【祝・完結】 月姫 弓塚さつきルート MELTY BLOOD ~memory of Rhododendron~   作:風海草一郎

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 初めての連載小説です。少しでも楽しんでいただけたら超嬉しいです。


プロローグ&第一章 始動

追加パッチ「弓塚さつきルート」を起動しますか?

 はい   いいえ

 

 ――はい

 

…………………………起動を確認できませんでした。

 

 ――はい

 

…………………………起動を確認できませんでした。

 

 

Now hacking…………

 

……………………「弓塚さつきルート」がアップデートを実行しました。「月姫 アペンドディスク」を起動します。

 

Now loading………………

 

 〇

――八月初頭

 

 都市圏人口集中によるドーナツ化現象の例に漏れず、すっかり元気を無くしたベッドタウンの典型例である我らが三咲町。

 交通量は一時間あたり平均五台。電鉄使用者推定平均百人前後。

 この情報からどれだけ町や人々の活気が無いかはお察しだ。そこに摂氏三十八度の暑さが加わればなおさらだ。いっそ頭蓋の中まで蕩けてしまいそうだ。

 

 ――その夏、あまりに息苦しい暑さから、窒息するサカナみたいだと誰かが言った。

 

 街を歩いていたら、そんな台詞とすれ違った。おかしな話もあるものだと、と独りで笑う

 打ち上げられたならまだしも、水槽の中でサカナは窒息などするだろうか?

 

 ……しばしの黙考。

 

 そして「ああ」と独り合点がいったように声をあげた。

 放置された熱帯魚。

 腹部を見せて浮かぶ死体。

 濁った水。

 緑色の水槽。

 パクパクと口を動かす死んだサカナ。

 

「なるほど巧い例えだ」

 

 この鬱屈した閉塞感と、出口の無い緩やかな停滞はまさしくそれだ。

 灼熱の空気は一息吸えば肺を焼き、道路に立ち昇る蜃気楼は信号機のシルエットを大きく歪ませる。

 往来には人っ子一人おらず、死んだ街に一人取り残されたような錯覚に囚われる。

 

 そういった意味で、町は深海に沈んだ古代都市じみていた。

 つまり、自分はその死んだ街で目的も無く揺蕩う魚だ。生きていようといまいと変わりなく、死んでいようがいまいが大差は無い。まさに生きながら死んでいる。

 

 まったくおかしな夏だった。

 人気はあるのに人はおらず、無人のプラットホームには幾ばくかの人を乗せた電車がサカナたちをどこかへ輸出入するのを繰り返す。

 ショッピングモールは大盛況、凶悪な太陽光を嫌うのかサカナは近くの茶店へ避難。

 ああ、つまるところ、

 

「サカナが元気なのは建物(ハコ)の中だけなのか」

 

 ただし、連日の猛暑はサカナたちをハコへと誘いだす根本的な原因ではなかった。

 

「――聞いた? 昨日公園でさ、また誰かいなくなったんだって――」

「――それって噂の吸血鬼殺人ってやつ? うわ、まだ終わってなかったんだねアレ――」

 

 また、そんな話し声が聞こえてきた。いつすれ違ったのか、数人の女の子が楽しそうに噂話に花を咲かせていた。

 

 ――吸血鬼。

 

 あまりにも非日常で幼稚な噂話。一時の話のタネになるかどうかもあやしいものだ。

 しかし、遠野志貴はそれらを一笑に付す事は出来なかった。

 ここ三咲町には吸血鬼と呼ばれる人ならざるものが確かに存在する。もっとも、見境なく吸血を行う輩は志貴とアルクェイドによって、既に存在ごと抹消されている。先ほどの噂も、かつての事件に尾ひれを付けて焼き直しされたものだろう。

 

そう志貴は納得しようとすると、さらなる会話が志貴の耳にずかずかと入り込む。

 

「――アレだろ。ほら、ちょっと前にもいたじゃんか。猟奇殺人っての? 無差別に女を殺してまわってた殺人鬼がさ――」

 ――そう、その人物はもう死んだ。

「――知ってる知ってる。戻ってきたんだろ、ソイツ。聞いた話だけどさ、機能も路地裏でバラバラ死体が――」

 

 ――だからそれは終わった話なのだ。

 

 意味など無いと理解しつつも、彼らの会話を胸中で否定する。しかし、臓腑の奥底から溢れだす濁りのような焦燥は、徐々に志貴の否定を薄弱なものへと変えていった。

 

 それが、遠野志貴が一人で街を歩いている理由だった。

 

 曰く、あの殺人鬼が帰ってきた。

 曰く、被害者は残らず血を抜かれていた。

 曰く、殺人鬼は死神のような吸血鬼だった。

 

 とうに風化し、忘却の彼方へと追いやられたはずの一年前の事件。

 しかし、吸血鬼の再来などあり得ない。

 なぜなら、彼を殺したのは自分だからだ。完全に、完璧に、完膚なきまでに殺したはずだからだ。

 第二、第三の吸血鬼が現れるわけがない。

 

 そのはずなのに、噂はとどまる事を知らず人口に膾炙する。志貴が記憶の底へ沈めと願う気持ちに反比例するかの如く、異様とも言えるほどに噂は広がっていった。

 噂は徐々に輪郭を作り、命を吹き込まれ、やがて一人歩きする。

 

 昨日は公園で。

 今日は路地裏で。

 名も知らぬ誰かが死んだという。すると、明日は学校で誰かが死ぬのだろうか?

 誰かが、誰かが、誰かが。

 

 ――誰かが死ぬのだ。

 

 暴走する扇動的な噂はさらにセンセーショナルな噂を生み、今では誰も彼も夜には出歩かなくなってしまった。そんなところまで一年前と瓜二つ。

 窒息するような猛暑。

 人通りが絶えた街並。

 

 そして、何より不思議な事に。

 

 ――町では、猟奇殺人など起きてはいなかった。

 

「うっ……」

 

 直射日光にあてられたのか、数歩よろけて手近な壁に手をついて。おあつらえ向きに自動販売機がある。脱水防止も兼ねて少し休憩しよう。

 そう思い、小銭を取り出そうとして、ふと気づく。

「あっちゃあ、財布が……。ついてないなー、最近特に」

 呟いてから、自分の独り言に思わず苦笑が漏れた。そう、「ついていない」はこの夏の流行語大賞をぶっちぎりの独走一位だった。

 

 運が悪い。

 不安が的中。

 裏目ばかり出てしまう。

 暗剣殺だかなんだか知らないが、ここ最近はちょっとした事故続きだ。

 

 かく言う自分も教科書を三日連続で忘れたり、琥珀さんの怪しい実験を覗き見してしまって緑色のクスリを打たれたり、アルクウェイドの食事にうっかりニンニクを混ぜてしまったり、先輩の下着を漁っているところを見つかって夜通し逃げ回ったり、小さな不幸は枚挙に暇がない(最後は自分が悪いのだが)。

 

 うだるような猛暑にたるみ切っている……という事ならばよくある話で済むのだが、それは自分だけに当てはまる事では無いらしい。

 抜けているようで鋭いアルクェイドや優等生のシエル先輩、非の打ちどころの無い秋葉や料理マスターの琥珀さんまでミスを連発する始末。

 

 ここまで偶然が続けば気味が悪いというか、つまり、

 

「――それは偶然ではなく必然では?」

 

 すれ違いざまに、また誰かの言葉。しかし、先程のはしゃいだ声音とは打って変わって、抑揚の無い怜悧な声だった。

 

「――――――――」

 

 後ろで誰かが振り向く気配を感じ、志貴も何となくそれに倣う。

「――――――失礼」

 

 見知らぬ少女は素っ気なくお辞儀をすると、踵を返して去っていった。

 

「……驚いた。三咲町で外国人とは珍しい」

 

 顔をよく見る暇は無かったが、かなり整っていたのは間違いない。利発そうな瞳の上には形のいい眉が並び、意志の強さが窺える。それに反するようにどことなく影を孕んだ、陰陽入り混じる顔立ち。年の頃は十六か十七。大人びた雰囲気がするので、ひょっとしたら自分より年上なのかもしれない。そして、帽子から覗く紫色の三つ編みおさげもこれまた珍しい。

 

「いや、外人って点は珍しくもないか。それならアルクや先輩もそうだ」

 

 もっとも、それ以外は珍しい点だらけの人達だけどな。と志貴は付け加える。

 志貴はすでに彼女の姿が見えなくなった方角を、名残惜しそうに見つめる。

 なぜ、自分は後ろ髪を引かれているのだろう?

 疑問は数分後、あっけなく氷解した。

 

「ああ、なんだ」

 

 答えは簡単。丸二日も当て所なく街を徘徊して。ようやく最初に「誰か」が視認できたのが、今の少女だったのだ――

 

「……おうっ…………」

 

 再び立ち眩み。

 ……まったく、本当に。

 

 今年の夏は性質(タチ)の悪い夢のようで――――

 

 

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