戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony 作:セグウェイノイズ
3期編の冒頭に置いているキャラ紹介で装者+奏さんのハザードレベルやら相性のいいボトルやら書いています。
大体毎回更新してるので、お時間あれば見てやってください
今回の話は全カットの予定だったのですが、諸事情あり書くことになりました
そのためオトンの心理描写以外は原作とほぼ同じ展開になっています申し訳ない
元より広大なこの空間だが、今はやけに広く感じられる。
それはひとえに、ガリィ、ミカ、ファラ、レイア。自らに付き従っていたオートスコアラー、全機が任務を完遂したからに他ならない。エボルトに手ひどく打ち破られたヒトガタこそ修復中────それも終えつつある────だが、そもそもあれはここに収まりきる
チフォージュ・シャトー、玉座の間にて。キャロルは傍らに立つ怪人物を流し見た。
「はァい、これで油は差し終えましたよ。その上、シャトーの全機能をオートに固定する大サービスまで。後は好き勝手に動かしちゃってください」
「上出来だ。小細工もないようだな」
「おっかないのが後ろに張り付いてて、やりたくてもできる訳がないでしょう」
つまり、監視していなければしていたということか?
あまりに明け透けな男の態度に鼻を鳴らし、キャロルはウェル博士の左手をコンソールから払いのけた。
確かに有用な能力だった。奴の左腕に宿る大喰らいのネフィリムを以てすれば、異端技術のパッチワークたるシャトーの最終調整も容易いらしい。
おどけるように両手を上げ、笑ってみせるウェル。他人を不快にさせることにかけては妙に長けた男だが、その頭脳もまた一級品か。
「世界を識る……いよいよ、命題の答えを示せるという訳だ」
「分析して解剖してェ、レディはその果てに何を求めるおつもりで?」
黒煙に包まれた左腕を再び装甲で鎧いながら、ウェルが世間話でもするかのようにそう尋ねてきた。
彼に話してやる義理などないが、すでに準備は整った。付き合ってやるのも一興だと、キャロルはコンソールの状態を確認しつつ単純な答えを口にした。
「何もしない」
「はァ〜?」
「父親に託された命題は、世界を解き明かすこと。それ以上でも以下でもない」
「……普段の僕なら、その回答に一つ二つ、いや三つ四つ……六つほど物言いを挟んでいましたがね。今の僕は首領の名代。好きにされるといいでしょう」
「そう言っている」
溜め息と共に首を振るウェル。業腹だが、こちらとしても奴に訊きたいことがあった。
廃棄するのはその後だ。
「万象黙示録の完成は奴にもメリットがある……そう言っていたな」
「ええ。彼の方が欲しているのは地球という
「星を食らおうとするか」
白々しい台詞を吐くものだ。言っていることは嘘ではないのだろうが、人類に興味がないというところに含みがあった。
とはいえそれが真実であろうとなかろうと、こちらのやることは変わらない。キャロルは再び鼻を鳴らすと、ウェルに背を向け玉座へと歩みを進めた。
こつ、こつと靴音が響かせながら階段を登り切り、玉座の肘掛けに彫られた溝を指でなぞる。
「まあ、腑分けの末に残った荒野などくれてやる」
「賢明な判断です。何せ……」
「と、そう言って欲しいのだろう? お前のような手合いは」
「勿論! えっ」
轟、という音とともに熱風が頬を叩いた。
ウェルの眼前に展開した魔法陣から業火が迸り、その余波が玉座にまで押し寄せてきたのだ。
激しくなびく三つ編みを払いながら、キャロルは玉座に腰掛ける。炎が収まった跡に奴の姿はない、ならば逃げおおせたのだろう。あの鎧の防御性能は特に秀でているようだが、いざとなれば直接分解してやれば済む話。
もっとも、奴ごときにこれ以上くれてやる想い出などないわけだが。
焦げ跡の残るこの空間には、もはや彼女以外の生命は一つとして存在しない。
心地よい駆動音に耳を傾ける。一分の狂いもない、0と1で統制された振動と拍動。それこそが“万象黙示録”完成の旗印だった。
キャロルは目を閉じ、世界を終焉へ導く
シャトーの拍動さえかき消すほどの心音が、彼女の耳を聾した。
「ぐ、あッ……!? 忌々しい拒絶反応ッ……!」
額に噴き出た玉のような汗を乱雑に拭いながら、キャロルはそう吐き捨てる。
まだ発作が起こるというのか。想い出の高速インストールによる弊害、承知の上ではあった。だがこの土壇場でこうも自分の足を引っ張るとは。
そんなことがあってはならない。
「……罷り通すッ! 呪われた旋律は完成した、これ以上焦れる必要などないッ!」
激しく高鳴る心の臓を捩じ伏せるべく、キャロルは自らの胸へと力の限り平手を叩きつけた。
雷鳴の如き轟音が、シャトーの駆動をかき消すほどに響き渡る。同時に収まっていく動悸。忌々しいことこの上ないが、必要な代価だった以上甘受する他ない。
肩を上下させながらも、見据える先は荒野の果て。
あの炎の日に誓ったのだ。世界を識り、何もかもを、万物全てを殺戮すると。そのために、キャロル・マールス・ディーンハイムは止まってなどいられないのだ。
「そして万象は────黙示録に刻まれるッ!」
叫びに呼応するように、シャトーの駆動がより一層大きくなった。
故に気づかない。
陰から覗く、白い蝙蝠の存在に。
「ヒヒヒヒヒ……」
「で、なんでウチに来たんだ親父さん? いやまァ、喫茶店のマスターとしてはありがてェけど」
「すいません、ちょっと腹減ってて。また伝票渡すのも悪いですし」
「そりゃそうだ」
時間の上では午前と言えなくもない、茹だるような炎天下。惣一がnascitaを営業していたのは全くの偶然だった。
まもなくキャロルが動き出す頃合いだ。こんなところで油を売っている暇はないのだが、気まぐれに店先を掃除していたところで彼と鉢合い今に至る。
冷蔵庫から取り出した缶コーヒー────不本意ながら、半ば常連用の裏メニューとなっている────と余り物で作った日替わりパスタをテーブルに滑らせる。
缶を呷り、フォークに麺を絡めて頬張り始める洸。Tシャツにスウェットとまるで普段通りの装いだが、今日が勝負の日だと忘れているのだろうか。
「腹ごしらえはいいけど、もうすぐなんだろ? 響ちゃんがまた会ってくれるの。こんなとこで油売ってていいのか? 次はもうないかもしれねェぞ」
「俺にもよく分からないんですよ。石動さん……ってより、響以外の前でならこういう風に話せるんですけどね」
「娘の前じゃ、この前みたいになるってか」
「まあ、はい。どうにもなあ。はは」
軽薄な笑みを浮かべると、洸は再び食事に意識を向けた。
こうして彼と店で相対するのは数度目になる。惣一の何が琴線に触れたのかは知らないが、度々店を訪れるようになっていた。
今や“石動さん”と呼ばれる始末。友情でも感じているのか? 妙に馴れ馴れしい距離の詰め方だが、人間というのはそういうものなのかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えていた時、空になった皿が目に入る。今更だが、これから娘と会うというのにミートソースはまずかったか。
回収した皿をシンクに浸けていると、徐に洸が口を開いた。
「一歩踏み出すのが億劫で、怖気付くんです。昔は向こう見ずだった気がするんですけどね。勇気を出すのも出せない自分も、嫌になりますよホント。ははっ」
「勇気、ねェ」
まだ乾いていないというのに、汚れがなかなか落ちづらい。最近未来に教えてもらった洗剤がなければ、事が済むまで浸け置きする羽目になっていただろう。
それにしてもまだ決着がつかないのか。こちらとは何度も顔を合わせているというのに、娘にはあれ以来避けられているらしい。キャロルとの決戦を控えた今、とっととどうにかしてほしいところだが、さて。
「前にも言ったが、やり直せるうちにやり直した方がいいと思うぜ〜? ホントにどうしようもなくなったその時に後悔することになんだから」
「どうしようも、って……俺がこれからやらかしてってことですか?」
「もっと根本的にだよ。事故やら災害やら、そいつともう会えなくなっちまうようなことが起きた時に諦めきれねェタイプだろ、アンタは。今はあれこれ言い分並べてるけど」
「まさか! 響が二度もそんな目に遭うなんて……」
「二度どころじゃねェんだけどな」
ようやく落ちた。満足した惣一は皿を拭き上げながら、少し踏み込んでみることにした。
「このご時世、その二度目が致命的じゃない保証もない。ウチは一回目でそうなったクチだしな」
「ウチ、って……この前話してた、美空ちゃんのことですか」
「ああ。何年か前ノイズにやられちまって、それから独り身だって言っただろ」
「ええ、はい。まあ……」
「最近出なくなったと思ったら、また妙なのが暴れてるらしいじゃないの。あんたは今から娘と会うんだ、やれることはやっときなさいよ」
彼と何度か話す内、自然と話題が互いの娘のことになった。
同じ年頃の娘がいたと知った時の洸の顔が興味深かったのを覚えている。自分と惣一を比較でもしたのかもしれないが、より鮮烈だったのはその後の取り乱し様だ。
娘────無論、本物の石動惣一のだ────の美空が“ライブ会場の惨劇”で命を落としたと明かした途端、謝罪の言葉と共にひたすら頭を下げてきたのだ。土下座までしそうな勢いを削ぐのに苦労させられた。
トラウマでも刺激されたのだろうが、なりふり構っていられなくなった際の行動の早さには目を見張るものがあった。
いっそ響の前で洸に襲いかかってみるのが手っ取り早いか?
そんなことを考えつつ彼を宥めている内に、仲良くなったと思われたのかもしれない。惣一からすればそんなことはないのだが。
人並みの善性や咄嗟の行動、やはり所々で響に似ている男だ。
「やれることか……ああ。そういえば、昔
「あれ?」
「どうしようもないことをやり過ごす魔法の言葉です」
腕を組み唸っていた洸が、唐突に声を上げた。
彼の口から出た“魔法の言葉”には聞き覚えがあった。なるほど、確かに受け継がれている。
娘の方はあまりネガティブに使っていないように見えるが、父親の方はそうでもないらしい。
「俺にとっては呪いの言葉に変わっていったんですけどね。この後、また言いそうだなあ」
「まあとにかくだ、もし家族と本気でやり直したいと思ってんなら、自分の胸に聞いてみりゃいい。アンタのやりたいことは何だ?」
「俺が、やりたいこと……」
「恥も外聞も投げ捨てて、最後に残った
少しして、洸は慌てた様子で店を出て行った。響との待ち合わせが迫っているのにようやく気づいたらしい。
本当にうまくやれるのかと似合わぬ心配が過ぎるが、その時はその時。躊躇いなく彼を片付けられるとポジティブに考えるべきだ。
むしろ問題なのは、先にキャロルが仕掛けてくる可能性が高いことにあった。
奴は不調の響が敵う相手ではない。ワンサイドゲームにならないよう、ゲームメーカーとして対策を練る必要があるだろう。
そろそろシャトーに潜伏中のウェルから報告を受ける時間だ。いつでも出撃できる準備を整えるべく、惣一は懐からトランスチームガンを取り出────そうとして、扉の前の気配を感じ取った。
「こんにちは」
「おおっと……未来ちゃんじゃないの。いらっしゃい」
「?」
素早くスチームガンを棚へ隠して事なきを得た。
未来は不審そうに首を傾げているが、それ以上に気掛かりがあるようだ。惣一の誤魔化しにもあっさり乗ってくれた。
洸に続き今度は未来か。ここは相談所ではないと言いたいところだが、響に近い人物の悩みとあらば無下にもできない。
水を向けてみれば、案の定響についての相談のようだった。
「今日、響と響のお父さんがまた会うんです。知ってるかもしれないですけど」
「みたいだな。不安か?」
「よく分からなくて。不安がってた響に、もう一度お父さんと会ってみてもいいんじゃないかって言ったんです。へいきへっちゃらだよって」
神獣鏡の一件を経て、以前よりさらに距離の縮まった二人。それでも互いへ言えない悩みの種は燻っていたと言うことか。
親子揃って手のかかる存在だ。内心呆れるも、そういうところが人を寄せ付ける所以なのかもしれない。
「一番不安なのは響だから、わたしはそういうのを表に出さずに安心させてあげようって思ったんです」
「不安じゃなくて、心配してるってとこか」
「心配……そうかもしれません」
一通り話を聞いた限り、未来は明確な答えを求めている訳ではないように思える。思考をまとめるための壁打ち相手が欲しかったというところか。
悩み相談に使うならコーヒーの一杯でも頼んで欲しいものだと、惣一は胸中で嘆息した。
それに普段使いにはやや大きめのショルダーバッグ、椅子の背にかけられたあれは近所のスーパーで開催されるタイムセールに備えてのものだろう。昼間からタイムセールというのもおかしな話だが、あるものはあるのだ。
惣一とて、目当てのセール品を買い逃せば悔しさの一つや二つ覚えるというもの。実利も兼ねて、そろそろ切り上げる頃合いか。
「だったら信じるしかねェよ。どっちに転がろうと、俺らにできんのはあいつをいつも通り迎えるだけなんだから」
「……そうですよね。晩御飯、いつもより豪華にして待ってなきゃ」
「スッキリしたか? なら、さっさと買い出し行っちまいな。そもそもウチに来るつもりじゃなかっただろ」
「ふふ、バレちゃいましたか?」
「俺が何年店構えてると思ってんだよ。近所のセール情報は
一礼して店を後にする未来。キャロルが間も無く動き出すであろうことは確かな以上、少なくとも響が今日中に帰れるとは思えない。
まあ、そんなことを教えてやる義理もない。未来が立ち去ったのを確認すると、惣一は棚に隠していたスチームガンを取り出した。
黒煙が彼の姿を覆い隠して数秒、nascitaはもぬけの殻となった。
気の抜けた炭酸が喉を刺激する。
年甲斐もなく複数のフレーバーをミックスしてみたものの、やはりドリンクバーといえばこれは外せない。そんな結論に変わりはなかった。
レストランの窓際席でグラスを呷りながら、洸は向かいに座る娘の様子を窺った。
「ほら響、何か飲まないのか? せっかくのドリンクバー、頼まないと損だ」
「うん……」
「この前のことまだ怒ってるのか? 代金のことなら心配しなくていいぞ。今日はちょっと羽振りがいいし、俺が払うからな」
「…………」
会話が止まる。このやりとりも数度目になるが、その度に周囲の会話が気まずさを覆い隠してくれるのは幸いだった。
nascitaで腹ごしらえをしていなければもっと冷え切っていたかもしれない。そんな予感に恐々としつつ、洸は再び炭酸の刺激に意識を向けた。
やはり、言葉が出てこない。
機会なら何度もあった。今だってそうだ。以前は躊躇いなく“ずっとやり直したいと思ってた”などと嘯けたことに、今となっては懐かしさすら覚えてくる。
石動惣一。洸と境遇が重なりつつ決定的に異なる男、彼との会話が洸の足を竦ませている。
娘が先立ったというのに折れなかった彼と、娘が生き残ってくれたというのに折れた洸。彼と顔を合わせる度に燃え残ったプライドが灰となり、吹き消えていく。
とはいえ、却ってよかったのかもしれない。惨めな自分を思い知らされたおかげで、むしろ落ち着けているような感覚に陥るのだ。
「お父さん」
「どうした?」
あれこれとりとめのない思考を巡らせているうち、痺れを切らした響の方から切り出してくれた。
また踏み出せなかった。待ちかねていたように食い気味で返答した自分が嫌になる。それでいて確かな安堵を覚えていることが、尚更。
「本当に、お母さんとやり直すつもり?」
「本当だとも! お前が口添えしてくれたらきっと母さんも……」
「だったら……初めの一歩は、お父さんが踏み出して。逃げ出したのはお父さんなんだよ、帰ってくるのもお父さんからじゃないと」
「そいつは……」
────嫌だなあ。
そんな言葉をぐっと飲み込む。言ってしまえば、決定的に惣一との差を晒してしまう気がしたからだ。
一歩踏み出す。今度こそ、踏み出す。今度こそ。
「……そうだな」
「……!」
「でも……怖いんだ。何様だっていうのは分かってる、お前が言った通り逃げたのは俺だからな。分かってる、分かってるんだが……」
やはり無理だ。
踏み出しかけた足を、結局は元の場所へ戻してしまう。手のひらを眺めてみれば、指先が僅かに震えている。
もはや娘の顔もまともに直視できない。震えを抑えることに意識を向けようとしても、注がれる視線を無視することなどできなかった。
数秒、あるいは数分か。
重い沈黙に耐えかねた洸が窓を景色を見つめた直後、響が言葉を選ぶように言葉を継ぎ始めた。
「……わたし、もう一度やり直したくて。勇気を出して会いにきたんだ。だからお父さんも勇気を出して。わたしにだってできたんだよ、お父さんができないなんてそんなことない。だって今日のお父さんは……お父さん?」
────視線が、そこに釘付けになる。
怪訝な声色へと変わった響も、洸に釣られて外に顔を向けたらしい。息を呑む音が、ここにまで聞こえた。
空が、
子供の手を離れた風船が、ぷかぷかと浮かんでいく。風に流されながら高度を上げた赤い風船が浮かび、漂い、ひび割れた空にまで届いた刹那。
鏡を割ったような甲高い破砕音を伴い、虚空から“何か”が姿を見せた。
洸と共にレストランの外へ飛び出た響。またしても響の支払いになってしまったが、とやかく言っている場合ではない。
肉眼で見上げた空に、異常は依然として存在していた。虚空の奥から覗く弩級の建造物。エボルトがアーク・エルピスなる戦艦を保有していることを鑑みれば、あれは別物。錬金術師の手によるものに違いない。
まずは本部の指示を仰ぐべきだ。トートバッグから通信機を取り出した響は、素早く司令室への通信を開始した。
「師匠ッ! 空が割れて、中からお城がッ」
〈こちらでも状況は把握している。手短に伝えるぞ。周到に仕込まれていたキャロルの計画が、最後の段階に入ったようだ〉
「えッ!?」
〈今の今まで、敵の妨害によって通信が封じられていた〉
手早く情報の連携が行われる。
オートスコアラーの全機撃破、それが錬金術師の計画の内だったという事実。敵に利用され、無意識にこちらの情報を流していたというエルフナイン。加えて、復活を遂げたキャロルと休戦協定を結んだファウスト。
響が入院していたのはほんの数日だ。その間に状況は目まぐるしく変化していたことを思い知らされ、思わず歯噛みする。
〈俺たちは現在、東京に急行中。装者が合流次第迎撃任務に当たってもらう。それまでは〉
「避難誘導にあたり、被害の拡大を抑えますッ!」
〈頼んだぞッ〉
通信を終えて周囲を見回す。四方八方に逃げ惑う民間人に対し、まずはやれることをやらなければ。
後ろの洸にも協力を仰ごうと、響は振り返り。
「お父さん、みんなの避難を……」
言葉が途切れる。
背後にいたのは、取り出した携帯のレンズを空へと向ける洸の姿だった。
何度も角度を変えて、ピントを合わせるのに四苦八苦している彼とふと目が合う。その動きが止まること数秒、洸は苦笑とともに携帯をゆっくりとポケットに押し込んだ。
テレビ局に売りつけようとでも思っていたのか?
握った手の力が強まっているのを感じる。気づけば声を荒げ、彼の前まで詰め寄っていた。
「お父さんッ!」
「……あーっと、悪い。でもどうせイベントか何かだろ? そんなに焦らなくてもだな」
「イベントなんかじゃないッ! あれは……」
「ほう、そいつがお前の父親か」
親子の会話に割って入った少女の声が、響の意識を瞬時に引き戻した。
冷静さを取り戻したのではない。耳に届いた瞬間、背筋を駆け抜けた戦慄故だ。覚えのある、侮蔑混じりの少女の声に再び振り返った響は、そこでようやく
「キャロルちゃんッ!」
「空から人がッ!?」
「終焉の手始めにお前の悲鳴が聞きたいと、馴染まぬ身体が急かすのでな」
宙に浮かぶは、金色の三つ編みを下げた
その名はキャロル・マールス・ディーンハイム。響の目の前で消滅したはずの彼女が今、空の亀裂を背にこちらを見下ろしていた。
復活しているのは先んじて共有を受けている。それ自体に驚くことはないが、この状況とあの亀裂が無関係な訳がない。
避難誘導にはあたれない。少しでも時間を稼ぐべく、響はキャロルへ声を上げた。
「あれはやっぱりキャロルちゃんのッ!?」
「如何にも。オレの城、チフォージュシャトー。世界をバラバラに壊す解剖器官でもある。もっともこれから果て逝くお前には、些か荷が重い話だろうよ」
「ッ、そんなことさせないッ!」
やはり、そう簡単に乗ってくれる相手ではない。早々に会話を打ち切ったキャロルは、振り上げた腕の先から翠の魔法陣を展開した。
風の錬金術。初めて彼女と相見えた夜にも見せた力だ。あの日はただされるがままにされていたが、今は違う。攻撃が来ると分かっているのなら対応してみせる。
首にかけたギアペンダントを取り出し、シンフォギアを纏うべく口を開けて────直前。
足元に浮かび上がったのは、頭上のものと同様の魔法陣。
死角を突くように展開されたそれを認めた時にはすでに遅い。閃光が迸ったかと思えば、腕に衝撃が走る。思わず目を閉じ、再び開けた視界の中に、握っていたペンダントの影はどこにもなかった。
「ギアがッ!?」
「最早ギアを纏わせるつもりは、毛ほどもないのでなッ!」
首元に残る千切れた紐の先には何もない。足元の魔法陣から射出されたエネルギーによる狙撃で、響からペンダントだけを弾き飛ばしたのだ。
どこへ消えた? 上か、下か、必死に視線を巡らせるもそれらしいものは見当たらない。
「オレはッ! 父親から託された命題を胸に、世界へと立ちはだかるッ!」
その隙が命取り。キャロルへ視線を戻した時には、すでに初めに展開された魔法陣が照準をこちらへ定め終えたところだった。
間に合わない、だがそれは身体が追いつかないからではない。
(お父さんから、託されたもの)
キャロルが声高に叫んだ言葉が響の動きを、決断を、意思を鈍らせている。
命題。それが父から託されたものだという。その言葉を薪として、何百年もの時間を生き続けてきた彼女。対して響が託されたものは。
託されたものは────。
気づけば、目の前に翠風の波濤が押し寄せていて。
「……響ッ!!」
────アンタのやりたいことは何だ?
やりたいこと。やるべきこと。
臆病。恐怖。羞恥。外聞。砕け残った欠片ほどのプライド。
立花洸という人間を塗り固める何もかもは────今、娘の元へ駆け出さない理由になどなり得なかった。
「……響ッ!!」
響を抱えて横合いに飛ぶ。間一髪、吹き荒れる緑色の風が切り刻んでいく靴の紐。だが、腕の中の響を晒すことだけはどうにか防ぎきった。
何も考えていなかった。気づけば、ただがむしゃらに動いていた自分の身体。
凍結していた恐怖が融解していくにつれ、洸の背に冷たいものが駆け回る。今洸が飛び込んだのが紛れもない死地であるとようやく脳が理解したのだ。
逃げ出したい。背を向けたい。何もかもを放り出して遠くへ行ってしまいたい。
だが、それでも。
あの少女に狙われているのは、勇気を出してこんな自分に歩み寄ってくれた一人娘だ。
洸が狙われている訳ではなかった。
だから、洸は。
「助けてくれええ~ッ!!」
「逃げたぞッ! 娘を放り出して、身軽な男が駆けていきおるッ!」
腹の底から大声を上げ、一心不乱にただ走った。
嘲笑を浮かべる少女が、光弾────理解の範疇を超えているが、そう呼ぶ他ない────を洸に放つ。頬を、脇腹を、脛を掠らせて着弾するそれから感じるのは尊大な嗜虐性だ。簡単に死なせるつもりはないと理解できてしまう。
そして洸へ向ける侮蔑と
「来るなッ、来るなぁッ!」
「大した男だなお前の父親は! オレの父親は最後まで逃げなかったッ!」
少女の父親も石動惣一も、洸とは大違いだ。
逃げなかった。その選択に、どれだけ勇気の要ることか。楽な道を選んだ洸には到底真似できない生き様だった。
転げ、尻餅をつき、手近な瓦礫を少女へ投げつける。
当然そんなものが彼女へ届くはずもない。だが
「響ッ! 今のうちに逃げろッ! 壊れた家族を元に戻すには、お前も一緒にいなくちゃだめなんだッ!」
直後、足元に着弾した光弾が爆ぜる。衝撃に跳ね上がった洸の身体はすぐに地面へ墜落し、みっともなく何度も地面を転がった。
回転する視界に吐き気を覚える。久方ぶりに作った擦り傷が痛い。
逃げたい。
だとしても。
娘の危機を前に、何もしない自分ではいられない。何もかもが剥がれ落ちて、最後に残った
「お父さんッ!!」
「これくらい……へいき、へっちゃらだ」
それは、魔法の言葉。
逃げる言い訳として繰り返すうち、いつしか呪いに変わっていった。どうしようもないことをやり過ごすためだけの言葉、ではなかったはずなのに。
震える身体を押さえつけて、膝を笑わせながらも立ち上がる。
「逃げたのではなかったか」
「逃げたさ! だけどどこまで逃げても、この子の父親であることからは逃げられないんだッ!」
最後に残ったもの────立花洸が立花響の父であること。
「俺は生半だったかもしれないが、それでも娘は本気で壊れた家族を元に戻そうと勇気を出して向き合ってくれたッ!
だから俺もッ、なけなしの勇気を振り絞ると決めたんだッ!!」
萎びた勇気に魂を焼べる。
灰の底に小さな小さな火種が灯り、心の火が燃えていく。
もう二度と、娘の危機に寄り添えられない自分になんか戻りたくない。
瓦礫を投げて、投げて、ようやく見つけた小さなもの。それはきっと、響がこの場を切り抜けるのに必要なもの。
洸はそれを響に向かって、力の限り投げ渡した。
「響ッ! 受け取れッ!!」
「
響が水晶のペンダントを確かに受け取った直後、彼女の周囲が炸裂した。
「響ッ!?」
ただ声を上げる。
あの爆発に巻き込まれては、もう────いや。
この、歌は。
「……へいき、へっちゃら」
三年前。
ライブ会場でガングニールの破片が突き刺さり、生死の境を彷徨った。
何とか一命を取りとめた後の、辛いリハビリを前にしたあの時。
事件で生き残ったことに端を発した世間からのバッシング。
謂れのない非難を自身へ、家族へ向けられたあの時。
押し潰されそうになって、寒さに震えて逃げ出したくなったあの時。
いつも、その言葉が隣にあった。
「お父さんは、いつだって挫けそうになるわたしを支えてくれていた……ずっと守ってくれていたんだ」
爆煙が晴れ、こちらを見つめる二人の姿が露わとなる。
呆然と口を開けた洸に、忌々しげに口元を歪めるキャロル。洸を真っ直ぐ見つめ返した響は、溢れんばかりの万感を言葉に乗せた。
「わたし、お父さんから大切なものを受け取ったよ……受け取っていたよッ!」
「ひび、き……」
涙を拭い、一歩踏み出す。
舌打ちを零したキャロルが召喚したのは、万物を分解せしめるアルカ・ノイズの大群。十、二十、三十、数えるのも馬鹿らしいほどの数が周囲を埋め尽くしていく。
一人でやれるか、そんな疑問は愚問だった。何が何でもやってみせる、ただそれだけだ。
胸に灯るこの歌と、父からもらった魔法の言葉がある限り。
「奇跡が宿った機械仕掛け、のぉッ!」
地面を爆砕する踏み込みで、突き出す右腕はまさしく撃槍。
フォニックゲインを纏った拳がアルカ・ノイズを穿ち、続く敵をも巻き込んで赤霧へと還元せしめる。その勢いを殺すことなく、響は一息に敵陣の只中へ飛び込んだ。
「このアームには意味があるッ……!」
普通の日常、なんでもない日々。悪意を前に儚く消えゆくような、小さな奇跡を込めて歌う。
繋いだ手の温もりを、握った拳の痛さを知るからこそ、響は。
────胸の歌を、信じなさい。
────歌わなきゃならなくなったその時、その力をどう使いたい?
────歌うのを、怖がらないで。
────壊れた家族を元に戻すには、お前も一緒じゃなきゃダメなんだッ!
小日向未来、石動惣一。親愛なる人々を守るために、響はもう握った拳を恐れず戦う。
それは今も変わらないが────この一時、この瞬間だけは。
傍で響を見守る彼の、父のためだけに。言葉ではなくこの歌で、手にした答えを綴りたい。
縦拳、発剄、旋回。持ちうる全ての手段を駆使してノイズを蹴散らした響は、地面を殴り勢いを殺具と空中に佇む少女の姿を仰ぎ見た。
視線がかち合う。冷たくも熱い眼差しでこちらを見下ろすキャロルに対し、一撃必愛の拳を届かせるには。
「一つ覚えも甚だしいぞッ!」
「正義を信じッ、握り締めよう……うああッ!?」
愚直な突撃が通じるはずもなく、大きく飛び上がった響の身体は瞬く間に翠の暴風に捉えられた。
咄嗟に顔を腕で庇うも、全身を打ちつける風の前には何の意味も成さない。猛烈な勢いでビルの壁面へと叩きつけられた響は、正面の暴風と背後の壁に挟まれたまま耐えることしかできなかった。
真空の刃に切り刻まれていく鎧、
暴風の圧力に耐えきれず、拉げていく背後の壁面。届かない。息が詰まり、視界の端から暗闇が滲む。
音楽がぼやけて遠ざかり、やがて響の身体は地面に堕ちて。
「響ッ、負けるなぁぁぁぁッ!!」
覚醒する。
「……もうッ!
へいきへっちゃらああぁぁぁッ!!」
「な────!?」
攻撃を終えたキャロル、その意識が逸れたこの一瞬は見逃さない。
落ちゆく中、壁面を踏み砕いた響は爆発的な推進を得てキャロルへ肉薄。流れるままに、右の腕を空へと突き上げた。
さらに高く、火山に巻き上げられたように打ち上がっていくキャロル。派手に吹き飛んでこそいるが手応えは薄い。
なら次だ。バーニアを全開に、脚部のジャッキを伸長した響は
「なけなしの勇気だって、勇気……泣けるほどギュッとッ!」
縮まるキャロルまでの距離、だが彼女はすでに体勢を立て直していた。振り翳した手が生み出すのは巨大な三重の魔法陣だ。
「ヘルメス・トリスメギストスッ!」
彼我の間を隔てる障壁、それがどうした。
負けるな、そう叫ばれたからには。
大切なものを託されたからには。
胸のメーターを熱く焦がす、最愛のラブコールを受けたからには。
「知るもんかああああぁぁッ!!!」
立ちはだかる壁を容易くぶち抜き────魔法陣の破片が散る中、ついに少女の芯を殴り抜いた。
弾丸のように弾かれて、地面に叩き落とされるキャロル。盛大な土煙が巻き上がるが、この程度で彼女が止まるはずもない。
次なる手を見逃すまいと、響は着地間もなくキャロルの元へと駆け出した。
果たして予感は正しかった。どこからか取り出した紫色の竪琴を支えに立ち上がったキャロルは、頬についた土を払いながら叫ぶ。
「お前が父親を力と変えるなら……まずはそこから挽いてくれるッ!」
「……まさかッ!?」
咄嗟に振り返った響の視界に、戦いを見守っていた洸の姿が飛び込んでくる。そして周囲に群がっているのは────アルカ・ノイズ。
何故? 全て倒してからキャロルへ向かったはずだ。見逃したはずはない。なら、いつあれを召喚した?
────一つ覚えも甚だしいぞッ!
あの時か。
暴風に曝されていた時、緑色以外何も見えていなかった。
足が重い。いや違う、思考ばかりが先走り、身体がまるで追いつかないのだ。何もかもがスローモーションのように引き伸ばされる中、響の頭脳が弾き出したのは、この距離から彼を守る手段などないという答えだけ。
突撃も間に合わない。どうすれば。どうすれば、この残酷な答えを否定できる?
届くはずもない手を伸ばし、響は必死に父の名を叫ぼうとした。
「お父さ……」
瞬間、降り注いだ紅蓮の弾丸がノイズを残らず撃ち抜いた。
あの銃撃は、もしや。
「やらせるかよッ!」
「クリスちゃんッ! みんなッ!」
「シンフォギア装者、全員現着デスッ!」
「間一髪間に合ったようだな」
洸の前に降り立った五つの影。
クリスたち、S.O.N.G.所属のシンフォギア装者がついに到着したのだ。頼もしい笑みを浮かべるクリスに駆け寄った響はすぐさま頭上へ、ダウルダブラを片手に浮かび上がったキャロルへ視線を戻した。
歯を食い縛り苛烈な眼差しを見せる彼女。洸を狙いこちらの心を乱してまで、成し遂げようとしている“世界の分解”とは何なのか。
分からないことばかり。だからこそ拳より言葉を交わしたいと、響はキャロルに向かって再び声を張り上げた。
「もうやめよう、キャロルちゃんッ!」
「本懐を遂げようとしているのだ、今更止められるものかッ! 想い出も……何もかもを焼却してでもッ!」
瞳の炎に、一切の揺らぎはなかった。
ダウルダブラの弦を爪弾けば、鳴り渡った妖しい音色と共に光が彼女の身体を包み込む
やはり、止まるつもりはないのか。拳を握り直した響は、光の中から進み出たキャロルの姿を見据えた。
決戦の日と同じだ。自身の肉体そのものを錬成し成長した彼女は、鎧を纏って指揮者のように両腕を大きく広げた。
呼応するように背面装甲が展開、弦の上を紫電が駆け抜ける。迸る火花が周囲の大気を焦がし、戦場に異様な空気が張り詰めていく。
「ダウルダブラのファウストローブ、その輝きはまるでシンフォギアを思わせるが……」
「輝きだけではないと覚えてもらおうかッ!」
マリアの呟きにそう吠え、目を見開いたキャロル。そして今度は────響が瞠目する番だった。
音楽。
荘厳な旋律が、戦場いっぱいに轟いている。こちらの歌が介在する余地を残さぬほどの大音量は、さながら終焉を告げる喇叭を連想させた。
この現象が何を意味するのか、響はよく知っている。何せ何度も耳にし、自らもまたそれを使ってきたのだから。
だが、何故。
何故彼女がそれを使える?
「これってッ……!?」
〈交戦地点のエネルギー圧、急上昇ッ!〉
〈波形照合ッ! このエネルギーパターンは……!〉
司令室から飛び込んできた報告が、響の予感を裏付けていく。
だがその予感は、確信したくなどなかったもの。抱いた予感が現実となることへの戦慄が背を駆け抜ける。
とうとうその名を叫んだのは、弦十郎の怒号だった。
殲琴の音が、終焉への
次回「最終兵器エボル」
何年かかってるねん!!!
7年ということはシンフォギアが始まって終わるまでと同じ期間ということ
ということはシンフォギアが始まって14年が経ったしなんなら後数ヶ月で15周年ということ
補足など
・レイアの妹
生きてます。エボルトが回し蹴りで左腕と左胸あたりを吹き飛ばしましたがギリギリ修復が間に合った感じです。
ただ瀕死を超えた瀕死なので深淵の竜宮には来れませんでした
・オトン
境遇が似ている(大嘘)惣一と知り合ったことにより、自分をとても惨めに思っていました。原作で「俺にも男のプライドがある」とか言ってましたが(それ自体は多分フカシ)、そのあたりも砕け散ったのがこの小説の洸になります。
もうちょっと盛る予定だったのですが、この回のキャロルちゃんのガリィちゃん成分が強すぎて苛烈すぎるせいで隙がありませんでした
加えて惣一との関係性は今回急遽生やしたものなので、矛盾があったら書き換えます
だが信用できないのは石動惣一だ。奴は洸の勘違いを楽しんでいる……
・響
今回の話を書く予定じゃなかったこともあるのですが、「へいき、へっちゃら」で検索をかけてみると全体で3回くらいしか言ってませんでした
・未来
3期編後半の出番が少なすぎたのでねじ込みました。本当は自分の考えの整理ではなく、「買い出しに行ったところ洸とすれ違った(洸は気づいていない)」とか「響が洸ともう一度話すことを後押ししたが、本当にそれでよかったのか」などを相談するやりとりが入る予定でしたが、長くなったのでカット
・エボルト
オトンにはマジで興味がないです。未来さんには割とあります(響のハザードレベル上昇に最も寄与しうる人物のため)が、神獣鏡ビームで神の力の器となったことは把握していません(異端技術には疎い)