【祝・完結】 月姫 弓塚さつきルート MELTY BLOOD ~memory of Rhododendron~   作:風海草一郎

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 これ書いている途中でパソコンが落ちて、作業一時間分が無駄になりました。泣きそうでした……。


第二十章 交錯する思い

 一つ話をしよう。

 

 それはどうしようもなく行き違いで報われなかった話だ。

 

 かたや常人と狂人の狭間に立つ魔眼を持った少年と、かたや平凡な学生から稀有な才を持つ吸血鬼へと堕ちた少女の物語。

 

 彼女にとっては恋だった。

 

 なけなしの勇気を振り絞って学校の帰り道を一緒にし、気持ちの一端を伝えた。さらに一歩踏み込んで、深夜出歩いているという彼の元へ行こうとした。

 そこで彼女の運命は激変する。

 一瞬の困惑の後、彼女を支配したのは渇望。彼女が欲する物は他者の血液と、崩壊していく理性とココロに強く刻まれる彼の穏やかな表情。

 

 彼女は支配を望んだ。

 そうするのは当然だと新しい自分が訴えたから。

 彼女は終わりを望んだ。

 カケラとなった過去の自分が悲痛に叫んだから。

 そうして天秤は終わりに傾いた。彼女は内なる矛盾に絡まった糸はほどけなくとも、彼の刃で断ち切られる事によって、ほんの僅かな救いと安息を得た。

 

 彼にとっては恋ではなかった。

 

 彼は他人に興味が無いのではなく、全てが大事で、頭一つ抜ける者がほとんどいなかったのだ。

 冬の倉庫の一話を聞かされたけれど、彼の心にさして響く物は無かった。彼にとって、それは本当に何でも無い事で、彼はいつだって当たり前のようにやってきた事だったのだ。

 

 そんなところが素敵だと彼女は言った。彼にはそれが分からなかった。だからこそ彼女は彼に惹かれたのだろう。

 意識せずに人に尽くす気性の彼にとって、飛びぬけた存在など悪友と妹とその使用人くらいのものだった。

 彼女との思い出はほとんど無く、長年恋い慕われた自覚の無い彼にとっては初対面も同義だった。

 

 それでも彼は彼女を追った。

 いくら彼でも単なるクラスメイトのために、そこまで自己犠牲を発揮出来る性質ではない。それは親切を通り越した何かだ。

 ではなぜ追い続けたのだろうか。

 血の惨劇を目の当りにし、病弱な体に鞭打ってまで彼女を追いかけた理由は。

 決して恋ではない。恋ではないが、

 

 ――――それはきっと、愛と呼ばれるものだったのだろう。

 

 それが両者との決定的な差異となった。

 恋とは本来一方通行で、互いにそれが交差すれば成り立つものだ。

 愛も同じく一方通行だが、受け取る相手がいるだけで事足りる。

 

 だから彼と彼女は交わらない。彼女の想いは届いたけれど、彼が返せるのは別物だった。

 彼が首筋から流し込まれる暖かなものを感じている時、脳裏に浮かんだのは愉快な妹と双子の使用人たち。

 だから彼女からの恋をはねのけた。

 彼がもっと孤独で愛を知らずにいれば、結果はまた違ったのかもしれない。しかし、彼女が出会った時の彼には、既に彼の周りには愛しい人達が大勢いたのだ。

 ゆえに彼は彼女に終わりを与えた。

 後悔はある。それでも彼には手放せない人が居たから。

 

 けれど勘違いはしないで欲しい。彼にとって彼女も手放したくない内の一人ではあった。

 ならば運命のイタズラで彼女が再び現れれば、彼はどんな選択をするのだろうか?

 

 〇

 

 音もなく、志貴の刃はさつきの四肢を切断した。

 彼女に走る無数の死の線へ、流れるようにナイフを滑らせる。それは機械じみた冷酷な正確さと、水のようにで穏やかで変幻自在な太刀筋。

 右上腕、左大腿、右アキレス腱、左肩口。

 赤黒い血を噴出しながら、さつきは手足を失い。自らの血溜まりの海に沈んでいく。

 うつ伏せに倒れたさつきの顔は生気を失い青白く、口の端から血を滴らせながら、ポツリと呟いた。

 

「……あはっ、やっぱりこうなっちゃたか」

「――――弓塚さん」

 

 もはや首を上げる事もかなわないさつきを、志貴は見下ろす形で彼女の名前を呼ぶ。

 カツン、と小さな金属音が耳元に聞こえ、さつきが唯一自由に動く眼球で音を追うと、ナイフが所在なさげに転がっていた。

 ここから志貴の顔は見えない。

 彼はどんな顔をしているのだろうか。

 ズェピアの口車に乗って、性懲りもなく襲った私に怒ったのだろうか。

 きっと違うのだろう。

 彼はきっと、こんな状況でも――。

 

 手も足も失った状態で一体、何を考えているのか。さつきは思わず笑いがこみ上げた。身じろぎ一つ出来ぬ状況で、急速に体と思考が冷えていく。

 重く、泥のように沈んでいくようでいて、乾いた砂となって風にさらわれていくような気持ち。

 既に二度味わった『終わり』という冷たくもほのかに暖かい感覚。

 ふと気が付くと、地面にぽつぽつと小さな染みが生まれていた。雨でも降り始めたか、とさつきは思うが即座に違う解に思い至る。

 彼の足元だけに降る小さな雫は、断続的に次々と堕ちて地面に点を作り続ける。

 その水滴がコンクリートに弾かれ、飛散する度にさつきの心に何かが満たされていった。

 不意に彼が口を開くような気がした。

 

「俺、は……」

「――いいんだよ、遠野くん」

 

 さつきは最後の力を振り絞り、懸命に唇を動かす。

 

「ごめんね、何度も何度も。それとひどい事いっぱい言って。でも、そうしないと遠野くんは迷っちゃうでしょ?」

「君はどうして――」

「どうしてって言われても……」

 

 さつきは言葉を発すると同時に、力が抜けていくのも感じていた。一言一言が、自分の生命と引き換えに紡がれているのだ。

 瞼が徐々に落ちていく、今の自分は火が消える寸前のろうそく。最後の一瞬で燃え上がる間に、気持ちを伝えたかった。

 

「どうせ助からないなら……。最後はやっぱり好きな人に終わりを与えて欲しかったから、かな」

「――――――――」

 

 局所的な雨は激しさを増した。願わくばその雨がひと時の通り雨でありますように。そしてもし、一つわがままを言ってよいならば。

 その雨の意味だけは、彼が覚えていてくれますように。

 

 ごめんなさい。また、わたしの不始末を押し付けてしまってごめんなさい。

 ごめんなさい。また、優しいあなたに甘えてごめんなさい。

 

 もう唇は動かなかった。

 最後に一度だけ、彼の顔が見たかった。けれど、そんなわがままは許されない。

 そう思っていたのに、不意に彼の顔が曇った視界に飛び込んできた。

 彼はしゃがみ込み、さつき一人だけをただ見つめる。

 雨を生み出す瞼は赤く染まり、くしゃくしゃだ。こんな顔もするのか、とさつきは笑ってしまいそうだった。

 

 今、この瞬間だけは彼の顔も心も自分のものだ。さつきはそれが少しだけ嬉しかった。冥土の土産としては十分過ぎるだろう。

 声にならない声で、さつきは懸命に口を動かした。

 

 ――――――――――――『 』

 ――――――――――――『 』

 ――――――――――――『 』

 ――――――――――――『 』

 ――――――――――――『 』

 

 

 ――――――あ り が と う

 

 

 それは言葉として彼に届いたのだろうか、既にさつきの耳は聴力を失っていた。

 そっと、瞼に何か柔らかな物が触れる。そしてゆっくりと視界に暗幕がかけられる。

 それが最後だった。

 人形のように美しく眠るさつきから志貴は指をゆっくりと離し、

「――――――――――――――――――――――――ッッ!!!!」

 天まで響かせるような雄叫びを挙げた。

 

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