【祝・完結】 月姫 弓塚さつきルート MELTY BLOOD ~memory of Rhododendron~   作:風海草一郎

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これにて完結です。皆さんのおかげで最後まで楽しく書ききる事が出来ました。ありがとうございました!! 最後になりますので、もし少しでも楽しめたのなら感想をお願いします。次回作はさつきとシオン達路地裏同盟と鮮花が織りなすドタバタコメディを妄想しております!!


エピローグ2

 プシュウウウと炭酸の抜けるような音と共にコフィンが開き、シミレーション終了のアラームが室内に響く。

 

 むくりと、上半身を起こした彼女は何度か目をしばたたかせ、瞳の涙を拭い眼鏡をかける。そしてベレー帽を脱ぐと後ろで束ねられた三つ編みをほどくと、左右の二本にまとめ上げる。

 馬の尻尾のようにツインテールをなびかせると、シオン・エルトナム・アトラシアは久方ぶりの現実世界の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。

 機械類に囲まれた空間特有のどことなく無機質な香り。シオンは不思議とこの匂いが嫌いではなかった。

 

『シミレーションお疲れさま、シオン。……で、どうだった?』

 

 背後のモニター室からマイクを通じて声をかけてくれるのは、年の頃十四か十五の少女。

 ――の姿をしたレオナルド・ダヴィンチその人である。

 見た目は可憐な少女でも、中身は間違いなく壮年のお爺さんである。この姿は生前、彼が最も美しいとした女性の姿であり、自分をその姿に変えたもののさらに縮小版である。

 アトラス院の人間が言えた義理ではないが、天才というものはやはり頭のねじが数本飛んでいる。

 

 以前、そのことについて童話作家のサーヴァントに尋ねたところ「あんな性癖倒錯者の事など知るか!!」とすげなく突っぱねられた。あんまりな態度だとも思うが、他のサーヴァントも概ね似たような感想を持っているらしい。シオンは考えるのをやめた。

 

 志貴との別れからどれだけ時間が経過しただろうか。

 彷徨海に流れ着き、吸血鬼化の治療法を研究していたところ、人類滅亡の危機を計算で弾き出し引きこもった。そこにやってきた地球最後のマスターのバックアップに務めるかたわら、シオンは研究を続けていた。

 シオンはコフィンの無機質な肌をつるりと撫でると、今回のシミレーションの反省を脳内で行う。

 

 ――一番思考。やはり、最初の接触するのはさつきではなく志貴にするべきだったのでは?

 ――一理ある、次回に向けて前向きに検討しよう。

 ――二番思考。やはり、さつきに自分の正体を悟らせないようにするべきでは?

 ――確かに、戦闘途中で自身がタタリである事を知られたのはまずかった。

 ――三番思考……

 

『こーら、また一人で脳内反省会してないで、私の質問にも答えてくれたまえよ』

 

 そこで思考は中断される。はっとわれに返ったシオンは、恐らくモニター越しに自分の覗いているであろう万能の天才に曖昧な笑みを返した。

 

「うーん、まずまずといったところですね」

『そうかい、でも気にする事はないとも。失敗は成功の母。私ほどの天才でない限り、人は失敗しながら前に一歩ずつ進んでいくものさ』

 

 さり気なくカチンとくるフォローを入れながら、ダヴィンチは陽気な声を上げる。シオンは笑みを苦笑の形に変えると、今回のデータを見るべくモニター室へと足を運ぶ。

 扉を開けると様々な観測機が膨大なデータを処理し、フル活動を続けている。これも今までずっと繰り返してきた事だ。

 シオンは手近な椅子に腰かけ、眼頭を押さえる。少々、疲労が溜まっているようだった。

 

「お疲れ様、はいどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 ダヴィンチの差し出したカップを受け取ると、湯気の立つコーヒーの香りを楽しむ。

 一口すすると、苦みのある芳醇な香りが口腔から鼻腔へ伝わり、眠りかけていた脳細胞が目を覚ます。

 

 ちらり、とシオンが一際大きく目立つモニターに視線を移す。そこには大小様々な扉が鎮座し、光る扉と黒く陰った扉が並んでいる。

 両者の違いは単純明快。すでに試した分岐か試していない分岐かだ。シオンがコーヒーを一息に飲み干すと同時に、また一つ輝いていた扉が黒く塗りつぶされた。

 

 ロゴスリアクト・ジェネリック

 

 これがこのコフィンの名だ。以前、立花くんたちが暴走させてしまった簡易版ではなく、正式な大規模演算シミュレート装置。

 いくつかの条件を入力することで限定的な観測空間を生成し、そこで仮想実験を行う装置である。

 

 中の数値、すなわち条件を設定出来るので、あらゆる『if』をシミュレート出来るだけに、まさしく「夢のような」現実体験である。異なる歴史の検証を行い『あの時こうしていればどうなっていたか』を何度でも検証可能だ。

 

 ――まあ、検証できるだけでレイシフトのように過去を変えられるわけではありませんが……

 

 シオンは少しだけ自嘲気味に笑うと、腕のアラームが次のスケジュール開始を知らせる。

 

「ダヴィンチ。私はちょっといつものところへ行ってきます」

「ああ、いつものアレかい。君も友情に篤いねえ」

 

 シオンは軽く頭を下げると、自室に向かって歩き出す。途中で人工培養した皐月の花を一輪胸に抱き、自室の扉を開ける。

 研究者の部屋らしい、実に簡素で人間味の無い部屋。眠ること以外にはほとんど使わず、調度品や娯楽品のほとんど無い、ある種の無菌室じみた部屋の中央に、一つだけ異質な存在があった。

 

 ベッド脇のテーブルに置かれた写真立。そこに移るのは照れ臭そうにはにかむ若き日の自分と、元気と愛想を振りまく制服を着た少女。

 彼女が拾ってきた使い捨てカメラに、一枚だけ残っていたフィルムで撮った、一枚きりの写真。

 

 花瓶のしおれた花を、自分の持ってきた新しい花に変えると、写真立てを手に取る。

 思わず、笑みが零れた。変わらず、私は解決の糸口も掴めていないけれど。何度もあなたを救おうと奔走しては、そのたびに打ちのめされているけれど。

 

「――それでも、私は諦めません。挫けません。――絶望なんてナイナイ!」

 

 彼女の得意技だった空元気で、シオンは胸の前でガッツポーズをとる。

 空元気だって立派な元気。彼女はいつだったかそう言った。

 たかだか、三百回程度の失敗でへこたれるほど私は弱くない。

 

 ――それでも、底知れぬ不安はあった。

 

 現在、彷徨海にある演算システムは世界最高峰のものだ。あらゆる状況を計算し、シミュレートし、解決の糸口を探りだす。そこから導かれる『if』に則ってシオンはシミュレートを繰り返し、彼女を戻す方法を模索している。

 

 その扉が全て黒く染まってしまったら、私はその時何を思うのだろうか?

 

 無論、それが吸血鬼化の治療に直接結びつく可能性は低い。吸血鬼化治療は別の方法で模索している最中だ。

 それでもシオンは願わずにはいられなかった。

 もし、彼女が吸血鬼化しても幸せになれる分岐点はあったのではないか。

 

 意味の無い感傷か?

 確かにそうかもしれない。けれど、『if』の存在は無駄ではない。たとえ、今の自分が辿った道筋が光明の見えないものだったとしても。どこかで枝分かれした未来で彼女が笑っていたらと思うと、ほんの少しだけ救いがあるような気がしたからだ。

 シオンは眼鏡のブリッジを戻すと、モニター室へ戻るために写真立てをテーブルに戻す。

 

 青春の思い出に浸るのはここまでだ。地球が白紙化されていては、彼女が復活したとしてもびっくりするだろう。志貴がいなくなっているのも問題だ。

 こんな時まで彼女の事たちを考えている自分が何だかおかしくて、シオンは誤魔化すように歩を進める。

 

 何度も行き来し、壁の染みの数まで覚えてしまいそうな廊下を抜け、再びモニター室に戻ってきたシオンを出迎えたのは万能の天才少女だった。

 ニマニマと我が子の恋愛話を楽しむ母親のように、意地の悪い笑みを浮かべている。

 

「な、何ですかダヴィンチ。私の顔に何かついていますか?」

「まさか! 君は身だしなみもピッチリしているとも! 問題はそこじゃあない。さあさあ、どうぞこちらへ」

 

 ダヴィンチが強く服の裾を引っ張るので、シオンは訳も分からずモニターの前へ引っ張られる。そこには変わらず、ほとんどの扉が黒く塗りつぶされた画面が鎮座していた。

 これが何か、とシオンが聞くより早くダヴィンチが口を開く。

 

「シオン、以前君は『あらゆる可能性が潰されたらどうしよう』とこぼしていたけれどさ」

 

 以前、つい口から洩れてしまった弱音に、シオンは固く口を引き結んだ。シミュレートの失敗が二百五十を超えたあたり、足元が溶け堕ちるような焦燥感に襲われた時の事だろう。

 

「私はね、可能性というものは、一つの角度からだけでは測りきる事は出来ないと思うんだよ。決して諦めなかった人間が、確率論も機械も何もかもを乗り越えてその手に掴むもの。それを奇跡と言うと考えている」

 

 シオンは意味が分からず眉根を寄せる。もしかして遠回しに諭されているのだろうか。

 これだけやってダメなのだから諦めろ、と。

 堪らずシオンは顔を背けようと首の筋肉に力を入れると、あらぬ方向を見ようとする。

 すると、視界の端に一筋の光が輝いた。

 

「え…………?」

 

 シオンは呆けたようにモニターを見つめる。目の錯覚かと思ったが違う。今まで、画面を扉で埋め尽くしていた画面がズームアウトし、扉が豆粒のように小さくなる。

 そして、ポツポツと新たな扉が現れ始めた。

 それは水面に湧き上がる泡のように、次々と光輝きながら新たな道を示し始める。

 今までとは比較にならない情報量、分岐点。

 演算気はオーバーヒートを起こしかけ、悲鳴をアラームに変えて大合唱。

 

 わなわなと、自分の方が震え、開いた口が塞がらない。きっと自分は相当に呆けた顔をしているのだろう。

 隣のダヴィンチはにんまりと微笑むと、問いかける。

 

「――どうだい? これでもまだ絶望出来るかい? まだ諦めようって気持ちが起こるかい?」

 

 そんな彼女の優しい挑発に、シオンは久方ぶりの満面の笑みで答えた。

 

「――――まさか! 諦めるなんてナイナイ!」

 




いまさらながに月姫のss書くって俺って頭オカシいんじゃないか……?

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