戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony 作:セグウェイノイズ
後半はまだ書けてません
タイトルは多分変えます
前回、裏でミカが爆散しました
司令室の扉が開き、確かな足取りで入室した翼。
数日間を空けたことで平静は取り戻せたようだ────少なくとも、表面上は。
マリアは彼女の姿を一瞥すると、視線を正面に立つ弦十郎へ戻した。
「風鳴翼、本日より復帰します。護国の堤に陥穽を空けた不義、申し訳ありませんでした」
「少しは頭が冷えたか?」
「……はい」
「響くんは不在だが、先の戦闘での奴……エボルトの言動について、改めてお前の口からも聞いておきたい。頼めるな」
弦十郎の言葉に翼は無言で頷いた。
ほどなくして、モニターに少女の姿が映し出される。息を呑み瞳を伏せる彼女だが、目に見える動揺はその程度だ。
復調したというのは嘘偽りではないようだが。
およそ5秒。たっぷりと時間をかけて息を吐き、顔を上げる翼。
やがて、何時にも増して硬い声色で口を開いた。
「……ブラッドスタークの正体は、天羽奏に憑依した地球外生命体エボルト。奴の言葉を信じるならば、そういうことになります」
「やっぱり、ドクターがこぼしたのはスタークの本名だったんだ」
「本名……なんかしっくりこないのデス」
「ともかく、ごちゃつきが一つ解けただけでも御の字だろ。あの状況でウェルの野郎が鎌かける理由もないしな」
前回のミーティングでも議題に上がった人物だが、その時と今では何もかもが異なっている。
奏の姿を取った偽物ではなく、本人。しかし“中身”は確かに別人。荒唐無稽この上ないが、妙に腑に落ちたのも記憶に新しい。
「今後、奴はエボルトと呼称する」
倒すべき敵の真名が明らかとなったのは重畳だ。
何より翼や弦十郎たち、彼女をよく知る者が奴を“天羽奏”と呼ばずに済む。
マリアが僅かな安堵を覚えたのも束の間、椅子に背を預けていたフィーネが徐に立ち上がった。
「憑依されているというのが事実と仮定して、だけれど。一技術者として言わせてもらえば、天羽奏が“確実に生存している”と断定はできない」
「心拍に異常はなかったんでしょ? それは即ち、彼女が生きているという証左のはず」
「“憑依”の詳細が不明瞭な以上、身体操作の要領で心臓が拍動しているように見せている可能性は、その……否定できません」
「もっとも、あの状況でそこまでする理由が見当たらない。確証もない単なる意見であれば、天羽奏が生きているというのは私もそこのホムンクルスも同意見よ」
「そもそも途中まで奏さんのふりをしてた時点で、正体を明かしたのは向こうにとっても想定外だったんじゃないでしょうか?」
「確かにこちらの動揺を誘うだけが理由なら、もっと最適なタイミングがあったはず……」
見解を交わす銃後の面々。
フィーネもエルフナインも断定こそ避けているものの、朔也とあおいの仮説には同意見のようだ。
だが、エボルトに関する情報のほぼ全てが未だ確証を欠いている。仮定に仮定を重ねなければ先へ進めない状況は、依然として変わらなかった。
息の詰まるような現状に辟易するも、精査しきれていない議題はもう一つある。
呼吸を整え、マリアは重い口を開いた。
「エボルトが装着していた赤い器具も気がかりね。どう見てもドクターのものと同型だった」
「エボルドライバー。フロンティアで、完全聖遺物だと吹聴していたが」
「それに纏わる神話や伝説が失伝しているのも道理。奴を外宇宙の存在と定義するならば、
奴が使用した“エボルドライバー”なる器具。
奏の身体からフルボトルを生成する────あのような常軌を逸した光景を見せつけられては、議題に上らない方がおかしいというものだ。
「響くんとの戦闘時に取り出した石板状の物体。あれこそがエボルドライバーと見て間違いないだろう」
「アイツ、確かあん時も“ハザードレベル”がどうのって言ってたよな」
「ハザードレベル5.0。
「正面から捉えるなら、ハザードレベルとは“エボルドライバーを起動させるために必要な指標”ということになる。何の指標であるのかは、依然不明のままだけれど」
ハザードレベル。エボルトがしきりに口にする単語だ。
レベルが上がると何が起きるのか、その一端を掴めただけでも価値はある。だが同時に、新たな疑問が発生したことに気づかない面々ではなかった。
僅かな沈黙の後、腕を組み直した弦十郎が唸るように続ける。
「必然的に、別の謎も浮上する。……果たして、
「つまり、エボルドライバー以上の何かを持っている可能性があると?」
「思えば筑波でも口走ってましたよね。“プロジェクトリビルドの前では些事に過ぎない”とか」
「ドライバーを起動させて、一体何を為すつもりなのでしょうか……」
デッドコピーだというウェルのドライバーは、ボトルの装填によりマッドローグの鎧を着装する機能を有していた。
であれば、大本らしいエボルトのそれにも同じ機能が備わっていると見るべきだろう。
その上、先の懸念────ハザードレベルの上昇は止めようがない────もある。戦えば戦うほど、情報が増えれば増えるほど深まる謎。
奴の術中に嵌っていくような感覚すら覚えてくる。
その時、視界の端で何かが動いた。
一歩引いた場所でミーティングに参加していた翼が前に歩み出たのだ。
「いずれにせよ、奴は打ち倒すべき敵。もう遅れを取るつもりはありません。次こそ必ず……エボルトを、斬ってみせます」
「おうよッ!」
「右に同じなのデスッ!」
「エボルトは、わたしたちでバラバラにしてみせる」
「だが翼、お前の……いや。その意気や良しということにしておこう」
静かな、揺れのない口調でそう言い切った翼。
同調するクリスたちに反して、弦十郎の眉間には皺が寄ったままだった。
違和感。
翼の雰囲気にも態度にも、口調にも異変はない。奏の姿が映された際に動揺を見せたが、それは当然のことだろう。
だが、何かが。
それは、先日の戦場で彼女と肩を並べたマリアだからこそ抱いた感覚。
血縁故か、弦十郎も同じものを感じ取っているように見える。だが彼もその正体までは掴めていないらしい。
胸に
「お待たせしました」
その時、マリアの耳朶を涼やかな男の声が叩いた。
忍の歩法で足音一つなく司令室に入ってきた慎次のものだ。彼の登場と共に、翼の纏っていた何かも霧散する。
続く報告に耳を傾ける間も、終ぞそれが再び顔を覗かせることはなかった。
「ここが?」
「翼さんの生家です」
車両から降りたマリアの前に聳えていたのは、丘の上まで続く石造りの階段だった。左右に並ぶ灯篭と頂点に構えられた木造の扉が静かな威圧を放っている。
翼はここで生まれ育ったという。風鳴の家は歴史ある家系のようだが、それも頷ける荘厳さだ。
先を歩く翼と慎次に続いて、門を潜る。
案の定というべきか、その先には広大な庭園が広がっていた。手入れの行き届いた樹木や池、そして純日本風の屋敷。マリアの思い描く“和風”をそのまま体現したかのようだ。
そして何より、庭園の奥に鎮座する
「これが
マリアの身の丈、その倍は優に超えているだろうか。
注連縄を巡らせたこの岩こそ、彼女らがこの屋敷に訪れた理由だった。
ここ数週間、各地で神社の損壊が続いているらしい。調査部の報告によれば、被害に遭った神社、その全てが【レイライン】のコントロールを担う要所だったという。
地脈、霊脈、龍脈。様々に呼称される、星に巡らされたエネルギーの流れ────それがレイライン。
このタイミングでそれの破壊が頻発しているということは、何らかの形で錬金術師、もしくはファウストが関係している可能性が高いということ。
「恐らく下手人は錬金術師。だけど、一体何の目的で……」
次なる襲撃地点として予測されたのが、ここ風鳴邸だ。
故に要石の防衛に向かった訳だが、襲撃予測地点はもう一箇所あった。そちらに向かったクリスや調、切歌は無事だろうか。
巨岩を見上げ、この場にいない彼女たちへ想いを馳せた、その時。
砂利を踏み締める音に顔を向ければ、こちらへ歩み寄る人物が視界に映った。
和服を身に纏った壮年の男性だ。左右に護衛を携えたその立ち姿には、一分の隙も見当たらない。
「御父様……」
消え入るような翼の呟きが耳に入った。
そう、彼こそ【風鳴
マリアのS.O.N.G.転属を後押しした人物であり、何より────翼の父親でもある。
彼はこちらを一瞥すると、静かに口を開いた。
「ご苦労だったな慎次。それに、君の活躍も聞いている」
怜悧な視線がこちらを射抜く。
弦十郎を燃え盛る太陽とするなら、その兄である八紘は冷たく輝く月の如く。
思わず身じろぎしている間に、彼の視線が外れていたことにようやく気づいた。
次は翼に労いの言葉でもかけるのか。何とはなしにそう直感していたマリアだったが、
「アーネンエルベの神秘学部門より、アルカノイズに関する研究資料も届いている。後で開示させよう」
淡々とそれだけ告げて、八紘は背を向けた。
「御父様!」
娘が声を上げて、ようやく立ち止まる。
このやりとりだけで、両者の歪な関係を悟るのには十分すぎるほどだ。
「……沙汰もなく、申し訳ありませんでした」
「お前が居なくとも風鳴の家に揺るぎは無い。努めを果たし次第、
終始顔を合わせず、再び歩みを進める八紘。
一言二言、たったそれだけで親子の会話が終わった。
そういう関係なのかもしれないが。
傍らには眉を下げ、瞳を伏せる友の姿。そんな様を見せられ、黙っていられるマリアではない。
「待ちなさいッ! アナタ翼のパパさんでしょうッ!」
「マリア!」
声を張り上げたマリアを静止するかのように、翼が肩を掴んできた。
なぜ止めるのか。あの顔はどう見ても悲しみを押し殺した娘の顔だ。家族の繋がりを蔑ろにするようなことを、他でもないマリアが許せるはずもなかった。
「だったらもっと他にッ」
「いいんだ」
「でも────」
────続く言葉は、高らかに響いた
慎次が抜き放った拳銃によるものだが、彼が血迷うはずがない。であれば当然、弾丸の撃ち込まれた先には。
「あわわッ」
庭園の中央から噴き出した黒煙。
この光景には嫌というほど既視感があった。そして業腹だが、煙の奥から聞こえた男の悲鳴はさらに。
煙が晴れていくにつれ、マリアは自身の勘が外れていなかったと確信していく。
慌てふためきじたばたと跳ね回る白衣の男。
この男の正体、見誤るはずがない。
「危ないでしょうがッ!」
「ドクターッ!」
「まァたマリアかッ! 僕の追っかけは止せと何度言ったら分かるンだッ、アイドル崩れなら身に沁みてるだろッ!」
「アナタが言えたことッ!?」
現れた男は、やはりドクターウェルだった。
マリアの姿を認めた途端、呆れたように唾を飛ばしながら怒鳴り散らしてくる。だがそれはこちらの台詞だ。
売り言葉に買い言葉。やり取りがヒートアップする直前、割って入った三人目の声がマリアの心に冷静さを取り戻させた。
「エボルトは何処だッ! 事ここに至って、お前の主人が居ないはずもないだろうッ」
「首領ォ~?」
鋭く問い詰める翼を、ウェルは胡乱げな目つきで眺めている。
しかしそれも数秒のこと。すぐに口の端を吊り上げた彼は、眼鏡を指で押し上げながら癇に障る猫撫で声を発し始めた。
「……ああ、そういうことですか。可哀想なことだ」
「何だとッ」
「残念ながら首領はいらっしゃいませんよ。何せ今日の僕はプライベート。貴女がたに
ウェルの一挙手一投足を注視しつつ、翼の動向にも意識を割く。やることは山積みだが、弱音を吐いて減るものでもない。
彼の言葉をいつもの世迷言と流すか判断に迷う。少なくとも、今の奴からは本気で戦う気配を感じ取れないことは確かだ。
ならば情報を引き出す方を優先すべきだ。
マリアはひとまず、彼の話に乗ってやることにした。
「投降? 確かに、ジョークのセンスは英雄級かもしれないわね」
「ハンッ、その減らないお口をチャックしてやりましょう」
そう言うなり、ウェルは取り出した
堰を切ったような狂気の発露に身構える一同。だが、次いで起きた異変にその意識は瞬く間に奪われた。
銃口から光が溢れたかと思えば、空中にウィンドウが出現。そこに映像が投影された。
フルボトルの底知れない力に警戒を強めるも、肝要なのはそこではない。この状況下で奴は何を見せようとしている?
映し出されたのは、何らかの施設内を捉えた監視カメラ映像と思しきものだ。
そしてその映像は、一同の度肝を抜くには十分な威力を誇っていた。
「エボルトッ!」
「それだけじゃない、
映っていたのは四つの人影。
一つは
問題は、その横を歩く少女の姿にあった。
キャロル・マールス・ディーンハイム。
つい先日消滅したはずの彼女がなぜエボルトと肩を並べて歩いている?
従者のように二人に付き従うカイザーとレイアを見るに、あれが偽物ということもまずないだろう。
それに、大所帯で何をしている? 一体どこを映した映像なのか────その答えは、今の今まで黙していた八紘から明かされることとなった。
「……本丸は深淵の竜宮か」
【深淵の竜宮】。それは異端技術に関連した危険物や未解析品を封印した絶対禁忌。
秘匿レベルの高さは最大級であり、詳細な情報はS.O.N.G.にも提供されていない施設だ。海中深くに建造されたその施設の情報を錬金術師が探っていたことが明らかとなり、クリスと調、切歌が防衛に向かっている。
どちらかに奴らが現れるとは踏んでいたが、まさか
完全に後手に回っている状況に焦りが募っていく。
「二段に構えられた……まんまと策に乗せられたというのッ!?」
「お分かりでしょう? 首領とあの小娘が肩を並べているということはァ……ファウストと錬金術師が
声を張り上げ、高らかに宣言するウェル。
休戦、確かに彼はそう口にした。だが妙な話だ。
フィーネやF.I.S.をはじめ、様々な組織と手を組んできたエボルト。しかし今回の事件ではその限りではなかった。たとえ大掛かりな狂言だったとしても、わざわざ関係を偽装するメリットなどないはずだ。そしてそれをこのタイミングで明かす必要性も、また。
考えられるとすれば、何らかの要因により状況が大きく変わった可能性。
ならばその要因とは何か。真っ先に思い浮かぶのは、あの臙脂色の完全聖遺物だが────。
動揺を表に出さぬよう努めるも、一手遅かったらしい。こちらへ指を突き付けたウェルがにたにたと口元を歪ませていた。
「その顔だよその顔ッ! 相も変わらず知識の
「よく回る口ッ!」
「回るとも! 古今東西、いつだって力無き者は自らの弁舌で平和への礎を築いてきた。斯くいう僕もその一人。力を手にした力無き者が自滅するのは必定だ。だが僕が凡百と一線を画しているのは、そのフェーズを通ってなお生き延びたことにあるッ! 心底反省した僕がネフィリムを手にし、エボルドライバーを賜った。即ち────定食屋のチャレンジメニューもかくやという盛りすぎ設定が引っ付いたといっても過言ではないッ! 言うなれば力を持った賢者、いや英雄! 故に僕は舌を回し続けるのさ」
「相っ変わらず……! 喋りすぎよッ! 開き直るにも限度があるでしょッ!」
「盛りすぎなんだから喋りすぎたっていいだろッ!」
腹立たしいことこの上ない。今すぐ地団駄を踏みたい衝動に駆られるが、隙を見せたこちらの落ち度か。
そして、またもや。場を再び過熱させるのは、風鳴翼の叫びだった。
「そこまでだ。エボルトとキャロルの休戦、それでわたしの太刀筋が曇るとでも思ったか? お前に打ち勝ち、奴を引きずり出せば済むだけのことッ!」
「あっ……ちょっと翼ッ!?」
右に目を向けていれば、左が疎かになる。
ウェルに気を取られすぎていたのだ。この場にはもう一人、気を配らねばならない者がいたというのに。
胸元のギアペンダントを握り、姿勢を低く落とす翼。咄嗟にその襟元を掴み、駆け出した彼女を力づくで引き留められたのは半ば偶然だった。
やはりだ。眉を吊り上げマリアを見上げる瞳に、確かに曇りは見られない。
我を失っている訳ではない、のだが。だからこそ始末が悪い。
行き着いた違和感の正体を前に、マリアは額を押さえた。
「何をするんだ、離せマリアッ!」
「何でも何もないわッ! 無暗矢鱈に突撃すれば、先の二の舞になるのは自明! 心中はお察しするけど、時と場合を考えなさいッ!」
「分からいでかッ! このまま奴を野放しになど……」
「翼」
低く、冷たい声。
護衛を従え歩み寄ってきた声の主────風鳴八紘を前に、翼の動きは一瞬にして停止した。
翼を見下ろす彼の瞳に、一切の温度は感じられない。数秒、ただ娘と視線を交わすばかり。
幸か不幸か、焔は鎮火されたようだ。
「務めを果たせ、と。私はお前に告げた筈だが」
「……はい。申し訳、ありません」
返答と同じくして、翼の身体から強張りが抜け落ちる。
風鳴翼が鉄火場の最中に気を抜くなど考えられないこと。それほどまでの翼の不調、同時に言い知れぬ親子の溝をマリアに直感させた。
そして。
そんな空気を粉々に打ち壊せてしまうのが、ドクターウェルという人間である。
掠れた、音だけは大きな拍手を打ち鳴らした後、にこやかに彼は笑ってみせた。
「涙ぐましい友愛、そして家族愛ッ! 素晴らしい見世物を前に、やはり僕の考えは間違っていなかったと確信しました」
「……投降を勧めに来た、確かそう言っていたわね」
「ああ、その話ですか」
自分で言っておいて、何が「その話ですか」だ。
だがここで言い返しても場は進まない。マリアは口を噤み、ウェルの続く言葉を待った。
「首領は“プロジェクトリビルド”遂行のために、シンフォギア装者の成長を画策しておられる。ですがそれは、完遂の目途が立てば用済みとなることと同義です」
「やはり、エボルトの計画には続きがあったのね」
「そこでここまで健闘した貴女がたに敬意を表した博愛主義者な僕は、既に首領へS.O.N.G.職員の助命を嘆願しているのです」
「随分勝手に事を進めてくれる。わたしたちが首を縦に振るとでも?」
「アーク・エルピスには居住区画があります。もし僕の提案を呑んでいただけるならば、我が英雄部隊の住む一等区画への居住申請も通ることでしょう。
わざわざ命を散らすことはありません。和解ッ! それこそみんながニコニコできる、唯一にして絶対の手段なのですからッ!」
「戯言をッ!」
立ち上がっていた翼が、ウェルの宣言を斬って捨てる。
ひとまずは落ち着いたらしい。彼女の様子にも意識を向けつつ、マリアはウェルを毅然と見据えた。
「右に同じよ。敵の情けを受けるつもりはないわ」
「それは残念。ですが安心しました。貴女がたが“僕の期待を裏切らない存在であった”ということへの確信が深まったのでね」
「ぞっとしない話ね。アナタの期待を受けるなんて」
ため息一つ、微笑と共にウェルは肩を竦めた。
言うことを聞かない子供を前にした親のような態度に、マリアは眉を顰める。
だが何かが引っかかる。いつもの世迷言と断じるにはあまりに意味のない提案だった。
これまで奴の言動には────自慢話を除けば────理由があった。S.O.N.G.が投降勧告を受け入れ、自らが優位に立っていることの確認でもしたかったのか? それとも何か別の理由があるのか。
そもそも“期待”とは何を指している?
ピピピ、ピピピ。
その時、場違いな電子音が庭園に響いた。
音源は無論、目の前の白衣の男。ウェルはわざとらしく携帯端末を取り出すと、液晶画面をまじまじと見つめてみせた。
「休憩時間も終わりのようなので、僕はこれで。
……ああ、安心してください。ファウストと錬金術師はあくまで休戦、共闘ではありません。首領があちらの装者に攻撃することはないと思っていただいて構いませんよ」
「本当に投降を勧めに来ただけだというの……?」
ネビュラスチームガンから黒煙を噴かせ、彼の身体が覆われていく。
ただ、話をしただけ。ファウストと錬金術師の休戦という情報は得られたが、それを明かしてまで優位を誇示したかったとでもいうのか。
そうでないなら一体。あの男の思考を読むなど頼まれてもお断りだが、今この瞬間だけは別だった。
ウェルの身体が完全に消える刹那のこと。
たった今思い出したかのように、その情報がもたらされた。
「それとそこのなんとか言う石、錬金術師が狙っているようです。理由までは明かされていませんが、まあせいぜい気でも付けといてくださいよ」
「なッ……ちょっと待ちなさいッ!」
咄嗟に手を伸ばすも意味はない。
すでに黒煙は霧散し、ウェルの姿はなかった。
してやられた。錬金術師が要石を狙っている────情報の真偽はともかく、これでマリアたちがクリスの救援に向かうという選択肢は潰されてしまった。
厄介な置き土産を残してくれたものだ。
俯く翼と立ち去る八紘を視界に収めながら、マリアはそう独り言ちた。
「感謝するよ、休戦の申し出を受け入れてくれて。あたしも無駄に暴れたくはなかったし」
「次善策に過ぎん。計画の最終段階とあっては、お前の目論見ごと利用し轢き潰すまで」
「素直じゃないねェ。正直に“土壇場でこの前みたく倒れるのが怖い”って、そう言やいいのに」
「生憎、囀りに応えてやる趣味はないものでな」
「言うじゃないか」
明滅を繰り返す頼りない照明の下、足並みを揃えて歩く影が四つ。
前方を行くのは二人の少女。だがその中身は外見通りのそれではない。天羽奏の姿を取ったエボルトが隣の少女────キャロルへしきりに話しかけるも、煩わしげにあしらわれていた。
素っ気ない態度に頭を振るエボルト。だが、あちらの心情も理解できない訳ではない。
「まあ、お互いこのひと時
仲良しこよしはこっちも望むところじゃないが、そうならなかった時は上手くやろう」
エボルトがここ、深淵の竜宮を歩いている理由は一つ。キャロルが完全聖遺物【ヤントラ・サルヴァスパ】を確保できるか、その顛末を見届けるためだ。
あらゆる機械の制御を可能とするそれが、チフォージュ・シャトー完成の最後のピースらしい。
もっとも、S.O.N.G.がこの場へ向かっていることも把握している。
放っておいてもよかったが、キャロルは装者にとって格上の敵だ。以前のような不調で下手に自滅されるよりも、盤面を整え正面からぶつけ合わせた方がより効果的なハザードレベル上昇に繋がるだろう。
要はシャトーさえ完成させてやればいい。こちらにはあらゆる聖遺物を支配下に置けるウェルがいる。となれば、奴もこの申し出を無下にはできないはず。
そう踏んでの休戦協定だったが、目論見通り上手くいった。
(あいつらが負けたとしても、やり様はある。エボルトリガーの復元も急がないとな)
算段をつけながら、エボルトは周囲を見回す。
それにしても変わり映えのない通路だ。分厚い金属で建造されたここは、確かに危険物や聖遺物を封じ込めておくには適しているのだろう。
それを海底に建造し、万一の被害を最小限に留めようという努力は認める。だが、それがエボルトが覚える退屈を紛らわせてくれるわけではない。
手持ち無沙汰になったエボルトは、徐に懐から
赤い、拳大の物体。ハザードトリガーと命名されたそれを天井の照明にかざすと、上部のカバーを開く。
そして露わとなった起動スイッチを、ためらいなく押し込んだ。
大音量の起動音声が鳴り響く。
通路を反響した音が幾度も跳ね返り、瞬く間に耳を聾する大合唱へと膨れ上がった。音の余韻が消えるまでおよそ30秒、たっぷり待ってから隣の少女の様子を窺う。
不快げに眉を顰めてこそいるが、口は閉ざしている。極力こちらと関わらないようにしているようだ。
丁度暇を持て余していたところだ、どこまで耐えられるか見せてもらうとしよう。
「…………」
「……おい」
「おいッ! 喧しいぞッ!」
「あはははっ」
繰り返すこと三度、ようやくキャロルの堪忍袋の緒が切れた。
反響に負けないほどの大声で怒鳴りつけてくる彼女を軽く受け流しながら、満足したエボルトはハザードトリガーをしまい込む。
起動は問題ない。後は上手く動作するかどうかだが、エボルト自身が使う訳でもない。設計図通りにウェルは作ったようだし、問題はないのだろうが。
トリガーが仕舞われたのを確認すると、キャロルは苛立たしさを隠そうともせず鼻を鳴らす。
少なくともこの場では、この程度の関係を保っておきたいものだ。何せ彼女の錬金術はエボルトの天敵。また分解されかかっては元も子もない。
まあ、既に種は割れている。同じ轍を踏まない算段はつけているが、わざわざ明かす必要もまたない。
「派手に響く。奴の部下なら、そちらから諫言できないのか」
『懐刀に意思はありません。それに訂正を。首領は煩くなどありません』
「成程、忠犬か。狂犬との二頭飼いとは……奴も地味にやり手だな」
「いい腕してんだろ?」
「趣味が悪い」
二人の背を守るカイザーとレイア。二人の会話に割って入りつつ、エボルトは正面に見えた扉を押し開けた。
その先で、こちらを阻むべく待ち構えていた赤、緋、翠の装者を目にし────口の端を吊り上げる。
次回「フライトフェザーを見上げて」
ファラ戦だけなので短いです
ウェルの言動が意味わからなくなってると思いますが、仕様です
3期編ラストまでの予定(また分割するかも)
次回は翼さん回
その次は響とオトン回
その次はエボルトとキャロル回
その次はウェル回
その次はラスト(ダイジェストにしたい)
になります