【祝・完結】 月姫 弓塚さつきルート MELTY BLOOD ~memory of Rhododendron~ 作:風海草一郎
キーンコーンカーンコーンと二限目の授業終了兼、昼食を知らせる合図であるチャイムによって志貴の意識は現実に引き戻された。
遠野志貴は現在、絶賛補修中だった。貧血から早退のコンボで出席日数不足に悩まされる事は無くったが、以前として志貴の学力は低空飛行を続けていた。
いけないいけない。また、ぼうっと窓の外を眺めている間に補習授業が終わってしまったらしい。前方を見ればびっしりと板書された黒板には早くも、教師による黒板消しが侵略を始めており、あっという間に文字列は姿を消した。
一文字たりとも書かれていない。という点では自分のノートも似たようなものだ。開始五分で集中力を切らした志貴のノートはいっそ清々しいまでの純白だった。
「ふう……」
志貴は諦めてノートを閉じるとカバンにしまう。この調子では補修終了後のテストは絶望的だろう。場末の二流進学校とはいえ、補修のテストでさえコケたならいよいよ留年が現実味を帯びてくる。
「なーにシケたツラしてんだよ遠野!」
バン! と背中を叩かれ、アンニュイな気分を吹き飛ばされた。声の主など見なくともわかる。こんなガサツな挨拶をするのは有彦以外に心当たりがない。
「補修なんざ真面目に受けなくたってヘーキヘーキ! 要は最後のテストに合格すりゃいいんだからよ。まあ、何度も受けてりゃいつかは合格できるさ」
志貴の前に回り込んだ有彦はニカッと白い歯を見せた。
「お前はいいかもしれないがな。俺はそう何度も受けられないんだよ」
「ああ、秋葉ちゃんのコト? なるほどそりゃ大変だ」
余裕綽々な有彦に対して志貴は重苦し気な溜息をついた。留年しないギリギリの出席日数で調整している不良学生こと有彦と違い、自分にはそんな真似は許されない。
ただでさえ「秋葉、俺、補修を受けなきゃいけなくなったんだ」と伝えたら鬼の形相のような笑顔(おかしな表現だがホントにそう見えた)を向けられたのだ。これで留年などしようものなら折檻されかねない。秋葉は「これでは夏の旅行に支障が――」とぶつくさ言っていたが、なってしまったものは仕方が無い。毎朝背中に突き刺さる秋葉の視線をあえて無視して、今日も補修にやって来たのだ。
遠野家の用途不明の地下室を思い出すとぶるりと背中が震えた。そんな志貴の苦悩などお構いなしに有彦はカラカラと笑いかける。
「とりあえずせっかくの半ドンなんだし、どっかメシでも食い行かねえ? 駅前に新しいラーメン屋が出来たらしいぜ」
「むう、ラーメン屋か」
「いいじゃねえか、行こうぜ」
秋葉に隠れて行った単発バイトのおかげで、懐事情的には少し余裕がある。あるが――
「なあ、お前らさ、あの吸血鬼事件ってマジだと思う?」
「あー、去年あったなそんなの。でも、ぶっちゃけ一年前ので飽き飽きだわ。今時、吸血鬼なんて深夜番組でも取り扱わないネタだろ」
「そうそう。それに根拠の無い噂だろ? 実際誰か知ってるやつが居なくなったわけでもないんだし」
ピクリ、志貴の動きが止まった。知らずに半眼となり、後方のクラスメイトたちの会話に耳をそばだてる。
「あれお前ら知らねーの? 最近出るってこんなに噂になっているのに? まあ、こん中であのコと一緒のクラスだったの俺だけだったし」
「何だよ何だよ。気になるな。まさか吸血鬼事件に巻き込まれたのがウチにいるってのか」
「マジで!? 全然知らんかったわ!」
「あくまで噂なんだけどよ。ウチのクラスのアイドルだったコで名前は――」
――ガタン!
下世話な好奇心に膝を浮かせていたクラスメイトは息を呑み、音の発生源へと視線を送る。
「おい、遠野?」
「……悪い、有彦。ちょっと用事が出来た」
「あ? どういうこと? おい遠野? お~~~~い?」
怪訝そう有彦を尻目に、志貴はさっさとカバンを肩に担ぎ、ツカツカと廊下の奥へと消えていった。
不快でたまらない。
自分でもなぜここまで憤慨するのか分からない。
あの三人の会話があまりにも低俗だったから?
違う。あんなものは昼間のワイドショーに比べればまだ可愛いものだ。そもそも彼女と自分はそこまで親しくはなかった。ただ一年生の時にクラスメイトだっただけだ。
それではなぜ?
この激情の正体は?
後方から有彦の声が聞こえるが、志貴の意識は全ての雑音を遮断していた。志貴の胸中を占めるのはたった一人のクラスメイト。
彼女の名は弓塚さつき。
昨年に失踪し、そのまま行方不明者になっている一人の少女の名だ。