【祝・完結】 月姫 弓塚さつきルート MELTY BLOOD ~memory of Rhododendron~   作:風海草一郎

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エピローグ1

 ――八月初頭

 うだるような熱気は夏本番とでも言わんばかりに、肺腑を焼く。

 日光は相も変わらずアスファルトを熱し、空間を歪ませる。

 ただし、つい数日前とは異なる点が一つだけ。

 サカナたちが猛暑にも負けず、町へ繰り出しているという点だろうか。

 

 ファストファッションの話題で盛り上がる中高生。相手の顔も見れないはずなのに、携帯電話越しに頭を下げるサラリーマン。

 そして、暑苦しい学生服の少年と白いハイネックに身を包んだ金髪の美女。

 二人は無言で、活気の溢れる雑踏を縫うように歩き、繁華街から一歩外れた道へ出る。

 油と埃がこびりつき、場末の飲食店特有の匂いが鼻をつんざく。

 

 志貴は胸に小さな花束を抱えていた。

 その花束を抱えながら、すっかり馴染みとなった路地裏に入り込む。

 ここに来るたびに、様々な記憶が思い起こされる。

 自分が殺した女が追いかけてきて追い詰められた事も、決して忘れられぬ思い出だろう。

 

 しかし、今は、彼女との思い出のほうが強かった。

 遺体の入っていない彼女の墓に花を添える気はどうしても起こらなかった。

 彼女の命が断たれたのは間違いなくここだ。世界中の誰もが知らなくとも、自分と彼女達だけは胸に刻み続ける土地。

 志貴は記憶を頼りに、彼女の胸にナイフを突き立てたあの場所へ足を運ぶ。

 そこはどこまでも殺風景で、渇いた景色。

 そこに、すでに花束がいくつも置かれていた。

 

「なんだ、先客がいたのか」

 

 志貴は誰にともなく独り言ちると、花束が置かれている場所に、自分の花束を重ねる。ちなみに自分のが一番小さいのが少し悔しい。

 ポケットからライターと線香を取り出し、火をつける。

 どこか郷愁を漂わせる匂いに志貴はしばしば感じ入り、燃え移らないように花束から少し離れたところに置いた。

 

 無言で手を合わせ、瞼を閉じる。

 瞼の裏に思い浮かぶは、自分を好きだと言ってくれた一人の少女。

 ほう、と志貴が息を吐き、すっと立ち上がる。

 

「――――もう行こうか、アルクェイド」

「あら、もういいの? てっきりもっといるのかと思ってた」

 

 アルクェイドはきょとんとした顔をする。

 

「ああ、いいんだ。どうせすぐに会えるしな」

「…………そう」

 

 アルクェイドはそれ以上言わなかった。ただ、いつの間に摘んでいたのか、名前も知らない小さな花を、花束の近くにそっと置いた。

 志貴はそんなアルクェイドに微笑を浮かべると、手をメガホンの形にする。

 

「おーい! シオン! 隠れてないで出て来いよ!!」

「なっ、なぜ分かったのです志貴!?」

 

 ひょっこりと、物陰から全身紫の学者が現れた。予想外の事態だったらしく、顔には焦りと驚きが浮かんでいた。

 

「カマかけただけだよ、どうせいると思ってね」

「ひ、卑怯です志貴! 私を騙したのですか!?」

 

 顔を真っ赤に染めてシオンはポカポカとハンマーパンチを叩きつけてくる。志貴はじゃれ合いをしばし楽しむと、小さく息を吐いて、少しだけ真剣な表情を見せた。

 

「……君はこれからどうするんだ?」

 

 それは現在の事を聞いているようで、遠い未来をも訪ねているようだった。

 シオンは顎に手を当てると、少しだけ悩む素振りを見せて、慎重に言葉を選ぶ。

 

「とりあえずはアトラス院に戻ってみんなと研究を続けようと思います。まあ、その前に学長たちを説き伏せるために反省文を書かなければなりません。もしアトラス院で駄目ならば、彷徨海にコネがあるので、そこでお世話になろうと思っています」

「はは、よくわからないがシオンなら絶対大丈夫さ、俺が保証する」

 

 彼女は本当に変わった。今まで、他人の手を借りる事に抵抗があり、全てを抱え込もうとしていた彼女は、人に頼る事を覚えた。

 彼女はそれを弱さと言っていたけれど、志貴はそれも一つの強さだと思っていた。

 そんな志貴の想いをよそに、シオンは誰に向けるでもなく独白する。

 

「私は間違いだらけの人生でした。それでも、ここで得られたものは決して無駄ではなかったと思います。きっとこの先、私は何度も間違え、何度も失敗するのでしょう。ですが、それでも、私は決して諦める事も自分を嫌う事もしないと誓いましょう」

 

 宣誓は空に流れて行って、青空へ染みわたる。

 その横顔は青空に負けないくらい晴れやかで清涼だった。

 志貴はハンドポケットのまま、彼女の横顔を眺めていると、すっと目の前に手を差し出された。

 

「お別れです。志貴、最後にその……握手をしてもらえませんか?」

 

 二度目だというのに全く慣れた風は無く、顔を赤らめながら遠慮がちに手を伸ばす。

 志貴はポケットから手を取り出し、迷いなく、その手を握りこんだ。

 固く、ほどけないように二人は握り合う。

 そして、彼女の方から手を放し、少しだけ名残惜しそうに掌を見つめてから最後の言葉を口にした。

 

「志貴、私は決して諦めません。データ体となったリーズも、魔眼で存在ごと殺されたさつきも、必ずや人間に戻してみせます。ですが、その……」

 

 言いにくそうに、もじもじとしていたが、意を決したようにシオンは少しだけ弱音を吐露する。

 

「ですが、私は弱いのです。これから先、少しだけへこんでしまう事があるかもしれません。その時に……その時にあなたを訪ねてもよいでしょうか? こんな弱い私を叱ってもらえないでしょうか?」

 

 上目遣いで、不安げにシオンは志貴を見上げる。彼女が時々見せるようになったこんな表情が、志貴は素直に嬉しかった。

 自分に出来る事などほとんど無いだろう。せいぜいが尻ごみする彼女の尻を叩いてやるだけだろう。そしてセクハラだなんだと叫ぶ彼女に追い回されるのだろう。

 そんな未来を想像して、少しだけクスリと笑った。

 

「ん? 何がおかしいのです志貴?」

「いや、何でもないよ」

 

 勘の鋭いシオンに、志貴は首を振ってごまかすと、真っ直ぐにシオンを見つめ返す。

 

「もちろん、俺なんかでよければいくらでも頼ってくれ。シオンが嫌だって言っても俺はお節介を焼かせてもらうぞ。なんたって数少ない俺の友達なんだからな」

 

 ふっと志貴は柔らかく笑い、シオンもつられて笑みを返す。

 これ以上の言葉は不要だった。

 志貴も自分も湿っぽい別れは似合わない。別れの時こそ鮮やかに。

 

「それでは、私はそろそろ行きます」

「ああ、達者でなシオン」

 

 それだけ言うと、志貴も既に去っていった真祖を追いかけていった。なんとも彼らしいあっさりとした別れ。それでこその彼なのだろう。

 

 シオンも踵を返し、はるか遠い穴蔵を思い浮かべる。

 これから先、自分と志貴が交わる事は無いだろう。それでも、もし、私に何かがあれば、きっと彼は駆けつけてくれるのだろう。

 

 それがとても暖かで、心が喜びで打ち震えた。

 だから、きっと私は大丈夫。

 彼と、彼女と、そしてその道中で出会った人々との絆は私にとってかけがえのない財産だった。それがあれば私は迷う事は無いだろう。

 手でひさしをつくり、照り付ける太陽に微笑みかけ、決意を胸に歩を進める。

 

 いつかまた、花の咲くような笑顔の彼女に会うために。

 

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