【祝・完結】 月姫 弓塚さつきルート MELTY BLOOD ~memory of Rhododendron~ 作:風海草一郎
「シオ、ン……? シオン! おいシオン!? 無事なら返事しろ!!」
もうもうと湧き上がり、一帯に広がっていた噴煙に視界を塞がれた志貴は仲間の安否を確かめる。爆発にも似た突撃によって砕かれた石柱から生まれた粉塵は、いくら手で払おうとも一行に消える気配は無い。
「私が見てくるよ遠野くん! 大丈夫、私の方が目がいいから!」
「離れると危ない弓塚さん! 固まって動かないと……」
「でもシオンを放っておけないよ!」
人間の志貴より視界の効くさつきは、志貴の制止も聞かずに、煙の中をずんずんと進んでいく。三メートル先すら真っ白に塗り潰された世界で志貴は闇雲に歩く事も出来ずに、声を張り上げるしか出来ない。
すると、一陣の風が吹き、煙を綿埃のように引き千切っていく。何度かそれを繰り返し、ようやくクリアになった志貴の視界。そこへ飛び込んできたのは
――彼女を例えるならば白百合の騎士だった。
黒と白を基調としたゴシックな制服に身を包み、背丈を超えるほど巨大な楯は槍であり弦楽器であるようにも見える。
乳白色の不透明な髪を後ろに束ね、精悍な眼差しは誇り高き騎士を思わせる。少女というには凛々しく、青年というには華やか過ぎる。中性的な顔立ちながらも、胸部の装甲の膨らみから、女性である事が窺えた。
その女性はシオンとアルクェイドを守るように立ち、眼前のズェピアに対峙する。
「――三年前」
女性が口を開く。それは鈴の音のように涼やかで、よく通る美しい声だった。
「君を守ると誓いながらも、果たせなかったこの身だが――今度こそは守れたかな?」
「違いますリーズ、――今度も、です」
全身から血を流し、息も絶え絶えながらシオンは笑う。それにつられて白百合の騎士の口からも思わず笑みが零れる。
「その聖楯の輝き、複製などではない……。馬鹿な! お前は三年前に私がこの手で殺したはず」
「そうとも! 今でも昨日ように鮮明に思い出せるぞ、貴様がその汚らわしい牙を私の首に突き立てたあの夜を!」
怒りを滲ませ、女性は叫ぶ。しかし、すぐに凛々しい表情を作ると守護騎士の誓いを再び謳う。
「我が名はヴァステル弦楯騎士団リーズバイフェ・ストリンドヴァリ! 聖楯に誓いしシオン・エルトナムの守護の楯である!!」
リーズバイフェは聖楯を剣のように高々と掲げ名乗りを上げる。
ズェピアは不可解な物を見るように眉根を寄せるが、一つの解に思い至る。それを確かめるべく、自身の中をまさぐる。
――変わらず、いる。
もはや魂の情報体のみの存在である、哀れで役立たずな騎士は今もタタリに飲み込まれたままである。
ならば眼前の騎士はやはり複製。
違う。ワラキアは自身でその解を棄却する。あの忌々しい聖典武装の輝きはいかに我が娘といえども、完全に再現出来るものではない。
こちらの肌を焼き、存在そのものを浄化させるような聖なる気は本物。
ならばなぜ――?
ズェピアは高速思考を展開し、あらゆる可能性を計算、検証する。
ヒトの最も弱い部分、卵の殻に包まれた内部を、ぐちゃぐちゃにかき混ぜるように甘美な堕落を進言したにも関わらず、躊躇なく跳ね除けた心胆。
まるで分かり切っていた問答に答えるような迷いの無さ。
そして僅かに噛み合わぬ会話の応酬。
そこから導き出される答えとは――
「――――――――――――――――――」
ズェピアは一瞬、呆けたような表情を作ると、くつくつと笑いだす。
最初は小さな震えだった。それが徐々に大きくなり、やがてのけぞるように天に向かって哄笑した。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッハッハァ!!!!」
腹の皮がよじれ、顎が外れるほどの呵呵大笑。
嘲りをふんだんに含んだ、けたたましいほどの笑い声は憫笑にも聞こえる。
まるで始めから間違えた解を、性懲りも無く間違い続ける子孫に通ずるものを見つけたように。
突如として笑い出したズェピアに耐えかねたシオンは、苛立たし気に叫ぶ。
「何が可笑しいのですかワラキア!」
「可笑しいとも! そうか、そういう事か!! そこの小娘が己すら騙せぬ欺瞞に興じているのはなぜかと思えば……。これは奇想天外奇妙奇天烈タマラナイ! 素人作家の脚本というのも、度肝を抜くという点では捨てたものではないな!!」
ズェピアはさつきを指さし、皮肉げに嗤う。さつきはズェピアに指さされ、びくりと身体を震わせると後じさりする。
なぜか、この男の言葉には覚えがあった。
さつきは、ガラスに小さな亀裂が次々と走るような感覚に陥った。
聞いてはいけない。耳を傾けてはいけない。
そう、本能が叫ぶが耳を塞ぐのを禁じられたように両手はだらりと下がる。
「黙りなさいズェピア! さつき! その男の言葉を聞かないでください。一人では危険ですから志貴と一緒に……」
「そうだ弓塚さん! あんなヤバイやつ相手に単独行動はマズい! というかアルクェイドもアイツを倒すのに協力してくれよ! なんだって、さっきからずっと一言も喋らないし、棒立ちのままなんだ!? シオンがいてくれなきゃ今ごろ……」
志貴は別の石柱に飛び移り、こちらを見下ろすアルクェイドに抗議の言葉を投げる。それを向けられたアルクェイドは困ったように苦笑を浮かべ、言いにくそうに口を開いた。
「あー、その事なんだけどね。恰好つけておいて何だけど、私はちょっと動けないんだ」
「ハア!?」
「真祖の言う通りです志貴……。彼女は動かないのではなく動けなかった。千年後の月を具現化するなどという荒業。いかに真祖といえど、力の大半を使わねば維持できないはずです」
シオンの説明に志貴は頬を引くつかせ、そのような事態ではないと理解しつつも嘆かずにはいられなかった。
「まー、そういうワケだからズェピア退治は志貴たちで何とかしてくれる? 倒せそうな状況を作ってあげただけ、大サービスよ、うん」
「この女……! わかっちゃいたけどやっぱとんでもねえ!!」
志貴は泡を食ったように驚愕する。
シオンは真祖の助力を諦めたのか、ズェピアを鋭く睨み続けた。ズェピアは確証を得たというように口を三日月状に歪める。
「なるほど……。空想具現化で力の大半を奪われた今なら、私にも勝機があると踏んでいたが……。直視の魔眼持ちに我が娘、二十七祖に匹敵するポテンシャルを持つ死徒に、聖典武装を持った守護騎士とあらば、確かに万が一の勝利を拾われる可能性もあるか!!」
ワラキアは賞賛すると、ぐるりと周りを品定めするように見渡す。
魔眼を持ち殺人技巧に長ける壊れかけの人間。
アトラスの名を冠し、錬金術を操る半端者の吸血鬼。
固有結界をも使い、二十七祖クラスの力を持つ死徒。
聖楯を使い、あらゆる不浄を滅する守護騎士。
間違いなく一級品。これだけの粒ぞろい、下手をすれば封印指定を受けるほどの戦力である。
「素晴らしい! 真祖の代役としてはいささか以上に見劣りするが―― よろしい! このズェピア・エルトナム・オベローンが第六に挑む門出を飾る花束の役程度は果たせるだろう!!」
その前に、とズェピアはさつきに血涙を流し続ける瞳を向ける。さつきが怯えた声を出すのを心地良さげに聞き入ると、衝撃の一言を打ち消した。
「私が十全の力を振るうためにも……。私の半身を返してもらうとしよう」
「半身って……。あなたは何を言っているの……?」
さつきの心臓の鼓動が早くなる。
呼吸がひどく苦しい。一息吐く度に肺が焼け付くように痛い。
ナニカ、トテモ、タイセツナコトヲ
「さつきにその汚らわしい言葉を向けるなと言っているでしょう――――!!」
シオンは怒りに任せてデタラメに発砲。ズェピアは撃ちだされたエネルギーを片手で軽く弾き飛ばすと、つらつらと語る。
「何を驚く事がある? お前はそこの人間――直視の魔眼が恐れる心より生じたタタリだ。ならば私の一部。半身と言って差し支えないとも」
「――――――――――――――――――――は?」
さつきの時間が止まる。
意味が分からない。思考が意味の理解を拒絶する。
全身は痺れ、息する事も忘れて呆然とする。
それでも、固まった喉を無理矢理動かし、さつきは抗う。
「私は……ロアに噛まれて……。それでも血を吸わずに一生懸命、耐えてきて…………」
「そうですさつき! あなたは人間です! どれだけ吸血衝動に襲われても呑まれなかったじゃないですか!!」
「カットカットカットカットカットカット!! 娯楽を遠ざけて生きてきた君に演技指導は向いていないぞ我が娘!! いい加減、下らぬお芝居は止めたまえよ!! どれ、私がお手本を見せてやろう――リテイク!」
ズウウ、とズェピアの五指が黒い霧で覆われる。
鋭さを持ちながらも柔軟性のある爪が伸び、さつきと志貴目掛けて伸ばされる。
それはズェピアの用いるエーテライト。
彼もまたエルトナムに名を連ねる錬金術師、エーテライトの扱いについてはシオンよりはるかに熟知していた。
「君が私に干渉して奪ったのならば、逆に干渉されて奪い返される可能性も考慮しておくべきだったな。返してもらうぞ我が半身を」
「やめろズェピアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
シオンの絶叫が響くも、ズェピアのエーテライトは容赦なくさつきの額に刺さる。ズェピアの纏う黒い霧がエーテライトを伝って流し込まれ、悪性情報が伝播する。
吐き気を催すほどの負。
怖気が噴き出すほどの陰。
それらが雪崩のように押し寄せ、さつきの心を黒く塗りつぶしていく。
ベキリ、ベキリ、と何かが剥がれ、砕けていく。
薄氷を踏むような綱渡りで守られてきた何かが、完全に破壊されそうになる。
「貴様らにとって人の血を吸わぬのが人間の定義だと言うのならば」
「やめ、て……。やめてやめてやめてやめてやめて!!」
「――――思い出せ、己が何者であるかを」
――ああ
さつきの抵抗を嘲笑うように流し込まれる情報は、さつきの心を粉々に砕く。
思い出されるのは薄暗い路地裏。煌々としたネオンに照らし出される表通りから一本外れただけで、そこは異界と化していた。
普段ならば飲食店から漏れ出る油臭い空気がホコリと絡まり、思わず鼻をつまみそうになる。しかし、今夜はそれ以上に強烈な鉄さびの匂いが、それらを掻き消していた。
――ああああ
壁一面に飛び散った臓物はぬらぬらとどす黒い赤色。
その中で一人の少女が座り込み、拳大の赤い肉塊を恍惚の表情で掌で弄んでいた。
胸骨を砕き、抉りだした心臓を握りつぶすと、生暖かい血液がぽひゅっと優しい音を鳴らす。それに口を近づけ、じゅるじゅると啜るのは他ならぬさつき。
舌から喉元を流れる鮮血は、天上の美酒。どれほどの美女を抱こうとも、いかなる麻薬をキメようと、ここまで退廃的で堕落的な高揚を与えてくれるものではないだろう。
――あああああああああああああああああ
異変を察したのか、路地裏に一人の男性が現れた。
どことなく志貴に似た雰囲気を持つ、おちついた男性だ。彼が何かを言っていたが知った事ではない。
さつきは血を蹴り、男の喉元に食らいつき、首筋に牙を突き立てた。再び、美酒が流し込まれる。男がピクピクと痙攣し、虚しい抵抗を続けるが、首元から流れ出ていく生命は風前の灯。
男は完全に動かなくなった。
さつきは男の首元から口を離すと、天に向かって息を吐きだした。
夜空を見上げる瞳から、一筋の雫が落ちる。それは感涙なのか、悲嘆なのか、はたまた。
じゃり、と小石を踏むような足音が壁を反響し、さつきの耳に届いた。
期待を込めて振り返る。
短めの黒髪に地味なフチ無し眼鏡。見慣れた学生服に履き古したスニーカー。
さつきはゆらりと立ち上がり、両手を広げて闖入者を歓迎した。
「――――志貴くん」
――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。