戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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【26/04追記】
全文改稿しました。歌詞追加や蒸血シーンカットなどいろいろ調整しましたが、話自体に変化はありません。


EPISODE02「覚醒のビート」(26/04改稿)

「わたしたち、死んじゃうの……?」

 

 

 

 響の隣で座り込む幼い少女が、震える声でそう呟く。

 とっくの昔に尽きた体力。大量の酸素を求める肺。張り裂けそうなほど脈打つ心臓。加えて、()()()()

 抱く不安は響も同じ。しかしそれを少女に悟られないよう、少女の呟きにゆっくりと首を横に振った。

 

 

 

(CDを買いにきただけ、だったんだけど……)

 

 

 

 リディアンを飛び出てから、何がどうしてこうなったのか。呼吸を整えながら、響は事の経緯を思い返した。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 未来が放った何気ない一言を受けた響は、転がるように街へ駆け出した。

 CDの予約はしていない。昨日までの自分を引っ叩きたくなるも、それは叶わぬ願いだ。

 

 数分で最寄りの店に到着。入店しようと足を動かし────見えたのは、灰色の山。

 こんなものが市街地に点在するはずがない。あるとすれば、それが示す事実は、

 

 

 

「ノイズッ……!?」

 

 

 

 特異災害・ノイズの発生に他ならない。

 すぐにシェルターに逃れなくては。響はCDショップに背を向け全速力で走り出した。

 

 瞬間。響の耳に届いた、一条の悲鳴。

 今まさにノイズの被害に遭おうとしているのか、ここからそう遠くない場所から上がった甲高い叫び。

 自分の命も保証されていないこの場において、他人を助けに向かうなど自殺行為そのものだ。

 だが。

 

 

 

「今行くからッ!」

 

 

 

 その一線を容易く踏み越えてしまえるのが、立花響という人間だった。

 案の定、声の主はすぐに見つかった。年端も行かない少女。

 そして彼女に迫る極彩色。

 

 響は少女の手を掴み、ただ走った。当然ノイズは二人を追ってくる。

 脇目も振らず走って、走って、走り続けて────今に至る。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 風が強い。それもそのはず、今二人が座り込んでいるのはコンビナートの給水塔、その頂上だ。

 壁面に頼りなく取り付けられた梯子を、少女を背負ったまま登り切る。

 たった今響が成し遂げたことだが、どうにも実感がない。

 

 顔を上げれば、既に空は藤色に。

 携帯の入った鞄は何処かに落としてきた。それはつまり、救助を呼ぶ手立てがないということだ。

 未来からの不在着信が無数に並んでいるであろう携帯を思い浮かべる。不審に思った彼女が通報でもしてくれていればいいのだが。

 

 

 

「ああ、あ……」

 

 

 

 ふと、少女が響の袖を引いてきた。

 その手は震え、見開かれた瞳孔が揺れている。焦点は正面、響の背後に向けられ────そこで、ようやく響も理解した。

 

 喉元に刃を突きつけられたような感覚。あの日も感じた死の気配を前に、背筋に冷たいものが走る。

 背後に立つは、所狭しと並ぶノイズの群れ。

 緩慢な動作で包囲を狭めてくるその姿を前に、とうとう少女の感情は決壊した。

 

 声を上げ蹲る少女を守るように、響は無意識のうちにその身体を抱き寄せる。

 

 

 

「大丈夫、絶対助けるからッ!」

 

 

 

 そんな自信はどこにもない。

 逃げる場所も見当たらない。

 前にはノイズ、後ろは絶壁。八方塞がりとはまさにこのこと。

 

 それでも響は考え続ける。何か自分にできることは。

 

 

 

(出来ることがきっとあるはずだ……!)

 

 

 

 迫る地獄の軍団。

 まさに今際の際、極限の状況下で響はふと()()を思い出す。

 

 こんな時に?

 否、こんな時だからこそ。

 

 

 

「だからッ……!」

 

 

 

 それはただ一節の言葉。

 薄れゆく意識の中でも鮮烈に刻みこまれたそれ。

 今こそ、少女に繋げる番だ。

 

 全身全霊で、響は叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━━━生きるのを諦めないでッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、立花響は────歌を歌う。

 

 

 

 

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 工業地帯にてノイズ発生。

 その知らせを受け、二課本部へ急行した翼。

 慎次と共に司令室へ到着したときには、既に発生地点の絞り込みは完了しつつあるようだった。

 

 

 

「座標の絞り込み、完了しましたッ!」

 

 

 

 示された座標はコンビナート地帯。距離はそれなりだが、愛車を駆ればそう時間はかからないだろう。

 今こうしている時間も惜しいと踵を返し、司令室を飛び出そうとした、その直前だった。

 

 確かな騒めきが、室内を覆う。

 

 

 

「ノイズとは異なる高質量エネルギーを検知!」

 

「……波形を照合! 急いでッ!」

 

 

 

 オペレーターの【藤尭朔也(ふじたかさくや)】が発した困惑交じりの報告に、了子が即応する。

 ノイズとは異なる。当然ながら、翼はそのようなものに心当たりなどない。

 ()のものでもないはず。奴が痕跡を残すはずがないと翼は確信しているからだ。

 ならば、

 

 

 

(……いえ、詮無き事ね。(つるぎ)はただ、迫る脅威を斬り捨てていればいい)

 

 

 

 尋常ならざる展開を前に、僅かに思考を乱した己を戒める。

 防人(つるぎ)に感情など不要だ。

 耳元にインカムを装着。今度こそ一振りの剣として、常在戦場の意思を硬く結び────。

 

 

 

「これって……【アウフヴァッヘン波形】ッ!?」

 

 

 

 ────再びの困惑が、翼の足を止めさせた。

 アウフヴァッヘン波形。それは聖遺物の起動をトリガーとして発せられる、エネルギーの波形パターン。

 

 それが検知されたということは、つまり。

 

 

 

「新たなる適合者ッ!?」

 

「だが、一体どうして……」

 

 

 

 適合者?

 シンフォギア装者が姿を見せたとでもいうのか。

 だが、シンフォギアは了子以外には作成できない代物。彼女の表情を覗けば、その動揺が演技ではないことは明白だった。

 ならばこの反応は、何だ。

 

 

 

「結果、出ますッ!」

 

 

 

 室内を包む奇妙な空気は、直後モニターへ映し出された照合結果によって晴れることとなった。

 翼の胸に、戦慄だけを残して。

 

 

 

(……あり得ない。だって()()は、奏の────)

 

 

 

 一瞬の沈黙。

 それを破ったのは、風鳴弦十郎の怒号にも似た叫びだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガングニールだとォッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェーズ1 覚醒のビート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、うえええッ!?

 わたしどうなっちゃってるのぉッ!?」

 

 

 

 目の前の地獄にも構わず、立花響は素っ頓狂な声を上げた。

 買ってもらったばかりの制服は一体どこへ。今彼女が纏っているのは、日常からはおよそかけ離れた衣装だった。

 

 身体にぴったりフィットした、橙、白、黒の三色のインナー。

 両腕、両足を覆う硬質な鎧。

 耳元に手を当てれば、ヘッドホン────のようなもの────まで装着されていた。

 何という早着替えだ。

 

 

 

「着替えたところでぇ~ッ!」

 

 

 

 ようやく衝撃から回復した響は、恐る恐る周囲へ視線を巡らせる。

 これほどのトンデモが起きたのだ。ノイズもまた夢のように霧散して────など、いなかった。

 

 相も変わらず響と少女を取り囲む、極彩色の特異災害。

 状況は何一つとして変わっていない。

 

 変わったのは恰好と、どこかから鳴り響くやけに明るい()()だけ。

 今度こそ八方塞がり。未だ混乱が尾を引く中、頭を抱えて俯きかけた、その時。

 

 

 

「おねえちゃん、カッコイイ……!」

 

「えっ……?」

 

 

 

 響の隣で、目を輝かせる少女の姿が目に入った。

 その顔に浮かぶのは笑顔。動揺も恐怖も、一片たりとも見当たらない。

 

 

 

(……そうだ。なんだかよく分からないけど)

 

 

 

 なぜ響はここにいる?

 瞳に映る彼女を助けるためだ。

 

 なぜ少女は笑っている?

 響の姿を見ているからだ。

 

 ならば、今何をすべきか。

 確かなことはただ一つ。

 

 

 

「わたしがこの子を守るってことだッ!」

 

 

 

 今鳴っているこの音楽。なぜだか初めて聞く気がしない。

 加えて胸の奥より湧き出る詩。理由はない、だがこれが“響の歌”なのだと理解できた。

 

 音楽があり、歌詞がある。

 となれば、することは当然。

 

 少女の手を握り、小さな身体を抱きかかえる。

 重さはまるで感じない。これなら────!

 

 

 

「絶対に離さない……この繋いだ手は」

 

 

 

 同時、その身を一本の矢に変じさせたノイズがこちらに向かってきた。

 狙いは無論、響と少女。

 

 暖かな手を繋いだ少女を、人の作る、確かな温もりを持つ彼女を。

 死なせるものか、絶対に。

 

 螺旋を描いて突撃するは死の弾丸。

 常人ならば反応する間もなく貫かれるであろうそれに対し、響が取った行動は単純だった。

 

 

 

「こんなに、ほらぁッ!」

 

 

 

 地面を蹴って横に飛ぶ。

 そのまま転がり、ノイズの攻撃を凌ぐ────はず、だったのだが。

 

 

 

「人の作る温もり……

  うわわわわわあああぁぁぁぁッ!?」

 

 

 

 いつまで経っても地面に着かない。

 風を切る奇妙な浮遊感に首を傾げて、眼下の光景を見下ろした響は力の限り叫んだ。

 そこには────地面が、なかった。

 

 空中に投げ出された? 否、自分から飛び込んだのだ。

 ただ地面を蹴っただけだ。その結果がこの自由落下だとでも言うのか。

 いずれにせよ、このままでは結果は同じ。炭素変換が落下死に変わっただけだ。

 

 この状況で落ち着いていられるほど、響は未だ衝撃から立ち直れてはいなかった。

 

 

 

(落ちる落ちる落ちるッ! どどど、どうすればッ!?)

 

 

 

 みるみるうちに地上が迫る。違う、それは響の方だ。

 

 50メートル。

 40メートル。

 30メートル。

 

 重力に従い落ちる響は、半ば無意識に抱えた少女を上へ掲げる。なんとか彼女だけでも守ろうとして────。

 

 着弾。

 

 

 

 

 

「…………あれっ?」

 

 

 

 

 

 爆音。僅かな衝撃。足に走る僅かな痺れ。

 それだけだ。

 響の身体に一切の負傷はなく、少女も同様。それどころかこの落下劇を楽しむかのように、爛々と目を輝かせていた。

 

 なぜ無事なのか。

 難しいことを考えるのは苦手な響、それでもこれは捨て置いてはならないことくらいは分かる。

 ほんの一瞬、今の状況を忘れさせるほどの困惑が彼女を襲った。

 

 

 

「おねえちゃん、後ろッ!」

 

 

 

 少女の叫びに、思わず言葉の通り振り向く響。

 後ろに何が。

 

 ノイズ。

 

 夜空を舞う飛行個体が、一直線に迫ってきていた。十分な加速を受けたそれはすでに二人の目前。

 響の反射神経は、再び飛んで逃れられるほどの性能ではない。

 だが同時に、目の前に迫る脅威。それを前に何もできないほど、錆びついてもいなかった。

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 

 気づけば、響は右手を突き出していた。

 ノイズ。触れた人間を例外なく炭素へと変換する特異災害。そんな存在に拳を向けるなど正気の沙汰ではない。

 だがこの状況で、そんなことまで考えられるはずもなく。

 

 間もなく、響の命は塵と消える────。

 

 

 

 

 

「……わたしが、やっつけたの?」

 

 

 

 

 

 ことは、なかった。

 拳が当たり、僅かな手応えと共に炭化したのは、響ではなく()()()

 それはつまり、ノイズを()()()ということ。灰色の粉が舞う中、響の頭がいよいよ煙を噴き始める。

 

 そんな中。

 畳みかけるように、更なる混乱が響を襲った。

 

 

 

「この音……!?」

 

 

 

 遠巻きに聞こえ始めたのは、低く唸るエンジン音。聞き間違えではない、確実に近づいてきている。

 誰かがこの場に向かっているというのか。だが、誰が。

 

 次の瞬間、音の主がようやくその姿を現した。

 それは一台のバイク。青い車体がコンビナートの照明を反射し、流麗な軌跡を描いて疾走している。

 響の横を通過した刹那、彼女は運転手の姿を垣間見た。

 

 

 

「────翼、さん?」

 

 

 

 ヘルメットの奥。僅かに見えたあの瞳は、間違いなく昼間見た()()のものと同じだった。

 高く跳躍し、響の前に着地する彼女。同時に、慣性のまま突っ込んだバイクがノイズの群れの中で炎の華を咲かせる。

 赤い炎に照らされたとき、ヘルメットを脱ぎ捨てたその姿が露わとなった。

 

 

 

「呆けない、死ぬわよ」

 

 

 

 その名は、風鳴翼。

 翼はこちらを一瞥もせず、ノイズに向かって駆け出した。

 生身でノイズに立ち向かう愚行、常人であれば止めねばならない。

 

 だが彼女は風鳴翼。彼女は“常人”とは違うことを、朧気ながらも理解していた。

 

 

 

「貴女は其処で、その子を護ってなさいッ!」

 

 

 

 そして、戦場に()が鳴る。

 

 

 

 

 

「Imyuteus amenohabakiri tron」

 

 

 

 

 

 その羽撃きは鋭く、風鳴る如く。

 眩い光が翼を包んだかと思えば、彼女の姿は一変していた。

 

 

 

「去りなさい! 夢想に猛る炎、神楽の風に滅し散華せよッ!」

 

 

 

 消失したライダースーツ。代わりに青き鎧を纏った翼が、刀を抜いて戦場を舞う。

 

 

 

「嗚呼絆に、全てを賭した閃光の剣よ……!」

 

━━━━━━━━━━蒼ノ一閃━━━━━━━━━━

 

 

 

 力強い歌声が轟き、この場を支配する。

 勇壮なる戦慄を口遊びながら刀を振るえば、蒼き光がノイズを両断。

 まさしく一騎当千。翼の歌は、瞬く間に戦場の趨勢を塗り替えていった。

 

 少女を抱きかかえたまま、響が茫然とその様を見つめていたその時。

 

 

 

 

 

『ようやく覚醒したかァ……響ィ!』

 

 

 

 

 

 不意にかけられた、男の声。

 どこから? 上だ。直感した響は、背後のタンクへ視線を向けた。

 

 そこにあったのは、縁に腰掛け足を揺らす人影だった。

 月明かりを背負ったその顔は逆光に沈み、判然としない。だがそのシルエットは、明らかに常人のそれからかけ離れていた。

 

 人影は響の視線に気づくと、身を翻して彼女の元へ。優に10メートルはあろう高さを一息に飛び降りるとはなんたる胆力。

 舌を巻いていた響だが、降り立った()の姿を前にそんな感情は消し飛んだ。

 

 

 

『よう、立花響。こうして会うのは初めてだな』

 

「どちら様ですかッ!?」

 

『ハハハ! 困惑してるなァ。まあ当然か』

 

 

 

 全身を赤いスーツと鎧で包んだ()は、気安い調子で無造作に片手を上げた。

 普段の響ならそれに返していたところ。だが悲しいかな、今は平時ではない。

 突如現れた謎の男に悲鳴交じりの声を上げるのが精いっぱいだった。

 

 そんな響を見て、男は肩を揺らして笑う。

 後ろで翼がノイズと戦っているとは思えないほど自然な仕草だ。その様子に、思わず気が緩み────いや。

 

 

 

『なら、まずはアイスブレイクから始めようか』

 

 

 

 腕の中で、少女が震えている。

 その事実を目にした途端、響が抱きかけていた妙な親近感は瞬く間に萎んでいった。

 彼女を守らなければ。少女の視界を遮るように腕を回しながら、響は恐る恐る彼を見上げた。

 

 

 

『“俺の名前はなんでしょう?” くだらないクイズだが、余興には丁度いいだろ』

 

「えっと……コブラ男さん、とか?」

 

『惜しい~ッ! 正解はブラッドスターク』

 

 

 

 少女の様子こそ気になるものの、少なくともこちらを害する素振りはない。

 響は慣れない警戒を引き下げつつ、ブラッドスタークと名乗った男との会話に興じる。いずれにせよ、この場にノイズがまだいる以上、下手に動くわけにはいかないのだ。

 

 

 

「ブラッドスターク……さん?」

 

『スタークで構わない。堅苦しいのはなしでいこう』

 

「それじゃあ、スタークさん。どうしてわたしの名前を知ってたんですか?」

 

『もっともな疑問だな。だが、残念ながらそいつは企業秘密だ。もっと仲良くなったら教えてやるよ』

 

「ええ~……?」

 

 

 

 世間話のように繰り広げられる会話。

 スタークの言葉に心を許しかけている自分がいた。このやりとりの最中、彼が少女に一切の興味を示さないのも理由の一つだ。

 

 おどけたような彼の態度に眉を下げつつ、響は次いで問いを投げかけた。

 

 

 

「じゃあなんでここに? もしかして……翼さんの仲間だったりしちゃいます?」

 

『理由か。言うまでもないだろ?』

 

 

 

 もしかすると、()()()に彼の姿もあったのかもしれない。翼や()()と同じように、ノイズと戦う戦士として。

 だが、響の問いにスタークは首を傾げている。それに彼の言葉。

 何が“言うまでもない”のか。違和感を覚えた響が三度口を開こうとした、その時。

 

 

 

「……えっ?」

 

『倒しに来たんだよ』

 

 

 

 いつの間に取り出したのか。

 スタークの右手には、()()が握られていた。

 

 その照準を響に向けて。

 

 反応できない。

 ノイズと同じく、ともすればノイズ以上に目の前の拳銃は明確な“死”のイメージを想起させた。その脅威を前に、響はただ目を閉じることしかできず。

 

 やがて、無造作に。

 銃爪が引かれた。

 

 

 

 

 

『……お前たちをなッ!』

 

 

 

 

 

 瞬間、銃声。風切り音。

 耳元で一瞬感じた熱。それは、確かに響の横を銃弾が飛んだという証左だった。

 

 横?

 

 

 

「あ、あれっ?」

 

『おいおい! まさか撃たれるとでも思ったのか?』

 

 

 

 いつまで経っても痛みが来ない。

 恐る恐る瞼を開けば、眼下にあるのは傷一つない自分の身体だ。

 笑い混じりの声に顔を上げると、スタークはすでに銃口を下ろし腰に手を当てている。

 思わず状況を忘れ、響は眉を吊り上げ抗議していた。

 

 

 

「だ、だってッ! 銃をこっちに……」

 

『ちょっとしたジョークだ……そんな顔するなよ。もう少し感謝してほしいくらいなんだがなァ。ほら、後ろを見てみろ』

 

「後ろ?」

 

 

 

 顎で後ろを示され、その通りに振り向く響。

 そこには────身体に風穴を開けられ、色を失っていくノイズの姿があった。

 彼は()()を撃ち抜いたというのか。ということは、つまり。

 

 

 

『特別サービスだ。想定より多く湧いて出てるようだし、周りのノイズ共は俺が始末してやるよ』

 

 

 

 スタークもまた、ノイズを倒せるということだ。

 くるくると拳銃を回しながら、彼は気怠げに響の前へ歩み出る。

 “ノイズを始末”。その言葉を証明するように、彼の姿はかき消え────次の瞬間、ノイズの只中で躍動していた。

 

 

 

【スチームブレード!】

 

 

 

 蛇のように地を滑り、一息に間合いを詰めたのか。

 一切の予備動作が見えなかった。いつしか左手に握られていた短剣を振るい、スタークは的確にノイズを撃破していく。

 

 響の視界に二つの戦場の様が映る。

 銃撃と斬撃を起用に織り交ぜ、一体ずつ確実に数を減らしていくスターク。

 身の丈ほどの大剣を振るい、ノイズをまとめて斬り伏せていく翼。

 まさに圧巻。響はただ、その光景を目に焼き付けることしかできない。

 

 

 

『やはり、ノイズに攻撃は通じたか。いい結果だ』

 

「すごい……翼さんも、スタークさんも……」

 

『サービスだって言っただろ。次からは自分でやって貰わないと困る』

 

 

 

 爆炎は収まり、コンビナートには静寂が戻りつつあった。

 施設の照明をスポットライトのように浴びながら、短剣【スチームブレード】に付着した塵を払うスターク。

 思わず漏れた響の感嘆に一瞥を返した彼は、再びこちらへ歩み寄ろうとして────背後に突き付けられた()によって、足を止めた。

 

 

 

『だよなァ、孤高の歌姫様?』

 

「この日をどれだけ待ち焦がれたか……ブラッドスタークッ!」

 

 

 

 スタークは肩をすくめて、ゆっくりと両手を上げた。

 背後で刀を構えるのは風鳴翼。響は彼に“翼の仲間か”と問うたが、どう見てもその関係は劣悪そのもの。

 笑い混じりのスタークに対し、翼の声色は硬く荒い。

 

 仲が悪い、どころではない。

 こちらまで届く彼女の気迫。吹き荒ぶ嵐の如きその激情は、彼を不倶戴天の仇と見定めているかのようだ。

 

 

 

「身柄を拘束させて貰う。2年前の件も含め、本部で……」

 

『成長著しいようだが、切れ味は大雑把だな。もっと小回りを気にしたほうがいい、なんてアドバイスは受けてないのか?』

 

「発言を許可した覚えはないッ!!」

 

 

 

 背後を取っているのは翼。だというのに、スタークには一切の焦りがない。

 この奇妙な膠着は、響にはどうしようもなく不気味なものに映った。

 

 

 

『悪いな響、どうやら防人様の機嫌が悪いようだ。仕方ないから、今日は帰らせてもらうとしよう』

 

 

 

 突然意識を向けられ、響は肩を跳ねさせる。

 しかし今、帰ると彼は口にした。この状況で翼がそれを許す訳がないと、ほぼ初対面の響でも理解できた。

 だというのに、この余裕は────その時、響は目にする。

 

 

 

『じゃあな。翼もまだまだ伸びそうだ』

 

 

 

 彼の拳銃から黒煙が噴き出したかと思えば、その身体が包まれていく。

 突然の異変に飛び退る翼だったが、すぐに踏み込む。下段に構えた刀を、躊躇なく薙ぎ払った。

 

 

 

「待ちなさいッ!」

 

 

 

 が。

 彼女が切り裂いたのは煙だけ。

 押し出された空気が暴れ、その場の灰と煙を吹き飛ばしていく。

 

 やはり、彼の姿はそこにはなかった。

 

 

 

「えッ、ええ~ッ!? 消え……!?」

 

「……くッ!!」

 

 

 

 響の叫びと共に、翼の押し殺した呻きが夜に木霊する。

 何もかもが謎に包まれたまま、響の学園生活2日目は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 幕を閉じた────とばかり、思っていたのだが。

 

 スタークが姿を消して間もなく、コンビナートに押し寄せてきたのは大量の車両だった。

 手際よく現場検分を行っていく彼らを眺めているうち、ふと声がかけられる。【友里(ともさと)あおい】と名乗った女性に差し出されたコーヒーは、張りつめていた響の心を優しく落ち着かせてくれた。

 

 少女も無事、母親と再会できたようだ。

 その様子を見届け、響も未来の待つ寮に帰ろうとして。

 

 ふと手に違和感を覚える。

 

 

 

「貴女をこのまま返す訳にはいきません」

 

「なんでですかッ!?」

 

 

 

 冷たい感触。手に掛けられていたのは、手錠だった。

 人生初の逮捕の衝撃から立ち直れないまま、あれよあれよと車に乗せられる。

 揺らされること十数分。響が連行された先は、

 

 

 

「ここって、リディアン……ですよね?」

 

「ええ。すみませんが、もう少しです」

 

 

 

 緒川というスーツ姿の男性が頭を下げつつ苦笑する。

 何を隠そう、彼は響に手錠をかけた張本人である。だというのにこの腰の低さには、響も頭を下げ返す他なかった。

 

 昼間通っていた、私立リディアン音楽院。その職員用エレベーターに乗せられる。

 ()()()()()の描かれたエレベーターシャフトを下った後は、薄暗い通路を歩かされた。

 やがて辿り着いた通路の奥、そこに取り付けられた扉が開く。

 途端、内側から溢れ出した光に響は思わず目を覆った。

 

 そして────。

 

 

 

 

 

「ようこそッ! 人類守護の砦、特異災害対策機動部二課へ!!」

 

 

 

 

 

 聞こえたのは、クラッカーの破裂音。

 次いで、豪快な男の声。理解が追い付かない内に視界が光に慣れ、目を開けた先の光景は。

 

 

 

「……へっ?」

 

 

 

 見事、響の思考を停止させることに成功した。




1期の翼さんは口調の武士具合が6割くらいだったのでちょっと「~わよ」とか「~ね」とか歌女風味多めにしてます
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