【祝・完結】 月姫 弓塚さつきルート MELTY BLOOD ~memory of Rhododendron~   作:風海草一郎

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ゴジラvsTYPE-MOONが面白いです。誰か同人誌を譲ってください……!!


第二十四章 登壇

 星一つない夜空をぼんやりと眺めていたら、ゆっくりと空に落ちていくような感覚に飲み込まれる。明かりは無く、足元も覚束ない。自分が空に沈んでいくのか、地面に浮かんでいくのか、それすらも曖昧だ。

 

 耳が痛いほどの無音。

 鼻孔が苦しいほどの無臭。

 眼球が眩しいほどの無明。

 地肌が敏感になる無痛。

 

 およそ五感の全てに仕事を振らないこの環境は、まさしく『無』。ただただ残酷なまでに優しく冷たい『無』だった。

 

 ただ一つ分かるのは、さつき(わたし)はもう既に死んでいるという事だけだった。

 

 志貴くんがわたしのまぶたを閉じてくれてからの記憶は無い。志貴くんの魔眼によってわたしは完全に消滅させられるらしいから、ここは死後の世界というものだろうか。

 そこには幼い頃に聞かされた地獄の閻魔大王も、天界へ連れて行ってくれる天使もありはしない。

 

 あるのは生気の無い、ひたすらの『無』

 

 ――なんて殺風景なのだろう。

 

 わたしは何となく、首を動かして周囲を見渡した。

 ……ような気がした。

 すでに感覚は全て失われているのだから、今の自分が何をしたのかなど確認する方法は無い。肉体が残っていたころの名残から、そういうものなのだと自分を納得させる。

 

 だけど思考する事は出来るみたいだ。

 それなら唯一、許された思考で、想い人との思い出でも振り返り続けていようか。

わたしは瞼の裏に大好きだった人を思い浮かべる。

 

 少し小柄で穏やかそうで、いざという時には颯爽と現れてくれるヒーローみたいな人。

決してクラスで目立った人ではないけれど、本当の格好良さを持っている人。

 

 ――志貴くん! 志貴くん! 志貴くん!!

 

 私は震えない声帯で、届かない声で想い人の名前を叫んだ。

 溶けていく、わたしの全てが溶けていく。

 光星が全て塗りつぶされた宇宙を泳ぐような感覚にどれほど浸っていただろうか。

 

 突如として、わたしの眼球を焼くように光の塊が現れた。

 光りの塊はギィ、と音を立てた事からそれが扉のような役割をしているのだとわたしは察した。

 足場も無いのに靴音を鳴らし、役者は『無』に登壇する。

 切れ長の瞳が理知的で、静かに聴衆を釘付けにしそうな端正な顔立ち。そしてどことなくシオンの面影を残す男。

 

 ――ズェピア・エルトナム・オベローンその人だった。

 

 わたしは咄嗟に身構えようとしたが、すぐに体の緊張を解く。少しだけ諦念を込めながら、眼前の役者へ問いかけようと口を開く。

 

「こんばんは、お嬢さん。ご気分はいかがかな?」

「――――っ」

 

 意外過ぎる台詞にわたしは開きかけていた口を思わず閉じてしまった。

 つい先ほどまで、極限の命のやり取りをしていた吸血鬼。シオンを吸血鬼にまで墜とし、わたしの思い出を土足で踏みにじった怨敵。

 わたしの臓腑から再び煮えたぎるような激情が溢れ出そうとして、蓋を力強く叩き続けている。

 死後の世界でさらに死があるのかは知らないが、このまま黙って眼前の男を見逃す気はなかった。

 

「おやおや、顔に似合わず好戦的なお嬢さんだ。わが娘の友人なだけはある。繊細で傷つきやすくも、立ち上がる気概はあるとお見受けする」

「あなたわたしの考えを……」

 

 わたしは唇をきつく引き結ぶと、余計な思考が紛れないようにズェピアに集中する。そんなわたしの小さな努力に何かを思うように、ズェピアは小さく笑った。

 

「それで何をしにきたの? あなたもここに来たって事はシオンや志貴くんに倒されたって事? だったらご愁傷様。いい気味だわ」

 

 精一杯の侮蔑を込めてズェピアを睨みつけると、当の本人は笑みをますます深めるばかり。

 てんで的外れ、とでも言いたげに。

 持って回った言い回しも、含みのある言動も鬱陶しいことこの上ないので、わたしは重ねて問いかける。

 

「結局、ここはどこ? わたしとあなたはどうなってしまったの?」

「やはりそこが気になるかね。まあ、これは口で説明するよりも実物を見てもらったほうが早いか」

 

 ズェピアは細く形の良い指を鳴らすと、隣に再び光の扉が現れたと思ったら違った。

 それは扉ではなく、スクリーンのようであった。最初は眩しいほどの輝きであったのが、徐々に鮮明に像を結び始める。

 そして、そこに映し出された映像はさつきの心臓を殴りつけるような衝撃を与えた。

 

「――なんで私が戦っているの?」

 

 〇

 

 全身の臓腑がせりあがるような強烈なGを感じながら、リーズバイフェは天高く放り投げられた。鍛え抜かれた足首の、頑強な骨と筋繊維が痛烈な圧迫によって悲鳴を上げる。

 吸血鬼の身体能力を測る際に、姿形などまるで意味を成さない。しかし、さつきのような中肉中背の少女が、甲冑を身に纏った大柄な女性を軽々と振り回すのは奇異に映る。

 

「軽い! 軽いなあ聖楯騎士!!」

「ぐっ……っ!!」

 

 まるでプロレスのジャイアントスイングを通り越して、ハンマー投げもかくやという要領でリーズバイフェを振り回すズェピアは歓喜する。

 人間の最高峰に達している聖楯騎士を、純粋な腕力のみで圧倒し、容易く組み伏せる剛力に固有結界。さらにアトラスの技術が加われば、東洋のことわざで鬼に金棒と言ったところだろう。

 

「そーおれぇっ!!」

 

 掛け声と共にズェピアはリーズを投げ飛ばす。純粋な、技術も工夫もない子供の遊びじみた投げ。それでもリーズの体は鉄骨に向けて、弾丸の速度で投げ飛ばされる。

 

「危ないリーズ!」

 

 シオンは網状に組み込まれたエーテライトを投網のようにリーズに絡ませ、鉄骨との激突を防ごうとする。

 狙いは正確、リーズをハンモックのように受け止め、シオンは手繰り寄せようと腕に力を籠める。

 

「ううっ!?」

 

 グン! と凄まじい力でシオンは引きずられ、リーズもろとも鉄骨へ激突した。肩を強打し、肩甲骨と鎖骨が砕ける鈍い音が脳に刻まれる。肩口から灼けた鉛を押し込まれたような激痛のシグナルが走り、シオンは必死に悲鳴をかみ殺した。

 

 視線だけを隣で倒れるリーズに向けるも、彼女は左腕を押さえ苦痛に端正な顔を歪ませていた。服越しでは分からないが、恐らく使い物にはなるまい。

 ズェピアはゴムボールのようにバウンドし、苦悶の表情で這いつくばる二人を満足げに見つめ――ナイフを摘み取った。

 

「な……っ!!」

 

 志貴の表情が驚愕に歪む。意識と視界、双方の死角から放つ必殺の一撃。死の線が太く走る後ろ首へ突き出された志貴の得物を、ズェピアは一瞥する事もなく受け止めていた。

 ナイフを引き抜こう、と理性が訴えるが本能はバックステップを選択した。鼻先を掠める衝撃は、数舜前まで自分の居た位置が、アスファルトごと砕かれた。

 

「敵を倒した瞬間こそが最も気が緩むとき、か……。つくづく生粋の暗殺者だな貴様は。二人が重傷であるのに私の始末を優先させるのは正解だ。一点の欠如もない満点と言えるだろう」

 

 ズェピアが身体を志貴の方へ向け、油断なく己の敵を見据える。よく知るクラスメイトの姿であるのに、志貴の全身からは冷や汗が滝のように吹き出す。

 確かに、自分は直死の魔眼という万物を殺す力がある。しかし、それ以外は普通の人間。どれだけ強力な武器であろうと、当てる術が無ければ無用の長物。今まで志貴が戦ってきた強大な敵に志貴が打ち勝てたのは、ひとえに彼らが絶対強者であるという驕りがあったからだ。

 

 鼠を警戒する獅子はいまい。捕食者と被捕食者との間にはそれだけの差がある。

 ゆえに彼らは油断する。

 生態系の上位の椅子にふんぞり返る強者に、背後から必殺の一撃を加える。

そこが唯一、志貴がつけ込む隙だったのだ。

 

「残念ながら今の私に驕りは無い。認めよう、貴様は素晴らしい役者だよ遠野志貴。この私が全身全霊を持って叩き潰すにふさわしい相手だ」

 

 花が開くような笑顔から物騒な言葉が吐き出される。志貴は予備の仕込みナイフを取り出すも、お守り以上の機能は期待出来そうにない。

 志貴は直死の魔眼を酷使し、ズェピアの死を視る。現象から存在へ堕ちたズェピアは死が充満する生物である。志貴のナイフがかすりでもすれば、即座に死に至らしめるはずなのに。

 

 志貴は一切の予断なく、ズェピアの行動に注視する。足のつま先から髪の一本に至るまで、ズェピアの攻撃の『起こり』を見逃さないよう全神経を集中させる。

 加勢は期待出来ない。互いに一撃必殺。時間が経てばジリ貧になるだけ。

 

「しゃらああああああああああっっ!!」

 

 志貴は叫ぶと同時にズェピアへ突貫する。

 ズェピアの死の点は胸の中央、そこへ一突きしようとすれば間違いなく腕を掴まれ敗北が決定する。ならば狙いやすい末端から刻み、弱ったところを仕留めようと志貴はズェピアの右指向けてナイフを振る。

 

「馬鹿正直にやって当たるわけなかろう、たわけめ」

 

 志貴の全力の一撃を、ズェピアは人差し指の爪でいとも容易く弾いた。

 二撃目、三撃目、四撃目――

 息つく暇もなく志貴は連続して腕を振るうが、ズェピアはそれを受け止めるではなく払うように志貴のナイフをいなし続ける。一見、身体能力に物を言わせた防御に見えるが、これは力のベクトルを流す武術の理。シオンからさつきが習った技術をズェピアは行使しているのだ。

 

「くそっ! ……くっそ!!」

 

 志貴は見当違いの方向へナイフが流される事に苛立ち、つい力んで大振りになる。

 その隙を見逃すズェピアではない。身をかがめながらナイフを躱し、志貴の懐に潜り込む。右手で志貴の左袖を、左手で志貴の襟を掴むと、

 

「はっ!!」

 

 掛け声と共に背負い投げ。

 志貴は世界が回転したのではないかという錯覚と共に、コンクリートに叩きつけられた。鈍い衝撃が全身を駆け、せりあがった横隔膜は肺を圧迫し、呼吸を阻害する。

 

「がはっ……!!」

 

 全身の感覚が死に絶える。痛覚を含めたすべての感覚は用無しとなり、眼球はどろどろとした意味のない絵を映し出すだけのガラス玉と化した。

 志貴のナイフがカラカラと渇いた音を立てて、コンクリートを転がる。自身の主が拾いに来る事はない。主人はピクリとも動かず、完全に気を失っていた。

 すでに瞳から光を失った志貴をズェピアは全身の埃を払いながら見下ろす。

 

「生まれて初めて武術というものを使ってみたが、奇妙な感覚だ。人類の歴史というものはある種、弱者が強者に立ち向かう術の歴史とも言える」

 

 もっとも、強者がその術を振るえば勝負になるまい。と、ズェピアは肩をすくめる。

 

「なかなか楽しめたが私には真祖(メインディッシュ)が残っている。そろそろ終わりにさせてもらおう」

 

 ズェピアはぐっと拳を固め、志貴の顔面へ狙いを定める。

 とどめは確実に、一撃で戦況をひっくり返すポテンシャルを持つジョーカーはここでご退場願おう。

 ズェピアはさつきの顔で喜色満面。そして、

 

「――さようなら志貴くん。楽しかったよ」

 

 掲げた拳を勢いよく振り下ろした。

 

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