戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony 作:セグウェイノイズ
勢いで書いたのでそのうち手直ししますゆるして
「風鳴八紘。噂通り、血の通わない冷血漢だと……ついさっきまでは正直そう思っていた」
「すまない。だがあれがわたしたちの在り方なのだ」
「それは分かっている。だからこそ、猶更不可解に思えてきたというところかしら」
「不可解? ……っと、ここだ」
太陽が傾き、差し込む西日が渡り廊下を茜色に照らす。
光に目を細めながら、マリアは先のやりとりを思い返していた。
翼はああ言っているが、どうも腑に落ちない。翼と八紘の親子関係は冷え切っているとばかり思っていたのだが、そういう訳でもないようだった。
と、先を歩いていた翼が足を止める。
「ここは子供時分のわたしの部屋だ。話の続きは中でしよう」
離れの一角、そこに翼の部屋はあった。
マリアとしても、友人が幼少期を過ごした場所が気にならないといえば嘘になる。しかし胸に抱いたささやかな好奇心は、開かれた障子の先を見て────瞬く間に消え去った。
「これはッ……!? また人形かッ!」
「えっ、いや、その……。わたしの不徳だ……」
台風が過ぎたような惨状をいきなり見せられて、刃傷沙汰を思わぬ人間はいないだろう。
決してそんなことでなかったのは、いいのか悪いのか。頬を赤く染めた翼の横顔を覗き見て、マリアは息を吐いた。
「幼い頃にはこの部屋で、お父様に流行歌を聴かせたのを覚えている。……ああ、すまない」
「ようやく一段落ね」
散乱していた衣服を畳んで翼に渡すと、彼女はそれを箪笥へと押し込んでいく。
そんな作業を何度も繰り返す内に、すっかり日は落ちきってしまっていた。日本の子供が使用するというランドセルなるものも打ち捨てられており、翼によれば十年間そのままにされていたらしい。
流石の彼女も傷ついたようで、いじけた表情を見せている。そういうところは微笑ましいが、こうして片付けを手伝っていれば否応なく目につくところが一つ、二つ。部屋を軽く見回した後、マリアは翼に問いを投げた。
「それにしてもこの部屋は……。昔からなの?」
「わたしが片付けられない女ってことッ!?」
「パパさんのことだ」
親子の関係も様々だ。ナスターシャやセレナ、調と切歌と、家族に恵まれたマリアのような人間もいれば、翼と八紘のような冷え切った関係もあることは理解している。
まあ、それと翼への辛辣な態度を見過ごせるかどうかはまた話が違うのだが。ともかく、あそこまで奇妙な親子関係となっているのは理由があるはず。
やがて、ぽつり、ぽつりと翼の口から言葉が紡がれていく。
「わたしの御爺様……現当主の風鳴
候補者は嫡男である風鳴八紘と、その弟である弦十郎。
周囲は八紘が家を継ぐものとばかり思っていたようなのだが、選ばれたのは生まれて間もない
絶大な影響力を誇る当主の取り決めだ、理由を問い質せるものでもない。それでも、この家で過ごしていれば窺い知ることもあったようだ。
「どうやらわたしには、御父様の血が流れていないらしい」
「何ッ……!?」
「風鳴の血を濃く絶やさぬよう、御爺様がお母様の腹より産ませたのがわたしだ」
「風鳴訃堂……人の道を外れたかッ!」
壮絶、そんな言葉では生ぬるい。湧き上がるのは、風鳴訃堂と八紘への言葉にできない感情だけ。
何より、理解できてしまう。風鳴の家のためだけに当主が自らの伴侶に子を産ませた────歪な関係となるのも無理からぬことだった。
「御父様に少しでも受け入れてもらいたかった。だから以来、わたしはこの身を人ではなく道具として、剣として研鑽してきたのだ。なのにこの体たらくでは……ますますもって鬼子と疎まれてしまうな」
笑い交じりの言葉、しかしその笑みには自嘲が満ちている。
弱弱しい彼女の様子に痛ましさを感じつつ、同時に一つの疑問も浮かんできた。
八紘が翼を憎んでいる、そう言われれば異議を唱えるのは難しい。実際彼は翼を極力視界に入れまいと振る舞っていた。
「……でも、あの言葉は」
胸につかえているのは、この部屋に案内されるより前。八紘の執務室での出来事だ。
アルカ・ノイズについての研究結果を開示されてしばらく経った頃、不意に八紘が口を開いたことに端を発したやり取りを思い返す。
────報告は聞いている。お前と友誼を結んだ者が、身体の自由を縛られた上で敵性存在に利用されている可能性があると。
────はい。ですがどうかお任せください。人類守護の防人として、奴はこの手で必ず……。
────勘違いも甚だしいな。
────えっ?
────防人だと? 随分と思い上がったものだ。
────で、ですがエボルトは我等に対し宣戦布告をッ!
────履き違えるなッ!
────あ、っ……。
────背を顧みない剣など風鳴の家は必要としない。務めを果たし次第、何処へなりとも行くがいい。この家には道具にも剣にもなれぬお前の場所などないのだから。
────……申し訳、ありません……。
辛辣に過ぎる言葉だった。八紘の物言いに一言二言物申したくなったマリアだったが、あくまでそれは言葉選びに対してのもの。
彼の言葉の大部分は、むしろ。
頃合いだろう。この矛盾も併せて、彼女に問わねばならない。
マリアは翼の正面に座り直し、その顔を真っ直ぐ見据えた。
「彼の言葉に諸手を上げて賛同するつもりはない。だけど翼、今のアナタが防人足りえないというのは……同意見よ。残念だけど」
「マリア……。そうだな、返す刀もない。繰り返さないと誓ったというのに二度も我を忘れてしまった。この身の不徳、失望も当然だ」
「そこもあるけど……何より、大切なものを携えていない」
瞳が揺れている。それでも語気を強めないのは、思い至るものがあるが故か。
答えを見失っていることには、彼女自身も気が付いているらしい。上へ下へと視線を彷徨わせた後、翼は消え入るような声で呟く。
「エボルトは奏を奪った敵だ。奴を斬る、この思いは間違っていない、はず……」
「はぁ……重症ね」
ようやく、その名が出てきた。
だというのに変わった様子はないと、マリアは額に手を当てた。今日だけでこの仕草を一生分した気分になってくるが、それほど翼の不調は筋金入りということでもあった。
先日、S.O.N.G.本部で抱いた違和感。
今こそ彼女にぶつけるときだ。
「エボルトは天羽奏の肉体を乗っ取った敵。倒さねばならない、確かにその思いは間違ってなどいない。だけど今のアナタは……
「何ッ……!?」
「そうじゃないでしょ。わたしのよく知る風鳴翼は、天羽奏が生きているのなら────」
────轟音。
屋敷を揺らす振動と腹に響く尋常ならざるこの音に、瞬時に思考を切り替えた。
「場所はッ!」
「倉庫の方だッ!」
途中で姿勢を崩していたのが功を奏した。足を痺れさせることなく立ち上がったマリアは、昼間のランチを奮発した自分を褒めながら翼とともに現場へ走る。
屋敷の端、ぽつんと建った倉庫の前まで駆け付けると、案の定吹き飛んだ瓦屋根の内より火の手が上がっていた。
ただの火事ではない。
下手人は────満月を背に屋根に佇む、貴婦人の如き自動人形。
「良い夜ね。
「やはり来たか……オートスコアラーッ!」
「本当は手短に終わらせたかったのだけど……レイラインのことを知ったのなら、仕方のないことね」
その名はファラ・スユーフ。
ロンドンにて、翼相手に互角以上の戦いを見せたオートスコアラーの一角だ。身の丈ほどもある大剣を軽々と振るえば、巻き起こった翠風が炎を瓦屋根ごと吹き飛ばした。
細腕に似合わぬ、恐るべき剛力。それに警戒を強めつつも、マリアの意識は別の一点にあった。
何故、レイラインについてS.O.N.G.が知ったことに気づいている?
気づいていても不思議はないと考えているのかもしれないが、奴は断定的な口調のように思える。何かきっかけでもあったのか? 思考を巡らせるも、それらしい手がかりは見つからない。
抱いた違和感を置き去りにして、翼とファラの応酬は続いていた。
「レイラインの解放……アナタの剣を砕くついでに、やらせていただきます」
「させると思うかッ!」
「それはアナタの歌次第」
そして、戦場に歌が鳴る。
遠巻きに爆炎が立ち上るのが見える。
海中の施設内だというのに随分景気がいいと、クリスの戦いぶりを眺めながらエボルトは肩を揺らした。
ヤントラ・サルヴァスパはすでに破壊された。それはキャロルの計画に綻びが生じたということであり、同時にエボルトにとっては
シャトーの完成が遠のいたことで、奴はファウストを────あらゆる聖遺物を操作できるウェルを頼らざるを得なくなる。
力を取り戻した今、こちらとしてもシャトーには仕事をしてもらいたい。早速携帯端末を取り出すと、エボルトは彼との通信を開始した。
コールが鳴り終わらないうち、僅かなノイズとともに応答が入った。勤勉なことだ。
〈はい、ウェルキンゲトリクスでございます。……おや、戦闘中ですか?〉
「カイザーがな。それよりシャトー復元計画だが、ヤントラ・サルヴァスパが壊された。プラン通り進めてくれ」
〈承知しました。あのワールドデストラクターは私めが完成させましょう〉
手短に情報共有を終える。不要な説明をせずとも話が通じるという点では、ウェルは優秀な男だ。異端技術への造詣が深い部分も好印象ではある。
あるのだが、それ以外が悩みの種だった。
エボルトは一呼吸置くと、声色を低くしウェルへの追及を始めた。
「お前あたしがいない間に装者共と会ったのか? キャロルとの休戦がもうS.O.N.G.にバレてたんだよ」
〈ええ、はい。先ほどマリアにそのことを伝え、投降を勧めました。生意気にも峻拒されてしまいましたがね〉
「余計なことはするなと言っただろ。それに、その件は却下したはずだ」
〈首領の偉大さを知らしめるためには必要だと判断しました。錬金術師をも知ろし召した首領の御力を伝道せずにいられましょうか、いやできないッ!〉
「全く……」
音が割れたスピーカーから耳を遠ざけつつ、エボルトは深々と息を吐いた。
狂信者とでも言うべきか、この性質が奴を運用する上で厄介極まりない。エボルトを敬うあまりに余計なことをしでかすなど、奴が優秀でなければとうに始末していたところだ。どこまで本気なのか判断しづらいのも拍車をかけている。
そんな心情を知ってか知らずか、思い出したようにウェルは報告を続けた。
〈それと、人形が要石とかいう岩を狙っていることを明かしました。しばらくの間は、そちらに援軍が来ることもないはずです〉
「そうかい。なら、勝手にこっちの内情を洩らした件は不問にしておいてやるよ。次はお仕置きだけどな」
〈そ、そんな! 私は首領の偉大さを……〉
通話を切る。
やはり切り捨てるには有用だ。自分で引き入れておいてなんだが、実に始末が悪い。
再びため息を吐くと、エボルトは未だ激しく火花散る戦場へと足を運んだ。
「確かに狂犬だ。躾はしっかりしないとなァ」
認めてもらいたい、その一心で剣と鍛えたこの身体。
夢を見ることなど許されない道具。人類守護の防人として、この身を捧げることに何ら後悔などない。
本当に?
剣では誰も抱きしめられない。
触れるもの皆切り刻むのが剣ならば、最愛の片翼は、既に。
────今のアナタが防人足りえないというのは、同意見よ。
────防人だと? 随分と思い上がったものだ。
風鳴翼とは何者なのか。
剣とは何なのか。
防人とは何なのか。
今まで何を胸に、刀を振るってきたのか────。
(砕かれていく……この身も、誇りも、何もかも)
ぐらついた刀身で、嵐に抗うことなどできやしない。
風に吹かれた蟻のように、翼は鎧を砕かれながら地を転がった。
「翼ッ!? くッ……!」
「ごめんなさい。アナタの歌には興味がないの」
暗く沈んだ視界でも目に入った。
暴風がマリアの放った刃を呑み込み、そのまま奥へ────要石が粉砕される瞬間を。
「しまったッ!?」
「ワタシのソードブレイカーは、剣と定義されるものであれば硬度も強度も構わず咬み砕く哲学兵装」
任務失敗。その四文字が頭を旋回する。
何ができた? 無暗に突撃し、返り討ちに遭ったこの身に何が。
五体を地に伏せながら、それでも無理に力を込める。
何のために? せめて奴を倒すために。
だができるのか? 無様に地を舐め、砕かれたこの身に。
ファラの声が落ってきたのは、ようやく上体を起こしたのと同時だった。
「まるで鈍ら。そんな体たらくではあのイレギュラー……エボルトを斬るなんて、とても」
「わたしを相手に……その名を呼ぶかッ!!」
立ち上がる。
突撃する。
そして、吹き飛ばされる。
立ち上がる。
斬りかかる。
吹き飛ばされるも、マリアに受け止められる。
何をしている────?
なぜ今、風鳴翼は戦っているのか。何一つ分からぬまま、震える足で立ち上がった。
「アナタにワタシを斬るだけの力なんてあるのかしら。自らをも斬りつける剣に価値があるとでも?」
「言ってくれる……!」
触れるのは、胸元。
呪いの剣を引き抜けば勝機はある。
できるのか? 自問するも答えは明白、できるはずがない。仲間を傷つけてしまったこの身にそんな資格など、既に。
再び、人形の嘲笑が木霊した。
「それが正解。でもアナタに扱えるかしら? エボルトに手も足も出なかったそうだけど」
エボルト。
今の翼にとって、その名は何よりの着火剤だ。
確かな足取りで地を踏みしめた翼は、勢いのままペンダントに指をかけた。エボルトは必ず斬る、それだけは否定される訳にはいかない。
「ならばその身を以って味わうと……」
「やめなさいッ! 今の翼じゃ呪いの剣は引き抜けないッ!」
即席の決意は、横から伸びた腕によって打ち消された。
マリアだ。イグナイトモジュールにかけた手を引かれ、無理矢理に抜剣を阻止される。なぜ止める────そう声を荒げようとした刹那、脳裏に過るのは先日の戦場。
暴走。
その被害を一番に受けたマリアの静止に異を唱えられるはずもない。
なら、どうすればいい?
「ここはわたしがッ」
「興味がないと、そう言ったはず」
マリアがイグナイトモジュールを起動する直前、地面を抉って襲来した暴風が、二人をまとめて吹き飛ばした。
幾度目か、またもや地に伏せる翼。マリアは寸前で受け身を取ったようだが、芳しい状況ではない。ファラが召喚していたアルカ・ノイズに取り囲まれている。
ここまでされれば嫌でも分かるというものだ。奴の目的は風鳴翼ただ一人ということ。
抜剣させた上で打ち砕くつもりなのか? 業腹だが、その目的はほとんど達成されている。
「さあ、どうしますか? このまま砕かれるか、剣を抜いて折られるか。二つに一つね」
大剣を突き出し、温度のない笑みを浮かべるファラ。その伽藍の瞳に映っているのは、ぐらつき揺らぐこの身だけ。
剣でなければいけない。そうでなければ、父の役になど立てない。防人になどなれない。
今際の際でも片翼を抱きしめられなかった身。人形一つ斬れず、友の仇も取れないこの身。
何も守れない。剣でも防人でもない自分には何が残っている?
夢も見れず、何も守れず、風鳴翼とは一体何のために────。
「────翼ッ!!」
声。
この、声は。
正面、違う。右、違う。左。
そこに、彼は立っていた。
護衛も連れずたった一人で、真っ直ぐ翼を見つめている。
目が。
「歌え翼ッ!」
「……ですがわたしでは、風鳴の道具にも、剣にも」
「ならなくていいッ!」
怒号にも似た叫びが届く。
「人を護れるのは刃の鋭さではない。背を見つめる者を
憎悪の焔────。
それはたった今まで、翼の胸を焼き焦がしていた感情に他ならなかった。
────今のアナタは、天羽奏よりエボルトにお熱に見える。
なぜ、
なぜ、エボルトを倒すことばかり優先していた?
片翼が、相棒が、天羽奏が、生きているかもしれないというのに。
浅い息を吐く翼へ、八紘がなおも続ける。
「夢があるのだろう。ならば抱いていた筈だ、歌女としての矜持を、誇りをッ! お前の羽撃きを妨げられるものなど在りはしないッ! 幼い頃、私に歌って聴かせた────」
一呼吸、大きく息を吸い込んで。
迷うことなく彼は叫んだ。
「夢を見続ける事を恐れるなッ!!」
何の飾り気もないその言葉が、阻む全てを薙ぎ倒しながら翼の胸に突き刺さった。
夢。翼の夢。封じたはずの、それでも抑えられない胸の高鳴り。
幼い頃に彼へ伝えた、大勢の観客の前で伝えた、翼の夢は。
「翼の部屋、散らかっていても塵一つなかった! お前との想い出を失くさないよう十年間保たれていたのがあの部屋だッ!
そしてッ、娘を本気で疎んだ父親があのような叱り方をするはずがないッ! ……いい加減気づけ馬鹿娘ッ!!」
アルカ・ノイズを相手取りながら叫ばれたマリアの言葉が、戦場を越えてここまで届く。
馬鹿娘、言いえて妙だった。
もし、彼女の言うことが正しいのならば。
八紘は初めから、翼を────。
震える声で、消え入る声で。滲む視界の向こうに立つ八紘に、もう一度顔を向けた。
これさえ聞ければ、風鳴翼は。
「……わたしはもう一度、夢を見ても良いのですか……? 貴方の元に居ても良いのですかッ!?」
返事はない。
ただ、顔を背けながらの頷き一つ。
不器用極まりないそれが、何よりの答えだった。
「────ならば聴いてください」
最早迷いはない。
打ち直されたこの身に、曇りなど一切なく。故に翼は涙を拭い、胸を張ってこの言葉を放つのだ。
同じ幻影、芸のないことだ。
ただ走る。闇の中を走って、走って────そして、飛び立つ。
「静かに瞳閉じ、粛也て……鞘に
「ふふ……漸く。味見させていただきます」
飛び退いた人形目がけ、翼は漆黒の得物を突き立てた。
もう何も失うものかと決めたはず。であればこの程度の障害、飛び越えられないはずがない。
踏み込む。
一瞬遅れて、爆砕された地面が雄叫びを上げる。
縮地の如き加速でファラに肉薄した翼は、右手の太刀を一気呵成に振り抜いた。
先手を取った、そう慢心するつもりはない。事実ファラは上体を異常な角度に捻じり、斬撃を回避している。
それならそれで、次の手を打つまでだ。
「極意の真打ちに死も知らず……眠りなさいッ!」
ダインスレイフの瘴気に包まれ、黒き雷を帯びた一閃が猛進。
引き裂かれた大気が悲鳴のような音を上げるも、そんなことはお構いなしだ。残虐なる斬撃は、無慈悲にファラの喉元へと飛来し────事も無げに弾かれる。
奴の得物は、剣と定義されたモノを等しく咬み砕く剣殺し。イグナイトモジュールで出力を増した斬撃であろうと、その能力は絶大だった。
弾かれた蒼ノ一閃が半壊した倉庫に着弾し、残骸を盛大に吹き飛ばす。飛び散る破片を振り払いながら、翼は二つ目の太刀を抜き放った。
「過去は今を生む想い出と、信じられずにいた」
天より落ちるは幾千本の涙。
屋敷の庭を瞬く間に剣の丘へと変える落涙はしかし、地より巻き上がった嵐に残らず打ち上げられた。
そして、その竜巻の只中を流星の如く翔ける者が一人。
「その存在が剣である以上はッ!」
伝わる声が、背を強く押してくれる。
今やこの身に一切の揺らぎなし。風を物ともせずファラの頭上まで飛び込んだ翼は、力の限り得物を唐竹に振り下ろした。
衝撃、次いで高音。刃と刃が擦れて震える。剣圧ではこちらが上、それでもファラの笑みは崩れない。
途端、妖しく光るソードブレイカー。
幾何学の紋様が脈動したかと思えば、翼の刃を赤い霧へと────。
「聞きたかった、温もりが嗚呼……涙をッ!」
「な────!?」
「剣に非ずッ!」
青く煌めく切っ先が、赤い光を押し返す。
初めて見せた動揺、その隙を見逃すものか。振り下ろした太刀を素早く逆袈裟に切り返せば、澄んだ音と共に奴の剣に亀裂が走った。
風を裂き、雲をも割る渾身の一振りがついに、ファラの異能を打ち破ったのだ。
「あり得ない……哲学の牙が何故ッ!?」
「初心に返っただけのこと」
風鳴翼が歌うのは、戦場ばかりでない────そんなこと、分かっていたはずなのに。
剣ではなく、人として明日を歌うため。
尊い強さを抱く人々を、理不尽から守るため。
────人を護れるのは刃の鋭さではない。
剣とは姿形のことではない。尊き強さを秘める人々を、命を賭けて防人らんとする心意気。血よりも熱く燃え滾るこの信念こそ、剣ぐということに他ならなかった。
そんなこと、分かっていたはずなのに。
狼狽に声を荒げたファラに、この名を教えてやる時だ。
「貴様は
噴き出すのは、血よりも熱き心意気。
両腕の得物から、爆ぜるように炎が巻き上がる。呼応するように脚部の刃からも灼熱が走り、夏夜を鮮烈に焼き払った。
これは憎悪に塗れた業焔か、否。この身は夢なき道具か、否。
これは。
「これは夢に向かって羽撃く“翼”ッ!」
生きとし生けるものならばどこまでだって、過去からだって飛び立てる。
炎の鵬翼をはためかせ、風鳴翼は高く飛んだ。
見下ろすは唖然と佇むオートスコアラーの姿────違う。
そのさらに下。地獄の底へと堕ちた片翼の背中だ。
────あたしはノイズ相手なら、地獄の底にだって堕ちていける。
死していないのならば、生きているのならば。エボルトを越えて、片翼の元まで飛んでみせる。そしていつかは────その手を。
人形如きに、この羽撃きを阻まれてなるものか────!
「貴様の哲学にッ、翼は折れぬと心得よッ!!」
両足を揃え、脚を尾羽に。両手に握る刃を炎翼に。燃え盛る四条の炎を引き連れたこの身は、夜空を翔ける一羽の鳳。
刹那、鳳が廻る。一転、二転、数を重ねる度に炎は渦巻き、一つとなった炎鳥が炎の円環を描いた。
剣は剣としか呼べぬのか? 違う。
大切な友が、最愛の父が呼ぶ名がある。
故に我が名は────。
「━━━━夢を羽撃く者、也ッ!!」
呆気なく、紙を断つかのように。
月下に咲いた巨大な火車がファラを両断。鳳の突撃が、哲学兵装ごと奴の身体を斬り裂いた。
狂笑を響かせ、崩れる人形。
それは翼の意志が哲学を凌駕せしめた何よりの証左であり、そして決断の表明でもあった。
「片翼だって飛べるよ、飛べたよ。でも……両翼揃ったツヴァイウィングは、何処までだって」
炎の欠片がひらひらと舞う。人形の破片を焼べたそれは、翼の手に落ちるよりも先に燃え尽きた。
手に残った黒い炭をしばし見つめて、翼は上を、月を仰いだ。
名残羽根のように舞い散る炎と冷たい月が、夜の黒を優しく照らしている。
友が増えた。
愛しい、大好きな歌を聞いてくれる人々も世界中に。
だから後ろは振り向かない。ただひたすらに前だけを向き続ける。その果てに、滲む空の答えがあると信じられるから。
過去を取り戻すためではなく、明日の先に両翼となるために、翼は。
「待ってて奏。必ずあなたを────奪い返してみせるから」
いい月だ。
仄かな熱が残る炭を握り締めて、ふとそう思った。
次回「未完成・ダディ・ファイト」
短めです(願望)
「FLIGHT FEATHERS」の歌詞も盛り込みたかったんですが力尽きました
補足
エボルト
クリスがヤントラ・サルヴァスパを壊さなくてもどうにかして壊そうとしてました(ウェルを派遣するため)
翼さん
前々回の戦闘であまりにもキレすぎて、奏さんを助けることよりエボルトを倒すことを優先している状態になっていました。
前回は冒頭以外奏さんについて一切言及してません。マリアさんと八紘兄貴にしっかりめに怒られたことで反省して、改めて奏さんを奪い返すことを誓いました
元々のプロットでは4期前半くらいまでめんどくさい翼さんで引っ張ってたのですが、八紘兄貴がそんなこと許すわけないだろとなりこの展開になりました。
ハザードレベルも上がったのでこれにはエボルトもニッコリ
八紘
前半パートでめちゃくちゃ言ってましたが、心配7割、叱責3割みたいな感じです。
「友達が生きてるかもしれないんだったらそれを助けることを考えたほうがいいんとちゃう?」を出力するとあんな感じになりました。
口下手すぎるけど本編でも割とライン越え発言してたしええやろの精神です。友達の前で親に怒られるのは本当に効く