【祝・完結】 月姫 弓塚さつきルート MELTY BLOOD ~memory of Rhododendron~   作:風海草一郎

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 ちょっと短いです。良かったら感想をください。


第二十三章 カーテンコールにて喝采を

 満天の星が燦燦と輝く蒸し暑い夜。空には滴るような朱い月。

 三年前、己の行く末を決定的に違えさせられた悪夢の晩。

 ちょうどあの日もこんな夜だった。行く当ても無くさまよい、ようやく辿り着いた川辺で遭遇した血の涙で泣き笑いする吸血鬼。

 裂けるほどに両角を吊り上げ、啜った以上の血涙を流す化け物。

 

「――――カット」

 

その化け物が、

 

「――――カットカット」

 

 友人の姿で、

 

「――――カットカットカット」

 

 おぞましい顔で嗤っていた。

「――――カットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカットカット&リテイク!!!!」

「――――――――ッ!!」

「なんだ……!?」

「ちいッ!!」

 

 さつきの豹変ぶりに違和感を覚えた三人はすぐさま後方に飛びすさり、油断なく構える。

 志貴は再び眼鏡を外し、死の線を初めとした常軌を逸した『モノ』を視る。それは黒リーズに絡みついていた糸に似ていた。しかし、決定的に異なるもの。

 それは彼女の切り飛ばされた手足の切断面に集合し、複雑に絡み合って太い綱のようになる。それが磁力によって引き合わされるように近づいていき、さつきの四肢は無理やり縫合された。

 

 陽炎がゆらめくように、かつて志貴のクラスメイトであった少女は立ち上がる。

 真紅に染まったセーターが背後の朱い月と溶け合うようで、胸の前に掲げた両手は渇いた血で黒く染まり、いつかの惨劇を想起させた。

 そしてその場にいた誰もが理解する。目前の少女は健気で清純だった彼女ではなく、姿を模したタタリ。

 弓塚さつき――ズェピアに組み込まれた新たなる舞台(にくたい)はけたたましく哄笑する。

 

「奈落に落ちた役者に次は無し! されどカーテンコールにて喝采を! 舞台の熱が冷めきらぬうちに!!」

 

 さつきの姿をとったズェピアに、シオンは絶望的な表情を受かべながら噛み付く。

 

「なぜ……。なぜ貴方がさつきの体を使えるのです!? 聖楯加工弾で跡形もなく滅ぼしたはず!!」

「たかが聖典武装ごときで私を滅しきれたと思ったのが君の敗因だ娘よ! 君は言ったな『嘗めるな』と! その台詞、そっくりそのまま返させてもらおう!!」

「どういう事だよシオン!!」

 

 志貴は最大限の警戒態勢を維持しつつ、シオンに問いかける。彼女は希望を打ち砕かれたように肩を震わせ、口から弱々しげに漏らした。

 

「乗っ取りかえされたんです……! 私がワラキアから奪ったおかげで辛うじて消えずにいたさつきの体を、ズェピアは最後の依り代として乗っ取んだです!!」

「ご名答! さすが理解が早い!」

 

 さつきの声でズェピアは笑う。その貼り付けられた顔こそ彼女と完全に同一なだけに、それが一層、志貴たちの神経を逆撫でする。

 小動物の可憐さと、野に咲く花のような純朴さを内包した声音でズェピアは己が新しい身体を誇示する。

 彼女の一挙手一投足が、発話の一語一語が、苦楽を共にした彼女との思い出を汚していくようでシオンは頭に血が昇る。

 シオンの激憤をよりかき立てるように、ズェピアは自身(さつき)の頬に手を当て、その瑞々しい肌に掌を吸い込ませると恍惚の表情を浮かべた。

 

「惚れ惚れするようなポテンシャルだ。半端に人の心など残していなければ、間違いなく二十七祖の一角に上り詰めていただろうに。謙遜過ぎる役者は自らの芽を潰してしまうものだな……。真祖の姫君が手に入らなくなった今、この体は私が有効活用させてもらうとしよう」

 

 最悪だ、とシオンは心の中で独りごちた。さつきの吸血鬼としての才覚は図抜けている。シオンが戦闘の手ほどきをしたおかげで戦力を増したとはいえ、しょせんは一年足らずの付け焼刃。加えて彼女は元来、戦闘には到底向かない性格と吸血鬼の力を忌避する意思によって、大きな枷がついて状態だった。

 しかし、眼前に立ちはだかる彼女は違う。

 自分を遥か凌駕するエーテライトの技巧に加え、二十七祖クラスの圧倒的な身体能力。真祖は動けず、志貴は普通の人間。自分とリーズは満身創痍。あまりの彼我の戦力差に計算するのも馬鹿馬鹿しい。

 シオンが思わず後ずさりをしかけると、感覚が刺し貫かれた。

 

「――――ッ!?」

 

 咄嗟に右後方を振り返ると、眼を蒼く光らせた志貴が全身から殺気を漲らせ、ズェピアを視線で射殺していた。

 もし視線が刃の役目を果たすのならば、今頃ズェピアの全身は隈なく裁断され、物言わぬ大小の肉塊になっていただろう。

 志貴は重く一歩を踏み出すと、猛り狂う激情を静かに言葉に乗せた。

 

「お前は何度彼女を弄べば気が済むんだ?」

「気に障ったか? だがな彼女の復活を望んだのは貴様だそ?」

「お前何を……!」

 

 志貴は語気を荒くして詰め寄ろうとする。

 俺が望んだ?

 彼女の復活を?

 ――馬鹿げている。

 彼女を殺したのは確かに自分だ。彼女が噂の吸血鬼であったらと恐れた事はあるし、それが原因で彼女というタタリが現れたのならばそれも事実だろう。

 しかし、望むわけがない。

 

「呪いとは術者に還る自己の罪。祟りとは自己を滅ぼす妄執」

「……いちいち勿体つけていないで、本題に」

「――――貴様は本当にこの女の事を吹っ切れているのか?」

「――――!」

 

 ズェピアの発せられた言葉に志貴は歯噛みする。

 今でも胸に残るのは、彼女と共に灼けるような夕日を背にして語り合った一幕。

 

 ――ピンチの時は助けてね。

 

 他愛の無い口約束が、今は志貴の手足を、心の臓をがんじがらめに縛り付ける鎖となる。

 幾度も迷っては覚悟を決めて、事が終われば迷い嘆き、返しのついた棘のようにいつまでも刺さり続ける。それを力ずくで抜く度胸もなく、ましてや痛みを忘れる事も出来ず。

 意を決した振りをして、彼女を自分は何度も手にかけた。

 

「――――それがどうした」

 

 しかし、志貴はそれでもナイフを構える。

 相も変わらず腕は重く、頭で理解しつつも体は固縮し鉛のよう。

 

「吹っ切れるはずがない。許してくれなんて口が裂けても言えない。彼女を殺したのは間違いなく俺だ。彼女を生み出してまた殺したのも俺だ。彼女を弄ぶという点では俺も大差ないだろう」

 

 けどな、と志貴は刃の切っ先をズェピアに向け、叫ぶ。

 

「だからといってお前が弓塚さんを弄んでいい理由になんてなりはしない! 彼女と同じ声で喋るな!! 弓塚さんと同じ顔で笑うな!! 反吐が出そうだ!!」

 

 志貴はナイフを振りかざし、ズェピアを解体せんと突貫する。後方からシオンとリーズが制止する声が響くが志貴は構わず疾駆する。

 月夜にナイフを踊らせる自分はしょせん、甘いだけの死神。彼女の言う英雄になどなれはしない。

 しかし、死神には死神らしいやり方があるはずだ。

 そうして志貴は、弓塚と鏡写しの顔で笑う偽物を解体し尽すべく襲い掛かった。

 

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