【祝・完結】 月姫 弓塚さつきルート MELTY BLOOD ~memory of Rhododendron~ 作:風海草一郎
硬直した筋肉から刀身を引き抜くと、アルクェイドは力無くコンクリートの床に突っ伏した。白いハイネックの背に穴は開いているが出血は無い。死の点を突かれた人間に外傷は無く、存在そのものを殺される。
志貴は眼鏡をかけ直すと、冷たい目でアルクェイドを見下ろした。ぐったりと物言わぬ死体と化した彼女の偽物を、志貴の瞳に感情は映らない。
彼女に似た存在を切ったところで罪悪感など湧くはずも無く。
彼女を模倣した形を貫いたところで高揚も無く。
志貴は眼鏡をかけ直すと、ひたすら無感動に無言を貫く。
静寂で無味乾燥な時間が流れる。
「な……なん、で……」
静寂な空気に溶け消えそうな、弱弱しい声がアルクェイドの口から漏れる。
今の自分は真祖の力を完全に模倣した同一な存在。夜ならばともかく、この千年城にて死の点どころか、線すらもありえぬはずだ。
「ああ、本物のアルクェイドなら見えなかったろうさ。本物ならな」
「な、に……」
アルクェイドの疑問を読み取ったように、志貴は答える。アルクェイドは生命が流れ出ていく身体を蠢かすが、すでに小刻みな痙攣のように虚しい抵抗だった。
「弓塚さんやシオンの話を聞いていなかったのか? お前はアルクェイドの力を使いこなせていないんだよ。しょせん、お前なんてただの劣化品だ」
志貴は初めて侮蔑を込めた視線をアルクェイドに向けると、嘆息する。
「ははっ、劣化品か。なるほどなるほど、確かに私ごときが真祖に成り代わるなど、土台無理な話だったと言う事か。私では汲めて三割…… それすらも手に余る。攻撃の精度が悪くて仕方が無かったのもそのためか」
「……?」
アルクェイドは小さく笑うと、僅かに身体を丸める。瞬間、志貴の背中に嫌な汗が、つう、と流れた。
全身が総毛立ち、今まで何度も遭遇してきた恐怖がぶり返すような既視感。
なぜ、死の点を突かれても、まだ生きていられる?
それよりも、先程より流暢に喋れるようになっているような――?
志貴の疑問が解に辿り着く前に、変化は起きた。
――ジ
――ジジジッ
――ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジッッッ!!
昆虫の羽ばたきのような音と共に、アルクェイドの身体が明滅する。
存在の証明は濃淡を繰り返し、希薄と濃厚を行き来する。やがて、それは透き通るような空虚な色となり――やがて消滅した。
「消えた……?」
「いいえ違います志貴! これは、まさか――!」
「ねえ、シオン! あれを見て!」
さつきが慌てたように上空を指さす。二人は急いでさつきの指さす方へ視線を向けると、そこには黒球が再び姿を現していた。
それは三人が屋上へ訪れた時に、最初に飛び込んできた悪夢の凝集体。人々の恐怖をぶち込んで煮詰めた坩堝。
ゴウ! と黒球から暴風が吹き荒れた。踏ん張らないと吹き飛ばされてしまいそうな風圧の中、志貴は愕然とする。
「なんで死なない……? 確かに死の点を突いたのに!」
「やはり……!!」
苦々しげに呼吸へ鋭い視線を向けるシオン。
「志貴、ワラキアの夜は死んでいません。先程のはあくまでタタリの駆動式を崩しただけ……! 再び式を立て直されればタタリは復活します! 例え直死といえどもカタチを無くし現象と化した存在を殺す事は不可能です……!!」
「ご明察! だが、度の過ぎた種明かしは白けるだけだぞ我が娘! 我は不死限りなく近づいた二十七祖が一角、ワラキアの夜! 例え直死といえども現象である私を滅ぼす事は叶わぬ!」
舞台で独白する役者のように、大仰にワラキアは叫ぶ。
志貴は再び眼鏡を外し、ワラキアを凝視するが、死の線はやはり見えない。
生物であれ単なる物質であれ、死とはカタチあるものにしか存在しない概念だ。いかに存在を抹殺できる直死の魔眼といえど、カタチ無き現象に死を与える事は不可能だ。
その意味を考えれば考えるほどに、志貴は事の重大を思い知らされる。
臓腑に重くのしかかるような圧は力を増していき、ワラキアという現象が膨張していくのを感じる。
「駆動式が成立する限り、タタリは街の人間を飲みつくすまで止まらぬ! 我を退場させられるのは夜明けのみ!! 一夜あればことごとく飲みつくせる!!」
「そんな……! どうにかならないのシオン!? このままじゃ街のみんなが!!」
さつきは絶望的な状況に、縋るような視線をシオンに向ける。しかし蒼白なシオンの表情は打開策が存在しない事を暗に告げていた。
「前座は終わりだ小娘……。真祖の身体も貴様達も実に惜しい。素晴らしい役者は最後までとっておくのだが、それは私の流儀に反する」
そして何より、とワラキアは息を吸ったように言葉を区切り、激情を吐き出す。
「何者であれ、我が舞台を汚す者に生存は許さん!! 速やかに奈落へ落ち、永遠に続く我が祭りを眺めるがよい!!」
ワラキアの宣言は、滅びの日を伝えるラッパの音だった。
一際強く凝集した黒球は、今にも弾けそうに鳴動する。
志貴の本能が警鐘を鳴らし、心の臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥る。無意識に後退しそうになる足を鉄の意志で無理矢理つなぎ止める。
髪の毛程の細さでもいいから、死の線が見えないか、志貴は脳に強く負荷をかけてワラキアの死を見ようとした時、冷徹な声が月夜に響いた。
「否、汝の祭りは今宵で終わりだ」
「何者だ!?」
ワラキアの声と共に全員が夜空を見上げる。
貝殻のようにほの白く、氷のかけらのように煌めき、黄金のように輝く満月。
どことなく冷たい輝きを放つ明るい月を背に、夜空へ浮かぶは同じく黄金を思わせる金髪の姫君。
「何者だ、とは愚問を。私はこの遊戯の審判者。それとも」
姫君は優雅に手を広げ、存在を誇示するように告げる。
「――赤い月、と名乗ればよいか?」
「な……なん、だ!?」
アルクェイドがワラキアを睥睨した途端、黒球が歪み押し潰される。加減を知らぬ子どもが泥団子をこね回すように、ぐにゃぐにゃと形を変え、圧縮され、崩れていく。
その崩壊は同時に創造でもあった。カタチを失った黒球は再び象られ、ヒトの姿を形成していく。
一瞬の閃光。
ビッグバンから新たな星が誕生するように、凝縮されていた極小の点が膨れ上がる。
「あれ、は……!?」
シオンは目を見開き、黒球より生まれたる人物を凝視する。
それはどこか貴族的な雰囲気を纏う男だった。
引きずりそうなほど長いマントと貴族服に包まれた体躯はすらりと長く、面長で理知的ながらも繊細さを内包した、いかにも舞台映えしそうな顔立ち。
見間違えるはずもなかった。
誇り高きエルトナムの名に泥を塗り、罪人の焼き印にまで貶めた先達。
そして何より、自分の首筋に牙を立て、汚らわしき血を送り込んできた時の姿。
「ズェピア・エルトナム・オベローン……!!」
「!? じゃあ、あれがワラキアになる前のシオンの……!?」
シオンは苦々し気に怨嗟の声を漏らすと、さつきは現れた長身痩躯の男に最大限の警戒を向ける。
当のワラキアは久方ぶりの肉体――カタチに困惑する。
それはかつて、自分がワラキアの夜などと名付けられる遥か遠い昔。一介の錬金術師と木っ端な死徒として活動していた頃の姿。
「あり得ぬ……! 現象(ワラキア)となったこの私がカタチ(ズェピア)に戻るだと!?」
突如として、ウワサからカタチにまで堕とされたズェピアは、理不尽な現実を認めるわけにはいかないとでも言うかのようにアルクェイドへ吼える。
「一体何をした!? 例え貴様が真祖の王族であろうと、現象である私を存在に戻すなど出来るはずがない! 私の駆動式が終わるのは千年後……。そうアルトルージュと契約したのだ。その時まで私は現象(タタリ)であるはずだ!!」
「戯け、夢から覚めよズェピア。まだ分からぬか」
アルクェイドは聞き分けの悪い幼児を諭すように、頭上を指さした。
「ならば仰げ! 頭上に輝く紅い月を!!」
「これは……。私が『ワラキアの夜』となった夜の月――」
ズェピアは全身が震撼し、驚愕に目を見開く。
先程までの眩く光る黄金の月は、いつの間にか血の滴り落ちそうなほど紅く染め上げられていた。
真紅の月から注がれる光はワインレッドに周囲を照らす。その輝きは神秘的であり、畏敬の念を抱かせる。
自らを現象とするため、力を汲み取った紅い月。その猶予は再び紅い月が現れるまで。
それが現出する事はすなわち、タタリの駆動式の終了を意味する。そう、アルトルージュと契約したのだ。
「だが紅い月はまだ未来の筈! まだ千年の猶予がある! その時まで私はタタリであるはずだ!!」
「式が終われば、汝は元の姿に戻ろう? 千年もの長き式の果て、第六法に至る事が叶わぬのならば、ワラキアの夜は死徒ズェピアに戻る。それが汝とアルトルージュが交わした契約のはずだ」
アルクェイドの言葉にズェピアは顔を歪める。
ならばあの紅い月は、現実のもの。
ワラキアが理解を放棄しようとするが、アルクェイドはそれを許さない。
「ならばあの紅い月は……。私のこの姿は……っ!!」
「そう、これが汝のくだらぬ旅の結末よ。嬉しかろう? 本来ならば千は続く徒労を此処に具現してやったのだからな」
「それじゃあ、あれは幻覚などではなく……。空想具現化で作り上げた正真正銘、千年後の月だと言うのですか!?」
信じられぬ物を見るように、紅い月を見上げるシオン。
時間旅行ですら魔法の域にあるというのに、異なる時間軸の存在を呼び寄せるなど、もはや魔法の括りすら逸脱しつつある。
「何を驚く事がある? 此処は私の世界。汝と同様一夜限りの世界ではあるが、故に私に用意できぬものはない」
「そうか、つまり貴様は私と同様に一夜限りの支配者! ならばより優れた空想を具現化出来る貴様にとって、私の空想など妄想にまで堕ちるという事か!! ク、ク……クハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハッッッ!!!!」
自虐的に哄笑するズェピアは月夜に吼える。狂ったように呵呵大笑するその様は、壊れた玩具を連想させる。
ズェピアは理知的に狂乱する。
乾いたような虚しい声が響き渡り、夜空に羽ばたいては消えていくのを繰り返す。
一通り、抱腹絶倒したズェピアはピタリと笑いを止めて、重々しく口を開いた。
「……では、私の、望みは……」
「――叶わぬ」
それはズェピアにとって死刑宣告に等しい断言だった。
千年の歳月の果てに赤い月が出現する。その時点で正解に辿り着かねばワラキアの夜は死徒ズェピアに戻る。
頭上に輝くは紅の月。
そして今の己は現象ワラキアではなく、死徒ズェピアという存在。
ならば私は――
ズェピアは解に至ると、首を断頭台に置いたかのような錯覚に陥る。
「汝の駆動式の終焉は人間の終焉。無人の荒野に君臨するも良いが結果の出た生を行うも苦痛であろう。これ以上汝の無策に我が力を使う事もなし」
アルクェイドは容赦なくギロチンを振り下ろす。
「ここでその存在を終えよワラキア。なにより汝の立てる劇は不快」
「ハハハ……。そうか、そうか……」
ズェピアは目を閉じる。
かつて第六法という神秘に挑み、敗北し、結果ズェピアの身体は霧散した。
しかし、それはズェピアの思惑通りの結果であった。
通常、肉体という檻から解放され、大気に散った霊子は意思から解脱した貯め、流れるまま根源たる無に落ちていき、次の変換を待つ。
それをズェピアは『タタリ』という駆動式を用いて、死徒の肉体を形成していた強大な霊子を拡散しつつも世界に留まり続ける事に成功する。
ズェピアは千年単位の航海図を描き、人間が滅びるまでのスパンで祟りが発生する地域を流れては、その地域で発生した『噂』に収束し現世に蘇る。
幾度も幾度も。
何度も何度も繰り返した。
人の世が終わるまで『タタリ』は駆動し続ける。
永き流転の果てに、この身が第六法に辿り着く事を夢見てきた。
夢見て、きた、というのに。
「……その結果が。無限の時を経て辿り着いた結末が――」
「――――――――これ(私)だというのか!?」
ズェピアは叫ぶ。
己の生涯など全ては徒労。アトラシアの名を捨て、死徒に身を堕とし、噂により象られるタタリとまでなった結末がこれか。
「その通り。たとえ幾千幾万の時を重ねようとも、所詮は叶わぬ見果ての夢よ。――もうよいだろう。もはやタタリとして徒に彷徨う意義もなし。今宵がワラキアの夜の終焉よ!!」
「~~~~~~~~~!!」
苦悶の表情を浮かべ、ズェピアは歯噛みする。
沸々とこみ上げ、猛り狂う激情は痛憤、激怒、憤慨、憤懣、嚇怒?
否、そのような月並みな言葉で、この腹の底で煮えたぎる感情にラベリングなどされたくはない。
ズェピアはやるせない気持ちを燃え上がらせながらも、発散させる事すらかなわない。
「終焉……。まさかそれならば! いけます! 志貴、さつき!」
「いける? それって……。倒せるのかタタリを!?」
「で、でもシオン、また倒しても復活するんじゃ……」
さつきは苦渋に満ちた表情のズェピアを恐る恐る指さし、志貴は魔眼で直視する。
そこで志貴は初めて気付く。今やズェピアの全身には死の線が縦横無尽に走っている。
シオンは志貴の表情の変化を読み取り、疑問に答える。
「志貴、今のあなたには彼の死が見えていると思います。――そう、今の彼はタタリでもワラキアでもない。現象と化す前のズェピアという名の死徒」
シオンはバレル・レプリカを取り出し、ワラキアに銃口を突きつける。それは絶望の中に唯一の希望を見出した決意の表情。
黒光りする拳銃を両手で構え、シオンは叫ぶ。
「実在する今ならば間違いなく可能!! 今の状態の彼を消滅させられれば、タタリという死徒も存在出来なくなるはずです!! さつき、あなたはズェピアの足止めを。志貴はズェピアにとどめを! ここで決着を着けます!!」
「うん! いこう遠野くん!」
「ああ、いくぞみんな!」
さつきは気合い十分、未だに煩悶するズェピアに目掛けて突進し、志貴もそれに続く。
相手は既に死の内包しないタタリではなく、アルクェイドの偽物でも無い。ただの一介の死徒。ならば、この三人に加えてアルクェイドが加われば戦力的に負けるはずもない。
そう計算したシオンは一斉に攻撃に移るが――
「そう見くびってもらっては困るな我が娘!」
ドウゥ!! とワラキアの叫びと共に魔力が噴出され、さつきと志貴は吹き飛ばされた。志貴は地面を転がりながら勢いを殺し、さつきは強靭な足腰で力尽くのブレーキで何とか止まる。
風圧の塊に激突されたかのような衝撃に志貴とさつきは驚愕する。既にタタリでなくなったというのに、これほどまでの暴威を振るえるズェピアに、志貴は最大限の警戒を向ける。
両手を掲げ、舞台上で音吐朗々と語る主演のように、ズェピアは立つ。
「我が名はワラキアの夜、ズェピア・エルトナム・オベローン!! タタリと化すより遥か昔――。己が手管と手腕によって二十七祖が一角に上りつめし者! 軽々とと討ち取られるほど安い首ではない!!」
ズェピアは尚も叫ぶ。血の涙を滂沱と流し、狂気に顔を染め上げながら妄執のままに突き進む。
「ああ、確かに何千年とタタリを続けようと、貴様には至れぬようだな真祖の姫よ! しかしだ! 愚行も貫けば信念! 妄執の果てに僅かでも希望があるやもしれぬのならば――」
迷妄の執念によって、大衆の言の葉に乗せられ流され続けてきたタタリは、それでも歩みが止まらぬように咆哮する。
「滅びぬ! 私は決して滅びぬぞ!! たとえ今宵が私の果てだとしても……。貴様を仕留めれば嘘も消えよう! タタリで第六法に至れぬとあらば真夏の夜の夢もここまで! ならば貴様を飲みつくし、その力を以て次の手段を講じよう!! 我、紅い月の力を以て、第六へと至らん」
「アイツ……! アルクェイドを取り込む気か!! おい、気を付けろアルクェイド! 来るぞ!!」
志貴はアルクェイドに警戒を促すが、アルクェイドは変わらず冷徹な表情でこちらを見下ろすばかり。悠然と涼風に吹かれる様は戦場にそぐわぬ彫刻のようだ。
微動だにしないアルクェイドをよそに、ズェピアは真祖へ挑む準備を始める。
「……シオン、何か黒い霧があの人の周りに!」
さつきが怯えたように、周囲を流れて行く黒い靄のようなものを避ける。
「膨大な魔力に反応した悪性情報の具現化――」
シオンはワラキアを中心に渦巻く濃霧に険しい表情を浮かべ、計算の甘さを再認識する。
いくらデータ不足とはいえ、ズェピアがタタリという反則技を身に着けずとも二十七祖の力を持つ事は知っていた。ただでさえ膨大だった魔力がさらに濃密に膨れ上がり、その圧を増していく。
「キ……キキキキキキキ!! 魂魄ノ華爛ト枯レ、杯ノ蜜ハ腐乱ト成熟ヲ謳イ例外ナク全テニ配給、嗚呼、是即無価値ニ候…………!! 蛮脳ハ改革シ衆生コレニ賛同スルコト一千年。学ビ食シ生カシ殺シ称エル事サラニ一千。麗シキカナ、毒素ツイニ四肢ヲ侵シ汝ラヲ畜生ヘ進化進化進化セシメン……!! カカカカカ……カ、カ、カット!! カットカットカットカットカットカット!! リテイク!!」
荒れ狂う黒い暴風は狂った楽器のように出鱈目な音律を吹かし、狂気を凶器にしてアルクェイドに襲い掛かる。
「キイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!!」
常軌を逸した甲高い叫びと共に、ワラキアは変形しアルクェイドに飛来する。その様は車輪状の黒い刃。大気を切り裂きながら、轟音と共に突進する。
しかし、アルクェイドは動かない。猛スピードで迫りくる暴威にも感慨の灯らぬ醒めた目で見つめ続ける。
「――あ!」
シオンはそこでアルクェイドの状況に思い至った。全速力でコンクリートを蹴り、ズェピアとアルクェイドの間に割って入る。
エーテライト多重展開。十層、二十層。十重二十重に張り巡らしたエーテライトはあらゆる衝撃をも受け止める鉄壁の障壁と化す。
エーテライトから迸る火花は星の瞬き。チェーンソーのように回転し、削り取ろうとするズェピアの勢いをシオンは受け止め続ける。
「く……あ!!」
みしみしと指の関節は悲鳴を上げ、吸血鬼の修復速度は破壊に追いつかず、一本、また一本と鈍い音と共に折られていく。
脳髄が焼き切れるような激痛を、シオンは堪え続ける。その様は巨大な運河の濁流を体一つで受け止める行為に等しい。数秒でも耐えられている事自体が奇跡だ。
ブチリ、ブチリとエーテライトが切れていく。
「――シオン!!」
崩落は志貴の叫びと同時だった。
エーテライトの多重結界を食い破り、ズェピアは勢いそのままにシオンへ激突。
ゴオオオオオオオオオ!
という轟音と共に、黒き悪鬼の暴威は閃光を放ち、シオンを押し潰した。