戦姫絶唱シンフォギア Evolution's Symphony   作:セグウェイノイズ

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お待たせしました。
XV7話が衝撃的すぎて終盤のプロット全部書き直してました

【26/06追記】
全編書き直しました。
いつものごとく展開は変わってませんが、キャラクターのセリフはちょくちょくいじっています。


EPISODE03「強襲コウモリ男」(26/06改稿)

「お前……何でここにいるんだよ」

 

『クリスか。調子はどうだ?』

 

「あたしの名を気安く呼ぶんじゃねえ」

 

 

 

 暗がりに響く二つの声。

 鬱蒼とした森の奥、開けた湖の畔にその館は存在している。およそ日本の建築からはかけ離れた装いだが、周囲の景色と奇妙な一体感を見せていた。

 

 水面が月光を反射し、館の正面を僅かに照らす。

 さざ波も、木々の騒めきも。一切の音が消えたこの空間は静謐であり、同時にどこまでも禍々しかった。

 

 

 

『今日はお前の主人に用があってね。いつもの所か?』

 

「自分で探せっての……あいつなら、さっきまで奥にいた」

 

 

 

 そんな場所に踏み込み、窓際に腰掛けていた少女と言葉を交わす男────ブラッドスターク。

 さっさと行けとでも言いたげに手を振る少女。警戒心を剥き出しにしたその様子に肩を揺らしたスタークは、そのまま彼女の言葉通りダイニングホールへと足を運んだ。

 

 

 

『フィーネ。お前も元気そうだ』

 

 

 

 ホールに設置された長大なテーブル。等間隔に並べられた椅子が使用されている光景をスタークは見たことがない。

 室内最奥、青く光るディスプレイが暗闇に浮かび、彼の鎧を怪しく照らす。

 

 その中央に佇む、一つの影が目に入った。

 目当ての人物であることを確認したスタークは手を上げる。彼の声に振り向いたその影は、その長髪をなびかせながらゆるりとこちらに近づいた。

 

 

 

「……ブラッドスターク」

 

 

 

 窓越しの月光に照らされ、その肢体が露わとなる。

 影の正体は女性。一糸たりとも身に纏わず、その紫水晶のような瞳でこちらを射貫いている。

 金色の長髪が月光に煌き、浮世離れした様相を醸し出していた。

 

 女性────【フィーネ】が室内奥の椅子、家主の席に腰掛ける。

 顎でこちらに来るよう指示されたスターク。その尊大な態度は折り紙付きだと肩を竦めるが、徒に彼女の機嫌を損ねるのも面倒だ。

 大人しく指示に従ってようやく、フィーネが口を開いた。

 

 

 

「要件は?」

 

『理由がないと来ちゃいけないのか?』

 

「問答するつもりはない。こちらも暇ではないことくらい理解しているでしょう」

 

『そう怒るなよ。似た者同士だなァ』

 

 

 

 随分な嫌われようだ。経緯が経緯だけに理解できる部分もあるが、取り繕いもしないのはその余裕故か、果たして。

 彼女の口調を気にも留めず、スタークは要件を切り出す。

 

 

 

『大した用じゃない、今日は奴の様子を見に来ただけだ』

 

「相も変わらず()()の解析を行っている。引き取って貰えるのなら、諸手を上げて引き渡すわ」

 

『奴をここに住まわせる代わりに、俺は()()を貸し出す。お互いに協力要請があればそれに応じる。そういう契約だったはずだが』

 

「それでも、よ。いつまでもという訳にもいかないでしょう」

 

 

 

 やはりというべきか、フィーネと()の相性は良好とはかけ離れたもののようだ。

 スタークとしては奴は見ていて飽きない種類の人間だが、彼女からすれば不愉快極まりないタイプなのだろう。

 

 眉間に僅かな皺を寄せて呟くフィーネを宥めていると、徐に立ち上がった彼女が背を向けた。

 

 

 

「用が済んだのなら疾く去りなさい」

 

『もう一つ。こっちは忠告だ』

 

 

 

 指を立ててそう言ったスターク。振り返り、その指先を見つめたフィーネはしばし閉口し、やがて鼻で笑った。

 

 

 

「忠告。この私に? 随分大きく出るようになったようね」

 

『そう言うなって。お前は甘く見ているようだが、“サム”には気をつけておいた方がいい』

 

「下劣なサムを利用こそすれ、無暗に警戒を強める道理は無い」

 

『親切なお節介とでも思ってくれ。契約履行前に万一のことがあると、俺も困るからな』

 

「痛み入るわね」

 

 

 

 口だけの感謝だが、それならそれでいい。

 アンクルサム(米国)を侮っているフィーネ、その二枚舌がどこまで通用するか見ものだ。

 どちらに転がっても問題ないよう算段をつけている以上、彼女の進退はどうでもいいのだが。

 

 その態度を露にも見せず、スタークは小さく笑った。

 

 

 

『まあいい。どのような経緯であれ【カ・ディンギル】建立まで漕ぎ付けられるのならな』

 

「…………」

 

 

 

 ぴくり、と。

 僅かに、彼女の眉が上がった。

 

 この情報を有している以上、フィーネはスタークをこれ以上邪険に扱えない。

 ただ、こちらを射殺さんばかりの視線で睨むばかり。今度はスタークが踵を返す番だった。

 

 

 

『じゃあな。奴の様子を見てから失礼するよ』

 

 

 

 ひらひらと手を振り、ホールの扉を開ける。

 扉が閉まるその瞬間まで、刺すような彼女の視線が途切れることはなかった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「ようこそッ! 人類守護の砦、特異災害対策機動部二課へッ!!」

 

「…………へっ?」

 

 

 

 ────と、熱烈な歓迎を受けた響。

 その後、櫻井了子と名乗った女性にメディカルチェックを受けさせられ、軽食を取った後帰らされた。

 

 エレベーターで地上に登れば、やはりそこはリディアン音楽院。なぜ学校の地下にあのような施設があるのか。

 疑問が首をもたげるが、それ以上の疲労感が響を襲った。

 

 

 

「つ、疲れた……」

 

「響ッ!?」

 

 

 

 寮に戻れば、憔悴した様子の未来が出迎えてくれた。

 結局放課後から向こう、未来と連絡を取れていなかったことを思い出す。

 二課の手により、“ノイズ出現に際してシェルターへ避難していた”というカバーストーリーが展開されたらしい。故に行方不明扱いではなかった響だが、それでも気が気ではなかったのだろう。

 

 親友を心配させたことに、胸の奥からじわりと湧き出る罪悪感。

 が、あの妙な鎧やリディアン地下施設のことなど言い出せるわけもなく。

 帰宅後まもなく、響は泥のように眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

「ねえビッキー、これからふらわーに行ってみない?」

 

「ふらわー……って?」

 

 

 

 翌朝、未来に起こされ、身体を引きずるように登校した響。

 うつらうつらと授業を聞き流し、ようやく全ての時間割を消化しきったころ。机に突っ伏していた彼女に、ふと声がかけられた。

 

 首を動かせば、机の前に立っていたのは創世、詩織、弓美の三人。

 訊き返すと、評判のお好み焼き屋が駅前にあるとのこと。詩織が見つけたそうだが、彼女の趣味である“うまいもん巡り”の面目躍如といったところか。

 

 

 

「おいしいと評判ですよ」

 

 

 

 聞けば聞くほど魅力的な提案だ。

 だが悲しいかな、今日は外せない用がある。

 起き上がった響は両手を顔の前で合わせ、勢いよく頭を下げた。

 

 

 

「ごめん! 今日は別の用事が入ってるんだ」

 

「ま-た呼び出し? 本当、アニメみたいな生き様してるわね」

 

「あはは……まあ、そんなとこかな」

 

「仕方ない、また今度誘うね」

 

 

 

 手を振り創世たちと別れる。

 まだ入学して間もないというのに、響の用事といえば教師からの呼び出しである────そんな共通認識が根付いてしまったらしい。

 おかげで怪しまれずに済んだのはよかったのか、悪かったのか。釈然としない思いを抱きながら、響は肩にかけた鞄を揺らして教室を後にした。

 

 詩織の話によれば、未来も件のお好み焼き屋には同行するそうだ。響も来るものと思っているのだろうが、あまりの疲労で今日の予定を言い忘れていたことにようやく気づく。

 慌てて彼女へメッセージを送りながら、響は指定された場所へと足早に向かった。

 

 

 

「あっ、翼さ……」

 

「重要参考人として、再度本部まで同行してもらいます」

 

 

 

 指定されたのは、昨夜訪れた職員棟のエレベーター。

 その傍らで佇むのは風鳴翼だ。ただ背を壁に預けているだけだというのに、一枚の絵画のような洗練された美しさを纏っている。

 

 そんな彼女が響を待っている。その事実に舞い上がっていた響の心は、言葉を遮って放たれた硬質な言葉に叩き落とされた。

 

 

 

「立花響ちゃん! 待ってたわよ~!」

 

 

 

 謎の地下施設────特異災害対策機動部二課という組織の本部らしい────に再び足を運んでまもなく。

 ハイテンションで指揮棒を振っていた了子に出迎えられ、響は昨日の部屋とは違う場所に案内された。

 

 司令室だという高低差のある室内には赤毛の大男、風鳴弦十郎の姿もあった。翼と同じ苗字であることは気になるが、ひとまず促されるまま椅子に腰かける。

 

 

 

「それでは! メディカルチェックの結果発表~!」

 

 

 

 ぱちぱちぱち。

 手を叩いた了子に釣られて拍手を送ると、彼女からウィンクを返された。少しして、前方のモニターが起動。何かのグラフが大量に表示される。

 指揮棒を片手に語った彼女によれば、響の容態は、

 

「疲労はあるが、それ以外の異常はほぼ見られなかった」

 

 とのこと。

 それは何より、ではあるが。

 

 

 

「まあ、アナタが訊きたいのはこんなコトじゃないわよね」

 

「あの力は一体なんなんですかッ!?」

 

 

 

 思わず身を乗り出す響。なにせ、今日はそれを知るためにここに来たのだ。

 そうでなければ今頃お好み焼きに舌鼓を打っている。

 

 だが了子はそれも織り込み済みのようだった。

 意地悪げに目を細めて指揮棒を振ると、モニターの映像が切り替わる。

 そこに映されていたのは、鎧を纏った翼の姿だ。

 

 

 

「そうねぇ。まず、聖遺物っていうのがあるんだけど────」

 

 

 

 翼の鎧は、【天羽々斬(あめのはばきり)】という刀を基として作られている。

 その刀の力を“歌”で起動させたのがあの鎧、【シンフォギア】。

 シンフォギアを使える人間はごく少数に限られ、【適合者】と呼称される。

 

 ……とのことらしい。

 無論、了子の言葉をそのまま繰り返しただけ。教えてほしいとは言ったものの、ここまで詳しくなくてもいいと挟みたかった。

 専門用語のオンパレードにめまいを覚える。

 

 

 

「……とまあ、大雑把にはこんなところ。

 ここまでの説明で、質問とか分からなかったこととかあるかしら?」

 

「あの!」

 

「あら熱心。はぁい響ちゃん、どうぞ~!」

 

「全然分かりません!」

 

 

 

 とはいえ、一つ不可解なことがあるのには気が付いている。

 どうやらシンフォギア────というらしい────は、聖遺物なる過去の遺産を鎧としたものなのだと説明を受けた、気がする。

 

 だが響は聖遺物など持っていない。ただのうら若き女子高生1年目だ。

 浮かんだままの疑問をぶつけたとき、今度は弦十郎が前に出た。了子にモニターの画像を切り替えさせた彼は響に問いを投げかけた。

 

 

 

「これは君のレントゲン写真だ。心臓付近のこの破片に見覚えは?」

 

「あっ! あります! 二年前、ライブ会場で……!」

 

「二年前……?」

 

 

 

 怪訝な様子を見せた翼を不審に思うも、弦十郎に促されて心当たりを明かす響。

 

 二年前。

 ツヴァイウィングのライブ会場に参戦した響は、そこでノイズ災害に遭遇。

 そこで、鎧を纏った風鳴翼、そして天羽奏がノイズを倒していく姿を目撃した。響を守っていた奏の鎧、その破片が響の胸に突き刺さり────。

 

 その結果が、前方のモニターに映るレントゲン写真だった。

 胸元に移る小さな影が嫌でも目に入る。

 それも一つではなく、複数。

 

 

 

「心臓近くに複雑に食い込んでるとかで、今もそのままなんです。

 あっ、特に不便はないですよ」

 

「……まさか。そんな」

 

 

 

 額に手を当てた翼が、震える声でそう呟く。

 心なしか、周囲の空気も一段階下がったようにすら覚えた。この胸の傷が一体何を意味しているのか────数秒後、重く開かれた了子の口がそれを明かした。

 

 

 

「調査の結果、この影は第三号聖遺物【ガングニール】の()()であると判明しました。

 ……奏ちゃんの置き土産ね」

 

 

 

 腕を組み、黙して目を閉じる弦十郎。所在なさげに指揮棒を弄る了子。

 そして、よろよろと近くの椅子に座り込む翼。

 

 彼らの反応が示す意味を、響はまだ知らない。

 

 

 

「それと、あの力……シンフォギア? のことなんですけど」

 

「……うむ。出来得る限り疑問は解消するつもりだ。なんでも訊いてくれ」

 

「このことを未来……えっと、友達や家族に相談することってできないんでしょうか?」

 

「なるほど。尤もな疑問だが、そいつは難しいな」

 

 

 

 その回答は薄々予想していた。 

 今説明された諸々の公表が許されているのなら、今頃世間は翼のニュースでもちきりのはず。だが現実は歌姫としての彼女の話題一色だ。

 故に驚くことなく弦十郎に耳を傾けていた響だったが、直後飛び込んできた言葉がそれを一変させた。

 

 

 

「君の力が第三者に知られた場合、家族、友人……周りの人間の命に関わる危険性がある」

 

「命にッ……!?」

 

 

 

 命。

 日常から最もかけ離れたその単語に思わず肩を強張らせる。

 小日向未来が、石動惣一が。

 安藤創世が、寺島詩織が、板場弓美が。

 リディアンの学友や恩人、家族。そして大切な陽だまりに危害が及んだとき、響は────。

 

 その時。再び響の意識を一変させたのは、またもや風鳴弦十郎だった。

 

 

 

「俺達が守りたいのは機密などではなく、人の命だ。

 人類はノイズに打ち勝てない。例外があるとすれば、それはシンフォギアを身に纏った装者のみ」

 

 

 

 真っ直ぐこちらを見据える、弦十郎の真摯な瞳。

 その眼光の奥で炎が揺らめき燃えている。太陽の如きその熱を視た響は思わず息を呑んだ。

 

 人間がノイズに触れれば炭化する、常識だ。

 だが例外はシンフォギア。それがあれば、ノイズと戦えるという。

 

 

 

「日本政府、特異災害対策機動部二課として改めて協力を要請したい。

 立花響くん。君が宿したシンフォギアの力を、対ノイズに役立てては貰えないだろうか」

 

「……わたしの力で、誰かを助けられるんですよね」 

 

 

 

 力強く頷く弦十郎。

 不安はある。

 恐怖もある。

 だが、響の趣味の「人助け」────人々を、友を、陽だまりを護るためなら。

 

 

 

 

「分かりましたッ!」

 

 

 

 

 響の言葉と、室内が赤い光と警報で満たされたのは全くの同時だった。

 思わず飛び上がる響。何事かと弦十郎に尋ねたときには、既に彼らは動き出していた。

 

 

 

「ノイズの発生を確認ッ!」

 

「本件は我々が受け持つ事を一課に通達ッ!」

 

「座標出ます! リディアンより距離200ッ」

 

「近いな……翼ァ!」

 

「迎え撃ちますッ」

 

 

 

 目まぐるしく職員たちの声が飛び交う。

 彼らの発言から辛うじて読み取れるのは、“リディアンのすぐ傍でノイズ発生”という事実。

 

 弦十郎の命を受けた翼は、後ろ髪を靡かせながら司令室を後にした。

 その迷いのない動きから動揺の色は窺えない。歴戦の先輩戦士ともなれば感情の切り替えは造作もないことなのか────などと、突っ立っている場合ではない。

 

 

 

「わたしも向かいます!」

 

「待てッ! 君はまだ……」

 

 

 

 

 響の背にかかる声は静止のそれ。

 右も左も分からない響を戦いの場には出せないとのこと、当然だ。

 

 だが、この力があるのなら。人を助けることができるなら。

 響の道は一つだった。

 

 

 

「わたしの力が誰かの助けになるんですよね!? シンフォギアの力がないと、ノイズと戦うことはできないんですよねッ!? 

 だったら行きますッ!」

 

 

 

 それだけ言い残した立花響は、全力疾走で戦場に到着。

 先んじて戦闘を開始していた風鳴翼と“連携”し、ノイズを倒すことに成功した。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 風鳴翼にとって、目の前で屈託なく笑う彼女は何なのか。

 昨夜戦場で彼女との邂逅を果たしてから向こう、それを測りかねていた。

 

 戦士としては未熟もいいところ。それも当然ではある。何せ昨日まで普通の高校生だったのだ、いきなり戦力として数える訳にもいかないだろう。

 分かっている。

 分かっては、いるのだが。

 

 

 

「今は足手纏いかもしれないですけど、一生懸命頑張ります!

 だから……わたしと一緒に戦ってくださいッ!」

 

 

 

 自らの片翼と同じ力を纏い、しかし決定的に違う。

 明るい性格。だが違う。

 ガングニールを纏う装者。だが違う。

 

 なぜ、彼女が。

 

 

 

「……そうね」

 

 

 

 歩み寄る。

 正面から向かい合い、立花響の瞳を見つめる。

 そこには翼の姿しか映っていない。

 

 ()()であれば、軽口を叩きつつも周囲の警戒を怠らなかった。

 似ているようで似ていない。

 逆さ鱗を撫でられ続けているような感覚。翼にはそれが、どうしようもなく────。

 

 

 

 

 

「貴女とわたし、戦いましょうか」

 

 

 

 

 

 怜悧な刃の白銀が、月光と炎に照らされる。

 冷たく熱い。たった今()()()()()()()それは、まさに風鳴翼の意思の体現だった。

 

 

 

「そッ、そういう意味じゃありません! わたしはただ翼さんと力を合わせて……」

 

「分かっているわそんな事」 

 

「だったらどうしてッ!?」

 

「貴女を受け入れられないから」

 

 

 

 硬直して数秒、ようやく動き出した響。

 あまりに遅い。()()であれば、きっとこんな様は見せていない。なぜ今、翼の前に立つのが彼女でないのか。

 

 視界に映るのは、未だ慌てた様子で身を揺らす少女の姿だ。

 逸る心を押さえつけながら、翼は響に鋭く告げた。

 

 

 

「アームドギアを構えなさい。

 それは常在戦場の意思の体現。貴女が何物をも貫き通す無双の一振り、ガングニールのシンフォギアを纏うのであれば……。

 胸の覚悟を構えてご覧なさいッ!」

 

「覚悟とか、そんな……。

 わたし、アームドギアとか分かりません。分かってないのに構えろだなんて、それこそ全然分かりませんッ!」

 

 

 

 平行線。二人の意思が交わることなど、未来永劫訪れないのだろう。

 このやりとりでそれが理解できた。

 

 ならば、続く道はただ一つ。

 

 

 

「覚悟を持たずに、のこのこと遊び半分で戦場(いくさば)に立つ貴女が……」

 

 

 

 翼の戦意に呼応して、シンフォギアが流れ出る戦歌。

 得物を夜空へ放り投げる。回転しながら宙を舞う刀に目を奪われている響が、戦場で無防備を晒し続ける響が。

 どうしようもなく────()()()()()

 

 

 

 

 

「────奏の何を受け継いでいると云うのッ!!」

 

 

 

 

 

 跳躍。

 一息に投げ上げた刀よりも高く飛び出した翼は、勢いそのままに刀の柄を()()()()()

 瞬間、空を切る高音と共にアームドギアが変形。

 大剣。いや、さらに大きい。刀は、翼の身の丈の数倍はあろう諸刃へとその身を変える。

 

 

 

「迸れ! この命尽きるまで……共に見た夢が叶う時までッ!」

 

━━━━━━━━━━天ノ逆鱗━━━━━━━━━━

 

 

 

 その様は龍の怒号の如く。

 天より落つるは、研ぎ澄まされた巨大質量。

 逆鱗に触れ続けた者に待つのは、全てを灼く鬼火の制裁と怒涛の一撃のみだ。

 

 圧倒されるばかりの響。回避や迎撃の様子は皆目ない。

 まともに当たればどうなるか、などと。今の翼に思慮する思考などなく。

 

 放たれた【天ノ逆鱗】は、響ごとその場を両断するべくその速度を増していった。

 そして。

 

 

 

「確かめよう、同じ場所には━━━━

               叔父様ッ!?」

 

 

 

 割って入った赤い影が、その()で逆鱗を鎮め。

 

 

 

 

 

【スチームブレイク! バット!】

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()が、宙に浮く翼の身体を吹き飛ばした。

 横槍。ノイズか? いや、恐らく違う。

 

 攻撃の刹那、翼が感じたあの怖気。

 それに()()()()()からこそ、間一髪で紫光をアームドギアで防ぐことができたのだ。

 

 この感覚、奴に似ている。だが何かが違うような────その時、流れる視界が突然止まった。

 

 

 

「無事か、翼」

 

 

 

 吹き飛んでいた翼を抱きかかえてなお、一切の揺らぎを見せない体幹。その声と存在感は、地に根を張った大樹を連想させた。

 風鳴弦十郎。なぜ彼が此処にと疑問が首をもたげるが、すぐに思い至る。

 

 

 

「……はい」

 

「始末書の十や二十は覚悟しておけよ」

 

「承知の上です。ですが、わたしはッ……!」

 

 

 

 年甲斐もなく、逃げるように目を背けた翼。

 視界に入るのはひび割れ、砕けた地面。

 破裂した水道管から噴き出した水が雨のように周囲を濡らす。冷たい水を身に受けてなお、翼は抜き身の刃を鞘に収められずにいた。

 

 

 

「何がどうなって……」

 

 

 

 腰が砕けたようにその場に座り込んだ響は、首と視線を右往左往させている。

 この期に及んで変わらぬ彼女の様子が、翼の心に油を注ぐ。夜の冷気も冷水も、今の彼女にとっては焼け石に水だった。

 

 再び刀を握る手に力が籠る、直前。

 

 

 

「さて、お開きと行きたい所だが……その前にやることができた」

 

 

 

 翼を下ろすと同時、視線を奥へと向けた弦十郎。

 広がるのはただの夜闇。だがその方向は翼に奇襲が放たれた方角であり、既視感のある怖気を感じた場所でもあった。

 

 目を凝らすも、闇の中は窺い知れない。

 弦十郎には()()が見えているのか、彼は響の前まで歩みを進めながら鋭く発した。

 

 

 

「翼を吹っ飛ばしたのはお前だな」

 

『イグザクトリー』

 

 

 

 声。

 続いて、乾いたクラップ音。

 次第に人の輪郭とともに近づいてくるその音と姿が、翼にあの日の光景を幻視させる。

 

 網膜に焼き付いた、あの燃える森。

 拍手を伴い、炎よりも赤く染まった奴が現れたあの夜。状況の何もかもがあの日と酷似していた。

 

 

 

「答えて貰おう。お前は何者だ?」

 

『何者か……ですか。

 単純、そして! 深淵な問いだ。ですがあえて答えるならば』

 

 

 

 いつしか影は形を成し、その姿を晒していた。

 不規則に明滅を続ける街灯に照らされた影が、その肩を揺らす。

 何重ものボイスチェンジャーを通したような、異常にくぐもった男とも女ともつかぬ声。舞台役者のように大仰な仕草で手を広げてみせると、彼はゆるりと腰を折った。

 

 黒と銀の鎧。

 頭部と胴体に張り付いた、黄色い蝙蝠(コウモリ)の装甲。

 夜闇に月、そしてコウモリ。

 例えるならば、それは“夜”の具現だった。

 

 

 

 

 

『私のコードネームは【ナイトローグ】────』

 

 

 

 

 

 眼鏡のずれを正すかのように、彼は黄色いバイザーを中指でなぞり────高らかに宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いずれ英雄となる者(・・・・・・・・・)、とでも!

    言っておきましょうッ!!』

 

 




この小説では「剣」は「つるぎ」、「戦場」は「いくさば」と読んでください
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