿じゃ初めましての連中もいることだ。改めて自己紹介と洒落込もうじゃないか」

 

【コブラ……!】

 

 

 

 奏の右手に現れたのは、しなやかな肢体には似合わぬ武骨な拳銃だ。

 拳銃、トランスチームガンに()()()の小瓶を装填。直後、真夏の砂浜に重低音が鳴り響いた。

 丹田を震わせる、どこか警告音にも似た旋律。右手の武装。

 突きつけられた何もかもが指し示す、ただ一つの答え。“それ”を行っているのが天羽奏である、その事実を除けばだ。

 

 やがて、答え合わせのように。

 ゆっくりと、銃爪が引き絞られた。

 

 

 

 

 

「蒸血」

 

【ミストマッチ!】

 

 

 

 

 

 瞬間、濃密な黒煙が奏の身体を貪る。

 つい今しがた目にしたのと逆の事象が、今起きようとしている。どこか白昼夢でもみているような錯覚に陥るようだった。

 だが、この言い知れぬ焦燥。照り付ける陽光。吹き込む潮風。

 何より、クリスの隣で立ち尽くす彼女────風鳴翼の存在が、この光景は現実だと思い知らせている。

 

 

 

【コ・コッ・コブラ……コブラ……】

 

「あたしがブラッドスタークだ……ンンッ』

 

 

 

 渦巻く煙の奥から見え隠れするのは、見知ったシルエットだ。

 乾いた血を思わせる、くすんだ赤いスーツ。

 全身の鎧でとぐろを巻いた、黒鉄色のパイプ。

 胴体に張り付いた、青銅色のコブラのレリーフ。

 

 小さな咳払いと同時、奴の纏う黒煙が弾け飛んだ。

 

 

 

『━━━━馴染みがあるのはこっちの声かァ?』

 

【ファイヤー!】

 

「スタークッ!!」

 

 

 

 仮面の奥から聞こえる、低く深みのある()()()を受けて、クリスは思わず奴の名を叫ぶ。

 だが叫びとは裏腹に、却って頭が冷えてくるのを実感していた。ここまで見せつけられては、否が応でも理解させられるというものだ。

 認めざるを得ないだろう。ブラッドスターク、その正体が────天羽奏だということを。

 

 

 

『いい声だろ? 魅惑の美声、って奴だ』

 

「体型も、変わってる……?」

 

『便利なスーツでなァ。羨ましいか』

 

 

 

 見せつけるように両腕を広げる奴に調は眉を吊り上げるものの、どうにもキレが悪い。

 無理もないことだった。大鎌を握り締めた切歌は未だ大きく口を開けているし、翼は言わずもがな。

 

 だが、独り。

 

 

 

「スタークさ……奏さんッ!!」

 

『こっちの見た目じゃ、引き続きスタークと呼んでくれ。わざわざ一人称も口調も変えてるんだ』

 

 

 

 最も早く立ち直った響が、一歩踏み出して声を上げた。

 真っ直ぐ仮面の奥を見つめる彼女に対して、スタークは気だるげに首を鎧に埋めるのみ。先ほどまでとは似ても似つかぬ口調で返した彼に構わず、響は一際強く言葉を続ける。

 

 

 

「あの日、あなたはわたしを助けてくれましたッ! 生きるのを諦めるなって……その言葉があったから、わたしはここまでこれたんですッ!」

 

『それは何よりだ』

 

「なのに……そんなあなたがどうしてッ!? みんなを苦しませることやってるんですかッ!」

 

『言っただろ。()には壮大な目的がある。“プロジェクトリビルド”の前では、人間の命なんて些事に過ぎない』

 

 

 

 その言葉に一切の温度はない。響の叫びへの返答としては、淡白に過ぎるものだった。

 僅かでも人命を尊ぶ者にこれほどまでの色が出せるものか。であれば、目の前の存在は心の底から────。

 歯を食いしばったクリスの前で、徐にスタークは左手を持ち上げた。

 

 

 

『積もる話はいろいろとあるが……まだ整理がついてないようだ。今続けても時間の無駄だな』

 

 

 

 右手のトランスチームガンが、僅かに揺れた。このまま煙に巻くつもりか。

 だがそう易々と逃がしはしない。激情が衝撃を上回った今、もはやクリスを縛りつける枷は何もなかった。

 

 

 

「待ちやがれッ!」

 

━━━━━━ARTHEMIS SPIRAL━━━━━━

 

 

 

 アームドギアを即座に変形。身の丈ほどの大弓へと変じた得物の弦を、クリスは限界まで引き絞った。

 番えられたフォニックゲインの矢は開戦の嚆矢だ。奴の正体が誰であろうと、成すべきことは何一つとして変わっていない。

 すでに狙いは定め終わり、あとは撃ち放つだけ。真紅の光が臨界に達し、右手を矢から離す────その刹那。

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 

 視界を絞る直前に垣間見えた、翼の横顔。

 ブラッドスタークの正体が彼女のかつての相棒だったというのなら。

 今翼が果たしているのは、あり得ざる再会だ。それをこの手で引き裂くというのか────?

 

 逡巡は、ほんの一瞬だった。

 だがその一瞬が結果を変える。迷いを押し込め、【ALTHEMIS SPIRAL】を放つべく正面を向き直った際には、既に。

 

 赤い影の痕跡すべてが、ビーチから消え去っていた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 ブラッドスタークの正体開帳の瞬間を、モニター越しに目撃していたマリア。

 クリスの口から状況説明を受けてようやく、事が現実味を帯びてきたことを実感する。

 

 ふと、息を呑む音が聞こえた。

 音の方へと目を向ければ、苦い表情で俯くクリスが。彼女の肩に手を置きつつ、マリアは弦十郎に進行を促した。

 

 首肯した弦十郎は、傍らに腰掛けるあおいに短く指示を飛ばす。

 彼女の操作で、室内の壁面に画像データが投影された。プロジェクターが映し出したのは一人のシンフォギア装者だ。どこか響の纏うそれに似たギアを着装した少女の姿は、今や誰もの脳裏に刻まれている。

 

 

 

「天羽奏。第三号聖遺物ガングニールの適合者であり、三年前に殉職したと()()()()()少女だ」

 

「ツヴァイウィングのライブ会場で、わたしを助けてくれた人なんです。それで……」

 

「Model_KのLiNKERを使ってた人」

 

「大先輩なのデス……なのデスが」

 

 

 

 説明を補足する響、調、切歌だが、どうにも歯切れが悪い。言葉を切り上げた切歌はちらちらと壁際へ視線を送りだしているが、効果は望めないようだ。

 

 微かな空調の音がやけに耳障りに響く。この重い静寂がいつまでも続くような、そんな錯覚すら覚えるほどに。

 未だ微動だにしない翼を尻目に、弦十郎は再び口を開いた。

 

 

 

「その他の略歴は一旦置いておこう。肝要なのは……この天羽奏を名乗る人物が、ブラッドスタークとして我々の前に現れたという事実だ」

 

「事実な訳はないッ!!」

 

 

 

 ────静寂を引き裂いたのは他でもない、風鳴翼の叫びだった。

 悲鳴にも似た声が反響する。同時に響いた硬質な音が、壁面に彼女の腕が叩きつけられたものであると察するには十分だ。

 

 一点に集中する視線。目を見開く者、表情を歪める者、十人十色の感情が翼に突き刺さる。

 だが肩で息をする彼女には届かない。垂れた前髪に隠れた瞳が映す景色を、無遠慮に推し量ることすら許されないだろう。

 

 が、自棄になっているのであれば話は別。マリアは再び壁を殴りつけようとした翼の腕を咄嗟に掴んだ。

 

 

 

「奏が……わたしの片翼がッ! あのような悪辣に染まった貌をするものかッ!!」

 

「落ち着きなさい翼!」

 

「落ち着けだと? 目の前で()()()()()()、それでも口を鎖せと……そう言うのかッ!」

 

「誰もそんなこと言ってねえよ! こいつらだって動揺してんだ。頼むよ先輩、今はこらえてくれ」

 

「ッ……!」

 

 

 

 マリアとクリスの言葉を受け、周囲に意識を向けた翼。ようやく腕の力が弱まり、マリアも手を離した。

 目の前に映るのは再び俯く戦友の姿。彼女の固く握られた両手を見れば、その感情を推し量ることは容易い。

 

 原因など、火を見るよりも明らかだ。

 だが、彼女がここまで取り乱したという事実には狼狽えを隠せない。隣のクリスに視線を移せば、彼女もまた困惑の様相を呈している。

 

 沈黙が室内に落ちようとした時、弦十郎の傍らに控えていた慎次が翼の前に歩み出た。

 

 

 

「僕も司令も、翼さんの心情は理解できるつもりです。ちょうど、司令は()()()をするところですから」

 

「緒川、さん……」

 

「腸が煮えているのは俺とて同じだ。()()姿()()()()()が現れたとなれば、“怒り狂うな”など……お前にとっては酷な話だろうよ」

 

 

 

 そう力強く言い切った弦十郎に対し、目に見えて翼の怒気が鎮まっていく。

 ひとまず話は進められそうだ。翼の感情はこの場で対処できるものでない以上、今は情報共有を優先すべきだろう。

 一息つく────直前。耳に残った違和感に首を捻ったマリアは、再びクリスと顔を見合わせた。

 

 

 

「姿を……騙る?」

 

「ニセモノってことデスかぁッ!?」

 

「どう見ても写真と同じ人だった気がするけど……」

 

「無論、理由がある。了子くん」

 

 

 

 マリアだけではない。その場の装者ほぼ全員が、弦十郎の発した言葉を咀嚼しきれていないようだった。

 投影された画像を指さす調が口にした疑問は想定済みだったようだ。コンソールを手早く操作するフィーネから視線を戻せば、画面には新たなウィンドウが表示されていた。

 何かの音声データらしい。意味を考えるより早く、再生が始まる。

 

 

 

────あのなあ。アンタ、あたしらに用があって来たんじゃないのかい? 今のところただおしゃべりしてるだけに見えるんだけどね。

 

────心配するな。俺の目的は、お前たちと直に(まみ)えることだ。邪魔者もいないことだし、もう少し三人でゆっくりしていこう。

 

────邪魔者だって? やっぱ、この通信障害はアンタの差し金だったか。

 

────さてね。だが事実だろう?

 

────事実な訳はない! 職員方は銃後の護り、その責務を全うしておられるのだから!

 

 

 

 ノイズ交じりの音声が途絶え、再生が終了する。

 男性の声は紛れもなくスタークのもの。対する二人の女性の声、片方は翼のものに聞こえるが、そこはさして問題ではない。

 残る声の主、つい数刻前に耳にした()()のものと完全に一致していたこと。この事実こそが“証拠”ということか。

 

 

 

「それで偽物、ね。合点がいったわ」

 

 

 

 この情報を保有していたのなら、弦十郎の断定にも頷ける。

 頷くマリアの傍で、響がフィーネに声を上げた。

 

 

 

「了子さん、これって?」

 

「2040年、ツヴァイウィングがブラッドスタークと相対した際の音声記録。聞いての通り、天羽奏とブラッドスタークが()()()()()()()()()()

 

「奏さんの狂言芝居という線も、共にブラッドスタークと遭遇した翼さんの証言から薄いように思います」

 

「当時の奏さんのバイタルデータも確認しましたが、心拍、虹彩、声紋に不審な点は見当たりませんでした。

 “何らかの手段で二人いるように見せかけている”という線自体、可能性は低いんじゃないでしょうか」

 

「分身、あるいは洗脳能力……。我々の預かり知らぬ、何らかの聖遺物を用いていた可能性もゼロではない」

 

 

 

 ジャミングにより映像記録は残されていないようだが、ここで翼が嘘を吐くとも思えない。音声記録の信憑性は十分担保されていると考えていいはずだ。

 もっとも、奴はエボルドライバーなる未知の完全聖遺物を扱うような存在。どの可能性を考えるにも、仮定を定めねばまともな考察などできない。

 

 だが、と枕を置いて弦十郎は続けた。

 

 

 

「了子くんの証言により明らかとなった、ライブ会場の事件に奴が関わっていたという事実。

 そして奏が抱いていた、ノイズへの憎悪と戦士としての覚悟……あれが全くの嘘偽りであったとは、俺には思えん」

 

 

 

天羽奏についてマリアは多くを知らない。それでも、絞り出すような弦十郎の声を聞けば彼女の存在の大きさが容易く伝わってくる。

 

 小さく漏れた息に振り向けば、あったのは歯を食いしばった翼の姿。

 怒髪を逆立てるその様は修羅の如く。

 ようやくマリアは理解する。翼は一切鎮まってなどいなかった。

 むしろ対極、燃えて、燃えて────自らをも焼き尽くすほどの青い業焔に、身を預けているのだと。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 仄かに光を発する壁面のみが、硬質な通路を頼りなく照らしている。

 コツ、コツと靴音を響かせながら石造りの通路を歩む赤い影は、黒鉄色の船内にはあまりにも場違いな色だ。

 だが同時にその異質さこそが、彼がこの超抜級戦略空中要塞アーク・エルピスの主であることを際立たせていた。

 

 通路の最奥に据えられた扉が観音に開き、スタークは玉座の間へと歩みを進める。

 鎮座する玉座の左右に控える二つの影が、彼の入室とともに恭しく一礼した。

 

 

 

『今戻った』

 

「首領ッ!」

 

『お待ちしていました』

 

 

 

 一礼の後、左胸に手を当てたまま直立するウェルとカイザー。二人に手を振り、どっかりと玉座へ腰かけたスタークは、全身を黒煙で覆い始めた。

 ゆっくりと黒煙が晴れていく。やがてその奥が露わとなったとき、すでにブラッドスタークの姿はそこにはなかった。

 

 天羽奏。

 渦中の少女へ戻ったエボルトは、そのまま片足を玉座に乗せて腕を預ける。

 厳かな空間には似つかわしくない姿勢。だが、それを咎める者も、不快に思う者もここにはいない。

 

 

 

「よろしいのですか? 我々の前でもその姿を晒して」

 

「いいんだよ。こっちでも正体を隠してたのは、ウェルが万一にも情報を零さないためだったんだし。どうせお前のことだ、調子に乗って連中にバラしかねないだろ?」

 

「ハハハ、御冗談を……。…………。もちろん、カイザーもこの事は?」

 

「ああ。もちろん知ってるさ」

 

「なんッ!?」

 

「こいつは調子に乗るような奴でも、周りに吹聴するような奴でもないしな。信頼のおける奴だよ」

 

『勿体ないお言葉です』

 

「カ、カイザァッ」

 

 

 

 どこからともなく取り出したハンカチを噛み締めるウェル。声にならない声を上げる彼にけらけらと笑いながら、奏はカイザーを流し見た。

 カイザーはじっとウェルを見つめている。忠実な兵士として教育を施したはずだが、ウェル相手となるとどうにも調子が狂うらしい。

 

 いずれにせよ、任務遂行に支障がないのなら何でもいい。

 枝毛を指に絡ませながらカイザーを眺めていると、突如間に割って入ったウェルに視線が遮られる。

 カイザーにばかり関心が向くのが気に入らなかったのか? 目を細める奏だが、彼はそのことには気が付いていなかった。

 

 

 

「……そ、それにしてもッ! 首領もお人が悪い。ファウストの首領が天羽奏、などと……。彼女にとってはとんだ風評被害でしょうね」

 

「違いないね。まあ、生かしてやったんだからこれくらいは許容してもらわないと」

 

 

 

 ウェルを適当にあしらいながら、奏は玉座から立ち上がった。

 首領の正体が明らかとなったことで、ファウスト構成員の忠誠に揺らぎがないかを確認する。それだけのために方舟まで戻ってきた訳だが、余計な手間がかからなかったのは重畳だった。

 

 ならば、次の目的を果たすまで。

 同行を申し出るカイザーを不要と制する。それ以上何も言わず引き下がった奴の殊勝さを、ウェルにも持ってもらいたいものだ。

 まあ、望み薄だろう。

 

 

 

「ウェ~ル」

 

「はい、あなたのウェルキンゲトリクスです……おっと?」

 

 

 

 奴が余計な出撃をしないよう、釘を刺しておかなければ。

 胸ポケットから取り出したチップを無造作に放る。危なげなくそれを受け取ったウェルは、奏の次の言葉を待っていた。

 

 

 

「イグナイトモジュールの戦闘データだ。あたしがこれを渡した意味、分かるよな?」

 

「勿論でございますともッ!

 【ハザードトリガー】の製作……我が英雄部隊と、この私にお任せをッ!」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 八等分されたスイカを頬張る響。

 スイカ割りでもするつもりだったのか、日中切歌が買ってきた大玉だ。それどころではなくなったのだが、「新鮮なうちに食べたい」という彼女たっての希望でこの場が設けられている。

 久しぶりに口にするスイカは、記憶の中のものよりも随分瑞々しい、気がする。

 だが、どうにも味わいきれない。

 種を舌で転がしながら、響はテーブルに残った一切れを見つめた。

 

 レクリエーションルームに集うのは、日中の特訓メンバーから二人を除いた計六人。

 この場にいないエルフナインは、オートスコアラーとの戦闘データの分析に没頭している。

 では、もう一人。彼女の影もまた、ここにはなかった。

 

 

 

「すまない。席を外す」

 

「あっ、翼さ……」

 

「わたしが居ても、場を重くさせるだけだろう」

 

 

 

 ────と、そんなやり取りがあった数分前。

 スイカの賞味も切歌なりに場を和ませようとしたのだろうが、今の翼には暖簾に腕押しだった。

 当然だ。何かを抑え込んだような硬い声色で立ち去る彼女を、誰が止められようか。自然と話題もそちらへとシフトしていく。

 

 

 

「あんな翼さん、初めて見た」

 

「ギザギザハートなのデス」

 

「マムやセレナが敵として現れたなら、わたしだって平静でなんていられない。いつまでもあのままでは困るけどね」

 

「あの人はずっと一人で戦ってきたんだ。今くらいはあたしらが支えてやらないとな……」

 

 

 

 今の翼に対して、響は何ができるのか。

 そもそも何かをすべきなのか。言葉をかけようとしても、心のどこかがそれを引き留めている感覚だった。

 堂々巡りの思考に嫌気がさしてくる。

 

 こんな時に有効なのは、ただ一つ。

 果肉を皮の際まで食べ終わると、響は勢いよく立ち上がった。

 

 

 

「……わたし、ちょっと買い出し行ってきますッ!」

 

「響?」

 

「急に何言い出して……ま、お前はそういうバカだったよな」

 

 

 

 一同の視線を背中に受けながら、買い出し用の財布を片手に部屋を飛び出す響。

 溜息交じりのクリスの言葉からは、いつも通り棘を感じなかった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 意識が覚醒する。

 スペアボディへの記憶の転写が完了するタイミングが読めないのは難点だが、詮無きことだ。

 ひた、ひたと冷たい床面を踏むのは────つい数日前に消滅したはずのキャロル・マールス・ディーンハイム。

 

 

 

「お帰りなさいませ」

 

 

 

 チフォージュ・シャトー、その中枢。

 中央の玉座まで歩みを進めたキャロルは眼下に控えるオートスコアラーを一瞥し、ゆっくりと腰掛ける。

 ファラ、レイア、そしてミカ。三機の自動人形は瞬き一つすることなく、主の帰還を見届けていた。

 

 

 

「ガリィは……役目を果たしたか」

 

 

 

 室内上部に掛けられた、四色の垂れ幕を見上げる。

 ()()()()()()()を契機に出現したものだ。内一つ、青い垂れ幕にのみ幾何学模様が刻まれている。

 つまり、計画が順調に進んでいるということ。

 

 口の端が僅かに持ち上がるが、すぐに戻す。

 記憶転写直後の副作用の一つだ。意思とは無関係に筋肉の収縮が起こる。面倒だが、こればかりは仕方あるまい。

 次いでファラへ視線を落とすと、彼女は舌の上に乗せた()()をこちらへ見せつけた。

 

 

 

「ガリィが暴れている間、こちらも任務は遂行しましたわ」

 

「そうか。ならばお前たち、後は分かっているな」

 

 

 

 感謝は告げない。そうあれかしと彼女たちを造ったのはキャロル自身なのだから。

 オートスコアラーもまた、キャロルの命を遂行するため動き出そうとして────。

 

 

 

 

 

「何が分かってるんだ?」

 

 

 

 

 

 広大な室内に響いた声が、彼女らの動きを止めさせた。

 キャロルでもオートスコアラーでもない。であれば、この場所まで踏み込める者など一人しかいない。

 

 ゆっくりとした足取りで近づき、大きくなっていく靴音。

 闇から滲むように現れた()()を見下ろす。やがて姿を露わにした彼女と視線が交錯した。

 

 

 

「よっ。てっきり負けたものと思ってたが……そいつも計画の内だったのかい? 味な真似をしてくれるじゃないか」

 

「黙れ」

 

 

 

 赤い魔法陣から放たれた業火が彼女に襲い掛かる。

 今の奴は鎧を着込んでいない。だが人外の存在である以上、この程度の対処は容易いだろう。

 

 案の定、炎が呑みこんだ彼女は残像だった。

 気づけば着弾地点のすぐ横に奴は立っている。企みになど興味がないが、これで交渉の余地など存在しないと理解したはずだ。

 

 

 

「随分な挨拶だね」

 

「これ以上の問答は必要ないと言った筈だ」

 

 

 

 焼け焦げた床面を見下ろしながら呟くエボルト。今もなお()()()()()に映る女性と瓜二つの様相となれば、あれが奴の依代ということか。

 哀れな被害者といったところだろう。

 

 

 

「二度目はない……依代ごと消し飛べッ!」

 

 

 

 もっとも、助けてやるつもりなど毛頭ない。

 エボルトの周囲を取り囲むのは地水火風、四色の魔法陣と金色の障壁。視界にちらつく小さな羽虫をこれ以上見逃す趣味などキャロルにはないのだ。

 想い出は多少消費するが、計画が軌道に乗った今なら問題ない。ここで消し飛ばす。

 

 ────そこで、ふと違和感を覚える。

 

 

 

「お前はあの時、()を始末しておくべきだった』

 

【エボルドライバー!】

 

 

 

 男の声に戻った奴の表情から、余裕の色が未だ消えていない。

 前回と異なる点があるとすれば、鎧の有無。そして腰に巻かれた、()()()()()()だけ。

 いや、もう一つ。エボルトの両手には小さな何かが握られている。

 

 だが問題ない。天羽奏に巣食う存在の規模は、以前から何ら変化していないのだから。

 何をしてこようと、上から捻じ伏せるまで。魔法陣がその輝きを増し、内部の全てを分解し尽くす。

 

 直前。

 

 

 

「が、あッ……!?」

 

『ん?』

 

「マスター!」

 

 

 

 視界の歪み。不規則に高鳴る心臓。こみ上げる不快感。

 玉座に腰掛けていなければ、その場に崩れ落ちていただろう。尋常でない異変を察し、レイアがこちらへ駆け寄ってきているようだ。

 

 拒絶反応。

 記憶の転写時に起こる副作用の中でも、もっとも厄介なものだ。転写を高速で行えば行うほど、その頻度は大きく上がる。

 それが、よりによってこのタイミングで。復活直後には荷が重すぎたか? 荒い息を吐きながら、キャロルはエボルトを睨みつけた。

 

 

 

『復活にもリスクがあるようだ。だが、そいつを撃ってもらわないと困る。せっかくのデモンストレーションができないだろ?』

 

 

 

 やはり不発。両手の何かを腰の器具に近づけていたエボルトは、肩を竦めて小さく笑った。

 

 

 

「お仕置きだゾッ!」

 

 

 

 瞬間、オートスコアラーたちが同時に駆けた。

 ファラとレイアだけではない。想い出の消費を抑えていたはずのミカ、そして背後の闇より伸びる巨人の腕。

 

 ファラの剣殺しが、レイアの金貨が。

 ミカの鉤爪が、巨人の拳が。

 一斉にエボルトへと殺到する。

 

 

 

『そういえば、お前にはさんざんしてやられたな』

 

 

 

 四方からの脅威に晒されながら、エボルトは背後の巨人と真っ向から対峙し────ただ、両手の()()を弄んだ。

 

 

 

『準備運動には丁度いい』

 

【コブラ! ライダーシステム!      

          エボリューション!】

 

 

 

 

 閃光、一瞬。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「元気出してください……って伝えたいけど、難しいよね」

 

「そうだね」

 

「師匠とか惣一おじさんなら、もっとうまくやったんだろうなあ。わたしが悩んでたときも、こう……いい感じに励ましてくれたし」

 

 

 

 隣で唸る響に相槌を打ちながら、未来は夜道を歩いていた。

 どこからか鈴虫の鳴き声が聞こえてくる。日中の喧噪とはかけ離れた静けさに心地よさを覚えるが、響はそうでもなさそうだ。

 

 S.O.N.G.本部を出てからというもの、ひたすら首を捻っている響。今の翼に何ができるのかを延々と考え続けているのだろう。

 これでは考えがまとまるどころではない。小さく息を吐いた未来は、響の横顔を見つめた。

 

 

 

「……あのね、響」

 

 

 

 こちらを向いた響と目が合う。

 そこには、未来への疑いなど欠片もない。きょとんとした表情とはこのことを言うのだろう。そんなことを思い浮かべてしまうほど、響の様子はあどけなかった。

 そんな彼女にこのことを伝えるのは正しいのか。伝えてしまえば、二人の関係がどうなるのか想像もつかない。

 

 それでも、一度口をついて出た言葉は止まらなかった。

 

 

 

「翼さん、きっと自分を責めてるんだと思う」

 

「自分を? スタークさんに怒ってるんじゃなくて?」

 

「もちろん、それもあるだろうけど……奏さんが目の前に現れて、あの日のことを思い出してるんじゃないかな」

 

 

 

 思い起こされるのは、響の運命を大きく変えた日。

 未来があの日のことを思い返さない日など、一日たりともなかった。大切な人の運命が変えられたという意味では、未来と翼は同じだ。

 理解できる、とは言えない。だが、他人事である気はしなかった。

 

 

 

「きっと翼さんはブラッドスターク……さんへの怒りと同じくらい、奏さんを助けられなかった自分に怒ってる。そんな気がしたんだ」

 

「そんな……奏さんがあんなにボロボロになったのは、わたしや逃げ遅れた人たちを助けるためだよ。翼さんのせいな訳ない」

 

「きっと、本人はそうは思ってないよ」

 

「……ちょ、ちょっと未来? 歩くの早いよー」

 

「ぃらっしゃいませー」

 

「だってね」

 

 

 

 かばんに隠した、三文字の言葉。

 あの日のことでその言葉を使ってしまえば、きっと響とは今まで通りでいられない。

 そんなこと、とっくの昔に理解していたはずなのに。

 

 気づけば、息苦しさを覚えていた。

 解放されたい。楽になりたい。未来を縛りつけていた幾本もの鎖が、次々と解けていく感覚。心地よさの正体はこれだったのかもしれない。

 

 次に自分が何を口にしているのか、分からないはずがない。

 翼と奏が分かたれたあの日、底知れぬ地獄に響を呼び寄せたのは、他でもなく。

 

 

 

「わたしも────」

 

「あれ? 君、もしかして未来ちゃんかい?」

 

「えっ?」

 

 

 

 頭上から降ってきたのは、唐突な横槍だった。

 思わず顔を上げると、未来の正面に男が立っている。声をかけたのは彼のようだが、ユニフォームからしてコンビニの店員だろうか。

 

 

 

「覚えてないかなぁ、昔よく娘と遊んでくれてた気がしたんだけど……」

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

 

 

 知り合いを装った不審者。

 そう断じることを、目の前の男に見覚えがあることが躊躇わせた。

 四十代ほど、いや、もっと若いかもしれない。全身から漂わせるくたびれた雰囲気が、彼を実際より年上に見せているのか。

 

 見覚えがある。

 それ以上に、彼に既視感があった。

 つい今しがたも目にしていたかけがえのない親友に、どこか似ているような────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父、さん?」

 

「……響か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 ようやく衝撃も収まり、シャトーに静寂が戻ってきた。

 すでに拒絶反応は鳴りを潜めている。キャロルは玉座に腰掛けたまま、じっと眼下の光景を見下ろしていた。

 

 

 

「宜しいのですか、マスター」

 

「……万象黙示録の完成は目前。奴よりも早く、オレが世界ごと分解すれば済む話だ」

 

 

 

 かけられるファラの声。

 返しながら、キャロルは地に沈む()()────左胸から先が消し飛んだ、レイアの妹を見つめる。

 

 

 

────お前はあの時、俺を始末しておくべきだった。

 

 

 

 奴の言葉が脳裏で絶えず反響する。

 

 後悔、というのだろうか。

 だがこの程度、業火の夜に比べれば塵ほどの価値でしかない。

 あの日以上の悔いがどこにあろうか。

 

 世界を識る(壊す)ため、キャロルに立ち止まることなど許されていないのだから。

 

 




次回、翼さんVS奏さん






補足
・エボルトの台詞
 エボルトボイスになってるときは『』、憑依先だったり惣一になってるときは「」で表現しています
・ウェルの知識
 キャラ紹介に書いてた気もしますが、ウェルは
  エボルトが地球外生命体であること:知ってる
  誰かに憑依していること:知ってる
  それが奏さんだったこと:知らない(今回知った)
  惣一がエボルトであること:知らない
 という感じです
・会議パート
 本来は「あの謎の物体(エボルドライバー)はなんやったんやろなあ」パートと「オートスコアラーはまだいるから気をつけよう」パートがありましたが、カットしました。そのパートで明らかになる情報などはありません


余談(キャラクターの口調について)
奏さん(エボルト憑依)の口調は、
正体を知ってる相手:奏さんの口調にエボルトが混ざる
本人だと思わせたい相手:奏さんの口調そのまま
みたいな体感で書いています。
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