【祝・完結】 月姫 弓塚さつきルート MELTY BLOOD ~memory of Rhododendron~   作:風海草一郎

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閑話 嗤う死神

 噴き上がる火柱が肉を焼き、骨を焦がす。本来であれば蒸発した脂肪で口周りがべたつくが、人の理を外れたものたちは灰となって霧散していく。

 既に百体は葬っただろうか。人型だけでなく、虎やワニ、果ては鷲や鹿まで。あらゆる動物たちが秋葉の略奪によって肉片一つ残らず燃やし尽くされていく。

 

「うふふふ! 燃えなさい畜生共! 女の子が全員、動物好きだと思っているならとんだ勘違いです!!」

「露払いありがとうございます秋葉さん!」

 

 秋葉が叫ぶと、シエルは絶好のタイミングでネロ・カオスに第七聖典を構えて突進する。

ネロも体内から蛇を吐き出し応戦するが遅い。シエルは現出させた黒鍵でそれらを地面に串刺しにすると、偉丈夫の胸にパイルバンカーを打ちつけた。

洗礼済みの聖なる杭をネロの体内に捻じ込み、浄化を開始する。

 

「灰は灰に。塵は塵に。聖なる哉、我が代行は主の御心也」

「ぬう……っ!」

 

 聖なる神気が流し込まれ、獣の因子が滅されていくのをネロは感じ取る。混沌と化した己が溶かされ、汚泥を清廉な川のせせらぎに変えていくかのよう。

 転生批判の概念武装でネロを貫いたシエルは異形に命ずる。

 

「二十七祖が一角、混沌の具現者の虚像に命ず! 土に還れ幻影!!」

「……所詮一夜の夢。狂乱が終われば幻たる我が身が消え去るは必定か――」

 

 何の感慨も浮かばぬほどに無機質な声でネロは我が身の運命を察する。

 ざあああー、とネロの身体は煙のように消えていった。

 

「代行、完了……」

 

 山場を越えた、とシエルは膝をついて荒い呼吸を繰り返す。

 虚像のネロは間違いなく本物に匹敵するポテンシャルを有していた。二十七祖クラスがあともう一体現れていたら、いかに秋葉と二人掛かりとはいえ押されていたかもしれない。

 

「残るは雑魚だけですか。秋葉さん、今、応援に」

 

 シエルは秋葉の支援に移ろうとしたところで、背後の殺気に振り返る。

 風に乗って流れた灰が再び集結し、コールタールのように黒く、昏くなる。もうもうとした煙はやがて人を象り――寸分違わぬネロ・カオスが再び現出した。

 

「――ふむ」

 

 何事も無かったように仮初めの生を再び受けたネロは、僅かに好奇心を覗かせるように己の身体を見回す。

 

「人の噂などという曖昧模糊としたものに頼る醜悪なコウモリかと思えば――。なかなかどうして面白い方法だ。全くもって理不尽甚だしい。出演者の意思に拘わらず、舞台が続くのならば、強制的に演じ続けねばならんとは」

「でたらめだ……。転生批判の概念で貫いたのに、消去できない!?」

 

 シエルの怨嗟の声にも、ネロは努めて冷静だ。

 

「ああ、それについては同感だ。しかし、こうして再び舞台に引きずりおろされたのだ。主催者が再演をご所望ならば、私は混沌の役割を演じ切るのみ」

「くっ……!」

 

 シエルは第七聖典を構え直す。

 常日頃から備蓄していた魔力の大半は先程の攻撃で使ってしまった。先ほどの同じ神気で打ち込めるのは難しい。それで滅せたところで、再び蘇られたら次は動けないだろう。

 助勢を求めようと秋葉に視線を送るが、愕然とする。既に秋葉は疲労困憊で顔は青白い。消耗の激しい秋葉の能力では、既に限界が見えていた。

 

 ――どうする? どうするどうする?

 

 シエルが油断していると、不意をついた蛇が肩口に噛みついた。シエルは舌打ちと共にそれを引き剥がすと、肉を少し持っていかれた。どくどくと鮮血が流れ、回復にまた無駄な魔力を使う。

 憎々し気に睨みつけるシエルへ、混沌は悠然と歩み寄る。内包された混沌から、黒い泥のようなものが地面に這い出たかと思うと、様々な動物の形に変容する。

 獅子、虎、鰐、鷹、黒豹。およそ猛獣と名のつく全てを吐き出したネロは、一種の指揮官じみていた。闇の中で金色に光る瞳は優に百を超える。見れば秋葉が倒したはずの人間の死徒まで蘇り始めていた。

 これ以上の戦闘続行は不利。シエルはそう判断すると、秋葉を回収するために走りだそうとする。

 

「行かせると思うか蛇の因子よ」

「ッ! どきなさい混沌!」

 

 シエルはどうにか突破口を捜すも、周囲は完全に囲まれている。秋葉はもう持ちそうにない。残る黒鍵で一点突破を試みようと両刃を現出させようとすると――

 

 

「――無粋だねえ。ダンスを断られたら潔く去るのがいい男の最低条件ってモンだ」

 

 

 ――座

 

 ――座座座

 

 ――座座座座座座座座座座座座座座座座座座座!

 

 ――――――――斬!!

 

 軽快なナイフの舞踊と共に、獣達の肉片が飛び散り、漆黒の染みを地面に作る。

 とん、と無意味に宙返りをして秋葉の側に立つ影が纏うは学生服。

 額に脂汗をにじませながら、秋葉は驚愕の声を漏らす。

 

「どうしてあなたがここに……!!」

 

 秋葉の複雑な感情をない交ぜにした言葉にその男――七夜志貴はニヒルな笑みを浮かべた。短めな短髪の下には、刹那的な快楽を好みそうな茫漠とした顔。そして愛する兄の水面に移る月。色香を漂わせる声音に、秋葉は必死に心臓を押さえつけた。

 

「我は面影糸を巣と張る蜘蛛――。ようこそ! この素晴らしき惨殺空間へ! 愛しの妹に麗しの聖職者、そして醜悪な混沌殿! お呼びでないなら勝手にお邪魔させてもらうまで!」

 

 やや芝居がかったセリフと共に髪を撫でつけ、七夜は高らかに謳う。『七夜』と刻印の入った短刀を抜き放つと、うっとりと眺める。月明かりで反射する刀身に映る顔は楽し気だ。

 

「貴様は……似て非なるものか。くだらん、うせろ。直死の魔眼どころか何の異能も持たず、魔術の心得も無き者に、私の相手は務まらん」

「言うじゃないか化け物。確かに、脳天ぶち抜かれようとくたばらない礼儀知らずの相手なんざ、金をもらったって御免だが――」

 

 七夜は両手を高々と掲げ、喝采する。

 

「俺もお前も木っ端な脇役端役。いずれは一夜と果つる泡沫の身」

 

 しかしだ、と七夜は言葉を切り、秋葉の肩にそっと手を乗せる。

 

「それなのに今宵のダンスのお相手はこんなにも綺麗どころが揃っている。俺たちには分不相応な贅沢さ」

 

 ネロが黙らせるように鷹を放つ。弾丸のように夜気を切り裂き、飛来するそれを七夜は鼻歌交じりに切り落とす。

 

「あくびが出るほどぬるいな。先日、目覚めかけた眠り姫に十七分割された時の方がよほど昂ったよ。とは言え、彼女は成れの果ての俺じゃなく、アイツにご執心。妬けるねえ、羨ましい。ま、いいさ。花形は譲ってやるとしよう」

 

 秋葉を自身の背に隠しながら、七夜はナイフを水平に構え、獲物に飛びかかる狩猟者へとスイッチを切り替える。

 無駄話を交えつつ、七夜は手近な獲物を切り裂きながら劇場を黒き汚泥で染め上げる。

 獅子の脳天が串刺しに、虎の四肢は切り飛ばされ、鰐は咢を砕かれた。

 

「七夜……! 私はあなたの助けなんていりません! 失せなさい!」

「そう邪険にするなよ秋葉、兄貴の好意は素直に受け取るモンだぞ」

「私の兄さんは遠野志貴ただ一人です!」

「まったくどいつもこいつも……。俺とアイツの何がそんなに違うってんだ? 俺はアイツでアイツは俺じゃあないか。ヤツも一歩間違えれば俺になるんだぜ?」

「戯言を……!」

 

 秋葉が怒気をにじませた瞬間、七夜の刃が振るわれた。不意を突かれた秋葉が体を強張らせる。

 

「きゃっ――」

 

 しかし、刃は秋葉に届かない。秋葉と通りすぎた刃は、背後に迫っていた鹿の首を両断した。

 ドサリ、と落ちた首に秋葉困惑し、七夜を見る。口の端を吊り上げた七夜は、くつくつと笑う。

 

「ふふっ『きゃっ』か」

「な、なんですか、なんですか七夜! 言いたい事があるのならばはっきり言ったらどうです!?」

「別に……。ただ、少しだけやる気が出ただけさ」

 

 七夜は会話中でも遠慮なしに襲い来る獣を切り裂き、打ち捨てる。次々と地面に黒い染みが出来上がるが、すぐにネロのもとへ這うと、体内に吸収される。

 秋葉は七夜に庇われながらも冷静に状況を分析する。ネロは七夜が引き付けているおかげで、弱ったシエルでも有象無象の死徒相手ならばしばらく持つだろう。

 

 しかし、ネロを滅する事は出来ない。また、七夜は集団戦に向いておらず、このままではいずれ三人とも追い詰められる事だろう。今の自分達は溶岩に浮かぶ岩に過ぎぬ、多少は持ちこたえられても、いずれは飲み込まれるのは目に見えていた。

 それは七夜も理解しているらしく、芝居口調が次第に減って来た。秋葉に近づく者を律儀に斬殺するが、生傷が増え始める。

 ぐっと秋葉は拳を握る。兄に啖呵を切ったはいいが、戦況は芳しくない。脱出するためにも相応の火力がいる。ならば、と秋葉は髪を真紅に染める。

 

「七夜、先輩、一瞬だけ私が焼き払います。その隙に一旦離脱して、態勢を整えましょう!」

「無茶です秋葉さん! あなたはもう能力を使える状態ではありません!」

「俺も反対だ秋葉。たまには兄貴に頼ることを覚えろ」

 

 シエルはなけなしの魔力で死徒を殲滅し、七夜は短刀で応戦する。二人も奮闘しているが圧倒的に火力不足、突破口を開くのは難しい。

 秋葉がありったけの力を込めて、空間を歪ませると、場違いに明るい声が夜闇に響いた。

 

 

「はーい、決死の覚悟のところを申し訳ございませんが、お邪魔させていただきます!」

 

 

 何事かと七夜が夜空に目を凝らすと、七夜は目を疑った。

 そこに浮かぶは箒に跨ったローブ姿の人間。声からして間違いなく彼女だろうが、あり得ない事象に七夜は思い描く人物像と、ローブの不審者がどうしても結びつかなかった。

 皆の困惑をよそに、少女は快活に名乗りを上げる。

 

「お呼びとあらば即、参上! お呼びでなくとも押しかける! 愛と正義のケミカル魔法少女マジカルアンバー推・参・です!!」

 

 口上と共にマジカルアンバーは懐からビーカーを取り出すと、獣の多い場所へ適当に放り投げる。

 一瞬、小さな焔が上がったと思うと、轟音と共に爆発が起こり、死徒を一気に十体以上吹き飛ばした。

 続けてマジカルアンバーがピンク色のビーカーを投げつけると、けむりがもうもうと上がり、半径五メートルほどを包み込む。秋葉は訝し気にピンク色の煙を見つめる。すると、煙の中から脱出した死徒が五、六歩足をよろめかすと、

 ――バタリ

 と力尽きて倒れた。

 

 秋葉の顔面が先程とは別種の恐怖で蒼くなる。通常、死徒相手に対人間用の毒物はほとんどが無効だ。その死徒をああまであっけなく死に至らしめるとは一体、どんな薬物を使用したのか。

 秋葉の全身を襲う怖気をよそに、マジカルアンバーは心底楽し気に次々と得体の知れないビーカーを投擲する。

 

「はーはっはっはっはっは! これぞ化学の勝利です! 秋葉様のお役にも立てて私は実験も出来て、一石何鳥なのでしょうか!? おや? あちらは全身が紫色に……? あちらは皮膚がとろけて……。うーむ、『遠野の裏庭印』薬品もまだまだ改良が必要ですね!!」

 

 パリーン! ボウウウゥ!

 パリーン! ブシュウウゥ!

 パリーン! デロオオオオ!

 

 マジカルアンバーが愉快気にばら撒くビーカーが割れるたびに形容しがたい擬音の後、見るも無残な形で死徒が倒されていく。秋葉は少しだけ同情した。

 

「琥珀! あなたには翡翠と一緒に屋敷を守るよう言いつけておいたはずでしょう! どうしてあなたがここにいるの! というか、こっちにもちょっと当たりそ……きゃあああ!」

 

 故意か偶然か、秋葉の近くへ飛んできたビーカーを七夜がすんでのところでキャッチし、愉快気に語り掛ける。

 

「随分と面白い恰好だ琥珀! 一体全体何が起きた!?」

「私は琥珀ではありませんが、お答えします。ヒ・ミ・ツです秋葉様と志貴さんのソックリさん! いい女は秘密が多いものなのです! 今宵は何故か空を飛ぶ魔女になれそうな気がしたので、お庭の箒に跨ってみればアラ不思議! 愛と正義の魔法少女、マジカルアンバー爆誕というワケです! ご理解いただけましたでしょうか!?」

「一ミリも理解できないわよ!?」

「屋敷の警備でしたらご安心を! 私の科学技術を総動員したメカ兵器が、屋敷の守りを盤石なものとしています!」

「また不穏なセリフを……。わあ! だからこっちにも来てるって言っているでしょう琥珀! あなたワザとやってない!?」

 

 秋葉の足元で弾けたビーカーの中身が跳ねて、秋葉のスカートにかかる。

 すると、液体は何故か淡い光を放ちながらスカートを溶かし、小さな穴を開けた。

 

「…………」

「…………」

 

 さすがの七夜も絶句し、秋葉は口をぱくぱくと広げる。

 ――もし、身体にかかっていたら……

 不健全な想像が頭を支配するが、秋葉はすぐにそれを打ち消した。彼女の存在も言動も謎の薬品も何一つ理解出来ないが、戦力としては役立つだろう。

 秋葉は空中から危険物をまき散らすテロリストを指さし叫ぶ。

 

「ああ、もう! さっぱり状況は分かりませんけれど! 協力するというのならば今は追及はナシにしてあげます! この化け物共を掃討するのを手伝ってくれますね琥珀!?」

「ノンノン! 秋葉様! そこはマジカルアンバーとお呼びに――」

「一生無給で働きたいの?」

「いっえーーい! 秋葉様のために土へお帰りくださいみなさーん!!」

 

 大盤振る舞いで大量のビーカーを琥珀がばら撒き、目に痛い程の原色の爆発が死徒たちを爆散させる。傍から見れば完全に琥珀の方が悪役である。

 テロは死徒だけでなく動物たちにも及び、次々と倒されていく。

 地面に咲く極彩色の花火の中、ネロはゆらりと歩を進める。

 

「私には全く理解できぬ状況なので無視させてもらおう」

「はっ! 安心しろ混沌、俺にも全く訳が分からない! が、悪くない! 一夜の夢でお祭り騒ぎ! お前さんも後顧の憂い無きよう! 存分に魂を震わせるがいいさ!」

「――断る!」

 

 ネロが再び猛獣を生み出し、七夜が混沌目掛けて夜を掛ける。

 

 夜は長く、頭上に輝く黄金の月はどこまでも妖艶。

 互いの魂が極彩と散るにはおあつらえ。

 

 さあ、殺し合おう。

 

 七夜の握る白銀の刃が夜色に冴えた。

 

 

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